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騎士として整列する仲間たちと対峙して、天馬は緊張の面持ちでごくりと唾を飲む。
絵本で見た入団テストは騎馬戦だった。これから自分はぶっつけ本番で馬を乗りこなし、武器を持って戦わねばならないのだ──そう思うと、胃の辺りがぐるぐると気持ち悪くなってくるような気がした。

「では、入団テストを始める」

アーサーの声に、天馬たちは小さく肩を揺らして身構える。
王がマントの内側から取り出したのは、荘厳な衣装には似つかわしくない白と黒だった。

「今回の種目は……サッカーだ!」
「っさ──サッカー!?」

掲げられたサッカーボールを見上げ、天馬は目を丸くして素っ頓狂な声をあげてしまう。
そう来たか、と呟くワンダバはあまり驚いていないようである。フェイは思案げに顎に手を当てて、天馬の困惑した視線にこう答えた。

「多分、パラレルワールドが作られるときに、僕らの持ち込んだサッカーと言う概念がこの世界に組み込まれたんだ」
「ならばフェイ、デュプリだ!」

ワンダバの提案に頷いたフェイは、指を鳴らして八体のデュプリを召喚する。それを見たアーサーは、「中々の魔法を使うな」と目を細めた。こういった現象は全て魔法として扱われる世界観らしい。
サッカーでみんなと戦う。天馬は先程までとは少し違う緊張感に表情を固くする。

所代わり、城の一角。
その部屋の真ん中にある豪奢なベンチに腰掛けて、依織は外の様子が見える不思議な水晶玉を熱心に覗き込んでいる。
水晶玉は窓の外から城の廊下を見るような構図で景色を映し取っており、そこに鎧からいつものユニフォーム姿になった神童がやって来て、ある部屋の扉を開ける。そこには既に天馬とフェイが通されており、彼らもまたいつかの赤いユニフォームに着替えていた。
扉が閉ざされ中の会話は聞こえなくなってしまったが、どうやら入団テストはサッカーをするらしい。

依織は改めて絵本の内容を思い出す。
自分の役割は、恐らく入団テストの後──王の娘が攫われた後に登場するキャラクターだろう。ここが物語の世界だとして、正しい道筋を辿るのが現代へ戻るための方法なのだとしたら、筋書きから大きく外れた行動を取るのはあまり得策とは言えないかもしれない。
依織は自分一人だけまだ物語に介入できないことを歯痒く思いながら、整えられた広場に出てきた仲間たちを見守った。

「あ……葵だ」

白線の引かれたフィールドを見下ろすエントランスに、アーサーと並んで葵がやって来るのを見て依織は思わず声を漏らした。葵は水色の落ち着いたデザインのドレスを身に纏っている。きっと彼女がアーサーの一人娘、『メローラ姫』の役なのだ。
と言うことは、彼女がドラゴンに攫われるということか。依織は苦々しい顔になった。
フィールドにはすでに両チームが揃っている。アーサーが伝承に違わぬカリスマ性を持つ王ならば、戦いに手を抜けば見破られてしまうだろう。つまり、今から始まるのは本気の真剣勝負ということだ。
これを見た依織はスウッと息を吸い込んで、ベンチにうつ伏せになって転がって。

「いいなぁ〜〜〜〜!!」

周りに誰もいないことを良いことに、悔しそうに叫んだ。仲間と本気で戦う、しかもそこに何の柵もないなんて近頃は滅多に出来ない経験だ。依織はジタバタ足を揺らす。
やがてポジションに着いた選手たちが一斉に動き出し、試合が始まった。音が少し遠くに聞こえるので、依織はジタバタするのをやめて不満げな顔のまま頬杖をついて静かに試合を観戦した。
鳥の目を借りたような1点俯瞰からのカメラワークだと、全体の流れがよく分かる。雷門イレブン側の動きが天馬たちと比較してスムーズに見えるのは、神童や太陽、それに霧野がチームを動かしているからだろう。対し、天馬の方は指示が上手く選手と噛み合っていないのか、ぎこちなさが見える。それもきっと、天馬の中にある迷いが原因になっているのだろう。
よくもまぁ同じようなことで何度も悩むヤツだ、と依織は自分のことを棚に上げた。それもこれも神童が有能であることと、太陽のリーダーシップがやたら高いせいではあるが。
ただまぁ、状況が状況だ。このまま二進も三進も行かないようであれば、そこで助け舟を出してやろうとも思う。天馬が”キャプテン“である以上、放置出来ない問題でもあるのだから。

