依織たちが沖田を見つけるよりも時間はまた少し遡り、3本の鳥居が臨める広場にて。天馬たちは、坂本の希望で今度はキーパー練習を始めていた。
「行きますよー!」
「おー!」
使い慣れないグローブの着け心地を確かめて、坂本は声を掛けてきた天馬に元気良く返事を返す。
「よ──っと!」
「おわっ、ととと!」
ややカーブを掛けて放たれたシュートに、坂本は咄嗟に腕を伸ばす。指先が掠り、ブロックされたシュートにナイスです、と天馬は嬉しそうに頷いた。
「へへ、しかしこの衣装は中々着心地が良いな。短いブーツも気に入ったぜ!」
「短いブーツって……」
まさかスパイクをブーツ扱いされるとは思わず、ゴールの後ろでボールの補充係をしていた信助と錦は顔を見合わせる。
とは言え、この時代にスパイクなど存在しないのだから彼の言い分も仕方ない。2人が苦笑いしたその時だ。
「──坂本龍馬ーーッ!!」
ふいに遠くから、坂本の名を呼ぶ鋭い叫びが響く。
振り返ると、土手の芝生を蹴り立てて1人の新撰組隊士が此方に向かって疾走してくる。刀を抜きながら向かってくるその隊士に、坂本はギョッとした様子で目を見開いた。
「うわわっ!?」
「おっ、おめえは……!!」
「新撰組一番隊隊長、沖田総司! 参るッ!!」
陽光に翻された刀の切っ先がギラリと光り、信助は抱え込んでいたボールを放り出してその場から飛び退く。
「龍馬さん、逃げて!」
「……!」
叫ぶ天馬に、坂本は足下に跳ね上がったボールを見るや否や咄嗟に覚えたばかりのオーバーヘッドシュートを隊士へ──沖田へ向かって繰り出した。
目の前に飛んできた見慣れぬ物体を反射的に避けて、沖田はそこで一度立ち止まる。
「へへ……俺っちが切れるかな?」
「問答無用ッ!!」
煽る坂本に、沖田は再び刀を振るう。振り抜かれた刃は咄嗟に飛び退いた坂本の前髪を掠め、ゴールの代わりに地面に突き立てていた長い木の枝をスパンと両断した。
「ほ、本物の刀やんね!」
「危なすぎだよ!」
切れた枝に一瞥を向け沖田が再び刀を構えると、それまで呆気に取られていた錦は我に返って2人の間に割って入る。
「おまん、何しゆうがぜよ!!」
「俺が用があるのは坂本のみ……そこをどけッ!」
「どかんぜよ!」
断固として譲らない錦に、沖田の顔が目に見えて険しくなる。坂本は錦の背中から顔を出し、沖田に軽い調子で声を掛けた。
「まぁまぁ、話せば分かるって……」
「話すことなどない!!」
激昂した沖田は、ついに錦にもお構いなしに坂本へ斬り掛かる。坂本は即座に錦を脇へ突き飛ばすと、持ち前の身軽さで繰り出される剣戟を次々と躱していく。
しかし矢継ぎ早に繰り出される技に、流石の坂本も先程までサッカーで戯れていたことが祟ったのもあるのだろう、体が着いていかなくなった彼の足から紐の緩んでしまったスパイクがすっぽ抜けて、坂本は大きく体勢を崩した。
「のわっ──」
「覚悟ッ!!」
鋭い一太刀がスパイクを切り捨てて、続けて振り上げられた切っ先が坂本の頭上で煌めく。
「や、やめろーッ!!」
今まさに1つの命が目の前で狩られようという刹那、天馬が思わず走り出したその時だ。
「──ぐぅッ!?」
突如として視界の外から飛んできたボールが、沖田の手から刀を叩き落とす。
驚いて天馬がそちらを見ると、ボールを蹴ったのは息せき切らし今し方この場に到着したらしい剣城だった。
「剣城……!」
「──あ、みんないる!」
土手の上から聞こえてきた声に振り返ると、沖田を探しに出ていた仲間たちが続々と到着する。そして眼下で沖田が小太りの男を睨み付けているのを見ると、あれが坂本龍馬なのだと即座に理解した。
「これは……!?」
「やはり坂本龍馬と一緒だったか!」
口々に呟き、依織たちは急いで土手を駆け下りて行く。
起き上がった坂本は真っ二つになったスパイクとボールを見比べ、冷や汗を掻きながら苦笑いした。
「こりゃあサッカーに命を救われたな……」
「──約束を忘れてもらっちゃ困るぜ、沖田総司」
沖田が顔を顰めながら刀を拾い上げていると、雷門イレブンが勢揃いした広場にふいに低い声が広場に降ってきた。
依織たちがやって来たのとは反対側の土手の上を見上げると、そこには白い羽織姿のザナークが佇んでいる。
