時間は少しばかり遡り、天馬たちが庭に残された直後のこと。
玉座の間へと通されたジャンヌと霧野の目の前には、2人の騎士と数名の兵士が立ちはだかっていた。
「お前がジャンヌ・ダルクか」
「はっ、はい……」
威圧感のある雰囲気に気圧されたジャンヌの声がか細く震える。白服の側近騎士はそんな彼女を爪先から頭の天辺までじろりと睨め付けると、小馬鹿にするような口調で言った。
「騎士顔負けの戦上手と聞いたが、随分と頼りないな」
「う……」
棘のある言葉に霧野はムッと眉間に皺を寄せたが、自分たちがジャンヌに初めて出会ったときも似たような印象を受けたことを思い出して口を噤む。
「シャルル様に話したいことがあるそうだが?」
黒い鎧の騎士が尋ねると、それは、とジャンヌは口を開いて周囲に視線を走らせた。
この場にいるのは、問いかけてきた騎士2人と近衛兵のみ。ジャンヌは意を決して、少しだけ大きな声でこう答える。
「っお、王太子様でなければお話しできません!」
「無礼な! 我らには言えんと言うのか!!」
「ひっ」目を吊り上げてやや食い気味に言い返してくる白服の騎士に、ジャンヌは思わず縮こまった。
「落ち着け、ラ・イール」
鎧の騎士に諭されて、ラ・イールと呼ばれた白服の騎士は大きく鼻から息を吐き出してジャンヌを更に険しい目つきで睨みつけた。諭し方が慣れた風な辺り、どうやら怒りっぽい性格らしい。
しかし、ジャンヌはその威圧感に震えることはあっても言葉を撤回しようとはしない。果敢に騎士たちを見上げる彼女の背中を、霧野はじっと見守る。
ややあって、口火を切ったのは黒い騎士だった。
「ではジャンヌ。シャルル様に直接お話しするが良い」
「あ……ありがとうございます!」
パッと表情を綻ばせたジャンヌに、騎士たちは誘うように左右に捌けていく。
空っぽの玉座の前で跪き、緊張の中謁見の瞬間を待つ。そして少し間を置いて、誰かが目の前に腰掛ける気配がした。
「余がシャルルである。顔を上げよ」
「──……」
いざなわれ、ジャンヌと霧野は顔を上げる。
玉座に腰掛けていたのは、銀髪をクルリとカールさせた如何にも貴族然とした格好の男であった。
ようやくの謁見だ。しかし、霧野の視界の端に捉えたジャンヌの表情は何故か瞬く間に曇っていく。霧野が不思議そうに彼女の様子を窺う暇もなく、背後からラ・イールの怒声が飛ぶ。
「王太子様にご挨拶せぬか!」
「でも……」
戸惑った様子で玉座を見つめたジャンヌは、助言を請うように霧野を振り返った。
「思ったことを言うんだ」
「は、はい……!」
小さく息を吸い込み、頷いたジャンヌは立ち上がる。
そして、玉座の男を手で差して言い放った。
「──このお方はシャルル様ではありません!」
「えっ?」
思ってもいなかった言葉に、霧野は思わずジャンヌと玉座の『シャルル』、そして騎士たちを見比べる。
騎士たちは、ジャンヌの言葉に今度は「無礼だ」とは言わなかった。どころか、目を丸くしてジャンヌを凝視している。
「シャルル様はどちらに!?」
騎士たちの顔を見渡しジャンヌは声に焦りを滲ませて尋ねるが、彼らは口を噤んで顔を背けるばかりだ。
こうしている間にも、オルレアンは陥落してしまうかもしれないのに。ジャンヌは祈るような気持ちでお守りのロザリオを握り締める。
「気に入ったぞ、サッカー!」
「良かったやんね」
一方その頃、天馬たちは上機嫌な銀髪の男に連れられて、庭を離れ城の廊下を歩いていた。
視界に入る兵士たちはちらちらこちらを見やり気にする様子はあれど、声を掛けてくることはない。
「お城、勝手に歩き回って良いの?」
「余が許す!」
怒られるかも、とそわそわする信助が尋ねても、男は胸を張って即答する。
フェイは首を傾げつつ、隣を歩く天馬に囁いた。
「他の兵士と比べて、あの人随分威張ってる感じがしない……?」
