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幾度となく薙ぎ倒され、地面に打ち付けられたあちこちが熱を持つ。痛みをあまり感じないのは、恐らく試合に集中しているからだ。

「みんな! チャンスはハーフ後で体力が回復している今しかない。一気に攻めるよ!」
「分かった! 行くぞっ!」

声を張るフェイに頷いて、天馬は仲間たちを振り返って号令を上げた。

「よし、化身アームドで一気に攻め上がる!」
「おう!」

神童の指示に合わせ、依織と剣城と錦、そして神童自身もミキシマックスを解除する。
そして化身アームドが可能なフィールドプレーヤーたちは、一斉に化身を発動させた。

「『アームド』!!」

光が瞬き収束して、鎧となって顕現される。
短期決戦するしかない今、より体力を消耗するミキシマックスよりもフィジカルが強化される化身アームドの方が有効的だろう。

『ふむ、ミキシマックスと化身アームドを状況によって使い分けるか……奴らめ、成長しておるのう!』

葵の傍らでずっと観戦していた大介は、表情こそ分からないものの選手たちの成長振りに声に嬉しさを滲ませた。
一方で、天馬たちの化身アームドを初めて見たトーブは目を輝かせている。

「すげーっ、ウホウホくっぞ!」

トーブがピョコピョコ飛び跳ねていると、それまでベンチの屋根に留まっていたトーチャンがギャアッと一鳴きして飛び立った。そして彼の頭上でぐるぐると弧を描いて滑空し始める。

「おっ、トーチャンも戦い見てウホウホしてるのか!?」
「いーーいだろう!! では一か八かのミキシマックスだ!!」

ここに来てテンションが上ったのか、ワンダバはベンチから飛び降りてミキシマックスガンを構えた。マジかよ、と目を丸くする狩屋の視線を受け流し、ワンダバはトーブに向かって声を張り上げる。

「トーブ、跳べ!」
「は?」
「良いからトーチャンの近くまで跳ぶんだ!」
「お、おお?」

唐突な指示に困惑しながらも、トーブは持ち前のバネを活かして高く跳び上がった。
その体が最終到達点に来た瞬間、ワンダバは狙いを定めて引き金を引く。

ビリビリと空気が振動して、トーブの髪が赤く染まり瞳が金色になるのを見た天馬たちは、あんぐりと口を開けた。

「嘘ぉっ!?」
「ほ、ホントに出来ちゃった……」
「うおーっ! 何か力が湧いてくっぞ!!」

あっさりとミキシマックスを完遂させたトーブは、興奮したようにドラミングする。
そのまま後半戦が開始され、これ幸いと雷門イレブンは一斉に走り出した。

「トーブ!」
「おうっ!」

剣城からのボールを受け、錦がトーブへとパスを回す。
しかしボールが届くその寸前、割り込んできたファ・ニールがそれを空に打ち上げてしまった。

「あっ!」

舞い上がるボールを追ってファ・ニールが跳躍するのを見て、トーブも負けじと地面を蹴った。その高さは易易と敵を飛び越えて、トーブはボールをあっさりと奪い返す。
そのまま着地したトーブは向かってくるブル・レクスを視認すると、もう一度大きく跳び上がる。その滞空時間や飛距離は、最早ジャンプと言うよりも飛行に近かった。

「と、飛んでいる……!」
「シンドウ!!」

どうやら驚いている暇はないらしい。上空から繰り出されるパスを咄嗟に受け止めた、神童は直ぐ様剣城へ送り出す。
更にそれを剣城からフェイが受け取り、フェイは天馬と敵陣を駆け上がりながら声を張り上げた。

「天馬、行くよ!!」
「おう!!」

跳躍した2人の軌跡が交差する。空中でフェイの両手を掴んだ天馬は、その勢いのまま彼の体をボールへ向かって振り下ろした。

「“エクストリーム──ラビット”!!」

2人分の膂力を受けて3つに分身したボールが、フィールドを力強く跳ねてゴールに向かっていく。
その威力は繰り出された必殺技すら打ち砕き、ゴールを貫いた。

「お前ら、いつの間に新しい必殺技なんて……」
「へへ……やったな、フェイ!」
「うん!」

目を瞬く依織にはにかんで、天馬とフェイはハイタッチを交わす。
流れは確実に変わってきている。喜ぶ雷門イレブンに目を細め、サカマキはインカム越しに次の指示をパーフェクト・カスケイドに与えた。

『レイ・ルク。そろそろ良いだろう……プラクティスモードから、ノーマルダイブモードに移行する』
「了解」

一斉に短く応答したレイ・ルクたちに、天馬たちは今度は一体何事かと僅かに鼻白む。
そして、ボールがセンターサークルに戻り試合が再開された瞬間、嫌でもその変化に気付いた。

