「こっ、ここまで来れば……大丈夫かな……!?」
息せき切らせ、天馬たちと西谷屋、そして中岡は、何とか町外れまで逃げ延びていた。
あの時、新撰組が西谷屋に斬り掛かろうとした直前、天馬が咄嗟に持っていたサッカーボールで隊士たちを蹴散らして、そのまま脱兎の勢いで料亭から飛び出したのだ。
「いやぁ、新撰組を蹴散らすたぁ驚いたぜ。サッカーってなぁすげえなぁ!」
「ああ……また助けられたな」
中岡が刀の鞘に手を掛けながら後方を確認するが、どうやら追っ手は撒けたらしい。滴る汗を拭いながら感心する2人に、天馬は息を整えて逃げている間もずっと気になっていたことを尋ねた。
「あのぅ……ほんとに坂本龍馬さんなんですか?」
「おうよ!」
「……間違いなく、こいつが坂本龍馬本人だ」
中岡も天馬たちが本当のことを話すに値すると判断したのだろう、返ってきた肯定に、葵はううんと唸って袂からあの写真を取り出してこっそりと実物と見比べる。
「でも、全然違う……」
「はぁ〜……イメージが台無しぜよ」
写真ではこんなスラリとしているのに、まさか実物があんなに丸々とした人物だっとは。すっかり落ち込んだ様子の錦に苦笑いした天馬は気を取り直し、神童と視線を交わして小さく頷き合った。
「俺っちに何か用があるのか?」
先程までとはまた少し違う天馬の真剣な眼差しを受け、西谷屋──もとい坂本は、何かを察したのか僅かばかり真面目な顔になる。
「はい。西谷屋さん──いえ、坂本龍馬さん。あなたの力を、俺たちに貸して下さい!」
「俺っちの力……?」
坂本は中岡と顔を見合わせ、首を傾げる。ここまで来たら、全てを話すしかない。
天馬たちは、雷門イレブンがここに来た理由を掻い摘まんで説明した。勿論、自分たちがこの時代の人間ではないと言うことも含めて。
「──うーん。未来から来たとはなぁ……」
「本当です!信じて下さい……!」
後頭部を掻き聞いた話を口に出す坂本に、天馬は懇願した。呆気にとられていた坂本は、あまりに荒唐無稽な話に思わず半笑いになっている。
「……で、サッカーを守るために俺っちの力が必要だってか」
「はい!」
力強く頷く天馬に、坂本はしばし顎を摘まんで唸って考え込むと──どん、と自分の胸を叩いた。
「細かいことはよく分からんが……よっしゃ、引き受けた!」
逡巡した割にあっさりとした承諾だ。もっと渋られることも覚悟していただけに拍子抜けした部分はあったものの、坂本の答えに天馬たちは表情を輝かせる。
「ありがとうございます!」
「流石は坂本龍馬、話が分かるぜよ!」
「──その代わり、俺っちの頼みも聞いてもらうからな」
一転、突然険しい表情になって坂本は低い声でそんなことを言った。
今までに見なかった坂本の顔に、一体何を頼まれるのだろう、と一行は表情を強張らせ身構える。
それからたっぷり間を空けて。
「──俺っちにもサッカーを教えてくれ!」
ニカ、と笑顔で言った坂本に、天馬たちは今度こそ脱力した。
一行は広い場所に移動し、坂本にはワンダバスイッチで雷門のユニフォームに着替えてもらう。
不思議そうに服の裾を引っ張りしげしげと眺めている彼に、天馬はボールを足下に置きながら声を掛けた。
「じゃあ、行きますよ!」
「お、おう!」
軽く天馬がボールを蹴り出すと、坂本はわたわたとしながらボールの着地地点に体を向ける。途中、「手ぇ使っちゃだめですよ!」と言う天馬の忠告に慌てて両腕を背中に回しながらも、何とかボールは彼の足下で止まった。
「おっ……出来た! じゃあ……」
天馬の元に狙いを定め、坂本は助走を付けてボールを蹴る。
思いの外勢いのあるボールが胸元に飛んできて、天馬は一瞬息をつまらせながらそれを受け止めた。
「おっ、と……良い感じです! 次、行きますよ!」
「おうっ!」
体験したことのないものに挑む坂本は随分と楽しそうで、彼の友人である中岡も坂本のあんな姿を見るのは久し振りだった。遠くから天馬と坂本のパス練習を見守っていた見守っていた中岡は、もう一度追っ手が来ていないことを確認すると、改めて友人の背中に声を掛ける。
「おい、俺は先に帰るぞ?」
「お〜う、気をつけてな!」
振り向きもせずに返ってきた生返事を聞くに、余程集中しているらしい。困ったやつだ、と苦笑いで呟いて、中岡は1人拠点へと帰っていく。
