ロックスターの死から一夜明け、天馬たちはトーブにサッカーを一から教えるために出来るだけ凹凸と遮蔽物の少ない開けた場所を訪れていた。
トーブは意外な程に物分かりが早く、スポンジのようにスッカーに関するルールを覚えていく。
手取り足取り大まかな技法までを教えたところで、それじゃあ、と天馬はボールを持ち上げた。
「今度は、パスとカットをやってみよう。剣城、手伝って!」
「ああ」
放り投げられたボールを受け取った剣城は、少し高めにそれを天馬に向かって蹴り上げた。すると、トーブはその場で軽く膝を曲げるとバネのように飛び跳ねてそれをカットする。
現在進行形でサッカーを教わっているとは思えない瞬発力に、うわあ、と信助がどこか1歩退いた声を上げた。
「すっごい、流石野生児……」
「やるじゃないか」
「わはは! やっぱりサッカーってウホウホすっぞ!」
笑顔で走り回るトーブの後ろを、彼が今何をしているかも理解していないだろうに、ビッグが同じように楽しそうに付いて回っている。
そんな様子を見て、フェイは神妙な顔で呟いた。
「僕たちも早く、ロックスター以外のミキシマックス相手を見つけないとね……」
「あのデスホーンてやつはどうだ? 結構強そうだったぞ」
「悪いやつでも良いの? ロックスターに酷いことをしたのに」
名案だと言うように提案するワンダバに、葵は憤慨したように彼に険しい目を向ける。
確かに相手はあくまで恐竜で、本能に従った行いを人間が後からとやかく言う謂れはないのかもしれない。だが、ああやって無邪気に走り回っているトーブやビックを見ると、やはりデスホーンがロックスターにしたことは許すことは出来なかった。
そもそも、ミキシマックスは力を受け取る人間の精神状態によっても成功の可否が変わるのだ。ワンダバの発言に呆れた表情を見せているフェイを見れば、仮にデスホーンをミキシマックスの相手に選んだところで結果は見えているだろう。
「それにしても……あの理解の早さと言い、トーブってホントに何なんだろうな」
ふと依織が思ったことを口にしたその時だった。
「──ほっほっほ! 分かったぞ!」
「うわっ……あ、アルノ博士!」
例の如く前触れもなしに隣に登場したアルノに、依織たちは思わず跳び上がる。分かったって何が、と動揺が収まりきらない顔でフェイが尋ねると、アルノは髭を撫で付けながら答えた。
「勿論、トーブのことじゃ」
「えっ……」
アルノの声が聞こえてきたのだろう、ボールを追い掛けるトーブとビックを気にしつつ天馬たちもこちらにやって来るのを視界に入れながら、アルノは神妙は顔で続ける。
「トーブは、我々と同じ時代の……正確に言うと、我々よりも一世代前、タイムマシンが開発されてすぐの時代の人間のようじゃ」
「何だって?」
天馬たちは驚いたようにトーブを見遣る。トーブはこちらの様子を気にしていないのか、相変わらず元気いっぱいに走り回っていた。
「当時は開発直後ということもあり、タイムマシンの事故が多くてのう。彼はその事故で、この白亜紀に飛ばされてしまったようじゃ」
「じゃあ、トーブが卵から生まれたって言ってたのは……?」
「推測じゃが、恐らくは救命ポッドのことじゃろう。ほれ」
言いながら、アルノは空気中に何かの画像データを映し出す。苔生して所々が錆びた金属製の大きな球体だ。中心から真っ二つに割れたそれは、目を凝らすと、内部には何か様々なモニターやスイッチがついているのが見える。
「この近くに投棄されておるのを見つけてな。ちと壊れているようじゃが……これは経年によるものではなく、外部からの衝撃が原因じゃろ」
「そう言えば、トーチャンが踏んで壊したって……」
「確かに、ちょっと卵っぽいカタチやんね」
画像を覗き込み、天馬や黄名子が口々に呟く。アルノはそのまま推測を続けた。
「恐らく事故に遭った際、トーブの両親は彼だけを救命カプセルに入れて脱出させたのじゃろう。それが時間の波を流れ、白亜紀に辿り着いた……」
「……それを偶然トーチャンが拾って、自分の子供として育てたってことですか?」
「ざっつらいとじゃ、依織」
パチンと指を鳴らして、アルノは空中の画像を引っ込める。
