体が中空で反転する。天地が逆さまになり三半規管がひっくり返る。
そんな不快な感覚も束の間、彼らは冷たい地面の上に乱暴に放り出されていた。
「うわぁっ!?」
「いたッ!」
どかどかと音を立て、それぞれ落下した一行は悲鳴と呻きの入り混じった声を漏らす。
その中で真っ先に我に返り、起き上がった神童は素早く辺りを警戒しながら声を上げた。
「大丈夫か、みんな!」
「は、はい……」
「いきなり何なんぜよ……」
困惑しながら周囲を見渡すと、どうも場所は室内のようだった。
薄暗く広い、どこかエントランスを思わせる雰囲気の空間である。壁面に灯る近代的な明かりを見るに、少なくとも先程までいた幻想世界とは違う時代だろう。
だが、タイムマシンに乗ったわけでもないのに突然どうして。辺りを見回し、黒い壁にくっきりと光っている赤い電光文字を見上げて依織がハッと目を見開いたその時だ。
「ここってまさか……」
「――うわぁあっ!」
数歩離れた中空がパッと光り、そこからどっと床に投げ出された複数の人影に天馬たちはギクリとしながらそちらを振り向く。
暗がりに目を細めると、そこに現れたのは現代に残っていたはずの三国や車田たちだった。全員ユニフォーム姿で、打ち付けた箇所を庇いながらそれぞれ立ち上がる。
「お、お前たち……どうしてこんなところに?」
「三国さんたちこそ!」
天馬と信助は、驚いた声を上げながらこちらに気付いた三国たちに駆け寄った。
タイムマシンは天馬たちが幻想世界に乗り付けて以降、行方不明のままだ。あれをなしに現代の人間が時空の転移が出来るわけがない。
「それが、ワケわかんないんですよ! 練習してたらいきなり……」
「──諸君、ようこそエルドラドへ」
速水が混乱を露わにしながら口を開くのとほぼ同時に、空間に低い声が響き渡った。
エルドラド。自分の耳を疑った天馬がその単語を反芻する。不意に背後が明るくなりそちらを見やると、ワープパネルの上に初老の男が二人姿を現した。
一人はパーフェクトカスケイドを指揮していたサカマキである。しかし、もう一人の人物には見覚えがない。
それよりも今、彼らは聞き捨てならないことを言った。
「あいつらが俺たちをここに……!?」
一体何のために。後輩たちを後ろ手に庇う神童を見て、サカマキは軽い空咳の後口火を切る。
「ここは、君たちの時代から200年後の未来都市。セントエルダにあるエルドラドの本部だ」
やっぱり、と唇を噛んで依織はサカマキを睨みつけた。壁の電光文字は、間違えようもなく『EL DORADO』と書いてあったのである。
「……そしてこの方が、最高意思決定機関、統合議会エルドラドのトウドウ議長だ」
「何だって?」
そう言ってサカマキが隣の男を手で指し示すと、全員の警戒心と嫌悪感が一気に噴出した。
あれがサッカーを消そうとした張本人。雷門イレブンが長い戦いに身を投じる原因を作った人物が、眼の前にいる。
「俺たちをどうする気だ!?」
「ここへ来てもらったのは、話し合うためだ」
「話し合うことなどない!」
ぶつけた問いにトウドウが返すと、神童は返す刀でそれを切り捨てた。
これまで彼らのせいで散々苦労を掛けられてきたのだ。今になって話し合いをしたいと言われたところで、それを聞くいわれもない。
「サッカーは必ず取り返してみせる!」
「そのことなら心配ない」
神童に追随して霧野がそう言い返すと、トウドウは軽く指を鳴らして見せた。
すると一行の眼の前にホログラム映像が投影される。映し出されていたのは現代、雷門中サッカー棟の映像だった。
しかし、出発時との記憶と違いサッカー棟を囲んでいた立ち入り禁止のフェンスは全て取り払われている。
「サッカー棟が元に戻ってる……?」
「どういうことだ……? 何を企んでいる!?」
それはサッカー禁止令が発令される前の見知った、けれどずっと待ち望んでいた光景だった。けれど、自分たちはまだ目標を達していない。
戸惑った様子で呟く信助と対象的に、剣城が依織を半身で庇いながら威嚇するように声を張り上げると、トウドウは目を細め笑みにも似た表情を作ってこう答えた。
「エルドラドが
SSCと戦っていることは知っているな? 君たちには、これより我々と協力し共に彼らと戦ってもらいたい」
「協力……?」
それは思いもよらぬ言葉だった。思わず鼻白んだ天馬だったが、直ぐ様聞こえてきた車田の怒声にハッと肩を揺らす。
「いくらサッカーを返したからって、誰がお前たちなんかに協力するものか!」
「するさ」
「何!?」
