フィールドの出現と共に併設されたテクニカルエリアのベンチ。不満たらたらと言いたげな渋い顔をしているワンダバの隣に、シャルルはさもここが最初から自分の席であったかのように堂々と腰を降ろす。
ふと相手のテクニカルエリアを見ると、どうもザナークは選手として戦うわけではないらしく、尊大な態度でベンチに座っていた。
そうとなれば、気にするべきは目の前の敵だろう。
視線を改めて前方に戻した依織は、その違和感に眉を顰めた。
「あいつら……プロトコル・オメガだよな? イメチェンした?」
「そういうわけじゃないと思うけど……前と随分様子が違うね」
新たな敵だと思っていた人物たちは、よく見てみればガンマを含むプロトコル・オメガのメンバーだった。けれど彼らの姿は先日までと打って変わり、肌は褐色に、瞳は赤黒いものになっている。コスチュームだけならまだしも、肌や瞳の色があそこまで変化しているのは明らかに異常だろう。
依織の疑問に一言ツッコミを入れつつ、怪訝な表情で呟くフェイに、ガンマは目を細めて怪しく笑った。
「ザナーク様とミキシマックスしたプロトコルオメガ3.0の力……見せてやろう」
「何だって!?」
披露された真実に天馬たちは目を見開いてベンチのザナークとガンマたちを見比べる。
ザナーク本人の力がどれ程のものかは分からないが、元々の戦闘力が高いプロトコル・オメガの能力が更に上乗せされているとなるとその力は未知数だ。
動揺の収まらぬままホイッスル代わりのラッパが鳴り響き、ガンマのキックオフで試合が始まる。それと同時に、立ち上がったシャルルが高らかに叫んだ。
「さあ、全員で王の城を守るのだ〜ッ!」
「王の城って……ゴールのことか?」
ちらりとゴールの方を見やり、雷門イレブンは首を傾げる。
まだ試合のろくに動いていない序盤から全員でゴールを守りにいくなど、あまりにも後のことを考えない策だ。
「あの人サッカー分かってんのか!?」
「き、基礎の基礎なら俺たちが少し教えたんですけど……」
「そんなの分かってるって言えませんよぉ!」
浜野や速水の文句も尤もである。当然一同はいきなりそんな指示を素直に受け入れることも出来ず、それぞれ自分の判断でフィールドを走る。
「あっ、こ、こらー! 余の命令を聞かぬか!」
「これだから素人は……」
きぃきぃと叫ぶシャルルを横目にワンダバがぶつくさと言っている間にも試合は続く。ボールはレイザからバハムスへと渡り、その進行方向を黄名子と錦が塞ぎにかかった。
しかしバハムスは余裕の笑みを浮かべると、2人を十分引き付けたタイミングで後方へとヒールパスを繰り出す。
そのパスを受け取ったのはガンマだ。
「スマート! 予想通りのパスだな」
「……!」
思えば、試合の中で彼と直接戦うのは初めてだ。依織は身構え、ガンマの動きを注視する。
「覚悟は良いか?」
唇を三日月のように歪め、ガンマは飛ぶように走り出す。見る見る内に距離を縮めてくるガンマに、依織は傍で構えた剣城と目配せを交わして地面を蹴った。
「通すかッ!」
「ふっ──そのディフェンス、予想通り!」
しかしガンマは2人の動きを初めから読んでいたかのように、体の間に出来た隙間を飛び越すように掻い潜っていく。
「俺が相手だ!」
「ちゅーか俺もいるぜーっ!」
続けざまにゴール前に飛び出した霧野と浜野に、一度足を止めたガンマはそれを一笑した。
次の瞬間、ガンマの体から溢れ出た青紫色の闘気が膨れ上がり、彼の背後に巨大な獣の影が姿を現す。
「≪迅狼 リュカオン≫!!」
空をつんざく咆哮を上げたのは、しなやかな体躯に獰猛な光を瞳に宿した狼の化身だ。
放たれたシュートはDF2人はおろか、ゴールを守る信助をも薙ぎ払いゴールネットに突き刺さる。
