32

翌日、天馬たちは場所を変えて別の島にある港町を訪れる。
昨日捜索した町よりも幾分か小さい静かな町は、丁度漁師たちが海へ出たばかりなのか港には小舟が数隻停まっているだけだ。
周囲を見回した神童が、眉根を寄せて溜息を吐く。

「船で移動してるかもしれないと言う話だが……それらしいものはここにはないな」
「そうですね……」
「ワンダバ、位置情報に何か変化は?」

袖をそっと持ち上げたフェイが通信機に話しかけると、タイムマシンに待機しているワンダバが、うーん、と唸る声がした。

『……ダメだな。ひとまず半径百キロ圏内まで位置は絞れたが、特にこれと言って変わりはない』
「百キロ……」

少なくとも彼女が船を降りて、この島にいる可能性は捨てきれないらしい。閑散とした港町を振り返り、天馬はギュッと唇を引き結ぶ。

「まぁ、そんな不安そうな顔をするな。船に乗っているのであれば、少なくとも寝床は確保されている筈だからな。きっとあいつなら大丈夫さ」
「そ、そうですね……!」

慰めるように神童が天馬の肩を叩けば、ささくれ立った心がほんの少しだけ落ち着いた。
葵だってずっと同じように不安に苛まれている筈だ、ここは自分がしっかりしなくては──頬を叩いて、よし、と天馬は表情を引き締める。

「それじゃあみんな、手分けして頑張ろう!」
「ああ」
「うん!」




──しかしいくら歩き回れど、結局依織は見つからなかった。
日はすっかり高く昇り、時刻は正午頃。時間を掛け、ぐるりと島を回ってきた天馬たちは意気消沈して町に戻ってくる。

「この島も外れか……」
「一体どこへ行ってしまったんじゃ、鷹栖のやつは!」

頭を掻き毟る錦を、うるさい、と水鳥が一喝する。だが、事が上手く運ばないことに苛立っているのは彼女も同じなようだった。

連絡手段がないとこうも会えないものなのか、とフェイは改めて未来の科学の発展を実感する。
ブレスレットが故障しているのなら、依織のSSCの力を抑える機能もまた働いていない筈だ。早く彼女を見つけてブレスレットを修理しないと、手遅れになってしまう。

「──あ、大きな船」
「え?」

ふと呟いた茜の視線の先を追い掛けると、早朝の漁から戻ってきたらしい漁船がいくつか入港しているのが見えた。

「あの中のどれかに、依織が乗ってるかもしれない……!」
「ああ、行ってみよう」

ハッと目を輝かせた天馬を先頭に、一行は桟橋へと走って行く。
「すいませーん!」町から子供たちの一団が大急ぎで駆け寄ってきたのを見て、港に降りた漁師たちは驚いたように目を丸くした。

「あのっ、皆さんの船に俺たちと同じ年頃の女の子は乗ってませんか!? 青いリボンの背の高い子なんですけど……!」
「女の子……?」

漁師たちは顔を見合わせ、知ってるか、と尋ね合っては首を振る。
どうやら期待は外れてしまったようだ。肩を落とす天馬たちに、ふいに1人があっと短く声を上げた。

「ちょっと待て、俺、多分その子見たことあるぞ」
「! ほ、本当ですか!?」

ああ、と頷いた漁師は眉根を寄せて、「ただな……」と申し訳なさそうに言い淀む。
何か話しにくい理由でもあるのだろうか。しかし、天馬たちにとってはようやく見つけた手懸かりだ。これを逃す手はない。

「お願いします、教えて下さい! どんな小さなことでも良いんです!」
「大事な友達なんです……!」

今にも掴み掛からん勢いで詰め寄る天馬と葵に、漁師は分かったよ、と戸惑いながらも頷いた。

「その子を見掛けたのは一昨日だ。漁からここに戻る最中、砂浜に倒れてるのを船の上から見た」
「そ、それで!?」
「船から投げ出されて漂着でもしたのかと、その子の元に向かおうとしたんだが……それより先に、見慣れねえ奴がその子を担ぎ上げてな。自分の船に連れ帰っちまったんだよ」

