58

一晩の休息を経て、雷門イレブンは部室棟に集結していた。
いつもであれば、次は誰のオーラを手に入れにどこの時代へ行くのか、とまず議題が上がるのだが、今回ばかりは勝手が違う。

「僕らはザナーク・ドメインを倒した。けど、彼らはエルドラドの正式なチームじゃなかったんだ」
「だから、円堂監督もサッカー禁止令も、元に戻せなかった……」

フェイが語るのは、昨日あった出来事のおさらいだ。
納得と落胆の入り交じる複雑な表情で、天馬は呻くように呟く。

「ちっ、無駄骨かよ!」
「だったら、どうすれば良い?」

苛立たしげに舌打ちする水鳥とは対照的に、冷静に次の手を促すのは剣城だ。フェイは硬い表情で頷いて続ける。

「昨日も少し話したけど……ここまで来ると、エルドラドを倒して歴史の改変を無効にするしかない。そのためには、エルドラドが持つ最強チームを上回る力が必要なんだ」
「最強チームって……今までのチームよりもっと強いってこと?」

強張った顔になる信助に釣られ、仲間たちの話を聞く姿勢もやや前のめりになる。ワンダバは空咳で喉を──整える必要があるのかは甚だ疑問だが──整えて、切り出す。

「ああ……プロトコル・オメガよりも、ザナーク・ドメインよりも、遥かに強い最強のチーム。その名は──」
「『パーフェクト・カスケイド』じゃ!」

ワンダバの真剣な声音を遮ったのは、最早聞き慣れた嗄れ声だった。

「アルノ博士!」
「フェイ、マズイことになったぞ」

例の如く音も無く唐突に現れたアルノは、しかし今までになく真剣な目をフェイに向ける。

「マズイこととは……?」
「奴ら、いよいよそのパーフェクト・カスケイドを投入してくるようじゃ」

何だって、とワンダバが円らな目を怪訝そうに歪めた。
初めて聞く名前に、天馬たちは顔を見合わせる。アルノはそのまま話を続けた。

「ザナーク・ドメインが倒されたことによって、エルドラドは警戒を強めサッカー禁止令のインタラプトをパーフェクト・カスケイドによってガードした」
「つまり、奴らを倒さなければサッカーは取り戻せない……!」

眉間に皴を寄せ、唇を噛むフェイに天馬は思わず不安に駆られてそっと尋ねる。

「その、パーフェクト・カスケイドってそんなに強いの……?」
「うん、相当に……」

深刻な顔で頷くフェイに、天馬はゴクリと唾を飲み込んだ。これまでの敵相手にも散々苦渋を味わい乗り越えてきたが、それ以上の強敵が待ち構えていると言うのだ。

「逆に言えば──そのチームに勝てばサッカーを取り戻せる。そう言うことですね?」
「そうじゃ」

落ち着き払った神童の言葉に、天馬はハッと顔を上げる。頷いて肯定こそしたアルノだったが、その表情は決して優れない。

「だが、これまでの敵とはワケが違う。サカマキトグロウと呼ばれる有能な司令官に率いられた、全てに置いてパーフェクトな部隊──故にパーフェクト・カスケイドだ」
「めちゃくちゃ強い、って以外の情報がねえな……一体どんな奴らなんだ?」

腕を組み言うワンダバに、依織が訝しげに顔を顰める。

「アルノ博士、そのパーフェクト・カスケイドって──あれ?」

何はなくとも、余りに情報が少なすぎる。天馬が更に情報を聴こうとアルノを振り返った時には、既に彼の姿はそこになかった。
肩を落とした天馬は次にフェイやワンダバを振り返るが、2人は渋い顔をしたままである。

「僕もワンダバも、それ以上詳しいことは分からない。ただ、彼らが出てきたとなればこれからもっと厳しいことになるはずだ」
「そんな……」
『話は聞かせてもらった!』

重たい空気の中、突然話に割って入ったのは大介だ。

『手強い相手が来るのなら、ここからは本気を出して行くぞ!!』
「今までは本気出してなかったのか?」

呆れた様子の水鳥のツッコミを無視し、大介は子供たちが見渡せる位置にまでふわりと飛び上がる。

『では、時空最強のイレブン次なるターゲットを発表する! 8の力、太古の力を宿しその牙の力は海を割る。ダイナミックミッドフィールダー──そう……例えて言うならずばり、恐竜だ!』
「恐竜ッ!?」

