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太陽の謎の不調、奪われた先取点。暗雲立ちこめる試合展開の中、ボールを奪ったザナーク・ドメインたちは一気に雷門陣内へ攻め上がっていった。

「ミキシトランス──『ジャンヌ』!」

ゴール前に飛び込んだ霧野はミキシマックスすると、迫り来るMF・シンジャミの進路へ炎の壁を燃え上がらせる。

「ラ・フラム!!」
「くっ──やるじゃない」

ボールを奪われながらも、相手の表情からは十分な余裕が窺い知れた。ミキシマックスを解除した霧野は、素早く周囲を確認してボールを打ち上げる。

「剣城!」
「よし……っ!」

剣城は霧野からのパスを受けとり、いざ攻め込もうと足を踏み出す。しかし、それより早く彼の背後に脅威が迫っていた。

「面白いものを見せてやるよ」

音も無く剣城の後ろに滑り込んだザナークがにやりと笑うと、たちまち彼の体から青紫色に輝く闘気が溢れ出す。

「ミキシトランス──『曹操』!!」

肩越しに振り向き目を見開く剣城の視線の先で、光に包まれたザナークの髪が白く染まり逆立ったものへ変わった。
瞬間、ミキシマックスをしたザナークから邪悪な色の光と共に凄まじいエネルギーが放出され、天馬たちはその苛烈さに身動きが取れなくなってしまう。

「そ、曹操だと……!?」
「……この感じ」

どこか見覚えのある姿に劉備は目を皿のように見開き、孔明もまた光を羽団扇で遮りながら眉を上げた。

「《剣聖ランスロット》──『アームド』!!」

光が収束し、動けるようになった剣城は負けじと化身アームドを発動させてすかさずシュートを放つ。
目の前まで迫るボールに、ザナークはカッと目を見開いた。

「軍神曹操の力を見るが良い!! ──《剛力の玄武》!!」

ザナークが獣のような雄叫びを上げると、彼の体から再び闘気が迸る。
顕現されたのは、四つ首の蛇を従えた巨腕の化身だ。
蛇の顎は毒牙を晒しながらボールに食らいつくと、剣城の化身アームドしたシュートをいとも容易く噛み砕く。

「なっ……!」
「どうだ、圧倒されたか? ……圧倒されたなぁ? 言わなくても分かるぜ」

せせら笑うザナークに、剣城は悔しげに奥歯を噛み締める。そして一連の様子を目撃したテクニカルエリアの面々にもまた、同様に緊張が走っていた。

「あいつ、凄いオーラを手に入れたな……」
「おーら?」
「気、みたいな……」

呟く水鳥に劉備が首を傾げると、茜が簡単にまとめて答える。
うむ、と頷くワンダバもこれは予想外だったのだろう、その額には汗が浮かんでいた。

「恐らく、曹操軍の中に潜り込んだのだろう。隙を見て曹操からオーラを奪い、自分に融合したんだ……!」
「何ッ? そんなことが出来るのか!?」

何てことだ、と劉備は動揺を抑えるように顎髭を撫で付ける。

一方で、ミキシマックスを解いたザナークはふと自分の手にあるものに視線を落とし目を細めていた。
誰の視界にも入らぬその手の中には、薄紫色に淡く輝くクロノストーンがある。

「くく……あんたの名、円堂って言うんだったかなァ。あんたのお陰で面白くなってくるぜ」

トウドウから預けられた、雷門イレブンの監督だという男・円堂守──その魂の結晶。
それをぞんざいに懐にしまい、ザナークはまた適度に力を抜いて走り始める。

「──太陽!」

ボールを奪い、敵陣にドリブルで切り込んだフェイは先を走る太陽にパスを打ち上げた。

シュートコースは程よく空いている。これで同点だ、と天馬は期待に目を輝かせたが──ザナーク・ドメインのDFたちが目前に近付いてきた瞬間、太陽はまたもボールを前に失速してしまった。

「……うぐっ!」

あっさりとボールを奪われ、止まりきれなかった太陽は相手のチャージで後ろに吹っ飛んで尻餅を突く。肩越しにボールを振り向くその目には困惑が浮かんでいた。

「っ先にシュート出来たハズなのに……」

さっきからどうもおかしい。いつものようなプレーが出来ない。その理由も分からぬまま、太陽は立ち上がるしかない。
それを見て、ザナークは丁度良い玩具を見つけたと言わんばかりにあくどくほくそ笑む。

「やはりあいつ、良い遊び相手になりそうだ。……奴とたっぷり遊んでやれ!」

その号令に、下卑た笑い声を上げたザナーク・ドメインたちが走り出した。

雷門イレブンは果敢にボールを奪い、前線にいる太陽に再びパスが回る。
太陽は今度こそ、ともう一度敵陣へ攻め込んだが、やはり体が上手く動かずまたボールを奪われてしまった。