「お前に力を与えたのは、サッカーで勝負させるためだ」
「ザナーク!」
「力を与えただと……? そうか、お前が沖田総司を……」
意味深なことを言い放つザナークに、剣城は剣呑な目を彼に向ける。道理で病人である沖田があんなに俊敏に動けるようになったわけだ。
「おまん、何で新撰組の格好をしとるがぜよ!?」
「ふふ、似合うだろう? 面白そうだから乗っ取ったのさ」
上体を起こしながら声を上げる錦に、ザナークは目を細めながら羽織の裾を広げる。よくよく見れば、彼の伴っている隊士たちも新撰組の者ではなく、浅葱の羽織を着たザナーク・ドメインの面々だ。
「──聞きたいことがある!」
ふと、そこでフェイが意を決したように話に割って入る。フェイは警戒する天馬や剣城たちの傍まで歩み出て、ザナークに問いかけた。
「あの劉備たちとの試合の時……あれは何があったんだ!?」
眦を吊り上げたフェイが険しい声で尋ねると、仲間たちはそう言えば、とザナークに挙って視線を向けた。
大きな爆発を伴うザナークの暴走。あの時は逃げることに必死で、どうしてあんなことが起きたのか考える暇もなかった。
するとザナークは、喉の奥で面白そうに笑う。
「そう言うと思ったぜ。……お前らに話すことなんざ、何もねえよ!」
確かに彼がフェイの言うことを聞いて、事の顛末を説明する義理も道理もない。小馬鹿にしたように吐き捨てるザナークに、フェイは腹立たしそうに顔を顰めた。
「さあ、勝負だ!」
声高に叫んだザナークは、スフィアデバイスを宙に放り投げた。光と共に広場にはサッカーフィールドのラインが描かれ、ゴールが現れると共にザナーク・ドメインたちの姿もいつものボディスーツへ変化する。
そして彼に力を与えられたと言う沖田の姿も、同じように赤と黒のボディスーツへと変化した。
彼は瞬く間に変わった自身の衣服に一瞬ギョッとしたものの、すぐさま正面の坂本を睨み付ける。
「……俺たちが勝ったら、坂本龍馬は渡してもらう!」
「俺っちが賭けの対象かい? そんじゃ出ないわけにはいかないなぁ!」
「おう! ダブル龍馬の力、見せてやるぜよ! なぁ、天馬!」
鼻息荒く立ち上がった錦に声を掛けられ、天馬は戸惑いながらも頷いた。
何やら予想以上に込み入った展開になってきたが、ここまで来たからにはやるしかない。あちらの選手は先程と同じく5人。ならば、こちらからも選手を5人選ぶ必要がある。
「沖田総司とサッカーバトルとはな……」
まさか力を借りようとやって来た人間と敵対するとは思っていなかった、とピリピリとした空気を放つ沖田を遠目に神童が呟いた。
そうは言っても、沖田が敵意を抱いているのは坂本1人だ。坂本がいない状況であればまだ話し合う余地が出来るだろうが、今は難しいだろう。
「沖田さんとはミキシマックスしなくていいの?」
「こんな状況で出来るわけないだろう!」
ところで、と言った風に黄名子が沖田を指差しつつ尋ねると、ワンダバはギョッとした様子で言い返した。
確かにここで横槍を入れれば、次に切り裂かれるのはスパイクではなくワンダバの綿の詰まった体に違いない。
あちらはザナーク以外、沖田をチームに加えた5人がフィールドに入り、雷門イレブンはそれに対し天馬と剣城、信助に錦、そこに坂本を加えたチームで戦う運びとなった。
「行くぜぇ……!」
エンギルのボールを受け、雷門陣内に切り込むのは沖田だ。
沖田はボールに触れるのも初めてのことだろうに、向かってきた天馬を電光石火の勢いであっという間に抜き去っていく。そしてそれは、沖田本人も驚くべきことであった。
「(球を蹴って走るなど初めてなのに、いとも容易く体が動く……! これがあの男の力なのか!?)」
力を得た沖田を起点にし、ザナーク・ドメインは着々と前線を押し上げていく。やがて数度のパスを経て、ついにゴール前に走り込んだ沖田へとボールが回ってきた。
「うおおおッ!!」
「おっと、そこまでだぜぃ!」
雄叫びを上げ、シュートを打とうとした沖田のボールをスライディングで掠め取ったのは坂本だった。
沖田は転がっていくボールを唖然と見送り、キッと坂本を振り返り睨み付ける。