次はどんな偉人の名前が飛び出してくるのかと身構えていた一行は、ギョッと驚愕の声を上げた。

「恐竜、って……あの恐竜ですか? がおーって吼える??」
「最強イレブンって人間じゃねえのかよ……」
「ま、まぁ強そうだしいんじゃね?」
「そんなんで良いんでしょうか……」

顔を見合わせ口々に困惑を露わにする天馬たちだったが、それを他所に爛々と目を輝かせるメンバーが一人いる。信助だ。

「恐竜とミキシマックス! カッコいい〜〜!! どんな恐竜なんですか? スピノサウルス? イグアノドン? プテラノドンも良いですよね!?」

その場で跳び上がらん勢いで大興奮している信助に、マネージャーたちは苦笑いする。

「信助、テンション上がってるね……」
「男って恐竜好きだよなァ」
「恐竜ですよ、恐竜! スゴイんですよ!?」

熱量の釣り合わないマネージャーたちへ滾々と恐竜の凄さについて語る信助を尻目に、でも、と天馬は首を傾げた。

「恐竜のオーラなら、フェイがティラノサウルスを持っています。それじゃダメなんですか?」
『それでは不十分だ。最早敵の力はフェイの力を凌いでいるからな』

気遣いを抜きにスッパリと言い切る大介に、フェイは悔しげに俯いた。その横顔を、黄名子が気遣わし気にそっと見遣る。

『ティラノサウルスよりも更に狂暴で、パワーのあるオーラが欲しい!』
「そんな恐竜がいるんですか?」

この場にいる誰よりも恐竜に詳しいと自負している信助でさえも、そんな恐竜は中々ピンとこない。ううん、と唸って大介は空中で8の字を描いた。

『それは──分からん!』
「ええ!?」

しっかりと間をとったにしては無責任な答えに、天馬たちは一斉に肩を落とす。

「そんな適当な……」
『適当ではないッ! 恐竜についてはまだまだ解明されていないことだらけなのだ。ティラノサウルスを超える恐竜は必ずいる!』
「じゃ、今度こそウチがミキシマックスするやんね!?」

そこで目を輝かせるのは、これまでミキシマックスの機会を逃し続けていた黄名子だ。テンションの上がった黄名子とは対照的に、葵たちは難色を示した。

「でも恐竜とだよ? 牙とか生えちゃったりしたら……」
「う〜ん……それはそれで良いやんね!」
「そ、そうなんだ……」

あくまでもマイペースな黄名子に、マネージャーたちはそれ以上突っ込むのも野暮かと苦笑する。それで、と依織は話の続きを促した。

「恐竜のいた時代に行くってんなら、アーティファクトは……」
「うむ、それなら問題ない。以前一度使ったものがあるからな」

そう言ってワンダバがテーブルの上に置いたのは、くすんだ乳白色の棒状のものである。わあっ、と目を輝かせた信助がいそいそとテーブルに駆け寄った。

「恐竜の化石だ! こんな近くで見たの初めてだよ〜! 触ってみても良い!?」
『よし、これで準備は整ったわけだ。では、メンバーを発表するぞ!』

ワンダバが信助を止めるのを横目に、大介はいつもの調子でタイムジャンプに向かうメンバーを選出する。
固定メンバーはフェイ、そして化身アームドの出来る天馬、信助、依織、剣城、神童、錦。そこに霧野、狩屋、黄名子、太陽を加えた11人となった。

「え〜っ、信助くんは外れるんじゃないんですか!? 前に三国志のファンだって言ったらミーハー気分ではダメだって、俺メンバーから外されたのに……」
『今回は信助の恐竜の知識が役に立つかもしれんから良いんだ!』

