31

「おい、イオリ」
「何……あれ。ケント、何でそれ持ってんの」

嵐に遭遇して数時間。船はとある港町にて休息を取っていた。
甲板でラウラたちと網の補修を手伝っていた依織は、ふいに話し掛けてきたケントの小脇に抱えられたサッカーボールを見つけて目を丸くする。

「あの騒ぎの中で、たまたま船の中に転がり込んできたんだよ。……それで、だな」
「? うん」

ボールを手前に持ち直して、ケントは複雑そうに顔を歪めた。
恥、葛藤、好奇心。その目から微かに伝わってくる感情から、彼が言わんとすることは予測出来る。あー、としばし考え込んで、依織は言った。

「……やっぱり私としては、毎日ボール蹴るくらいしないと体が鈍るんだよな。なぁケント、後でちょっと練習に付き合ってくれない?」
「! し、仕方ねえな、そこまで言うなら付き合ってやるよ!」

一瞬目を輝かせた直後、ハッとそっぽを向いて鼻を鳴らしたケントにラウラたちは顔を見合わせ小さく噴き出した。




「おっ、何だケント。サッカーの練習か?」
「ちっげーよ、俺がこいつに付き合ってやってんだ」

甲板でボールをパスし合っていると、町に行ってきたらしいリュリュが瓶を片手に船に戻ってくる。
その赤ら顔から察するに、軽く酔っ払っているらしい。どうやら昼間から酒場に赴いたようだった。

「それに、またさっきの奴らが来るかもしれねえだろ……その時は、今度こそあいつらを負かしてやりてえんだよ」
「はは、お前はあんまり活躍出来なかったからなァ」
「うるさいッ」

怒声と共に打たれたボールがあらぬ方向へ飛んでいく。
くそ、と毒吐いてボールを拾いに行ったケントは、一瞬考え込んで「なぁ」と依織を振り返る。

「聞きそびれてたけど、何であいつらはお前を狙うんだよ。あいつらの目的は何なんだ?」
「!」

核心をつくケントの問いに、依織は思わず目を見開く。
そう言えばそうだな、と呟きながら近付いてきたのは近くで武器の手入れをしていたサムエルだ。

「彼、イオリのことを落とし物だとか言っていたけど……昔の仲間とかかい?」
「まさか!」

ギョッとして首を振った依織に、へぇ、と目を細めたサムエルは顎に手をやり依織の顔を覗き込む。

「じゃあ、教えてくれないか? 奴らの目的を。君が仲間と合流するまでこの船にいるなら、俺たちにとっても他人事じゃないわけだし」
「……」

依織は思わず口を噤む。こちらを見るサムエルの視線は少し鋭い。その目からは依織を何か疑っているわけではないが、真意を見透かそうという意図が感じられた。

「──何もあなたを脅かしてるわけじゃないのよ、イオリ」
「うわっ」

突然背後からぽん、と肩を叩かれて振り返ると、いつの間にか背後にアルビダが立っている。

「私はあなたを信用してる。やましい事情のある人物じゃないって信じてる。だから何故彼らがあなたを捕まえようとしてるのか、知りたいだけなのよ」
「船長……」

彼女の目からは、依織と船員たち、両方を気遣う感情が伝わってくる。アルビダは言葉通り、真実を知りたいだけなのだ。

「……あいつらは、私から……サッカーが好きな全ての人たちから、それを奪おうとしてるんです。私は、仲間たちとそれを阻止するために旅をしていました」

ぽつりと漏らした依織に、サムエルとリュリュは不思議そうに顔を見合わせる。
サッカーを? と怪訝そうに眉根を寄せたケントに、依織は小さく頷いた。

「サッカーに関わるもの全部を消そうとしてるんだ、あいつらは。ただ、どうして私を捕まえようとしてるのかは、実は私自身もよく分かってないんだけど」
「そうなの?」
「はい。でも、奴らはその為に私をわざわざ仲間から引き離して……気付いたらあの船で縛られてました」

あの荒くれ者の船に捕らわれていたのはつい昨日のことだと言うのに、もう随分と昔の出来事のように感じる。
思い出して疲れたように溜息を吐いた依織に、成る程な、とサムエルは顎を撫でた。