「ふっふっふ……見たか? 見たなァ? プロトコルオメガ3.0の実力を……!」
息つく間もなく奪われた先制点に雷門イレブンが唖然とするのを見て、ザナークは面白そうに笑った。
天馬はぐっと唇を噛んで、表情を引き締め仲間たちを振り返る。
「っまだまだこれからだよ、みんな! 始まったばかりじゃないか!」
「キャプテンの言う通りやんね! 気合入れて行くんよ〜!」
我に返った仲間たちは、その鼓舞に小さく頷いた。今までだってこんな状況を何度も打開してきたのだ。ここで臆していては何も始まらない。
「その意気だ! お前たちの力が高まれば、もしかしてジャンヌの力が目覚めるかもしれないッ!」
興奮気味に外套を脱ぎ棄て、ミキシマックスガンを両手に構えたワンダバに釣られて霧野は砦の方を気遣わしげに見やった。砦の屋上、塀の隙間からちらほらと見覚えのある金糸が風に揺れている。
「これがザナーク様から与えられた力だ!」
しかし、ミキシマックスしたプロトコル・オメガの力はやはり強力だった。
単純な戦闘力の話だけではない、こちらの動きを完全に予測したプレーに雷門イレブンは翻弄されていく。
「霧野!」
「……ッ!」
鋭いパス回しで前線を上げるプロトコル・オメガに、神童が霧野を伴ってボールを持ったダーナを挟み撃ちにした。
けれどその瞬間、霧野の脳裏に力を手に入れた神童の姿が過る。
自分がいなくても、神童の力があるなら──そんな考えが一瞬浮かび、霧野はぶるりと頭を振った。
「(試合に集中するんだ……!)」
しかし、その隙を見逃してくれるような甘い相手ではない。霧野の集中が途切れた隙を突き、ダーナがあっという間にマークを突破していく。
「隙を突かれるな!」一喝してダーナを追う神童に気まずそうに眉を歪めて、霧野もまた彼女を追い掛けた。
「行かせないよーっ!」
ボールが地面を這うようにサイドのバハムスへと届く直前、黄名子がその間に飛び込みボールはライン外へと跳ねていく。
「ナイスカット、黄名子!」
天馬はホッとしながら黄名子に声を掛け、ガンマたちを見やる。
相手はこちらの動きを完全に予測して動いている。どうにかして意表を突かなければ点は奪えないだろう。
そうとなればチャンスは限られてくる。
フィールドに投げ入れられたボールを相手の初動を見るより早く勘でカットした霧野は、即座にそれを前線へと打ち上げた。
「天馬!」
「はい!!」
ボールを受け取り、天馬は敵陣へと切り込んでいく。
「お前の動きは読めてるんだよ!」と正面から向かってくるダーナに天馬が緊張の面持ちになったその瞬間、ベンチから大きな声が聞こえてきた。
「待てェい! ドリブルで戻れ!」
「っええ?」
声の主はシャルルだった。自信ありげに胸を聳やかしたシャルルは、困惑に前へ進む足が緩まった天馬に「良いから戻るのだ!」と繰り返した。
天馬は何が何だか分からずに、しかし自陣へ戻るようにしつこく繰り返すシャルルを無視することも出来ず、言われたとおりその場で踵を返す。
「何なんだお前!?」
「こっちが聞きたいよ……!」
これには流石の敵も虚を突かれたようで、困惑しながらも自陣へ駆け戻る天馬を追い掛けていく。
その後もシャルルは雷門イレブンが敵陣へ攻め込もうとする度に自陣へ戻るように指示を繰り返し、しばらくの間前にも後ろにも進まない試合運びが続いた。
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一方、イングランド軍の砦では、両軍の激しい戦いが続いていた。
「神よ……我に勇気を……!」
金属のぶつかるけたたましい音、どちらとも分からぬ怒号に耳を支配されそうになりながら、ジャンヌはぶるぶると震えてロザリオを握り締める。