やがて得点が1対1になったところで、アーサーが試合の終了を宣言して入団テストは終わった。



「終了って……」

これにて入団テストを終了する──声を張り上げたアーサーを見上げ、天馬は眉を下げる。試合終了を待たず切り上げられたと言うことは、彼のお眼鏡には敵わなかったと言うことだろうか。アーサーの隣で、メローラに扮した葵が不安そうに天馬を見ている。
アーサーは緊張した面持ちでこちらを見上げる天馬とフェイをしばし見つめると、ふと口角を持ち上げた。

「──二人とも、見事な戦いであった。合格だ!」
「!」

その言葉に二人はじわりと目を大きく見開いて顔を見合わせると、「やった!」とハイタッチを交わす。
固唾を飲んでいた雷門イレブンの面々も、ホッと胸を撫で下ろし笑顔で天馬たちに駆け寄って行った。

「良かったな、二人とも」
「はい、ありがとうございます!」
「これで物語は次に繋がったね……!」

無事に役割を果たしたこともそうだが、天馬は自分の力が認められたことに何よりもホッとしていた。突然テストが終わった時はどうなることかと思ったが、アーサーはきちんと天馬とフェイの力を見定めてくれていたのだ。

「さて……となると、この先は……」

表情を顰め、小さく神童が呟いたその時である。
突如遠くから雷鳴が響き渡り、先ほどまで青々と晴れ渡っていた空に暗雲が広がっていく。雲は瞬く間に大きくなると、城全体に暗い影を落とした。

「雲が……」
「──キャアッ!」

次の瞬間、激しい音と共に降り注いだ稲妻が、城の一角に直撃した。焼け焦げ、轟音と共に崩れ落ちてきた城壁に、アーサーは葵を後ろ手に庇って顔を顰める。
間髪入れず、天から降って来たのは獣の咆哮だ。ハッと頭上を見上げると、何か巨大なものが城へ向かって飛んでくるのが見えた。

「何あれ!?」
「ど……ドラゴン!?」

2対の角、黒い体毛と鱗に覆われた姿。アーサーはそれを見上げ、目を見開いた。

「あれは……マスタードラゴン!」
「! あれが第9の力……!?」

雷光を背負い、マスタードラゴンは空中で滞空する。その角の間に何かが乗っているのを見て、倉間が声を上げた。

「見ろ、あれ! 人が乗ってる!!」
「何……!?」

そこにいたのは、黒い鎧を身に纏った人物だった。その顔は仮面で覆われ、正体は掴めない。

「行け」

黒騎士が仮面の奥で短く命令すると、マスタードラゴンは天を劈くような雄叫びを上げてアーサーと葵に向かって猛スピードで飛んでいく。いくら何でもあんなスピードで突っ込まれては怪我では済まない。神童は仲間たちを振り返り鋭く叫んだ。

「みんな、王と姫を護るんだ!!」
「はい!!」

頷き、天馬とフェイを加えた円卓の騎士扮する雷門イレブンはエントランスへ駆け上がっていく。
アーサーは獰猛な獣と化したマスタードラゴンに眉を顰め、葵へ言い放った。

「メローラ、城の中へ!」
「は、はい!」

慌てた葵が城へ入る間もなく、鞭のように撓ったマスタードラゴンの尾がエントランスの一部を破壊する。葵は激しい衝撃にその場で尻餅を突き、蹌踉めいたアーサーは「一体どうしたと言うのだ……!」と呻いてマスタードラゴンを見上げた。