「そうだね……」
「実際偉い人なんだろうよ」
ぼそっと言ったのは2人の後ろを歩いていた依織だ。
そうなの? と天馬は男に気付かれないように彼女を肩越しに振り返る。
「『視た』の? あの人の目……」
「いや、これはただの推察」
今の依織は相手の目を見て感情を読む力が抑えられているのだから、見たところで必要な情報は入ってこない。
いい加減、後でそのことを改めて説明しなければならないな、と考えながら依織は小声で続ける。
「周りの兵士たちは明らかにあの人の動向を気にしてる。なのに声は掛けない……てことは、簡単に話し掛けられる立場の人間じゃないってことだ。それから……」
「それから?」
「所作がいちいち綺麗なんだよ、あの人」
騎士と言うよりも、貴族みたいな。
そう呟いたところで、銀髪の男はさてと目の前の扉に手を掛ける。そこは先程ジャンヌたちが謁見のために入っていった玉座の間だった。
「そ、そっちはまずいよ!」
「怒られちゃう!」
「なに、気にするな」
快活に笑って、男は大きく扉を開け放つ。
真っ先に見えたのは、一斉にこちらを振り向く騎士と兵士たち。その更に奥に、ジャンヌと霧野の姿があった。
「あ、ジャンヌ!」
「……!」
玉座の前に立ち尽くしていたジャンヌが、振り返るなり目を大きく見開く。
そして彼女は引き寄せられるように男に駆け寄ると、しばしその顔を見つめた後その場に跪いた。
「お──お目に掛かれて光栄です、シャルル様!」
「!」
「えっ……シャルル王子!?」
男を見上げるジャンヌの目は希望に輝いている。驚く天馬たちを他所に、彼は観念したかのように口角を上げた。
「……長旅ご苦労であった、ジャンヌ・ダルク」
「はい……!」
──銀髪の騎士、もといシャルル7世曰く。
ジャンヌ達が城を訪れた際、彼は自分の替え玉を用意することを思いついていた。神の導きが本物ならば、本物の王太子を見抜くことも出来るだろう、と考えたのだ。
部下たちはそれを承諾し、ジャンヌが果たして替え玉を前にしてどのような反応をするか窺っていたのである。
「依織、分かってたの? あの人がシャルル王子だって……」
「ア〜〜うん分かってた分かってた」
「絶対にそこまでは分かってなかっただろ……」
そんなやり取りを挟みつつ、ジャンヌは改めて玉座に着いたシャルルに、遠路はるばる謁見をしに来た理由を明かす。
「──余を即位させる?」
「シャ、シャルル様はフランスの王となり、平和をもたらすお方です!」
つっかえながらも、ジャンヌは誠心誠意を込めシャルルに接する。対し、シャルルは彼女を品定めするような猜疑心の残る目で見下ろしているままだ。
「……それも神のお告げか?」
「は……はい」
小さく頷くジャンヌに、ふむ、とシャルルは組んでいた足を組み替えて続ける。
「我らはイングランドの攻撃の前に成す術もなく、ランスの街も敵の手に堕ちた。一体どうやって余を即位させると言うのだ?」
「そ、それは……」
言い淀み、ジャンヌはちらりと背後の霧野を見やった。
そして彼が頷くと、勇気が出たのだろう、前に向き直ってシャルルに告げた。
「た、確かにパリの都を始めとして、多くの領土がイングランドに支配されています。で、でも、そのせいで敵の兵力は分散しているんです」
「ほう?」
「兵力を集中し、勇気を持って戦えば、必ず勝てます! ……でもオルレアンが落ちてしまえば、どうなるか分かりません」
玉座の傍らに控え、ジャンヌの話を聞く側近騎士たちの表情は険しい。農夫の娘ごときが戦に対して分かったような口を──そんな考えが在り在りと見て取れる顔であった。
「お願いです! 一刻も早く、オルレアンに援軍を!」
ジャンヌの必死の訴えに、シャルルは爪を噛んで考え込む。
彼の言葉を待つその時間は、ジャンヌにとっては永遠のように長く感じられた。
