動けなくなった沖田を雷門のテクニカルエリアへ移動させ、剣城と天馬はそちらを気にしながらフィールドへ戻る。
葵や茜に介抱される沖田は、申し訳なさそうにそれを受け入れていた。
「どこからでも掛かってきな。後半も軽く遊んでやるぜ」
「サッカーを舐めよって……! わしが本当のサッカーを教えてやるぜよ!!」
人が1人倒れたと言うのに、ザナークは全く悪びれる様子がない。手招きして挑発するザナークに、錦は腹立たしげに顔を顰める。
「まずは1点、返していこう!」
「おう!」
仲間を鼓舞する天馬から視線を外し、剣城はもう一度沖田の方を窺った。
体調は一先ず落ち着いたのか、顔色は悪いものの沖田は杖代わりにした刀に寄りかかるようにしてベンチに腰掛けている。先程剣城に掛けられた言葉について考えているのだろうか、難しい顔をしていた。
法螺貝が鳴り響き、剣城からのボールを受けたフェイが早速ドリブルで切り込んでいく。
「フェイ!」
「うん!」
声掛けを受け、フェイはボールを天馬へ回す。天馬はすかさずそれを前方の太陽へと回した。
「龍馬さん!」
「おうよ!」
太陽からのパスを受け、坂本が切り込んでいく。
しかし、プレーが上達したとは言えやはり坂本が技術でザナーク・ドメインに勝てるはずがない。あっという間にボールは奪われ、ザナーク・ドメインに攻撃権が移ってしまう。
「抜かせるか! ハンターズネット!!」
ボールを受けたゴブリスに待ち構えていた狩屋が必殺技を繰り出すが、それを容易く破ったゴブリスはサイドを駆け上がってきたエンギルへボールを回した。
まるでわざと雷門陣内を引っかき回して遊んでいるようなプレーだ。否、果敢に向かって行くも中々ボールを奪えない雷門イレブンを、実際に嘲っているのだろう。
思うようなプレーの出来ない選手たちに、ベンチで見守るマネージャーたちもじわじわと焦りを覚え始めていた。
「これじゃあ前半と同じじゃねえか!」
「やはりザナーク・ドメインに勝つには、坂本龍馬と沖田総司の力が必要だということか……だが龍馬の方は……」
焦燥を口にする水鳥に難しい顔で唸って、ワンダバはフィールドを走る坂本を一瞥する。
錦は坂本とのミキシマックスに一度失敗している。あれからたった数時間、2人の心に何か大きな変化でも起きていない限りミキシマックスは成功しないだろう。
沖田の方はまだこちらに完全に心を許していないことを考えると、失敗することは目に見えている。
「どうした、俺たちにサッカーを教えるんじゃなかったのか?」
「ぐっ……!!」
たっぷり雷門イレブンを翻弄し、小馬鹿にしたように吐き捨てたザナークに錦は歯を食い縛る。
「3点目だ、決めろラセツ! 勝負を決めた後、じっくり痛めつけてやるぜ……!」
そう言って、ザナークはボールを高く蹴り上げた。
これが通ってしまえばゴールを守れるのはキーパーしかいない。信助が緊張を隠し切れない表情で身構えた次の瞬間だ。
「──らぁッ!!」
「なっ!?」
前線から駆け戻っていた剣城がラセツの進路に飛び込み、ボールをカットする。仲間たちはホッと胸を撫で下ろした。
「いいぞ、剣城!」
「ふん……まだそんな気力が残ってたとはな。シンジャミ、ゴブリス!」
ザナークの指示を受け、選手が2人剣城へ向かって突進していく。
「剣城下がれッ!!」
突如として後方から張り上げられた依織の声に、剣城は目を見開いた。
だが、方向転換するには間に合わない。その瞬間、2人掛かりの躊躇のないタックルに剣城の体は大きく弾き飛ばされ、フィールドを転がって行く。