「──我ら円卓の騎士! 王をお護り致します!!」

そこで神童たちがそれぞれエントランスの上部と下部に到着した。神童は小脇にしていたボールを放り、そのままマスタードラゴンに向かって力強くシュートを放つ。
マスタードラゴンはこれを片手で軽く弾くが、彼らもまた諦めない。「まだだ!」と跳ね返ったボールを太陽が打ち込むが、これもまたあっさり跳ね返されてしまう。恐竜たちであればこれで撃退出来たのだ、やはりそもそもとして生き物としての格が違うと言うことだろう。
雷門イレブンが奮戦していると、不意にマスタードラゴンを駆っていた黒騎士が掌から紫色の光球を生み出した。

「天馬!」
「何だ、あれ……!?」

黒騎士はそれを掲げると、エントランスに向けて勢い良く投げつける。向かう先はアーサーではなく、城へ避難しようとしていた葵──メローラだった。

「メローラ姫、危ない!!」
「きゃっ……!?」

咄嗟に葵へ駆け寄り、その背を突き飛ばした黄名子に光球が激突する。
その瞬間眩い光に包まれた彼女の体は、シャボン玉のようなものの中に囚われていた。

「わっ……!」
「黄名子ちゃん!」

黄名子を捕らえたシャボン玉はふわりとマスタードラゴンの眼前まで舞い上がり、葵は小さく悲鳴を上げる。

「天馬、行くよ!!」
「うん!!」

このままでは黄名子が連れて行かれてしまう──跳ね返ったボールを蹴り上げて、天馬とフェイは跳び上がった。

「”エクストリームラビット“!!」

ウサギのように跳ねたボールは、激しい音を上げてマスタードラゴンの頭に激突した。流石に脳を揺らされれば堪えるのか、マスタードラゴンの体が一瞬ぐらつく。その一瞬、マスタードラゴンと目の合った黄名子はハタと目を瞬いた。

「あれ……あなた──」

しかしそれも瞬きの合間のことだった。次の瞬間、怒りの絶叫のようにも聞こえる咆哮を上げたマスタードラゴンは、黄名子を捕らえたシャボン玉を片手で鷲掴む。

「イレギュラーだが、仕方ない」

黒騎士が無機質な声でそう呟くと、マスタードラゴンは踵を返して遠くの空へ飛び去っていく。
黄名子ちゃん、と涙の滲む葵の声は、しばらく天馬の耳にこびり付いて離れなかった。






マスタードラゴンが去った後、今朝まで穏やかだった城の空気はにわかに騒々しくなった。
彼らからしてみれば、人間の味方であったはずのマズタードラゴンが突然城に襲いかかってきた上に騎士を1人誘拐する大事件が起きたのだ。落ち着いて事に当たれと言うのも無理な話なのかもしれない。
しかし、そんな中でもアーサーは一人冷静だった。鎧に着替えた騎士たちを一室に集めた彼は、巨大な卓に彼らを着かせて改めて口を開く。

「これより、円卓会議を行う。マスタードラゴンは賢者の知恵を持つ我々の守護聖獣……人間を襲ってくるとは解せぬ」
「一体何が起こったのでしょう……?」
「分からぬ……もしかすると、この世界に災いが訪れる前触れなのかもしれぬ」

物語の先を知っている天馬たちも、マスタードラゴンがどうして暴走しているのかハッキリと知っているわけではない。災い、と呟いた神童は、難しい顔をして俯いた。

「それを知るためにも、マスタードラゴンの住処へと向かわねばならぬ」
「その住処っていうのは、どこにあるんですか?」

フェイが手を挙げて尋ねると、「それもまた分からぬのだ」とアーサーは言って首を振る。

「聖獣の存在は、国中の人間が知っている。ただその力を悪用されぬよう、居所を知っているのは国でただ一人……宮廷魔術師の任を与えられた者とだけとされている」
「宮廷魔術師……?」
「左様。だが、今は緊急事態だ。黄名子を救い出す為にも、我々はその決まりを破らねばならん。そしてやむを得ぬときには……エクスカリバーで、マスタードラゴンを退治することになるだろう」