慣れぬ手で扱った剣は既に地面へと落ち、恐怖と疲れで最早これを使う握力はほとんど残っていない。
そんな彼女の元へ、自軍の兵士が疲弊した様子で駆け寄ってきた。
「我が軍は押される一方だ! このままでは……!」
「も、もうすぐ援軍が来ます! 神は必ず我らを勝利に導いて下さいます……!」
ハッと顔を上げたジャンヌは、声を掛けてきた兵士に必死に返す。
だが、兵士はこれに頷きはしなかった。
「神の声が聞こえるなら、教えてくれ! 何故神は、我らにこのような試練を与えるんだ!?」
「っ、それは……!」
悲痛に満ちた兵士の言葉に、ジャンヌは二の句が継げなくなった。敵味方関係なく、戦いに傷つき倒れていく兵士たち。燃え上がる戦火は煌々と曇り空を焼き、これではまるで地獄の光景のようだ。
「お前を信じて……良かったのか……!?」
声に猜疑心を滲ませる兵士の表情は、兜に隠れて見えない。それから彼は仲間の悲鳴を聞きつけて、急いで戦線へ戻っていく。
「聞こえたんです……神の声は、本当に」
心に鋭いナイフを刺されたジャンヌは、うわ言のように呟いて俯いた。
「いい加減にして下さい!!」
怒声と共にボールがラインの外へと転がっていく。
意図の分からない進軍と後退を繰り返させられ、体力を消耗させられたところでついに我慢が出来なくなった霧野は、剣呑な目でシャルルを睨みつけた。
「おやおや……気に入らないのかな、余の作戦が」
「何が作戦ですか! 悪戯に体力を消耗させているだけじゃないですか──っ天馬!」
言葉の途中で向かってきた敵を視界に捉え、霧野は文句を言いながらも咄嗟に天馬へパスを出す。
ふむ、と頷いたシャルルはボールへ目を寄越すと、ひらりと手を振った。
「よ〜し、じゃあ攻めろ!」
「ええ……?」
軽い調子でそう言われ、それでも天馬は今度こそと敵陣へ向かって走り出す。
そこで、それまでの雷門イレブンのプレーで思うような試合運びが出来ていなかったプロトコル・オメガの苛立ちもピークに達した。
「このっ……ちょろちょろしやがって!」
こちらをおちょくるようなプレーに余程頭が来ていたのだろう、乱暴な口調で叫び正面から突っ込んできたガンマを、天馬は先程までと違い労することなくあっさりと躱した。
「えっ……?」
「おお、抜けた抜けた」ベンチから感心したようなシャルルの声が聞こえる。天馬は不思議そうに首を傾げながらもフェイへパスを回し、そのままま2人は前線を上げていく。
その光景を見て、水鳥がもしかして、と呟いた。
「わざと怒らせて、あいつらの先を読む力を崩したのか?」
「ん? ……おお、まさにその通り! 先の先の先の先を読む──これぞ作戦と言うものぞよ。エッヘン」
言っていることは正しいのだが、実際この事態を想定してあんな指示を出していたのかは疑問である。マネージャーたちはシャルルに呆れた目を向けた。
何にせよ、これなら行けるかもしれない──雷門イレブンに希望が見えたその瞬間、無情にも前半終了のラッパが鳴ってしまう。
「確かに、王子の作戦は上手く行ったと思いますけど……これじゃあ後半が」
戻ってきた選手たちを気遣いながら、葵が物憂げに言う。プロトコル・オメガたちのペースを乱すことが出来たとは言え、何度も無駄にフィールドを行ったり来たりさせられた選手たちは早くも疲労の色が見えていた。
「大丈夫、まだまだ行ける!」
「ああ……せっかく相手の隙を突けたんだ」
このチャンスを無駄にしたくない、と天馬たちは言うものの、その息は未だ整わないままである。
だけど、と言いつのるマネージャーたちに、シャルルが胸を聳やかして言った。
「案ずるな。次の策は既に考えてある!」
