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皺の目立つ節くれ立った指が、苛立たしげにデスクを叩く。
エルドラド本部、会議室。議員たちの専らの話題は、ムゲン牢獄から脱獄しあまつさえガンマたちをマインドコントロールで支配下に置いてしまったザナークのことである。

「ザナークめ……プロトコル・オメガをおもちゃにしおって!」
「このまま奴を野放しにしてよろしいのですか、議長?」
「どうせ言うことを聞かぬ男だ。放っておけ」

ヒステリックに叫ぶ議員たちに対し、トウドウはさして気にしていない風で冷静に答えた。
そして中央のモニターに映る不貞不貞しい笑みを浮かべたザナークを見上げると、ふむと顎髭を撫で付ける。

「それよりも……奴にあれ≠預けてみるか。どのような化学反応が起きるのか……楽しみではないか」




「行くぞ、信助!」
「お願いします!!」

現代、雷門中学校。相変わらず閉鎖されているサッカー棟で、雷門イレブンは密やかに特訓を続けていた。
倉間のシュートを受けた信助が、勢いを止めきれずに後ろに転がっていく。信助はそれでもめげずに跳ね起きて、すぐさまボールを投げ返した。

「っ次!」

その特訓に付き合うのは倉間、依織、剣城、輝のFW4人である。ゴールの脇では信助に助言を頼まれた三国が、その特訓をじっと見守っていた。

「はぁ、はぁ……ッ来い!」
「行くぞ!」

数度目かになる剣城のシュートを止められず、再び信助の体が木の葉のように吹き飛ばされる。

「何だ何だ、もう終わりか?」
「く……もっかいだ!」

倉間の煽りを受け信助は歯を食いしばり立ち上がったが、それから何度やっても終ぞ誰のシュートも止められず、彼はとうとうその場に膝を突いた。

「どうした信助、勢いが足りないぞ。もっと思い切りジャンプしろ!」
「……三国先輩」

その様子を見かねた三国が、ゴール脇から信助の傍に歩み寄ってくる。どこか調子でも悪いのか、と尋ねてくる彼に、信助は首を振って足下の芝生を握り締めた。

「先輩……僕にキーパーが務まるんでしょうか」

ぽつりと零して、信助は不安そうに三国を見上げる。
倉間たちは目配せを交わし、不安を吐露する信助の顔を見た。ふっくらとした頬に泥が付いている。

「これからも敵はどんどん強くなる。なのに、思ったほど強くなれなくて……」
「……それでもお前は、雷門の守護神だ」
「え?」

その会話は、片側のゴールで特訓をしていた天馬たちの耳にも届いていた。
目をまたたく信助から視線を外し、三国は天井を振り仰ぐ。──もう何ヶ月、青空の下でサッカーをしていないだろう。

「俺はじきに卒業だ。そうしたら雷門のゴールは、お前が守らなきゃならない。お前の手で、サッカーを守らなきゃならないんだ」
「でも……」

言い淀む信助に、三国は彼の前に片膝を突いた。この小さな後輩に、自分の背負ってきた重たいものを受け継がせることに全く罪悪感がないと言えば嘘になるだろう。
だが、最終的にキーパーを引き継ぐと決めたのは信助本人だ。ここで甘やかしては、彼の為にならない。

「まだ時間はある。失敗してもいい……思いっ切りやってみろ! 俺が雷門にいる間は、お前の後ろにいてやる!」
「三国先輩……」

三国の力強い励ましに元気が出たのだろう。はい、と小さく頷いた信助に、それを静観していた面々もホッと顔を見合わせた。

その時だ。
ふいに、サッカー棟とスタジアムを繋ぐ扉が開く音がする。

「──天馬!」
「ん? ……うわっ!」

自分を呼ぶ声に振り向いた瞬間、目の前に飛んできたボールに天馬は目を見開きながらも反射的にそれを打ち返した。
思いの外鋭い軌跡を描いて打ち返されたボールを胸元で受け止めた人影を見て、天馬たちは──特に依織は、一際大きな声を上げる。

