黄砂舞う霞んだ空の元、思わぬ形で孔明とのミキシマックスを果たした太陽。それははたから見ると、まるで龍が太陽の体に入り込んだかのような光景だった。
「ミキシマックスガンなしで、合体……?」
「まさか、強制ミキシマックス……!? こんなことが出来るとは……信じられん!」
堂々たる出で立ちになった太陽に、天馬たちは目を瞬く。
ワンダバは自分のお株が奪われたことと、前代未聞の強制ミキシマックスを目の当たりにしたことで困惑の渦に飲まれながら、平然と東屋から出てきた孔明を見つめた。
『流石、諸葛孔明。わしが見込んだ男!』
「いや、女だってば……」
するりと葵の懐から抜け出してくるなり、興奮気味に叫ぶ大介に水鳥が呆れた顔で突っ込む。
フィールドの太陽は、これがミキシマックスか、と自身の変化を確かめるように拳を握り締めていた。
「その力をどう使うか……それは、あなた次第です」
いつの間にかサイドラインのすぐ傍までやって来ていた孔明が、太陽に視線を向けそう告げる。
聞かれずとも、太陽の答えは既に決まっていた。
「この力、サッカーの為……僕たちの勝利の為、使わせてもらいます!」
その答えを聞いた孔明が微かに微笑むのを見ると、太陽は早速ドリブルで切り込んでいく。
その進路に飛び出していくのは勿論ザナークだ。
「面白い……! その力、見せてみろ!!」
「……!」
眉を吊り上げる太陽に、ザナークはミキシマックスと化身を再び同時に発動させる。
だが太陽は今までと違い、それを力任せに突破しようとすることもなく、するりと身を躱して彼の脇をすり抜けた。
「何ッ!?」
まるで動きを予測されたかのようなプレーに、ザナークの目に今日二度目の動揺が浮かぶ。
ゴールを守っていたシュテンも、ザナークがああも簡単に突破されるとは思っていなかったのだろう。即座に放たれた太陽のシュートは、咄嗟に伸ばされた手を掠め見事ネットに突き刺さった。
「やった──太陽が決めた!」
一拍空け、色々な衝撃からようやく立ち直った天馬が喜びの声を上げる。
ようやくとった得点は太陽のものだ。1対1へ表示の変わったスコアボードを、太陽はどこか誇らしげに見上げた。
「見違えるような動きだったな……!」
「あれが太陽のミキシマックスか!」
剣城や神童が感嘆の呟きを漏らす中、依織はこちらに向かって手を振る太陽に安堵の笑みを浮かべる。
太陽はHRでの戦い以来、全力で試合に臨んだことはなかった。あの試合以前もそうだ。病気の体では、思い切りサッカーをプレーすることは出来ない。
だからこそ彼は、自分にどこまで激しいプレーが許されるのか分からなかった。ここで全力を出し尽くして、もしもまたサッカーが出来なくなったら? ──その気持ちが、心のどこかでブレーキを掛けていたのだ。
だが、一度ミキシマックスをしたのならもう分かったはずだ。自分に秘められたポテンシャルを、病気から解放された今なら、もっと力一杯サッカーを楽しめることを。
「孔明さんは、太陽に足りないものが分かっていた。だから力を貸したんだ……!」
「うん──やっぱり、凄い人なんだな」
孔明に輝いた眼差しを向けるフェイに頷き、依織は何年もの間、太陽を見守ってきた自分がようやく報われたような気がして小さく口角を上げた。
銅鑼が鳴り響き、前半はそこで終了する。
ザナークは孔明をじとりとした目で見ると、鼻を鳴らして踵を返した。
「素晴らしい活躍だったぞ、太陽!」
戻って来た太陽をいの一番に褒め称え、劉備は豪快に笑う。次いで、彼はテクニカルエリアにやって来た孔明を振り向いた。
「孔明! 力を貸してくれたこと、礼を言う!」
「ありがとうございました!」
「……別にあなたの為ではありません」
劉備に倣い太陽が元気良く頭を下げるも、孔明はくすりともせず冷静にそう答える。
「降りかかる火の粉を振り払う為に、あなたを利用したまで……私の力を最も効果的に使えるようだったので」
「俺たちに手を貸したわけじゃねえのか!?」
「まだ品定めが終わっていない……と言うことか」
つんと2人から顔を背ける孔明に、噛みつこうとする張飛を片手間に宥めつつ関羽が呟く。しかし当の劉備は孔明の態度など気にしていないようで、結果的に助かったんだから良いじゃないか、と張飛の肩を叩いていた。
「よぉし! このまま勢いに乗って逆転するぞ!!」
