68

「元の世界に帰ることが出来ない……!?」
 
天馬の絶望的な声が岩壁に反響する。
そんなことになったら、サッカーを救うどころの話ではなくなってしまう。雷門イレブンに今までにない緊張が走る。

「この試合、絶対に負けられない……!」
「そう言うことだ!」

呟く太陽に、ワンダバは大きく頷いた。いつだって負けて良い試合なんて一つもなかった。今回はそこに自分たちの存在が懸かっているだけだ、と吼えるワンダバの声は心做しか震えている。彼もまた不安なのだろう。

「絶対に負けられない試合……」

ポツリと溢した天馬は、ちらとパーフェクト・カスケイドたちの様子を見やった。
彼らは相変わらず、何を考えているのか分からない顔でただ虚空を見つめている。やっぱり俺じゃだめだ、と呻く天馬の声を耳にしたフェイは、眉を持ち上げて天馬を見た。

「ッ神童先輩!」
「? どうした、天馬」

思い詰めた風な天馬の声に、神童は驚いた目を彼に向ける。天馬がここまで不安を顕にすることは中々珍しい。

「天馬……?」
「……ほんとに……キャプテンは俺で良いんですか」

唐突とも言える天馬の疑問に、何を今更、と仲間たちは怪訝そうに目を剥いた。神童はすぐに眉を吊り上げる。

「馬鹿なことを言うな! 雷門のキャプテンはお前だ!」
「でも俺なんかより、神童先輩の方がリーダーに相応しいんです!」

天馬は切羽詰まった声で語気を強める。
葵の言っていた通り、天馬はここ数日ずっと考えていた。神童や太陽が持ち前のリーダーシップを発揮する度、それを目の当たりにする度に、自分の力の無さを痛感していたのだ。

「誰が見たってそうです。俺がリーダーじゃ、このチームは本当の力が出せない……そうじゃないですか!?」
「天馬、こんな時に何を言い出すぜよ!」
「こんな時だからこそ言うんです!」

顔を顰めた錦に、天馬は必死に訴える。このままでは勝てない。サッカーも円堂も救えない。
どうやら天馬は思っていた以上に追い詰められていたようだ。依織は眉間に皺を寄せ、指で頬を掻く。葵があの時彼に何を話したかは分からないが、その言葉も届かなかったらしい。

「──俺は、お前にリーダーなんて求めてないぜ」

溜息と共にそんな言葉を放ったのは倉間だった。一部の者は驚き、あるいは咎めるような目で彼を見やる。

「リーダーなら、確かに神童の方が向いてるしな」
「く、倉間先輩!」

何てこと言うんですか、と珍しく噛みつく輝に、倉間は反省の様子もなく肩を竦める。
項垂れる天馬に、とにかく、と神童は硬い声で言った。

「俺はそれを受け取るつもりはない」

神童は天馬の左腕に巻かれたキャプテンマークを見やり、「お前たちも配置に付け」とフィールドへ入っていく。
友人たちは天馬を慰めるように彼の肩や背中を軽く叩くと、無言でそれに従った。一拍開けて、天馬もトボトボとそれに続く。

「聞け、天馬」

ポジションについた天馬は、再び神童から声を掛けられて顔を上げた。

「どう思おうが、このチームのキャプテンは俺でも他の誰でもない。お前だ。天馬、お前がキャプテンなんだ!」
「……どうしてなんですか。どうして俺がキャプテンなんですか!?」

リーダーを求められていないキャプテンなんて、チームにいたところで何の役にも立てない。悲痛な声を漏らす天馬を眺め、仲間割れか、と呟いたレイ・ルクはこめかみに指を当てる。

「モード・チェンジ。『ハイパーダイブモード』」

その瞬間、天馬たちは信じられないものを見た。
レイ・ルクたちの顔に亀裂が入り、ロボットのように表面が変形したのだ。

「あ、アンドロイド!?」
「おまんら人間じゃなかったんか!?」
「道理で何考えてるか分かんねえツラだと……!」

依織は憎たらしげにレイ・ルクたちの凹凸とした顔を睨む。
ピリついた空気は驚きと動揺に塗り替えられた。レイ・ルクはより機械じみた淡々とした声で自身に与えられた任務内容を唱える。

「ミッションに従い、この戦闘においてお前たちを排除する」
「……!」

試合開始のホイッスルが洞窟の中に反響する。
一挙手一投足、寸分違わぬ動きで攻め上がってきたFWたちはあっという間に天馬たちMFを抜き、霧野と黄名子の二人係りのディフェンスを掻い潜っていく。