不満の声を上げる速水をばっさり切り捨て、大介は葵のポケットに戻っていく。不公平だ、と肩を落とす速水を倉間と浜野が左右からポンと叩いた。

「だってよ。責任重大だな、信助」
「ふふん、任せてよ!」
「知識だけでどうにかなると良いがな……」

依織の軽口に信助は鼻息荒く頷いて、溜息交じりに剣城が呟く。
スキップ混じりの信助を先頭にしてタイムマシンに乗り込んだ一行は、恐竜の闊歩する白亜紀へとタイムジャンプした。




「――着いたぞ、諸君!」

光の奔流の中を走り抜け、青空の下へタイムマシンが飛び出していく。
ワンダバの呼びかけに反応した信助を始め何人かは、窓に張り付いて歓声を上げた。

「すごい、恐竜がいっぱい!」
「まさに大恐竜時代だね……!」
「まさかまたここに来ることになるとは……」

1人、仲間たちの盛り上がりとは裏腹に、過去に一度恐竜時代を訪れたことがある依織は甦る過去の記憶に頬を引き攣らせている。
遮るものも何もない荒野にタイムマシンが降り立つと、意気揚々と大介が中空へ浮かび上がった。

『よし、それでは早速ミキシマックス出来そうな恐竜を探しに行くぞ!』
「ま、待って下さい! 僕たちこのままで外に出るんですか?」

このまま、と太陽が指したのは雷門のジャージである。黄色と青がアクセントの配色はいつも見慣れたものではあるが、辺り一面木々と野原、山々ばかりの景色からと比べるとあまりに目立つ。

「確かに、こんなカッコで出歩いたら一瞬で恐竜に齧りつかれかねないな……いつかのワンダバみたいに」
「あの時のことは忘れてくれ、依織! ……ゴホン。ではワタシに任せろ!」

ぼそりと呟いた依織に怒鳴ったワンダバは、意気揚々とワンダバスイッチを掲げる。目の眩む光がタイムマシン内に溢れ、次の瞬間彼らは鞣した動物の皮を切って貼ったような服装に変身していた。

「やはり彼らの時代に行ったら、その時代に馴染む格好をせんとな!」
「そもそもこの時代に人間はいないはずでは……」
「まぁ良いやんね! 雰囲気って大事だし!」

呆れた顔で言う神童にワンダバはギクリと固まったが、黄名子があっけらかんと話をまとめ、このまま立ち往生していても仕方がないと一行はそのまま外へ繰り出した。

周囲は日陰になるようなものはなく、かんかんと太陽が照り付けている。
目に入るのは見たこともない植物や生き物ばかりで、今までの時代とは違いまるで別の世界にでも来たような気分だ。

「トロオドンにアナゴサウルスに……ホントに恐竜時代に来たんだ! 感激だよ〜!!」

信助は今にも走り出しそうな勢いで興奮している。
やがて一行は、大きな河に差し掛かった。水面には番か親子か、何か大きな影が二つゆっくりと泳いでいるのが見える。

「うわ〜、でっかい魚……」
「魚じゃないよ、あれも恐竜だよ」

呆然とした狩屋の呟きを、すかさず信助が訂正する。
海ならばさておき、河にこんなに大きな生き物がいるのを見るのは初めてだ。

「凄い迫力だな……」
「剣城も恐竜好きなの?」

剣城がしみじみと呟くと、おや、と言った風に天馬がそちらを見る。

「好きと言うか……昔兄さんと博物館に化石を観に行ったことがある程度だ。まさか本物を目にすることになるとは思わなかったがな」

幼い頃の記憶と今置かれている状況が不思議過ぎて面白くなったのか、剣城は珍しく小さく笑いながら言った。

「お前たち、何をボーっとしている!」

そこで大きな声を上げたのは、先程から先陣を切っていたワンダバである。ワンダバは道中で見つけたイイ感じの棒を片手に歩きながら、肩越しに怒鳴った。

「ちょっとした油断が命取りにォワア〜〜〜〜〜ッ!!」
「ワンダバ!?」

次の瞬間、地面の出っ張りに思い切り躓いたワンダバは丁度目の前にあった坂道をゴム鞠よろしく勢いよく転がり落ちていく。
たちまち遠ざかっていくワンダバを、天馬たちは慌てて追いかけた。