「ボールを蹴るって、やっぱり気持ちいいね」
「太陽!」

そこにいたのは、新雲学園の制服に身を包んだ太陽だった。
数ヶ月ぶりに会う幼馴染みに駆け寄る依織を追うようにして、天馬たちもまた突然現れた太陽を駆け足で出迎える。

「久し振りだね! 体の調子はもう良いの?」
「うん、すっかりね」

にこっと微笑んで頷く太陽に、良かった、と天馬は胸を撫で下ろした。新雲学園との試合後、太陽が病院へ戻り治療を再開したことは依織から聞いていたが、その後のことは何かと忙しくて聞く暇がなかったのだ。

「ちーっす! 久し振りやんね!」
「ああ!」

少し遅れてやって来た黄名子がいつもの調子で挨拶すると、太陽はそれが当たり前のように頷いて応える。久し振り、と言う単語に引っかかった依織が首を傾げた。

「え? この2人知り合いだったの?」
「タイムパラドックスか……」

キョトンとした信助が黄名子と太陽を見比べると、神童が小さく呟いた。お互いの記憶に矛盾が出ても面倒だ。ここはあまり詮索しない方が良いだろう。
そこで、あ、と小さく声を上げた天馬が後ろを振り返る。

「フェイ! 紹介するよ」
「うんっ」

天馬が手招きすると、それまで少し輪から離れたところでそわそわとしていたフェイが軽い足取りで天馬の隣へ並んだ。

「彼はホーリーロードで雷門と戦った新雲学園のエースストライカー、雨宮太陽。依織の幼馴染みなんだ」
「よろしくね!」

髪を跳ねさせ、フェイはぴょこんと小さく頭を下げる。

「太陽、彼は──」
「フェイ・ルーン。……だよね?」

次に太陽にフェイを紹介しようとした天馬を遮り、太陽は小首を傾げて微笑んだ。ふいを突かれた天馬たちは、「えっ?」と目を見開く。

「お前、どうして……」
「豪炎寺さんから聞いたんだ」

何故フェイの名前を知っているのかと言外に尋ねる依織に、太陽は事も無げにそう答えた。
「豪炎寺さんから?」神童が目を丸くすると、太陽は小さく頷いて言う。

「はい。天馬たちがサッカーを取り戻すために戦ってるって聞いて、どうしても力になりたくて」

長年苦しめられた病気が完治し、リハビリも終え、これでようやく思う存分サッカーが出来ると喜んだ矢先に決まった『サッカー禁止令』。
身の回りにあるサッカーに関するものは全て排除され、新雲サッカー部も活動休止となり、決められたことに1つも納得が行かないままただ時間だけが過ぎていく日々。
そんな中で降って沸いた豪炎寺の話は突拍子のないものではあったものの、太陽を突き動かすには十分な起爆剤だった。

「天馬、一緒にサッカーを取り戻そう!」
「太陽……! ああ!」

目を輝かせ、天馬は力一杯頷いた。
かつての強敵であった太陽が仲間になってくれるなら、こんなに頼もしいことはない。しかし、天馬の反応とは逆に少しだけ眉を顰めているのが依織である。

「元気になったっつっても、退院したのって確か先月だろ。本当に大丈夫なのか?」
「平気だってば。相変わらず心配性だなぁ、依織は」

でも、と食い下がる仏頂面の幼馴染みに、太陽はふと笑みを引っ込め真剣な表情になった。

「それに、サッカーを取り戻さないと依織……大人になれないかもしれないんだろ?」
「!」

ぴく、と依織の眉が小さく跳ね、天馬たちはそっと互いに顔を見合わせる。
何の話だ、とフランスにタイムジャンプする直前に仲間に戻ってきた霧野たちが首を傾げる中、太陽は依織の目を真っ直ぐに見据えた。

