まだどこか現実を受け止めきれていない感覚を抱えながらも、雷門イレブンはエルドラド施設内にある巨大なドームに通された。
文字通り近未来的な外観とは対照的に、廊下を進んだ先にあったのはごく普通のサッカーフィールドだった。ドーム内は壁で区切られ、同じフィールドがあと3箇所あるらしい。天井はガラス張りで、天馬たちの心境とは裏腹に抜けるような青空が覗いている。
「それでは、チーム分けを発表する」
「まずは俺のチームだ」
ファイルを片手にした鬼道と豪炎寺が口火を切ると、頭上にチームメンバーを入力したホログラムモニターが投影された。
チームAは雷門イレブンから天馬、信助、太陽、輝、浜野、速水、依織。プロトコル・オメガからはレイ・ルク、レイザ、メダムが選ばれる。
「天馬、お前がキャプテンだ」
「はいっ!」
天馬は緊張した面持ちで大きく返事をした。太陽と信助が頑張れ、と左右から彼の背中を叩く。
チームBはプロトコル・オメガからアルファ、ベータ、ガンマ、エイナム、ルジク、オルカ、ガリング。そして雷門イレブンからは神童、倉間、狩屋、天城が選出された。
「キャプテンは神童だ」
「! ……はい」
「あの人がキャプテン?」
困惑しながらも指示を受けた神童に、ベータとガンマは疑わしい目を向けた。二人ほどあからさまではないが、アルファもちらりと神童に横目を向けている。キャプテンをやるなら自分しかいないだろうとそれぞれ考えていたのだろう。
まだ練習が始まってもいないのに不穏な空気を察した神童は、剣呑な視線を見ないよう彼らからそっと顔を逸らした。
そして最後に、チームCは雷門イレブンから剣城、フェイ、黄名子、錦、三国、青山、一乃、車田。プロトコル・オメガからダーナ、ウォード、ガウラが指名される。
「キャプテンは……剣城」
「! 俺が……?」
2年3年の先輩を差し置いて、何故自分が。予想外の采配に、剣城は神童以上に困惑した様子を見せる。
けれど鬼道はそんな反応を見ても何も言わず話を続けた。
「試合は3日後。それまでこの3チームに分かれて調整する」
「はい!」
メンバーはそれぞれチームごとにまとまって、チームCとBは別のフィールドへ移動する。マネージャーたちも丁度3人ということで、各チームに一人サポートとして着く形に収まった。
「依織、行こ!」
「ん……」
依織はちらりと難しい顔をしている剣城を見やって、手招きする葵に着いて用意された控室へと歩を進める。
そうして、かつて敵対した組織との混成チームによる奇妙な練習が始まった。
「レイザ!」
信助が投げこんだボールをレイザが受け取る。向かってくる霧野を見て攻めあぐねたのだろう、一瞬緩んだスピードを見て、「こっちです!」と速水がサイドを駆け上がってくる。
素直にそちらにパスを繰り出したレイザだったが、速水の脚は一歩届かずボールはラインの外へ転がっていってしまった。
「遅い!」
「す、すみません……」
苛立った声でピシャリと一喝され、速水も思わず身を竦ませる。
やはり当然の帰結とも言うべきか、プレーがちぐはぐで連携が上手く噛み合わない。これは根を詰めて練習しないとダメだぞ、と天馬は覚悟を決める。
一方、チームBの入ったフィールドはまた少々違う毛色の問題が発生していた。
「ガンマ、狩屋にパスだ!」
「……」
神童の指示が飛ぶ。しかしガンマはこれを無視し、単身走り続けた。おい、と後方で狩屋が戸惑った声を上げるのもどこ吹く風の彼の背後に、一つの影がしなやかに迫る。
「いっただき! 残念でしたわね?」
「あっ……!」
快進撃も束の間、死角から飛び込んできたのはベータだった。クリアされたボールにガンマが舌打ちしていると、天城が足音荒く彼に近付いて声を荒らげる。
「ガンマ! 今のは何だド、神童の指示が聞こえたはずだド!?」
「だったら何か?」
鼻を聳やかし、ガンマは怯むことなく冷ややかに返した。
