67

マスタードラゴンの棲む洞窟の奥深く。黄名子は鳥籠のような檻の中に囚われて、暇そうに洞窟の天井に空いた穴を見上げていた。
 
「ねえ、マスタードラゴン。あなた、本当は良いドラゴンやんね?」
 
鳥籠の傍らに横たわり、静かに目を伏せていたマスタードラゴンへ、黄名子は気さくに話しかける。
チラと黄名子を見やったマスタードラゴンは、牙をひけらかすように大きく口を開けてギャオオッ、と一鳴きした。
そのけたたましさに黄名子は顔を顰めて耳を塞いだが、すぐにニコッと笑って見せる。
 
「脅かしたってムダムダ! あなたがお人好しだってことはあの時の目を見れば分かるやんね」
 
攫われる直前、天馬とフェイの必殺技を脳天に喰らったマスタードラゴンと目が合った時、黄名子はその目に迷いと罪悪感がちらつくのを見たのだ。

「それに、絵本にも描いてあった。黒い騎士に操られてるって。大丈夫、もうすぐみんなが来て元に戻してくれるやんね」

マスタードラゴンはもう一度鳴き声を轟かせる。──早めに来てもらわないと、先にこっちの耳が壊れてしまいそうだ。黄名子は脳を揺さぶられるような轟音に、ぐわんぐわんと頭を揺らした。






「ここです。この道を進んだ先に、マスタードラゴンの棲む嘆きの洞窟がある」

水晶玉を見つめる依織の案内で城から二時間近く離れた土地までやって来た一行は、険しい山を前に馬車を降りた。
最低限人の歩いていける道は整えられているが、荒れた岩場が多いためここから馬車では進めない。先陣を切ったアーサーがどんどん先へ進んでいくのについて、天馬たちも凸凹とした道を進む。

「洞窟まではまだ遠いんか……?」
「足が痛くなってきたぜ……」
「お腹も減ってきたし、喉も乾いたし……」

途切れることのない岩肌の道に、やがてポツポツと疲れの滲む声が漏れ始めた。
思えば試合をした後すぐにあんなことが起きて、何かを口にする暇もなかった。おまけにこの鎧姿である。厳しい道のりと冴えないコンディションに、一人、また一人と仲間たちの足が止まるのを見て、あ、と天馬は薄く口を開いた。
何か、何かみんなを元気づけるようなことを言わなくては。そう考えてもどうしてだろうか、中々言葉が出てこない。

「──みんな、気合を入れるんだ! ダメだと思ったら歩けなくなるぞ!」
「そうです、みんな立ち上がって下さい!」

そのタイミングで仲間に声を掛けたのは、神童と太陽だった。仲間たちは疲れを見せながらも、そうだな、と頷いて再びゆっくりと歩き出す。
そんな光景を目の当たりにして、天馬はグッと唇を噛んだ。

「(やっぱり俺には、神童先輩や太陽みたいにみんなを引っ張っていくことは出来ないのかな……)」

ふと後ろを振り向くと、葵がドレスの裾をたくし上げて慎重に岩の段差を進んでいくのが見える。
少し危なっかしいな、とそれを見ていると、案の定高いヒールが岩に引っかかった。

「わっ……!」
「葵!」

瞬間、天馬はバランスを崩して後ろに倒れ掛けた彼女の手を咄嗟に掴んだ。ぐ、と体重をかけて引っ張り上げると、葵は何とか体勢を持ち直す。

「だ、大丈夫?」
「うん!」

ありがとう、と頷く葵の額には汗が滲んでいる。慣れない登山に加え、動きにくいこの格好だ。サッカーで体を鍛えている選手ならまだしも、マネージャーには酷な行軍だろう。

「無理するなよ?」
「でも、早く助けに行かなくちゃ! 黄名子ちゃん、私の身代わりになって捕まったんだもの……!」

葵は切羽詰まった顔で心配する天馬に言い返した。
理由をつけて半ば強引にここまで着いてきたことと言い、余程責任を感じていたのだろう。天馬は苦笑を浮かべて彼女の肩を叩く。

「葵のせいじゃないよ。黄名子は騎士……いや、仲間として当然のことをしたんだ。葵だって、同じ立場だったら同じことをしただろう? だから、今度は俺たちが黄名子を助けるんだ」
「……うん……!」