答えるトウドウの声には絶対的な自信があった。一行の動揺が収まる前に、彼は更にこう続ける。
「奴らの手には、円堂守が閉じ込められたクロノストーンがある。彼を救う為にも、奴らを倒さねばならないのだ」
「円堂監督がSSCに……!?」
咄嗟に思い出したのは、ザナークと最後に戦った時の記憶だ。
戦いに負けたザナークは、確かにあの時円堂のクロノストーンを雷門イレブンに返そうとした。その直前、謎の人物がそれを文字通り横から掻っ攫っていったのだ。
ザナークとの関係性は不明だが、トウドウたちの言い分が確かならあれがSSCの仲間だったということだろう。
「だからっておまんらなんかに手を貸すわけにはいかんぜよ!」
「円堂監督は俺たちの手で助け出してみせる! お前たちのような悪と共に戦うつもりはない!」
「──何故我々を”悪“と言い切れるのだ?」
それは聞き分けの悪い子供に言い聞かせるような、溜息を交えた声だった。
何、と一瞬たじろいだ一行に、トウドウは尋ねる。
「我々がサッカーを消そうとした理由を知っているかね?」
「それは……サッカーを消すことでサッカーから生まれた存在であるSSCを消すため……」
フェイは警戒心をそのままに、その質問に自分の知っていることを答えた。
その通りだ、と頷いたトウドウは両手を広げて続ける。
「それは即ち、世界を救うためなのだ。それを理解する為には、今この時代で起こっていることを知ってもらわねばならない」
トウドウがそう言うと、隣のサカマキが手元のパネルを操作する。そうすると、雷門イレブンの前に展開されていたホログラム映像が別のものに切り替わった。
背の高いビル群に光線が放たれ、黒い煙を上げながら崩れていく映像だ。葵や茜がそれを見て、小さく怯えた悲鳴を漏らす。
「これは……?」
「先週の街の様子を映したものだ」
訝しげに目を細めた神童に、トウドウはここで始めて苦々しい表情になって答えた。
「SSCは、進化した遺伝子……SSC遺伝子を持つ子供達で、その頭脳と身体能力は恐るべきレベルに達している。中には、テレパシーや念動力など、普通の人間には持ち得ない能力を持つ者さえいる」
依織は右手首を抑え、僅かに眉間に皺を寄せる。
トウドウの話はこうだ。
彼らは元々この世界で一目に付かぬようひっそりと暮らしていたのだが、1年前、”フェーダ“という組織の名の下にエルドラドに宣戦布告した。
フェーダは自らの内にある破壊のオーラを特殊なアンプルに込めて発射する武器を使い、本部のある街を襲撃した。その威力たるや、軍の戦術兵器にも匹敵するという。
「勿論我々も対抗措置を講じたが、彼らの自己防衛能力は極めて高く、警察や治安部隊の制止も物ともせず……あらゆる施設の破壊を繰り返した。正に、子供の皮を被った恐怖の軍隊なのだ」
小さな子供が泣いている。爆音が響き、黒煙が上がる。美しかった街は瓦礫の山へと変貌し、空は鈍色に染まりくすんだ涙を流している。
天馬は映し出される映像を見上げ、呆然としながら震えるほど拳を握り締めた。
「このままでは世界は彼らに支配される……いや、人類は滅ぼされてしまう…だからこそ、我々は決断した。その遺伝子を生む要因となったサッカーを消して、彼らが生まれるタイムルートを消去することを。……それしか手はないと、判断したのだ」
それは『苦肉の策』であったと言いたげな、絞り出した声だった。
神童がフェイをちらりと見ると、彼は彼と目を合わせ小さく頷く。トウドウたちが雷門イレブンに分かりやすいよう改めて説明しただけで、未来人であるフェイにとってこの件は紛れもなく事実だった。
「これで分かったかな? 世界を救うと言った意味が」
「……しかし、何故宣戦布告など……目的は何なんだ?」
どうやら自分たちを騙して言いくるめようとしているわけではないと判断した神童は、慎重に尋ねる。
「彼らは世界を支配しようとしている。自分たちの世界を作るためにな」
「自分たちの世界……?」
「彼らの存在を恐れ、受け入れなかった者たちへの復讐だよ」
人は自分と違うものを恐れ、排除したがる。時代や世界が変われど、悲しいことにその事象だけは変わらない。この未来世界では、それが理由で戦争にまで発展しているという。
しかも本来守られるべき子供と、それを守るべき大人との間でだ。子供たちは挙って渋い顔になった。
「だが数日前、彼らは我々に”ラグナロク“を提案してきたのだ」
「ラグナロクを!?」
そこで大きな声を上げたのはフェイである。