「10年に一人の逸材はどこ行ったんだよ!」

それをカバーしてボールを奪い返した倉間が、太陽と並走しながら叱咤を飛ばす。返す言葉もなく、太陽は唇を噛んでボールを追い掛ける。

──その後も、太陽がボールを持つ機会は何度も巡ってきた。
太陽はその度に敵陣に攻め込んでいったが、その全てをことごとく防がれてしまう。

「らしくねーぞ、太陽! いつもの調子はどうしたんだよ!!」

相手のパスをカットしながら、痺れを切らした依織が声を張り上げる。彼女もまたこんな太陽は未だかつて見たことがなく、表情に焦りと困惑が滲んでいた。

「おい、俺がサッカー教えてやろうか。ヘヘッ!」
「くっ──!」

ボールを前にぎこちなくなる太陽を小馬鹿にしたエンギルが、彼を肘で突き飛ばす。
そこへ天馬が横をすり抜けボールを奪取し、その間に体勢を整えた太陽はボールを追いながら自身の異変に戸惑っていた。

「力が出し切れない……どうなっているんだ……!」

焦りは戸惑いは大なり小なりプレーに現れる。時間が経つにつれ足取りが重くなる太陽をやや遠目に見ながら、ふと神童が呟いた。

「やはり……恐れているのか」
「恐れているって、ザナークたちをか?」
「いや──」

並走しながら尋ねる倉間に、神童は首を振る。
だったら一体何を、と思わず語気を荒くして続きを促してくる依織に、彼は険しい表情で続けた。

「自分の体が、再び壊れることだ……!」
「……!」

依織はその言葉で、ようやく今まで感じていた太陽への違和感の正体に気が付いた。

太陽は無意識の内に、自分の体を気遣って力をセーブしていたのだ。
新雲学園との試合で見せた、後で自分の体がどうなっても構わないという気迫──その時とは逆に、体を酷使することでまたサッカーが出来なくなったら、という恐怖が彼のプレーの妨げになっている。

「俺も、一時期似たような気持ちでプレーしてことがあったから……分かるんだ」

過去に一度、怪我や病気でサッカーが出来なくなった者しかその気持ちはきっと分からない。
何が『平気』だ、あのバカ太陽──苦しげに呻いた依織は、太陽の背中を睨みつける。

「負けんな、太陽ー!」
「太陽くん!!」
「がんばー!」

太陽の不調を察し、マネージャーたちからも声援が飛ぶ。この期待に応えなくてはならない。何より、自分が望んでここに来たのに、足手纏いになっては意味が無い。

「くっ──《太陽神アポロ》!!」

ドリブルで切り込みながら化身を発現させる太陽だったが、奮闘する間もなくボールは容易く奪われ、勢い余ってフィールドに倒れ込んでしまう。
サイドラインの外に転がり出たボールを見送って、奥歯を噛み締めた太陽は悔しげに地面を殴った。

「どうしてだ……!」

──静かな色を湛えた瞳に、苦悶に俯く横顔が映る。

「あの動き……力強さの中に、危うさがある。面白い子……」

フィールドやテクニカルエリアの喧噪から遠く、羽団扇で前髪をそよいでいた孔明はぽつりと零すと、どこか楽し気に目を細めた。

「気にすることないよ太陽。大丈夫、すぐに調子が出るって!」
「……天馬、すまない」

力無く立ち上がった太陽に声を掛けると、想像を遥かに超えるか細く頼りない謝罪が返ってきて、天馬は思わず「え?」と目を瞬く。

「天馬たちの力になるために来たのに、逆に足を引っ張ることになってしまって……」
「太陽……」

どんよりと落胆する太陽に掛ける言葉が見つからず、仲間たちは口を噤んだ。
生ぬるい風が一陣吹き抜けて、しばらく考え込んでいた天馬が改めて口を開く。

「──誰だって調子の悪いときはあるし、ミスする時だってあるさ! そんな時は、みんなで助け合わなきゃ」
「……! 天馬」

天馬らしい前向きな言葉に、太陽はそっと顔を上げた。
仲間たちは誰1人として太陽を責めるような顔はしておらず、力強い笑みで彼を見守っている。

「太陽なら、必ず乗り越えられるさ」
「太陽が本調子になるまでは、わしら全員でフォローするぜよ!」

「みんな……」神童や錦の言葉に目頭を熱くしていると、ふいにドン、とやや強い力で肩を叩かれた。
振り返ると依織が、『仕方がない奴だな』と言いたげな顔で自分を見ている。それはいつも、彼のわがままを聞いてくれるときの顔だった。

