深い谷底にボールが飛び交う乾燥した音が響く。パーフェクト・カスケイドの機械的な動きは容赦なく、的確に雷門イレブンを追い詰めていた。
「何度やっても、無限ループ」
凶弾と化したボールに倒れていく天馬たちを見下ろしてレイ・ルクが言い放つ。
「いいや、まだだ……!」
それでも雷門イレブンは諦めずに立ち上がる。しかし、疲弊に疲弊を重ねた今、勝率がより絶望的になりつつあるのは彼らも自覚していることだった。
肩で息をする雷門イレブンに構わず、パーフェクト・カスケイドの猛攻が再開される。
「っディフェンス! 俺たちの後ろを守って下さい!」
「了解やんね──」
「ダメだ! サイドががら空きになる!!」
後方の黄名子や霧野に叫び、走り出そうとした天馬を神童が険しい声で制止した。その瞬間、神童が指し示した場所をブル・レクスたちがドリブルで駆け抜けていく。
「好きにはさせない!!」
走り出したフェイが進行方向へ飛び出していくが、ブル・レクスはそれを歯牙にも掛けず突破した。
蹌踉めいたフェイは、咄嗟に体勢を整えられず思わずその場に片膝を突く。疲労に体が耐えきれなくなりつつあるのだ。
「ッ僕はまだ、やれるはずなんだ……!」
「……」
歯を食いしばり、立ち上がるフェイに黄名子が気遣わしげな視線を向ける。だが、仲間たちにその些細な反応を気にする余裕はない。
「シュートコマンド20、“双飛遊星弾”」
グラ・フォムとブル・レクスの寸分違わぬ蹴撃がボールを捉える。
火球の如き勢いで向かってくるシュートを信助は雄叫びを上げながら受け止めようとしたが、小さな体はその威力を抑え込めずにボールごとネットに押し込まれることになった。
「前半でもう9点も……」
額に浮いた汗を乱暴に拭いながら、依織は悔しげに呻く。これでは前回の試合をただ焼き増ししているだけになってしまう。
「何でやんね、フェイ!」
仲間たちの様子を窺おうと依織が後ろを振り返ったその時、黄名子が突然声を張り上げた。
黄名子は半ば睨むような厳しい目付きでフェイを見ている。
「何で全力で戦わないの!?」
「た、戦ってるさ! 全力で戦ってる!!」
咄嗟にそう言い返したフェイは、逃げるように黄名子から背を向けてその場から走り去った。
「……黄名子は、フェイが全力を出してないように見えるのか?」
俯く黄名子に依織は尋ねた。うん、と小さく頷く彼女の目には、フェイに対する憤りと言うよりも、彼を心配して気遣っているような色が見える。
「──少し遊んでやるか」
雷門イレブンの僅かな不和を感じ取り、サカマキは手元のデバイスを操作した。
遠くから再び獣の鳴き声が聞こえてくる。
まさかまた恐竜の軍団が呼び出されたのかと天馬たちが身構えながら足音の近づいてくる方向を見ると、見覚えのある姿が岩山の間から飛び出してきた。
凶悪な顔つきのトリケラトプス。デスホーンだ。
「で、デスホーン!?」
デスホーンの強襲に気を取られたフェイが、背後から迫っていたブル・レクスのドリブルに突き飛ばされる。咄嗟に踏ん張ることの出来なかったフェイは、べしゃりと地面に倒れ込んだ。
「フェイ!!」
「あ……っ!」
呻きながら体を起こそうとするフェイに、神童が鋭い声を上げる。丘から降りてきたデスホーンが、そのまま真っ直ぐフェイに向かって突進してきたのだ。
「フェイ逃げて!!」
「うっ……うわあああッ!!」
天馬も駆け出しながら叫ぶが、彼を助け起こすには間に合わない。
眼の前に迫った巨木のような足に、フェイは反射的に目を強く瞑って悲鳴を上げた。
──だが、予想していた痛みや衝撃は訪れない。
恐る恐る瞼を開いたフェイの目に飛び込んできたのは、デスホーンの喉元の柔らかい部分に噛みついてぶら下がったビッグの姿だった。
「び、ビッグ!!」
デスホーンが煩わしそうに首を大きくブンと振ると、反動で振り落とされたビッグの体が地面に叩きつけられる。
けれどビッグは直ぐ様立ち上がると、果敢にデスホーンを睨みつけて低い唸り声を上げた。
「助けてくれたのか? 僕らの戦いを邪魔させまいとして……!」
デスホーンは標的をフェイからビッグへと変え、ラインの外へ出たビッグを追ってそちらへのしのしと向かっていく。
一定距離を保ちながらデスホーンと威嚇し合うビッグの背中を、フェイは信じられない気持ちで見つめた。
「ビッグ……君は乗り越えたんだね、独りぼっちになってしまった孤独を……!」
昨日まで頼りなかった小さな体が、今は何だか大きく見える。自分を守るようにして立ちはだかるその背中に、フェイは心の奥底から勇気が湧いてきたような気が らした。
「っ一緒に戦おう、ビッグ!」
「クルルルァ!」