ラグナロク? と首を傾げる天馬たちに、口元を抑えて動揺している様子のフェイに変わりトウドウが答えた。
「ラグナロクとは、世界最高意思決定機関の実権を懸けたサッカーの試合。彼らは、サッカーの試合を戦争に見立てているのだ」
「サッカーで、戦争を……!?」
天馬は信じられない思いで呻く。
自分の大好きなサッカーが、必死に守って取り戻したサッカーが、あろうことか未来の世界では戦争の一部として取り込まれている。あまりの衝撃に周りの音が一瞬遠くなるほどだった。
「もしその試合に負けるようなことがあれば、世界は支配されてしまう」
「けど、分からないな……何で今になってそんな提案をしてきたんだ?」
腕を組みじっと話を聞いていた三国が、ふと口を挟む。
仲間たちの視線を受けながら彼はこう問いかけた。
「そんな力があるのなら、今まで通りに戦ってもいずれは世界を自分たちの物にできるんじゃないのか?」
「自分たちの存在を認めさせたいのだ。それに……彼らには時間がない」
「時間……」
小さく呟いて、依織は口元を抑えた。SSCたちに“時間がない”という理由に、彼女は嫌と言うほど心当たりがある。
「SSCは確かに人間離れした能力を持っている。しかしその一方、寿命は極めて短くなってしまうようなのだ。彼らの大半は大人になれず……二十歳になる前に寿命を迎えるということだ」
雷門イレブンがそれを聞いて視線を向けたのは、トウドウではなく依織だった。彼女がエルドラドから狙われる理由になった話を思い出したのだ。
依織は半ば睨むような目つきでトウドウたちを見つめている。
「それ故に急いでいるということだ。自分たちの命がある内に、世界をその手に収めようとな。ならば我々も、持てる力の全てを結集して彼らを倒す」
「倒すって……」
まさか、とその言葉の意味を感じ取って青褪めた葵に、トウドウは緩く首を振った。
「殺すのではない。彼らに力を示すのだ」
彼らは自分たちの遺伝子こそが生き残るもので、今の世を統べている人類は滅ぶべきだと主張している。
彼らばかりが優れているわけではないと知らしめれば、彼らの考えを変えさせることが出来る──エルドラドはそう考えていた。
「その為に……君たちには、エルドラドのメンバーとしてラグナロクで戦ってもらう」
「……!?」
長い前置きを経て与えられた提案に、雷門イレブンは顔を見合わせてしばし沈黙する。
話のスケールが想像していた以上に大きく、中々飲み込めない。要するにトウドウらは、未来世界の全権を懸けた戦いに雷門イレブンにも参加してほしいと言っているのだ。
「どうする、神童……?」
「……」
小声で霧野に尋ねられた神童は、俯いて考え込んだ。
エルドラドの言い分は分かった。どうしてサッカーを消そうとしていたのかも、それが最終手段であったことも。
しかしこれまで雷門イレブンが受けてきた仕打ちを考えると、素直にそれを受け入れようと思えないのもまた事実。
「──鷹栖?」
「……」
ふと視界に差した影を目で追って顔を上げると、依織が傍らに立っていた。
「今までのこと全部水に流して、協力しろだって? 随分と虫の良いこと言うんだな」
そう言って依織が目の前に掲げたものを見て、フェイがあっと小さく声を漏らす。
それは彼女に与えたSSCの力の開花を抑制するブレスレットだった。手首から外され、指先で摘み上げられたそれを見てトウドウは微かに目を細める。
「あんたらの計画のせいで、死にかけた人間がいる。いらない悲しみを背負った人間がいる。それに対して言うことは何もないのか?」
「……我々とて人間だ。下した決断に一切の良心の呵責もなかったと言えば嘘になる」
低い声で言ってトウドウは依織を正面から見据えた。
「しかし国と国民を守るためには、やむを得ないことだった。……君を捕らえようとしたのも、引いては“彼ら”を救うためのこと。ここで私が頭を下げて君の溜飲が下がるのならば、土下座でも何でもしてみせよう」
「……いらねえよ、そんなもの」
しばしトウドウを睨みつけて、溜息と共に答えた依織はブレスレットを装着した。
久し振りに抑制装置を外して見えたのはトウドウの焦りとプライド、罪悪感。そしてそれら全てを多い隠すような強い使命感。
彼の言葉は、紛れもなく本物だった。
「やりましょう、神童さん」
「……良いのか?」
半身をこちらに向けて言ってきた依織に、神童はゆっくり瞬きをして尋ねる。エルドラドの計画で、チームで一番いらぬ心労を被ったのは彼女のはずだ。
今はね、と諦めたように肩を竦めた依織は、彼の更に後ろに視線を送って続けた。