「なっ……」

吹き抜ける風と共に、眼の前からボールが消える。
それが目にも止まらぬドリブルであることに気付いた頃には、もう遅かった。

「(違う……今までと全然違う!!)」

残像を残してフィールドを駆け回るパーフェクト・カスケイドに、天馬はゾッとくるものすら覚える。彼らはずっと、力を抑えて戦っていたのだ。

「奴らのスピードが増した……! ここからが本気だとでも言いたいのか!?」
「──『本気』。それが最大限の力を発揮すると言うことなら、答えはノーだ」」

呟く剣城の眼前に、瞬きの間にレイ・ルクが現れる。

「我々は君たちのレベルに合わせて、力をセーブしている」
「何を……ッ!!」

激昂した剣城は、次の瞬間鳩尾に強い衝撃を受けて吹き飛んだ。レイ・ルクの放ったボールが直撃したのだ。

「剣城っ……」

叫び掛けた依織のすぐ横に風が吹く。マズい、と脳が警鐘を鳴らした頃には、その体は地面に叩きつけられていた。

「──ァぐっ!!」
「依織!!」

葵の引き裂くような悲鳴が響く。
その後も次々とパーフェクト・カスケイドはシュートで化身使いたちを吹き飛ばし、強制的に化身アームドを解除させていった。

「っアームドの力を奪うために、こんな攻撃を……!」
「動きについて行けない……ッ!」

さっきまで見えていたはずの光明が小さくなっていく。一体どうすれば、と歯噛みする天馬を一瞥して、ふいに太陽が声を張り上げた。

「みんな! 敵の動きに惑わされていたら守れない! 全員一定間隔を保って、ゾーンディフェンスをやろう。自分の受け持ちのエリアを全力で守るんだ!」
「太陽……」
「天馬も一緒にやるよ!」

力強い太陽の視線を受け、天馬は戸惑いながらも頷く。
──太陽もかつてはキャプテンだったのだ。今更ながらそれを思い出して、天馬は何故だかより一層焦燥感に駆られた気がした。

太陽の指示通り、ゾーンディフェンスに徹した雷門イレブンにパーフェクト・カスケイドの動きがほんの僅かではあるが鈍くなる。
パスコースを限定すれば、シュートを打たれるタイミングもある程度は予想が出来る。近づいてくるレイ・ルクに信助が身構え、ゴール前に黄名子と霧野が躍り出た。

「──来る!」
「“もちもち黄粉餅”ーーッ!!」
「“ラ・フラム”!!」

信助の声と同時にシュートが放たれ、2人は一気に必殺技を繰り出す。
それでもシュートを止めるには至らず、2つの障壁を突き抜けてきたボールに、信助もまた必殺技を繰り出した。

「“大国謳歌”!!」

巨岩の掌がボールを包み、ゴールライン際で押さえつける。
無事にシュートを止めた信助は、額に脂汗を滲ませながら安堵の笑みを浮かべた。

「っ止めた……!」
「やったな、信助! それに太陽の指示のお陰で、これなら……!」
「──いいや、マズいよ」

笑顔で振り返る天馬だったが、反して太陽の表情は芳しくない。
首を振った太陽は、隣で同じように硬い表情をしている神童に話しかけた。

「確かにゾーンディフェンスの効果はありましたが……」
「たった一度の攻撃で、ここまで消耗させられるとはな」

その言葉にハッとした天馬は、改めてフィールドを見回す。
ボールを止めた信助は勿論、その威力を弱めた黄名子と霧野、何とかパーフェクト・カスケイドたちの動きを止めていた仲間たちも、既に疲労困憊の状態だった。

「──理解したかな。実力の差を」
「!」

落ち着いた声の問いかけに、天馬はレイ・ルクたちを見やる。
こちらが疲れ切っているのとは対象的に、パーフェクト・カスケイドは汗1つ掻いていない。
やはり雷門イレブンの実力は、パーフェクト・カスケイドを打ち倒すレベルには未だ至っていない──悔しいが、それは認めざるを得ない事実だった。

不安で激しく脈打ち始める心臓を感じながら、依織は歯を食い縛る。

「(でも、だからってどうする!? ここで負けたら後が無い……!)」

ここで諦めたらサッカーも円堂も、そして依織自身もおしまいだ。冷たい汗が頬を伝い、流れ落ちたその時だった。

「──トウドウか」

ふいにサカマキが、送られてきた通信に応答する。
雷門イレブンが緊張した面持ちでそちらを見ると、サカマキの顔色が変わった。

「何、奴らが? ──レイ・ルク、緊急事態だ! 戻るぞ!!」
「……イエス。本部からの情報を受信、こちらも状況を把握。直ちに帰還します」

数秒、瞼を閉じてサカマキの指示に応えたレイ・ルクは、仲間たちを伴い光となって消えていく。
それと同時にサッカーフィールドやサカマキの姿も消え、離れた場所から空へ飛び上がった黒い円盤が、虹色の光の中へと入って消え去るのが見えた。

