24

夜は更けて、どうにか兵士たちから解放された天馬たちは草臥れながら拠点へ戻る。
一時はどうなってしまうかと思ったが、何とかなって良かった、とお互いの無事を喜ぶ一行を、一足先に拠点を訪れていたお勝と太助が夕食の準備をして出迎えてくれた。

「すいません、お勝さん。こんなことをさせて……」
「いえ……」

眉を下げ微笑み掛ける神童に答えるお勝の声は、どこか元気がない。その心を察した神童は、彼女を慰めることも出来ず鍋に箸を伸ばす。
仲間たちはとっくのとうに取り分けられた湯豆腐に舌鼓を打っていた。

「おいし〜!」
「当たり前さ! 何たって家で作った豆腐なんだから」

顔を綻ばせる天馬たちに、太助は自慢げに胸を聳やかす。
こうして夕食に有り付くことが出来たのも、一重にあの危機を脱することが出来たからこそだろう。それにしても、と錦が神童に話し掛けた。

「天下が取れない、って答えた時にはびっくりしたぜよ!」
「まさかホントのことを言うとは思わなかったなぁ」

お陰でヒヤヒヤしたぜ、と錦の隣に腰を下ろした水鳥が頭を振って肩を竦める。苦笑を零し、神童は相槌を打った。

「小手先の嘘が通じる相手ではないからな……」
「おっ、信長のことが分かってきたんじゃないのか!? これなら次のミキシマックスは成功ぜよ!」

軽い調子で笑う錦に対し、一転し笑みを潜めた神童は真剣な面持ちになって首を横に振る。

「いや……まだだ。知れば知るほど、自分との器の大きさの違いを実感する……」
「シン様……」

項垂れた神童に、仲間たちは気遣わしげに眉を下げた。
ミキシマックスに失敗したことは、神童の中でより大きな障害として立ち塞がっているらしい。

そこで、ふと「そうだ!」と思い出したように言ったのは、それまで我関せずといった風に夕飯を掻き込んでいた太助だった。

「天馬たちが先の世から来たって、あの話は本当なの?」
「……!」

箸を持つ手がピタリと止まる。
気まずそうになった一同を察し、お勝は慌てて弟を諌めた。

「太助……!」
「だって気になるよ! それに、今日のあの役人だって白鹿組の時にいた奴でしょ?」

あの役人≠ニは恐らくベータのことだ。「気付いてたのか」と意外そうに言ったフェイに、太助は事も無げに頷く。
あの時は周りを見る余裕などなかっただろうと思っていたが、彼は自分たちが思っているよりも視野が広く、冷静な子供だったようだ。

「もしかして、今川の家臣の奴らも関係あるの?」
「それは……」

天馬たちは顔を見合わせ言い淀む。
果たしてこの話を戦国時代の住人に話して良いものか。話したところで信じてもらえるのか。明らかに言葉に迷っている彼らに、太助は不思議そうに首を傾げた。

「……話しておいた方が良いかもしれないな」
「! フェイ」

しばし置いて、口を開いたのはフェイだった。目を伏せた彼は、真面目な面持ちで言う。

「恐らくプロトコル・オメガとの一戦は、白鹿戦とは比べものにならないくらい激しいものになるはずだ」
「ここまで来たら、もう誤魔化しようがないって?」

やや声を落とし、流し目を向けた依織にフェイは小さく頷いた。
太助は一度戦いに巻き込まれ、こちらの事情も粗方把握している。その上役人に扮したベータと今川軍として現れたプロトコル・オメガの繋がりを察している以上、誤魔化すのは難しいだろう。
──何よりも、理解者は多いに超したことはない。

「……だったら、俺が話すよ」

出会って間もないとは言え、太助と一番親交が深いのは天馬だ。ここは彼が話すのが道理だろう。
フェイが先を促そうとすると、あ、と小さく声を漏らしたお勝がさっと立ち上がった。