「本当に……?」
怪訝な目を向ける依織に、「本当だとも!」とシャルルは含み笑いをする。
その横顔に、霧野は自分がチリチリと焦げ付くような苛立ちを感じているのを実感していた。
「(何を苛立っている、俺は……!)」
素人同然のシャルルの指示にも、プロトコル・オメガにも、そして自分にも、最早何に対して苛立っているかも定かではなく、霧野は焦燥感に歯噛みする。
「おい、霧野」
「っあ、ああ……悪い」
神童に呼ばれて顔を上げれば、仲間たちが既にシャルルの作戦とやらをを聞くために集まっており、霧野は慌ててそちらに合流した。
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十数分後、ハーフタイムが終わり各選手たちはフィールドに戻っていく。
「ん……? くっくっく、流石の俺もそう来るとは思わなかったぜ」
ザナークは雷門陣内をザッと見回して、目を見開いた後小さく声を上げて笑った。
後半戦開始にあたり、雷門イレブンはDFとFWのポジションを入れ替えていたのだ。
「ふっふ……これぞ、先の先の先の先を読む作戦だ。エッヘン」
一体どこからその自信が来るのか、シャルルは上機嫌で鼻を鳴らす。
「大丈夫でしょうか、こんなにフォーメーションを変えるなんて……」
「ちゅーか、やるしかないっしょ」
MF故に元のポジションから動くこともなく、前後入れ替わった仲間の立ち位置に慣れないものを感じながら速水や浜野が呟く。
「大丈夫です! 何とかなります!」
「うん──ここはシャルル王子に賭けてみよう」
「あとはジャンヌさえ……」
唸り声を漏らし、ワンダバは活躍の場を奪われたミキシマックスガンを握り締める。前半の間も何度かミキシマックスを試していたのだが、ジャンヌの力はまだ目覚めていないらしく、放った光は弾かれるばかりだった。
「どうしたらジャンヌさんの力が目覚めるんだろう。今のままじゃ……」
ジャンヌの力が手に入らなければ、この試合に勝ったとしても時空最強イレブンを揃えるという本来の目的は達成できない。不安げに呟く黄名子に、霧野は唇を噛んで砦から見えるジャンヌの後ろ姿を見つめる。
ジャンヌは試合開始前から、その場にしゃがみ込んだまま動く様子がなかった。
「……俺はジャンヌを信じている。彼女は誰よりも強い心を持っている。だから、必ずミキシマックスは完成するはずだ」
「うん……」
私が逃げたら、フランスの人々の苦しみは終わらない──霧野は、ジャンヌの言葉を思い返す。フランスの民を想い、ここまで来たジャンヌの心は本物のはずだ。
「(俺も見つけなければ。俺にしか出来ないことを……)」
それぞれ僅かな不安を拭いきれないま、ま後半が開始される。
霧野からのボールを受けた黄名子は、早速ニンマリと笑い張り切って走り出した。
「ウチ、元FWなんよ。本領発揮やんね!」
「待て待て待てぇい! 作戦通りに行け!」
しかしその瞬間ベンチからシャルルに引き留められ、黄名子は「うぇえ?」と不満げに声を漏らしてたたらを踏む。
目の前まで敵が迫る中迷うことも出来ず、黄名子は仕方がなくシャルルの『作戦』通りボールをラインの外へ蹴り出した。
「何っ……!?」
てっきりあのまま切り込んでくるものと思っていたガンマは、出鼻を挫かれ意図の読めない行動に顔をしかめる。
その後も雷門イレブンは、攻め込むプロトコル・オメガのボールをただクリアし続けた。一向に立ち向かってくる様子のない、消極的を通り越し試合をする気がないとも取れるプレーに再びガンマの額に青筋が浮き始める。
「しつこい連中だ……!」
試合前にただやることだけを指示されていた雷門イレブンたちも、これが何を目的とした作戦なのか理解するのにさして時間は掛からなかった。