え、と天馬たちは目を見開く。
まさか、エルドラドのエージェントだろうか。一瞬そんな考えが頭を過ったが、後に続いた言葉に彼らは絶句した。

「ありゃあ、多分最近ここらの海に来た奴隷商の船だな。俺がもう少し早く港に戻ってれば助けてやれたかもしれねえんだが……」
「ど、奴隷商……!?」

「あ、葵!」蒼白になった顔を両手で覆った葵がその場に崩れ落ちて、天馬は慌てて彼女を抱きかかえる。
奥歯を噛み締めた剣城が、大丈夫か、と慌てる漁師に平静を保ちつつ尋ねた。

「その船がどこに向かったかは……!?」
「北の方に向かったのは見たが……それ以上は分からないな」

そうですか、と剣城は悔しそうに俯く。
各々ショックを受ける仲間たちの顔を一瞥し、神童は漁師に頭を下げた。

「お疲れのところすいません。ありがとうございました……」
「いや……悪いな、力になれなくて」

心配そうに眉を拉げる漁師に別れを告げ、一行はとぼとぼと桟橋から町へ戻る。

葵の顔は真っ青で今にも倒れてしまいそうだ。ぎゅっと彼女の手を握る天馬の手にも力がこもる。
タイミングから考えても、漁師が見たのは依織で間違いないだろう。しかし、船で移動しているとは聞いていたが、まさかそれが奴隷商のものだとは思いもしなかった。

「──おや、君たちは昨日の」

ふいに聞こえてきた声に、一行はゆるゆるとそちらを振り返った。そこには、見覚えのあるマントを羽織った人物が立っている。

「あなたは……えっと、アルブさん?」
「……君たち、随分と疲れているね。そちらのお嬢さんも顔が真っ青じゃないか」

足早に天馬たちに近付いてきたアルブは、葵の顔を覗き込んで眉根を寄せる。そしてマントを翻すと、彼は町の一角を指差して言った。

「あそこに私が取っている宿がある。少し休んでいくと良い」
「え、でも……」
「構わない、昨日の礼もあるしね」

にこりと目を細めたアルブに、一行は顔を見合わせる。
確かに昨日から歩き通しで、疲れと心配からかあまりよく眠れていない。天馬たちは厚意に甘え、彼の取っていると言う宿──町の中でも一際大きな建物へと向かった。




「葵、大丈夫?」
「うん……もう平気」

コップに注いだ水を飲み干し、葵は「心配掛けてごめんね」と隣に腰掛けた天馬に力なく微笑む。

一方で、神童たちから事のあらましを聞き終えたアルブは、成る程な、と思案げに顎を撫でて長い足を組み替えた。

「その、奴隷商に拾われたと言う君たちの仲間だが……恐らく、その船にはもう乗っていないんじゃないかな」
「えっ?」
「どう言うことですか?」

宥めるような声音で言ったアルブに、剣城が怪訝そうに眉根を寄せる。
実はね、とアルブはこちらに注目する天馬たちに改めて口火を切った。

「昨日、島を移動中にその奴隷商の船に襲われたんだ。彼らは前日に海賊の襲撃を受けたらしく、違う大陸の富豪に売るつもりだった異国の少女を奪われたと怒り心頭の様子だったよ」
「そ、それで、どうしたんですか?」
「鎮圧後にその少女を奪った海賊の情報を聞き出して、軍に突き出した。その子の行く当てがないと言うのなら、その海賊に保護されている可能性は高い」

敢えて『保護』と言う言葉を持って答えたアルブに、一行はひとまず安堵に胸を撫で下ろす。
この時代の人間がこう言う物言いをするのなら、奴隷商より海賊の船に乗っている方がいくらか安全と言うことだろう。
剣城は真剣な表情で続きを促した。

「その海賊って言うのは……?」
「ああ。女性を頭領に置いた、最近この辺りを縄張りとしている海賊だそうだ。……そして彼女こそが、私の捜している人物で間違いないだろう」