「この際だからはっきり言っておくけど、僕には君たちと戦う気などこれっぽっちもない」
「っ……確かにこれまでは敵だったけど、今は同じチームのメンバーだド」
様々な感情を無理やり飲み込んで、握り拳を固めた天城はガンマを睨み下ろす。
「チームが一つにならなきゃ、フェーダには勝てないド!」
「NO. 私達なら勝てる」
そこへ横槍を入れてきたのは、それまで静かにプレーを遂行していたアルファだった。
彼は何を考えているのか分からない無表情のまま淡々と続ける。
「私とガンマとベータは、エルドラドの再教育機関であるムゲン牢獄でレベルアップを図ってきた。今の私たちなら、今のフェーダなど敵ではない」
「ちょっとぉ、私たち私たちって、一緒にするの止めてもらえます? 私とあなた方ではレベルが違いますし!」
嫌そうな顔をして訂正するベータに、微かだがアルファの目がきゅっと細くなった。
一見分かりにくいが、この顔をした後のアルファはしつこいことを二人はよく知っている。このままでは『いつも通り』議論が平行線を辿る一方だ──会話に見切りを付けたガンマはひょいと肩を竦め、天城たちに背を向けた。
「ま、みんなそれぞれ好きにやれば良いんじゃないかな?」
雷門イレブンは疎か、彼らはプロトコル・オメガ同士でも仲良くするつもりがないらしい。
このチーム大丈夫かよ、と不安そうな狩屋の独り言を聞きながら、神童は難しい顔でちらりとチームBの監督となったサカマキを見やった。
「(まさか、ここまでバラバラだとは。何故彼らを同じチームに入れたんだ? こうなることは、初めから分かっていたはず……)」
サカマキも同じプロトコル・オメガのエイナムたちも、あの三人の諍いは慣れているようで何かを言う気配はない。
神童はほんの少し痛みを覚えた胃に、腹部を軽く擦って溜息を吐く。
一方、剣城がキャプテンを任されたBチーム。水鳥に引き摺られてきたワンダバはまだ燃え尽きている。
やはりまともに連携するまでには至っていないが、今のところ大きな問題は起きていなかった。
「(この俺がキャプテン? 俺に何をさせたいんだ……?)」
けれどそんな中でも、剣城の心の内はあまり穏やかではない。
エースストライカーの看板こそ背負ってはいるものの、剣城は自分はチームを率いるような器ではないと自負していた。
「(どういうつもりか知らないが……俺は俺のプレーをするだけだ!)」
そうでないとサッカーも、依織のことだって守れない。
戸惑う気持ちを切り替え、剣城はドリブルで向かってきた黄名子からボールを奪う。
「ダーナ!」
ボールは直ぐ様サイドを駆け上がったダーナへ。ゴール前へ飛び出したダーナが利き脚を振り抜く。
「シュートコマンド06、 “プラズマボール”!!」
紫に光る電流を纏い、シュートが芝生の上を低く飛んでいく。三国は短く息を吸い込むと、闘気を一気に発露させた。
「──《真》“ゴッドハンドX”!!」
赤く輝く闘気が掌状に広がり、振り抜かれた両腕がXの軌跡を描く。
自らシュートへ突進する形でそれに飛び込んだ三国は、見事その手にボールを収めて見せた。
「ご、ゴッドハンドXじゃと!?」
「すごい、あのシュートを止めるなんて……!」
同じチームに割り振られた錦とフェイは三国の力に目を瞬いた。
ゴッドハンドXはサッカーの教本にも乗る一際強力な必殺技だが、癖が強く使い熟せる選手は一握りしかいない。そしてこの必殺技を伝授したのは他でもない、大介である。
キーパーは一人では足りない。いつか三国の力が必要になる時が来ると予見した大介は、空いた時間を見計らいずっと彼にこの技を教え続けていた。
彼らが時空を飛び回り強くなっているのと同じように、三国たちもまたずっと密やかに特訓を続けていたのだ。
「やりましたよ、大介さん……!」