「サッカーを奪うってのが具体的にどうするのかは分からないが……それを防ぐために、君は仲間と合流する必要があるわけだ」
「はい……船長たちを巻き込んでしまったことは申し訳なく思います。でも、私1人じゃどうにも出来ないから……」

ぎゅっと服の袖を掴んで、依織は自分の無力さを改めて痛感する。

強くならねば。内なる恐怖をねじ伏せられるだけの力を身につけなければ。
そう自分に言い聞かせ今までやって来て、少しはエルドラドに対抗できる強さを手に入れたのではないかと思っていた。
なのに、1人になるとそれが仲間がいてこその物だったと思い知る。あまりの情けなさに涙が出そうだ。

「──ふん。船長が厄介ごとに首突っ込むことなんていつものことだ。今更気にしねえよ」

ふと、つっけんどんにそんなことを言ったのはケントだった。
顔を上げると、そうだそうだとリュリュが酒瓶を揺らしながら頷いている。

「俺たちは船長に出会って3年経つが、その3年間で起きたあれやこれやと比べりゃあイオリの持ち込んだ問題なんて可愛いもんよ」
「……てことだから、イオリもあんまり気負わなくて良いよ。俺たちに取っては、いつか酒場で語る冒険話の1つにしか過ぎないからさ」

肩を竦めるサムエルに、違いねえ、とリュリュは豪快に笑った。
ちらりとアルビダを見上げると、彼女は「私、そんなに色々問題を起こしたかしら?」とケロッとしている。

「うじうじしてる暇があるなら、さっさと俺たちにサッカーを教えろ。何にしろ奴らには一泡吹かせてやらなきゃ気が済まねえ!」
「……あれ? これって俺たちも一緒に練習する流れになってる?」
「だろうねぇ」

強い口調で言ったケントは、甲板じゃ狭すぎる、とずんずんとした足取りで港へ降りていく。
リュリュは諦めた様子で酒瓶を床に置き、どうせだからとサムエルはベルンハルドを呼びに行く。丁度港から食料を運び入れていたベルンハルドは無言で頷くと、アルビダに軽く頭を下げ3人を追い下船して行った。

ポカンとそれを見送った依織は力が抜けたように小さく破顔すると、「私も見学しようかしら」と呟いているアルビダに小声で言う。

「ケントって、実は結構優しいですね?」
「あら、見る目があるわねイオリ」

励まし方は下手くそだけどね、とアルビダは楽しそうにニヤリと口角を上げた。




時間は少し遡り、スカンジナビア半島のとある一角。
時空を超え5世紀のスウェーデン──ゴットランド島へ到着した天馬たちは、例の如くワンダバスイッチで服装を変え海を一望出来る大きな港町を訪れていた。

「この町のどこかに依織がいるの?」
『正確には、その島を中心にした半径二百キロ圏内のどこかだ。それ以上の正確な位置はまだ掴めん』
「に、にひゃっきろ」

フェイが服の袖で隠した通信機越しに尋ねると、ワンダバは渋い表情をしているだろう声色で答える。

呆然と呟いた天馬は、改めて波の音と喧噪の溢れかえる港町を見つめた。
──どう見ても、人1人をすぐに見つけ出せるような場所ではない。

「虱潰しに探していくのは、ちいと時間の掛かりそうな広さじゃの……」
「……だが、今はとにかく手当たり次第探していくしか方法はない」
「ああ、剣城の言う通りだ。まずは手分けして情報収集から始めよう」
「はい!」

あまり治安の良くなさそうな町だから気をつけろよ、と言う忠告を最後にタイムマシンに残るワンダバからの通信も切れ、一行は港町へと足を踏み入れる。

町は港を訪れた水夫や町人が行き交い騒がしい。
天馬たちは早速二手に分かれ、まずは依織を見掛けた人間がいないか聞き込みを始めた。

「青いリボンを付けた背の高い女の子……? 悪いけど知らないわ」
「その子、どんな顔立ちだい? 可愛い子なら是非うちの店で雇いたいんだけど」
「この辺りは奴隷商による人攫いが出るからなぁ。見つからないってんなら、もしかしたらその子はもう……」