「あだだ、酷い目に遭った……」
「ちょっとワンダバ、だいじょ──」

しばらく追い掛けると、ワンダバは坂の緩やかになった場所にあった大きな岩に運よく塞き止められていた。ほっとしたのも束の間、それがただの岩ではなかったことに気付いた一行は声にならない悲鳴を上げる。

「あ、わんっ、だば……っ」
「何だ天馬、急にヒトを指さして。言いたいことがあるならハッキリ言え!」

プリプリと怒るワンダバの背後で、その岩がゆっくりと体を起こす。天馬は必死の思いで声を振り絞った。

「う、後ろ……」
「後ろが何だって、……んぁ?」

ふと頭上に差した大きな影に、耳の具合を触って確かめていたワンダバは間の抜けた声で背後を振り返った。――ギラギラとした、鋭い瞳がこちらを見下ろしている。

大きな牙の隙間から滴り落ちる唾液が足元にぼたりと黒い染みを作ったその瞬間、ワンダバは悲鳴を上げた。

「恐竜っっ!! しかも狂暴そうなヤツ──ぬああっ!?」

振り下ろされた足に、ワンダバは転がるように逃げ出す。天馬たちも我に返り、一斉にUターンして走り出した。

「うわーーッ!?」

赤褐色の恐竜は昼寝の邪魔でもされたのか、大きな口を開けて追いかけてくる。
しかし、こちらよりも幾分か足が遅いのが幸運だった。全力で走る天馬たちとの距離が少しずつだが開き始めたその時だ。

「──あっ!」

勢い余った信助が、石に躓き転倒する。それにいち早く気付いた天馬は、反射的に信助に駆け寄った。

「信助っ……」
「信助、天馬!!」

葵の焦った悲鳴が聞こえてくる。ハッとして顔を上げると、あの恐竜がもう目の前まで迫ってきていた。

「うっ、うわあああああッッ!!」

もう助けるのも間に合わない。息を呑む仲間たちの目に、恐怖で抱き合った天馬と信助に向けて凶悪な牙が向けられるのがスローモーションのように見えた。

「えっ──!?」

その瞬間、雷門イレブンたちの脇を何か小さな影が走り抜けていく。
小さな影は天馬たちの前に躍り出ると、恐竜の眼前に跳び上がっていった。突然脳天に何かが直撃した恐竜は、打ち所が悪かったのかその場で土煙を上げて昏倒する。

「な、何……?」

驚いた2人が恐る恐るそちらを見ると、倒れたそれよりはいくらか小振りな恐竜がこちらを見ていた。つい先程まで命の危機だったことも忘れ、信助がハッと嬉しそうな声を上げる。

「ぱ、パキケファロサウルス!」
「助けてくれたの……?」

安堵したのも束の間、倒れていた恐竜が起き上がって咆哮を上げる。すると、それに対抗するかのようにパキケファロサウルスは反転して咆哮を返した。

「がおーーっ!!」
「……え?」

激しい咆哮に怯んだか、大きな恐竜は踵を返してどこぞへと走り去っていく。
しかしそれよりも、天馬たちは信じられないものを目の当たりにしてあんぐりと口を開けた。

「に……人間?」

パキケファロサウルスの背中に乗り、今し方大きな恐竜を叫び声で追い払ったのは、どう見ても自分たちとそう年頃の変わらない人間の少年だったのだ。

「人がいる……恐竜時代なのに?」
「一体何者なんだ!?」

こちらを振り向いた少年は、もう一声「がおー!」と吼えると、慣れた様子でパキケファロサウルスの背中から飛び降りた。

「オラ、トーブっていうんだぞ。なんか文句あっか?」
「しゃ、喋った……」

トーブと名乗った少年は、忙しなさげに天馬たちの周りをグルグルと回ると、ゴリラのようなドラミングをする。

「何かおめーら、オラと似てんぞ! オラと似てるやつ初めて会った! 何か嬉しいぞ〜!」
「……この時代って、人間てまだ生まれてませんよね?」
「ああ……」

はしゃぐ少年に、依織は怖々と横にいた神童に確認した。
確かに、今に伝わる歴史が事実と異なる場合があるのは孔明の件で十分理解したつもりだ。しかし、こんな人類史を根本から引っくり返すようなことが果たしてあるだろうか。
その間にも、少年は楽しげに天馬に声を掛けている。