依織は、はあ、と間の抜けた声を零した。気性が穏やかとは言え、ケツァルコアトルのトーチャンから見れば人間など未知の生き物だろう。下手をすれば餌と間違えて食べられていたかもしれない。
そうならなかったのは、ひとえにトーチャンの知能が他と比べずば抜けて高かったのと、トーブ自身が剛運に恵まれていたお陰だったのだろう。
「救命カプセルには、教育プログラムがインストールされておった。トーブが人間の言葉を話せるのも、赤ん坊から無事あそこまで育ったのも、そのプログラムのお陰じゃろうな」
全く出来た親御さんじゃ、とアルノはしみじみと頷いたところで、依織はハタと眉を顰めた。
「それで、トーブの両親は……?」
「うむ。今、時間管理局に問い合わせて彼の本当の両親を探しておる。……生きておるかは分からんがな」
一行はちらりとトーブの方を窺う。アルノの話が聞こえていないのか、それとも聞こえているが理解が出来ていないのか、トーブはケラケラと笑いながらビックと追いかけっこをしている。本人が覚えていないだけで、彼にも壮絶な過去があったのだ。
「でも生きていたらって、──ってもういない!」
「ああもう……!」
もしも亡くなっていたら、その時トーブはこのまま人間の以内時代で恐竜たちと共に一生を終えることになるのだろうか。そんな思いでアルノを振り返ったときには、彼はもう姿を消していた。
「トーブ、本当の両親に会えると良いね……」
「……うん……」
ぽつりと信助が呟く。しかし、それに相槌を打ったフェイの声がどことなく上の空のような気がして、信助は思わず彼の方を見上げた。
「フェイ? どうかした?」
「あ……ううん、何でもないよ」
そう言って苦笑するフェイの横顔を見て、依織は僅かに目を細める。口を開こうか、一瞬の逡巡をしていると、ふいに聞いたことのない声がその場に響いてきた。
「──目標を補足」
それは短く、いやに冷え切った少年の声だった。
声の出所を振り返ると、高さ5メートルはあるであろう岩山の上に人影がある。白を基調にしたボディスーツ姿の、坊主頭の少年だ。
少年の手にしている球体を見るや否や、フェイが鋭い声を上げる。
「あれは……スフィアデバイス!!」
「てことは、あいつは……!」
険しい顔になった錦が咄嗟にマネージャーたちを後ろ手に庇う頃には、青いスフィアデバイスのスイッチは既に押されていた。
たちまち頭上からの眩い光に照らされた天馬たちは、反射的に強く目を閉じる。
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「なっ……何だぁ? どうなってんだ!?」
巻き込まれたトーブとビックが、ギョッとしながら周囲を見渡す。
気が付くと、一行は渓谷の底にいた。いやに開けたその空間に先程の少年が立っているのを見ると、トーブはアッと言って彼を睨み付ける。
「テメェだな、ロックスターをあんな目に遭わせたのは! 匂いでわかっぞ!!」
「クルル……」
ビックが小さく威嚇の唸り声を上げる。少年は瞬きの一つもせず、淡々とした様子で口を開いた。
「ロックスター死亡。この事象によって、君たちの目的は達成不可能になる。諦めることが賢明」
「っ何を言っとるがぜよ!!」
錦が大きな声で噛みつくが、少年は動じる様子がない。
そこで物陰から新たに人影が進み出て来たのが見えて、天馬たちは身構える。
「やはり潰すしかないようだな。レイ・ルク」
現れたのは、この場所に似付かわしくないスーツを着た老年の男だ。
男が一行を値踏みするかのような冷たい目でこちらを見て言うと、ワンダバが先頭へ飛び出して腕を突き出す。
「やはりエルドラドの刺客だな!? 名を名乗れぃ!!」
「……敵の要請、現在の状況に支障なし。返答する、ワタシはレイ・ルク。エルドラド所属のチーム、パーフェクトカスケイドのキャプテン」
少年──レイ・ルクが名乗ると同時に、その背後に次々と同じボディスーツ姿の少年たちが転移してきた。
そして、聞き覚えのあるチームの名前に、天馬たちに緊張が走る。
「パーフェクトカスケイド……アルノ博士が言っていた、エルドラドの最強エージェントか!」
「じゃあ、あいつらを倒せば円堂監督とサッカーを取り戻せる……!」