前半で動いていたのは主にFWの選手たち。彼らと比べると疲労の少ないDFを前に出すことで、最初からパスカットを狙うのだ。
これにより相手は更に苛立ちを募らせ、こちらの動きを予測する冷静さを欠いていくと言うわけである。──果たしてシャルルがどこまで先を読んだ上でここまでの作戦を立てたのかは不明だが。
「この作戦ちょっとズルくね?」
「そう思います……」
呆れながらも浜野は確実にボールをカットする。
──そして、ラインの外へ転がるそれを霧野が不意に受け止めた。
ここまでのプレーで敵選手はほとんど雷門陣内の深くに入っており、相手陣内にはDFしか残っていない。
「(──チャンスだ!)」
敵陣を睨み、霧野は走り出す。
けれど、それはプロトコル・オメガに取っても同じようにチャンスだった。ようやく攻め込んできた相手に、ダーナが意気揚々と腕を天に突き上げる。
「行かせるか! ディフェンスコマンド・03!!」
「ぐぁあッ!」
勢い良く地面に着かれた手から紫電が迸る。それは霧野の体を竜巻のように巻き上げると、彼の体をフィールドに叩き付けた。
「霧野先輩!」
「はは──行くぞ、お前たち! こいつらに身の程を教えてやれ!!」
ようやく掴んだ攻め時にガンマが声を荒らげる。
霧野が体の痛みから立ち上がれないまま、試合はそのまま続行される。
「そんな……俺のせいで……ッ!」
苦痛と悔しさに霧野は顔を歪めたが、それまで思うように試合を運べなかったフラストレーションも溜まっていたのだろう、勢いを増したプロトコル・オメガの猛撃は止まらない。
「シュートコマンド──」
「でやぁッ!!」
ゴール間際まで迫ったガンマにシュートを打たれる寸前、神童がスライディングでボールをカットする。
やっと立ち上がった霧野は、即座に体勢を整える友人にハッと声を上げた。
「神童!」
「チャンスだと思ったから攻めたんだろう!? その判断、俺は信じる! カバーは俺たちに任せろ!!」
「──……!」
それからも神童は、果敢にゴールを守り続けた。
砂埃にまみれながらも諦めないその姿に、霧野はふとこの時代を訪れる前日、現代で狩屋にこんなことを言われたことを思い出す。
──神童先輩は化身を使えて、ミキシマックスも出来て、化身アームドも出来る。差が付きすぎてしまった……まぁ先輩が考えているのはそんなところですか?
その時霧野は、咄嗟にそれを否定したのだ。
しかし、今なら分かる。
「(狩屋──お前の言う通りだ。そればかりを気にして、勝手に焦って……その結果がこれだ)」
霧野は拳を握り締め、強く目を閉じる。瞼の裏には、神童が必死に戦う姿が鮮烈に焼き付いていた。
「(俺は嫉妬していたんだ……俺よりも上を行く神童に!)」
次の瞬間、霧野は雄叫びを上げ猛然と走り出す。
先行していた神童と共にボールを持ったオルカを捉えると、霧野の表情が変わったことを見て取った神童が眉を上げた。
「霧野!」
「俺の役割は前に出ることじゃない──神童たちが安心して攻撃できるように、みんなを支えることだ!!」
的確なコンビネーションで、2人はオルカを徐々に追い詰めて行く。
「やっと分かったんだ……俺のやるべきことが!!」
叫ぶ霧野の背中に紫色の光がちらつく。見覚えのある光に、それを見た天馬たちはハッと目を見開いた。
「今のは……!?」
「うおおおおッ!!」
体を捩り、ボールを強引にキープしたオルカは無理矢理中空からバハムスへとパスを送り出す。神童と霧野は、それを2人掛かりのスライディングで見事クリアしてみせた。
「神童」
尻餅をついている神童に、霧野は手を差し伸べる。
