25

「──合体必殺技!?」

うつけ祭りが明日に迫ったその日。
朝一番でやって来た藤吉郎は、集合した天馬らと子供たちに向けて険しい顔で開口一番、守りの合体必殺技を作ると言い出した。

「確かに太助たちは腕を上げておる。白鹿組の時と比べれば雲泥の差じゃ! じゃが今のままでは、今川の攻撃を防ぎきることは出来んじゃろう」

藤吉郎の分析は手厳しいが、正確でもある。
賞賛への喜びから一転、不安そうに顔を歪める子供たちに、雷門イレブンのメンバーは眉を寄せた。藤吉郎の言い分は尤もではある。だが、如何せんあまりに無謀が過ぎるのだ。

「だからって、いきなり合体必殺技なんて……」
「それに試合は明日ぜよ!?」
「それがどうした! 戦に必要なら一晩で城でも作ってみせる! それぐらいの気概がなくて奴らに勝てるものか!」

その無謀さを指摘する信助や錦に語気を強め精神論を披露した藤吉郎は、それに、と目尻を吊り上げる。

「明日の試合には信長様の名誉が懸かっておるんじゃ! 太助、獅子丸、五郎太。お前たち3人には、明日までに守りの合わせ技を完成させて貰う!」
「お、俺たちが?」

名指しされた3人は顔を見合わせ、藤吉郎を見つめる。
藤吉郎の顔は真剣そのものだ。たっぷりと間を空け、彼は声高に宣言した。

「名付けて一夜城>氛汕齧驍ナ造る城と書いて、一夜城じゃ!!」
「一夜城……!?」

聞き覚えのあるその名前に、天馬たちは太助らとはまた違う驚きで目を丸くする。
一夜城はかつて豊臣秀吉が築いたとされる城の通称だ。いずれも一夜で造ったわけではないとされてはいるが、今ここにいる藤吉郎は一夜で城を造るが如く、この一晩で合体必殺技を完成させようと言うらしい。

子供たちの表情は未だ不安に曇っている。
この5日間でようやく天馬たちとの連携がスムーズになったとは言え、一晩で守りの要を完成させろと言うのだ。緊張するのも仕方のないことだろう。

やがて、その不安を振り切るように太助が声を張り上げた。

「……俺、やります! その一夜城って技、完成させてみせます!!」
「! 太助……」

言い切った太助の横顔はまだ少し強張っているが、その目からは彼が本気であることが窺える。
「その意気じゃ」と嬉しそうに口角を上げる藤吉郎に、神童がそれならば、と口を開いた。

「ディフェンス……守りの必殺技を作るのなら、FWのシュートを相手に特訓するのが良いでしょうね」
「ん? ふぉわーど?」
「攻撃を得意とする選手のことです。……そう言うわけだから剣城、鷹栖、フェイ。頼めるか?」

藤吉郎に注釈を添えた神童がそちらに目をやれば、勿論だよ、と笑顔のフェイが真っ先に快諾する。
無言で小さく頷いた剣城を横目で一瞬見上げて、依織もまた微笑むように目を細めて「いいッスよ」と答えた。




斯くして、雷門イレブンのFW3人を相手にした太助たちの特訓が始まった。

一晩の内に、と言えど流石に夜中まで特訓に明け暮れるわけにはいかないので、実際の時間は更に限られている。
フォーメーションを変え構え方を変え、試行錯誤を繰り返し3人が一番力を発揮出来る方法を模索し、それがようやく輪郭を見せた頃には辺りは夕焼けに包まれていた。

「──一夜城!!」

フェイの放ったシュートに、息を合わせ身構える。
けれど必殺技は形にならず、3人は成すすべなく吹き飛ばされて地面にごろごろと転がった。

「太助!」
「やっぱり無理だったか……」

太助たちとは逆側の敷地で練習を続けていた天馬たちは、クールダウンを終えてその特訓を見守っている。
しかしもうじき夜が来る。辺りが暗くなれば仲間とタイミングを合わせるのも困難になり、碌な特訓も出来なくなってしまうだろう。