まるで言葉が通じたかのようなビッグの反応に、フェイは嬉しそうに目を細めてパーフェクト・カスケイドたちを振り返る。
前半の残り時間はもう僅かにしか残っていない。せめてボールを奪われないようにしなければ──そう考え、剣城はここでボールを大きく下げる選択をした。
「黄名子!」
「っ!」
一瞬ぼんやりとしていた様子の黄名子は、それでもボールを零すことなく受け止める。
だがやはり反応が遅れたこともあってか、顔を上げた時にはパーフェクト・カスケイドの選手たちが3人、彼女の進路上に立ち塞がっていた。
「う……きゃ、キャプテン!」
これではドリブルで突破するどころか、パスすらままならない。黄名子は困った顔で離れた場所にいる天馬へ助け舟を求める。
「っひ、左サイドから攻めよう! 黄名子、錦先輩にパスだ!」
「うんっ!」
戸惑いながらも指示を出す天馬に頷いて、黄名子はボールを打ち上げた。
錦は落下してくるボールに身構えたが、それよりも早く割り込んできたブル・レクスがそれをカットしてしまう。
「あっ……!」
「ごめん、うちのパスが遅かったから……!」
「い、いや……!」
──身に覚えのある焦燥感に、天馬は心がざわめくのを感じた。
そうしている間にブル・レクスに追いついた神童がスライディングでボールを奪い、素早く周囲を確認して声を張り上げる。
「右のディフェンスが薄くなっている!」
「はい!」
太陽を伴い攻め込んでいく神童の背中を見つめて、天馬は小さく呟いた。
「やっぱり、神童先輩ってキャプテンらしいよな……」
溢れ落ちた独り言を聞く仲間はいない。
神童は太陽へボールをパスすると、ダイレクトパスでフェイへそれを届ける。が、それもすぐにクリアされ、フェイは顔をしかめた。
「っ、また……!」
「……フェイ!」
すると、黄名子がふいに彼の方へ駆け寄って声を掛ける。
「フェイはやっぱり、全力じゃない! ビッグにあんなこと言ってたけど……フェイ自身は本当に前に進めているの!?」
「!」
その言葉に、フェイはハッと依織の方を見た。その意図を組んだ依織は、私は何も話していない、と無言で首を振る。
ただ黄名子は、離れたところからずっと聞いていたのだ。フェイの吐露を、依織との静かな会話を、ずっと彼のことを心配して、気にかけていたから。
「化身アームドだって出来るはずなのに、何故やらないの!? フェイを押さえつけているのは何!?」
「フェイが、化身アームドを……?」
依織や天馬は、眉を上げてフェイを見る。
化身アームドの方法を天馬たちに教えたのはフェイだ。今まで気にしたことがなかったが、確かに言われてみればフェイ自身も化身アームドが出来なければ、教える側に立つことは出来ないだろう。
依織はその時、フェイの目に寂しげな感情を読み取った気がした。
「──嫌いなんだ、自分の化身」
ぽつりと、フェイは俯いてそう答える。
その答えに、黄名子は少しばかり目を吊り上げた。
「うちは好きやんね。《光速闘士 ロビン》は、可愛くて強い化身やんね!」
「! き、黄名子……何でそのこと……」
フェイの表情が動揺に染まる。黄名子はそんな彼の反応に構わず、険しい顔つきで続けた。
「ビッグだって、精一杯の勇気を振り絞って戦ってる。フェイはそれで良いのっ? 本当のフェイの力、見せて欲しいやんね!!」
叩きつけるように黄名子は叫ぶ。いつも人懐っこく輝いているその瞳は、真剣な色を湛えフェイを射抜いていた。
「フェイ……」
天馬にそっと肩を叩かれ、フェイはギクリと体を揺らす。
まだ試合は終わっていない──フェイは様々な感情が渦巻く胸中を感じながら、試合へと戻っていった。
「黄名子……大丈夫か?」
取り残された黄名子に、依織は小さな声を掛ける。
先程のやり取りで見たフェイの反応や、黄名子の言葉。気になることは多いが、今は言い争っている場合ではないはずだ。
「……うちは信じてる。あの子の力を、信じたいの……」
呟く黄名子の瞳から、抑制装置を着けても尚ぼんやりと感情が流れ込んでくる。
相手を労り、守りたいと言う感情。依織は目を瞬いて、黄名子の横顔を見つめた。
そうこうしている間にもボールがフィールドに投げ込まれ、試合が再開される。
残り時間はもうほんの僅か。雷門イレブンの残った体力を根こそぎ消耗させる為か、パーフェクト・カスケイドたちは今までに増して力に任せたプレーで攻め込んでくる。
「ぐああっ!」
「っ神童くん、剣城……!!」
次々と凪ぎ倒されるながらも、仲間たちは諦めずに起き上がり敵へ立ち向かっていく。その姿を見てたたらを踏むフェイに、黄名子は必死に声を張り上げた。
「みんなの姿が見える!? みんなサッカーを守ろうとしてる仲間やんね!! 仲間はみんな、全力で戦ってるやんね!!」
