73

パーフェクト・カスケイドを斥候にして踏み込んだスタジアムは、今の天馬たちの心中に反し明るく清潔感のある場所だった。
何にせよ、エルドラド本部が破壊されてしまった以上ここを使う以外彼らに選択肢はほとんど残されていない。危険がないことを十分に確認し、仕方なく一行はここを拠点とすることを受け入れた。

「──う……」
「! フェイ……」

ぼんやりと開いた目に映る見覚えのない天井。その視界に青い顔の黄名子が割り込んできたのを見て、フェイは自分に何が起きたのかを思い出す。

「……そうか……僕は気を失って……」
「大丈夫? 頭抑えてたけど……痛みとかは?」

前のめりになって心配する黄名子に、フェイは上体を起こしながら大丈夫、と頷いた。

「もう平気だよ」
「良かった……! みんな心配したやんね」

みんな、と反復して改めて辺りを見回すと、そこは必要最低限の家具だけ誂えられた窓のない簡素な部屋だった。黄名子の一歩後ろには、同じチームに振り分けられた剣城たちがホッとした様子で佇んでいる。

「天馬たちは……?」
「あいつらは別の宿舎だ。どういう仕組みかは知らないが、どうも別のチームの宿舎には入れないようになっているらしい」

いくらか気を緩めた声音で答えたのは剣城だ。
フェイが目が覚めるまで自分も同じ部屋で待つ、と言って彼を背負った錦に続こうとした天馬やワンダバが、見えない壁に阻まれてゴム毬のように跳ね返った光景はしばらく忘れられそうにない。

「本当に大丈夫なのか? フェイ……」
「SSCに、超能力で何かされたんじゃ……」
「それはない」

心配そうな一乃と青山の言葉を、フェイはすぐさま否定した。食い気味とも感じられる速さに、黄名子は目を瞬く。

「SARUも言ってたじゃないか。僕たちの戦いでは、超能力を使わずに勝利するって」
「どうだかな」

扉の方から突き放した声がして、剣城たちは一斉にそちらを向いた。
どうやら同チームのプロトコル・オメガの三人もまたフェイの様子を見に来ていたらしい。横槍を入れてきたガウラは扉の縁にもたれ掛かりながら鼻を鳴らす。

「あいつらがそんな約束を守るとは思えん」
「SARUは嘘をつかない」

長らくフェーダと戦ってきたガウラの言い分も最もだった。けれどフェイは、真っ直ぐに彼の目を見つめてそう返す。

「へっ。お前SSCの言う事なんか信じるのか?」
「ああ。SARUは嘘はつかない……そんな気がするんだ」

高圧的な物言いにもフェイは動じず繰り返した。その目は一切揺らがない。
ガウラは眉根を寄せると、敵を信じるとはな、と吐き捨てるように言ってダーナとウォードを伴いその場を立ち去って行った。

「そ──それにしても、体に何もなさそうで良かったやんね」

しんとした静寂が戻り、どことなく悪くなった空気を払うように黄名子が手を叩いて明るい声を出す。

「そうだ、お腹空いてるんじゃない? 何か食べ物持ってくるやんね」
「だったら俺たちが持ってこよう。黄名子はついていてやれ」

椅子から腰を上げかけた黄名子を制し、進言したのは車田だった。
フェイを誰よりも心配していたのは黄名子だ。短時間とは言えその心労を考えれば、しばらく二人でゆっくりしていた方が彼女の為だろう。剣城たちもそれは理解していたので、一も二もなく賛同した。

「じゃ、行ってくるよ」
「ありがとうございます!」

部屋を後にすると、扉が閉まり中の声は聞こえなくなる。
先程までいた避難所なら携帯食の一つでもあるはずだ。来た道を戻りながら、ふと青山がぼそりと呟いた。

「……黄名子ってフェイに、あれかな。惚れてんのかな」
「えっ? さ、さぁ……どうなんだろうな。確かにただの友達にしては、随分気に掛けているようには見えるけど」

少々狼狽えながら一乃は頭を掻いて、鷹栖なら分かるかもな、と思いついたことを答える。

「(鷹栖は……あいつらのチームは、上手くやれてるんだろうか)」

名前を出され、剣城は彼女のことを考えた。
宿舎間が移動出来ないのは分かった。手持ちの携帯電話はこの時代では使えないだろうから、連絡を取り合うことも不可能だ。
そう考えると、フェーダが彼女に関心を見せる気配がなかったのは不幸中の幸いだろう。もしこれで彼らも依織を狙うような素振りを見せていたら、会えない間にまた攫われやしないかと気が気でなかっただろうから。




「フェイ、大丈夫なのかな……一体どうしちゃったんだろう」

宿舎内に見つけたミーティングルーム。
長いテーブルに肘を突いて、天馬は溜息混じりに呟いた。見えない壁に弾かれて思い切り尻餅を突いたので、椅子への腰掛け方はやや浅めである。