パス練習で基礎を教え神童たちを交えて簡単なゲームを始めると、元々運動神経が良いのだろう、坂本は初心者とは思えないスピードでどんどんボール捌きを上達させていった。
天馬たちもまた純粋にサッカーを楽しむのは久し振りで、時間は飛ぶように過ぎていく。
「坂本さん、中々飲み込みが早いぜよ!」
──とは言え、流石に小一時間も慣れないことをすれば疲労も出ると言うもので、段々と息を切らせ始めた坂本を気遣い一行はそこで一旦休息を取ることにした。
ふうふうと息を整えつつタオルで汗を拭う坂本を錦が嗟嘆すると、彼はありがとよ、と礼を述べつつ天馬に言った。
「いやぁ、やってみると実に面白いなぁ!」
「でしょう!? サッカーはスゴく面白くて、楽しいんです!」
目を輝かせ、天馬は嬉しそうに笑う。サッカーを褒められるのは、自分が褒められるのと同じくらい嬉しかった。
「お前さんたちの時代じゃ、サッカーが盛んなのか?」
「はい!」
坂本の問いに天馬は笑顔のまま頷く。
世界一を決める大会もあるぜよ、と錦が付け加えると、坂本の目はキラリと輝いた。
「世界ってことは、あらゆる異国の人間が夢中になってるんだな!?」
「そうです!」
未来の日本では、世界と繋がっているのが普通のことなのだ──やる気を刺激された坂本は、期待と興奮に体をうずうずとさせて立ち上がる。
「よ〜し、俺っちも熱くなってきた! どんっどん蹴ってこい!」
「はいっ!」
「もう休憩は良いんですか?」
葵が尋ねると、構うもんか、と坂本は豪快に笑った。今の彼には、休息よりも動くことの方が重要らしい。
それならば、と神童の提案で、一行はいよいよ本格的なミニゲームに挑戦してもらうことにした。
「あそこのライン……線を越えないように気をつけて、あの門に向けてボールを蹴り入れるんです」
「ふんふん、成る程!」
拾ってきた長い木の枝を2本地面に突き立ててゴールに見立て、神童の説明に坂本は頷いた。勿論、ゴールは信助が守っている。
説明を聞き終えた坂本は、まだどこかぎこちないドリブルでゴールへ近付いていった。
「坂本さん!」
「お、おう!」
錦からの声を受け、坂本はそちらにボールをパスする。しかし緊張で体が強張ったか、ボールは目標よりもかなり上の方に飛んでしまった。
「あっ、しまった!」
「任せるぜよ!」
即座に反応した錦はその場で跳び上がり、オーバーヘットシュートでそのボールをゴールに蹴り込む。
ボールは止められてしまったものの、坂本は今の錦のプレイに酷く感銘を受けた様子である。
「それ、俺っちにもやらせてくれ!」
「えっ? そりゃあまだ無理ぜよ……」
「良いから良いから!」
あのシュートは素人がやれば確実に怪我をしてしまう。しかし坂本は止める錦に軽く言って、さぁ来い、と信助に向かって両手を広げた。
本人がやりたがっているのだから仕方がない。信助は少し困った風の錦と軽く目配せを交わすと、せめて蹴りやすいように軽くボールを蹴り上げた。
緩い放物線を描きフィールドに戻ってくるボールを、坂本は早速追い掛けていく。
「──おりゃあっ!」
見様見真似でその場から地面を蹴り、坂本の丸い体が中空で回転する。蹴り込まれたシュートは丁度信助の手に収まり、一行は目を丸くした。
「す、スゴい……!」
「わっはっは! 俺っちはこう見えても身が軽いんだ!」
「一度見ただけで物にするとは……とんでもない身体能力ぜよ」
得意げに鼻を擦る坂本に、呆然と錦は呟く。まさか一発で成功するとは思っていなかったのだ。
「……気心も知れた頃だし、そろそろ頼んでみるか……」
その時、一行の様子をしばらく眺めていたワンダバがふと呟いて、懐からミキシマックスガンを取り出した。
「龍馬さん、お願いしますッ!」
声を掛けられた坂本は、事前に話を聞いていたこともあり突然銃のようなものをこちらに向けたワンダバには驚かない。
「おお、例のみきしまくん≠チてやつだな? 良いよ、やってくれ!」
「かたじけないぜよ。では……!」
快く頷く坂本に頭を下げて、錦もその場で身構える。
頷いたワンダバは、グッとミキシマックスガンのトリガーを引いた。照射された光線が、2人の体を包み込む。
──が、それもものの一瞬のことだった。
「……うん?」
「あ、アレぇ……?」
霧散した光に、ワンダバはたらりと冷や汗を掻いた。条件は揃ったと思ったからこそ、あんなに格好を付けてトリガーを引いたのに。