「おめー、名前は?」
「て、天馬」
「そっかトンマかぁ!」
「いや、天……」
「よし、おめーらオラの家に来い! こっちだ!」

言いたいことを捲し立てたトーブは、こちらの話に耳を傾ける間もなく走り出してしまった。
何アレ、呆気に取られる一行だったが、それの疑問に答えられる者はここにはいない。

「……とにかく、行ってみよう」
「は、はい」

この時代において明らかなイレギュラーである彼をこのまま放っておくのも気が引ける。頷き合った雷門イレブンは、そのままトーブと名乗る少年を追い掛けた。

「は、早い……こんなに足場が悪いのに……!」
「並の運動神経じゃないな……」

当たり前ではあるが、荒れ果てた道は整備などされておらず自然の形そのままだ。凹凸のある激しい起伏のある道を、トーブは飛ぶように駆け抜けていく。
そしてようやくその背中に追い付く頃には、全員すっかり息が上がっていた。

「ぜえ、ぜえ……や、やっと追い付いた……あれ?」

開けた場所に辿り着き、辺りを見回して天馬は首を傾げた。目の前は断崖絶壁だ。十数メートル先には道があるように見えるが、そこに渡っていけるような脇道は見当たらない。

「これじゃああっち側に渡れないよ……?」
「トモダチの力を借りるんだ」

トーブはそう言うと、大きく息を吸い込んで指笛を吹き鳴らした。
すると、軽い地響きの後に渓谷の下から大きな恐竜がぬっと頭を出す。

「うわぁッ!?」
「アラゴサウルスだ!」

悲鳴を上げる天馬たちに対し、大人しいから大丈夫だよ、と信助は人間1人は軽く丸呑みに出来てしまいそうな大きな頭を見上げて言った。

「頼むぞ!」

トーブが一声そう掛けると、アラゴサウルスは長い尻尾を天馬たちのいる崖に引っかけ、対岸へ自分の顎を乗せて大人しくなる。

「さっ、着いてこい!」
「ええっ!?」

どうやらこのまま恐竜を橋にして対岸へ渡るらしい。トーブは軽々と尻尾から頭の方へと歩き、どんどん遠ざかっていく。
天馬たちは恐る恐るそれに倣い、不安定な足場を渡っていった。

「ありがとな。また今度あそぼ!」

そして全員がようやく対岸へ渡りきると、トーブは近場に生えていた身の丈ほどある大きな果物らしきものをアラゴサウルスに差し出す。

「すごい、恐竜と友達なんだ……!」
「他にもいっぱいいるぞ!」

一鳴きして果物を受け取るアラゴサウルスとトーブを、信助は感嘆の目で見上げた。

そこから先も、通れない道に差し掛かる度にトーブは『トモダチ』を呼び寄せては天馬たちを驚かせた。
進路を塞ぐ岩を砕き、川を渡るための樹木を倒し、もうそろそろ何が出てきても驚かない程度には慣れてきた頃、開けた場所を前にしてトーブは立ち止まる。

「着いたぞ! ここがオラんちだ」

そこは高い岩山の天辺を一部分切り取って、大きなシダの葉でいくらか地面を整えたような、現代人からすれば大凡家とは呼べないようなものだった。

「こんな所で1人で住んでるなんて……」
「ひとり? トーチャンならいるぞ」

寂しげに呟く天馬に、キョトンとトーブは答える。

「えっ!? お父さんもいるの!?」
「いるぞ! おーいトーチャン、ただいま〜!」

笑顔で頷いたトーブは、空へ向かって大声で叫ぶ。次の瞬間、巻き上がった強い風に一行は思わず顔を庇った。

「──これがオラのトーチャンだ!」
「トーチャン、って……」

確保した視界でトーブの言う『トーチャン』を目の当たりにした天馬は、もう今日で何度目かも分からない絶句をする。
長い嘴を持った爬虫類にも似た顔、皮膜で出来た巨大な翼を持つ姿は、明らかに翼竜と呼ばれるものだった。