「へへ、そう簡単にはやらせねえよ?」
「……ふん……!」
苛立たしげに鼻を鳴らし離れていく沖田に、嫌われてるなぁ、と坂本は頭を掻いた。
剣城はそんな坂本の言葉に、立ち去る沖田の背中を一瞥し、ぐっと唇を引き結ぶ。
沖田の勢いに気圧されはしたものの、雷門イレブンも負けてはいない。こちらはまだプレーに粗の目立つ坂本をサポートしつつ、果敢に敵陣へと攻め込んでいく。
「坂本さん、こっちぜよ!」
「おうっ!」
坂本からのパスを受け、錦はそれをダイレクトシュートで相手のゴールに打ち込む。しかしシュートコースを読まれたか、あっさりとボールは止められてしまった。
「くそっ!」
シュートを防がれた錦はいつになく悔しそうに声を荒らげる。その気迫はフィールドの外で戦いを見守る仲間たちにも伝わっていた。
「錦先輩、気合い入ってますね」
「ああ。憧れの坂本龍馬と一緒にサッカーをやってるんだからな」
感心した様子で呟く依織に神童が答えると、後ろで「私も選手だったらなぁ」と水鳥がぼやく。
フィールドでは依然、一進一退の膠着状態が続いていた。
「おめえ、中々やるなぁ!」
「貴様に負けるわけにはいかないんだ……!」
沖田は執拗とも言えるほど徹底的に坂本をマークする。坂本もそれに負けじと応戦するが、やはりここまでの長い時間を休憩もせず走り回るのは初めてなのだろう。
「龍馬さん!」息を切らし、ボールがラインの外に出るのと同時についにその場で立ち止まってしまった坂本に、天馬たちが駆け寄っていく。
「悪いなぁ、失敗ばっかりで……」
「いえ……沖田さんが徹底的に龍馬さんを狙っているからです」
「ああ。執念を感じるぜよ!」
とは言え、このままでは坂本のスタミナが尽きるのも時間の問題だ。
沖田を躱すにはどうするべきか──頭を捻っていると、ふいに「みんな!」とフェイがラインの外から声を掛けて来る。
「どうしたの、フェイ?」
「うん。沖田総司を躱す作戦を考えたんだ」
「作戦?」好奇心を刺激されたらしい坂本が、疲れていた目を輝かせる。天馬たちは手招きするフェイの元へと駈けよった。
そして二、三問答を交わし、天馬はゆっくりと瞬きをする。
「──というアイデアで、どう?」
「成る程な!いけるぜ、そいつぁ!」
「よし……やろう!」
頷き合った彼らは早速フィールドに散らばり、作戦の実行に移る。その様子を見たザナークは、楽しげに目を細めた。
「龍馬さん!」
「おう!」
天馬が坂本へボールを回すと、予想通り彼の前に沖田が飛び出してくる。
が、坂本はそこから動かない。沖田もこれには違和感を持ったのか、眉を顰める彼に坂本はふと口角を上げた。
「──そんなに欲しけりゃやるよ」
「何……!?」
そう言って、彼は言葉通りボールを沖田の足下に蹴って寄越す。まさかここに来て勝負を捨てたのだろうか、つい動揺を顔に出す沖田に、坂本は一笑を交え言った。
「見せてもらおうじゃねえか、新撰組一番隊隊長のお手並み……いや、足並みか?」
「……後悔するぞ」
相変わらず腹の底で何を考えているか分からない男だ、と内心毒づいて、沖田はそのままドリブルで坂本の横をすり抜けていく。
ゴールを守るのは信助ただ1人だ。そのままゴールとの距離を詰めていると、突然先程追い抜いた坂本が雄叫びを上げて沖田の進路を阻んだ。
「その程度なのかい?」
「く……!」
「──ボールを寄越せ!」
このままでは埒があかない。先に痺れを切らしたエンギルが声を上げながら2人に向かって走って行くと、沖田はそちらを肩越しに一瞥し撥ね除けるように叫ぶ。
「手を出すな! これは俺と坂本龍馬の勝負だ!!」
「っあァ!?」
激しい拒否に虚を突かれたエンギルは思わずその場で脚を止める。そしてそれこそが、天馬たちの狙いだった。
「へへっ、良い気合いだぜ。だがなぁ!」
「──リョウマ≠ヘもう1人いるぜよ!」
「なッ!?」次の瞬間、坂本が飛び退いた位置に錦が勢い良くスライディングで割って入る。
突然の横槍に反応する間もなく、ボールは沖田の足下からあっさり弾かれた。
「坂本龍馬を意識し過ぎぜよ!」
「決めろ、剣城!」
天馬が叫び、錦がカットしたボールを受け止めた剣城は即座に化身を発動させる。
「《剣聖 ランスロット》──『アームド』!!」