実際のところは数分もなく、シャルルは真剣な表情のジャンヌを、その後ろに控える天馬たちを見て、ゆっくりと立ち上がる。
「──ラ・イール、ジル・ドレ。手勢を率い、オルレアンに向かえ!」
「! ……仰せのままに」
騎士2人は一瞬目を見開いたものの、その動揺をおくびにも出さず小さく頷いた。
早速手配を整えに玉座の間を後にする2人を見送って、シャルルはジャンヌに視線を向ける。その眼差しは先程と比べ、随分と柔らかくなっていた。
「ジャンヌ。そなたのフランスへの思い……しかと受け止めたぞ」
「あ──ありがとうございます、シャルル様……!」
目に涙を浮かべるジャンヌに、天馬たちは笑顔で顔を見合わせる。ひとまずは、これでジャンヌの目的の第一段階は果たされたのだ。
「やったな、ジャンヌ」
「はい……! でも、まだまだこれからです。私、もっと頑張らないと……!」
肩を叩く霧野に、ジャンヌはぐっと涙を拭って眼鏡を押し上げる。
援軍は約束された。後はオルレアンに向かい、街を包囲しているイングランド軍を打ち倒さねばならない。
それから一行は、集められた城の兵士たちを引き連れて一度神童たちの待つ砦へ戻ることになった。
「天馬〜〜っ!」
「うわぁ、ちゅーかすっげえ軍勢!」
砦が見えてきたところで、天馬たちを待っていた葵たちが出迎えに出てくる。
仲間たちは道に犇めく兵士の行列に目を剥きつつも、天馬たちの帰りを喜んだ。
「霧野、やり遂げたんだな!」
「ああ……!」
駆け寄ってきた神童に、霧野も少し誇らしい気持ちで頷いて答える。心のどこかにある焦りは未だ残ったままだが、その達成感は確かに沈みがちだった彼の心に光を灯した。
そして一行は砦に残っていた兵士たちも引き連れて、急ぎオルレアンへ向かう。
街へ入ると、既に増援の知らせを受けていたのだろう、住人達がジャンヌ率いる軍勢を出迎えた。
「ジャンヌ・ダルクだ!」
「オルレアンは救われる……!」
兵士らに手を振る人々は希望を口にしているが、その表情には覇気が無く酷く疲労している様子である。
長い籠城で食料も底をついているらしい。現代に生きる天馬たちは、オルレアンの置かれた想像も付かない辛い状況に胸を痛めた。
「ジャンヌ様! よくぞ援軍をお連れ下さいました!」
「遅くなってごめんなさい……さぞ辛かったことでしょう」
出迎えの集団から1人歩み出てきた体格の良い兵士に、馬から降りたジャンヌはいそいそと駆け寄って傷だらけの手を握り締める。
ありがとうございます、と目を細めた兵士に嬉しそうに微笑んだジャンヌは、表情を引き締めると引き連れた軍勢を振り返った。
「皆さん! 今すぐ総攻撃を掛けましょう!」
「総攻撃、ですか?」
目を瞬く兵士に、そうです、とジャンヌは力強く頷く。
「オルレアンに援軍が来たのを見て、イングランドの兵は浮足立っています……敵を叩くなら今です!」
ジャンヌの言葉に住人や街に残っていた兵士たちは顔を見合わせざわつき始めた。
この大所帯だ、確かにイングランド軍にもオルレアンに援軍が到着したことは既に知られているだろう。恐らく敵はこの事態に対しどう動くか検討を始めている頃の筈。ならば、その行動が定まる前に仕掛けに行くのは決して間違いではない。
「総攻撃は時期尚早だ」
「左様。まずは旅の疲れを癒すのが先というもの」
しかし、その作戦に口を挟んでくる者が2人いた。従軍してきたラ・イールとジル・ドレである。
冷ややかな目をした2人に、ジャンヌは戸惑った様子で眉を下げた。
「で、でも、オルレアンの士気が高まっている内に戦わなくちゃ」
「それも神のお告げか?」
「い、いいえ……」
「ならば、戦は我ら騎士に任せておけ」
そう言って、2人は休息の手配を指示し始める。早速戦が始まるのかと身構えていた兵士たちは、少し出鼻を挫かれたようではありつつも指示に従い荷解きを始めてしまう。
