「みんな、起きて!」
白鹿組との戦いの翌朝。一行は『花見の宴に潜入する良い方法を思い付いた』と珍しく茜の大きな声に叩き起こされた。
「──俺たちが踊り子になる!?」
「これが最高の手」
それまで夢現だった天馬たちは、茜の考えた案を聞いて一気に覚醒する。
困惑する仲間たちに、話を続けるのは神童だ。
「お勝さんが言うには、宴当日に信長の前で踊りを披露するグループをいくつか選抜するらしいんだ」
「そうか、それに選ばれれば警戒されず信長に近付ける……うん、良い案かもしれないね!」
「いつの間にそんな話を……」
まだしょぼしょぼしている目を擦る依織に、昨晩少し話をな、と神童は苦笑した。どうやら全員が就寝した後、またお勝と話す機会があったらしい。
「踊りはお勝さんが教えてくれるそうだ。弟たちを白鹿組から助けたお礼にと」
「そっか……教えてくれる人がいるなら何とかなる、かなぁ……?」
天馬は信助と顔を見合わせて首を捻る。
何せ人前で踊ったことなど一度も経験がないのだ。それも相手があの信長ともなると、下手なことは出来ない。
「四の五の言っても仕方があるまい! 何事も挑戦あるのみだ!!」
「そうじゃそうじゃ、やってみたら案外面白いかもしれんしのう!」
そう吠えるワンダバや錦は既にかなり乗り気になっているようで、衣装や未来の振り付けを取り入れる話までし始めている。
何はともあれやる気があるのは良いことだろう。よし、と天馬は膝を叩いて立ち上がった。
「それじゃあやろう! 踊り子大作戦だっ!」
「おーっ!」
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「え? 神童先輩は参加しないんですか?」
質素な朝食を済ませ、拠点の裏手でお勝を待つ間、1人ユニフォームに着替え別の場所へ向かう神童に天馬は首を傾げる。
「ああ。彼には信長のオーラを受け入れられるよう、器を大きくしてもらわなければならんからな。その為の特訓だ」
それから10分程待つと、お勝は太助を連れて拠点へやって来た。お待たせしました、と息を整えたお勝は、辺りを見渡しあら? と目を瞬く。
「拓人様のお姿が見えませんが、どちらへ……?」
「神童は今回の作戦には不参加だ。彼には他にやってもらわなければならないことがあるからな」
答えたワンダバに、お勝はそうですか、と少し眉を下げる。依織は葵と目配せを交わし、やれやれと頭を振った。
お勝は気を取り直したのか、それでは、と並んだ天馬たちの前に緊張した面持ちで立つ。
「あまり上手くはないのですけど……皆さんのお力になれるよう、頑張ります」
「よろしくお願いします!」
お勝による指導の下、天馬たちは拙いながらも踊りの練習に励む。
主体は現代にもある盆踊りだ。一行の最大の目的は、踊りで信長の注意を引き付けその間にミキシマックスガンの光線を当てること。故に、出来る限り完成度を上げたいのだが。
「あれ、剣城は?」
「さっきどっか行っちゃったよ」
「さては逃げたな!?」
「やっぱりここは目新しい動きを入れた方がいいんじゃないがか?」
「それだと創作ダンスですよ……」
──盆踊りの完成は、端から見ても難航の気配が漂っていた。こんなんで大丈夫かよ、と横から度々口を挟んでいた太助も額を抑える始末である。
「ええと……少し休憩いたしましょうか!」
「そ、そうですね……」
慣れない動きばかりしていては疲労が溜まる。疲れ切った様子でその場にしゃがみ込んだ天馬たちに、お勝はそうだわ、と日陰に置いていた包みを持ち出してきた。
「今日はお弁当を持ってきたんですよ。良かったら食べて下さい」
「わーい! ありがとうございます!」
一番に跳ね起きたのはメンバー一大食らいな信助だ。
包みを開けると、昨日と同じく豆腐とお握り、煮物の詰め込まれた弁当箱が顔を出す。
「おいしーっ!」
「ふふ、ありがとうございます」