その表情はまるで憑き物が落ちたかのように晴れ晴れとしていた。
「俺は……自分のことだけしか考えてなかった。そんな俺が強くなれるわけがない」
「……お前らしい答えだな」
笑みを浮かべ、その手を取った神童が立ち上がる。
そして霧野は、砦の方を振り向いて大きく息を吸い込んだ。
「──ジャンヌー!!」
「!」
いつからか、ジャンヌは砦からこちらの様子を見下ろしていた。遠くにいる彼女へ向かって、霧野は声を張り上げる。
「俺はやっと分かった! 俺のやるべきことが……俺にしか出来ないことが! 君にだってあるさ! 君にしか出来ないことが……!」
はく、とジャンヌの唇が小さく動く。ロザリオを握った手は、固く閉ざされたままだった。
「でも……私がいたってどうにもなりません。神の声だって……本当かどうか……」
「自分を信じるんだ! 俺は信じる──君の言葉を! 君が神の声を信じているのなら、勝利に向かって突き進めるはずだ!」
「ランマル……彼女の反応を待つ間もなく、エイナムのスローインで試合が再開される。
ガンマからボールを託され、切り込んでくるレイザの進行方向に立ち塞がった霧野は咆哮を上げた。
彼の背から青紫に輝く光が渦になって、空高く立ち上り、戦旗を携えた女性旗手の姿へと変貌する。
「《戦旗士 ブリュンヒルデ》!!」
それは、新たな化身使いの覚醒だった。
光を放ち、凛々しくも神々しく戦旗を構え現れたブリュンヒルデの姿に、ジャンヌは目を奪われる。
「オフェンスコマンド・04!!」
「く──!」
打ち出されたボールを、霧野は体で受け止める。
常であればミキシマックス状態のシュートなど必殺技を使わなければ止めることは難しい。だが、今の彼には化身の力があった。
レイザの必殺技を化身で退けた霧野は、自分の両手を見つめ「これが化身の力……」と呟くと、もう一度砦を振り仰いだ。
「ジャンヌ! 君は自分自身の力を信じていないのか!? 君が見たものを──自分自身の言葉を! そんな君に、どうして仲間たちがついてきてくれる!?」
一際強い風が吹いて、ジャンヌの長い髪を舞い上げる。
輝く戦女神を背に叫ぶ霧野の言葉は力強く、曇っていた彼女の目に光が宿った。
「私……不安になっていた。自分のことですら、信じられなくなっていた」
戦場を振り向くジャンヌの眼鏡に、戦い続ける仲間たちの姿が映る。自分を信じてここまで来てくれた彼らを、彼らの心を、今この瞬間救い上げることが出来るのは神ではない。
──ここにいる、ジャンヌ自身だ。
「信じなきゃ……自分自身を………」
震える膝に知らぬ振りをして、ゆっくりと立ち上がったジャンヌは砂埃で煤けた戦旗を拾い上げる。
「私の役目──それは剣を持って戦場に立つことじゃない。神の言葉を伝え、仲間を鼓舞すること!」
兵士たちを見下ろせる位置まで歩を進めたジャンヌは、その場で大きく息を吸い込んだ。
「聞けーッ、同志たちよ!!」
「……!」
それまで戦いに集中していた兵士たちは、聞き覚えのある──それでいて聞いたことのない力強い声に、ハッと砦の階上を見上げる。
そこには雄々しく旗を振り、声を荒らげるジャンヌ・ダルクの姿があった。
「勝利を信じ、その命を燃やし尽くすのだ! 必ずや神は、その勇気に応えて下さる!! 私はこの旗に! 我らの勝利を約束しよう!!」
その瞬間、わぁっと兵士たちから歓声が上がる。
歓声は鬨の声になり、広がり、戦う者への活力になる。
「──ふふ」
フィールドまで響く声を聞き、砦を見上げふいに笑みを零した黄名子に、近くにいた剣城が首を傾げた。
「どうした、黄名子」
「何か……こういうのを意気投合って言うんだろうなって」
そう呟いた黄名子の視線の先には、晴れやかな笑顔で砦を見上げる霧野がいる。