シュート体勢に入る二人組FWに、狩屋は信助を庇いゴール前へ飛び出した。

「シュートコマンド20”双飛遊星弾“」
「”ハンターズネット“《V2》!!」

火炎を纏い飛来してくるシュートに狩屋の指先から迸った光のネットが壁を作るも、ボールはそれを容易く突き破る。

「ミキシトランス、『劉備』!!」

すかさずミキシマックスを発動し衝撃に備える信助だったが、必殺技を繰り出すには一歩間に合わずゴールを許してしまった。
これが『ハイパーダイブモード』の力なのか。体を摩りながら起き上がる信助に駆け寄った天馬は、苦しげに唇を噛む。

「ごめん信助……俺がしっかり指示を出していれば……」
「天馬……」

やっぱり自分にはリーダーは向いていない。顔を歪める友人に何も言えず、信助はただ天馬の名前を呼んだ。

パーフェクト・カスケイドは正確なパスと正確な動きで的確にこちらの動きを封じてくる。
アンドロイドが相手では依織の”眼“も通じない。機械の体なら疲れすらも感じないはずだ。完全にイニシアチブをとった状態で、彼らは容赦なく攻め込んでくる。

「決めろ」
「了解」

レイ・ルクが短く指令を出すと、再びFW二人が雷門陣内へ突っ込んできた。

「行かせるな!!」
「分かってるやんね!!」

すかさず霧野や黄名子が中心になって、DFたちが壁を作る。しかし相手はそれを軽々と跳び越えて、視界から消えた。

「しまった……!」

霧野は咄嗟に声を上げ振り返る。敵はもうゴールの目の前に降り立っていた。

「シュートコマンド20”双飛遊星弾“」
「今度こそっ……”大国謳歌“!!」

跳び上がった信助の掌がシュートを捉える。
しかしそれはシュートの止めるには至らず、信助は瞬きの間にボールごとゴールネットに押し込まれる結果になった。

「信助!!」

天馬は切羽詰まった声を上げる。早々に2点目を取られてしまった。
呆気に取られる天馬の耳に、続けて聞こえたのはハーフタイムを報せるホイッスルの音だ。
仲間たちが息を整えながら険しい顔でテクニカルエリアへ戻っていく中、天馬はその場から動けなかった。

状況は圧倒的に不利。自分には仲間を先導する力もない。
このままでは、本当に負けてしまう。何もかも救えないまま、道半ばでこの世界と共に消えてしまうかもしれない──そんなことをグルグル考えていると、ベンチに腰掛けていたアーサーがゆっくりと立ち上がった。

「松風天馬!」
「!」

天馬はハッとそちらを見る。
これへ、と顰め面で呼ぶアーサーに、天馬は慌てて駆け寄った。

「お前は何を迷っている?」
「……俺には、やっぱりチームのキャプテンなんか無理なんです」

開口一番、疑問をぶつけられた天馬は厳しい視線から目を逸らしつつ口を開く。
出会ったばかりのアーサーにこんな話をしても仕方がないと思いつつも、言葉は止まらなかった。

「俺には、リーダーとしての素質がないんです!」
「ならば、リーダーの素質とは何か?」

続け様に尋ねられ、それは、と天馬は一瞬口籠もりながらも答える。

「キャプテンをやる上で、重要な素質です」
「では、キャプテンとは?」
「みんなを引っ張って……的確な指示を出して、勝利に導くのがキャプテンの……」
「──その、”みんな“の声を聞け」