「はい、劉備さん!」
力強く言う檄を飛ばす劉備に、天馬は笑顔で大きく頷く。
信助はそんな劉備を見上げながら、ポツリと誰に言うでもなく呟いた。
「──不思議な人だね」
「え?」
その呟きを拾ったフェイが視線を向けると、信助はそちらに小さく笑いかけながら続ける。
「劉備さんの言葉を聞くと、何だか元気が出てくるみたい。……あっ、これってミキシマックスの予感!?」
「何っ!?」
ハッと目を輝かせる信助の声に反応したのはワンダバだ。即座にミキシマックスガンを構え、ワンダバは銃の標準を信助と劉備に合わせる。
「よしっ、ミキシマーーックス!!」
びびび、と放たれた光線が劉備と信助にぶつかり、周囲はにわかに眩しくなった。
だが、それも一瞬のこと。光の繋がりはすぐに途切れて消えてしまう。
「むう……ダメか」
「ホントにミキシマックス出来るのかな……三国先輩と約束したのに」
すごすごとミキシマックスガンを仕舞うワンダバに、信助は溜息交じりに呟き肩を落とした。
「大丈夫だよ、信助なら!」
「うん……」
握り拳を作って励ます天馬に、信助はしょんぼりとしたまま頷く。
霧野や神童、依織は顔を見合わせ一瞬考え込んだ後、諦めたように小さく首を振る。ミキシマックスは化身アームド以上に心に作用されやすく繊細だ。何かアドバイスしようにも、的確な言葉は出てこない。
そうこうしている間に、後半戦の時間が差し迫る。
フィールドに戻ったザナーク・ドメインたちは同点に追いつかれても尚、余裕の表情を崩さない。ここから勝ち越す自信も、それを実行する策もあるのだろう。
「みんな! まずはしっかりディフェンスだ!」
「はい!」
「神童さん、天馬! 僕に任せて!」
神童の声掛けに仲間たちが応じていると、ふいに太陽が声を張り上げた。
仲間たちの不思議そうな視線を受けた太陽は、先程とは一転して自信に満ちた表情で敵陣を見据えている。
「太陽……?」
「何か策があるみたいだね!」
にこ、と微笑むフェイに太陽が小さく頷くと同時に銅鑼が鳴り響き、後半戦が開始された。キックオフはザナーク・ドメインからだ。
「ミキシトランス、『曹操』!!」
ボールを受け取ったザナークは、開幕直後からミキシマックスした状態で雷門陣内へ突っ込んでくる。
太陽は大きく息を吸い込み、体中にエネルギーを漲らせた。
「ミキシトランス──『孔明』!!」
ミキシマックスで姿を変えた太陽は、そのままその場で声を張り上げる。
「天馬、依織、剣城くん、倉間さん! ボールを囲むように右回転!」
「よし!」
頷いた4人は太陽の言う通り、ボールを持ったザナークを囲んで円を描くように走り出した。独特なマークの仕方に、ザナークの脚が反射的に止まる。
「錦さんとフェイくんは、僕と一緒に左回転! 残りのみんなで、一番外側を右回転して!」
「分かった!」
三重の輪を左右それぞれに描きながら走るその様子は、まるで3つの円がザナークを取り囲んでいるかのようだった。
こうも素早い動きで囲まれては流石のザナークも動きにくいのか、周囲を注意深く見回して突破口を探る。
そしてややあって、彼はその円が丁度同じタイミングで途切れる瞬間があることに気が付いた。
「馬鹿め──がら空きだ!!」
ニヤリと笑い、ザナークはその隙間へ渾身のシュートを放つ。
しかし、ボールはネットから逸れたゴールポストにぶつかって跳ね返り、得点には至らなかった。
「何……っ!?」
ラインの外に転がるボールに、ザナークは眉をしかめる。悔しがる彼を横目に、信助はホッと胸を撫で下ろした。
「良かった、外れた……」
「外させた≠だよ」
「え?」信助の言葉に笑顔で返した太陽に、仲間たちはキョトンと目を瞬く。
あの陣形を組むことで、太陽はどうやってザナークにシュートを外させたのか──誰かが疑問を口にするより先に、ベンチに腰掛けていた関羽がハッと口を開いた。
「やはり、奇門遁甲の陣≠ゥ!」
「きも、んとんこ……?」
「……流石関羽様。ご存知でしたか」
目を白黒させる張飛に対し、孔明は感心した風に関羽へ視線を向ける。その反応に劉備はどこか誇らしげな顔だ。
「何ですか、それ?」首を傾げたマネージャーたちに、孔明は羽団扇でフィールドを指し示しながら言う。
「完全に包囲された敵は、全力を以て襲い掛かってきます。ですが一か所だけ穴を作っておくと、その場所へ力を逃がすことが出来るのです」
