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「──北欧?」
「正確には、バルト海周辺。海賊たちが海を闊歩し始めた時代、5世紀……そこが依織の落ちた地点だ」

現代、稲妻町。太助やお勝たちに別れを告げ、例の如く鉄塔広場に降り立ったタイムマシンの中で、一行は画面に映し出された簡素なマップの様な物を覗き込んでいた。

「ただ、先程言った通りブレスレットの故障のせいでこれ以上正確な位置は把握出来ん」
「何にしろ、アーティファクトを手に入れないことには僕らは動けない。何とかして5世紀のバルト海に通じる何かを見つけないと」

予断を許さぬ険しい表情で言ったフェイに、天馬たちは真剣な面持ちで頷く。
エルドラドが依織を捕らえるのが先か、天馬たちが依織と合流するのが先か。時間は刻一刻を争うのだ。

もう少し解析を続けると言うワンダバとフェイをタイムマシンに残し、町に降りた一行は早速二手に分かれてアーティファクトになりそうな物を探し始める。

けれど、今までとは違い具体的に会いたい歴史上の人物がいないとなると、目標が漠然としすぎていて何に当たりを付けたら良いかも分からない。
手始めに、と探索を始めた商店街をキョロキョロと見回しながら、信助が溜息混じりに呟いた。

「5世紀のバルト海に繋がるものって一体何だろう? 見当も付かないよ……」
「うん……」

信助はちらりと前を歩く天馬と葵、そして数歩後ろを歩く剣城を見上げる。
優れない顔色に寄りがちな眉根。依織が別の時代に転送されてしまってから、この3人はずっとこんな調子だ。
信助とて当然友人である依織を心配しているが、特に依織と仲の良い彼らだ。フェイから聞いた話も相俟って、不安も一入なのだろう。

「……あら? あなたたち、確か雷門イレブンの……」
「え?」

ふと聞こえてきた声に、天馬たちはゆるゆるとそちらを振り向いた。そこには小さな段ボール箱を抱えた、制服姿の少女が立っている。
だが、見覚えのない顔だ。「あなたは?」と天馬が首を傾げると、彼女はハッとしたように軽く頭を下げた。

「突然ごめんなさい。私、幻影中学校の香坂と言います。あなたたちの先輩の、天城くんの幼馴染みなの」
「あ、僕聞いたことあるよ。天城先輩に美人な幼馴染みがいるって話」

手を上げて答えた信助に、美人だなんてそんな、と香坂は恥ずかしそうに頬を赤らめる。
そして彼女は気を取り直すと、改めて4人に眉の下がりがちな笑顔を向けた。

「そんなに浮かない顔をしてどうしたの……なんて、聞くまでもないわよね。……天城くんはどうしてる……?」
「……天城先輩は」

4人は顔を見合わせ言い淀む。言い様からして、やはり香坂もサッカー禁止令のことは知っているらしい。
だが、天城は──『サッカーが嫌い』だと言うマインドコントロールを受けた仲間たちの話は、おいそれとするわけには行かない。天馬は顔を上げると、無理矢理笑顔を作って言った。

「天城先輩も、やっぱりあまり元気がないと思います。……サッカーが出来るようになれば、元の先輩に戻るんだろうけど」
「そう……そうよね、真帆路くんも同じような感じだもの。そうなってしまうわよね」

オブラートに包みつつ誤魔化した天馬に、香坂は寂しげに目を伏せる。
そこで、ところで、と葵が重たくなった空気を変えるべく話題を切り替えた。

「香坂さんはどうして稲妻町に? そんな段ボールも持って……」
「え? ああ、これ。これはね、おじいちゃんのやっているお店の要らない物を処分してたの」

そこに暖簾が掛かってるのがそうよ、と香坂が視線を転じたのは、少し離れた場所に建った秘宝堂≠ニ文字の書かれた紫色の暖簾が掛かっている古ぼけた木造の建物である。
店先には香坂が持っているのと同じような段ボールがいくつも並んでおり、屋内からは時折何かが崩れ落ちるようなけたたましい音が響いていた。

「秘宝堂……確か、骨董品店だったか」
「あそこ、香坂さんのお爺さんのお店だったんですね」
「ええ。おじいちゃんたら、少しでも興味のあるものだったら何でもかんでも仕入れるから、すぐにお店の中が一杯になっちゃうの」