実のところ、ゴッドハンドXが成功したのはこれが初めてだった。三国は後輩たちに聞こえないように小さな、しかし嬉しさを滲ませた声で呟く。
そしてそれを、ドームの上空から眺めている者がいた。
§
場所は変わり、セントエルダから少し離れた郊外。
切り開いた森に佇む、この時代にしては古めかしい様式の屋敷。そこがフェーダたちの拠点だった。
「よし、……行くぞ!」
銃にアンプルをセットし、それを担いだ大柄な少年は仲間たちを見やって気勢を上げる。
「──どこへ行くの?」
そこへ、鈴を鳴らすような可憐な声が降り掛かった。
少年はそちらを振り向き、ハッ、と小馬鹿にしたような笑い声を漏らす。
「決まってんだろ。こいつでひと暴れしてくんのよ」
「ダメよ、ガロ。あの下等な人間たちとは、ラグナロクで決着を付けることになったはず」
「だから何だってんだ、メイア」
メイア、と名を呼ばれたのはライラックに似た色の長い髪を靡かせた少女だ。
低い声で唸る少年──ガロに、メイアは努めて冷静に返す。
「私たちの目的は破壊じゃない。私たちがいかに優れているか、奴らに知らしめることよ」
「へッ……何が知らしめるだ、甘っちょろいこと抜かしやがって。まさかあいつらが俺たちにしてきた仕打ち忘れたわけじゃあるめえな。奴らにはそれ相応の恐怖を味合わせてやるんだよ!」
聞く耳を持たないガロに、メイアは眼光を鋭くした。周囲の温度がほんの少しだけ下がる。
「どうしても行くの?」
「貴様の指図は受けねえ!!」
──次の瞬間、宙に浮き上がったガロの体は壁に叩きつけられた。彼に突き出されたメイアの左手は淡く光を帯びている。
「ぐ、……やりやがったな……」
「言って分からないなら、こうするしかないわ」
正に一触即発の空気だった。こうなれば仲間たちは二人のやりとりに口も手も挟むことが出来ず、遠巻きにしてじっと事の成り行きを見守っている。
「嫌だね、ガロって。頭の中暴力しかないんだから……」
そんな誰かの言葉が血が登った頭に届くわけもなく、ガロは自身の手にエネルギーを集めてメイアに殴りかかった。
咄嗟に応戦したメイアの繰り出したエネルギー波がガロのそれと激突し、ぶつかった力に弾かれた反動で二人はお互い距離を取って睨み合う。
「──何だい、また揉め事?」
「!」
その時、ふいに聞こえてきた涼し気な声に二人はハッと入口を振り返った。
つい先程まで敵情視察に赴いていたSARUが帰還したのだ。
「ガロ、メイア……」
「ッ違うんだSARU、これには理由が……!」
慌てて口を開いたガロに、SARUは薄い笑みから一転し険しい視線を彼に投げかけた。ガロはヘビに睨まれた蛙のように萎縮した後、声を絞り出す。
「……すまない、俺が悪かった」
「で、エルドラドの様子は?」
脱力した手を軽く振りながらメイアが尋ねると、SARUは笑顔に戻って答えた。
「雷門と手を組んだ」
「何……?」
それに真っ先に反応を示したのは、メイアたちからも仲間たちからも距離を置いて事態を静観していた一人──ザナークである。
「エルドラドと雷門の混成チームを作っている。そんなことしても、僕たちには勝てっこないのにね」
「……雷門か……」
己の内側にある底知れない力の正体を知るためだけにSARUに着いてきたが、これで雷門との戦いに決着を付けることが出来そうだ。再びフェーダたちに背を向けて、ザナークはひっそりと口角を持ち上げた。
§
時刻は進み、太陽がビルの合間にすっかり隠れた頃。
依織は一人、エルドラドの長い廊下を歩いていた。正確には前方をトウドウが先行している形であったが、端から見ると同行しているようには見えないだろう。それだけの距離を空けて、依織はトウドウの後ろを着いて歩いていた。
練習の後、トウドウ本人から着いてきてほしい場所があると声を掛けられたのだ。
やがてエレベーターの前でトウドウが立ち止まると、依織も仕方なく足を止める。