「そこへザナークのシュートを誘導したと言うのか!」
声を上げたワンダバに、孔明は小さく微笑んだ。
仲間との連携で、敵のシュートを不発へ導く陣形。これは立派な必殺タクティクスと言えるだろう。選手たちも感嘆の笑みを太陽に向ける。
「必殺タクティクス、奇門遁甲の陣か……!」
「これが歴史上最高の頭脳と言われた、諸葛孔明の戦術……そして、それを実現させた10年に1人の逸材、雨宮太陽……!」
これでまた戦略の幅が広がるだろう、と喜ぶ神童の傍ら、フェイは目の前で新たな歴史が刻まれたような感動的な感覚に打ち震えていた。
しかし、安心するにはまだ早い。
信助の蹴り入れたボールを太陽が受け取り試合が再開されると、ザナークは鼻を鳴らしてテクニカルエリアの孔明に視線を投げかけた。
「(諸葛孔明……曹操が認め、恐れたと言う天才軍師。そして──それを生かす10年に1人の逸材か)」
次にザナークは敵を次々と突破してこちらに迫ってくる太陽へ視線を向けると──何故か、自らミキシマックスを解除した。
「何をするつもりだ……?」
走る脚は止めぬまま、依織は遠目からザナークを警戒する。まさか、ここに来て勝負を諦めたとは思えない。
「ならば、1000年に一度の恐怖を味わわせてくれるわ!! 来い──《魔界王ゾディアク》!!」
次の瞬間、人差し指を天に突き立て吼えたザナークの体から、今までとは比べ物にならないほど強烈な闘気が発露する。
吹き上がったそれは形を成すと、赤黒く刺々しい翼を持った禍々しい姿をした化身になった。
「何だって!?」
ここまで使役していた玄武とは違う新たな化身の顕現に、雷門イレブンは度肝を抜かれそれを見上げる。
「これが俺本来の化身だ!! 『アームド』!!」
「どけぇッ!!」黒い鎧を身に纏ったザナークは、太陽からのパスを受け取っていたフェイを強力なチャージで弾き飛ばしてボールを奪っていく。
「始まったか……」
「こいつはもう止められないぜ」
凄まじい勢いで切り込んでいくザナークに、シュラとエンギルは嘲笑を交え呟いた。
一瞬勢いに圧倒された太陽は、直ぐさま表情を引き締め声を張り上げる。
「もう一度奇門遁甲の陣だ!!」
「おう!」
「邪魔だぁあ!!」
しかし絶叫したザナークは、向かってきた雷門イレブンたちをものともせずに吹き飛ばし、一気にゴール前までやって来た。
身構える信助に対し、ザナークは化身アームドを解除しシュート体勢に移る。
「ディザスターブレイクッッ!!」
「《護星神タイタニアス》!!」
化身を発動させ応戦を試みた信助だったが、真正面から凄まじいエネルギーを放ちながら突っ込んでくるシュートを見たその瞬間──胸の底から這い上がるような怖気に、身動きが取れなくなった。
「うわあああッ!!」
「信助!」
轟音と共にシュートがネットに突き刺さり、その衝撃波を受けた信助の体が木の葉のように吹き飛ばされていく。
再び突き放された得点を気にする余裕もなく、天馬たちは慌てて倒れた信助の元へ駆け寄った。
「だ、大丈夫か、信助!」
よろめきながら、信助は何とか上体を起こす。
だが、地面に膝を突いたままの体勢で固まった信助の体は小刻みに震えていた。
「な……何なのあのシュート……今までに受けた、どんなシュートとも違う……!」
「信助……?」
まともにボールを受け止めたわけでもないのに、余波を受けた手が痺れている。
ふと足下に影が落ち、顔を上げると、いつの間にかゴール前まで近付いてきていたザナークが冷たい目で信助を見下ろしていた。
「全てを薙ぎ払い破壊する……それが俺の力だ! お前たちなど、バラバラに吹き飛ばしてやるぜ」
言いたいことを言って満足したのか、ザナークは笑いながら踵を返し自陣へ戻っていく。
そうだ、これは恐怖だ。目の前に迫る災いを防ぐ手立てもなく、ただ死を待つだけにも似た圧倒的な恐怖。ザナークを見送り、信助は震える体を抱き締めた。
「……ッ」
「どうした、ザナーク?」
自陣へ戻る途中、不自然に歩みを止めたザナークに気付き、ラセツが尋ねる。
ややあって何でもない、と答えたザナークは、一瞬湧き上がった体の違和感に首を傾げた。
「何だ、今のは……」
──きっと、久し振りにゾディアクを顕現させた影響だろう。そう思い直し、ザナークは雷門陣内を不敵な笑みを浮かべながら振り仰ぐ。