だからこうして時々片付けを手伝いに来てるのよ、と苦笑を浮かべ、香坂は抱えていた段ボールの中身を見せてくれる。
針の錆びたコンパス、ぼろぼろの印籠、書物にコイン──入っている物に特に規則性はないようだ。

「うわぁ、これ全部本物?」
「さぁ……多分、殆どがただ古いだけの偽物だと思うけど、もしかしたら本物が混じっているかも」

目を輝かせてコンパスを眺める信助に、香坂はからかうようにクスクスと笑った。
──ふいに目を瞬いた剣城が、「ちょっと良いですか」と一言断りを入れ、箱の中から何かを引っ張り出す。

「これは……」
「どうしたの、剣城?」

剣城が取り出したのは、赤錆びた剣だった。
相当古い物なのか、はたまた手入れを怠っただけなのか、その刀身は今にも崩れてしまいそうだ。剣城はそれを見つめながら、香坂には聞こえないよう低く小さな声で言う。

「ワンダバは、鷹栖が落ちたのは海賊がいる時代って言ってたよな」
「うん……あっ」

天馬はじっと剣を見つめ、ハッとする。テレビなどの創作で見る海賊は、大抵湾曲した剣を手に戦っていた。
そう──丁度今目の前にある剣と同じ形の物を。

「香坂さん! これ、俺たちが買っても良いですか!?」
「えっ? 勿論良いと思うけど……でも、元から処分するつもりのものだったし……」

少し考え込んだ香坂が秘宝堂を振り返ると、丁度中から腰の少し曲がった老人が咳き込みながら段ボールを抱えて外に出てくる。

「おじいちゃーん! この箱の中の物、この子たちに譲っても良いかしらー!」
「あー? おお、おお! 好きにしなさい!」

香坂の祖父は段ボールを降ろすと、腰を叩きながらまた店の中へ戻って行った。再び何かが崩れ落ちる騒がしい音が響く。

「……と言うことなので、お代は結構です。好きなものを持って行って」
「あっ、ありがとうございます!」

表情を輝かせ、頭を下げた4人は剣を持って大急ぎで走り去って行く。ややポカンとした香坂は、「あんな錆び錆びの剣をどうするのかしら?」と首を傾げそれを見送った。




「──ビンゴだ!! 喜べ、これで5世紀のバルト海にタイムジャンプ出来るぞ!!」
「やった!」

タイムマシンに駆け戻り、藁にも縋る思いで早速剣と関わりのある場所と時代を照合してもらった天馬たちは、ワンダバの出した結果に顔を綻ばせる。

「それにしても信じらんねえな……まさかこんな偶然見つかるなんて」
「まさに奇跡……」

触れれば壊れそうな剣をしげしげと見つめて言う水鳥や茜に、そうですね、と天馬は興奮冷めやらぬ様子で頷いた。
海賊の時代と言っても幅広く、その地域も様々だ。その中からこんな形で丁度目的の物を見つけられたことは、奇跡以外の何物でもないだろう。

「剣城が見つけてくれなかったら、今頃どうなってたことか……」
「ふぅん、剣城が……ねぇ」
「……何ですか、その顔」

途端に意味ありげな目を向けてきたマネージャー2人に剣城が顔を顰めると、水鳥は別に、と揃って顔を背け、茜は「奇跡」ともう一度口にしてにっこり笑った。

「そうと決まれば善は急げだ! 早速目的地へ向かうぞ!」
「うん!」

全員が席に着いたのを確認し、ワンダバはエンジンの出力を上げていく。

「タイムマシン発車5秒前! 4、3、2、1──ターーイムジャーーンプッッ!!」




ざあ、と髪が一際強い風に吹かれる。
箒を掃く手を止め何となしに水平線を眺めていると、後ろから険しい声が飛んできた。

「おい、サボるな新人」
「分かってるよ」

こちらを睨む声の主──ケントに溜息交じりに答えた依織は、再び甲板に散った砂を掃き始める。
ベルンハルド曰く、この砂は戦闘の際に船員が足を滑らせないようにその都度撒かれるのだそうだ。

