エルドラドの強襲から二晩明けた朝。照り付ける日差しの中、雷門イレブンは恐竜たち相手の特訓を続けていた。
「鷹栖!」
「はい!」
神童からのパスを受け、依織は振り回される尻尾を寸でのところで掻い潜る。
習うより慣れろとはよく言ったもので、最初に比べれば大分トロウドンたちの動きに着いていけるようになってきたと彼らはそれぞれ実感していた。
いつまた敵が攻めてくるか分からないという緊迫感も、成長を促している一因だろう。
「トーブ!」
「おー!!」
トーブも恐竜たち相手にドリブルで抜ける回数が増えてきた。まだ危なっかしいところはあるものの、彼も少しずつではあるがこの短期間で確実に実力を着けていっている。
それとは対照的に、フェイの動きは中々奮わない。未だにミキシマックスをする相手が見つからないことも原因なのだろう、今の彼はどこか焦っているように見えた。
「あっ!」
「フェイ!」
ふいに、小石に躓いたフェイの体が大きく前のめりになる。咄嗟にフェイの腕を掴んだ天馬は、勢い良く彼の体を前方に引っ張った。
「──っ!」
前方に体を投げ出されるような形になったフェイは、そのままボールに向かって脚を振り抜く。
勢いの上乗せされたシュートは、予想外なスピードと威力で近くにあった岩山に激突した。
「今の……」
「あ、ああ……!」
「2人とも、大丈夫か?」
何か閃きを得た風に顔を見合わせる天馬とフェイに、依織が近寄ろうとしたその時だ。
『──目標を再捕捉』
どこかからガラス板を通したようなくぐもった声が響く。
次の瞬間に目の前に現れたのは、昨日辛酸を飲まされたパーフェクト・カスケイドのレイ・ルクだった。
「お前は……!」
身構える雷門イレブンに、レイ・ルクは無言でスフィアデバイスを起動した。その場から逃げ出す暇もなく、天馬たちは白い光に包まれる。
そして、眩しさに閉ざした瞼を上げる頃には、昨日と同じ谷底のサッカーフィールドに立っていた。
「またここか!」
辺りをキョロキョロと見回しながら、トーブが警戒心を露にする。淡い光と共にレイルクの傍にサカマキとパーフェクト・カスケイドの面々も現れ、天馬たちは逃げ場がないことを悟った。
「プラン14に従い、行動を開始する。目的、雷門の殲滅。及び、鷹栖依織の捕獲」
「……!」
淡々と言葉を発するレイ・ルクに、表情を固くした依織を剣城が後ろ手に庇う。
「はっ! この前のわしらと思ったら大間違いぜよ!」
「みんな、特訓の成果を見せるんだ!!」
おお、と力強い気勢の声が谷底に響く。
先日彼らの手から逃れることが出来たのは、トーチャンの助けとアルノの機転があったからこそ。今回も同じように上手くいくとは限らない。
だからこそ、天馬たちは今度こそ負けるわけには行かなかった。
「君たちが勝利する確率は、やはり限りなく0に近い」
「理論上の確率がどれだけ低くても、私たちが諦める理由にはならねえよ」
無感情に告げるレイ・ルクに、依織はその目を真っ直ぐに睨んで言い返す。硝子のはめ込まれたような瞳からは、やはり何の感情も感じない。
「戦闘開始を要請する」
「潰せ、雷門を。徹底的にな……!」
サカマキが冷徹に言い放ったその瞬間、試合開始のホイッスルが鳴り響いた。
キックオフを得たパーフェクト・カスケイドは、速攻で雷門陣内へと攻め上がっていく。
「ダイ・ロード──」
「させないッ!」
ノールックで繰り出されるパスの隙間に、叫んだ天馬がスライディングで割り込んだ。後方に弾かれたボールを追って、パーフェクトカスケイドたちの目が動く。
「やった……!」
「良いぞ、天馬!」
「ボールはまだ我々のものだ」
「いいや、させない!」
こぼれ球を拾い、猛進してくるグラ・フォムに対応するのは太陽だ。奪ったボールは剣城へと回り、それもすぐに奪い返されはしたものの、雷門はしつこく相手のパス回しに食らいついていく。
前回とは格段に動きの良くなっている雷門イレブンに、サカマキは目を細めた。
「ミキシマックスで行くぞッ!!」
「おおっ!!」
ゴールを目前にしてトーブがついにボールを完全に奪い取ると、神童が鋭い声を張り上げた。それに合わせ、ミキシマックスが可能な選手が一斉にミキシトランスを発動させる。
方々で命のエネルギーが光り輝く様は、テクニカルエリアから見てもまさに圧巻だった。
「うおおっ、みんな行けぇ〜っ!!」