そう言って天馬は手を差し出した。笑顔を取り戻した葵がその手を取ると、二人は並んで歩き出す。そんな様子を、アーサーは遠くから笑みを浮かべて見守っていた。




やがて一行は日の光が届きにくい谷間に到着する。ふうふうと息を切らして、信助は後方を歩く依織を振り返った。

「依織、あとどのくらい……!?」
「あと一息だよ」
「やっぱキツイぜよ……」

水晶玉で道行きをずっとナビをしている依織の額にも汗が浮かんでいる。円卓の騎士ではないため彼女はそれなりの軽装だったが、やはりここまで歩き通しだと疲れは隠せない。
そんなやり取りをしていると、それまでニコニコしながら歩いていたふと茜が立ち止まった。

「……もしかして」
「どうした茜……じゃなかった、ビビアン」

尋ねる水鳥に、茜は持っていた絵本を開く。騎士たちの旅の道中を描く中盤のページだ。

「これは”試練“……」
「試練?」

ポツリと呟かれた言葉に、仲間たちは思わず足を止める。

「嘆きの洞窟を目指す騎士たちの苦しい旅路、行手を毒蛇が遮る……」
「ぎゃあ〜〜〜〜ッ!!」

その時、突如狩屋の悲鳴が轟いた。どうした、と神童が声を上げると同時に、先頭付近にいた狩屋は最後尾まで飛び退る。

「へ、へ、蛇! 蛇がぁ!!」
「蛇? ……うわっ」

見ると、いつの間にかアーサーと雷門イレブンとの間に大量の蛇の群れが立ちはだかっていた。これには流石の神童も数歩後退る。

「お、俺、蛇ダメなんすよ! 誰か追っ払って下さいぃ!!」

霧野の後ろに隠れて、狩屋は蛇を視界に入れないように彼を押し出して「押すな押すな!」と叱られている。その近くで、葵も顔色を悪くして同じように天馬の後ろに隠れて彼を前に押し出そうとしていた。

「天馬何とかしてぇ!」
「むりむりむり! 何とも出来ない!!」
「恐れるなッ! 蛇ごとき何でもない!」

前方から怒声を飛ばすアーサーに、そんなこと言われても、と狩屋は涙目で呻く。
蛇、と小さく呟いた霧野はハッとしたように顔を上げて、ワンダバを振り返った。

「ワンダバ、ボールを倉間に!」
「ぼ、ボールを?」
「……! 分かった!」

霧野の意図を察した倉間はボールを受け取ると、蛇の群れに向かってサイドワインダーを放つ。
蛇たちは突然現れた巨大な蛇の幻影に気押されて、モーセの海割りのように左右へと散っていった。

「今のうちに先へ進むんだ!」

険しい声を発した神童を先頭にして、彼らは蛇たちを刺激しないように早足で進んでいく。
しかし蛇が苦手だと言う狩屋は、足が竦んで列から取り残されていた。蛇は襲いかかってくる気配はないものの、警戒するようにこちらを睨んでいる。
最後尾にいた天馬はごくりと唾を飲んで、怯える葵を連れて狩屋に声をかけた。

「い、一緒に行こう……!」
「て、天馬くん……」

ガクガクと頷いた狩屋は、天馬のマントをしっかと掴む。三人一塊になった天馬たちは覚束ない足取りで蛇たちの間を進んでいった。

「──ここまで来れば大丈夫だな。ありがとう、倉間」
「おう、気にすんな」

ホッと胸を撫で下ろした神童に礼を言われ、倉間は得意げな顔で鼻の下を擦る。
蛇の住処を無事に通過すると、谷間が一旦途切れてまた険しい岩壁の道が続いているのが見えた。依織の言う嘆きの洞窟はまだ見えてこない。

「えっと、次の試練は……」
「あ、待て!」

どこか楽しそうに再び絵本を開く茜に、水鳥は反射的に湧き出た嫌な予感に絵本へ手を伸ばした。
絵本には炎に囲まれるアーサー王一行が描かれている。

「騎士たちの行手を阻む、燃え盛る炎……」

茜が絵本を読み上げたその瞬間、岩場の隙間から勢い良く真っ赤な炎が噴き上がった。
蛇以上に明らかな緊急事態に雷門イレブンが悲鳴を上げる一方、アーサーは冷静に剣を抜く。

「──ふんっ!」

頭上に高く掲げた剣を振り下ろすと、凄まじい剣圧に炎が割れて道が出来た。アーサーはそれが閉じない内に走り出す。

「私に続け!!」
「ッ行くんだ!」

マントで体を庇いながら、神童が声を張り上げる。一行はアーサーの後に続き、炎の間に出来た細い道を一気に駆け抜けた。

「ハァ、丸焼けになるかと思った……」
「確かにこれは、騎士たちに与えられた試練なのかもしれないな……」

頬に付いた煤を拭って顔を顰める依織に、霧野が溜息混じりに呟く。
こんなにピンチが立て続けに起こっては、体も心も休まる暇がない。けれどそんな中でも、ワクワクしているのが抑えきれていない仲間が一人。