兵士たちを導く戦乙女。あれこそ、自分たちの知るジャンヌ・ダルクの姿だった。
「ぃよーし! これならイケる!!」
一気にピンク色に染まり叫び声を上げたワンダバが、砦の近くまで猛然と走りミキシマックスガンの標準をそれぞれ黄名子とジャンヌに合わせる。
それを見た黄名子は、慌てて声を上げた。
「違う違う、あっち!」
言われるがまま、ワンダバは反射的に標準を変え黄名子の指差した先──霧野の方へ向けて引き金を引く。
ワンダバは狙いを間違えたことに気付きアッと声を上げるが、迸った光が弾かれることはなかった。
「ウチ分かったんよ! ミキシマックスするのは霧野先輩だって──!」
眩い光に包まれる霧野の姿が変化していく。
ツインテールは背中の中頃まで伸びピンクゴールドへ、ジャンヌと揃いの眼鏡が装備され、レンズの奥で深緑色の瞳がゆっくりと前を見据えた。
「霧野先輩……!」
「やっぱりウチじゃなかったやんね!」
霧野は自身の変化に目を瞬いて体を見下ろす。
ガンマは容易くミキシマックスを許してしまったことに眦を吊り上げ激しく激昂した。
「調子に乗るなァっ!!」
叫び、ドリブルで突っ込んでくるガンマを霧野は静かに一瞥する。
そして、瞬きの合間にガンマの足下からボールを奪った。
「何……ッ!?」
「行け、鷹栖!!」
ガンマが驚きに目を見開いている隙に、霧野は最前線にいた依織へパスを回す。
小さく頷いた依織は、ボールを受け取り一息に闘気を練り上げて放出した。
「ミキシトランス──『アルビダ』!!」
灼熱の紅へ染まった髪を靡かせ、黄金色に輝く瞳でゴールを一睨みした依織が中空へ身を躍らせる。
「ヴァルトーーーール!!」
「させるか……! キーパーコマンド・07!!」
雷が落ちるが如く放たれたシュートは、KPの必殺技を
突き抜けてゴールへと突き刺さる。1対1へと追い付いた得点にボールの行方を見守っていた仲間たちが歓声を上げ、ミキシマックスを解除した依織と軽く頷き合った霧野が声を張り上げた。
「流れは俺たちにある!! 攻めて攻めて攻めまくるんだ!!」
「おおっ!!」
霧野の覚醒を切欠に、雷門イレブンのプレーは一気に精彩を放ち勢いを増す。
はしゃぐマネージャーたちに入り交じり、葵のポケットから飛び出した大介が宙を舞い叫んだ。
『これぞ2の力! 仲間の勇気を奮い立たせ、鉄壁の守りに変えるカリスマディフェンダー!! わしの求める力だ!』
それに対し、点を取られたことで動揺したのかプロトコル・オメガの動きが見るからに焦りの滲むものになった見て、ザナークは不機嫌そうに目を眇めた。
「神童ッ!」
「ああ!」
鋭い声と共に放たれた霧野のパスは砂塵を巻き上げ、ゴール前に走り込んだ神童の下へと届く。
「ミキシトランス──『信長』!!」
間髪入れずミキシマックスした神童は、ゴールを真っ直ぐに睨んで身構えた。赤みがかった髪がざわりと揺れて、空気が張り詰める。
「刹那ブーースト!!」
音を切り裂き放たれた刹那ブーストは、即座に繰り出されたKPの技を打ち砕きゴールを貫いていく。
スコアボードが1対2に逆転し、次の瞬間試合終了のラッパが鳴り響いた。
「勝った──勝ったんだ〜〜っ!!」
一拍空け、跳び上がって喜んだ天馬は近くにいた黄名子とハイタッチをする。
互いにミキシトランスを解除した神童と霧野は、どちらからともなく視線を合わせ笑みを交わした。
「役立たず共が……」
忌々しげに舌打ちしたザナークはスフィアデバイスを取り出すと、絶望に顔を歪めたプロトコル・オメガたちをどこかへと転送する。
そして自身も姿を消すと、それと同時に橋を塞いでいた壁が消失した。