エクスカリバーの名前に、選手たちは少し目を輝かせた。エクスカリバーは例の絵本、そして原典に登場する聖剣だ。男子であれば、その響きに胸が躍るのも仕方のないことなのである。
彼らの反応に反し、重たい口調で言って立ち上がったアーサーは会議室奥まで進むと、ステンドグラスの下にあった水晶の台座まで歩いていく。天馬たちがそれに続くと、アーサーは台座に差し込んであった長剣を抜いた。

「皆の者、これがエクスカリバーだ!」
「おおっ…………お、ん?」

鞘から引き抜かれた刀身に、思わず子供たちは歓声を上げた──が、そのリアクションはすぐに萎びてしまう。
姿を現した聖剣は、全体が錆びて朽ち、神々しさの欠片も感じない程ボロボロになっていた。

「さ、錆だらけだ……」
「これが聖なる剣なのですか……?」

これではそこらにいる魔物でさえ倒せるか怪しいものだ。つい怪訝な声で尋ねる神童に、アーサーは真面目な顔で頷く。

「かつて私は、このエクスカリバーで多くの魔物たちを打ち倒してきた。しかし祖国のために戦い続ける内に傷付き、今は魔力を失ってしまっている」
「そんな……本当にこの剣でマスタードラゴンを倒せるんですか?」

不安そうな声を上げる天馬に、案ずるには及ばぬ、とアーサーは笑みを浮かべながら剣を鞘へ仕舞った。

「妖精の森の湖で、再び魔力を与えて貰えばエクスカリバーは蘇る。まずはそこへ赴くためにも、あやつに助力を求めなければならぬ」

エクスカリバーをベルトに差し込んで、大股で会議室を出たアーサーに天馬たちは慌てて着いていく。

廊下を抜けてアーサーが向かうのは、中庭を挟んだ場所に位置する背の高い塔だった。
長い螺旋階段を登りつつ、天馬は前を行くアーサーに尋ねる。

「あの、ここには誰がいるんですか?」
「宮廷魔術師、マーリンだ。妖精の森は天然の迷路……人間が迷い込まないように、普段は彼女が結界を張っている」

彼女、と小さく反復したのは天馬ではなく剣城だ。天馬もまた、ひょっとして、という気持ちで階段を登る。

塔の最上階、踊り場に着くと大きな木の扉があった。
アーサーが扉を叩こうと手を伸ばすと、その直前にガチャリとドアノブが勝手に回って扉が内側にゆっくりと開いていく。

「わっ……」

途端、中からふわりと花の芳しい香りが漂い花びらが舞い上がる。季節や時間に関係なく、魔法で色とりどりの花々が咲き乱れているこの部屋は、通称『緑の部屋』と呼ばれていた。

「──マーリン、頼みがある」

室内に足を踏み入れ、アーサーはよく通る声で言った。天馬は目の前にちらつく花びらを手で避けながら、あっと声を上げる。

「マスタードラゴンの居所と妖精の森の結界の解除。分かってますよ、見てましたから」

そう言って部屋の中央にあったベンチから立ち上がったのは、水色のマントに白いワンピースを身に付けた依織だった。彼女は右手に大きな水晶玉、左手に見るからに魔法を使えそうな銀色の長い杖を手にしてこちらに歩み寄る。

「朝からず〜っと、本当に入団テストが始まる前から暇で暇で仕方なくって!!」
「お、俺に言われても……」

依織は顔に笑顔を貼り付けて、物語の主人公である天馬に詰め寄った。
「でも待つのもこれでおしまい!」と依織はマントを翻してクルクル回る。彼女は暇を持て余し過ぎて少々ハイになっていた。よっぽど一人で暇してたんだな、とどこか同情の滲む声で剣城が呟く。

