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何か大きな力が、体の内側から膨れ上がっていく。
その正体を考えるよりも先に気合いでどうにか打ったシュートは、身構えた信助の想像を裏切る弱々しいものだった。

「えっ……?」
「う、ぐっ──おおおおッ!!」

刹那、ザナークの体から爆発するような凄まじい力の奔流が、目に見える形で溢れ出した。
突然のことに、ザナークを追い掛けていた坂本は咄嗟に脚を止めて後退る。

「な、何が起きてんだ!?」
「あの時と同じだ!」

瞠目したフェイの言う通り、その光景は孔明の庭を更地へ変えた時のものと同じだった。
苦悶の叫び声を上げるザナークの体から、より強い光が漏れ出て固まり、形を成す。
化身だ。しかしそれは、前回見た姿とどこか様子が違う。

「化身が……!?」

本人の意志とは無関係に突如現れたゾディアクは、鎖のようなもので雁字搦めにされている。今まで見たことのない異様な光景に、天馬はゾッとするものを覚えながらゾディアクを見上げた。
既に試合どころではなく、ザナーク・ドメインもまたザナークの異変に唖然として彼を見つめている。

「か、体、が……ッ!!」
「!! ザナーク!」

溢れ出る力を制御できず、苦しみ喘ぐザナークに飛び出して行ったのは、彼の仲間たちではなく錦だった。

「今助けてやるぜよ! 《戦国武神 ムサシ》!!」

顕現されたムサシは、手にした刀をゾディアクに向かって力強く振り下ろす。
鋼の刃が鎖を一刀両断すると、不思議なことに溢れ続けていた闘気は嘘のように落ち着き、戒めから放たれたゾディアクもまた静かに空へと消えていった。

「ぐ、う……」
「大丈夫かっ?」

その場でがくりと膝を突いたザナークに、ムサシを解除した錦が声を掛ける。ザナークは息を整えながら、信じられないものを見る目で錦を見た。

「何故だ……何故俺を助けた!」
「決まってるぜよ! おまんと最後まで戦う為じゃ。わしらの目的は、サッカーで勝つことぜよ」

真っ直ぐな目で答える錦に、ザナークは何も言わなかった。否、言えなかったのかもしれない。少なくとも、今まで彼の周りには打算も思惑もなく他人を助けるような人間はいなかったのだ。

「あいつ、その為に敵を助けたのか……何て奴だ!」

その様子を遠目から見ていた坂本は、目を輝かせて感嘆の声を漏らす。それを大介は聞き逃さなかった。

『今だ! 錦と坂本龍馬をミキシマックスだ、龍馬が認めた心の広さ、それがあれば必ず成功するはずだっ!』
「ぃよおし、もいっちょ行くぞぉ!!」

声を張り上げた大介にワンダバが再度ミキシマックスガンを構える。
引き金を引き、つい先程見たのと同じ光線が宙を走って錦と坂本を繋ぐ。大介の予想通り、ミキシマックスは今度は失敗しなかった。

「おお!」
「錦先輩、やった!」

長い弁髪が夜闇に溶ける紺色へと変化して、前髪が逆立つ。ミキシマックスを果たした錦に、ベンチのマネージャーたちが歓声を上げた。

「それがお前の新たな力か……」

ゆっくりと立ち上がったザナークは、正面から錦を見据える。その表情は、今までとどこか違って何か清々しいものに見えた。

「受けて立つぜ!! ミキシトランス、『曹操』!!」
「行くぜよ!!」

「錦先輩!」信助からのボールを受け取った錦は、立ちはだかるザナークに真正面からぶつかっていく。

「クロシオライド──!!」
「ぐわッ!?」

錦の足下から水柱が噴き上がり、巨大な波を伴う龍へと進化する。波の勢いに吹き飛ばされたザナークを飛び越えるように突破していった錦は、向かってきたメイスも軽々と抜き去った。