「次の試練は〜……」
「そこまでだ!」

楽しそうに絵本を開く茜の手から、ヒョイとそれが奪われていく。水鳥だ。

「お前が絵本を広げると、余計な試練が降りかかるような気がする!」
「確かにそうかも……」
「だろ?」
「でも、次の試練気になる」
「だからやめろって!」

諦めきれない様子でそろりと手を伸ばす茜から、水鳥は絵本を死守する。
何にせよ、これではマスタードラゴンの元に辿り着く前に力尽きかねない。一行は道中にあった小さな森で、一時の休息を取ることになった。




アーサーは崖際に佇み、洞窟のある方向を見つめる。空に目を向ければ、頭上には2羽の鷹が弧を描いていた。

「マスタードラゴンの様子までは分からぬか?」
「はい。鷹たちもドラゴンが怖いのか、洞窟の中までは入りたくないみたいで」
「そうか……なら、無理は言うまい」

依織の答えに、アーサーは静かに言ってまた遠くに視線を向ける。
小さく会釈した依織は、仲間たちの元に戻って大きな石を椅子代わりにして足を組んだ。

「便利だなぁ、その水晶玉。どれだけ遠くでも見られるんだな」
「そうでもないっすよ。見えるのはあくまでも鷹たちの視界だし、その鷹も……絵本のシナリオ通りにしか動いてないみたいで、私がどうこうできるものじゃないみたいです」

声をかけてきた倉間に、依織は胡座を掻いて水晶玉を撫でた。杖も水晶玉も荷物になるからここに置いていきたいというのが本音だが、これも物語の舞台装置の一部と考えるとそれも出来ない。
依織は辺りを見回すと、傍らに腰掛けている剣城に話しかける。

「天馬は?」
「あっちだ」

そう言って、剣城は仲間の輪から少し離れた場所で座り込んでいる天馬に視線を投げかけた。
ふぅん、と鼻を鳴らしてそちらを見た依織はしばらく天馬の後ろ姿を眺めていたが、葵が彼の隣に腰を下ろしたのを見て視線を外す。

「天馬に何か用があったんじゃないのか?」
「うーん。ちょっと気になることはあったけど……葵に任せる」
「……? そうか」

そう言って微かに口角を持ち上げた依織に、剣城は事情が分からないなりに納得して頷いた。彼女がそう言うのであれば、特に気にすることもないのだろう。

「──ここのとこ天馬、ずぅっと考え込んでるよね」
「……そうかな」

一方、どこか暗い表情でぼんやりとしていた天馬の隣にやって来た葵は、そんなことを切り出していた。

「フェイも心配してたよ。天馬に元気がないって」

眉間に皺を寄せて、天馬は俯く。
そんな彼を見て、葵はふと小さく微笑んだ。

「『このまま自分がキャプテンで居続けて良いんだろうか』……って、そんな感じ?」
「え。どうして……」

ズバリ自分が悩んでいたことを言い当てられて、天馬は目を丸くする。

「幼馴染だもん。そのくらい分かるよ」
「そっか……」

当たり前のように言われて、天馬は口を噤む。葵から見ても分かると言うことは、依織からも丸分かりと言うことだ。彼女が何も言ってこないのは、助言の必要はないと判断されているのか、それとも呆れて物も言えないと思われているのか。
それにしたって、ここまでピタリと言い当てられては言い訳も出来ない。肩を落とす天馬に、葵は苦笑を浮かべた。

「天馬っていつもそうだよね。……自分のこと、全然見えてない」
「え……どういうこと?」

不思議そうな顔をした天馬が聞き返すのとほぼ時を同じくして、アーサーが「出発だ!」と号令を掛ける声が聞こえてくる。
葵は天馬の問いには答えないまま、急ぎましょ、と立ち上がった。