失敗してしまったミキシマックスに、錦もそれを見ていた仲間たちも落胆する。
「ダメだったやんね……」
『やはりな』
そこで、一連のやり取りを静観していた大介がふわりと浮かび上がり、錦たちの元へ飛んでいく。
『錦はまだ力不足なのだ。器としての大きさが満たされていなければ、水は零れてしまう!』
「器の大きさ……」
ふと、この時代へ来るまでに水鳥と散々言い合いをしていたことを思い出し、錦は思わず項垂れる。
その一方で、坂本は目の前に浮かぶ不思議な物体に興味津々だ。
「こりゃあ異国の奇術師がやる腹話術ってやつか!? 誰が喋ってるんだ!?」
『腹話術ではないっ! わしは生きとる!』
憤慨する大介をしげしげと見つめる坂本、考え込む錦とを見比べて、神童が思案げに呟く。
「俺と信長の時に似てるな……」
「それじゃあ、大介さんの言う器って一体?」
「……わしの心の広さが足らんのかもしれん」
天馬の疑問に、錦は悔しげに呟く。一発で成功させてやろうと内心意気込んでいた分、彼の落胆は他よりも大きかった。
「錦先輩は、十分心が広いと思いますけど……」
「どれだけ広くなきゃいけないんだ?」
落ち込んでいる錦に天馬は苦笑いし、神童はやや呆れた風に眉間に皺を寄せる。
確かに細かいことを気にしない性格と心が広いこととは別の問題かもしれないが、と付け加える神童にぐうっと唸って、錦は改めて大介の周りに何か仕掛けがないか探す坂本を見つめる。神童が信長に対してそうであったように、きっと自分も坂本から何かを学ぶ必要があるのだ。
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一方時間は少し遡り、こちらは沖田捜索組である。
依織たちはあれから屯所の門が見える位置に身を潜め、沖田総司らしき人物が出て来るのを待ち続けていた。
ザナークが中にいる以上、ここで突入すればきっと戦いは免れない。そうなれば、否応なく無関係の隊士たちを大勢巻き込んでしまうだろう。
「こうして待つのは良いけどさ……どうやって沖田総司を見分けりゃいいんだろう?」
「決まってるさ。イケメンかどうかだよ」
狩屋の疑問に、他に何があるんだと言わんばかりにキッパリと言い切る水鳥に、狩屋は呆れた目を向ける。
「だいじょぶなんスか、それで……」
「あったり前だろ! イケメンじゃない沖田総司なんて有り得ない!」
断言する水鳥に、「現実はどうですかねぇ」と狩屋は肩を竦める。これで沖田総司が不細工だったら一体どうするつもりなのだろう。
「……で、いつ出てくるんですか?」
「そりゃあ市中見廻りの時さ。焦らず待つんだね」
待つのに疲れてしゃがみ込んだ依織が尋ねると、水鳥は自信たっぷりにそう答えた。
見廻りか、とその言葉を反復したフェイは、不思議そうにずっと心の片隅にあった考えを口にする。
「いくら浪士を取り締まっても、動き出した時代の波は止められないのに……」
「……もしかしたら、新撰組は幕府の侍たちが失ってしまった武士道を、真っ直ぐに貫こうとしたんじゃないかな」
その疑問に自分なりの解釈で答えるのは霧野だ。何となしに空を見上げる彼の目に、汚れのない青が映りこむ。
「俺たちが、サッカーを守ろうとしているようにさ……」
「……どんな人にも、自分なりの正義があるってことッスかねぇ」
「自分なりの正義か……何だか分かるような気がするな」
屯所の近くに隠れていることもあり、会話は自然と静かなものになる。
自分なりの正義、と狩屋や太陽の言葉を受けて、会話を無言で聞いていた剣城は何か身につまされるような気持ちになった。
「……? 何だ」
「いや、ちょっと前のどこかの誰かさんのことを思い出して」
ふと視線を感じてそちらを見ると、しゃがみ込んだ依織がじっとこちらを見上げている。
誰のことだよ、顔を顰める剣城に答えず、依織は小さく鼻を鳴らした。
それから小一時間は経っただろうか。
何度か隊士が門をくぐる様子は見送ったが、水鳥のお眼鏡に叶う美丈夫はついぞ現れなかった。
「……ねぇ、ちょっと思い出したんですけど」
「どうした?」
欠伸を噛み殺して、依織がふと眉根を寄せる。
霧野がそちらを見ると、彼女は立ち上がりながらこう言った。
「さっき新撰組の隊士2人組に会ったでしょう」
──新撰組には沖田さんと言う美男子がいらっしゃるとも聞いたんですけど……その人も、今日は見廻りを?