「神童ッ!」
「ああ! ミキシトランス、『信長』!!」

ゴール前で錦からのパスを受け取った神童は、すかさずミキシマックスを発動させた。呼吸を整え、練り上げた闘気を一気に解き放つ。

「──刹那ブーストッッ!!」

DFたちが反応する隙もなく、放たれたシュートはシュラの体ごとゴールに押し込まれる。
これで2対2の同点だ。錦と神童は言葉こそ交わさなかったが、力強く頷き合った。

「同点か……だがこの試合、負けるわけにはいかねえんだ。エルドラドのクソジジイ共の為じゃねえ、俺のプライドが俺自身を許さねえんだッ!」

拳を握り締めたザナークの目に、ここでようやく明らかな闘志が宿る。相手を徹底的に甚振り、破壊するという今までの享楽的な思考ではない。──相手に負けたくないと言う、強く願う心だ。そしてそれは、彼をリーダーとする仲間たちも同じだった。

「行け、メイス!!」

法螺貝が鳴り響き、ザナークは力一杯ボールを前線へ送り出す。

「行かせないよ!」
「っバンジースラスト!!」

向かってきたフェイを必殺技で吹き飛ばし、メイスは更に前進する。その進路へ、小柄な人影が飛び出した。

「もちもち黄粉餅〜〜っ!!」

「行くやんね、フェイ!」投網の要領でボールを奪い取った黄名子は、それを再び前方へと押し戻す。パスを受けたフェイは、既にミキシマックスをしていた。

「古代の牙──!!」
「サンドカッター!!」

放たれたシュートが砂鉄の刃で切り裂かれる。返す刀でボールは雷門陣内へと運ばれ、あっという間に最前線のラセツへと届く。

「オーガブレイド!!」
「ミキシトランス、『劉備』!!」

ミキシマックスした信助がシュートを止め、ボールは即座にフィールドに投げ入れられた。
惜しみなく繰り出される必殺技の応酬に、試合の熱が加速する。両チーム共に、試合が終わるその瞬間まで力を振り絞る。

「(これがサッカーなのか……)」

雷門のベンチで試合を見守る沖田は、いつの間にか自分がこの戦いの観戦を心から楽しんでいることに気が付いた。
マネージャーたちを挟んで近くに座っている中岡も、すぐ傍に沖田や慶喜たちがいることも忘れ息つく間もない試合を興奮の面持ちで応援している。

「ワンダートラップ!!」

ここで天馬がザナーク・ドメインの包囲網を完全に突破した。ボールはフェイへ渡り、今度こそ、ともう一度ミキシマックスしたフェイは再びシュートを放つ。

「サンドカッター!!」
「! また止められた……!」

後半二度目の古代の牙は、繰り出された必殺技を砕くところまではしたもののゴールに入る余力はなかった。
──だが、弾かれたボールはまだ生きている。

「任せるぜよ!!」

ボールを押さえた錦は、そのままドリブルで前線を押し戻した。その前方へザナークが飛び出してくる。

「ゴールは決めさせないぜ!! 《魔界王 ゾディアク》──『アームド』!!」

召喚された化身は解放された翼を大きく広げ、光の粒子になりザナークの体へ纏わり付いていく。黒い鎧姿へ変貌したザナークに、錦も負けじと闘気を放出させた。

「《戦国武神 ムサシ》! 『アームド』ぉッ!!」

錦の熱意に応えた化身は、彼を守る武神の鎧へと変化する。
やったぜ錦、とこの土壇場で化身アームドまで成功させた錦に拳を振り回すのは水鳥だ。

「来いッ!!」
「ぬおおおらぁっ!!」

気迫と共に放たれたシュートを、ザナークの振り抜いた脚が捉える。
凄まじいパワーに衝撃波が巻き起こり、それを止めるために振り絞られたザナークの力は遂に底を尽きた。

「──ぐあぁッ!」

化身を顕現する力を使い切ったザナークのアームドが解除され、その瞬間押し止められていたシュートはゴールに向かって真っ直ぐに突き刺さる。
3点目、雷門の勝ち越し点だ。
倒れたザナークがゴールを振り返ったのを最後に──タイミングを見計らったかのように法螺貝の音が秋空に響き渡り、試合が終わった。