「甲板は汗や飛沫で滑りやすい……戦いが始まれば、負傷者の血も混じる。その為の滑り止めだ……」

──と言う注釈を聞いたときは、思わず『聞かなきゃ良かったな』と思ってしまったわけだが。

「甲板の掃除だって大事な仕事なんだ、手を抜くんじゃねえぞ!」
「はは、海賊1年目の新人が先輩風吹かしてらぁ」

喧々と吼えるケントに、酒瓶を傾けて笑うのは小太りのやや小柄な男。名前をリュリュと言う。
「ほっとけ!」イーッと歯を見せたケントは、じろりと依織に目を向けながら鼻を鳴らした。

「俺はまだ納得いってないんです。こんな得体の知れない人間……しかもガキがこの船に乗るなんて」
「お前だってガキじゃねえか」
「俺はガキじゃない!」

肩を怒らせ、ケントは口では勝てないと踏んだのか荒々しい足取りで船内へと入っていく。
リュリュがやれやれ、と肩を竦めるだけに留めている辺り、ケントがツンケンしているのは日常茶飯事らしい。

「気を悪くしないでやってくれよ、イオリ。ケントも悪い奴じゃないんだ」
「それは……何となく、分かります」

肩を叩いてきたのはひょろりとした長身の男、サムエルだ。掃いた砂を布袋に入れながら依織は頷く。
ケントから伝わってくるのは依織に対する猜疑心、そして仲間たちを心配する感情だ。昨日から依織が船に滞在することが決まってからずっと彼女を監視しているのは、何か理由があってのことなのだろう。

「イオリ〜! そっちが終わったらちょっとこっちを手伝ってちょうだい!」
「はーい!」

手招きするのはこの船でも数少ない女性たち3人組だ。依織はリュリュとサムエルに軽く会釈して、女性たちの元へ駈けていく。

「素直で良い子じゃないか。なぁ?」
「ああ。あの子はあいつみたいな……ケントが心配するようなことはしないだろうさ」




「この網の目をね、ほつれているところを解いて結び直すの」
「こう?」
「そうそう」

漁にでも使うのだろうか、大きな網を膝に広げ、ほつれた箇所を修繕していく。
お喋りを交え同じような作業をする女性たちに、依織はふと気になることがあって「あの」と声を掛けた。

「皆さんも海賊……なんですよね?」
「そうよ。『一応』ね」

「一応?」含みのある言い方に、依織は首を傾げる。
答えた女性の1人──ラウラは遠くを見つめるような目になって続けた。

「私たちは、何というか……アルビダ様に付き合う形で海賊になってしまったのよね。勿論、それを後悔してるわけではないけど」
「ふーん……?」

察するに、アルビダ本人も元々は海賊ではなかったようだ。きっと何かの縁があってこうして彼女たちと一緒に海へ出たのだろう。

「──船での生活は慣れそう? イオリ」
「! 船長」

ふいに軽やかな足取りでやって来たのは、丁度名前の挙がったアルビダだった。
まだあまり、と苦笑を交え答えた依織に、アルビダは「それもそうよね」と唇を尖らせて彼女の隣にしゃがみ込む。

「何せまだ一晩しか経っていないんだもの。でも大丈夫、あなたが何日この船にいるかまだ分からないけど、その内慣れるわ」
「船に慣れたら慣れたで、今度は陸酔いが待ってるんだけどねぇ」

そうぼやいて溜息を吐いたラウラに、「それもまた一興よ」とアルビダは楽しそうに笑った。

彼女は不思議な人だ、と依織は考える。
海賊と言うからにはもっと荒々しい人柄を想像していたのだが、彼女からはそんな尖った感情は伝わってこない。無論、昨日のように敵船を襲撃するときは別だろうが。
寧ろ、彼女にはその言葉遣いや仕草から、育ちの良い気品さえ感じられる。先程ラウラから聞いた話と考えると、元は良家の令嬢か何かだったのかもしれない。

「ねぇイオリ、作業をしながらでも良いから、あなたの国のことを聞かせてくれない? と言うか、あなたどこの国の出身なの?」
「え、えっと……日本です」
「ニホン……? 聞いたことのない国名ね」

好奇心を覗かせた時のアルビダの目は宝石のように輝いている。新しいおもちゃを手に入れた時の子供のようと言っても過言ではないだろう。
それで、とアルビダが更に質問を続けようとした時だった。

