目は口ほどにものを言う、との諺があるが、実際に人の感情を目で見て感じ取ることが出来る依織からすれば、それは中々説得力のある言葉だった。
瞳を合わせた者の感情を読む力。読心術と似て非なる、SSCの開祖としての超常的な能力。
勿論、その目で見た全ての感情を暴けるわけではない。
あるいは空気で、あるいは色で、あるいは気配で。薄いフィルターのようなものを通して伝わってくるそれは、抱いた感情が強ければ強いほど明確に伝わってくる。
ただそれでも、一度抱いた不安というものはそう簡単に解消されるわけでなく。
「(──剣城は一体、私のどこを好きになったんだ……?)」
剣城は先程から、一貫して依織の半歩前を歩いていた。
それは彼女を守るようにも、視線を合わせないようにしている風にも見える。追い越そうとすると彼もまた足を少し早めるため、理由は後者だろう。
ワンダバに呼ばれた後、行くぞ、と当たり前のように依織の手を取った剣城は口振りこそ冷静だったが、その首と耳が夕焼けに負けないほど赤く染まっているのは後ろからでも分かった。
しかし、感情の機微を読み取れても、心の声までハッキリと分かるわけではない。
自分には葵のような可愛さはないし、水鳥のような快活さもないし、茜のようなお淑やかさもない。なのに、どうして彼は自分を選んだのだろう──そんなことを考えてしまう。
誰に似たのか、実のところ依織の自己評価はスポーツに関して以外は基本的に少し低めである。だからこそ彼女は、まだ心のどこかで剣城の気持ちをそんな風に疑っていた。
自分が男だったら、まずこんな可愛げのない女は選ばない。剣城は一時の気の迷いで自分を選んだのではないか、と。
「……あの、さ……剣城」
「ん」
不安で少し掠れた声に、剣城がゆっくりと振り返る。
そしてすぐ、依織は後悔した。彼を呼び止めたことも、彼の気持ちを欠片でも疑ったことも。
「何だよ。どうかしたか?」
「──」
琥珀色の瞳と視線が合ったその瞬間、感情が伝わってくる。
フィルターを通しても強く伝わってくる、色濃い好意。
例えるなら、熟れた桃を砂糖でじっくりことこと煮込んだような──甘くとろけた感情が躊躇なく自分に注がれているのを見て、依織は思わず目を皿のように見開いた。
「っな、何でもない! こっち見るな……!」
「? 呼んだのはお前だろうが」
頭を激しく横に振り、目を背けた依織に剣城は訝しげに眉を顰める。
「(び、ビックリした、すげービックリした! 何あれ!? 何今の!!)」
白竜や、今まで自分に告白してきた男子たちから向けられてきたのとはほぼ別物、別格と言っても過言ではないそれに、依織は俯かせた顔をカッカと熱くした。
まだ剣城を好いている自覚を持って日が浅い恋愛初心者の依織でも、あれが一朝一夕で積み重なった程度の感情ではないと分かる。
あの剣城が、自分にあんな甘ったるい感情を注いでいるというのか。今まで散々目つきが悪いだの悪人面だのとからかってきた、あの剣城が。
狼狽える依織をじっと観察していた剣城は、やがて溜息交じりにこう言った。
「言っておくが……俺はお前の『何でもない』程、信用出来ないものはないと思ってる」
「な、なんだと」
「だから、何か気になることがあるならちゃんと言え」
ほら、と顔を覗き込んで来る剣城は、表情こそ穏やかだが声に有無を言わさぬ雰囲気を滲ませている。
依織には分かった。
これはきちんと話すまで解放されないやつだ、と。
こく、と小さく唾を飲み込んで、彼女は顔を赤くしながら声を絞り出す。
「……わ、私、人の感情、読めるじゃんか」
「ああ」
「だから、その……お前相手だと、えっと、そういうのがめちゃくちゃダイレクトに伝わってくると言うか……」
「そういうの……?」ぴた、と言葉を止めて一瞬考え込んだ剣城は、ハッと何かを察した表情になる。
そして依織と同じように真っ赤になった顔を明後日の方へ向けて、そうか、と短く返した。
「……でも、別に問題はないだろ。何も間違っちゃないんだから」
「も、問題はあるだろ!」
開き直りの姿勢を見せる剣城に、依織は思わず声を上擦らせる。
何だよ、と不満げに眉根を寄せた剣城に、彼女は足下を睨んだまま呻いた。
「私、これじゃ一々恥ずかしくてお前の顔見れないじゃんか……」
「……」
──一拍置いて、はぁ、と剣城が溜息を吐く。
「剣城?」人が困っているというのに一体何に対しての溜息だ、と眉を顰めた依織は、そっと目の前の顔を見上げた。
「……何でもない……」
──何でもなさそうな顔には見えないが。
けれど、そう答えた彼から伝わる感情が余計に色彩を帯びた熱いものに変わったのを感じて、依織は再び赤く熟れた顔を背けた。