「ちゅーか、やっぱり超能力で何かされたんじゃね?」
「SARUってヤツ、戦いで超能力は使わないって言ってましたよ。あの言葉に嘘は感じなかったし……それはちょっと考えにくいと思います」

眉間に皺を作り、依織は浜野の意見に首を横に振った。
確かにフェイが倒れたのは、SARUがこちらを振り向いた直後のことだった。浜野の言う通り、タイミングがあまりに合い過ぎている。

「(あるいは、SARUとフェイの間に何かある……なんて)」

ふと頭を過った考えに、バカなことを、と依織は自分に呆れてふっと小さく溜息を吐いた。
フェイとは長らく一緒に戦ってきた。その中で彼の『サッカーを取り戻し守りたい』という意思が揺らいだところを見たことはない。
もしもフェイがフェーダと関わりがあったとしたら、最初にSSCのことを話してくれたタイミングの時点で依織の眼は何か感じ取っていた筈だ。

「大丈夫だよ、きっと。黄名子やみんながついてるんだから」
「うん……そうだね」

信助が天馬を慰める声で、依織は意識を前方へ戻す。
丁度その時、大きなスクリーンの前にトウドウたちとの話し合いを終えた豪炎寺が出てきた。

「では、ミーティングを始める。エルドラドから提供されたSSCの情報には、彼らのサッカーのデータはなかった」
「え? 戦ったことがあるんじゃないのか、レイ・ルク」

切り出した豪炎寺に、霧野が眉をひそめて後ろの席にいるレイ・ルクに尋ねる。

「サッカーではない。パーフェクト・カスケイドは彼らの侵略行為に対して防戦を行っただけだ」
「それって、彼らがどんなサッカーをするのか未知数ってことですかっ?」
「試合であの超能力を使われたら、俺たち敵いっこないですよ!」
「ちゅーか、……確かに」

輝や速水、浜野が口々に言うと、ミーティングルームが一瞬重たい沈黙に包まれた。
実力の全てが謎に包まれた、今まで以上の強敵。そんな敵と明日から突貫チームで戦わなければならないのだ。

「いずれにしても、戦いの決着方法としてサッカーを選んだからには、彼らは相当な実力と考えるのが妥当ですね」

肩を落とす輝たちを鼓舞するように、太陽が真面目な声で見解を述べる。何でコイツサッカーのことになると頭良さそうになるんだろうな、と依織は横目で幼馴染を見た。

「うん──だがどんな相手だろうと、俺たちは俺たちのサッカーをするだけだ」
「はい! 俺たちは負けるわけにはいかないんです……サッカーを守るためにも、円堂監督を取り戻すためにも!」

頷いて同調する豪炎寺に、天馬は勢い良く立ち上がって言う。
もう戻れないところはとっくに過ぎてしまっているのだ、弱音を吐いている暇はない。天馬の目にはプレッシャー以上に、絶対の使命感に燃えていた。


§


そうして翌日、運命の日。
フェーダたちが集めたのだろう、昨日建造されたばかりのラグナロクスタジアムの観客席は、天馬たちが準備を終えるずっと早い時間から溢れんばかりの市民たちで満員になった。

「ほとんどがエルドラドの応援ね……」
「これだけ集めた観客の前で、自分たちの力を見せつけようって魂胆か」

市民も街を散々破壊されて、フェーダに対する怒りが募っているのだろう。空に響き渡るのは怒声に近いエルドラドコールばかりである。
用意された控室でピッチを映すモニターを見上げ、呆気に取られている葵に依織は顔をしかめて言った。

最初に試合をするのは鬼道が監督を務める剣城の率いるチームだ。
便宜上『エルドラド01ゼロワン』と名付けられた彼らは、雷門のアウェイユニフォームに身を包みフィールドに整列する。
その中にフェイが混じっているのを見て、天馬はホッと胸を撫で下ろした。

「良かった、フェイは元気そうだ……!」

相手のチームは全員、グレーのローブで姿を隠している。ローブの上から分かるのは体格くらいのものだ。
元からエルドラド側はフェーダの情報をほとんど持っていないのだから、姿を隠したところで何の意味もない。依織が不審そうに目を眇めていると、対岸の主催席、メインスタンドから突き出したデッキにSARUの影が見えた。

「面白いことになりそうだ」

目を細めたSARUが片手を掲げた瞬間、スタジアム上空に空を埋め尽くすホログラム映像が展開される。
それぞれ剣を携えた、屈強な戦士と小柄な剣士の映像だ。地を跳ね、斬り掛かった剣士の剣は容易く戦士の盾を弾き飛ばしてその体へ深々と突き立てられる。
戦士の映像がガラスのように粉々に砕け散るのを見て、天馬は小さく肩を竦めた。