「ど……どういうことだ?」
「ひとまず、追っ払ったってことかな……」

そこから完全に気配を消したエルドラドに、辺りを見回しながら神童が呟く。警戒を解かないまま信助が言うと、剣城が険しい顔つきで首を振った。

「いや……見逃してもらったと言うべき状況だな」
「でも、俺たちだって十分に……!」
「ああ。敵の最強チーム相手に、何とか戦えた」
「それでも、『何とか』なんですよね……」

重たい溜め息を吐きながら、脱力した依織はその場にへたり込んだ。あちこち傷ついた体が今更ながら痛みを訴え始める。

「もっと特訓してレベルアップすれば、きっとサッカーも円堂監督も取り戻せるはずだ……!」
「そう、ですよね……」

仲間を鼓舞する神童の声にも、頷く天馬の声にも、疲れの他に隠しきれない不安が滲む。一歩進んで一歩下がったような複雑な心境に、依織は天を仰いだ。




消化不良に近いモヤモヤとしたものを感じながら、谷から脱出した雷門イレブンは拠点へ戻って体を休める。
しばらく再びエルドラドが戻ってくるのではないかと警戒はしていたが、結局夕方になるまで彼らは現れなかった。

「──トーブくん! 君のご家族を探していたんだが、見つかったぞ!」

アルノが意気揚々と彼らの前に顔を出したのは、現代へ帰る支度を終えた直後。辺りがすっかりオレンジ色に染まり始めた頃だった。
事故で行方不明になっていたと言うトーブの家族が無事だったと聞き、天馬たちはホッと胸を撫で下ろす。

「これで未来にいる家族の元に帰ることが出来る!」
「良かったね、トーブ! ……トーブ?」

自分のことのように嬉しそうにトーブを見やった天馬だったが、トーブの横顔は喜ぶでもなく真っ直ぐにアルノを見つめ返していた。

「どうしたの? 家族のところへ帰れるんだよ……?」
「……悪いけど、オラは帰らねえ」
「えっ!?」

天馬は向かいにいた信助と思わず顔を見合わせて、大きな声を上げる。

「オラ、今の生活気に入ってんだ。それと、家族ならここにもいるしな!」

そう言って、トーブは近くの岩山に腰掛けているトーチャンを笑顔で振り返った。
確かに記憶に残っていない家族よりも、生まれてからずっと一緒にいるトーチャンの方が、トーブにとっては離れがたい存在だろう。

「そうか……それもまた人生じゃ。君のご家族には、わしが説明しておこう。いつか君が会ってみたくなったときに会いに行けばよい」
「何かオラのために色々とやってくれたのに、すまねえなぁ」
「なぁに、気にするな!」

申し訳無さそうに頭を掻くトーブに、アルノは笑みを浮かべて首を振った。

「それに、オラにはロックスターとの約束があっからな」

ちらりとトーブがビッグに視線を投げかけると、ビッグは少し首を傾げてきゅう、と小さく鳴く。

「ビッグはロックスターの跡を継いで、獣の谷のボスになんなきゃならねえ。ロックスターが教えてやれなかったことを、オラが教えてやれたら……きっとこいつは、立派なボスになれる」
「そっか……」

ぽつりと呟いたフェイと、ビッグの視線がかち合う。きゅうきゅうとねだるように鳴くビッグにふと微笑んで、フェイは乾燥した彼の顎をゆっくりと撫でてやった。

「ビッグ……これでお別れだ。お前なら、きっと立派なボスになれるさ。僕はお前の力を借りて、戦い抜くからな……」

そう語りかけて、フェイは名残惜しそうにビッグから離れる。
ぴぃ、と鳴くビッグから視線を逸らして、さぁ行こう、と彼は誰よりも早くタイムマシンに乗り込んだ。

雷門イレブンを乗せたタイムマシンが、ゆっくりと浮かび上がる。
こちらへ向かって手を振るトーブの隣で、ビッグが聞いたことのない大きな声で鳴いているのが見えた。

「さよならって、吼えているみたい……」
「っ……」

小さく葵が呟くと、それまで黙りこくっていたフェイがやにわに立ち上がって窓の側に駆け寄って行く。それを見て、ワンダバは無言で窓を開けた。

「ビッグー! さよなら、元気でなー!!」

窓から身を乗り出すようにして離れていく姿に声を張り上げると、負けじとビッグも更に大きな声で鳴く。

「何者にも負けない強い恐竜になるって、誓っているんじゃないかな……」
「っビッグーー!」

目頭が少し熱くなるのを感じながら、天馬はフェイの背中を叩いた。
すん、とフェイが鼻を啜る音がする。もうビッグとトーブの姿は豆粒程にしか見えなくなっていた。

「……うん……きっと、ビッグならもう大丈夫」

だから僕だって、と言う微かな呟きは、すぐ後ろにいた天馬にすら聞き取ることは出来なかった。


§


真昼の青い空に似つかわしくない煙が上がる。光線が飛び交い、街で一等大きなビルが爆発の衝撃に振動する。
電気系統が一部やられてしまったのか、室内は真っ暗だ。その内の一角、会議室で議員たちは隅の方に集まって時折聞こえる爆発音に身を竦ませていた。