「まずは妖精の森に行くんでしょ? さ、行きましょう!」
「ああ、うむ」
「──お待ち下さい、父上」

アーサーが頷くや否や、扉が再び開かれた。硬い表情で室内に入ってきたのは葵である。

「私もお供致します!」
「それは危険だよ、あお──あ、いえ、危険ですメローラ姫!」

言い掛けて、アーサーの目がこちらを見たことに気付いた天馬は慌てて彼女に畏まった口調で言った。
すると彼女はそっと天馬に顔を近づけ、アーサーに聞こえないように小声で言う。

「絵本では、本当はメローラ姫が攫われることになってたでしょ。だったら、私が一緒に行った方が物語に整合性が出ると思うの」
「だ、だけど……」
「メローラ姫を演じ切ることが、この世界で私がやるべき役目でしょ」

そう告げた葵の顔は真剣そのものだ。自分の代わりに黄名子が攫われてしまったことへの責任感もあるのだろう。
こうなった彼女がテコでも動かないことを知っている天馬は、ぐうと唇を引き結んだ。

「父上。彼女は私の身代わりとなって連れ去られたのです。私もお供させて下さい!」
「メローラ……」

しばし娘を見つめたアーサーもまた、彼女の意思が固いことを感じ取ったのだろう。やがて穏やかな笑みを浮かべ、彼は頷いた。

「よかろう。着いてまいれ」
「! ……はいっ!」

かくして一向は、囚われの身となった姫君もとい、騎士を助けるために城を発つこととなった。
マスタードラゴンの住処までは、それなりの距離があるらしい。葵が着いてくることも加味して、天馬たちは途中まで馬車を使うことになった。

「おお、もう来ちょるぜよ!」

裏庭の一角に止まった大きな馬車を見つけ、錦がそちらを指差す。

「おーい、御者さん! そろそろ出発の……」
「あァん?」

御者台へ回り込んで声を掛けると、すこぶる機嫌の悪そうな顔で”御者“が振り向いた。
水鳥である。

「っておまんかいや!!」
「……ふ〜〜ん」

錦を見た水鳥は、じとりとした目で彼を睨むように見る。
「な、何ぜよ」と思わず錦が怯むと、彼女はカッと目を見開いた。

「何でアンタが騎士で、あたしが御者なんだよ!」
「わ、わしに聞かれても困るぜよ」
「分かる、分かるぞその気持ち……」

ワンダバはいつの間にか水鳥の隣に腰掛けてウンウンと頷いている。
自分一人だけ地味で華のない役なんて納得が行かない、とグチグチ呟いて、水鳥は手綱を握り締めた。

「それよりおまん、馬車の運転なんて出来るがか?」
「あ? やったことはねえけど……その為の役なんだ、やってみりゃ出来るだろ」

不貞腐れた様子で答えた水鳥に、「大丈夫かのう」と錦は顔を引き攣らせる。
やがて全員を乗せた馬車は、まずは妖精がいるという湖を目指して出発した。




「これが妖精の森の湖がある森?」

大きな森を前に、天馬は馬車の窓から顔を出して首を傾げた。森の周辺には蛍のような光がちらほらと浮遊している。あれがアーサーの言っていた結界なのだろうか。

「このまま進もうとすると、結界の力で入り口に戻されるのだ。マーリン、頼んだぞ」
「はい」

アーサーの言葉に頷いた依織は水晶玉を葵に預けて馬車を降りると、銀の杖を器用にクルクルと回しながら自身もその場で数回転した。マントが翻り、一見すると踊っているようである。
すると彼女の周りでパチパチと火花が弾け、森を漂っていた光の粒が杖に吸い込まれ始めた。

「──はい、おしまい」

最後にカン、と杖の石突で地面を叩く頃には森に漂っていた光の粒は全て消えていた。一仕事終えた風にフゥ、と息を吐いた依織は、いそいそと馬車に戻ってくる。

「綺麗だったなー、今の! どうやったの?」
「いや正直私もよく分からん」

目を輝かせる信助に、依織は真顔で言った。とりあえず何か出来ると思ったら出来た、と言う彼女に「なんて適当な魔術師なんだ……」と神童は呆れた様子で呟く。

そこからしばらく森の奥へ進み、馬車は大きな湖を前に停車した。

「この湖に妖精が……」

馬車から降りた天馬は、周囲を見渡して小さく呟いた。
大きな湖の水面は、辺りが生い茂る木々で薄暗くなっているのにも関わらず不思議とうっすら蒼く輝いている。
アーサーは湖の淵まで降り立つと、エクスカリバーを鞘から抜いて胸の辺りで掲げた。