「勝負はこれからだ。ザナーク・ドメインの攻撃を跳ね返して勝とう!」
「……うん!」

明るく励ますフェイに、やっと太陽の表情に笑顔が戻る。

「お熱い友情ごっこは終わったのか?」

雷門イレブンが位置に着くと、ザナーク・ドメインの選手たちがニヤニヤとした笑みを貼り付けてそんな言葉を投げかける。それを鼻を鳴らして無視した依織は、「やるぞ」と短く言って太陽の肩を叩いた。

「お前なら大丈夫だ。……目にモノ見せてやろうぜ」
「うん……!」

爪先で持ち上げたボールを腕に抱え高く構えて、依織がスローインの構えを取る。
ぐわわんと銅鑼が鳴り響き──投げ込まれたボールを受け取ったのは太陽だ。

「何ッ?」

ザナーク・ドメインたちはまさかそれまでに執拗に狙われ続けていた太陽にボールを預けるとは予想していなかったらしく、逆に反応が遅れてしまう。

「行くぞ、太陽!!」
「ああ!!」

声を張り上げる依織に応じて走り出す太陽だったが、当然あのやりとりだけで調子が戻ったわけではない。
気を取り直したザナーク・ドメインはすぐに動き出し、太陽の足下からボールを力尽くで攫っていった。

「スタン・ラッシュ!!」

そこへ依織がすかさずフォローしてボールを奪取し、再び太陽へパスを回す。

「今度こそ……!」

太陽は先程よりもいくらか軽快になったボール捌きで1人抜くも、直後飛び込んできたDFにカットされてしまった。
そこへ体を張ってボールを止めるのは天馬だ。
天馬がボールを押さえたのを確認して、逆サイドにいたフェイが闘気を放出させる。

「ミキシトランス、『ティラノ』!!」
「行くぞ、フェイ!」

ああ、と力強く頷いたフェイがサイドライン際に駆け上がっていくのを見て、敵が2人すかさずマークに走り出した。
それをギリギリまで引き付けて、引き付けて──。

「──頼むぞ!」
「……っ太陽!!」

フェイが声を張り上げた瞬間、天馬がパスを上げたのは彼ではなく太陽だった。
ミキシマックスしたフェイを囮に使った大胆な戦略により、誰に邪魔されることなくパスを受けとった太陽は更に前線を押し上げる。

「はっはっは! 良い作戦だ──さぁ打ってみろ!!」

中盤に仁王立ちしたザナークが高みの見物に興じる中、太陽はもう一度化身を発現させた。

「(天馬とフェイ……そして依織のフォローでここまで来れた!! 無駄には出来ない!!)」

息を整える暇さえ惜しい。ゴール前に走り込んだ太陽はありったけの闘気を練り上げてシュート体勢に入る。

「サンシャインフォーース!!」

雄叫びと共に、太陽の名を冠した火球がゴールへ向かっていく。それに対し、相手キーパーであるシュテンは冷静に地面に手を翳した。

「……サンドカッター!!」

掌から電流が迸り、シュテンは地面から宙に引き出した大量の砂鉄を鋸のような形に形成すると、ボールへ向かって一気に振り下ろす。
高速で回転する砂鉄は炎の熱に負けることなく、そのまま太陽のシュートは真っ二つに切り裂かれた。

「くっ……!」
「まだまだチャンスはあるさ!」
「次は点を取ろう!」

苦しげに顔を顰める太陽に、すかさず天馬とフェイが声を掛ける。
すう、と一呼吸を置き心を落ち着かせた太陽は、ゴールを睨んだまま頷いた。

「……ああ! 次は絶対に決めて見せる……!」

ボールがフィールドに投げ入れられ、試合が再開される。
ザナーク・ドメインたちはまだどこか遊んでいるようなプレーを続けたままだ。ならば、と雷門イレブンは積極的にボールを奪い、前線を押し上げた。

やがて、再び太陽にシュートチャンスが巡って来る。

「サンシャインフォース!!」
「ミキシトランス、『曹操』!! 来い、《剛力の玄武》!!」

ゴールを前に飛び出し、ミキシマックスと化身を同時に発動させたザナークはそのシュートを軽々とブロックした。
渾身のシュートを止められ、太陽は息を切らしながら歯を食いしばる。

「っ……負けるかぁあッ!!」

声を荒らげ、彼はもう一度化身を発現しようとしたが──練り上げた闘気は形になることなく、途中で霧散してしまった。

「……!」
「太陽ッ!」

どうやら序盤からハイペースで化身を使い過ぎたらしい。化身を発現させるエネルギーを使い果たしてしまった太陽は耐えきれずその場に膝を突き、目を見開いた依織が急いでそれに駆け寄っていく。