今までより一層真面目な面持ちになって話すアルブに、一行は驚いて顔を見合わせる。

「女海賊の名はアルビダ。──私の、婚約者だ」




キシキシと船が波に揺られて小さく軋む。
月が天に昇りきった頃、耳に届く波の音で依織はふいに目を覚ました。
同じ部屋で眠っているラウラたちが起きる様子はない。依織はそろりとハンモックから降りて、部屋から抜け出した。

港に停留した船は、静かな波の上で揺り籠のように揺れ続けている。
甲板まで出た依織は、船の縁に寄り掛かりゆっくりと息を吐き出した。月光が暗い海に光の橋を渡している。

「(あれを渡ったら、みんなのところに帰れたら良いのに)」

そんな夢のようなことを考えている自分が馬鹿らしくて、依織は自嘲気味に笑った。
この2日間、何度かブレスレットのボタンを押してみたが転送装置は相変わらず作動しない。

──もし、このまま仲間たちに見つけてもらえなかったら、自分はどうなるのだろう。
やはりいずれはエルドラドに捕まるのだろうか。捕まらなかったとしても、選択肢はこの時代で死ぬか生きるかの2択。
そしていつか、回避出来なくなった死の運命に呑み込まれることになる。

「(……でも、サッカーを失う怖さに比べたら、死ぬことなんて)」

唇を噛み、縁に置いた腕に顔を埋めると、ふいに船室の扉が開く音がした。
振り向くと、月光に冴える双眸がこちらを見つめている。

「──眠れないのなら、また異国の話を聞かせてもらおうと思ってたのだけど……今夜は難しそうね?」

そんな言葉と共に歩み寄ってきたのはアルビダだった。一度就寝したにも関わらず、律儀に上着を羽織り花飾りの付いた帽子を被っている。
勝手に船室を抜け出してきたから心配させてしまったのだろう、依織はへにゃりと眉毛を下げる。

「すいません、船長。私……」
「良いのよ。誰にだって眠れない夜はあるわ」

私にだってね、とアルビダは目を細めて大きな月を見上げた。
光を反射する金の瞳を見つめ、依織はふとずっと気になっていたことを尋ねてみる。

「あの……船長は、どうして海に出たんですか? 元々は海賊じゃなかったんですよね?」
「私? うーん、そうね……」

アルビダは縁に頬杖を突き、ぼんやりと呟く。
話すかどうか考えている風ではない。ただ、どんな風に説明するべきか迷っている様子だった。

「……愛を、信じたかったからかしら」

海に小石を投げ入れたかのような静かな答え。
目を瞬いた依織が「愛?」とオウム返しすると、アルビダは過去を思い返しているのだろう、遠くを見つめながら訥々と続ける。

「私は生まれたときからずっと用意された道を歩いてきた。お父様のことは愛していたし、お父様も私を愛してくれていたけど、私はいつも『自由』であることに憧れていたの」

部屋にある大きな窓からは、抜けるような青空と海が一望出来た。
幼い頃からそこから外を眺めては思ったものだ。今すぐ何もかもをかなぐり捨ててあの広い世界に出たら、どんな人生が待っているのだろうと。

しかし過保護なまでに自分を大切にしている父をおいそれと悲しませるわけにはいかず、彼女は様々な冒険物語を読んでは自由な人生を想像した。
ただ、やはり海に強い憧れがあったのか、読むのは海や海賊をテーマにした物語ばかりだったけれど。

「──3年前になるかしら。ある日私の元に婚約者が来てね。その日初めてお会いしたのだけど、私は一目でその人と恋に落ちたの。きっとあれが運命の出会いというやつだったのね」
「……それで……?」

