「参ったねぇ。残忍で困る」
ワアワアと観客の声がスタジアムに反響する。その雑音を気にも留めずに、SARUは化粧柱に背中を預けたまま誰に言うでもなく独り言ちていた。
「いくら相手を叩きのめすためとは言え、どんな手段も厭わない荒くれ集団ではね……」
ザンのキャプテンはザナークだ。が、彼はあくまで最初からあったチームのトップを一時的に任されただけで、実際チームを率いているのはガロである。
彼を支持し、あるいは彼と気の合う気性が荒いSSCの集まり。フェーダの中にあっても仲間たちとの衝突が絶えない集団、それがザンだ。
まあ、超能力を使わない約束を守っているだけマシだろう──SARUはそう呟いて、ザンの中で一人難しい顔をしているザナークを見やって口角を持ち上げた。
剣城を痛めつけて一区切りとしたのか、それまで目立つ行動をしていなかったザンはとうとう攻撃に出始める。
「決めてやるぜ……!」
「させんぜよ!!」
颯爽とドリブルで切り込んできたジプスに、錦がすかさずスライディングでボールをカットした。
負傷した剣城の代わりに攻撃の要を担うつもりなのだ。錦はそのまま前線を押し戻していく。
「チッ……今度はあいつを狙え! 『ブレイクアタック』だ!」
舌打ちしたガロの合図で、先程剣城を攻撃した三人の選手が一斉に錦に飛びかかった。
錦はそれをクロシオライドで蹴散らして、半ば強引に突破していく。
「これくらいどうってことないぜよ──ぬぁ!?」
余裕を見せた次の瞬間、眼の前に飛び込んできたドリスのタックルを正面から喰らい、足元からボールが離れてしまった。
しかし、そのこぼれ球をすかさず一乃が拾う。
「カバーは任せろ! ……青山!」
「ああ! “プレストターン”!」
ボールを受け取った青山は素早いドリブルでこちらへ向かってきた敵を突破した。
だがそれも束の間のことで、死角から飛び込んできたジプスに青山は勢い良く跳ね飛ばされてしまう。
「もらった!」
「うわっ……!」
「止める! “ダッシュトレイン”!!」
そこへ間髪入れず車田が強烈なタックルでボールを奪取し、前方のダーナへボールを繋げた。ダーナはワンタッチでそれを錦へと戻す。
「行くぜよ!! 《戦国武神ムサシ》──『アームド』!! “伝来宝刀”!!」
「《深淵のアギラウス》 ──“ギガバイトスクリュー”!!」
舞い散る紅葉を切り捨てながら突っ込んでくるシュートに、ファダムは再び化身を発動させ必殺技を繰り出す。
渾身のシュートは決まらず、ボールはあっという間にフィールドへ蹴り戻された。
「見せてやれ、俺たちの実力を!」
荒々しいガロの一声で、ザンは短いパスを繋ぎ陣地へ切り込んでくる。
ガロは01に考える隙を与えない程の驚異的なスピードで前線を上げ、ボールはあっという間にゴール前へ飛び出したロデオへ運ばれた。
「《海王ポセイドン》──“ヘヴィアクアランス”!!」
「来い……! 《真》“ゴッドハンドX”!!」
ロデオが雄叫びを上げ化身を発動させたシュートを打つのに合わせ、三国は研鑽した必殺技を繰り出す。
バチバチと真っ赤な火花が迸り、海王の上げた水しぶきが蒸気へと変わる。白い蒸気が晴れ、三国の手に見事セーブされたボールがあるのが確認されると、観客席からワッと歓声が上がった。
「さっすが三国先輩!」
「ああ、……でもやっぱり剣城たちの方が押されてる」
小さな握り拳を掲げて喜ぶ信助に、依織は同調しながらも顔をしかめる。
どうしてガロたちは最初攻め込んでこなかったのだろうかと考えていたが、今のを見て得心が行った。
SSCは超能力を使わずとも強い。どんな状況になっても瞬く間に形成を自分たちのものに出来る圧倒的な力を見せつけるための、デモンストレーションだったというわけだ。
「何が何でも一点取るぜよ!」