普通にボールを奪おうとしただけではあんな突き飛ばし方にはならない。間に合わなかった、と依織はニヤついているシンジャミとゴブリスを怒りの滲む目で睨み付けた。
「今のはわざと……! 汚いぜよ!!」
「この俺のやり方に文句は言わせねえ。俺がルールだ……!」
吼える錦に、ザナークは高慢な態度を崩さない。
だが剣城はまだ諦めていなかった。反動を付けて素早く起き上がった彼は、即座にスライディングを仕掛けてシンジャミからボールを奪い返す。
「サッカーは守ってみせる……!!」
「剣城……!」
後方から天馬たちが追走するが、集中した剣城の耳にはその声が届いていないようだった。
ドリブルで切り込み、弾き飛ばされては再びボールを奪い返し、また突っ込んではを繰り返す度に傷が増えていく。あのままでは体が保たないだろう。
「剣城!」
天馬や依織がフォローに入ろうとするが、マークがしつこく剣城に近寄ることも出来ない。
──傷だらけになっても尚、1人ゴールへと向かっていく剣城の姿を、沖田は静かに見つめていた。
「(力の全てを懸けて向かっていく。それが君の大切なものへの思い……救いたいという思いなのか)」
見ている者の魂すら揺さぶるような、熱い思いが痛いほどに伝わってくる。
──それなのに、慶喜たちにはまるで響いていないように見える。ただただ、この戦いを薄ら笑いを浮かべて眺めているだけだ。
あれが自分の守ってきたものなのか。あまりの温度差に、沖田は知らずと唇を噛み締めていた。
「──うああッ!!」
「剣城ッ!!」
一際大きく剣城の体が撥ね飛ばされる。依織の悲痛な叫びに、沖田はハッと倒れた剣城を見た。
マークを無理矢理引き剥がした依織は、急いで剣城に駆け寄り彼に助け起こす。ボールは剣城の足下に転がったままだったが、ザナーク・ドメインたちはすぐには行動せずニヤニヤとした笑みを貼り付けて2人を眺めていた。
「沖田さん……貸して下さい、あなたの力を……稲妻のように素早く切り込む、電光石火のスピードを……!」
負けるわけにはいかない。自分の為に、兄に報いるために、そして彼女を守るためにも。依織の肩を借り、上体を起こした剣城は息を切らして声を絞り出す。
体は生傷だらけで痛々しく、体力も底を突く間際だろうにも関わらず、沖田に向けられた瞳には強い闘志が宿り続けていた。
「俺たちは守らなきゃならないんです──大切なものを!!」
「!」
トドメだ、と言うように口角を上げたザナークが、剣城たちを顎で指す。
一斉に突っ込んで来たザナーク・ドメインに、依織が反射的に剣城を庇うようにして立ち上がったその時だ。
「──俺の力を使え!! それで君の大切なものが救えるのなら!!」
突然立ち上がった沖田が、フィールドに向かって声を張り上げる。
『今だ! 剣城と沖田をミキシマックスだっ!!』
「ぃよおしッ!!」
大介が叫ぶのとほぼ同時に、ワンダバが素早くミキシマックスガンを装着し標準を2人に合わせた。
眩い光線が放たれ、2つの魂が重なり合う。
「──剣城?」
衝撃波に目を塞いでいた依織は、そろりと目蓋を開けて剣城の方を窺った。舞い上がった砂埃が晴れ、その姿が露わになる。
白磁の肌は浅黒く、髪は桔梗の色へ。研ぎ澄ました刃のように鋭い眼光はそのままに、ミキシマックスを果たした剣城が凜とした佇まいでそこにいた。
「沖田さん……あなたの力、使わせてもらいます!!」
驚きに目を見開いていた沖田は、笑みを浮かべて小さく頷く。
ホッとした様子の依織に目配せをして剣城はボールを押さえると、一息に地面を蹴り出した。
それは文字通り瞬きの間。正に電光石火の勢いで向かってきていた3人を抜き去った剣城は、そのままゴール前へと飛び出していく。