しかし、聞けど探せど蓋を開ければ不発ばかり。
中には不安を煽るような話もあり、フェイを含む1年生5人組は町の半分を回りきった頃には疲れとはまた違う暗い表情になってしまっていた。

「依織、大丈夫かな……怪我したりしてないと良いんだけど」

重たい溜息を吐いて、すっかりしょぼくれてしまった葵が呟く。
治安が良くないとワンダバは言っていたが、まさかここでも人攫いの話を聞くとは思ってもみなかった。

「だ、大丈夫だよ、依織なら。きっと上手いこと生き延びてるに決まってるよ」

そう言って葵を励ます天馬の顔色もあまり良いとは言えない。
剣城に関しては、現代を発ってからずっと眉間に皺が寄りっぱなしだ。そろそろ皺の癖が付いてしまうのではないか、とフェイは要らぬ心配をしてしまう。

「──おう待てや兄ちゃん。ぶつかってきて一言の謝罪もナシか?」

ふいに聞こえてきた柄の悪そうな声に、5人は思わず小さく肩を跳ねさせた。
だが、どうやらこちらに掛けられた声ではなかったらしい。辺りを見回すと、路地の方でがたいの良い2人組の男がフードを目深に被り丈の長いマントを羽織った人物に詰め寄っているのが見える。

「謝るも何も……先に私にぶつかってきたのはそちらではないか」
「うるせーっ! いいから痛い目見たくなけりゃ今すぐ有り金全部寄越しな!」

どうやらかつあげのようだ。道行く人々はそれを見て見ぬ振りをして足早に立ち去っていく。あわわ、と口元を押さえた信助が小声で囁いた。

「どうしよう……警察呼ぶ!?」
「け、警察ってこの時代にいるのかな?」
「──どけ、2人とも」

瞬間、慌てる信助と天馬を押し退けて、剣城が道端から拾い上げた古びた木桶を中空に向かって放り投げる。
そして緩やかに落下するそれに向かって、思い切り足を叩き込んだ。

「ん? ……ぶへぇッ!?」
「!?」
「あ、兄貴ぃ!?」

シュートされた木桶は振り向いた男の顔面にめり込んでどこぞへと転がっていく。
失神した兄貴分に目を丸くした男は、木桶をぶつけてきたのが子供だと知るや否や怒りに顔を紅潮させて、懐からナイフを取り出した。

「このッくそガキ!」
「……まずい」
「まずい、じゃないよ剣城ぃ!」

──ガキンッ!
次の瞬間、男の背後で白刃が閃く。

「…………んぇ?」

男は持っていたナイフの刃が根元からポッキリ折れているのを見て、ゆっくりと振り返った。
先程まで自分たちが金品をせしめようとしていたマントの人物が、白銀の長剣を構えている。その足下に折れたナイフの切っ先が突き刺さっているのを見て、男は一気に青ざめた。

「痛い目を見たくなければ……何だったかな?」
「すっ……すいませんでしたぁ〜ッ!!」

男は兄貴分を肩に担ぐと、転がるように逃げていく。
所詮は破落戸の持つ粗悪品か、と地面に突き刺さったナイフを抜いて道の端に避けたマントの人物は、剣を鞘に納めツカツカとこちらにやって来ると、被っていたフードをさっと払い除けた。

「ありがとう、君たち。お陰で事を大きくせずに済んだよ」
「い、いえ……」

果たしてあれは『事を大きくせずに済んだ』と言えるのだろうか。天馬たちは疑問に思ったのだが、本人がそう言うのなら良いのだろう。

「私の名前はアルブ。申し訳ないが、今人を捜している最中でね……先を急いでいるので失礼させてもらうよ。でも、この礼はいつか必ず!」
「あっ、はい! 気を付けて……」

口早にそう告げて、アルブは雑踏の中へ消えていく。
変わった人だったなぁ、と呟く天馬の傍らで、フェイは顎を摘まんで言った。

「アルブさん……だっけ。人を捜してるって言ってたね。あの人に依織のことを聞けば何か分かったかもしれないな……」
「そうか、人を捜してるってことはこの辺りを見て回ってたってことだもんね。依織のことも見掛けたかも……?」