興奮した様子のワンダバの声が響く中、ボールは最前線の天馬へと渡る。
正面切って突撃して来る天馬に、レイ・ルクはあくまで冷静だった。
「無駄だ。──《プラズマシャドウ》」
静かな声と共に、レイ・ルクの体から赤黒い光が迸る。
それにより形成されたのは、今まで見てきた中でも特に異質なものだった。
「なっ……何だ、あれは……」
「化身、なのか……!?」
化身はその存在を宿主の精神に大きく左右される、言わば分身だ。けれどレイ・ルクの発現させたそれは、化身と呼ぶにはあまりにも不気味な見た目をしていた。
体そのものは異型の骸骨じみたもの。その体表は全ての光を吸い込むような漆黒であるのに、輪郭が赤く発光している。
その化身──プラズマシャドウはけたたましい咆哮を上げ、レイ・ルクに凄まじいスピードを与えた。
「あっ!?」
瞬きの間にすぐ横を過ぎ去るレイ・ルクに、天馬は一瞬何が起きたのか分からなかった。
それに反応する暇もなく、続けざまに放たれたパスはシュートと見まごうような威力でディフェンスラインを守っていた黄名子や、ジャンヌにミキシトランスしていた霧野までも吹き飛ばす。
次の瞬間、雷門イレブンは信じられないものを目にした。
「《プラズマシャドウ》」
レイ・ルクのパスを受け取ったグラ・フォムが、彼と全く同じ姿かたちをした化身を発現させたのだ。
「えっ……!?」
「お、おめーもか!」
自分の目を疑う光景に、天馬たちの足が思わず止まる。
唯一、化身の成り立ちを知らない故にその異常さに気付かないトーブが咄嗟にボールを奪おうと走り出したが、為すすべもなく化身を伴ったタックルに突き飛ばされていく。
「あっ──うわああっ!!」
そして放たれたシュートは爆発的な突風を巻き起こしながら、いとも容易く信助の体を押しのけてゴールネットに突き刺さった。
「今までの化身と違う……何なんだ、あれは!?」
「これは化身ではない。プラズマシャドウだ」
動揺して目を見開く天馬たちに、レイ・ルクは相変わらず温度を感じない声で答える。
「プラズマ、シャドウ……?」
「名前だけ教えられたって、答えになってねーよ……!」
苛立たしげに汗を拭いながら依織は文句を言ったが、レイ・ルクはその問いに答えない。
ただ言えることは、プラズマシャドウの力が雷門イレブンの化身よりも強力であること。そして何故か、パーフェクト・カスケイドの全員が同じ化身を使えるということだけだった。
「どうなってるの、あれ……!」
「くそっ、あんなの反則じゃねえのか!?」
段々と一方的に押され始める雷門イレブンに、テクニカルエリアで待つマネージャーたちの顔にも焦りが浮かび始める。
何よりも厄介なのは、パーフェクト・カスケイドたちが何度化身を発現させ使役しても、まるで疲れる気配がないことだった。
「このままやられっぱなしでたまるかァ! 《ジャガウォッカ》!!」
雄叫びを上げ、トーブが化身を発現させる。現れた獣の化身は主と同じように咆哮を上げると、手にした槍を大きく振りかぶった。
「“ハンティングランス”!!」
放たれた巨槍は見事ボールを持っていたグラ・フォムに命中し、雷門イレブンは4点の差をつけられたところでようやく反撃のチャンスが回ってくる。
「ツルギぃ!!」
「おお!!」
ボールが高く打ち上がり、最前線への剣城に届いた。
直ぐ様走り出す剣城だったが、パーフェクト・カスケイドはどうしてかそれを止める素振りを見せない。
「攻撃の機会を与えよう。キーパーの経験値を上げるためにも」
「ッなめるな!!」
聞こえてくるレイ・ルクの言葉に声を荒らげて、剣城はゴールを前に心頭滅却の構えを取った。
「──“菊一文字”!!」
「キーパーコマンド16、“弧月十字掌”」
斬撃のような一撃が、放たれる十字の掌底破とぶつかり合う。
ドパン、と空気の破裂する音と共に頭上へ跳ね上げられたシュートに、それまで試合を静観していたサカマキが口を開いた。
「レイ・ルク、『オプティカルファイバー』を実行せよ!」
「了解」
その瞬間、レイ・ルクを含める8人の選手が一斉に整列して走り出す。
凄まじいスピードで規則的な軌道を描いて突進してきたパーフェクト・カスケイドに、天馬たちは抵抗するまもなく突き飛ばされた。
気付けば、ボールを持ったレイ・ルクがゴールの目の前にいる。