3年前と言うと、リュリュの言っていたアルビダが船の仲間たちと会った頃と同時期ではないだろうか。
依織は彼女の話の先が全く予想出来なくて、首を傾げて続きを促した。

「彼は私の手を取って言ったわ。ああ、美しい人。私はきっと、あなたに愛するために生まれてきたのでしょう──ってね」
「随分とロマンチックな人ですね」

演技掛かった口調と声音で言ったアルビダに、依織は小さく笑う。そうでしょう、と口角を上げたアルビダは、楽しそうに目を細めて続けた。

「その時ね、思ったのよ。本当に私を愛するために生まれてきたのなら、私がどこかに姿を消したとしても追い掛けてきてくれるんじゃないかって……」
「……ん?」

話の雲行きが変わってきた。眉を眇めた依織は改めてアルビダの横顔を見つめる。
彼女は楽しそうに目を細めたまま、過去の記憶に思いを馳せていた。

「それからの私の行動は本当に早かったと思うわ。お父様に知られないよう動きやすい服を拵えて、船を用意させて、身支度を整えて……仲の良い侍女を引き連れて、海に繰り出したの」
「え、……えっ? 婚約者の人は……!?」

あまりの急展開に、依織は思わず素っ頓狂な声を上げる。
そう言えばラウラは、自分たちはアルビダに付き合う形で海賊になったのだと話していた。あれはこのエピソードのことを指していたらしい。

「彼には海に出る前に手紙を出しておいたのよ」

アルビダは事も無げに言う。
私を愛しているのなら、どうか海の果てまででも私を探しにきてみせて。私に運命を信じさせて。
庭の花を一輪添えたその手紙を見て、彼がどう思ったのかは分からないけれど──と彼女はあっけらかんと言う。

「その後、風の噂で彼が私を探して海へ出たことを知ったわ。まぁ、私が海賊になったことは知らないだろうから、いつ再会できるかは分からないけどね」
「が、ガッツのある人ですね……」

そしてアルビダは女ばかりの航海の中、ある日船長を戦いで亡くしたばかりの海賊団に出会った。
意気消沈した彼らは、女だてらに剣を片手に船に乗り込んできたアルビダに運命を感じたらしい。彼女に着いて行けば、自分たちはまだ海で生きていけると。

「いつ婚約者に再会して海賊を辞めるかも分からない私に、彼らはそれでも良いと言ってくれたわ。少しの間だけ、同じ夢を見て欲しいのだと」

今思えば、何て無謀な話だろう。海へ出て1年も経たない女に、突然海賊の船長を頼むなんて正気の沙汰ではない。
アルビダはクスクスと思い出し笑いをしたが、依織は不思議と彼女を選んだ海賊たちの気持ちが分かるような気がした。
力や知識がなくても、彼女には人を強く惹きつけるカリスマ性があるのだ。

「でも、その頃の私ったら凄く世間知らずだったらしくてね。みんなには色々と迷惑を掛けてしまったわ。実は半年くらい前にも、あなたと同じような流浪の異国人を拾ったことがあるんだけど……」
「そうなんですか?」
「ええ。でも、彼を拾って1週間は経った頃かしら。大きな港に入港した日、その人ってば船に積んだ金品の半分を盗んで逃げてしまったの」

溜息こそ吐いているものの、アルビダはそれを悔やんでいる様子もなくあっけらかんと話す。

「町中くまなく捜し回ったけど、結局彼も、盗まれた物も見つからなくてね。あの時はケントやサムエルに散々叱られたわ。もっと人を疑うことを覚えろって」
「……あ」

そこで依織は、ようやく初日にケントが自分を厳しく監視していた理由を知った。依織がその男のように、船の物を盗んで逃げだすのではないかと疑っていたのだ。

「……勿論疑うことだって大事なのは分かってるわ。でも、私は疑うよりも信じたい。誰かを信じる、私自身を信じて生きていきたいの」

ざあ、と少し強い風が吹いて、アルビダの褐色の髪が揺れる。軽く帽子を押さえた彼女は、優しい微笑みを依織に向けた。

「少し長く喋り過ぎたかしら。私はもう休むわ──イオリも、あまり夜更かしし過ぎちゃダメよ?」
「……はい。おやすみなさい」

軽く手を振って、アルビダは船室へ戻っていく。
ほう、と息を吐いた依織はただの飾りになったブレスレットをなぞり、淡く輝く月を見上げて呟いた。

「自分自身を信じて生きる──か……」