弁当に舌鼓を打つ天馬たちに微笑んで、お勝はそわそわと周囲を見回す。口元を拭って、ああ、と零した依織は森の方を指差した。
「神童先輩ならあっちの方でサッカーの練習してますよ。集中しすぎて昼飯食べるの忘れてるんじゃないですかね」
「そっ、そうですか。じゃあ、持って行って差し上げた方が良いですよね……!」
ぱっと顔を赤らめたお勝はもう一つあった包みを抱え、足早に依織が指差した方向へ走って行く。
私も、と続いてそそくさと立ち上がろうとした茜を「お前まで行ってどうすんだ」と水鳥が首根っこを掴んで引き戻した。
「──お前がそういう気遣いをするのは意外だな」
「あ、さぼりの剣城だ」
お勝と入れ違いに戻ってきた剣城は、依織の頭を軽く叩いてお握りに手を伸ばす。
乱れた髪を直した依織は、「意外とか言うなよな」と唇を尖らした。
「目的を達成したら私たちも帰んなきゃならないんだ。話せる内に話しておいた方が良いだろ」
「かと言って、下手に仲を深めても別れが辛くなる……諸刃の剣だな。切ない話だぜ」
肩を竦める水鳥に、黙々と豆腐を食べていた茜が難しい表情で小さく頷く。
神童がお勝をどう思っているか。やろうと思えば、今の依織になら神童の本心を感じ取ることは可能かもしれない。
それをやらないのは、もし神童もお勝に同じような気持ちを向けていたところで──その結末が悲しいもので終わることが分かっているからだ。
「ん? おまんら何の話をしとるんじゃ?」
「……お前には縁の遠い話だよ!」
栗鼠のように頬をぱんぱんにして尋ねてきた錦に、水鳥はこれでもかと言うほど盛大に溜息を吐いた。
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翌朝、花見の宴当日。
昨日の練習で大分踊りの自信がついたらしい天馬は、微かに聞こえてくる空砲の音に鼻息を荒くした。
「いよいよですね、花見の宴!」
「神童。この作戦は、お前が信長のオーラを受け入れられるかに懸かっている。……大丈夫か?」
鋭い声で尋ねたワンダバに、神童は眉根を寄せて視線を足下に落とす。
「……分からない。昨日の特訓で、何かが掴めたような気はするが……」
「大丈夫、きっと出来るよ!」
笑顔で励ますフェイに、ありがとう、と神童は小さく口角を上げた。
自信があるにせよないにせよ、信長とミキシマックス出来る機会は恐らく今日だけだ。時間は刻一刻と迫っている。
「よぉし、踊りまくってやるぜよ!」
「逆に何で錦先輩はそんなに自信満々なんすか」
拳を握り締めて力む錦に、依織は呆れた目を向ける。本人の自信とは対照的に、錦の踊りの腕前は結局どれだけ練習しても地を這うばかりで、教えてくれたお勝も無言で首を振る程だった。
「錦、お前はこっち」
「ん?」
そんな彼の顔の横に、水鳥がずいっと何かを差し出す。やや太めの整えられた2本の木の棒。太鼓のバチだ。
「太鼓の担当だ、頑張れよ」
「なっ何故ぜよ!?」
多大なショックを受ける錦に「あんな踊り人様には見せらんねーだろ」と水鳥は笑って、続けて神童と剣城に横笛を手渡す。
「ほい、お前らは笛な」
「……渡されたって吹けませんよ」
「そこは抜かりない。踊っている最中は、演奏の音声を陰で流しておくからな。お前たちはあくまで演奏しているフリをしてくれれば良いのだ」
あっけらかんと答えたワンダバに、叩かんでええならわしを踊らせるぜよ、と錦の悲痛な叫びが拠点一帯に木霊した。
尾張の国の季節は現在春である。
満開の桜の木々に囲まれた宴の会場は、既に大勢の町人で賑わい騒がしい。
その中でも一等大きな桜の木によじ登った太助は辺りを見渡すと、満足そうに枝の付け根に腰を落ち着けた。
「うん、ここからなら踊りも見れそうだ。さーて、天馬たちはどこだ……?」
──一方、太助のいる反対側。