「私、お豆腐を取ってきますね……!」
「えっ? 姉ちゃん話聞かなくていいの?」

見上げてきた弟に曖昧に微笑んで、お勝はそそくさと外へ出て行く。
それを見送って、天馬は改めて口を開いた。

「──太助。俺たちが先の世から来たって話は本当だ。それも、何百年も先の世から……」
「何百年も!?」

目を見開いた太助は、信じられないように天馬や信助、自分を見つめる一行を見回す。
みんな自分と2つ3つ程しか変わらないだろう子供だ。そんな彼らが、自分とは違う時代の人間だと言う。

「俺たちの時代……サッカーは、みんなに夢を与えてる。でも、そのサッカーを奪おうとする奴らが現れた。それが今川の家臣を名乗ったあいつらだ」

そうして天馬は、太助に事の顛末を包み隠さず説明した。
プロトコル・オメガを倒さなければサッカーを守れないこと、その為にはもっと強くならなければならないこと。

「──だから俺たちはこの時代に来た。織田信長のパワーをもらうために……!」

太助は目と口を丸く大きく開いたまま声を発さない。
やはり内容が内容なだけに、話に付いていけなかったのだろうか。そんなことを思っていると、太助はそこでようやく大きく息を吸い込んで──

「っすごーい! 天馬たちってほんとに先の世から来たんだ!! 俺、先の世から来た人なんて初めて見たよ!」

きらきらと目を輝かせて大はしゃぎする太助に、「普通はそうだわな」と水鳥が呆れた様子で呟く。
かと思うと、太助は思い立ったようにスックと立ち上がった。

「決めた! 俺にもあいつらをやっつけるの手伝わせてよ!」
「手伝う、って……うつけ祭りの試合に出てくれるってこと?」

きょとんとする天馬に、そうさ、と太助は力強く頷く。

「俺……最初はさっかーのこと軽く見てたんだ。でも、実際やってみて色んなことが分かった」

ただ蹴れば良いという話ではなく、ボールの行き先を読み、相手と体をぶつけ合いボールを奪い合い、思考を巡らせなければ勝てないと言うこと。
今まで通りサッカーを関わらずに生きていたら、きっと世の中に自分の知らないものが星の数ほどあることすら知らずに生涯を終えていただろう。

「そう言うのが知ることが出来て、ほんとすげえ面白かった。だから今なら、それを教えてくれたさっかーの大切さは俺にも分かる。あんな奴らに取られて溜まるか!」
「太助……!」

熱弁する太助に、天馬は感動に表情を輝かせた。
時代を超えた場所の人にも、サッカーの楽しさが伝わったのだ。彼にとってこんなに嬉しいことはない。

「良いよね、フェイ?」
「勿論さ」

快く承諾したフェイに、太助は弾けるような笑顔になって「よぉし、やるぞ!」と意気込んで再び夕飯を掻き込み始めた。




翌日、太助をチームに加えた8人は、拠点近くの開けた場所にやって来た。自分たちの能力の向上の為、そして太助に本格的にサッカーを教える為である。

「それでは、1週間後の試合に向けて特訓を開始する! 太助ぇ! ビシビシしごいてやるから覚悟しておけ!」
「おっ、お願いします!」

8人の正面に立ちふんぞり返ったワンダバは、いやに気合いが入っている。白鹿組戦の時になし崩しに藤吉郎に監督の座を奪われてしまった為だろう、藤吉郎がいない今こそ彼の天下なのだ。
ワタシのことは監督と呼ぶように、とワンダバがしつこく太助に言い聞かせていると、遠くからこちらに向かって誰かが走ってきた。

「おーい、お前たち!」
「あ、藤吉郎さん」
「何っ!?」

やって来たのは藤吉郎と、それに連れられた太助の友人たちだった。先日白鹿組に攫われた面子である。

「さっかーは11人でやるもんじゃろう? こいつらも入れてやると良い」
「獅子丸、五郎太、市正……どうして」

遅れてやって来た仲間たちに、太助は驚いたように目を丸くした。『遊技』と称していも、事情を知らない彼らにとって相手はあの今川軍である。そうと知りながら彼らはここに来てくれたのだ。