再び錦が攻め上がろうとするも、強烈なチャージを受けてボールが奪われてしまう。流石の錦もダメージが体に響き始めたか、ミキシマックスも解けてしまった。
「好きにさせないやんね! “もちもち黄粉餅”ぃ!!」
錦を押しのけたジプスの進路へ、すかさず黄名子が飛び込んでボールを奪い取って行く。ドリブルで駆け上がり、黄名子はサイドへ駆け込んだフェイにパスを繰り出した。
「フェイにとって、サッカーは大切なんでしょうッ? だったら守らないと、フェイ自身の手で!!」
「……っ」
黄名子の言葉にフェイは小さく頷いて、敵のディフェンスを一気に突破する。
「《光速闘士 ロビン》! ──“満月ラッシュ”!!」
瞬きの間に蹴りの高速連打を打ち込まれた渾身の化身シュートがゴールへ放たれる。だが、やはり相手の技量の方が上だったらしい。繰り出された三度目のギガバイトスクリューに、フェイのシュートは容易く止められてしまった。
「今度はウチが行くやんね! ミキシトランス、『マスタードラゴン』!!」
「くっ……ミキシトランス、『ビッグ』!!」
錦と剣城のミキシマックスが途切れた今、使うなら今しかない。
黄名子とフェイは勝機を掴むためにミキシマックスを発動させたが、そんな思惑とは裏腹にザンは中々ボールを奪う隙を見せなくなってしまった。
「“スプリングアロー”!!」
「ぐぁあッ!!」
そしてついにその凶刃が01のゴールを貫いた。
先取点を奪い、興に乗ったザンたちの攻撃は更にエスカレートしていく。
通常の試合であれば即出されるだろうイエローカードもこの戦場では意味を持たないただの紙切れだ。どれだけスパイクが脚を直撃しても、肩に拳がぶつかっても、ホイッスルが鳴ることはない。
「──ぐぅっ!」
「錦!」
肘を鳩尾に喰らった錦がフィールドに叩きつけられ、車田が声を張り上げる。
ジプスは倒れた錦を鼻で笑って直進しようとしたが、ふいに正面に飛び出してきた人影に怪訝そうに眉を上げる。目の前に立ちはだかったのは、01の選手ではなく味方であるザナークだった。
「気に入らねえなぁ……」
「何ッ!?」
ザナークは困惑しているジプスからボールを奪うと、01のゴールへ向かう。
錦は両脚を振り上げた反動で跳ね起きると、転がるようにザナークの前に躍り出た。
「わしが相手ぜよ!」
「ふん。……俺はお前への借りを返すためだけにフェーダに入った……この借りは返すぜ。真剣勝負でなぁ!」
激しい競り合いが繰り広げられ、これを制したのはザナークだった。錦を突破したザナークはゴール前へ向かって大きく跳躍する。
「“ディザスターブレイク”!!」
引き絞られた力が一点に集中し、ザナークのシュートが投槍のように放たれた。
鋭いシュートは三国が必殺技を繰り出すよりも早く、ゴールネットに突き刺さる。
「くっ……!」
早々に奪われた追加点に、01の選手たちの表情に目に見えて焦りが出始めた。
その後も剣城たちは何とかボールを前線に運ぼうと健闘するが、相手の容赦のない攻撃に中々上手くいかない。
「《黒き翼 レイブン》!!」
咆哮したガロが巨大な漆黒の怪鳥の姿をした化身を発動させる。
止める間もなく放たれたシュートは三国の腕をすり抜けて、ゴールを貫きスコアボードの点数差はついに3点にまでなった。
「っまだまだです! 1点ずつ返していきましょう!!」
「そうそう! これからです!」
怒涛の攻撃によって息が切れ始めている01たちに、堪らず席から立ち上がって応援する天馬に葵が追随して声を張り上げる。
だが、どれだけ応援しようと状況が好転するわけではない。ストライカーのコンディションは最悪、攻めるための一歩が足りず点は離されていくばかり。
まだ後半戦があるとは言え、ここから逆転するのは至難の業だろう。
「(どうするんです、有兄さん……!)」
直接試合に手出しが出来ない以上、出来るのは勝利を願うことだけだ。