「ケツァルコアトルスだ!!」
「け、ケツが割れとるッス……!?」
「ケツァルコアトルスだ……」

舌を噛みそうになっている錦に呆れた目を向けて、神童は溜息を吐く。まさか恐竜を父と呼んでいるとは思いも寄らなかったが、ここに来ては寧ろその方が違和感がない。
腹も減ったしメシにしよう、と腹の虫を鳴かしたトーブの厚意で、天馬たちはそのまま夕食を摂ることになった。




「トーブ……君はどうしてここにいるんだ?」

出された木の実や何かの卵を食べても問題のない範囲で口にして、十分に休息を取ったところでまず切り込んだのは神童だ。
どうしてって? と質問の意図を図りかねているトーブに、神童は続ける。

「君は人間だろう? 本来ならこの時代にいるべきじゃない……」
「うぅん……おめーの言ってること分かんねえぞ! オラはずっとここで育ってきたぞ。オラはトーチャンの子だ、トーチャンの卵から生まれたんだ!」
「卵ぉ? そんなアホな……」

哺乳類である人間が卵から生まれるはずがない。目を眇める水鳥に、嘘じゃない、とトーブは立ち上がった。

「その卵を見せてやっぞ──って、あ。ちょっと前にトーチャンが踏んで壊しちまったんだった……」
「ええ……」

ギャアス、とケツァルコアトルスことトーチャンが小さく一鳴きする。まるで卵を踏み壊したことを謝っているかのようなタイミングだった。

「で、おめーらはどっから来たんだ? 向こうの山か?」
「俺たちは……恐竜を探しに来たんだ」

人間に関する知識が少ないであろう彼に隠し事をしてもあまり意味がないだろう。そう判断した神童は、簡潔に自分たちの目的を告げた。

「そう、ティラノサウルスよりも強い恐竜。トーブは知らない?」
「ティラノ……?」

続けて天馬が尋ねたが、トーブは不可解そうに首を傾げていた。あれ、と思っていると、信助がこう耳打ちする。

「ティラノサウルスって名前は、遠い未来僕たちの時代の人が付けたんだ。だからトーブは知らないんだよ」
「あ、そっか……」
「──知ってっぞ、ティラノサウルス」

どうやらトーブは耳が良いらしい。けろりと言ったトーブに、信助は「ええっ!?」と目を剥いた。

「でも、ティラノサウルスってそんなに強くねえけどなぁ……」
「そ、そんなはずないよ! ティラノサウルスだよ!?」
「ホントだ! オラ、嘘は言わねえ」

すかさず言い返す信助に、トーブは真面目腐った顔で首を振る。

「でも、強いヤツなら知ってるぞ。ロックスターってんだけどよ、獣の谷の洞窟に住んでるここら辺のヤツのボスなんだ。他のヤツよりもずーっとデッケえんだ!」
『それだ!!』

身振り手振りでトーブが説明すると、それまで葵のポケとに大人しく収まっていた大介が突然飛び出してきた。

『ボスの力なら、ミキシマックスに相応しい! そのロックスターとやらのオーラを頂こう!』
「はい! トーブ、案内してくれる?」
「おお、良いぞ……でもオラ、腹一杯で……」

欠伸を一つ、ごろりと横になったトーブは目を閉じたかと思うと、そのままグウグウと寝息を立て始める。

「寝るの早っ!」
「……仕方ない、ロックスターに会いに行くのは明日にしようか」
「うん……野宿をする場所を探さないとね」

苦笑いをしたフェイに天馬が頷くと、ふいにそれまでその場を静観していたトーチャンが、ギイッと一鳴きして、足下に重なったシダの葉を嘴で軽くつついた。

「……依織、何て言ってるか分かったりする?」
「分かるか! ……いや、もしかしてここで寝ろって言ってるとか……?」

ダメ元で聞いてきた天馬を肘で小突きながらも依織が予想を立てると、トーチャンはそうだ、と言っているかのように更にもう一鳴きする。

「そうみたいだな……」
「まぁ、僕たちだけで野宿するより安全かな?」

恐竜と意思疎通出来ているのもおかしな話だが、今日は驚きの連続で全員心身ともに疲れ果てているのも事実。一行は大人しく、その夜をトーブたちの住居で明かすことを決めた。