「前の試合では全然だったからな! 俺たちだってあのまま終われるかよ」
「そうか……よし! みんなで頑張ろう!」
「おお!」

拳を突き合わせ、子供たちは気勢を上げる。
それをにこやかに見守って、ところで、と藤吉郎は目を吊り上げて天馬たちを振り向いた。

「お前たちに一言言っておく。信長様が天下を取れぬなど、わしは信じておらんからな! 信長様でなきゃ誰が取る? 今川か、それとも武田か!?」
「……ええっと……」

それぞれ顔を見合わせ、一同は藤吉郎から目を逸らす。まさか『あなたが天下を取ります』などと口が裂けても言えるまい。
しかし藤吉郎はその無言をどう受け取ったのか、ほら答えられまい、と鼻を鳴らした。

「信長様の目は誤魔化せても、わしの目は誤魔化せんからな!」
「あ、あはは……」

一晩言いたかったことをようやく言えてスッキリしたのか、「それじゃあ練習を始めるぞ!」と藤吉郎は晴れやかな笑顔になって拳を空に向かって突き上げる。
──笑い合う藤吉郎と子供たちを眺め、自分の天下が一瞬で終わりを迎えたことを察したワンダバはそっと涙を呑んで項垂れた。

とは言え、相手は今までサッカーのさの字も知らなかった根っからの素人。地元の子供たち4人を加えた練習は、いつも以上に難航することになる。
その上彼らを1週間で一人前の選手に育て上げなければならないとあって、信長に対し必ず勝利すると言ってしまった藤吉郎の指南にもより熱が籠もった。

「もっとしっかりぼーるの行き先を見るんじゃ! ……こらー! ぼーるから逃げるな!」

しかし、それに相反して子供たちはプレーのコツが掴めず齷齪と広場を走り回るばかりで中々思うように行かない。
何せ前回の白鹿戦では、神童や天馬たちの指示を聞き言われるがままボールを蹴っていただけだったのだ。それを改めて自らの意思でプレーするとなると、また少し勝手が違うのだろう。

一方で、神童の信長とのミキシマックスと化身アームドを成功させる為の特訓も難航していた。

「《奏者 マエストロ》──!!」
「よし、化身アームドだ!」

フェイの声に合わせ、神童は力を解放する。
体に纏う光は帯になり、ふわりと足下を浮き上がらせるが、そこから先が形になることはない。
反動で膝から崩れ落ちる神童に、大丈夫ですか、と天馬が駆け寄ろうとしたが、彼はそれを片手で制しながら立ち上がった。

「(まだ何かが足りないんだ。何かが……!)」

既に化身アームドを習得している後輩たちは不安そうに顔を見合わせ、苦悩する神童を見守ることしか出来ない。
あれは言葉で説明したところでどうにか出来るものではない。ただひたすら特訓を積み重ね──何かを切っ掛けにして初めて成功するものなのだ。

そうして各々研鑽を続け、今日はここまでにしよう、と藤吉郎が切り上げる頃には辺りはすっかり暗くなってしまっていた。

「ただいま〜……」
「あれ、何か良い匂いがする」

疲れ切った一行が太助たちを連れ立ち拠点に戻ってみると、たすきを掛けたお勝が囲炉裏の傍にしゃがみ込んでいる。
おかえりなさい、と笑顔で振り向いた彼女の手元で、大きな土鍋に入った野菜と豆腐がくつくつと煮えていた。

「あっ、鍋だ!」
「こりゃあ美味そうぜよ!」
「ふふ……沢山食べて、力を付けないとね」

「さ、拓人様も!」我先にと鍋を取り囲む子供たちや錦と信助の勢いに押され立ち尽くしていた神童にお勝は笑顔で着席を促す。

「神童、早く食わんとなくなるぜよ!」
「……あ、ああ」

お勝の表情に、昨日見えた翳りはない。神童は戸惑いつつも薄く笑みを浮かべ、輪の中に入っていった。




1日、2日、3日。うつけ祭りの日は刻一刻と迫る。

日毎天馬たちと練習に励み親交を深めた子供たちも、4日目には大分基礎を熟せるようになり、5日目にもなると拙くも連携が上手く繋がるようになった。
流石にまだ荒さはあるが、初日のプレーを考えると雲泥の差だろう。頭上で輝き始めた星を見上げ、もうこんな時間か、と呟いた藤吉郎は声を張り上げた。