依織は歯痒い思いをしながら、テクニカルエリアで仁王立ちしている鬼道に視線を送る。
その時ふと、対岸のデッキに佇んでいたSARUが動くのを視界に捉えた。
「そろそろ良いかな?」
立ち上がったSARUは、こめかみを指で抑えながらもう片方の手を徐ろにフィールドに伸ばす。
次の瞬間、フィールドを走っていたフェイの動きがビタッと止まった。
「っフェイ?」
「何じゃ!?」
中途半端な位置でドリブルを止めて動かなくなったフェイに、仲間たちは思わず足を止めて彼を見る。
けれど彼はその場から動かない。頭を抑え、表情を曇らせて歯の隙間から呻き声を漏らすばかりだ。
「……?」
ザナークは不審そうな目をフェイに向けたが、ザンたちはルーズボールがあるにも関わらずニヤニヤとした笑みを貼り付けて事の成り行きを見守っている。
一向に動かない試合展開に、観客たちもざわつき始めた。
──フェイ。戻ってくるんだ、僕たちの元へ。
思い出すんだ、全て。
「……!」
雑音の溢れ返る中、フェイの頭にはっきりと響いてきたのはSARUの声だった。
「全て、を」
掠れた声でフェイは呟く。
脳裏に浮かんだのは黒い煙を上げて崩れていく街並み。
自分がフェーダたちと共にアンプルガンを構えて街を攻撃する光景。
微笑み掛けてくるSARUと、手を取り合う自分。
スライドのように、記憶が頭の中に雪崩れ込んでくる。
『SSCとしての記憶を、無くしてもらうよ。全ては僕らの勝利の為に』
静かな場所で、そう告げて眼前に手を翳してくるSARUの穏やかな笑みを最後に、その映像は途切れた。
「……SARU」
頭の中で生まれた点と点が繋がる感覚。フェイは小さく呟く。
ザナークはその声を聞き取り、SARUを見上げた。腕を下ろしたSARUは底の見えない薄い笑みを浮かべ、フェイを見下ろしている。
「フェイ、どうした!?」
「しっかりするやんね、フェイ!」
時間にして十数秒は経っただろうか。仲間たちは懸命にフェイに声を掛け続ける。
まさか、また体調を崩したのだろうか。不安を感じた黄名子が彼に近付こうとしたその時、フェイの体がゆらりと反転した。
「フェイ、」
ザンのゴールではなく、01のゴールを見据える形で彼は脚を振り上げる。
風を巻き起こして脇を駆け抜けていった軌跡に、黄名子は反応できなかった。
放たれたフェイのシュートは意表を突かれ動けなかった三国の足元をすり抜けて、ゴールネットへ突き刺さる。
「っえ……?」
予想外のオウンゴールに誰もが言葉を失った。それと同時に、無常にも前半終了のホイッスルが鳴り響く。
スコアボードは紛れもなく0対4になっていた。
「フェイ……!?」
天馬は目を白黒させて、ふらりとラインを出るフェイを見つめた。
フェイは仲間たちの輪に加わるつもりはないのか、テクニカルエリアから離れた所で立ち止まり、何かを噛みしめるようにじっと俯いている。
剣城たちもまた何か声を掛けるべきだと思っていても、遠巻きに彼を窺うことしか出来なかった。フェイが突如として纏い始めた異様な空気に気圧されたのだ。
「フェイ!」
そんな空気も振り切って、天馬は席から立ち上がり大急ぎで階段を駆け下りる。
観客席の手摺から体を乗り出し、天馬は声を張り上げた。フェイは緩慢な動きで天馬を見上げる。
「どうしちゃったんだよ、あんなミスらしくないよ!」
「ミス? ……違うよ。点を“入れた”のさ」
オウンゴールを決めたというのに、フェイの声はまるで気にしていない平坦なものだった。どこか噛み合わない感覚に、天馬は困惑する。
「でも、味方のゴールじゃないか!」
「味方じゃない」
淡々と答えるフェイに、天馬は眉をひそめた。
「僕はもう、天馬たちの味方じゃないんだ」
「な──何を、言ってるの……?」