呼吸を整え、精神を凪のように統一し──引き絞った力を解き放つ。
「──菊一文字!!」
一閃、鋭い斬擊のようなシュートはゴールを守るシュラを斬り伏せて、ゴールネットを揺らした。
これでようやく1点を返した。喜びに沸く雷門イレブンたちの声を聞きながら、沖田は晴れやかな気持ちでまだそこに佇んでいた。
「(俺は今日、はっきりと分かった。守るべきものが何なのか……ならば残り少ないこの命、その守るべきものにこそ捧げよう)」
刀の柄を握り締める沖田の表情の変化は、フィールドからもよく見えた。宿敵の穏やかな笑みに、坂本もまた満足そうに口角を上げる。
「成る程……これが新撰組一の使い手、沖田総司の力か。だが所詮は悪足掻き! 俺の敵じゃないぜ」
点を返したと言えど、まだ雷門が勝つには2点追加点を取らねばならない。ザナークの表情からもまだ余裕が消える気配はない。
だが、雷門が本領を発揮するのはここからだった。
「今度は止める! ハンターズネット《V2》!!」
再びドリブルで切り込んできたゴブリスに、狩屋が必殺技を繰り出す。宣言通り、見事ゴブリスからボールを奪った狩屋にザナークの眉が怪訝そうに持ち上げる。
「どういうことだ……!?」
先程と条件が大して変わったはずでもなし、何故今度は進軍を防がれたのか──瞠目するザナークは知らない。
雷門イレブンはいつだって逆境をバネにして戦ってきた。苦難に耐え、活路を見出し、全てから解放された瞬間、彼らの力が飛躍的に上がることを。
「剣城と沖田さんの思い、無駄にはしない!!」
「調子に乗ってんじゃないよ! スクリュードライバーッ!!」
激昂と共に繰り出されたヤシャの必殺技が、ドリブルしていた天馬を弾き飛ばす。ボールはパスを繋ぎ前線へと運ばれ、あっという間にゴール前のラセツへと届く。
「3点目だ……! オーガブレイド!!」
「雷門のゴールは僕が守る!! 《護星神 タイタニアス》──『アームド』!!」
小さな体を鎧に包んだ信助が、ラセツのシュートに飛び掛かっていく。体全体を使ってボールを押し込んだ信助に、ザナークは目を大きく見開いた。
「俺たちのシュートが止められただと……!?」
──刹那、ふいに体の内側から何かが膨れ上がるような感覚に、ザナークは一瞬息を詰める。
「今のは……」
今の息苦しさは身に覚えがある。顔を顰めている間に、信助は天馬へ向かってボールを投げていた。
舌打ちしたザナークはその息苦しさの正体に目星を付ける間もなく、跳躍してボールが天馬に届く前に奪い去っていく。
「認めねえ──俺たちが押されるなど!!」
「行かせるか! ミキシトランス、『ティラノ』!!」
ドリブルで上がっていくザナークに、すかさずミキシマックスしたフェイが向かっていく。
しかしザナークはそれを羽虫を払うような容易さでなぎ払い、フェイは地面に叩き付けられた。
「フェイ!」
「ミキシマックスが……!」
最早ティラノのミキシマックスではザナークは止められないのか。フェイは起き上がりながら、見る見る内に遠くなるザナークの背中を睨む。
ザナークはそのままディフェンスラインを守っていた霧野や坂本も撥ね飛ばし、ゴールまでの距離を確実に詰めていく。
そんな彼の進行方向へ飛び出したのは錦だった。
「力と力の真っ向勝負! 嫌いじゃないぜよ!!」
「貴様などに止められるかァ!!」
吼えたザナークは、向かってきた錦を強引に撥ね飛ばして突破する。信助はそれを気にする余裕もなく、来たる衝撃に腰を深く落とした。
「ザナーク・ドメインの力、思い知らせて──……」
──ドクン。
その瞬間、彼の中で『何か』が一際大きく脈打った。