頑なに隣に並ぼうとしない依織に、トウドウはエレベーターの扉を見据えたまま静かに口を開いた。
「……そこまで怖がらずとも、別に取って食いはしない」
「別に怖がってなんかない」
「そうか」
トウドウは表情を変えず短く答えた。依織は何だか負けたような気がして、眉間に深い皺を寄せながら大股でトウドウの隣に並ぶ。
チーン、と軽い音がしてエレベーターが止まった。
白っぽい内装の室内に踏み込み、閉まる扉を見届ける。箱が静かに、かつ急速に下に降りていくのを感じながら、依織はトウドウを横目に言った。
「私に何をさせる気?」
「研究への協力を。と言っても、少し採血をさせてもらうだけだ」
チーン、と音がしてエレベーターが止まった。扉の開いた先はまだ薄暗い廊下が続いている。トウドウがエレベーターを出たので、依織もそれに続いた。
「それもSSCへの対抗策のため? フェーダの連中で研究出来ないから私を代わりにしようってわけじゃないだろうな」
「当たらずも遠からずだな。……そんな顔をするな、ただの採血だと言ったろう」
振り返ったトウドウは、依織が目一杯顔をしかめて食い縛った歯を剥き出しにしているのを見てすぐにそう言い添える。
「内容については目的地についてから話そう。この件は今回の作戦の中でも最重要機密でな……君の捕獲任務に当たっていたアルファたちにも、詳細は伏せていた」
「だからあんな力尽くで捕まえようとしてたってこと? 私一回ほんとに死にかけたんだけど」
「それは、……申し訳ないことをした」
部下たちの我の強さと任務に対する忠誠度の高さは当然トウドウも知るところである。一瞬何か言い淀んだ彼は、素直に謝罪を口にした。
「……しかし、君の協力が得られれば本件は一気に進行するだろう。これはラグナロクに勝利したあとの為にも必ず成し遂げねばならないものなのだ」
「ラグナロクに勝ったあと……?」
やがてトウドウは廊下の奥にあった一つのワープパネルに乗ると、依織にもパネルに乗るよう促した。
依織が怖々とそこに乗ると、トウドウは壁に埋め込まれたキーをいくつか入力する。
瞬きの間の後、突然パッと明るくなった視界に依織は咄嗟に目を庇った。そろりと瞼を開けると、眩しさに慣れた目が辺りの様子を捉える。
そこは一面が白で統一された、円形の広い部屋だった。
中央の丸いテーブルでは、いくつものホログラムモニターを前に白衣を着た研究者たちが実験器具を手に慎重に作業している。
「順調に進んでいるか?」
「はい。既に最終段階に入っています」
研究者の一人が立ち上がって応対すると、トウドウはよろしい、と頷いて依織の背中に軽く手を添え一歩前に立たせた。
「時間がない。……完成を急いでくれたまえ」
「はい!」
同時刻、ドームと宿舎を繋ぐ廊下にて。
簡素な夕食を終えた後、再びユニフォームに着替えた天馬はサッカーボールを抱えて辺りを見回しながら歩いていた。
「あ……レイザ、メダム!」
暗い廊下で同じチームに割り振られたプロトコル・オメガの二人を見つけ、天馬はその背中に向かって声を掛ける。
「これから夜の練習やろうと思うんだけど、一緒にやらない? 連携とか確認しときたいし……」
駆け寄って提案すると、二人は無言で顔を見合わせた。天馬がそわそわしながら答えを待っていると、やがてメダムが静かに口を開く。
「……今日の練習は終わりだ」
それ以上の言葉はない。そのまま二人は天馬に背を向けて、振り向くこと無く去っていった。
取り付く島もない。完全に肩透かしを食らって取り残された天馬は、抱えたボールを見つめて溜息を吐く。
残された時間は三日とない。こんな調子で本当にフェーダに勝つだけのチームになれるのだろうか。
「うん……きっと、なんとかなるさ!」
自分を鼓舞するために呟いた口癖は、誰もいなくなってしまった廊下に虚しく響くだけだった。