だが、アルブの姿は既に影も形もない。
結局は自分たちの足で捜索をし続けるしかないのだと悟った天馬たちは、再び町を歩き始めたのだった。




「──そうか、やはり依織の足取りは掴めなかったか……」
「うん……」

町から少し離れた林の中。タイムマシンを隠し、丁度近場にあった廃屋を拠点にした天馬たちは歩き通しで棒のようになった足を摩りながら頷く。
合流した2年生たちとも情報交換をしたのだが、ついぞ色よい報告はなかった。

「あれから位置情報の解析を続けて分かったのだが……依織はどうやら海上を移動しているようなのだ」
「か、海上……? 船の上ってこと」
「ああ。どう言う経緯で船に乗ったのかは分からないがな」

思案げに腕を組み、ワンダバは頷いた。しかし、それでも正確な位置を把握するにはまだ解析が足りないらしい。

『5世紀、海賊、か……状況が状況であれば、お前たちには新たな力を捜してもらうところだったのになぁ』
「新たな力……? ミキシマックスのですか?」

葵のポケットからするりと出てきたのは大介だ。ふわふわと宙を漂いながら、数字は飛んでしまうが、と大介は続ける。

『時に嵐のように、時に凪のように敵を翻弄する《エースキラーストライカー》。この時代に生きる女海賊アルビダこそ、7の力に相応しいと思っておったのだ』
「女海賊か……!」
「何か、格好いい」

目を輝かせる水鳥や茜に対し頷いた風に傾いた大介は一行の眼前まで降下すると、しかしな、と溜息を吐いた。

『その力を受け取るのは、鷹栖依織……あの子こそ相応しいともな。その本人がいないとなると……なぁ』
「……何にせよ、今は俺たちもあいつも、そんな状況じゃないでしょう」

ぼそりと低い声で言ったのは剣城だった。そのまますっくと立ち上がった剣城を、「どこ行くんだ?」と天馬が見上げる。

「少し、外の空気を吸ってくる」

そのまま剣城は廃屋の外へ出て行ってしまう。それを見送った神童は、気遣うように眉根を寄せた。

「気が立っているな……」
「昨日からずっとあんな感じなんです。昼間かつあげを追い払った時も……普段はもっと冷静に行動するのに、今日は後先考えてない感じで」

余程依織のことが心配なのだろう、と天馬は膝を抱える。
思えば依織が時空間ダストボックスに吸い込まれるとき、剣城は真っ先に異変を察知して走り出していた。あと一歩のところで助けられなかったと負い目を感じているのかもしれない。

「……水鳥さん、茜さん」
「うん」
「ああ」

しばらく剣城の出て行った扉を見つめていた葵は、真剣な表情で2人と目配せを交わした。




「──くそっ」

小さく毒吐いて、拠点から少し離れた丘までやって来た剣城は足下の小石を蹴飛ばす。
自分が苛々している自覚はある。それが天馬たちに伝わっていることも。
それなのにその苛立ちを押さえられないのは、自分に対する嫌悪があれから燻り続けているからだ。

『──鷹栖!!』

手が届かなかった。いや、そうじゃない──伸ばされなかったと言う方が正しいのだろうか。
時空の穴に吸い込まれていく寸前彼女の名前を口走った時、依織は確かに自分を見た筈なのに。

けれど、伸ばした手に彼女は応えなかった。悲しげに瞳を揺らし、短い悲鳴を上げて黒い渦の中へと姿を消してしまったのだ。

あの時、どうしてあんなことを言ってしまったのだろう。
剣城はうつけ祭りの2日前、依織を傷付けるようなことを言い放ってしまった自分を叱咤する。

『……それとも、所詮俺たちはその程度しかお前に信頼されてなかったってことなのか』

それは心の底からこぼれ落ちた言葉だった。
出会って間もないフェイや、決して交流の深いとは言えないシュウには秘密を明かすのに、共に戦ってきた自分たちに依織はそれを直隠しにした。
フェイの言う通り、仲間に負担を掛けないために黙っていたのは事実だろう。頭では納得しても、心の翳りが消えることがない。
あの時大きく見開かれた目が、脳裏から離れない。
あれさえなければ、彼女は自分の手を掴んでいたかもしれない。助けられたかもしれないのに。