「ふふ……もう終わりか?」
「まだだ……まだやれる……!」

依織の肩を借り、ふらふらになりながらも立ち上がる太陽を一笑したザナークは、一息に地面を蹴り2人を一緒くたに突き飛ばした。

「よし、パス回しと行くか!」

「依織、太陽!」天馬たちが声を上げるのを後目に、ザナーク・ドメインたちはキャプテンの号令で短いパスを連続して繋いで前線を急激に押し上げていく。
このままではいけない、とパスコースに割り込んだ倉間と剣城は、あろうことかその威力に負けて吹き飛ばされた。

「これがパスかよ……っ」
「必殺シュート並みの威力だ……!」

怒涛のパス回しはカットする余裕を与えることもなく、天馬たちを次々と圧倒していく。
選手たちが次々と倒されていくのを、マネージャー3人はじわじわと嫌な汗を掻きながら辛抱強く見守っていた。

「このままじゃ天馬たちが……!」
「シン様……」
「何か手はないのかよ!」
「むぐぐ、こうなったら……!」

水鳥が声を荒らげると、ワンダバはミキシマックスガンを取り出し構えた。
片方の銃口は孔明へ。だが、もう片方──力の器になる選手に標準が合わせられない。何せ、誰が孔明の力を受け取るか、まだ相談すらしていなかったのだ。

「誰にすれば良いんだ〜〜っ……!」

ワンダバがガタガタと銃口を揺らしているその一方で、初擊から起き上がった依織は飛ぶようにゴールの前まで駆け戻る。
霧野や狩屋がパス≠ノ薙ぎ倒され、信助しか守る者がいないゴールに向かってMFメイズが脚を振り上げるのを見て、彼女は咄嗟にシュートコースに飛び込んだ。

「や、らせる、かぁッ!!」
「鷹栖……!」

打たれたシュートを依織の脚が力尽くで弾き返す。痛みと疲労で体勢を整えられず倒れ込んだ依織に、どうにか起き上がった霧野が苦しそうに彼女の名を呼ぶ。

「依織……みんな……!」

弾かれたボールは緩く跳ねて太陽の元へ。よろめいた太陽の目に、力なく転がるボールが映る。

「ここで……ここで終わるわけには……ッいかないんだ!!」

天を仰ぎ、太陽が絶叫したその瞬間、庭園の一角からふいに激しい衝撃波が放たれた。
一同が──ザナーク・ドメインたちも例に漏れず、突然のことに驚いてそちらを振り向くと、東屋から巨大な闘気が立ち上っている。

驚きに声を失うのも束の間、それはやがて翼を持った巨大な龍へと変貌した。

「っ龍……!?」

流石のザナークもギョッとした様子で龍を見上げている。それ以上に大きな反応を見せたのは、当然ながら劉備たち義兄弟3人衆だ。

「やはり孔明は龍だったか!」
「違うと思います……!」

目も口も大きく開いて龍を見上げた劉備に、葵があそこに、と東屋を指さした。そこには龍を背に従えるようにして、悠然と佇む孔明の姿がある。

「なっ……どうなっておるのだ!?」
「あれは化身です! 人の強い心が形となって現れたもの……!」

「それが龍に……!」劉備は呆然と呟いて、涼しげな顔で龍を背負う孔明を見つめた。
恐らく孔明が龍になるという噂は、同じようにあれを目撃した誰かが、あの龍が孔明自身が変身したものだと思い込んで出来上がったものだったのだろう。
どちらにせよ、心の力が形を持ってあんな龍になるような現象が存在するなど、劉備たちにとってはそれだけで十分驚きに値することだったが。

「孔明さん、化身使いだったのか……!」

驚きで体の痛みを忘れた天馬が呟くと、龍は白い喉を晒して咆哮を上げた。
空気をビリビリと震わせる音に反射的に肩を竦めた次の瞬間、龍は大きく口を開けてそのまま太陽目掛けて突っ込んでいく。

「うああああッ!!」
「たっ、太陽!?」

目の前で起きたショッキングな出来事に、依織は思わず彼の名前を呼ぶ声がひっくり返った。
龍は獲物を食らうように太陽の体に激突すると、光の柱となり彼の体を包み込む。

そしてやがて、光は弾け飛び──そこにいた太陽の姿は、今までと違うものへと変身を遂げていた。

焼けるようなオレンジ色の髪は淡い藤色に。ターコイズブルーの瞳は頭上に広がる空の色に。
龍の力をその身に宿したその姿は、明らかにミキシマックスが成功した証だった。