「ザナーク!」
「……負けたか」

錦が真剣な声で呼びかけると、ザナークは存外落ち着いた様子で振り返る。

「まぁいい、今日のところは認めてやるぜ」
「そう言うと思ったぜよ」

それはザナークが度々口にしていた台詞だった。一笑したザナークがスフィアデバイスを起動すると、彼の仲間たちは次々にタイムマシンへと収容されて姿を消す。
たった1人広場に残ったザナークに天馬たちは警戒を解かず詰め寄った。

「サッカー禁止令を解除しろ!」
「円堂監督を返せ!」
「エンドウってのはこの石のことだろう?」

そう言ってザナークが懐から取り出したのは、アザレアピンクのやや透明がかった石だった。石の内部には『C』に似た刻印のようなものが刻まれている──クロノストーンだ。

「円堂監督がクロノストーンに……!?」
「ほらよ」

短く言って、ザナークはそれを軽く放り投げた。宙を舞うそれに、天馬が慌てて手を伸ばそうとしたその時だ。

「あっ!?」

突如、両者の間に割って入るようにして現れたローブを着た人物が、円堂のクロノストーンをキャッチする。
その人物は何か言葉を発することもなく、現れた時と同じようにして一瞬で光と共に姿を消してしまった。

「なっ……え、円堂監督……!」

影も残さず消えた謎の人物に狼狽えるのも束の間、ふいに耳に届いたエンジンの音に天馬たちがハッとそちらを見ると、丁度ザナークが愛機に乗り込みその場から飛び去るところだった。

「あっ、あいつ! 最初から渡すつもりなんてなかったのかよ!?」
「いや……多分、違うと思う」

地団駄を踏む狩屋に、眉間に皺を寄せて言うのは依織だ。

「私には少なくとも、ザナークはクロノストーンを渡すつもりに見えたよ。あのローブの奴が何なのかは分からないけど……」
「わしも鷹栖と同じ意見じゃ! 潔く負けを認めた男が、あんなせせこましいことをするとは思えん!」
「依織ちゃんはともかく、錦先輩のその敵に対する信頼は何なんですか……」

呆れる狩屋に、「ただの勘ぜよ!」と錦は豪快に言い切る。
何にしても、雷門イレブンは円堂とサッカーを取り戻すまたとないチャンスを失ったのだ。

「勝ったのに……ザナークを倒したのに! サッカーも、円堂監督も取り戻せていない!」
「ああ……彼らはエルドラドの正式なチームじゃないんだ。エルドラドによって差し向けられたようだけど、本来の戦力じゃない」

落胆と憤りに声を荒らげる天馬に、フェイは冷静に答える。

「だったら、どうすれば良いの!?」

眉を下げて食い下がる天馬に、フェイは思考を止めぬまま言葉を選びつつ続けた。

「もし今の僕らが、エルドラドを倒せる力を身に付けているのなら……未来に乗り込んで戦うことになる」
「み、未来に乗り込むの?」

今まで過去の世界を行き来はしていたものの、未来の世界に行ったのは大介のノートを取りに行った時の一度きり。その時のメンバーには含まれていなかった霧野たちの表情にも緊張が滲む。

動揺する天馬たちを後目に、目的を果たした坂本と中岡は慶喜たちのいる広間に乗り込んでいた。

「慶喜公! 約束じゃ、大政奉還しとおせ!!」
「……仕方あるまい」

声を張り上げる坂本に、慶喜は至極冷静にそう答えた。上様、と老中が驚いたような声を上げる。

「行くぞ」
「はっ……」

そのまま立ち上がり、しずしずと奥の間に去って行く慶喜と側近たちを、坂本と中岡はポカンとした顔で見送った。
──大政奉還を認めることは初めから慶喜の思惑通りであったことを、彼らは今後起こる激しい争いの中で知ることとなる。

「負けちゃったのに。あんまり悔しそうじゃないね?」
「でも歴史では、この後幕府は滅びることになる。これによって、歴史は今の日本に向かっていくんだ」

不思議そうに首を傾げる信助に、神童が考え深げに呟く。一時はどうなることかと思ったが、自分たちは無事に日本の大きな転換期を守ることが出来たのだ。

「うおおーッ! 新しい日本が始まるぜよぉ!!」

一方、我に返った坂本は興奮した様子で叫ぶと、広間から飛び降りてがっしりと錦の手を両手で握り締めた。

「これもおまんらのお陰じゃ! しぇいく、はんず! ありがとうぜよ〜!!」
「あ、ああ……」

流石の錦もこの勢いには押されるようで、手をぶんぶんと振られながら苦笑いする。て言うか、と先程から気になっていたことを口にするのは狩屋である。

「何でさっきからぜよぜよ言ってるんですか?」
「あ、ああ。これか? 俺っちの故郷では、これが方言ぜよ。でも京に出てから何となく恥ずかしくて……故郷の言葉を隠してたぜよ」