「だって、うちのキャプテンはもう既にやる気いっぱいですよ」
振り向くと、拳を握り締めて真っ直ぐにこちらを見ている天馬と目が合う。
興奮と憤りで目を輝かせ、やりましょうよ、と天馬は鼻息荒く言った。
「俺たちの目的はサッカーを守ることですよね。そして、SSCはサッカーの未来が生み出すもの……その世界を彼らが破壊してしまったら、サッカーを守ったことにならないです」
天馬は破壊された街の映像を見上げながら、強い口調で思いを語る。
「だったら、SSCに勝って、サッカーのせいで未来に悪いことが起きないようにするべきですよ! 俺、サッカーを守りたいんです!」
「天馬……」
呟いた神童はまたしばらく考え込むと、やがて小さく頷いた。
「……天馬の言う通りだ。みんな、この試合受けてたとう!」
「ヨォシ、決まりだな!」
神童の宣言に仲間たちが覚悟を決めて頷くと、声高に叫んだワンダバの体色が水色からピンクへと変わる。
「とうとうこのクラーク・ワンダバット様にも、監督としての腕を見せる時が来たかッッ!!」
血気盛んな雄叫びを上げるワンダバに、どう考えてもそんなことを言っている場合ではないだろうに、と呆れた目線が送られる。
それらをそっと見なかったことにして、それで、と三国が話を元に戻した。
「どんな試合なんだ? そのラグナロクというのは……」
「各勢力から3チームの代表を出し、三試合を行う。そして勝利数の多い方が勝ちだ」
「それだけかよ?」
拍子抜けした風に零したのは狩屋である。戦争などと言うものだから、てっきりもっと大掛かりなものになるかと思っていたのだ。
それを声から察したのか、トウドウは口元に笑みすら浮かべながら肯定する。
「実にシンプルな戦いだ。しかしその戦いには、世界の運命が懸っている」
そう言いながら、トウドウはサカマキと連れ立ってワープパネルから降り立った。
「君たちの仲間を紹介する。……既に顔見知りだったかな?」
そう言って二人が左右に退くと、ワープパネルの上に4人分の人影が召喚される 。
それはかつて、各歴史を旅する中で激闘を繰り広げてきた強敵。アルファ、ベータ、ガンマ──エルドラドの管理者コードを与えられた三人、そしてアンドロイドであるレイ・ルク。プロトコル・オメガのリーダーを務めてきた4人だった。
「俺たちとエルドラドのプレーヤーで、混成チームを作ろうと言うのか……」
神童はトウドウたちの意図を察して、何とも言い難い表情になる。
それは相手も同じなようで、上官からの指示と言えど、やはり雷門イレブンと組むことには多少の抵抗があるのだろう。元々アンドロイドのレイ・ルクや表情の乏しいアルファはさておき、ベータやガンマはトウドウたちから自分たちの顔が見えないのを良いことに、見るからに『不満です』という表情をしていた。
「そんなの必要ないぜよ! こっちは時空最強の1歩手前まできてるぜよ! わしらだけで十分ぜよ!」
『いーーやダメだッ!!』
錦が手を大きく振って拒否の姿勢を取ると、それを遮って大介が眼前に飛び出してくる。
『何度も言っとるだろ! 11人が揃わねば、本来の力の半分も出ん! サッカーは11人によるハーモニーだと!』
「だ、だとしてもぜよ……」
『今の我々とエルドラドのチーム力はほぼ互角! 手を組むのは得策と言えなくもない!』
「──大介さんの言う通りだ」
突然会話に割って入ってきたのは聞き慣れた声だった。ギョッとして振り向くと、フロアの片隅に見慣れた人物が当たり前のように佇んでいた。
「ゆっ……有兄さんと豪炎寺さん!? どうしてここに……!」
「私が呼んだのだ」
目を丸くして鬼道たちに駆け寄った依織に、トウドウはさらりと答える。
突然見知らぬ場所に召喚された時は何事かと思ったが、と小さく不満を言って、鬼道は諦めにも似た笑みを浮かべ言った。
「円堂を助けるためにも、俺たちの力が必要だと言われてな」
「力って……」
「二人とサカマキには、各チームの監督をしてもらう」
その途端、ワンダバは真っ白になって崩れ落ちる。
おいおいと咽び泣くワンダバを無視しながら、トウドウは何事もなかったかのように言葉を続けた。
「我々はどうあっても勝利せねばならんのだ。人類の命運を賭けた最終戦争、ラグナロクに!!」
その声は重く、強い覚悟が感じ取れた。彼らは本当に、サッカーで世界の未来を天秤に懸けようとしているのだ。
けれど今更吐いた唾は飲みこめない。天馬はトウドウの覇気に押され、ごくりと小さく息を呑んだのだった。