「私では、この人たちを動かせない……?」
戦場において、兵士たちは位の高い騎士の指示に従うのが当たり前だ。どれだけの民心を集めていようが、一介の村娘であるジャンヌと騎士とを天秤に掛ければ兵士たちは後者の方を優先せざるを得ない。
ただ兵士たちを街に入れるだけに終わってしまったジャンヌは、自分の無力さに肩を落とした。
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「このままで良いのかなぁ」
「良くはないだろうな……」
荷馬車に積んできた食料を街の住民に分け与える兵士たちを遠目に見ながら、膝を抱えて呟いた黄名子に依織は返す。
雷門イレブンたちには戦争に勝つための戦略などは分からない。けれど、敵の動揺を突いた総攻撃というジャンヌの作戦は、中々的を射ているのではないかとも思っているのも確かだった。
「──あ、霧野先輩」
「うん?」
ふと視線を上げると、塔の中へ入っていく霧野の姿が見える。何とはなしにその塔の上の方を見上げると、塀の隙間から見覚えのある金髪が風にたなびいているのがちらりと見えた。
「……依織ちゃん、ウチらも行ってみよう」
「えっ? あ、うん……」
黄名子の小振りな手に引かれ、依織もまた言われるがまま塔の階段を登っていく。
3階分ほど段差を登って、屋上への入り口が見えたところで先導していた黄名子が立ち止まった。それと同時に、屋上にいるらしいジャンヌと霧野の話し声が聞こえてくる。
「──私が逃げたら、フランスの人々の苦しみは終わらない。私は選ばれたんです……でも、私に出来るんでしょうか……」
風に乗って聞こえてくるか細い弱音に、依織と黄名子は顔を見合わせた。お互いに眉がしょんぼりと下がる。
「ジャンヌはすごいよ。苦しむ人たちを救い、たった一人で立ち上がり……王太子の心を動かしたんだから」
続けて聞こえてきたのは霧野の声だ。彼の声は落ち着いていて、彼女を慰めるためか優しく凪いでいる。
「君には、君にしか出来ないことがある。だからこそジャンヌ──君が選ばれたんじゃないかな」
「私だけにしか出来ないこと……?」
「……俺にも、俺にしか出来ないことがあると良いんだけど」
最後にふっと霧野が笑う気配がする。依織たちは屋上から顔を引っ込めると、どちらからともなく小さく溜息を吐いた。
「依織ちゃん、ウチ……」
「──何だ、お前たち。そこにいたのか」
神妙な顔をした黄名子が何か言い掛けたその時、丁度霧野が階段を降りてくる。依織は少し気まずそうに肩を竦めた。
「ええと……私たちに出来そうなこと、探しに行きます?」
「聞いていたのか。……1つ、心当たりならあるよ」
苦笑して、霧野は階下へ続く階段を降りていく。依織は何ですか? と眉を顰めながら黄名子を連れてそれに続いた。
「あの騎士たちを説得しに。まぁ、それ以外のことは思い付かないんだけど……」
「ヘェ、良いじゃないですか。それなら手伝えそう」
「……『手伝う』って顔じゃないな」
ニタリと口角を上げた依織を一瞥して、霧野は塔を後にする。
向かったのは騎士たちが屯所とした建物の一角だ。
開け放たれた扉から中を窺うと、奥でラ・イールが悠然と食事をしているのが見える。霧野は顔を顰めて部屋に足を踏み入れた。
「──騎士は誇り高いと聞いていましたが、どうやら違うようですね」
「んぐ、……っ何だと!?」
突然声を掛けられ驚いたのか、ラ・イールは喉に詰まり掛けたものをワインで押し流して霧野を睨む。しかし霧野は怯まず言い返した。
「敵が目の前にいると言うのに、あなた方は何もしようとしない!」
「もしかして、負けるかも〜って思ってる?」
「そんなことはないッ!!」
霧野の後ろからひょっこりと顔を出した黄名子に、ラ・イールはテーブルを叩き立ち上がる。古びた椅子が大きく傾いた。