ワンダバスイッチによりそれぞれ踊り子と演奏者に変装した天馬たちは、宴に参加するの為の面接の順番が来るのを待っていた。
「あの面接に通れば晴れて潜入完了ってとこだけど……」
「問題はあの面接官か」
物陰から面接の様子を見守る一同は、お前たちは可愛いから合格、お前たちは格好良さ過ぎるから不合格、と面接官が明らかに私情で演者を選んでいるのを見て顔をしかめる。
「僕ら、大丈夫かな……」
「──お、天馬たちじゃないか!」
ふいに聞き覚えのある声に振り向くと、関係者が集まっているだろうスペースから藤吉郎がのんびりとした足取りで歩いてきていた。
「藤吉郎さん! こんなところでどうしたんですか?」
「せっかくの機会じゃ、遠目からでも一目信長様を見ておきたいと思ってなぁ」
「藤吉郎さんは招待されてるの?」
信助の素朴な疑問に、藤吉郎はうんにゃ、とあっさり首を振る。どうやら無断で関係者に紛れ込んだらしい。
「入り込むくらい簡単じゃ。ここを使えばな」
そう言ってニヤッと笑った藤吉郎は、自分の頭を指差した。
そっか、と呟いて、天馬は突然ハッと何かに気付いた様子で目を大きく見開く。
「──藤吉郎さん、お願いがあります!」
「ん? どうした、言ってみい」
天馬は藤吉郎を手招きして、軽く腰を曲げた彼の耳にひそひそと話しかけた。
しばらくその話に相槌を打っていた藤吉郎は、なるほど、と最後に呟き笑顔で頷く。
「よし……そう言うことならわしに任せろ!」
「あ、ありがとうございます!」
顔を輝かせた天馬に、藤吉郎は数度咳払いをして喉を整えると、ちらりと面接官のいる方を確認して大きく息を吸い込んだ。
「──何と! あなた方があの伝説の? 松風家の天馬と言えば、朝廷も認めた程の踊りの名手ではありませんか!」
突然轟いた藤吉郎の大声に、周囲の視線は一気にそちらに向く。
その中に面接官の視線も混じっていることを横目で確認して、藤吉郎はわざとらしく続けた。
「いやはや、あなたたち程の踊り手が来たとあれば、信長様がお喜びになられること間違いなしですなぁ!」
「……そ、そこの者たち!」
藤吉郎の言葉を遮り、慌ただしい足取りで近付いてきた面接官の男が声を上げる。
男はざっと天馬たちの顔を見回して、ごほん、と空咳をした後仰々しい口調で言った。
「朝廷も認める程の踊りの名手と言ったか。是非宴に参加してくれぬか?」
「えっ、でもまだ僕ら、面接が……」
「わしが認めたのだ、良い良い。存分に信長様にその腕前を披露してくれ!」
男は焦ったように天馬たちを演者の待機スペースへ行くように手を振る。
分かりました、と頷いた天馬は、男に気付かれないよう藤吉郎に「ありがとうございます!」と口を動かした。
「上手く入り込めたね……!」
「そこから会場を確認できそうだよ」
フェイに続き、天馬はそろりと仕切りの布を捲って中を覗き込む。
他の演者の踊りは既に始まっており、それを一望出来る櫓の上に信長はいた。
「よし……では、ワタシは信長を狙いやすい位置に移動する。後は頼んだぞ」
「うん、気をつけてね」
合羽を翻し櫓の裏手へ回るワンダバを見送って、一行は順番が回ってくるのを待った。一組、二組と順調に出番が近付くにつれ、少しずつ緊張感も高まっていく。
「な、何かドキドキしてきた……!」
「だ……大丈夫、きっと上手くやれるよ!」
「──さて、お次は松風家の天馬一行による踊りとなります!」
仕切り越しに聞こえた司会の声に、来た、と天馬は表情を強張らせた。
緊張した面持ちで檀上に上がると、観客の視線がより一層突き刺さる。フェイは檀上近くの茂みにワンダバが隠れていることを確認すると、袂に手を入れそっと演奏データの入った音楽プレーヤーのスイッチを入れた。
リズムに合わせ、錦、剣城、神童が演奏する素振りを始めると同時に天馬たちも動き出す。
しかし緊張が高まりすぎたか、昨日練習では上手く行っていたはずの動きが思うように出来ない。