化身を身に纏った剣城のシュートは、キーパーの反応速度を超えるスピードでゴールネットに突き刺さる。
ザナーク・ドメインたちは1対0に切り替わったスコアボードを見上げると、深追いする気はないのか舌打ちをして次々と姿を消していく。
それと同時に広場にあったサッカーフィールドも消え、仲間たちは雷門イレブンが勝利を収めたことにホッと胸を撫で下ろした。
「は──う、ぐっ!」
そして、沖田の姿も元の羽織姿へと戻る。だが次の瞬間、胸と口元を手で押さえた彼は激しく咳き込んで、その場で膝を突いた。
「──どうだ? 少しはサッカーってやつが分かっただろう」
時代に似付かわしくない機械音に振り返ると、いつの間にかザナークが赤いバイク型のタイムマシンに乗り込んでいる。
「っ俺を、試したのか……!」
「ま、そんなところだな。中々面白かったぜ?」
「ふざけちょる……サッカーを何だと思っちょるぜよ!!」
沖田を気遣わしげに見遣っていた錦は、怒りに顔を赤くして声を荒らげた。ザナークはその問いには答えず、あばよ、と一言言い残しバイクに乗ってどこかへと走り去って行った。
流石にあれには追いつけない。天馬たちはザナークを悔しげに見送った後、ハッとして沖田の元へと駆け寄った。
「お、沖田さん……」
しかし、親交を深めていた坂本と敵対している人物となると声を掛けるにも掛け辛い。咳き込み続ける沖田と逡巡する天馬たちとを見比べて、坂本は額を掻きながら言った。
「……じゃ、俺っちも失礼するぜ」
「!! そうはさせ──っう」
沖田はハッと顔をそちらに向けるが、やはり体が辛いらしい。言葉尻は苦しそうな咳に掻き消されていく。坂本はそんな沖田にどこか申し訳なさそうな顔をしていた。
「大事な用があるんでね。……サッカー楽しかったぜ、ありがとよ」
そう言い残し、坂本は手を振りながら今度こそその場を去って行く。
尚も咳の止まない沖田に、天馬はハッとして彼の傍にしゃがみ込んだ。
「お、沖田さん! 大丈夫ですか……!?」
「しっかり!」
そこへ対岸から走ってきた葵が沖田の脇に膝を突き、彼の背中を摩る。規則的な手当の動きにそれで落ち着きを取り戻したこともあったのだろう、咳はやがて止まり、沖田はようやく十分な空気を肺に取り込んだ。
「けほっ……ありがとう、少し楽になった……」
「こんな体でサッカーをしていたのか……」
先程までとは一転して顔色の悪くなった沖田を、神童は信じられない気持ちで見つめる。
『ザナークの力で無理矢理体を動かした為、急激に体力を奪われたのだろう』
「そんな……何ちゅうことぜよ!」
中空に浮かび上がりながら冷静に分析する大介に、錦は思わずザナークが走り去った方角を睨んだ。勿論、そこには彼の影も形も残っていない。
「あなたは、何の為にそうまでして……」
ふと、剣城は何かを噛み締めたような複雑そうな表情で沖田を見下ろして問いかける。
しばし考え込んだ沖田は、ややあって愛刀を杖代わりにして立ち上がった。少し冷たい秋風がどこかの山々から紅葉を運び、汗の流れた頬を冷やしていく。
「俺は──もう長くは生きられない」
「!」
零されたのは、自身の死の宣告だ。表情を強張らせた天馬たちに、彼はこう続ける。
「坂本の企てが成功すれば、幕府は消滅する。幕府を守ることが、我ら新撰組の使命……ならば、この命尽きる前に、坂本龍馬を討つ!」
病の身であるというのに、その言葉には強い覚悟と執念が滲んでいた。
気迫に押され、返す言葉の出ない剣城の目に一瞬──沖田の姿と、見慣れた人物の姿が重なる。
「俺は屯所へ戻る。君たちも……坂本の仲間でないと言うならば、早くここを去った方が良い」
そう言って、沖田はまだどこか覚束ない足取りで広場を去って行く。少しずつ遠ざかって行く背中を見つめ、依織は気遣わしげに眉を顰めた。
「沖田さん、あんな様子でちゃんと屯所に戻れんのかな。……剣城?」
「……ああ……」
ふと感じた違和感に隣の剣城を見上げると、一拍遅れて声が返ってくる。だが、その返事もいつもよりもどこか覇気がない。
依織は何か言い掛けた口を噤みんで数度睫毛をしばたかせると、そっと目を伏せて風に吹かれる前髪を押さえた。