「きゅ、救援はまだ来んのか!?」
「まさか奴ら、直接エルドラド本部に襲撃して来るとは……!」

怯えきった部下たちが口々に叫ぶのを、トウドウは顔をしかめて聞いている。
やがて会議室の扉が大きな衝撃と共に開き、外から入り込んできた光に彼らは一瞬目を眩ませた。

「──もう逃げられないよ、トウドウ議長」
「!!」

眩む視界の中、少年の声が聞こえてくる。
少年が光を背負いながら暗がりに足を踏み入れると、その姿が露わになった。
逆立った白い髪に、ゴーグルで目元を隠したその姿を見た議員の1人が息を呑む。

「SARU……! SSCを率いる少年です」
「僕のこと覚えていてくれたんだ? 光栄です、オジさん」

どこか人好きしそうな口調であるのに、その声はどこかこちらを下に見ているような色をしていた。
彼の傍らには仲間が数名、そして子供ばかりの組織に似合わない、長い白髭を蓄えたローブの人物が佇んでいる。
ここに来ていきなり本部を襲撃してきたのは、もしやあのローブの人物の差し金だろうか──そんな考えを巡らせながら、トウドウは口を開いた。

「馬鹿げている。子供だけで世界を敵に回して戦争など……!」
「ふふっ。でも本気で困って、僕らを消そうとしているじゃない」

レーザーガンの背で肩を軽く叩きながら、少年──SARUはゴーグルに隠れた目を楽しそうに細めた。

「僕らの才能遺伝子の発生源となったサッカーを、歴史から消そうとしてるんだよねぇ? それって卑怯じゃない、オジさん?」

ぐ、と議員たちは返す言葉もなく口を噤んだ。SARUの傍で控えている少年少女が、クスクスと笑う気配がする。

「子供か大人かなんて関係ない。始まるんだよ、弱肉強食の自然のルールに置ける淘汰が……!」

そう言って口角を三日月のように曲げたSARUだったが、ふいに時空転移独特の空気を裂くような音を耳が拾いその笑みを引っ込めた。
次の瞬間、任務中に緊急召集をパーフェクト・カスケイドとサカマキが議員たちの前に姿を現わす。

「お待たせしました、議長」
「おお、パーフェクト・カスケイド……!」

寸でのところで間に合った救援に、議員たちはホッとした様子で表情を緩めた。
サカマキはちらりとトウドウと目配せを交わし、声を落としインカム越しにレイ・ルクたちへ指示を出す。

「──了解、戦闘を開始する」
「いや、やめとくよ。今日は戦いじゃなく、忠告に来たんだ」

だが、それを制したのは意外なことにSARU自身だった。
どうせ素直に門を開けてはくれないだろうと思って、ちょっと強めにノックさせてもらったんだけど──とジョークを飛ばすその表情には焦りはなく、寧ろゆったりとした微笑みすら浮かんでいる。

「忠告だと……?」
「過去のタイムルートを修正して、僕らの存在を消そうとしているみたいだけど……無駄だよ」
「何故だ?」

この状況にやはり気が急いているのか、トウドウはやや食い気味に問いかけた。

「松風天馬や、その仲間たちは君たちには倒せない」
「その認識には誤りがある。我々の勝利は確実。歴史の修正が終わるのは時間の問題だ」

淡々とした口調で反論するのはレイ・ルクだ。SARUはそう返されるのも予想の内だったのか、軽く肩を竦めながら笑う。

「それはどうかな? 彼らは中々手強いと思うなぁ」
「そんなことを言うためにここに来たわけではあるまい。……どうするつもりだ。ここで我々を滅ぼすのか?」

会話による時間稼ぎにも限界を感じ、トウドウは一気に切り込んだ。するとSARU眉を上げ、違うよ、困ったような──或いは小馬鹿にするような笑みを浮かべて言った。

「勘違いしないでほしいなぁ……僕らはオジさんたちとの共存を望んでいるんだから。今日はね、忠告の他に提案があって来たんだ」
「……提案?」

身構えるトウドウに、SARUはゴーグル越しに瞳を冷たく光らせる。

「断れないことは……分かるよね?」