遂にこの時がやって来たのか、と神童や天馬は無表情のレイ・ルクたちを前に息を呑んだ。
すると、『倒す』と言う言葉にトーブが強く反応を示す。
「っ天馬、オラも一緒にやらせてくれ!」
「えっ、トーブが!?」
前にいた狩屋の押し退けてまで天馬に懇願したトーブは、真剣な表情で言った。
「トモダチをひでえ目に遭わせるヤツは、ぜってえ許さねえっ!!」
その目と固く握られた拳は、彼の怒りを在り在りと物語っている。
──化身の力を使えるトーブなら、或いは。一瞬の迷いこそあったものの、天馬はその願いを受け入れた。
「……よし、頼むよトーブ!」
「ぃよしっ、やるぞお!!」
大きくガッツポーズしたトーブに「それじゃあ誰かが抜けなきゃならないだろ!」と狩屋が慌てた声を上げるが、トーブには既に聞こえていないようである。
溜息を吐いてしかたなくポジションを一時譲ることにした狩屋に、神童が苦笑いを浮かべた。
「──レイ・ルク。雷門を潰せ。その後、次点で優先度の高い任務を遂行しろ」
「了解。プラン14に従い、雷門を潰します」
用意されたテクニカルエリアの席に腰掛け、指示を出す男にレイ・ルクは機械的に答える。
察するに、あの男がパーフェクトカスケイドを率いる司令官、サカマキトグロウなのだろう。
「あんまり強そうじゃないやんね……」
「ああ。覇気を感じない」
霧野の言う通り、彼らには今までのプロトコル・オメガと違い、文字通り無表情でフィールドに佇んでいる。そこにはこれから始まる戦いに、一切の感情も感じられない。
「あいつら、何か不気味と言うか、妙な感じがするんだよな……」
「君たちが勝利する確率は、0に等しい」
顎を押さえ、依織が思案げに呟いているとやにわにレイ・ルクが口を開いた。
「だが、回避は不能。戦闘開始を要請する」
「……!」
その言葉を合図に、深い谷底の淀んだ空気を切り裂くホイッスルの音が鳴り響く。
パーフェクトカスケイドはドリブルをし始めた瞬間、トップスピードで弾丸のように雷門陣内に攻め込んだ。瞬く間に視界を横切っていくパスを、天馬たちは目で追うことしか出来ない。
気付けば、ボールはゴールの前まで運ばれていた。
「あっ──わあッ!」
あっという間に目前に迫ったシュートを信助は咄嗟に受け止めたが、小さな体は簡単に地面を離れボールと一緒にネットに押し込まれた。
正に電光石火だ。ものの数秒の内に先制点を奪われた雷門イレブンは、あまりのことに言葉を失う。
「何て速さだ……!」
「この得点により、君たちが勝利する確率は更に低下した」
「何ィ!?」
温度のない声で告げるレイ・ルクを睨んだ錦は、思わず眉を上げて狼狽えた。点を取ったというのに、パーフェイクトカスケイドたちの表情が全く変わっていなかったからだ。
ただ、無=Bそうであるのが当たり前であるかのように、彼らは与えられている任務を遂行しているだけに過ぎない。
「あれがパーフェイクトカスケイド……全てに置いてパーフェクトな、エルドラド最強のエージェントか……!!」
その佇まいにどこかゾッとするものすら覚えながら、神童は歯噛みする。
雷門の戦力はまだ不十分。彼らを相手取るには明らかに時期尚早だ。だが、始まってしまったからには途中で諦めるわけにはいかない。
フェイのボールを受け、剣城が走り出す。まずは前線を上げなければ──視線を正面に向けた瞬間、目の前を一陣の風が吹き去って行く。目を見開いた頃には、既にボールは奪われて遠くへと運ばれていた。
「速い……!」
完全に反応出来なかった。体ごと振り向くその間にもボールはするすると前へと進み、再びパーフェクトカスケイドにシュートチャンスが巡る。
「信助ッ!!」
「っミキシトランス──『劉備』!!」
咄嗟に叫ぶ天馬に、信助はミキシマックスをもって応えた。
しかし、放たれたシュートはまたも必殺技でないのにも関わらず、筋力の増加した信助の守りをこじ開けてゴールネットへと突き刺さる。
「ミキシマックスが通用しない……」
「そんな……!」
早くも2点目を奪ったパーフェクトカスケイドは、そのまま燎原の火の如く雷門陣内を蹂躙した。
天馬たちは彼らの速さについていけず、シュートを受ける信助にどんどんダメージが蓄積されていく。
「ダメだ天馬、このままじゃ信助の方が先に潰れる!!」