「もうすぐ夜になるぞ! 今日の練習はしまいじゃ!」
「はーい!」

体についた泥を払い、着物に着替えて──依織はこっそり物陰で──拠点に戻ると、お勝が毎回夕食を作って待ってくれている。

「ありがとうございます、お勝さん」
「いいえ……私にはこれくらいしか出来ませんから」

──微笑むお勝の表情からは確かに寂しさが滲んでいて、依織はそっと彼女から目を逸らす。
うつけ祭りの日は、信長とミキシマックスする最後のチャンス。即ち、一行が戦国時代でやるべきことを終え元の時代へ帰る日を意味するのだ。
神童は彼女の気持ちには気付いているのだろうか。何にせよ、お勝は神童に思いを告げるつもりはないらしい。

「(お勝さんも分かってるんだ。伝えたところでどうにもならないってこと)」

夕食を終えて夜も更けた頃、お勝と子供たちは町へ帰っていく。
お勝の携えた提灯が小さくなって町の方へ消えていくのを全員で見送り、就寝の準備を始めるのがここ数日の流れだったのだが、依織は室内には戻らずただぼんやりと戸口に立ち尽くしていた。

「どうかした? 依織」
「ん? ああ……いや」

軒先には今日一日使い倒したボールが転がっている。
依織はそれを拾い上げて、首を傾げる葵を振り向いた。

「何か、まだ眠る気になれなくてさ。少しだけ風に当たってくるよ」
「そう……? 1人で大丈夫?」

大丈夫だって、と軽く手を振って依織はさくさくと雑草を踏み分け歩いて行く。
とは言え、実際単身で遠くへ行くのは危険なので、あくまで拠点から目に届く範囲までであるが。

着物のまま出て来てしまったので、あまり大きな動きは出来ない。ちょん、と爪先にボールを乗せて、軽くリフティングする。

依織は少しだけ、お勝に共感を覚えていた。
誰にも告げられない秘密を抱えている。告げたところで何かが変わるわけではない。依織も同じだ。どんなに辛くて涙が出そうになったとしても、終わりが来るまでその秘密は自分の胸の内に留めなければならない。

ゆっくりとボールを蹴っていると、何となくさざ波の立っていた心も少しずつ落ち着いてきた。

「──まだ寝ないのか」
「! 剣城」

ざり、と砂を蹴るような足音に振り向くと、少し離れた場所にいつの間にかやって来ていたらしい剣城が佇んでいる。

「今はまだ。剣城こそ寝ないのかよ」
「お前が戻ったらな。……空野が、やっぱり少し心配だから着いてやっててくれって」
「はは、葵も心配性だな」

ぽん、と高く打ち上げたボールは弧を描き、咄嗟に腕を伸ばした剣城がそれを受け止める。着物のままでは蹴り返せないと判断したのだろう。
ナイスキャッチ、と笑った依織に、しばし考え込んだ風な顔をした剣城はややあって口を開いた。

「眠れないなら、少し付き合え。聞きたいことがある」
「聞きたいこと?」

2つの岩の上に橋を渡すように置かれた板は長椅子代わりだ。その片側に腰掛けた剣城に倣い、依織は彼の隣にすとんと座る。

「で、何?」
「……兄さんのことだ」

「優一さんの?」一瞬目を眇めた依織は、ああ、とすぐに合点が行った。
あれからばたばたと忙しくしていたせいで、結局剣城に『パラレルワールドでの優一』の説明をすることをすっかり忘れていたのである。

「あー……ちょっと長い話になっちゃうんだけど──」

そう前置きして、依織はあの@D一と出会いから別れまでを、掻い摘まんで剣城に説明した。勿論、別の世界で自分たちが幼馴染みの関係だったことは伏せて──だが。

依織の話に耳を傾けた剣城は、珍しくころころと表情を変えた。
化身を発現させ、あまつさえアームドも使いこなし試合で活躍する兄の話を聞くと目に見えて生き生きし、自分がゲームセンターに引きこもるスレた不良のようになっていた話を聞くと苦虫を噛み潰したような顔をする。