──いや、沖田殿は。
「あの口振りから考えるに……沖田さん、今日は見廻りに出ないんじゃないですか?」
「……沖田総司は病気だったって、水鳥さん言ってたよね」
「ん。ああ……」
依織の話を聞いたフェイが、ふと水鳥に確認を取る。
流石の水鳥も、沖田の没年など時代劇で得られる以上の詳しいことは知らない。もしも沖田の病状が、この時点で自分たちが予想しているよりも進行しているとしたら。
「沖田は外に出られないのかもしれないな……」
ぼそりと呟く剣城に、仲間たちは揃って顔を見合わせる。
「どうします?」
「……中に忍び込んで探すしかないね」
尋ねる太陽に、フェイは考え込んだ後そう結論を出した。
とは言え、堂々と門から入るわけにはいかない。
「肩車して、一度中の様子を覗いて見よう。僕が下になるよ」
「はいっ、じゃあ僕が上になる!」
「お前肩車したいだけだろ……」
真っ先に立候補した太陽に、依織が呆れた目を向ける。フェイは特に断る理由もなく、よいしょ、と太陽を肩に跨がらせて壁に手を突きつつ体を持ち上げた。
頭があまりはみ出すぎないように注意しながら、太陽はそろりと塀の向こうを覗き見る。
そこでは丁度、隊士の1人が素振りをしているところだった。あれが沖田総司だったりはしないだろうか──そんなことを考えていると、ふいにぐらりと足下が揺れる。
「うわわ……」
「あ、危ない危ない」
どうやら下のフェイが重みに耐えかねて蹌踉めいたらしい。バランスを崩した太陽は、落ちる前に慌ててフェイの肩から降りた。
「どうだった、太陽くん」
「うーん、正直めぼしい物は何も……」
「て言うかそもそも人選ミスだろ、背が高くてそれなりにガタイの良いのが土台にならないと……剣城肩貸せ、今度は私が見る」
「……無茶言うな」
何が無茶なんだよ、と顔を顰める依織から剣城はさっと目を逸らす。このままじゃ埒があかないな、と霧野が溜息を吐いた。
「どうすんだよ、沖田総司を連れて戻らなきゃ、ミキシマックスが出来ないぞ?」
「……!」
狩屋が焦ったように言っていると、依織に詰められていた剣城がふいにハッと門の方を振り返る。
「足音がする」
「!」
一行は反射的に口を真一文字に引き結ぶ。
物陰から門を窺うと、丁度見廻りの隊士がまた1人門扉を潜るところだった。紫がかった黒髪の、日に焼けた少し浅黒い肌をした隊士だ。整った顔付きに、水鳥の眼が光る。
「──あっ、沖田さん!」
丁度それを見つけた隊士がどこか慌てた様子で彼に駆け寄っていくのを見て、一行は顔を見合わせた。
「あれが沖田総司か……!」
「確かにあれはイケメンですね……」
「だろ? やっぱ沖田総司はこうでなくちゃな!」
感心したように呟く依織に、水鳥は何故か誇らしげだ。隊士たちはこちらに気付くことなく会話を続けている。
「出歩いて大丈夫なんですか?」
「心配はいらん。それより、何を慌てているんだ?」
「はい、町外れの三本鳥居周辺に、坂本龍馬がいるという報せが……」
「坂本龍馬が?」聞こえてきた名前に、フェイが眉をしかめる。そちらは天馬たちが探している人物だ。
「分かった!」
「あっ、沖田さん!」
聞くや否や、沖田は隊士の制止を聞く間もなく駆け足で目的地へと向かっていく。
「あ、行っちまうぞ! どうすんだよ!?」
「とにかく追うんだ!」
あっという間に屯所から離れていく沖田に、一行は慌てて走り出した。
しかし、追われていることに気付けば沖田は警戒するだろう。適度に距離を空け、かつ見失わないように。──そんな風に走っているとは言え、思いの外沖田の脚は速かった。
それどころか少しずつ遠くなっていく背中に、一行も段々本気で走ることを余儀なくされていく。
「早い……病気のはずじゃなかったのか!?」
「とてもそうは見えないよ……!」
履き慣れない草履で走っていることも原因かもしれないが、そうでなくても沖田のあの速さは病人のそれとは思えない。
「っ……」
「あっ、剣城!」
突き放されていく距離に、ついに剣城がぐんと加速する。
「どこまで走る気なんだよ!」と最後尾でバテ始めた水鳥の叫びを背中に受けながら、依織もまた釣られたように走る脚を速めた。