「僕はそんな未来、絶対に認めない。だから依織が止めても、僕は何が何でもこの戦いについて行くよ!」
「……好きにしろ、頑固者め」

やがて諦めるように鼻を鳴らし、小さく微笑んだ依織に「うん、好きにする」と太陽は真面目腐った顔で頷いた。

「そうと決まれば、早速新しいユニフォームを出さなくちゃ!」
「選手名簿、修正する……?」
「いらねーだろ、公式試合に出るわけじゃないんだから」

そう言って手を鳴らした葵を皮切りに、マネージャー3人は慌ただしくスタジアムを後にする。
それを見送って、ところで、と浜野が依織に視線を向けた。

「サッカーを取り戻さないと大人になれないってどゆこと?」
「ああ……私、サッカーとの接点が消えると成人する前に死ぬらしいんですよ」
「……え?」

明日の天気を答えるように、依織はさらりと言う。
ややあって、「ええええ!?」とビリビリと空気が震えるような、驚愕の声がスタジアム一杯に響き渡った。

「依織……その言い方は大雑把過ぎない?」
「でも大体合ってるだろ」

しばらく耳を塞いでいたフェイが依織の脇腹を肘でつつくと、依織はしれっとした表情で肩を竦めた。説明が面倒臭いんだな、とその表情で察したフェイは困ったように苦笑する。

「うむ、ではワタシが説明しよう!」

ごほん、とわざとらしい空咳をして、ワンダバはいつものように身振り手振りで長々と説明を始める。そしてその話が終わる頃には、先日この件を知った天馬たちを除く全員が複雑そうな表情で依織を見やることになった。

「おっも……依織ちゃん、そんな重い事情あったの……?」
「それにしては平気そうな顔してるけど……」
「まぁな。今はもう吹っ切れたよ」

恐る恐るといった風にこちらを窺ってくる狩屋と輝に、依織は軽く首を振る。どの口が言うんだ、と言いたげな剣城の視線が刺さったが、知らぬ存ぜぬを貫いた。

「それで、その……SSCの力は今も使えるのか?」
「あ、いえ。こないだアルノ博士がブレスレット強化してくれたお陰で、今はほとんど封印されてます」
「ああ……そう言えばフランスにタイムジャンプした時、そんな話をしてたな」

気遣わしげに尋ねてきた三国にそう答えると、顎を摘まんで、先日の会話を思い出したらしい霧野が呟く。

「だったら、余計に負けらんねえな」
「おうよ! とっととエルドラドの奴らぶっ飛ばして、サッカーを取り戻さねえとな!」
「……はい」

ばん、と背中を叩いてくる倉間や掌に拳を力一杯ぶつける車田に、依織は目を瞬いてから小さく微笑んだ。
──言っても意味が無いなんて決めつけないで、最初からみんなに相談しても良かったかもしれない。
そんなことを考えても、全ては終わったことである。

それにしても、と依織はふと思い出してこのやりとりをニコニコしながら見守っていた太陽を振り向いた。

「何でお前、私の……大人になれないとか、その辺りの話まで知ってるんだ。それも豪炎寺さんから?」
「うん、そうだよ」

頷く太陽に、ふぅむ、と依織は唸って首を捻る。
天馬たちにこの話を打ち明けたのはつい先日、しかも自分から話したわけではなくその場の流れで仕方なしにだったのに、豪炎寺はいつからこのことを知っていたのだろう。

「──タイムブレスレットを受け取ったとき、サッカーがなくなった世界線でどのようなことが起きるのか聞いていたんだ。その中に、君の話があった」
「あっ、豪炎寺さん!」

やって来たのは、丁度会話に名前が挙がった豪炎寺だった。その後ろから、おろし立てのユニフォームとジャージを抱えた葵たちも戻ってくる。

「俺がみんなに話すのは筋ではないと思って、静観していたんだがな。区切りがついたようで良かった」

そう言って微笑んだ豪炎寺は全員の注目が集まったのを確認して、手に持っていた竹簡を掲げて見せた。

「さて……今回のアーティファクトは、孔明の書だ」
「孔明の書──てことはもしかして、三国志ですかぁ!?」

珍しく喜色に溢れた大声を上げたのは、驚くことに速水だった。左右にいた倉間と浜野がギョッとしたように速水を見上げる。

『その通り! 3の力、未来をも見通す状況推理能力で、敵の急所を突く精確無比のMFには諸葛孔明! 4の力、大国を収める力、強靭な行動力と実行力を持つ、鉄壁のキーパーには劉備こと劉玄徳だッ!』

