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「──動いたな」

エルドラド屋上、離着陸場。愛用の2輪型タイムマシンの計測器が反応を検知したのを一瞥したザナークは、シートに横たえていた上体をゆっくりと上げた。
周囲に佇むのはエルドラドの正規エージェントではなく、自身と揃いのボディスーツ姿の少年少女。戦いを好む、『同じ穴の狢』たち。
好戦的な目線をくれる彼らを見回し、ザナークはにやりと口角を持ち上げた。

「今度こそあいつらを叩きのめしてやる。くくく……!」






時と所変わり、西暦207年──後漢。後の中国。
空に虹色の光が輝き、その中からバス型のタイムマシンが飛び出していく。

「着いたぞ、諸君!」

ハンドルを握り締めるワンダバの声に窓に目をやれば、眼下には険しい山々と鬱蒼と生い茂る竹林が広がっていた。
このどこかに劉備がいるのか、と小さな神童の呟きを拾った信助は、きゅっと唇を引き締める。

「では早速、劉備と孔明探しに出発だ!」
「おお!」

ぐんと車体が降下して、タイムマシンは竹林の深くへ降り立つ。現地の人間に見つかる前に、と手早くこの時代に合わせた服装に着替え、一行は辺りをぐるりと見回した。

「探すとは言ったものの、これじゃどっちに町があるかすら分からんぜよ」

頭を掻きぼやく錦の言う通り、辺りは無造作に竹が生え、遠くには高い岩山が聳えるばかりで人のいる気配はない。
ふとその時、天馬の耳が微かな音を拾った。

「……ん?」
「どうした、天馬」

視線を向けてきた依織にシー、と静かにするように指示して、天馬はもう一度耳をそばだてる。
間違いない、風の音に混じって小さく人の声が聞こえてくる。仲間たちも同じように音に耳を澄ませたのだろう、ハッとした顔で声の聞こえてくる方角を見た。

「向こうに誰かいる?」
「行ってみよう!」
「うん!」

頷き合い、微かに聞こえてくる声を頼りに一行は走り出す。
足を進めれば進めるほど、声は徐々にはっきりとしてくる。どうやら声の主は男性だ。節がついている辺り、何やら歌っているようである。

しばらく進んでいくと、やがて茂みの向こうに人影が動いているのが見えてきた。

「あっ、いた!」
「あのー、すいません!」

人里に繋がる手懸かりを逃すわけにはいかない。一同は急いで茂みを抜け、その男の進行方向へと飛び出していく。

「あっ、危なーーい!!」
「え……うわぁッ!?」

視界が開けた瞬間、眼前に現れた巨大な大砲の砲口と轟いた大声に、天馬たちはギョッと悲鳴を上げて立ち止まった。
しかし当の男は、その様子を豪快に笑い飛ばした。

「あっはっはっは! 冗談だ! ビックリしたか!?」
「じょ、冗談?」
「何だこのオッサン……」

出鼻を挫かれた天馬たちは目を瞬いて声の主を見返した。
目を眇めた狩屋の呟きは聞こえなかったようで、男は満足そうに笑っている。白い甲冑を着た、背の高い髭面の男だった。

「丁度いい所に来た。ちょっと手伝ってくれないか? こいつがはまって動かないんだ」

そう言って男が視線を送ったのは、今し方天馬たちを驚かせた大砲だった。よく見ると砲台を支える前輪がぬかるみにはまっている。

「おお、そういうことなら任せるぜよ」
「俺も手伝います!」
「僕もっ」

そう言って率先して砲台の持ち手部分に身を潜らせるのは錦、一も二もなく快諾するのは天馬、フェイ、信助の3人である。
お人好しなんだから、と溜息を吐く狩屋をしり目に、神童は「おお、ありがとう!」と大砲の後ろに手を添えた男に視線を向けた。