雷門のゴールでは、すっかり意気消沈してしまった信助を狩屋が不器用に慰めていた。
「いつまで落ち込んでんだよ。しっかりしろってば!」
「狩屋には分からないよ……あの怖さは」
信助は不満げに言い返すが、その声に覇気はない。
劉備とミキシマックスすることが出来たら、あのシュートも止められたのだろうか。信助はそっとテクニカルエリアで仁王立ちする劉備を見やって、殊更項垂れた。
「西園……」
「完全に怯えちまったな、あれ」
「ビビるのも無理ないぜ。あんなシュート喰らったら……」
声に心配そうな色を混ぜ、信助を窺う剣城に依織は困った顔で頬を掻く。理解を示す倉間に、2人は小さく頷いた。
流石災害の名を冠すシュートと言うべきか、端から見てもザナークのシュートの威力はあまりに凶悪だ。あれを真正面から受け止める信助の恐怖は、想像にし難くない。
「こんな時こそ攻めるぞ! 攻撃は最大の防御──攻めて攻めて、ザナークにシュートを打たせなくすれば良い」
「まっこと、そん通りぜよ!」
陰鬱な雰囲気を払拭するように声を張り上げた神童に、仲間たちは顔を上げた。その隣では、錦が変わらぬ様子でうんうんと頷いている。
確かに、ゴールを守る最後の砦である信助があの様子であれば、そこに辿り着くまでにザナークを止めればいい話だ。雷門イレブンは揃って表情を引き締め頷いた。
試合再開の銅鑼が鳴り響き、剣城が倉間からボールを受け取る。
「錦先輩!」
「おうよ!」
剣城からのパスを受け取り、切り込んでいく錦にザナークは面白そうに口角を上げた。
「攻撃は最大の防御?──本物の攻撃とはこうやるんだッ!!」
「錦先輩!」せせら笑ったザナークは、勢いよく錦にタックルを仕掛け強引にボールを奪っていく。
それを気遣う余裕も与えられず、迫り来るザナークの前へ霧野が飛び出した。
「俺が止める! 《戦旗士ブリュンヒルデ》!!」
「来い、《魔界王ゾディアク》!!」
顕現された霧野の化身を、ザナークは息つく間もなく霧野もろとも薙ぎ倒していく。
見る見る内にゴールとの距離を縮めていくザナークに、信助の体はまた恐怖で震え始めた。
「(またあのシュートが来る……あんなの、どうやって止めれば……!)」
固まってしまった信助は、必殺技を繰り出す体勢にすら移れない。そうこうしている間に、ザナークは既に中空へと跳び上がっていた。
「これでとどめだ!! ディザスターブレイク!!」
「うっ、うわああっ!!」
思わず悲鳴を上げ、信助はギュッと目を瞑る。
次の瞬間、怯える彼の耳に友人たちの声が飛び込んだ。
「させるか!! 《魔人ペガサスアーク》──『アームド』!!」
「ミキシトランス、『ティラノ』!!」
ハッと信助が目を開くと、ザナークのシュートコースに飛び込んできた天馬が化身アームドで、フェイがミキシマックスをしてシュートをブロックしていた。
だが、それでも威力を殺しきれず、シュートは2人を吹き飛ばして尚前進する。
今度こそお終いだ──息を呑んだ直後、彼の目の前に躍り出たのは前線から駆け戻っていた太陽だった。
太陽は体を張って、威力の弱まったシュートを寸でのところでラインの外へと弾き出す。
3人がかりでようやく止めるに至ったシュートに、ボールの行方を見守っていた仲間たちはホッと胸を撫で下ろした。
「大丈夫……!?」
「平気さ……!」
我に返り、信助は一番近くに倒れた太陽に戸惑いながら声を掛ける。
息を切らしつつも笑顔で答える太陽に、信助は堪らなく申し訳ない気持ちになった。
「ごめんね、雨宮くん……僕がしっかりゴールを守らなくちゃいけないのに……ごめん、みんな……」
「信助……」
己の情け無さに声を震わせる信助に、天馬は眉を下げる。それでも信助の心は、恐怖に怯えたままだ変わらない。
「でも怖いんだ、あのシュートが……! 今の僕には止められないよ」
「西園くん……」
太陽は天馬やフェイと顔を見合わせ、沈鬱な面持ちになる。
そしてその悲嘆に暮れる様子は、テクニカルエリアからも窺い知れた。
「信助……」
「ふむ。難しい状況になりましたね」
心配そうに呟く劉備の横を、ふと孔明が通り抜けて行く。
ライン際まで歩み寄った孔明は、その存在に気が付いた選手たちが今度は何をするのかと首を傾げる中、羽団扇を翻し声を張り上げた。
「皆さん、ここは逃げましょう!」