すると、今の今まで道が開くのをずっと待っていたのだろう、ラ・イールとジル・ドレ率いる兵士たちが一斉に橋へとなだれ込んでくる。
「続けーッ! 皆の者ーーッ!!」
足音荒く大量の兵士たちが橋を渡ってくるのを視界に入れたジャンヌは、更に声を張り上げた。
「進めーーっ、フランスの為にーーっ!! 神は我らを救いたもうた! 感謝するのだ! 神に──この勝利を!!」
地響きを響かせ砦に軍勢が突入したのを見送って、天馬たちはホッと胸を撫で下ろす。これで歴史は正しく進むことだろう。
「さあみんな! ワタシたちは巻き込まれないように、街へ戻っていよう」
「う、うん!」
言われると、子供たちはやや慌てて軍勢と逆方向へ走っていく。その耳には、兵士たちとジャンヌの力強い声がしばらく届き続けていた。
:
:
そして、オルレアンを包囲するイングランド軍を正史通りに退けた翌日。
天馬たちは、無事使命を成し遂げたジャンヌと共に、改めてシャルルに王城で謁見することになった。
「この度の活躍、見事であった」
「お褒めの言葉、恐れ入ります……!」
玉座に腰掛け言葉を掛けるシャルルに、ジャンヌもようやく肩の荷が降りたのだろう、声を喜びで震わせて返す。
シャルルの隣に控えたジル・ドレも、ジャンヌの力を信用するに至ったのかその表情は昨日と比べ随分と穏やかだ。
「シャルル王子も、ありがとうございました」
「うむ! 余の采配あってこその勝利だからな!」
天馬がそう言うと、シャルルは鼻を鳴らして自信満々に笑う。
実際にシャルルがどこまで試合の展開を読んでいたのかはさておき、彼の作戦が功を奏したのは確かである。雷門イレブンとジャンヌは顔を見合わせ笑みを零した。
「時に──また旅立つと聞いたが」
「はい! 」
頷く天馬に、そうか、と頷いたシャルルの表情はどこか寂しげだ。けれどすぐに穏やかな笑みを浮かべて続けた。
「そなたたちとの出会い、一生忘れぬぞ。余が率いるチームとサッカー対決だ。度肝を抜く作戦を見せてやるからな!」
「はい! 俺たちも負けません」
元気の良い天馬の返答に満足したのか、シャルルは「言ったな? 覚悟するが良い」とニンマリ笑う。
そうして王城を後にした天馬たちは、現代へと帰ることになった。
ワンダバが森の中に隠していたタイムマシンを開けた場所に移動させると、ひとり見送りに来てくれたジャンヌは「これは……神の箱船?」と目を白黒させる。
「言ったろう? ジャンヌ。俺たちは神の遣いじゃないって」
「あ、そ、そうでした。それじゃあこれは一体……」
興味深げに車体を見つめるジャンヌを、どう説明しようか迷う神童と霧野の困った視線を受けて依織が「まぁまぁまぁ」と曖昧に笑ってそれから遠ざける。ここに来てあれやこれやと説明して混乱を招く必要も無いだろう。
少し間を置いて雷門イレブンたちが次々とタイムマシンに乗り込んでいくのを見たジャンヌは、別れの時間が来たことを悟ったのだろう、寂しげに目を細めた。
「あれ、霧野先輩は?」
「あっちでジャンヌさんと話してる」
タラップに足を掛ける天馬が首を傾げれば、先に座席に着いていた依織が窓の外を指差す。
見れば、少し離れたところで彼女の言う通り霧野がジャンヌと何かを話し込んでいた。
「すまない、待たせたな」
「うむ。それでは出発するぞ!」
一言二言、ジャンヌと短く言葉を交わした霧野は駆け足気味にタイムマシンに乗り込む。
その手に何かが握り込まれているのを見て、黄名子が座席の隙間からにゅっとそちらを覗き込んだ。
「霧野先輩、ジャンヌさんに何か貰ったの?」
「ん? ああ──」
タイムマシンが空に浮かび上がり、ジャンヌの姿が小さくなっていく。
「心配り、かな」
掌のそれを大事そうに握り締めて、霧野は小さく微笑んだ。