「これって……」
「SSCが小さな剣士で、大きな戦士であるエルドラドを倒すっていう挑発なんじゃないかな」
「へっ、安い挑発しやがる」

自分たちは少数精鋭の子供集団、片や相手は設備も人員も揃った大人率いる組織。彼らはそれを表現したのだろう。
太陽の考察に、依織は唇をへの字に曲げ不満げに足を組んだ。

ホログラムが消え、今度は色とりどりの小さな花火が空を彩る。どうやらこれが開催のセレモニーだったらしい。
SARUは目を細め、大きく口を開けて笑った。

「それじゃあ始めようか。人類の命運を賭けた最終戦争──『ラグナロク』を!」

フェーダの選手たちがローブを勢いよく脱ぎ捨てる。
ようやく顕になったその姿に、剣城たちはハッと目を見開く。見知らぬ顔の子どもたちの中に、彼らと同じユニフォームに身を包んだザナークがいたのだ。

「ザナーク!?」
「おまん、どうしてここに!」
「そう言うと思ったぜ」

ギョッとして指をさしてくる錦に、ザナークはその反応を待っていたと言わんばかりに楽しげに口角を上げる。

「俺は元々エルドラドの人間じゃねえ。今はフェーダ、チームザンのキャプテンってわけだ」
「ザナークが、このチームのキャプテン……」

フェイは難しい顔をしてザナークを睨んだ。
思えば、ザナークのこれまでの力の暴走。あれはSSCとして目覚める兆しだったのかもしれない。
だが、ザナークはSSCとしての使命など興味はなかった。彼は錦に命を救われた借りがある。ザナークはどうしても錦を、雷門を倒したいがためだけにフェーダの仲間に入ったのだ。

「ザナーク! またおまんとやれるとは、燃えてきたぜよ!」
「ふん……!」

錦はザナークがフェーダ側についたことに関しては気にしていないのか、早くも切り替えて拳を握りしめている。こういうところ気が合いそうやんね、と二人を見比べ黄名子が呟いた。

動揺が収まるのも程々に、選手たちが位置に着くとホイッスルが鳴り響く。
ついにフェーダとの三番勝負が幕を上げた。

「ミキシトランス、『坂本龍馬』!!」
「ミキシトランス、『沖田』!!」

走り出すのと同時に、錦と剣城はミキシマックスをして敵陣へ切り込んでいく。
これは鬼道の作戦だ。自陣を守るフェイと黄名子は、これを受けたフェーダの動きを見てミキシマックスをするよう言われていた。

「分かってるよな? ザナーク……!」
「ああ……始めはお前らに付き合ってやる」

ガロとザナークの不穏な会話は01には届かない。
剣城からパスを受けた錦は、真正面からザナークへ向かって突進していく。

──が、ザナークはその勝負を受けるわけでもなく、横を走り過ぎていく錦に一瞥もくれることなく立ち尽くしたまま見送った。

「何じゃあいつ、突っ立ったまま……!」

ザナークに不信感を抱きつつ、錦は更に前線を上げる。
しかしフェーダたちは動くことなく、ドリブルで切り込んでくる錦をザナークと同じように見送るだけだった。

「また……! こいつらやる気あんのか!?」
「っ錦先輩!」

彼らの意図はまだ読めないが、こちらを甘く見ているのであればこれを活かす手はない。鋭い声を上げた剣城に、錦はすかさずボールを送り出す。

剣城はこのチームのキャプテンに選ばれ、依織と話してからずっと、鬼道の意図を考えていた。
考えられるのは攻撃重視の戦術。点を取るための布陣。剣城を攻撃の要とするのが鬼道の考えなのではないだろうか。

「ならば──決めて見せる!!」

剣城は一気にゴール前まで切り込み、シュートを放つ。
けれど、相手キーパーのファダムはこれは片手で止めた。ミキシマックス状態のシュートを必殺技も使わずに。
点を取られない絶対の自信。だからこそ他の選手は手を出さなかったのだ。

「……!」

僅かな動揺から立ち直り、気を急きすぎた、と剣城は歯噛みする。
キーパーが大きく振りかぶり投げたボールをフェイがカットすると、剣城は直ぐ様フェイに声を掛け、ボールを戻してもらう。

「今度こそ決める! ──“菊一文字”!!」

黄色い花弁が宙を舞い、鋭い一閃がゴールに襲いかかる。
しかしファダムはこれをも軽々とキャッチしてしまった。観客たちの落胆の声を他所に、ファダムはボールを指先で回してニヤニヤと笑っている。