「あんたらがどうして今すぐ総攻撃を仕掛けることに反対なのか、当ててあげましょうか」
「何ッ?」
黄名子とは反対側から顔を出した依織に、ラ・イールは訝しげに目を細める。
彼の怒声を聞きつけたのか、周囲には少しずつ兵士たちが集まっていた。
「あんたたちはジャンヌさんの言うことを聞くのが癪なだけなんですよ。どうして位の高い騎士の自分たちが、ただの村娘の指示を仰いで戦わなきゃならないのか……嫌ですねぇ、プライドばっかり高い人間って!」
「う、うるさいッ!!」
図星を突かれたのだろう、ラ・イールは顔を怒りに真っ赤にして声を張り上げる。
「敵は消耗し、数も少ない。守りを固めていればその内逃げ出す!」
「相手にも援軍が来たらどうするつもりですか!!」
「それは……っ!」
即座に霧野に言い返され、ラ・イールは反論出来ずに口を噤んでしまった。
両者が無言のまま、険しい顔で睨み合っていたその時だ。
「──大変です!!」
「っ何事だ」
開けっぱなしの入り口から、酷く焦った様子の兵士が1人部屋に飛び込んでくる。
騒ぎを聞きつけた天馬たちや他の兵士らも何事かと顔を覗かせる中、伝令に来た兵士は息を整えつつ告げた。
「ジャンヌ様が手勢を率い、イングランドの砦へ攻め込みました!!」
「何だって!?」
予想外の報告に霧野は思わず声を漏らした。流石のラ・イールもまさかジャンヌがそんな思い切ったことをするとは思っていなかったのか、あんぐりと口を開けている。
「皆が後に続くのを待つと……ジャンヌ様の伝言です」
兵士はグッと拳を握り締めながら報告を終える。一気にざわつく部屋の中で、天馬がハッと呟いた。
「まさか、自分を犠牲にしてみんなをやる気にさせるつもり……!?」
「俺が余計なことを言ったから……っ止めなきゃ!!」
「霧野!」言うが早いか、霧野は弾かれたように部屋から飛び出していく。雷門イレブンたちが慌ててそれに続くのを、騎士たちは半ば呆然としながら見送った。
子供たちの背中が見えなくなったところで、我に返ったらしいラ・イールが小さく舌打ちする。
依然として動く気配のないラ・イールとジル・ドレに、兵士たちは不安げに顔を見合わせた。この2人からの指示が無い限り、彼らはジャンヌの加勢に行くことは出来ない。
ジャンヌが連れて行ったのは元からオルレアンに常駐していた兵たちだろう。彼らは先程街に着いた自分たちと比べかなり疲弊しているし、何よりも人数が少ない。返り討ちに遭うのが関の山だ。
「ジャンヌめ……勝手なことを!」
「早まったか……」
「──何を言っておるか!」
苛立たしげに呟いた2人に、ピシャリとした声が飛んできて兵士たちはギョッと目を剥いた。
見ると、フードを目深に被った見覚えのない男が腕を組んでふんぞり返って立っている。
「何だ貴様は! 無礼な──」
突然現れた男にラ・イールが咄嗟に剣の柄に手を掛けると、男は溜息交じりにフードを外した。
露になったその顔に、ラ・イールは──その場にいた全員が、目を皿のように見開く。
「なっ……シャルル様!?」
そこにいたのは、城に残っているはずのシャルルだった。
どうやらまた変装をしてこっそり行軍に着いてきていたらしい。危うく君主に刃を抜きかけたラ・イールが気まずそうに直立不動したのを尻目に、シャルルは声を張り上げる。
「ジャンヌ・ダルクに続くのだ! 良いか、フランスの騎士の名誉にかけて、ジャンヌを守れ!」
「は──はっ!」
「おおッ!」
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道を走り抜けオルレアンの街を飛び出すと、河向こうにあるイングランド軍の常駐する砦から火の手が上がっているのが見えた。
微かに聞こえる断末魔はオルレアン軍か、はたまたイングランド軍の鬨の声か、漂う戦火の臭いに焦りが募る。