「それにしても大きな大砲ですね……こんな大砲、何に使うんですか?」
「ん、これか?」

神童の問いに、男は首をそちらに回すと歯を見せてにか、と笑う。

「亀を捕まえんのよ!」
「亀!?」

この時代にそんな大きな亀がいるのか。驚愕する一行だったが、男はそれをまた豪快に笑い飛ばした。

「冗談だよ! そんなデカい亀いるわけないだろう? うはははは!」
「ええ……」
「勘弁してくれよ……」

二度目の冗談に脱力する天馬や早くも疲れた風に呟く狩屋の反応に満足したのだろう、男は砲身を叩いてこう続ける。

「本当は、龍を捕まえるのよ」
「龍!? ……って、冗談ですよね?」

一瞬目を見開いた葵が苦笑するが、男は今度は笑わなかった。

「いいや、本当さ。この中にはでっかい網が入ってて、それで龍を捕まえるのよ!」
「ええっ、ほんとに……?」

こうも冗談を繰り返されれば疑心暗鬼にもなるもので、一行は思わずじとりとした目を男に向ける。
男はそれを意にも介さず、砲身に手を添えて気合いを入れた。

「それじゃあみんな、頼むぞ!」
「は、はいっ!」

そーれ、と男の掛け声に合わせ錦は砲台を引き、天馬たち4人は砲台を思い切り押す。が、ぬかるみに深くはまり込んだ前輪は中々前へ進む気配がない。
それでもうんうんと唸りながら大砲を進ませようとする様子を見かね、あの、と神童が声を掛けた。

「それ、一旦下げたらどうですか? 後ろの車輪ははまってないみたいですし……」
「うん?」

神童が指差した後輪は、彼の指摘通りぬかるみにはまっていない。確かにこれなら一度下がって進み直した方が早いだろう。
しかし、男はその提案に頷かなかった。

「……いや、このまま押し出す! 押し出すと決めたら押し出す!」

そう言い切って引き続き大砲を押し出そうとする男に、天馬たちは顔を見合わせつつも追随する。
神童が眉を下げてちらりと後方の依織を見ると、依織は肩を竦め首を横に振った。どうも彼は、一度こうと決めたら曲げない性格らしい。

「行くぞぉみんな、今度こそ! そぉれ!!」

そうして何度か同じことを繰り返し、10分は経っただろうか。がこん、と音を立て砲台はようやっとぬかるみを脱出した。

「やった〜!」

天馬たちが来るより前からずっとここで大砲を押し出そうとしていたのだろう、男は諸手を上げて喜んでいる。
それを横目に、砲台の持ち手から抜け出した錦は肩を回しながら男に聞こえないよう神童にぼやいた。

「どう考えても、こん男が劉備を知ってるとは思えんぜよ」
「うーん……」

その考えには概ね同意だったが、現状で頼れるのはこの男なのもまた事実。神童がいよいよ困った顔になったその時だ。

「兄者ぁーーッ!!」

地を揺るがすような咆哮と共に、道の向こうから巨漢の男が2人猛進してくる。
天馬たちが驚いて身を竦めている間に、それぞれ赤と青の甲冑を身に纏った2人は男を一行から庇うように立ちはだかった。

「何者だ、貴様ら!」
「兄者には指一本触れさせんわ!!」

こちらが口を開くより早く、赤い甲冑の男は身の丈より大きな矛を天馬たちの眼前に突きつける。

「待て待て、早まるんじゃない!」
「おおっ、そうだ! 早まってはいかん!」

兄者、と呼ばれた男が慣れた様子で弟分を宥めると、一瞬で掌を返した彼はあっさりと矛を持ち上げた。ビュン、と風を切り前髪を掠めていった刃先に天馬は冷や汗を垂らす。
一旦話を聞く体勢になったらしい男らに、神童は仲間たちより1歩前へ出て改めて口を開いた。

「怪しい者ではありません。俺たちは劉玄徳と諸葛孔明に会いに来たんです」

表情を引き締めた神童が言うと、眉を跳ね上げた男はきょとんと神童を見返す。

「ん? 儂にか?」
「……わし=H」

はて、聞き間違いだろうか。首を捻った天馬がオウム返しすると、彼は自分を指して口角を持ち上げた。

「ああ! 劉玄徳は儂だが?」
「えっ……えええええッ!?」

「この人があの劉備!?」一行は目を白黒させて目の前の劉玄徳──劉備を凝視する。まさか人里への手懸かり程度とばかり思っていた人間が、探していた劉玄徳その人だとは思ってもみなかった。

「あなたが劉玄徳なんですか……!?」
「おお! そしてこいつらが儂の義兄弟、関羽と張飛だ」

信じられないように尋ねる神童に、劉備はからからと笑って左右に並び立つ義兄弟たちを紹介する。
それを見て、フェイは隣に立つ天馬に小さく囁いた。

「豪炎寺さんが言ってたのと随分イメージが違うね……」
「うん……」

人望の厚い、義理堅い義の人。その言葉から何となく真面目な熱血漢を想像していたのだが、こうして本人を目の前にするとそのイメージが波に攫われる砂の城のように崩れ去っていく。