静かに告げるアーサーに、天馬は顔を上げた。

「そうすれば、やるべきことが見えてくるだろう」
「みんなの、声を……」
「……行け。答えはフィールドにある」

話を切り上げ、アーサーはどっかりとベンチに腰を下ろす。
天馬はまだ少し納得がいっていない表情で、指示通りフィールドに戻ろうとした。

「──天馬」

その背中にぶっきらぼうな声が掛かる。
振り返ると同時に目の前に水筒が投げつけられて、天馬は慌ててそれを受け止めた。

「く、倉間先輩」
「飲んどけ。お前、休憩中に水分補給してなかったろ」

そう指摘されると、急に喉が乾きを思い出す。天馬が冷たい水を嚥下するのを横目に、倉間は低い声で言った。

「確かに俺は、お前より神童の方がリーダーに向いていると言った」
「……俺だってそう思います」

返した声は心無しか不貞腐れている。倉間は小さく鼻を鳴らすと、だけどな、と言葉を続けた。

「俺はお前のこと、最高のキャプテンだと思ってる」
「っリーダーに向いてないのに、何で最高のキャプテンなんですか」

酷い皮肉を言われたような気がして、天馬は思わず食い気味になって尋ねる。
倉間はその反応を見ると、ワシワシと頭を掻いてから呆れたように口角を持ち上げた。

「ほんと分かってねえなぁ。……お前は、みんなを率いるだけのキャプテンじゃないってことだよ」
「え……?」

言葉の真意が分からずに首を傾げる天馬に、倉間はそれ以上何も言わず、「始まるぞ」とフィールドに入っていく。

「パーフェクト・カスケイドは常に完璧な勝利を目指す。君たちに希望は残さない」

敵は後半もどうやら全力でこちらを潰しにかかる心算らしい。天馬が倉間の言葉の意味を考える暇もなく、後半開始のホイッスルが洞窟内に鳴り響いた。

「フェイ!」
「僕がやる!」

並走する剣城の進言を振り切って、フェイは前線から突出していく。それを受け、パーフェクト・カスケイドたちは全員同時に闘気を放出した。

「《プラズマシャドウ》、『アームド』」
「なっ……!?」

不気味な電子の怪物の体が崩れ、レイ・ルクたちに纏わりついていく。たちまち化身アームドした10人に囲まれたフェイは、思わず半歩後ずさった。

「ディフェンスコマンド14”無影乱舞“」
「あっ──うわああっ!」
「フェイ!!」

目にも止まらぬタックルの連続に吹き飛ばされたフェイに、黄名子が堪らず駆け寄っていく。

「大丈夫やんね!?」
「へ、平気だよ……」

痛みはあるが、戦えない程じゃない。起き上がるフェイに良かった、と黄名子が安堵していると、天馬の慌てた声が聞こえてきた。

「持ち場を離れちゃダメだよ、黄名子!」
「あっ……ごめん!」

パッと顔を上げた黄名子は急いでポジションへ戻っていく。
天馬、と続いて聞こえてきたのは神童の険しい声だ。このやりとりをしている間にも、パーフェクト・カスケイドの進行は止まっていないのである。

「くそっ……!」

守りに入った剣城や依織を躱し、ゴール前に壁を作る霧野たちを跳び越えて、敵はどんどん前線を上げていく。

「シュートコマンド20”双飛遊星弾“」
「”大国謳歌“!!」

そして信助の繰り出す必殺技も敢えなく破られ、雷門は為す術なく3点目を奪われることになった。

「このままじゃダメだ……流れを変えなきゃ……!」
「僕がやってみるよ。今度こそ決める!」

焦る天馬に力強く言うのはフェイだ。せっかくビッグから力を託されたのに、負けっぱなしでは彼に申し訳が立たない。目に闘志を燃やすフェイを信じ、天馬は頷く。

「……」

そしてそれを見て、やる気を漲らせた仲間がもう一人いた。

「排除する……!」

ホイッスルが鳴り響き、ドリブルで切り込んでいったフェイは早速黒い壁に囲まれた。何とか包囲網を突破しようとするも、やはりこちらの動きを読んだディフェンスは中々破ることが出来ない。

「──こっちやんね!!」

その時、予想しない方向から聞き覚えのある声がして、フェイは目を見開いてそちらを見る。
黄名子が持ち場を離れ、サイドから前線へ駆け上がってきていた。

「黄名子!?」
「早く!!」

声を荒らげる黄名子に、フェイは一瞬逡巡してからパスを打ち上げる。もうそうするしか道がなかったのだ。

「うちが決める!!」
「無茶だ、黄名子!」

いくらオールラウンダープレイヤーとは言え、あのディフェンスは簡単には敗れない。
しかし天馬の忠告も聞こえていないかのように、黄名子はそのまま敵陣へと突っ込んでいった。

「ディフェンスコマンド14”無影乱舞“」
「きゃああッ!!」
「黄名子!」

情け容赦ないタックルを受け、黄名子の小さな体がフィールドに叩きつけられる。
「黄名子!」天馬やフェイが慌てて彼女に駆け寄る中、ボールはラインから出て地下湖へと転がり落ちていった。

そして、ボチャン──と水音がした次の瞬間。

「うわっ!?」

ドッ、と大きな水柱が上がり、頭上から雨のように地下湖の水が降り注いでくる。
一行が驚きと共にそちらを見ると、水面からゆっくりと姿を現すものがあった。微かに目を見開き、立ち上がったアーサーは一歩前へ出る。
白い体毛にエメラルドグリーンの瞳。
それは、先程地下湖に沈んだはずのマスタードラゴンだった。