「こうしてる間にも、黄名子ちゃん心細い思いをしているわ。早く助けてあげなきゃ」
「……」

結局葵が何を言いたかったのか分からないまま、天馬は彼女の後ろ姿を見送って自身も立ち上がる。






「──着いたぞ」

眼下に広がる深い谷間を見下ろして、アーサーは立ち止まった。
奥まった所に、竜の牙を思わせる鍾乳石がぶら下がった洞窟の入り口が見える。あれが嘆きの洞窟らしい。

「マスタードラゴンはあそこにいるはずだ」
「黄名子ちゃん……」

両手をぎゅっと握り締めて、葵は表情を引き締める。
行くぞ、と先導するアーサーに続き、雷門イレブンは洞窟へ続く道を降っていった。

「……うわッ」
「あ、おい!」

その時、水晶玉を見ながら前を歩いていた依織がツルリと足を滑らせた。剣城は咄嗟に彼女の腕を掴む。

「余所見しながら歩くから……大丈夫か?」
「お、おお……さんきゅ」

体を引き寄せられながらも怪訝な顔で水晶玉を見る依織に、剣城は「どうした?」と眉を顰めた。

「さっき一瞬、岩陰に人影が見えた気がしたんだけど……」
「人影?」
「……マスタードラゴンに乗っていた黒い騎士かもしれないな」

二人のやり取りを聞いていた神童は、険しい顔で言った。彼はマスタードラゴンを操る黒幕的な存在であだ。物語に描写されていないだけで、この時点で円卓の騎士の動向を窺っている可能性は大いに有り得る。

「奇襲を受けるとも限らない。注意して進むぞ」
「はい」

頷いて、依織は先程水晶玉で見た岩陰を見やる。そこにやはり、人影は見つからなかった。




明かりもなく、一行は薄暗い暗い洞窟の中を進む。

「みんな、離れるな。ここはかつて数多の冒険者の命を奪った嘆きの洞窟……迷ったら最後、永久に陽の光を見ることは出来ない」
「ええっ!?」
「そんな大変な洞窟なんですか!?」
「みんな、足元と頭に気をつけて……!」

先頭を切るアーサーの忠告にギョッとした声を上げる信助と狩屋だ。ここでは少しの油断が命取りになるらしい。天馬は慎重に仲間に声を掛ける。

「感じ悪い洞窟だぜ……ん?」

ひっそりとした声で水鳥がぼやいたその時、洞窟の奥から不意にキイキイと金切り声のような音が聞こえてきた。
立ち止まって様子を見ていると、音は次第に近付いてくる。

「何だ……?」

数秒後、洞窟の奥から現れたのは蝙蝠の群れだった。
バサバサと翼を羽ばたかせ、頭を掠めるスレスレの高さを飛び去っていく蝙蝠の群れに、一行は声を上げないよう咄嗟に口を押さえてしゃがみ込む。

「ッたく、勘弁してくれよ……」
「あ。光が……」

ふいに茜が小さく呟く。目を凝らすと、鍾乳石の間からうっすらと緑色の光が差し込んでいた。
その光に向かって先を急ぐと、切り立った小さな崖の上に出る。そこから見えるのは、地面が苔に覆われただだっ広い空間と大きな地下湖だった。
どうやら光の発生源は足元に生い茂っている光苔らしい。頭上に空いた小さな穴から差し込む陽の光を集めて反射しているのだ。

「──あそこを見よ」

声を落とし、アーサーは空間の先を指差す。それを辿ると、奥の方で丸まっているマスタードラゴンの姿があった。

「ま、マスタードラゴン……」
「あっ! あれは……」

天馬はマスタードラゴンのすぐ近くに大きな鳥籠のようなものがあるのを見つけて声を上げる。その中には攫われた黄名子が、マスタードラゴンと同じように静かに横たわって丸まっていた。

「鳥籠の中に黄名子が……!」
「ひどい!」

あんな所に閉じ込めるなんて、と葵は憤慨した様子で呟いた。マスタードラゴンは目を伏せたまま、静かに腹の辺りを上下させている。どうやら眠っているらしい。神童は確認するように辺りを見回す。

「あの黒い騎士はいないようだ……」
「今の内に助け出そう!」

一行は崖を慎重な足取りで降りると、出来るだけ音を立てないように鳥籠へと近付いた。
黄名子は鳥籠の中でスヤスヤと健やかな寝息を立てている。葵は鉄格子越しに顔を近付け、彼女に声を掛けた。