「湖の精霊よ。エクスカリバーに今再び力を!」

そう言うと、アーサーはエクスカリバーを勢い良く湖へ向かって投げ込んだ。ザポン、と水飛沫を上げて水底に沈んでいく剣を、一向は静かに見守る。

「どんな妖精がいるってんだ?」
「さぁ……って何で御者と従者がここまで着いてきてるんですか!」

いつの間にか馬車から降りて湖に近寄ってきた水鳥とワンダバに、狩屋は思わず大きな声を出した。

「馬車に残ってたってつまんねーだろ!?」
「その通り!」
「全く……この世界での役割ってもんを分かってんのかな……」

呆れた声で呟くと、「何か言ったか?」と二人は怖い顔で振り向く。その気迫たるや、視線で魔物を倒せそうまである。いいえ何も、と答える狩屋の頬には冷や汗が滲んでいた。

そのまましばらく待ってみたが、何かが起きる気配はない。

「……何も起きないけど……」
「あはっ」
「うわーっ!?」

首を傾げて天馬が湖を覗き込んだ瞬間、彼の目の前にぬっと人影が現れる。
それは半透明な羽を背負い、可愛らしいワンピース姿になった茜だった。どうやら段差になった影の部分にずっと座り込んでいたらしい。

「あかっ……いや、ううん……!?」
「……そなたは?」

格好を見る限り、彼女もまた物語の登場人物になっているのだ。天馬が言い掛けた名前を寸でのところで飲み込む一方、アーサーが尋ねると茜は小首を傾げつつこう答える。

「私は”妖精ビビアン“! うふふっ」

いつもより楽しげな様子の茜に、「茜は妖精、葵は姫。何で私だけ……」と水鳥は項垂れた。

「では、エクスカリバーを甦らせてくれ!」
「はい!」

頷いた茜──もといビビアンは、湖の方を振り向いた。そして、背中に生えた羽をパタパタと動かす。

「……飛べない」

飛べないらしい。

「ほんとにエクスカリバーを復活させるだけの魔力があんのかぁ?」
「だいじょうぶ。それが私の役目」

呆れ返った水鳥に、自信満々で答えたビビアンは両手を改めて湖へ向かって翳して叫んだ。

「ナオーレ、エクスカリカリバ〜〜!」
「何だそのヘンテコな呪文は……」

何とも空気が締まらない。けれど魔法は本物だったようで、次の瞬間水底に沈んでいたはずのエクスカリバーが水の中から浮かび上がってきた。
中空で静止したエクスカリバーへ、茜はふわふわ手を動かしながら呪文を唱え続ける。

「きてます、きてます……! ナオーレ、ナオーレ!」

エクスカリバーは周囲から滲み始めた光の粒を吸収して、どんどん光り輝いていく。空気中の魔力を吸い込んでいるのだ。
やがて光が収まる頃には、その剣は新品同様の輝きを取り戻していた。

「これが復活したエクスカリバー……!」

アーサーは音もなく目の前へ降りてきたエクスカリバーを、確かに受け取った、と手に取り鞘へ収める。

「礼を言う、ビビアン。これでマスタードラゴンと戦える……!」
「よかった!」
「では、先を急ぐのでこれにて──」

湖に背を向けたアーサーは、文字通り後ろ髪を引かれるような感覚に立ち止まった。
ビビアンがマントの裾を掴んでいる。

「面白そう。私も行く」

──こうして妖精ビビアンを仲間に迎えて珍妙なパーティとなった一向は、そのままマスタードラゴンの住む嘆きの谷への旅路を急いだ。