「ジャンヌーーッ!!」
ジャンヌに合流して何かが出来るわけではない。しかしかと言ってじっとしているわけにもいかず、雷門イレブンは砦へ続く大きな橋をひた走る。
しかし、橋の半ばに差し掛かろうと言うところで、ふいに一行の前に人影が立ちはだかった。
「っお前は……」
「誰だ……?」
現れたのは、どちらかの軍の人間でも、それどころか明らかにこの時代の人間ですらない風貌の青年だった。彼は背後で始まっている激しい戦闘も与り知らぬかのように、堂々とそこに佇んでいる。
「俺はザナーク・アバロニク。名もなき小市民だ」
「ちゅーか名前あるじゃん」
「何をしに来たんだ!?」
ザナークと名乗った青年は、その問いを待っていたと言わんばかりにニヤリと口角を上げた。
「俺と遊んでくれる奴を探しに、な」
そう言ってザナークが指をパチンと鳴らすと、彼の背後に11人の人影が出現する。
褐色の肌、色こそ違うがプロトコル・オメガのボディスーツに身を包んだ者たちを従えたザナークは、雷門イレブンに向かって指を2本立てて見せた。
「向こう岸に渡るには方法が2つある。サッカーで俺に勝つか、それとも泳ぐか──もっとも、泳いだら邪魔するがなぁ」
「何だって……!?」
察するに、どうやら彼もエルドラドの人間らしい。
天馬たちが身構えていると、背後からガシャガシャと慌ただしい大勢の足音が聞こえてくる。
「ジャンヌー! 其方の戦い見せてもらうぞー!」
「えっ──シャ、シャルル王子っ?」
「スタンバイしてもらうぜ!」
聞き覚えのある声に天馬や依織が肩越しに振り向いてギョッとするのと同時に、ザナークは中空にスフィアデバイスを放り投げた。
『フィールドメイクモード』
無機質な音声と共に、スフィアデバイスを中心にして橋の上に白い光でラインが描かれる。
四方には半透明な壁が出現し、橋はあっという間に出口のないサッカーコートへと変貌した。
「これは……!」
「聞かれる前に説明するぜ。ここからは試合が終わるまで出られない」
ニヤニヤとほくそ笑んでいるザナークを、一行は呆然と見つめる。結局、選択肢など最初から存在しなかったのだ。
「ほ〜らほら、早くしないと歴史が変わっちまうぜ?」
「やるしかないか……!」
「よぉしザナーク・アバロニクとやら! この大監督クラーク・ワンダバット様が迎え撃つ! やるぞみんなァ!!」
砦での戦いの音が収まる気配はない。雷門イレブンたちは、険しい表情で頷き合う。
やっと出番の回ってきたワンダバがファッションで持っていた杖を振り回して吠えた。
「監督とはなんだ?」
そこでキョトンとしながら現れたのはシャルルだ。フィールドメイクの際、壁の内側に入ってしまったらしい。
見れば、壁の向こう側で兵士たちがどうにかしてこちら側にこようと半透明の壁を叩いている。
「監督は、全ての人に指示を出す一番エライ人」
「つまり王と言うことか! ならばこの試合、王太子シャルルが監督を務めるぞ!」
茜が問いに対し端的に答えると、シャルルは爛々と目を輝かせた。
えっ、と雷門イレブンが目を丸くする一方で、わなわなと震えてシャルルに食ってかかるのは勿論ワンダバである。
「アナタねぇ! 王と監督は全くの別物! ここは大監督であるワタシが……」
「ま、まぁまぁワンダバ!」
大暴れ一歩手前のワンダバをフェイと依織の2人掛かりで抑えている間に、シャルルは「玉座はあそこか?」とてくてくベンチへ歩いて行ってしまう。相変わらずのマイペース振りだ。
「このまま放置してコートの中あっちこっち歩き回られるよりもマシだろ? ここは抑えて……!」
「ぐぬぬぅっ」
耳打ちしてくる依織に唸って、ワンダバは逡巡の後ガックリと項垂れる。
斯くして、シャルル王子率いるオルレアン軍代行戦とも言うべき試合が幕を開けるのだった。