そして最後にその優一が『弟にサッカーを返す』と言う理由で消えてしまったくだりになると、明らかに落ち込んでしまった。

「そうか……兄さんが、そんなことを」
「お、おい。大丈夫か?」

大丈夫だ、と力なく頷いて、剣城は額を抑える。
今まで天馬やフェイ、依織の話の節々を聞いて、自分や兄に何が起こったのかは何となく察していた。
しかし実際に子細を聞くと、その事実はあまりに重い。

「……頑張らないといけないな。俺にサッカーを返してくれた、兄さんの為にも……」

──重いからこそ、より一層覚悟が強まる。

瞳に強い光を抱いた剣城に、そうだな、と安心したように依織は目を細めた。
責任感の強い剣城のことだ、この話をすればまた以前のように罪悪感に苛まれ1人で先走ってしまうのではないかと思ったが、今の彼ならその心配はいらないだろう。

「──それで?」
「うん?」

顔を依織の方に向け、剣城は言う。
まるで話の続きを促すような口振りだ。首を傾げる依織の目を、剣城は射貫くようにじっと見つめた。

「他にもあるんじゃないのか? お前が俺に、……みんなに言ってない──隠してる≠アと」

──そこで依織は、剣城の『聞きたいこと』が兄の一件だけではなかったことに気が付く。最初から彼は、この話題を依織に振るつもりでここに来たのだ。
依織がずっと直隠しにしてきた秘密を暴くために。

「……隠してるなんて人聞きの悪い。んなもんあるわけないだろ? 私は無罪潔癖ですぅ〜」

間延びした声で答えた依織は立ち上がり、裾に付いた土埃を払う。
そうか、と言った剣城が背後で腰を上げた気配がする。そろそろ戻るか、と零した依織に被せるように、低い声が響いた。

「──フェイやシュウには話せるのにか?」
「!! お前、聞いて……」

反射的に振り向いて、直ぐさま自分の失言に気付く。
剣城の表情から、鎌を掛けられたことを感じ取ったからだ。

「やっぱりあるんだな……」

確信を得た剣城の声色に、依織は顔をしかめた。ここまで来てしまったら今更誤魔化しは効かない。
だが、かと言って事実を明かすわけにはいかないのだ。話したところで、どうにもならないことだから。

「会ったばかりのフェイや、たった数回会っただけのシュウには話せるのに、ずっと一緒に戦ってきた俺たちには話せないことって何だよ」
「そ、れは……」

言い淀むと、剣城の琥珀色の瞳からじわりと滲むような怒りや苛立ちが伝わってくる。咎めるような視線に心臓が嫌な音を立てる。
やがて剣城は俯いて黙りこくってしまった依織から目を逸らすと、自嘲するようにぽつりと呟いた。

「……それとも、所詮俺たちはその程度しかお前に信頼されてなかったってことなのか」
「っ違う!!」

思わず弾かれたように声を発した依織に、剣城は驚いたらしく切れ長の目を少し見開く。
しかし、そこから先が言葉にならない。
ぱくぱくと口を動かして、依織は眉根を寄せた。

「(信頼してないとか、そんなんじゃない)」

サッカーを取り戻せなければ、依織はこの先数年の内に命を落とす。そんな嘘のような事実を話したところで何になると言うのだろう。
やるべきことは結局変わらないのに、負担だけ増やして追い詰めるくらいなら、黙っていた方が余程マシだ。

しかしその沈黙が、剣城は不満だと言う。ならば一体依織はどうするのが一番良いのだろうか。
苦しげに顔を歪める依織に、剣城はやがて小さく溜息を吐いた。肩を揺らした依織に背を向け、彼は言う。

「……悪い、言い過ぎた。先に戻る」
「……うん……」

──目を見なくても分かる。感じ取れてしまう。ちくちくと刺さるような後悔と嫌悪感を。
離れていく背中に、依織はそっと口を開く。出てくるのは震えた吐息ばかりだ。

「(わたし、は)」

心臓の嫌な音は未だ止まず、締め付けられるような痛みが胸に残っている。目頭がじりじりと熱くなっていることに気付いて、依織は小さく鼻を啜った。