「黄名子ちゃん……黄名子ちゃん!」
「う〜ん……?」

ぴくりと眉毛が動き、黄名子は眠たそうに目を開く。そして仲間たちの姿を見ると、パッと表情を綻ばせた。

「みんな! 来てくれたの?」
「しーっ! ドラゴンが目を覚ましちゃう!」

慌てて葵が注意すると、黄名子は咄嗟に口を両手で押さえてから声を落とす。

「ウチを心配してくれて感激やんね……!」
「今出してあげるからね!」

お父様、と葵がアーサーに言うと、アーサーは小さく頷いてから剣の柄に手を掛ける。そして鉄格子に向かって、エクスカリバーを抜こうとしたその時だ。

「──アーサー王と円卓の騎士よ。待っていた」

聞き覚えのある無機質な声。ハッと顔をそちらへ向けると、地面から突き出した鍾乳石の上に黒い騎士が佇んでいた。

「我はダークドラゴンナイト。アーサー王の王国は、やがて我が物となろう」
「貴様の企み、このアーサー王が砕く!」

眦を吊り上げ、アーサーは堂々とした佇まいで黒い騎士に言い放つ。黒い騎士は仮面の奥で眼光を輝かせると、マスタードラゴンへ向かって両手を翳した。

「目覚めよ、マスタードラゴン。邪悪な我が僕」

その瞬間、静かに眠っていたはずのマスタードラゴンの両瞼がカッと開いた。大きく開いた口から発せられた咆哮は、洞窟内の空気をビリビリと震撼させる。
騎士たちの前に進み出て身構えるアーサーを見て、黄名子は「ダメやんね……!」とか細く呟いた。

「マスタードラゴンよ、愚かなる騎士どもの肉を喰らうがいい」

黒い騎士が言うと、マスタードラゴンはもう一度咆哮を上げて殺気だった目でアーサーを睨む。そこにはもう、アーサーの知る心優しいドラゴンの面影はない。

「賢者の知恵を持つマスタードラゴンよ。お前は民を愛し、慈しんできたはず。どうしてしまったのだ!」

アーサーの呼びかけには応えず、マスタードラゴンは長い尾を一行へ向かって振り下ろした。アーサーが咄嗟に後ろへ飛び退ると、尾に抉られた細かな岩や苔が飛び散っていく。

「完全に正気を失っている……!」
「どうすれば良いんだ!?」

自分たちの必殺技が大した有効打にならないことは先の戦闘で分かっている。となれば、この場で出来ることはあまりに少ない。天馬たちが手をこまねく一方で、アーサーは全く冷静さを欠いていなかった。

「黒騎士よ! お前が操っているのだな!?」
「行け……アーサー王を抹殺せよ!」

その問いには答えず、黒い騎士は命令を下す。より一層激しくなるマスタードラゴンの猛攻を、アーサーは寸でのところで躱し続けた。

「ッマスタードラゴンよ、思い出せ! お前が人よりも気高く、賢い魂を持つ者であることを!」

アーサーは懸命に呼びかけ続けるが、やはりドラゴンが聞く耳を持つ気配はない。
言葉は通じぬか、と悔しげに呻いたアーサーは、ついにエクスカリバーを手に取った。しゅりん、と音を立て現れる白刃に、黄名子が鳥籠から声を荒らげる。

「やめてっ! マスタードラゴンは、本当は良いドラゴンやんね!!」
「──分かっている。だが、マスタードラゴンが民の災いとなるならば……」

そう言って、アーサーは重い覚悟を持って切先をドラゴンに向けた。

「私は躊躇うことなく、エクスカリバーを抜く!」
「そんな……! 大人しくするやんね、マスタードラゴン!」

マスタードラゴンの瞳が、黄名子を一瞥する。だがそれも、見間違いかと思うような一瞬のことだった。

「聞こえるぞ、そなたの嘆き……今、戒めから解放してやろう!」

大きく跳躍して飛びかかってくるマスタードラゴンへ向け、アーサーは雄叫びを上げてエクスカリバーを振り抜く。
一閃、魔法の力を纏う煌めきが閃く。空中でぐらりと体を傾がせたマスタードラゴンは地面へ落下すると、その勢いのまま地下湖へと落ちていった。

「マスタードラゴン……!」

ザボォン、と上がる水柱に目を見開いた黄名子は、その瞬間鳥籠から解放された。転がるように地面に着地した黄名子は、すぐさま地下湖へ駆け寄っていく。

「黄名子ちゃん!」
「マスタードラゴンが!」

葵は咄嗟に黄名子の手を引っ張って止めようとしたが、彼女は手を伸ばして激しく波打つ地下湖へ向かおうとする。やがて水面がある程度落ち着いたタイミングで地下湖を覗き込んだ二人だったが──マスタードラゴンは、すでに水中深く沈んだ後だった。