「──ああ、こんな所にいた。剣城くん!」

芝生を踏み分ける音と共に聞こえた声に、剣城は肩を揺らす。

やって来たのは葵だった。その少し後ろを水鳥と茜が追い掛けてくるのが見える。
葵が天馬を連れていない状態で自分に話し掛けてくるのは珍しいかもしれない。剣城は不思議に思いながら彼女を見た。

「何か用か、空野」
「うん。ちょっと聞きたいことがあって」

あのね、と葵は口を開く。彼女は酷く真面目な顔をしていた。

「剣城くん、依織と何があったの?」
「!」

それは確信に満ちた問いだった。どうしてそう思う、と聞き返すことも許されない。

「うつけ祭りの日、依織にも同じことを聞いたの。そしたらあの子、剣城くんと喧嘩したって言ってた。自分が悪いだけだって」
「……鷹栖が」
「でも、それだけで依織があそこまで落ち込むなんて思えない。ねえ、剣城くん。依織に、何を言ったの?」

有無を言わさぬ口振りに、剣城は口を噤む。
葵は怒っている。自分には依織のような感情を読み取る力はないから何となくでしか分からないが、とても。
剣城はその滲み出る怒気に押されるようにぽつぽつと言葉を絞り出した。
話を進めるにつれ、葵の目が冷たくなっていく。そして説明が一段落したところで、それまで無言でいた葵の目がきゅうっと細くなる。

「──ふぅん、そうなの。そんなことを言ったの……へぇ〜……」

怖い。漠然と抱いたのはそんな感情だ。葵の後ろでは水鳥が髪を逆立てている。あちらも怖い。

「……依織、言ってた。きっと剣城くんに嫌われたって」
「俺に……?」

葵の言葉に、剣城は信じられないとでも言いたげな目で彼女を見た。

「別に俺は、嫌ってなんか」
「でも、依織はそれを確認してないのよ。剣城くんだって今ここで初めて言葉にした。だからこんなに拗れちゃったんでしょ?」

正論を突き付けられ、ぐう、と剣城は唸る。
確かにあんな態度を取れば、依織が表面に出た感情を読み取って『嫌われた』と判断するのも仕方のないことかもしれない。
だが、と剣城はそれでも納得いかない風に続けた。

「あの鷹栖だぞ? 俺に嫌われたかもしれないなんて思い込んだだけでそんなに落ち込むとは到底──」
「何だよ剣城、その言い方!」

その時、ついに葵の後ろに控えていた水鳥が動いた。眦を吊り上げ、ずかずかと足音荒く剣城に近付いた水鳥は彼の胸ぐらを掴んで怒鳴る。

「好きな男に嫌われたなんて思ったら、誰だって落ち込むだろうが!!」

──切れ長の目が、大きく見開かれる。
「み、水鳥さん!」ギョッとした葵と茜が左右から腕を掴んで水鳥を剣城から引き剥がすと、水鳥はハッとして自分の失言に気付いたようだった。

剣城は乱れた襟元を直すことも出来ずに、呆然と立ち尽くしている。
今、水鳥は何と言ったか。

「(鷹栖が、俺を?)」

ふと、脳裏にホーリーロードで優勝した日に見た依織の笑顔が蘇った。
それを皮切りに、恥ずかしげに赤らんだ頬が、大事な幼馴染みを思い零した涙が、花が綻ぶような微笑みが、走馬灯のように次々と思い出される。

「(……俺は)」

そして霧が晴れたかのように──どうしてあの時、自分があそこまで秘密を抱え続けた依織に苛立っていたのかを、唐突に理解した。

「……剣城くん。依織が戻ってきたら……ちゃんと話し合って、仲直りしてあげてね」

ぶわわと熱を持ち始めた顔を片手で覆った剣城を見て、葵は水鳥や茜を連れて踵を返す。
その目は剣城を見守るようにも、まだ友人を悲しませたことに対しての怒りを湛えているようにも見えた。

「次にあの子を泣かしたら、許さないから!」