「何で出来ないんだ……!」

土埃で汚れた拳を、太助は悔しげに地面に叩き付けた。

経験が足りないから。そう言ってしまえばそれまでのこと。けれど、言い訳を言っている暇はない。これは太助たちなりの、矜持を懸けた戦いなのだ。

「諦めるな、太助!」
「っ天馬……」

目の前に手を差し伸ばされた手を、太助は反射的に掴む。太助を引っ張り起こした天馬は、力強い笑みを浮かべて言った。

「サッカーが好きなら、サッカーは必ず応えてくれる。太助たちなら絶対に出来るよ!」
「……うん!」

唇をぎゅっと引き結んで頷いた太助は、ごしごしと目を擦ると獅子丸と五郎太を振り返る。

「ぼーるは俺が受ける。獅子丸と五郎太は俺を支えてくれ!」
「……よし、もっかいだ!」

覇気を取り戻した太助に触発されたか、2人は大きく頷いて起き上がり太助の背中を左右から支えるようにして立つ。
呼吸を整え、太助は声を張り上げた。

「お願いしますッ!」

薄く笑みを浮かべ、フェイはもう一度シュートを放つ。

「行くぞッ!! 一夜城!!」

構えた3人が息を合わせ声を揃えた瞬間、一瞬辺りは眩い光に包まれた。

──衝撃の反動で尻餅を突いた太助は、ハッと目を見開く。
今までずっと自分たちの守りを突き抜けてゴールに刺さってばかりだったボールが、目の前に転がっていたのだ。

「で、出来た──出来たぁ!!」

ようやく掴んだ正解に、太助は思わず飛び跳ねる。
「やったな太助!」と天馬たちも堪らず太助たちに駆け寄って、技の完成を盛大に喜び合った。

これで後は、明日の本番でその力を発揮するだけである。
喜び勇む一行を眺めて、藤吉郎は満足げに頷いた。




「依織、剣城くんと何かあった?」
「……え?」

翌日の夕方、うつけ祭り当日。

道には出店が並び、いくつもぶら下がった提灯が辺りを明るく照らす。
試合までまだ時間があることだし、息抜きに少し祭りを見物してくると良い──と藤吉郎の提案を受け、一行はいつもと違う様子に様変わりした町へ訪れていた。

蹴鞠戦の会場が大工を中心に町人たちによって整えられていくのを遠目に眺めながら、依織は葵からの問いに口元を引き攣らせる。

「何かって……?」
「しらばっくれんなよ、依織」

がっしりと依織の肩を抱いてくるのは悪い顔をした水鳥だ。その隣で、茜がうんうんと頷いている。

「依織ちゃんと剣城くん、昨日の練習で殆ど喋ってない。目も合わせないし、余所余所しかった……」
「……」

たまには女子水入らずで楽しもう、と水鳥が言い出した時はそれに賛同した依織だったが、どうやらそれは依織を問い質すための画策だったらしい。
俯いた依織の前髪の隙間から、心配そうな葵が顔を覗かせる。

「喧嘩でもした?」
「……喧嘩って言うか」

唇を尖らせ、依織は唸った。
世間一般的に見れば、あれは喧嘩に入るのだろう。
だが、当人からすると。

「私が単純に、……悪いだけだよ」
「何だ、珍しく弱ってるな」

水鳥は驚いたように目を丸くしている。葵と茜はそっと顔を見合わせ、依織の腕を左右から掴むと近くの長椅子に座らせた。

「ねえ依織、一体何があったの?」
「……大したことじゃないんだ。ただ私が、その……実は少し、みんなには言えないことがあって」
「隠し事?」

葵の目が僅かに剣呑になる。
依織は「それは置いといて」と慌てて付け加え、続けた。

「それをずっと自分たちに言わずにいたのが剣城は気に入らなかった、みたいな話……」
「はぁ。誰だって人に言えねえことの1つや2つあるだろ?」
「……でも、剣城くんが怒ったと言うことは……」
「本当は言っておいた方が良かった話、ってことよね?」

依織は居心地悪そうに葵から目を逸らす。
まぁまぁ、と葵の背中を叩いた水鳥は、依織に視線を向けるといつもより穏やかな声音で言った。

「悪いと思ってるなら、謝れば良いじゃねーか」
「それはそうなんですけど……多分もう、剣城は私のこと、嫌いになっちゃっただろうから」

爪先を見つめ、依織は俯いて唇を噛む。

あの時の剣城の背中を思い出すと、まるで氷水を浴びせられたかのように心臓がぎゅうと縮こまる。
もう一度真正面から話せば、あの時剣城から見えた嫌悪が一時的なものだったのか、それとも半永続的なものになってしまったのか分かるだろう。

だが、いざ確かめようとすると足が竦んで、剣城の顔をまともに見ることが出来なくなってしまうのだ。

「……依織は」

ぽつりと葵の呟きが零れる。

「依織は、剣城くんのことが好きなのね」
「!」
「えっ!?」

ぴく、と依織の肩が小さく跳ねた。
好奇心に目を見開いた水鳥や茜が依織の方を見ると、何故と言いたげに唖然とした様子の顔がじわじわと赤く熟れていく。

「本当に嫌われちゃったかどうか、確かめるのが怖いんでしょ。それに、例えば私や天馬が剣城くんの立場だったら、依織はきっとそんな風に落ち込まないと思うし」

すぐに謝って、話して、仲直りしてくれる筈でしょ──笑顔で言い切る葵に、依織は何とも言えない顔になって長い溜息を吐いた。

「何だよ依織、お前いつから……このこのっ!」
「ちょ、やめ、いつからなんて知りませんよ、そんなのっ」

にやにやと楽しそうに笑いながら頭を掻き撫でてくる水鳥から、依織は体を仰け反らせるようにして逃れる。

「(違う。知らないなんて嘘だ)」

本当は、少し前から気付いていた。
違う世界の、今よりも剣城と深い絆で繋がっていたであろうもう1人の自分を、ほんの一瞬でも『羨ましい』と思ってしまったあの時から。
自由に青空の下を走り回り仲間たちに囲まれる今の自分に、小さな箱の中で命を終えた彼女を哀れむことはあっても、羨む権利などあって良い筈がないのに。