「……!」

再び投げ込まれたボールをカットしたのはダーナだ。
剣城は眉間の皺を深めながら声を荒らげる。

「ダーナ、パスだ!」
「キャプテンだからって指図するんじゃないよ!」

二度シュートを仕損じたせいか、ダーナはピシャリと言って剣城の指示を無視するとそのまま青山へボールをパスした。

「ッ青山先輩!」
「お……おう!」

気迫のある声に、青山は反射的に剣城へボールを戻す。
その様子を見て、天馬たちは少なからず驚いていた。
剣城は雷門のストライカーであるが、あそこまで率先して点を取りに行こうとすることはあまりない。

「剣城があんなに積極的に……」
「確かに剣城くんがシュートを決めれば、チームに勢いがつく。鬼道さんもそれを狙ってるんじゃないかな?」
「どうだろうな……」

尋ねてきた太陽に、依織は口元を掌で抑えたままボソボソと唸った。
鬼道の意図が太陽の読み通りだったとして、何故ザンの選手は剣城たちにここまで自由にプレーさせるのか。それがどうしても分からない。

何度シュートを打っても止められる非情な現実にも、剣城はめげずに闘気を練り上げる。

「《剣聖 ランスロット》!! ──『アームド』!!」

雄叫びを上げ、放たれたシュートにファダムもまた咆哮を轟かせて化身を発動した。

「《深淵のアギラウス》 ──“ギガバイトスクリュー”!!」

鮫にも似た凶悪な海神を模した化身は、渦潮を巻き上げてシュートを波間に飲み込んでいく。

「(ミキシマックスも化身アームドも通用しないのか)!」

モニターを睨んだまま、三度止められたシュートに依織は思わず膝に爪を立てた。
観戦している自分がこうなのだ。フィールドで直接敵と相対している剣城の焦りは相当なものだろう。

「俺が決めなければならないのに……!」

続けざまに繰り出した技のせいで、剣城のスタミナは早くも底が見え始めている。
それでも投げ込まれたボールを受け止め、再び切り込もうとした剣城の眼前に影が差した。
ハッと顔を上げれば、そこにはディフェンダーの大きな身体が立ちはだかっている。

「剣城!」

強力なチャージを受けて後方に弾き飛ばされた剣城に、錦が声を上げる。
剣城が何とか転倒を堪えて体勢を立て直すと、敵はにやりと口角を持ち上げた。

「いいねえ、このルード様のチャージを受けて倒れねえとは。今日の獲物は狩り甲斐があるぜ」
「獲物だと……!」
「ならコイツはどうだ?」

そう言ってルードが頭上を指さした次の瞬間、剣城の視界が頭上から差した影で暗くなる。

「『ブレイクアタック』!!」
「ぐあッ──!?」

ボールを介するわけでもない、それは最早ただの暴力だった。三人による連続攻撃を多方から受けて、剣城は敢え無くその場で倒れ込む。

「ッ……!!」
「剣城!」

唇を噛み、悲鳴を押し殺した依織の隣で天馬が堪らずといった様子で立ち上がった。
錦たちが大急ぎで剣城に駆け寄っていくが、剣城もすぐには起き上がれない状態のようで、フィールドに倒れ込んだまま動かない。

「剣城を痛めつけようとしているのは明らかだ……! 卑怯だぞ!」

モニターを見上げ神童が唸るが、ここで何が出来るわけでもない。仲間を傷つけられた怒りに、神童は歯を食いしばって唸る。

「大丈夫か、剣城!?」
「は、い」

声を掛けてきた錦に、剣城はのろのろと体を起こしながら途切れ途切れに答えた。
その額には隠しきれない脂汗が滲んでいる。これはただ事ではない、と感じた錦が剣城の右のサッカーソックスを半ば強引に下ろすと、脛の一部が赤紫色に腫れ上がっていた。

「ひどい……!」
「これ以上のプレーは……誰か交代を、」

怪我の具合に呻いてフェイが咄嗟にテクニカルエリアを振り向くも、そこにいるのは焦りを表情に滲ませる水鳥と険しい顔をした鬼道、慌てふためくワンダバがいるだけだ。今回の試合には控え選手がいないのである。

「俺はまだやれる……!」
「!」

絞り出したような声に、フェイはハッと剣城を振り向いた。

「無理やんね、」
「やれる!!」

止めようとする黄名子に、剣城は強い語気で返す。
交代が出来る選手はいない。相手の力量を考えると、ここでフェイのデュプリを発動させるのも悪手だ。何よりも、その鬼気迫る表情を見て彼を無理やりにでも止めることの出来る選手はいなかった。

「──よし! 一緒に戦うぜよ、剣城!」
「はい!!」

大きく頷き立ち上がる剣城だったが、やはり痛みがひどいのだろう、足元はぐらつき立っているだけでもやっとといった状態だ。これではまともなプレーは望めないだろう。

「(剣城……!)」

ストライカー負傷の状態でどう立ち向かうのか。画面越しに剣城を見つめて、依織は爪が食い込むほど強く拳を握りしめた。