「船長ーッ! 西の方向に敵船を発見!」
「!」

瞬間、眉を持ち上げたアルビダはすっくと立ち上がり、船の縁へと駆け寄った。依織もまた釣られて女性たちと一緒に彼女に駆け寄って海を見ると、少し離れた位置から1隻の船が近付いてくるのが見える。
マストの天辺ではためく黒い旗に目を眇め、アルビダは好戦的に口角を上げた。

「正面切って突っ込んでくるなんて、良い度胸ね。あなたたち、戦いに巻き込まれないように気をつけて」
「は、はい」

船が近付くにつれ、それぞれ武器を構えた船員たちが次々と甲板に集まってくる。
依織はラウラに手を引かれ、女性たちと共に甲板の奥に移動して物陰へ身を潜めた。

やがて敵船は、こちらから5メートル程の距離を保って停船する。ギリギリ乗り込むことの出来ない、板を掛けるにも届かない絶妙な距離だ。アルビダの横顔が苛立たしげに顰めらる。
あちらの船には20人余りの船員が乗っているのが見える。彼らは特に何か行動に移る気配もなく、ただニヤニヤとした笑みを貼り付けてこちらを見ていた。

ふいに、その船員たちの中から見覚えのある人物が我が物顔で先頭に出てきたのが見えて、依織は思わず物陰から立ち上がった。

「お前はあの時の……!!」
「やぁ。見つけたよ、鷹栖依織。無事で何よりだ」

時代に合わせつつも小綺麗な衣装に身を包んで現れた彼──ガンマは、船の縁まで駆け寄ってきた依織を見て目を細める。

「何が無事で何よりだ! お陰で死にかけたわ!!」
「おや、それは失礼。何せあの方法では、君がどこに落ちるか僕にも分からなかったものでね」

やはり海に落とされたのは奴の仕業だったのか、と悪びれる様子のないガンマに依織は怒りに歯軋りした。
カトラスを肩に担いだアルビダは、2人の大声でのやり取りを見比べて首を傾げている。

「イオリ、彼はあなたの知り合い?」
「私が昨日の船に攫われた原因になった悪者です」
「悪者とは失敬だな」

海風に乱れた髪に眉根を寄せながら、ガンマはアルビダに視線を転じ彼女に向けてこう言った。

「悪いが、そこにいる依織と言う少女は僕の落とし物でね。大人しく返してくれれば悪いようにはしないが……どうだろう?」
「……落とし物、ねぇ」

とん、とカトラスの背で軽く肩を叩いて言ったアルビダは、ちらりと依織を見下ろす。そして、引き結ばれた少し青白い唇を見て──ニッと口角を上げる。

「悪いけど、一度手に入れたモノは手放さないのが海賊よ。返して欲しければ力尽くで奪いなさい!! ──ケント、ベルンハルド!!」
「はい!!」

瞬間、前へ走り出たケントが鉤の着いた縄をガンマの船の舳先目掛けて投擲した。
ガキン、と見事に舳先を捉えた鉤縄を確認すると、縄は即座にベルンハルドへ手渡される。

「──ぬんっ!!」
「なっ……うわあ!?」

ベルンハルドが握り締めた縄を力一杯引くと、船の舳先がぐんとこちらへ引き寄せられた。
反動で尻餅を吐いたガンマは「何て馬鹿力な!」と吐き捨てると、臨戦態勢に入っているアルビダたちに向かって即座に声を荒らげる。

「ちょっと待て! 戦いが避けられないと言うなら、1つ提案がある!」
「……聞くだけ聞いてあげるわ。何かしら」

縁に足を掛け、今まさに隣の船へ飛び移ろうとしていたアルビダは目を細めてガンマを見た。
立ち上がったガンマはズボンに付いた埃を払いながら立ち上がると、咳払いの後仰々しく口を開く。

「剣や拳で戦うのは余りにも非生産的だ。ここは1つ、異国で流行りのやり方で戦おうじゃないか」
「あら、どんな方法?」

異国と言う単語に心が惹かれたのだろう、明らかに声色が変わったアルビダに、船員たちが『またか』と言う顔になった。
そしてガンマにもアルビダの変化が分かったのだろう、彼はニヤリと笑うと、演技掛かった口調でこう告げる。

「──サッカーバトルだよ」