藤吉郎がハードルを上げてしまったこともあるのだろう、朝廷も認めた筈の踊りがあまりにぎこちなく拙いことに、観客の目も次第に曇っていく。
天馬が何とか踊りを続けながら櫓の方を見やると、信長も観客たちと同じように険しい顔で踊りを見下ろしていた。
「(ど、どうしよう……! 信長は全然踊りに夢中になってない。このままじゃオーラを貰うことが出来ない……!)」
どうすれば、と焦燥に駆られる天馬の爪先に、ふと何かがぶつかる。
反射的に足下を見ると、そこには拠点に置いてきた筈のサッカーボールが転がっていた。
「これは、……!」
視界の端に、檀上にひょっこりと顔を出した藤吉郎の姿が映る。彼がボールを投げ入れてくれたのだ。
ぱち、と片目を瞑って再び身を隠した藤吉郎に、天馬は彼の言わんとしたことを察してサッカーボールを拾い上げる。
「(そうか……俺たちにはこれがあったんだ!)」
──てん、と聞き慣れた音に、それぞれ踊りや演奏に集中していた仲間たちは挙ってそちらを見た。
いつの間にか天馬が踊りを止め、サッカーボールでリフティングをしている。
「て、天馬!?」
「踊りなんかじゃない──俺たちがやるべきはサッカーだ!」
そう言って天馬が大きくボールを蹴り上げると、観客の視線は自ずとそれに吸い寄せられた。
信長でさえ宙に舞い上がったボールに意識を引き付けられている。それを見た神童は、そう言うことか、と目を見開いた。
「神童先輩!」
「……!」
天馬から渡されたボールに神童がすかさずそれをトラップで受け止めてリフティングを続行すると、観客席からおお、と小さく歓声が上がる。
「──鷹栖!」
「ちょっ……あんなに練習したってのに、もう!」
咄嗟に着物の足下を開き、依織は飛んできたボールを頭上へ高く打ち上げた。
落ちてきたボールを踵で軽く弾き、くるりとその場で回った依織はそのまま剣城へパスを出す。
観客たちはいつの間にか輝くような笑顔でその光景に魅入り、信長も身を乗り出すようにして檀上を見つめている。それを見て、やはり、と神童は確信した。
「(付け焼き刃な踊りよりも、俺たちのサッカーを見せる方がこの時代の人たちを魅了出来る!)」
特に信長は珍しいもの、新しいものが好きな武将として有名だ。まだこの時代に伝わっていないサッカーによる『演舞』は、より興味を惹かれるものだろう。
そしてその思惑は見事に的中した。
ボールを繋ぎ、手足のように操る天馬たちに観客は夢中になっている。
──やるなら今しかない。フェイの目配せを受けて、ワンダバはミキシマックスガンを両手に茂みから飛び出した。
放たれた2つの光線が神童と信長に照射され、2人を繋ぐ一筋の光になる。
しかしそれが繋がったのは一瞬のことだった。信長側から溢れ出た光に押され、神童はその場に崩れ落ちる。突然の出来事に、会場はにわかに騒がしくなった。
「そんな!?」
「くっ……!」
ミキシマックスは失敗だ。咄嗟に身を隠そうとしたワンダバを、異変を察知した兵たちが取り囲む。
「ワンダバ!」思わず檀上を降りようとした天馬たちも、槍を喉先に突きつけられ身動きがとれなくなってしまった。ボールを檀上に入れたところを見られたのだろう、藤吉郎も同じように兵に捕まっている。
「曲者ですぅ〜〜ッ!」
「ぬわぁ!?」
劈くような少女の声。兵の足下をすり抜け何とか脱出を図ろうとしたワンダバは、頭上から降ってきた網に掛かり鼻先を地面に押さえつけられた。
「こやつらは信長様の命を狙う不届き者です! その証拠に、ほら!」
そう言って、少女はワンダバの手からミキシマックスをもぎ取り信長に見せつける。
──その聞き覚えのある声に肩越しにそちらを見た依織は、葵を片手に庇いながら奥歯を噛み締めた。
「(あいつ……ベータ!)」
兵士と同じような服装に身を包み、ワンダバを片足で踏みつけていたのは間違いなくベータだった。彼女は依織の視線に気付くと、小さく口角を上げる。