そう言って、坂本は照れ臭そうに苦笑いする。方言が丸出しでは薩摩の人間だと分かってしまうしな、と言うのは中岡の弁だ。

「けど、こいつに会ってそんなのちっぽけなことだと分かったぜよ! 敵をも助けるあの大きさ、俺っちもこれからは、ぜよぜよ誇りを持って言うことに決めたぜよ!」

そう言うことですか、と狩屋は隣にいた太陽と顔を見合わせて笑う。確かに、近年メディア化されがちな坂本龍馬が標準語だと、何だか違和感があるかもしれない。

「それともう1つ決めたことがあるぜよ。毎日サッカーして痩せる!」

そう宣言した坂本は、着物の袷に片腕を突っ込んで格好を付けた。天馬たちは見覚えのある立ち姿に、あっと声を漏らす。

「そのポーズ……!」
「ふふん、おまんらが見せてくれた写真ぜよ。あれが未来の俺っちなら、期待を裏切るわけにはいかんじゃろう!」

豪快に笑う坂本に、「道のりは遠そうだけどな」と中岡が苦笑気味に肩を竦める。
──その様子を、沖田は少し離れた場所から静かに眺めていた。
それに気付いた剣城は仲間の輪からそっと離れると、彼に歩み寄っていく。

「感謝します、沖田さん。あなたの力を借りることで、俺たちは大切なものを守るために戦えます」
「……こんな俺の力が役に立つというのか」

頭を下げる剣城に、沖田はそう零す。それは先程聞いた言葉と似てはいたが、自虐的な声音ではなかった。

「寧ろ、礼を言いたいのはこっちの方だ。俺にも、今の幕府が腐りきっていたことは解っていた」

日の光に煌めく二条城を眺め、沖田は独り言ちるようにそう呟く。

「なのに、その幕府を守ろうと……自分の生きた証を残すために、焦っていたのかもしれないな。だが、そんなことよりも大切なことがあると解った」
「大切なこと……?」

ゆっくりと瞬きした剣城が聞き返すと、緩やかな風が2人の間をすり抜けていく。舞い上がる紅葉を見上げ、沖田は穏やかに微笑んだ。

「自分は生きている≠ニ、自分自身が実感出来ていたのかと言うことだ。君たちのお陰で、俺は生きていると感じた。──ずっと忘れていた気持ちだ」

ありがとう──そう言って沖田は小さく、しかし丁寧に頭を下げたのだった。






「どう言うつもりだ!? 何故あんな真似をした!!」

時を同じくして、二条城から遠く離れた林の中。ザナークはローブの人物を激しく問い詰めていた。

「これは必要なもの。君はこの石の本当の価値を解っていない」

怒りを露わにするザナークに動じることなく、ローブの人物は円堂の封印されたクロノストーンを持ち上げる。

「──それに、やはり君は自分の力を理解していないようだ」

降って沸くように聞こえてきたのは、涼やかな少年の声だった。
ザナークが辺りをサッと見回すと、ローブの人物の仲間だろうか、背後にあった紅葉の木から見覚えのない少年が軽やかに飛び降りてくる。

「っ何だと……? 俺のあの力のことが分かるのか?」
「勿論だよ。君は僕らと同じ才能≠持つ者だからね」

才能? と、ザナークは怪訝そうに眉根を寄せる。分厚いゴーグルのせいでその表情は読みにくいが、逆立った白い髪のその少年は確かに笑みを浮かべて頷いた。

「そう──それは『フェーダ』の一員となる資格」

口唇を上げ、少年は楽しそうに言う。訝しげなザナークの渋面が、彼のゴーグルのレンズに鈍く反射していた。