「(この人が劉備さん……)」

事が上手く進めば、自分は彼とミキシマックスすることになる。信助は緊張の混じった少し険しい表情で劉備を見上げた。

「ふん! 語るに落ちたな。兄者と孔明に会いに来たと言うことは、お前ら曹操の差し金か!!」
「いや、曹操の差し金ならとっくに手を出していただろう」

一方で、赤い甲冑の男、張飛は神童の言葉を受け再び矛を突きつけてくる。またも前髪を掠めた切っ先に、ヒエ、と天馬の喉から引き攣った音が漏れた。
それでも、ここで引くわけにはいかない。神童は果敢にも矛を横に押し退けるようにして更に前へ出る。

「劉備さん、話を聞いて下さい!」
「誰がお前らの話など──」
「良いじゃないか、こいつを出すのを手伝ってもらった義理もあるし!」

関羽の怒声を遮り、大砲を叩いてあっさりと快諾した劉備に、一行は目を瞬いた。
──この人なら、多少突飛な話をしても聞いてくれるかもしれない。一考の後、神童は口を開く。

「俺たちは、この世界の人間ではありません。劉備さんと孔明さんの力を借りに、未来から来たんです!」
「未来から?」

首を傾げた劉備の横で、張飛と関羽があからさまに顔を歪めたのをみた天馬たちはハラハラと事の成り行きを見守った。

「今、俺たちの時代に大変な問題が起こっていて……それを解決するには、劉備さんと孔明さんの力が必要なんです! お願いします、力を貸してください!」
「は! そんな話が信じられるか。叩き切ってやる──」

ついに我慢が出来なくなったのだろう、張飛が矛を大きく振り上げ、マネージャーたちから小さな悲鳴が上がる。
しかし劉備は、そのどれもを吹き飛ばすように豪快な笑い声を上げた。

「ふ──わははは! その冗談気に入った! 今まで聞いた中で一番の冗談だ」

冗談ではないのだが、と内心眉を下げつつも、神童は劉備のその反応にホッと胸を撫で下ろした。
関羽と張飛は、満足げな兄貴分を見てこれ以上自分たちが手出しをするのは良くないと判断したのだろう、少しばかり不満そうな気配は残しつつも大人しくなる。

「では、早速孔明に会いに行くか! もっとも、会ったことはないんだがな」
「え……っ」

これでひとまずは話が進んだ、と笑顔になっていた天馬たちは、さらりとそんなことを付け加えた劉備に頬を引き攣らせた。

「会ったことないんですか?」
「もう2回も出向いているのに会ってくれないんだ! せっかく面白い冗談を土産に持って行ったのに、うんともすんとも答えてくれなかった」

怖々と霧野が尋ねると、劉備は大きな溜息を吐いて頷く。一体彼の中で『面白い冗談』がどれほどの価値があるのか、天馬たちは首を捻るばかりである。

「……だが儂は絶対に諦めない! 国を統一するには孔明の力が必要なのだ」

そう言って、劉備は澄んだ青空を見上げる。今もこの空の下、どこかで民たちが苦しみに喘いでいると思うと胸が張り裂けそうだった。

「孔明の力、借りると決めたら借りるんだ!」
「か、かぁっこい〜〜!」

力強く宣言する劉備に、信助は目を輝かせる。そうか? と狩屋や依織の若干引いた視線にも彼は気が付かなかった。

「それじゃあ行くか!」
「おう、兄者!」

言って、砲台を移動させようとする劉備たちに、あれ、と天馬とフェイが首を傾げる。

「それ持っていくんですか?」
「龍を捕まえる為のものですよね……?」

思わず声を掛ける2人に、ああ、と劉備は首をそちらに向けてこう答えた。

「孔明は龍に変化出来るらしいからなぁ。龍に変わって空に逃げようとしてもコイツでドスン! ひっ捕らえてやるわ!」

わっはっは、と高らかに笑いながら、劉備は義兄弟たちを連れ砲台を引いていく。
天馬たちが呆気に取られている一方、3人の意識が完全にこちらから外れたことに気付いたワンダバはハッと懐に手を突っ込んだ。