だからこの感情に蓋をした。気付かなかったことにした。
どの道、『可愛げ』も『可憐さ』もろくに持ち合わせていない自分に、剣城が同じ気持ちを向けてくれる筈もないのだから。

「剣城くんは、もう依織ちゃんのこと怒ってないと思う」
「茜さん……」

黙りこくってしまった依織の頭をぽんと撫でて言ったのは茜だった。顔を上げると、藤色の目が優しく細められている。

「そうだぜ依織。あの剣城がそうそうお前のこと嫌うかって! 拗ねてるだけだぜ、きっと」
「2人の言う通りだよ。ね、依織。悪いと思ってるならちゃんと謝ろう?」

絶対に仲直り出来るって私たちが保証するから──両手を包み込むようにぎゅうと握った葵に、ややあって依織は小さく破顔し頷いた。

──どん、どんと太鼓の音が鳴り響く。
蹴鞠戦がもうじき始まる合図だ。

「さっ、行こう依織!」
「……うん」

依織は葵に手を引かれるがまま長椅子から立ち上がり、彼女たちは駆け足で会場へと向かった。




夜の帳が降りた城下の町並みに、提灯の火が輝く。
ユニフォームへ着替えて会場へ出ると、周囲に作られた座席には既に多くの町人たちが入り、見たことのない催し物が始まるのを今か今かと待ち構えていた。

「──あ〜ら、ちゃんと来ましたのね。そのことは褒めてあげますわ」

暗がりから溶け出したように姿を現したのは今川軍──ベータ率いるプロトコル・オメガだ。姿を偽る必要は無いと判断したのか、いつものボディスーツ姿である。

「でもよりにもよって……そんな子たちを連れて来ちゃうなんて」

嘲笑を交えベータが視線を向けたのは、雷門イレブンに混じった地元の子供たちだ。
小馬鹿にしたその言い草に太助たちは反射的に目を吊り上げる。

「言いやがったな!?」
「この前の俺たちだと思ったら大間違いだぞ!!」
「お前らなんかこてんぱんにやっつけてやる!!」

きゃんきゃんと噛み付く子供たちに、ベータは煩わしそうに肩を竦めると──一転目の色を変え、猛々しく吠えた。

「──なめんじゃねえ!! 今度も一撃で潰してやらあ……二度とサッカー出来なくさせてやる!!」

ビリビリと空気を揺らす怒声に、子供たちは思わず実を縮こまらせた。しかし、今更ここで怯むような天馬たちではない。

「させるもんか……サッカーは守ってみせる!!」
「出来やしねえよ、お前らなんかにはなぁ……!」

ベータの正面に立ち塞がった天馬は、彼女と火花を散らす。
辺りの観客がどよめいたのはそんな時だった。

「! あれは……」

蹄の音を響かせて、会場を見下ろす土手の上に佇む人影。
家臣を引き連れ、信長がやって来たのだ。

「信長……」
「見届けに来たんだね、僕らの試合を……」
「こいつは気合い入るぜよ!」

神童はじっと信長を見上げる。
馬上の信長は、彼らを扇子で指し口を開いた。

「……とくと見せて貰うぞ。蹴鞠戦とやらを」
「信長様! 必ずや勝利に導いて見せますッ!!」

土手の際に駆け寄り地面に頭を垂れた藤吉郎に、「楽しみにしておるぞ」と信長が口角を持ち上げるのとほぼ同時に、再び観客たちが驚いたような声を漏らす。
そちらを見ると、道の反対側から近付いてくる異様な影があった。

旗を携えた兵士たちに守られ、運び込まれたのは豪華な装飾が施された籠のようなもの。
その籠を覆う布を兵士たちが左右に除けると、中に収まっていた人物が白粉をたっぷり叩いた顔を覗かせる。

「あれは……今川義元……!」

仇敵を見るような険しさでこちらを睨む藤吉郎には目もくれず、会場をざっと見回した義元は目を細めて信長に視線を転じた。

「ほほ……楽しみにしておるぞ。我が今川軍が見事勝ち鬨を上げ、信長殿が麻呂に平伏す姿をの……」

扇子で口元を隠し小さく肩を揺らすその姿は、口調と相俟って武将と言うよりも貴族のように見える。
今に見ておれ、と呻いた藤吉郎は、肩を怒らせながらテクニカルエリアに入った天馬たちの元へ戻ってきた。

「僕たちは織田軍として戦うんだ」
「うん……気を引き締めなくちゃ」

それぞれ用意された席に座した2人の武将を見上げ、天馬は唇を引き結ぶ。

迫る戦の開始時刻に観客たちがざわつく中、依織はふとゆっくり息を吸い込んで剣城の隣に立った。

「──剣城」
「! ……何だ」

視線は合わせない。真正面を見据えたまま、依織は天馬たちに聞こえないよう静かな声で告げる。

「この試合が終わったら、全部話す。お前に、……みんなに、秘密にしてたこと」
「…………ああ。分かった」

しばし間を置き、低く声が返ってくる。
最後まで剣城の方を見ないまま薄く微笑んで、依織は仲間たちと共にフィールドへ足を踏み入れた。