構える余裕も与えられず、信助はそのまま高火力のシュートによってボールごとゴールネットに押し込まれた。
「いけない、このままじゃ……!」
走る足を止めないまま、フェイは焦りを滲ませる。
必殺タクティクスのオプティカルファイバーには、一部の隙も見当たらない。であれば、純粋な力勝負で挑むしかないのは分かっているのに、今の自分の力では彼らに届かないのだ。
「く……どうして通じないんだ……!」
「──フェイ」
ふいに、この瞬間に場違いなほど静かに自分を呼ぶ声がする。
ハッとして隣を見ると、いつの間にか黄名子がフェイに並走していた。
「フェイのサッカーへの思いは、そんなものなの?」
「えっ……?」
それはいつもの黄名子らしくない、どこか突き放した物言いだった。
そうしている間にも、仲間はどんどん倒されて追加点が入れられていく。虚を突かれたフェイを追い抜いて、黄名子は肩越しに彼を振り向いた。
「ウチを見て!!」
「……!?」
短く叫んだ黄名子は、自身の化身を発現させる。
後光を背負い顕現されたアマテラスは、輝く矢を弓に番えた。
「“光輪の──矢”ッ!!」
引き絞られ、放たれた矢の勢いで空から突進した黄名子が相手のボールをカットする。
ナイスカット、黄名子──と聞こえてくる天馬の声に答える余裕はないのだろう、黄名子はボールをキープしながら強い口調でフェイに語りかけた。
「フェイは優秀なプレイヤーなのに、何で化身出せないの!?」
「……っ」
その問いに、フェイは咄嗟に黄名子から目を反らす。
黄名子が更に言葉を続けようとしたその時だ。
「な、何だ……!?」
ふいにどこかからドスドスと地響きのような音が聞こえてきて、一行はそちらに気を取られる。
谷の向こうから土煙を上げながら何かが突進してきたのは、大型の恐竜たちだった。
「えっ……わ、わわわ!!」
恐竜たちは天馬たちに突っ込んでくると、そのまま走り去るでもなくフィールドの中で暴れ始めた。先日トーチャンが仲間を呼んで助けてくれたが、どうもそれとはわけが違う。
「これはどういうことだ!?」
「! 神童先輩、あれ!!」
恐竜たちを避けつつ、辺りを見回した依織が声を張り上げた。
彼女の指差した方を見ると、頭上に小さな太陽のようなものが輝いている。
それがマインドコントロール波を放つスフィアデバイスだと理解するのに、数秒と掛からなかった。
「洗脳されている……!?」
「その時代にあるものを使えば、歴史への影響は少ない。豊富なリソースは使わせてもらおう」
口角を上げ、サカマキは上機嫌に言う。
「ぐぬ……サッカーどころじゃないぜよ!」
「卑怯だぞ、おめーら!!」
「条件は我々も同じだ」
「何だって?」
どうにか身を翻しながらレイ・ルクたちを見ると、どうやら恐竜たちは敵味方関係なく好き勝手にその場を走り回っているらしい。
同じように恐竜の突進を避けつつもサッカーを続行するパーフェクト・カスケイドに、天馬たちは唖然とした。
「寧ろ、我々の経験値を上げる絶好の機会と言える」
レイ・ルクは恐竜の巨体の隙間を掻い潜りながらシュートを放つ。咄嗟にそれを止めようと試みた信助だったが、横から突っ込んで来た2本角の恐竜に追い立てられて、ボールは意図せず無人になってしまったゴールに突き刺さる。
「っまずは恐竜たちの洗脳を止めるんだ! 《魔神 ペガサスアーク》!!」
やるべきことを声に出し、天馬は顕現させた化身を鎧として身に纏った。
「お、りゃああッ!!」
気合の一声で放たれたシュートを側頭部に受けた恐竜は、目が覚めたようにキョトンとしながら立ち止まる。
行ける、と確信した仲間たちはボールを回すと、次々にシュートを放って恐竜たちを力づくで洗脳から解放した。
「……普通の恐竜たちでは太刀打ち出来んと言うわけか。だが、まだまだネタは尽きんぞ」
全ての恐竜が難なく開放されたにも関わらず、サカマキはそれが予想の範囲内とでもいうように冷静を保っている。
一方で、恐竜たちの猛攻は回避したとはいえ、いらぬ戦いまで強いられた雷門イレブンは既に満身創痍の状況だった。
「これで決定的となった。これで君たちが勝利する確率は──0だ」
「っまだだ……まだ諦めないぞ!!」
突き付けられる数字に、天馬は一瞬怯みながらも力強く言い返す。
土埃で汚れたその背中を見つめて、フェイは爪が食い込むほどに強く拳を握り締めた。