「よーし今だッ! ミキシマックス!」

装備されたミキシマックスガンから2つの光が放たれて、信助と劉備を繋ぐ。
だが、その光の繋がりは一呼吸置く間に途切れて消えてしまった。

「失敗か……!」
「僕にまだ力が足りないからかな……」

幸いにも劉備は光が当たったことに気付かなかったようで、また何かを歌いながらゴロゴロと砲台を引いている。
きっとまだチャンスがあるさ、と神童に肩を叩かれた信助は、眉を下げながらこくりと小さく頷いた。






竹林に続く道をしばらく歩いていくと、やがて開けた場所に辿り着く。
そこにあったのは、天高く聳える岩山。そしてそれを背に佇む、大きな屋敷だった。

「ここが諸葛孔明の屋敷……?」
「まずはこの扉をどうやって開けさせるかだ! 扉が開かないと孔明に会うことすら出来ないからなぁ」

腕を組み、門を見上げる劉備を受けて張飛が扉の引き手に手を掛ける。ふんぬ、と気合いを入れて引かれた扉は開くどころかビクともしない。

「ぐぬぬ……開かないぜ、兄者! 叩き壊すか!?」
「いや、扉を壊せば孔明はへそを曲げて尚更仲間になってくれないだろう。それに親しき仲にも礼儀ありだ!」
「親しいって言うか、会ったこともないんだろ……」

矛を構える張飛を真面目腐った顔で制す劉備に、狩屋が小声で呟く。
そこで髭を撫で付け後方で門を観察していた関羽が、なぁ兄者、と劉備の背中に声を掛けた。

「一つ思ったんだが……孔明は世に知れた軍師。こんなあからさまな扉から出入りするだろうか? 別に入口が──」
「あれ、何でしょう?」

その時、関羽の言葉を遮って信助が声を上げる。
扉の前にしゃがんだ彼が指さしたのは、扉の下──石畳を浅く穿った穴だった。

「もしかしてここ、手を掛けるところじゃないですか?」
「手を掛ける所……?」

まさか、と矛をその場に置いた張飛が穴から手を差し込む。
そして思い切り扉を上に持ち上げると、扉はガラガラと音を立ててあっさりとその入り口を開いた。

「開いた!」
「縦に開く扉だったんだ」

シャッターみたいだな、と感心したように霧野が呟く。
この時代からこんな作りの扉を使っていると言うことは、やはり孔明はかなり頭の切れる人物と言うことだろうか。

「うむ! でかしたぞ、あー……」
「信助です!」
「おお、信助か。良い名前だ!」

劉備に褒められた信助は、まんざらでもないようで丸い頬を喜色に染めてにっこり笑う。

「 ……ん? ところで関羽、何か言おうとしてなかったか?」
「ああいや、何でもない!」
「そうか? それじゃあ行くか!」

慌てた風に首を振る関羽に目をしばたいて、劉備は砲台を引いて屋敷へと足を踏み入れた。
──が、しかし。砲身が敷居を渡り切った瞬間、天井から大きな何かが大砲目掛けて降ってくる。

「ぬぉっ!?」
「うわあっ!?」

突然の大きな音と衝撃に思わず目を瞑った一行が音の出所を確認すると、巨大な鉄球が劉備の引いていた大砲を砲台ごとぺしゃんこに押し潰していた。

「わっ、儂の捕獲機が〜っ!!」
「な、何いまの……」

大きな大砲を押し潰すほどの鉄球の登場に、天馬たちは絶句する。
使えなくなってしまった大砲に悔しげに眉を寄せた劉備は、大きな溜息を吐いて言った。

「この屋敷には色んな仕掛けがあって、中へ入ったが最後ただでは出られない……別名孔明要塞! 中には命を落とす者もいるって話だ……」
「ええっ、命も!?」
「今頃言うか!?」

せめて扉が開く前に言って欲しかった、と狩屋がぼやくが全ては後の祭りである。
ここまで来て、そしてこの屋敷のどこかに目当ての人物がいると分かっている以上、立ち止まるわけにはいかない。

「行くしかないな……」

覚悟を決めた神童の横顔を見て、腹を括った天馬たちもまた鉄球を避けてそろりと屋敷へ入っていく。

子供たちが全員屋敷へ入ったことを確認し、殿を務める張飛と関羽もまた武器を構えつつ歩を進めたが──その刹那、2人の背後に音も無く人影が降り立った。