キーパーの名前を出された信助は、葵のポケットから抜け出し空中に浮かび上がった大介を見上げて表情を引き締めた。
それに反比例し、目を輝かせ感嘆の溜息を漏らすのはやはり速水である。

「劉玄徳……! 俺、大ファンなんですよ!」
「誰ぜよ、そのりゅうげんとくって……」

首を捻り、尋ねる錦に「誰って……」と速水はずり落ちた眼鏡を押し上げながらもの凄い剣幕で錦を凝視した。

「もしかして錦くん……三国志を知らないんですかっ!?」
「知らんぜよ」
「うちも知らんねぇ」

きっぱりと言い切る錦とそう言えばという風に呟く黄名子に、嘘だ、と速水は頭を抱えて絶句する。

「三国志を知らない人がいたなんて!!」
「私も詳しく知らないんすけど……どういう話なんです? 三国志って」

このままでは話が進まない。見かねた依織がジト目になりながら聞くと、速水は気を取り直し咳払いをして落ち着いた声音を作った。

「三国志と言うのはですね……今から1800年くらい前の中国で、魏・呉・蜀って言う3つの国が出来るまでのことをお話なんです」

拳を握り締め、速水は熱く三国志の触りについて話し始める。

当時、民衆は飢えや病、族や役人の横暴に苦しんでいた。そんな中、民を救おうと立ち上がったのが劉備こと劉玄徳である。
劉備は彼の生き様に惚れ込んだ関羽と張飛と言う兄弟の契りを交わした2人と軍を率い、圧倒的な兵力の差を持つ曹操と戦うこととなる。

「──その時に、軍師として劉備に仕えたのが3の力のとこで出た諸葛孔明なんです!」

ふんす、と鼻息荒く熱弁する速水に押され、一同は半歩退き気味になりながら相槌を打った。

「こんなに熱い速水見るの初めてだな……」
「俺も……」
「劉備ってどんな人なんですか?」

青山と一乃が戸惑い気味に囁き合う一方で、何も問題が起きなければ劉備とミキシマックスすることになるだろう信助が手を上げて質問する。
そうだな、と呟いた豪炎寺は、「俺も詳しくはないんだが」と前置きして口を開いた。

「劉備はとても義理堅い義の人で……人望も厚く、曹操の軍に攻められた時、逃げる劉備を慕って十万もの民衆がついてきたという」

豪炎寺が話すのは長坂での戦いの話である。
しかし、それだけ沢山の人が一緒ではすぐ敵に追い付かれ逃げることが出来ない。民衆を捨てていくべきだと進言する部下もいたが、劉備はそれを受け入れなかった。

「──結局、彼は自分についてきた人たちを置き去りには出来ないと、最後まで全員を連れて行ったんだ」
「ねっ、スゴイ人でしょう!?」
「はい……!」

豪炎寺の説明に速水はより目を輝かせ、信助もまたミキシマックスへの期待に胸を躍らせる。

『それでは、今回タイムジャンプするメンバーを伝えるぞ!』

大介が声を張り上げると、一同の視線は自ずとそちらに集中する。本物の劉備と会える、と速水は握り拳を作って名前が呼ばれるのを待った。

まずメンバーに加えられるのはマネージャー3人である。
それから天馬、神童、剣城、錦、霧野、依織、と化身使いが並び、フェイ、倉間、狩屋、太陽、信助と続く。一拍空け、速水はハテ、と首を傾げた後であんぐりと口を開けた。

「ええッ! 俺、居残りぃ!?」
『わしらの目的は劉備と孔明の力を貰いに行くこと! アイドルに会いに行くわけではないからな!』

ピシャリと言った大介に、しょんぼりと項垂れる速水を浜野が背中を叩いて宥める。
一方で、自分の拳を見つめ気合いを入れる信助の肩を、三国が力強く叩いた。

「頑張れよ、信助! お前なら出来る。劉備とのミキシマックス、必ず成功させて来い!」
「はい!」

三国からの激励に、信助は大きく頷いて応える。
そうして身支度も程々に、一行はタイムマシンに乗り込み1800年前の中国へとタイムジャンプするのであった。