「これが、アーサー王……」

アーサーとドラゴンの一騎打ちを目の当たりにした天馬は、呆然と呟く。
絶対的な勇気、揺るぎない実行力。本当の”英雄“とは、ああいう人間のことを言うのだと。

「…………」

アーサーは影も見えなくなったドラゴンの体を慨嘆の入り混じる目で見つめ、黒騎士を見上げる。
黄名子は湖のほとりに膝を突き、消え入るような声で呟いた。

「かわいそう……マスタードラゴン、かわいそすぎるやんね……」
「黄名子ちゃん……」

攫われた間、彼女に何があったのかは分からない。けれど、黄名子なりにマスタードラゴンに感じる何かがあったのだろう。
葵は掛ける言葉が見つからず、ただ落胆する黄名子の背中を撫でることしか出来なかった。

「ッ許せない……マスタードラゴンにこんなことするなんて!」
「お前、何を企んでいるんだ!?」

黄名子の嘆きで我に返った天馬は、黒騎士に向かって声を張り上げる。彼の隣へ駆け寄ったフェイが険しい声で尋ねると、黒騎士は鍾乳石の上から二人の正面へ向かって飛び降りた。

「知りたいか?」

そう言って、彼はゆっくりと兜を取る。仮面で覆われた顔が顕になり、天馬は目を丸く見開いた。

「お前は……レイ・ルク!?」
「ダークナイトドラゴンは仮の姿と言うことだ」

黒い鎧が電子的な光を纏って白とグレーの戦闘服へと切り替わる。
レイ・ルクが正体を明かすと同時に姿を現した彼の仲間たちに、雷門イレブンは一気に臨戦体制に入った。

「パーフェクト・カスケイド……!」
「お前たちも物語に組み込まれていたのか!?」
「……我々は対戦を要求する」

レイ・ルクは端的に目的を告げる。アーサーは天馬たちと彼に浅からぬ因縁があることを察すると、いいだろう、とそれを承諾した。

「お前たちの挑戦、我が円卓の騎士たちが受けてたつ。良いな?」
「はい!」

元より、拒否権はあってないようなものだ。アーサーの確認に、天馬は力強く頷く。
そのやりとりを見たワンダバは、久々に目に生気を取り戻して声を荒らげた。

「今度こそ! 監督はこのクラーク・ワンダバット様が……!」
「監督はこのアーサーが務める」

レイ・ルクがスフィアデバイスから召喚したテクニカルエリアの前に立ったアーサーに、ワンダバは最早台詞を最後まで言うことも許されず地面にめり込む。だが、今回ばかりはそれを放っておく余裕はない。

「落ち込んでる場合じゃない……」
「そうだぜ、ワンダバ! アーサー王とミキシマックスするチャンスだろ!?」
「はっ……確かに!!」

マネージャーたちの指摘にワンダバは素早く立ち上がる。でも、と湖の方へ視線を向けながら葵は眉を下げた。

「マスタードラゴンは……」
「! 湖の底だぜ……マズイな」
「ぬああっ! 一体どうすれば良いのだ!!」

流石に姿の見えないものに標準を合わせることは不可能だ。短い手足をもちもちバタバタ動かしてワンダバは焦りを全身で表現する。
その間にも、天馬たちは着々と試合を始める準備を進めていた。彼らには一度大敗を期している。二度目の戦いの時も、奮闘はしたものの最後には防戦一方の戦いを強いられ、結局勝つことは出来なかった。

「──大変」

あれからまだ数日と経過していない。果たして今のままでパーフェクト・カスケイドを倒せるのだろうか──ぐるぐると天馬が不安に苛まれていると、突然茜がアッと声を上げる。

「どうしたんすか? 茜さん」
「絵本が……」

彼女の手元を覗き込み、依織は顔を顰める。
アーサー王と見習い騎士の最後のページ。描かれていた黒騎士を打ち倒すアーサーの姿が、どんどん薄くなって行く。そして瞬きの間に、そのページは最初から何も描かれていなかったかのような白紙になってしまった。

「どう言うことだ……!?」
「パラレルワールドの時空が不完全になっているのだ……」

ワンダバは額に汗を滲ませてそう言った。この戦いがどうなるのか、絵本通りに事が進まなくなってしまったという事らしい。

「もし、円卓の騎士団が負けたら……」
「この世界、消えてしまうかも……私たちも一緒に……」

絶望的な茜の言葉が、洞窟の高い天井に反響して消えていく。
そんな、と小さく呟いた天馬は、今までにない恐怖と焦りに額から冷たい汗を一筋流した。