「仲間……、っ」
呟いたフェイに、黄名子は彼の真正面に立ち塞がって人差し指を突きつける。
「見せてよ──フェイの、本当の力!!」
「……!」
真っ直ぐと自分を射抜く瞳は、真剣そのものだ。
まるで何もかも見透かされているような、──依織のそれとはまた違う眼力を受け、フェイは不思議と激しく波打っていた心が凪ぐのを感じた。
「──分かった」
「!」
その瞬間、依織がカットしたボールが丁度彼の元へ飛んでくる。
頷いたフェイは、地面を蹴り大きく跳躍すると、空中でそれを受け止めた。
「フェイ……!」
「僕の本当の力、見せてやる!!」
吼えたフェイの体から、青紫色の光が溢れ膨れ上がる。
その光は形を為すと、ウサギのような耳を持ち青い篭手を構えた化身へと変貌を遂げた。
「《光速闘士 ロビン》!!」
現れた化身を見上げ、黄名子は目を輝かせて笑顔を浮かべる。
それと同時に、デスホーンと睨み合っていたビッグが一際大きな鳴き声を上げる。すると、彼の体から青い光が立ち上って、大きな恐竜のような形になった。
「何っ……!?」
「び、ビッグまで!?」
「どっちもがんばるやんね〜!!」
咆哮を上げながらビッグが突進していくのに合わせ、追随した化身に似た光が大きく口を開けて吼える。
それに気圧されたか、怯んだ様子を見せたビッグホーンは後退り踵を返すと、谷の奥深くへ逃げ帰っていった。
「そうか! そういうことか!!」
そこで突然大声を上げたのはワンダバである。マネージャーたちや控えに回った狩屋がギョッと驚くのにも構わず、ワンダバはミキシマックスガンを取り出してベンチから跳ね上がった。
「フェイ! ビッグ! ミキシマックスだ!!」
「!」
フェイの返答を待たず、放たれた光線が彼とビッグを繋ぐ。
色白の肌は小麦色に、瞳は汚れのない海を思わせるターコイズブルーへ、そして角のように逆立った髪は青色へと変化した。
ミキシマックスが果たされたのだ。
「──ありがとうビッグ。君の力を借りるよ」
「パワーアップか。だがその程度の力で、我々に通用するはずがない」
落ち着いた様子でビッグに微笑みかけるフェイへ、レイ・ルクは冷静に言葉を掛ける。
フェイは煽りとも取れるその発言に怒るでもなく、これだけじゃないよ、ニコリと口角を上げた。
「僕は君のこと嫌いだけど、力を貸してもらうよ。……僕の仲間たちのために!」
そして、彼は自身の化身を見上げてそう告げると、腕を掲げて高らかに叫んだ。
「──『アームド』!!」
ロビンの光が再び光へと戻り、分かたれてフェイの体に纏わり付く。ミキシマックスと化身アームドを同時に発動させたその姿に、天馬たちは目を大きく見開いた。
「あれらの同時使用だと!? 消耗が激しいはずなのに、大丈夫なのか……!?」
どうやらフェイがあんな芸当が出来ることを、ワンダバも知らなかったらしい。
そんなワンダバの心配を他所に、フェイは地面を力強く蹴って走り出す。衝撃で一歩目の地面は抉れ、パーフェクト・カスケイドたちですら反応が遅れるスピードでフェイは敵陣を一気に駆け抜けた。
「“王者の牙”──!!」
跳び上がり、打ち放たれたシュートは牙のような闘気を纏ってゴールへと襲いかかる。
「キーパーコマンド16、“弧月十字掌”」
繰り出された十字の障壁と、青白く光を放つ牙が激突する。次の瞬間、ラウ・セムの表情がほんの僅かに歪んだ。
牙が障壁を打ち破り、ゴールネットに食らいつく。
一拍の沈黙の後、天馬たちは思わず止めていた息を大きく吸い込んだ。
「や……やったーー!!」
スコアボードの雷門の点数にようやく1点が入ったところで、ホイッスルが吹き鳴らされる。前半戦が終わったのだ。
仲間たちは疲れも忘れ、挙ってフェイに駆け寄っていく。
「フェイ……!」
「……別に、隠してたわけじゃないんだ。化身を使いたくない理由があって……」
声を掛けてきた天馬に、フェイは少し申し訳無さそうに自然を足元に落としながらそう言った。
本人がそう言うのならば、深くは詮索するまい。そっか、と頷いた天馬は気を取り直して笑顔を浮かべた。
「でも、スゴイよフェイ!」
「ありがとう、天馬」
天馬の反応にホッとしたように微笑んで、フェイはふと仲間の輪から少し離れた位置に佇む黄名子の存在に気付く。
──仲間たちに貢献出来たのは、彼女の叱咤があったからこそだ。ニコニコと笑っている黄名子に、フェイは緩やかに笑みを返す。
「(うん──それで良い。これからも、うちが支えてあげるやんね)」
心中で語りかける声は、誰かに聞こえるはずもない。黄名子はただ黙ったまま、優しく微笑んでフェイを見つめた。