天馬は目を瞬き、剣城たちもフェイの口から出た聞き捨てならない言葉に思わず彼の横顔を凝視する。
それ以上は答えず、フェイは仲間たちから背を向けてピッチの出入り口へと足を進める。呆然としていた黄名子はハッとして、慌ててその背中に駆け寄った。
「ま……待って! フェイ、サッカー守りたいんじゃなかったの!?」
引き留める黄名子の声は動揺に上擦り震えている。
そんな声すらも聞こえていないかのように、フェイは一切躊躇を見せずスタジアムの闇の中へと消えていった。
「フェイ、何で急にあんなこと……まさか、敵のスパイだったのか……!?」
「いや……そんなバカなこと……!」
ひっくり返った声で疑問を口にする太陽に、依織は腰を席から浮かしながらピッチからいなくなってしまったフェイの影を目で追った。
あるいは、なんてことは依織も一瞬考えた。だが自分の目が他人の感情を大きく読み間違えることなんて今まで一度もなかったはずだ。ましてや、ブレスレットの効果が薄かった最初の出会いでこんな大きな嘘を見抜けないわけがない。
「おい……SARUはあいつに何をした?」
一方で、ザンのテクニカルエリアではザナークがチームメイトたちにそんなことを尋ねていた。
SARUとの利害の一致でザナークはフェーダの仲間に入ったわけだが、組織内の事情などはほとんど聞いていない。単に興味がなかったのだ。だが、それが試合に何か影響を来すものならば話は別である。
「あんたに教える必要あるのかい?」
「何?」
「俺たちが従うのはSARUであってあんたじゃない。勘違いすんなよ」
嘲笑混じりに吐き捨てられ、ザナークは目を瞬いてから顔をしかめた。
どうやらフェイは完全に試合を放棄してしまったらしい。01はここに来て選手を一人欠いた状態で後半戦に臨むことになってしまった。
「何がどうなってんだ……」
唇を噛んで、依織は思わず呻いた。
フェイが抜けた動揺が大きいのか、01の動きは目に見えて悪くなっている。
元々押されていた戦況でのダメ押しだ。気持ちの上でも圧倒されてしまっては、最早彼らに勝ち目はない。
「もっと楽しませてくれよ……!」
ガロが笑い飛ばしながら打ったシュートは三国の腹を打ち、彼の体ごとゴールに押し込んでしまう。
4点目の追撃の追撃に顔を歪めたその時、鬼道が一歩ラインに近付いた。
「──剣城!」
「!」
ハッと振り返った剣城は、流れ落ちる汗を手の甲でぐっと拭って鬼道に駆け寄る。
「ハーフウェーラインを超えて、DFを敵陣地まで上げろ!」
「っまさか、全員攻撃……!?」
下された指示に、鬼道は面食らった顔をした。
「そんな、無謀です! 逆に失点を重ねる可能性があります!」
「冷静に試合を見ろ。フェイがいない今、この試合は負けると見るべきだ。ならば次の勝利のための布石を打つ!」
「しかし……!」
仲間たちは剣城と鬼道の問答を険しい顔で、しかし真剣な眼差しで聞いている。
この試合に勝ち目はない。それは戦っている自分たちが、勿論剣城も、嫌と言うほど感じている。
「良いか。ここで決める1点の価値は、敵と俺たちとでは全く違う。俺たちが決めれば、エルドラドチーム全体のムードが変わる!」
「……だからこそ、何としてでも1点取る。……そういうことですね」
「そうだ。……次の試合を控える者に、勝利の希望を残すんだ」
勝利の希望を。その言葉を小さく繰り返し、剣城は芝の色がこびり付いたスパイクの爪先を睨んだ。
そしてふいに面差しを持ち上げ、観客席の方を見る。天馬たちのチームがいる観客席、依織がいる場所を。
「つるぎ、」
吐息にも似た声で、依織は彼の名前を呼んだ。
隣りにいる天馬たちにも聞こえない声が、彼に届くはずもない。それなのに彼はそれがハッキリと聞こえたとでも言いたげに、真っ直ぐに依織の目を見つめ返しゆっくりと瞬きをする。
そして彼は深く深く、深呼吸をして──力強く頷いた。