「──宴は中止だ! その者たちをこれへ!」
網に掛かったワンダバ、ベータの見せたミキシマックスガン、そして動けない天馬たちを順に見やった信長は、目尻を吊り上げて宣言すると一行を櫓のすぐ下へ並ばせる。
「な、何が一体どうなっちまったんだよ……!?」
桜の木の上から一連の騒動を眺めていた太助は、遠目から櫓の下に正座させられた天馬たちを不安げに見つめた。
「……それではこれより詮議を行う。面を上げよ!」
地面に頭垂れていた一行は、それぞれ険しい表情で顔を上げる。
信長は苛立ったように扇子で自分の肩を叩き、憎々しげに彼らを見下ろした。
「──貴様ら、やはり今川の手の者だったか。儂を暗殺に来たのか?」
信長は先日会った神童たちの顔を1人ずつ覚えていた。十代中頃の子供たちが旅人や花火職人を名乗ったことで、より深く印象に残ったのかもしれない。
こちらの問いに何も答えずただ見つめ返すだけの神童に、信長は目を眇めた。
「言い訳も出来ぬか?」
「ち、違います! 暗殺なんて……そんなんじゃありません!」
沈黙に耐えきれず、立ち上がって声を荒らげたのは天馬だ。ほう、と目を細めた信長は、天馬に鋭い視線を向ける。
「では何故宴に忍び込んだ。一度目は花火職人を装い儂に近付き、二度目は踊り子の姿にて忍び込む。これでも他意がなかったと申すのか?」
「で……ですから、それは……」
信長の尤もな質問に、天馬は返す言葉が見当たらなかった。
先を考えて喋れっての、と後ろから水鳥の呆れた声が聞こえてくる。
「……答えられぬと言うことは、やはり──」
「──信長様。俺たちは、時を超えてやって来ました」
ふいに、天馬より前に出て立ち上がり言葉を発したのは、それまで黙り込んでいた神童だった。
仲間たちは神童の告白に、ギョッとそちらを見上げる。
「時を超えて……だと?」
「はい。ずっとずっと未来から……もっと先の世から来たのです」
詮議を見物していた町人たちがざわめき始め、「静かに!」と兵の1人が槍の石突きを鳴らした。
信長の傍らに控えていた側近の1人は、肩を震わすと辛抱堪らないと言った様子で立ち上がる。
「戯けがッ! もう少しましな言い訳をするんだな!御舘様、このような者ども詮議などするまでもない……全員死罪と致しましょう!!」
「死罪っ!?」
飛び出した物騒な単語に、神童を除く一同はついその場から後退った。
「その者たちを引っ立てろ!!」続け放たれた号令に、槍を構えた兵士たちがじりじりと近付いてくる。
このままでは信長のオーラを貰うどころか、サッカーを救うことも出来ずゲームオーバーだ。天馬たちが冷や汗を掻いていると、ふと信長がパチン、と扇子を鳴らした。
「まぁ、待て……面白いではないか」
「し、しかし御舘様……」
「貴様。今の説明では納得が出来ぬ。先の世とは……もっと分かるように説明せよ」
「分かるように、ですか」信長の思わぬ食いつきに、神童は顎に手をやりしばらく考え込む。
「……先の世とは、今から数百年の時が過ぎた、ここよりもずっと進歩した日本のことです。俺たちは船で海を渡るように、時の流れを超えてこの時代にやって来たのです」
信長の肩が小さく揺れ動く。
そんなことを信じられるわけがない、と声を上げる側近を制し、信長は更に尋ねた。
「それで……どうなっておる。未来の日本は」
「どうなって…………戦がなく、豊かで平和な世です」
「ほう……日本は良くなっておるのだな」
頷く神童に、信長は興味深げに鼻を鳴らす。
その表情をじっと見つめ、依織は密かに顔をしかめた。どうにか窮地を脱する手を得るために先程から信長の感情を読み取ろうと試みているのだが、どうしてか上手く行かない。ワンダバの言っていた『器の大きさ』故か、感情を読み取るに至れないのである。
「貴様たちが本当に先の世から来たと言うのなら、これから起こることも分かるのか」