「どうすればあいつらを止められるんだ……!」
後半へ差し掛かり、8点目を奪われたところで依織が叫ぶ。彼らを止めない限りどうしようもないことだとは彼女にも分かっていたが、叫ばずにはいられなかった。
そして9点、10点と差が着けられ、とうとう11点目が奪われたところで、ついに信助のミキシマックスが保てなくなった。
「大丈夫!?」
「だ、だいじょうぶ……」
駆け寄ってきた仲間たちに答え、辛うじて信助は起き上がったが、もうミキシマックスを保つ気力は残っていないだろう。神童は敵陣内を睨み、気勢の声を張り上げた。
「みんな、これ以上点を入れさせるな!!」
「はい!!」
だが、気合いを入れ直したところで力の差が埋まるわけではない。
果敢に攻め込もうとする雷門イレブンを、パーフェクトカスケイドは羽虫を振り払うような気軽さで圧倒する。
化身使いの選手たちは、化身アームドもミキシマックスも発動する暇を与えられず、奪われるボールを目で追うので精一杯だ。こと依織に至っては、相手の表情を窺うタイミングも当然ありもしない。
「今度こそ止めてやるっ!!──《ジャガウォック》!!」
ゴール前に陣取り、咆哮を上げたトーブがとうとう化身を発動する機会を得た。
獣の化身は大きな槍を翻す──が、その矛先が敵を捕らえることはない。トーブの反射神経を追い越すスピードで彼を抜き去ったパーフェクトカスケイドに、信助は残った微かな力を振り絞った。
「ミキシ、トランス……!『劉備』ッ!!」
再びミキシマックスした信助の胸に、シュートが真正面から突っ込む。だが、すぐには押し込まれない。
止めた、と天馬が目を輝かせたのも束の間、やはり限界が来ていたのだろう信助の体は、次の瞬間木の葉のように吹き飛ばされた。
「信助……!」
仲間たちが悲痛な声を上げるのと同時に、試合終了を告げるホイッスルが無情にも鳴り響く。
得点は12対0。それは試合と呼ぶには、あまりにも一方的なものだった。
「ま……負けた……!!」
「フェーズ1終了。プラン14に従い、フェーズ2に移行します」
呆然とする天馬の耳に、レイ・ルクの無機質な声が届く。
今度は何事かと振り向く間もなく、彼は懐から極太のワイヤーロープのようなものを取り出すと、それを勢い良く投擲した。
レイ・ルクの手から離れたそれは、まるで意志を持っているかのような動きで低空を這い進み──素早く依織の体に巻き付く。
「えっ──きゃあッ!?」
「鷹栖!!」
突然細長くて固い物に拘束された依織は、体勢を崩してその場に倒れ込んだ。
慌てて近場にいた神童や剣城が救出に向かうが、ワイヤーは彼女の体にしっかりと食い込んで中々外れない。
「レイ・ルク、マインドコントロールモードだ」
「了解。最終フェーズに移行します」
サカマキの一声に、レイ・ルクは淡々と答えてスフィアデバイスを放り投げた。
中空に浮かび上がり光を放ち始めたそれを、脳裏を過る絶望と共に見上げた瞬間──突然、トーチャンがけたたましい鳴き声を上げた。
「……何だ……?」
地面が突然揺れ始め、サカマキは反動でズレたサングラスを押し上げる。
天馬たちもまた、振動と共に大きくなる異音に気付いて音の出所を振り返った。何かが砂煙を上げて、こちらに近付いてくる。
「な、何じゃあ!?」
「あれは……!」
遠くに見え始めたのは、数十はいるだろう恐竜の群れだった。フィールドに突っ込んできた恐竜たちは、雷門イレブンとパーフェクトカスケイドの間に壁を作るように、土埃を蹴立てて大移動していく。
「っみんな、今のうちだ!!」
その意図を察したトーブは、いの一番に走り出した。
一拍遅れそれに反応した天馬は、ハッと依織を見る。ワイヤーに手足ごとまとめて絡みつかれた状態で走れるわけがない。
「依織が……!」
「わしに任せるぜよ!!」
「ぐぇっ」
切羽詰まった天馬の声に、大急ぎで依織に駆け寄った錦が彼女の体を勢いをつけて持ち上げ、俵担ぎした。
内臓を圧迫された依織が潰れた蛙よろしく呻き声を上げたが、今は気にしている場合ではないだろう。
「くっ……みんな、行くぞ!」
口元を手で覆いつつ、神童が声を上げる。充満する土煙に紛れ、雷門イレブンは屈辱の敗走をすることになった。