「はい。この時代の大きな出来事なら」
そうか、と信長は頷くと、しばし間を空けて改めて尋ねた。
「では聞こう。儂は──織田信長は、天下を取れるのか?」
「!」
核心を突く問いに、天馬たちはつい神童の方を窺う。
空気がより張り詰め、見物人たちも固唾を呑む中、神童は信長の目を真っ直ぐ見つめたままゆっくりと口を開いた。
「──残念ながら、信長様が天下を取られることはありません」
「……!」
「神童!」
神童の口から出たのは、紛れもなく彼らの時代に伝わる真実だった。仲間たちは一斉に顔色を変えて彼の横顔を見つめる。
「っこの不届き者が……!!」
「──そうか。それは残念である」
側近の言葉を遮り、信長の口から出たのは思いの外穏やかな声だった。
うっすらと笑みすら浮かべた信長からは、先程までの刺さるような敵意は感じられない。
「え……どういう事?」
「僕たち、助かったの……?」
てっきりこのまま切り伏せられることも有り得るのでは、と青ざめていた一同は、少しばかり緩んだ空気に首を傾げる。
異変が起きたのはその直後だった。
「き、貴様ら! 何者だ……ぐああっ!」
突然悲鳴と共に、櫓付近を警備していた兵士たちが次々と吹き飛ばされる。
群衆を押し退け、そこに現れたのは暗色の着物に身を包んだ見慣れた人物──プロトコル・オメガの面々だった。
「あ、あいつらは!」
「我らは今川義元様の家臣である。決闘の申し込みに来た!」
今までベータの姿しか見掛けなかったと思えば、どうやら残りのメンバーは今川軍に潜伏していたらしい。
「決闘だと?」櫓から身を乗り出した側近と黙ってそちらを見やった信長を見上げ、書状を広げたレイザが文面を読み上げる。
「『織田信長殿。麿は今、蹴鞠戦と言う球蹴りで勝負をする遊技にはまっておじゃる。ここは一つ、その蹴鞠戦で勝負をしてみないでおじゃるか』」
「蹴鞠戦で勝負だと……!?」
「……!」
そこで神童は、他の兵士に紛れ込んでいるベータを振り返った。
ベータは口角を上げ、何食わぬ顔で事の成り行きを見守っている。
「『戦にしか能のない信長殿には、無理な相談でおじゃるかの』──」
「ぶ、無礼な! 斬って捨てよ!!」
指示を受け、刀を抜いた兵士たちがプロトコル・オメガを取り囲む。しかし、切っ先を向けられているにも関わらず涼しげな表情を保っている彼らに、信長は逆に興味を惹かれたようだった。
「蹴鞠戦か……」
「信長様、俺たちにやらせて下さい。蹴鞠戦なら、俺たちの得意とするものです!」
「っ指揮は私めにお任せを! 必ずや勝って、今川の軍を討ってご覧に入れます!!」
声を張り上げた神童に続き、藤吉郎が熱の籠もった声で進言する。
真剣な表情でこちらを見上げる2人に、信長は口角を上げて扇子を広げた。
「──良かろう。そちらの男、名は?」
「木下……木下藤吉郎にございますッ!!」
2人の視線が交錯する。雷門イレブンは、図らずも信長と藤吉郎──秀吉のファーストコンタクトの機会を作ってしまったようである。
「……試合は1週間──7日の後とする」
「うつけ祭りの日か……!」
誰かの呟いた声に、「うつけ祭り?」と天馬と信助は顔を見合わせる。聞いたことのない単語だ。
すると、ワンダバが笠の下で声を落とし教えてくれる。
「信長が年に一度開く、騒ぎの余り怪我人まで出ると言う祭りだ……!」
「その時代の事件か人物を使った方が、ルート変更やタイムパラドックスを起こしにくいんだ」
「その騒ぎに乗じて私らを叩き潰そうって魂胆か……!」
顔をしかめて依織はプロトコル・オメガたちを睨みつける。ちらりとこちらに顔を向けたエイナムは、表情を変えぬまま「楽しみにしているぞ」と言い残し姿を消した。
文字通り光と共に消えた今川の家臣≠スちに、見物人や兵から短く悲鳴が上がる。
その場が混乱に見舞われる中、そっと群衆に紛れて姿を消すベータを神童は険しい表情で見送った。