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第1試合敗退という苦いスタートを切ったその翌日。
神童が率いるチーム『エルドラド02(ゼロツー)』は、ユニフォームに着替え控室に集合していた。

「──で、俺たちのチームは何でこのユニフォームなんだ?」

顔をしかめて不満を漏らしたのは倉間である。
02にユニフォームとして与えられたのは、そろそろ見慣れたプロトコル・オメガの戦闘スーツだった。

「いいじゃないですか、動きやすいし」

狩屋はさしてこの格好に抵抗はないらしく、軽く柔軟をしながら軽い調子で答える。
実際、激しい戦闘を行うことを想定して作られたスーツは見た目以上に伸縮性があった。フィットしている部分も蒸れる感覚がない。
状況さえ違えばこれが未来の技術か、と感動していたかもしれない。倉間は諦めて溜め息を吐いた。

「2回戦……どんな奴らが相手なんだド」
「俺たちにはもう後がない。相手が誰だろうと、負けるわけにはいかない!」

倉間とはまた違う意味で落ち着かない様子で天城が呟くと、神童が語気を強めチーム全体へ向かって声を上げる。
しかし、プロトコル・オメガの面々はそれに対して無反応だ。まだ神童がキャプテンを任されたことに納得し切っていないのだろう。神童もそれを肌で感じている故に、この数日どうすればチームの統率が取れるようになるか頭を悩ませていたのだが、ついぞ答えが出ることはなかった。

「──神童先輩!」

そこへワープパネルが起動して、天馬と信助、依織と葵が応援にやって来る。

「今日の試合勝ちましょう、絶対に!」
「何か同じチームみたいな言い方だな」

小走りに駆け寄るなり鼻息荒く言ってきた天馬に、狩屋はからかう声音で答える。確かに、と自分の言葉に違和感を覚えて口ごもった天馬に、神童は首を横に振り軽く微笑んだ。

「いや……3チームに別れていても、俺たちは1つのチームだ。天馬、鷹栖、信助。今日の試合必ず勝って、お前たちに繋げる。最終戦は頼んだぞ!」
「はい!」

天馬たちが大きく頷いた、その時である。

「──フーン。私の相手はあなたたちなんだ。何かつまんなさそうなのに当たっちゃったな」

再びワープパネルが作動して、現れたのはライラック色をした髪の長い少女と、ウェーブがかった金髪の眼鏡を掛けた少年だった。
見覚えのある顔に、お前は、と神童が呟く。

「あの時、SARUと一緒にエルドラド本部を襲撃した……」
「あら、覚えていてくれたんだ? ふふっ」

少女は一瞬目を丸くして楽しそうに笑みを零した。中に大勢の人間がいることを把握した上での破壊行動に及んだ者とは思えない、可憐な笑みだ。
すると少年の方はやにわに彼女の手を取って、恭しく傍らに跪いた。

「当然さ、メイア。君の強さと美しさは、一度見たら忘れられやしないよ」
「まぁ、ギリスったら……貴方だって素敵よ、今日もそのヘアスタイル」

語尾に見えないハートマークを飛ばし合い、二人はしばし見つめ合う。
そして幸せそうに笑い合いながら、メイアとギリスは手を繋いだまま去って行った。

「何だぁ、あいつら……」
「何を見せられたんだ、私たち……」

文字通りのドン引きといった具合に狩屋と依織が呟いたが、それに答えられる者はこの場にはいない。

「2回戦の相手は、ギルが出てきましたね」
「あの二人はメイアとギリス。フェーダの中でも一、二を争う頭脳の持ち主だ」

一拍置き、気を取り直した様子で口を開いたのはエイナムとアルファだ。

「厄介だな……」
「え?」

天馬は少し驚いて、思わず小さな声を上げて振り返ってしまう。真剣な声で呟いたのがガンマだったからだ。

「奴らはフェーダが戦争に使うアイテムの開発者でもある。何を仕掛けてくるか分からない。それに、戦術はフェーダの中でもトップクラス。一回戦のザンより、戦術能力を上回っている」
「あら〜? もしかして勝つ自信がなかったりしちゃいますぅ?」
「ビビったんじゃない?」

すかさず挑発的な言葉をぶつけて来たベータとオルカに、ガンマは一瞬眉根を寄せて涼し気な笑みを浮かべ鼻を鳴らす。

「誰に物を言っているのかな? 念の為に言っておくけれど、試合中僕の足を引っ張るような真似だけはしないでくれよ? 勝てる試合を、落としたくないんだ」
「同じこと、私もお願いしちゃおうかしらぁ。アルファにもね?」
「答えるまでもない」

三人は無言になって、バチバチと火花でも散りそうな目付きで静かに睨み合った。
どう見ても険悪な空気である。雷門イレブンはそれを遠巻きに眺めることしか出来ない。

「……あいつら、本当に大丈夫なのかよ?」

呆れの混じる声で誰に問うでもなく投げかけられた依織の疑問に、神童は控室の片隅で何を言うでもなくただ佇んでいるサカマキを一瞥し、重たく長い溜息を吐く。言葉にせずとも目を見ずとも、それが彼の答えだということが依織には嫌と言うほど分かった。

「せめて時空最強イレブンが揃ってればなぁ」

ぽつりと零されたのは狩屋の呟きである。
それを受け、でも、と信助は俯き不安そうに続けた。

「時空最強イレブンの完成まで後少しだったのに、フェイがいなくなったんじゃ……」
「だ……大丈夫! フェイはきっと戻ってくる! フェイは俺たちの仲間なんだ!」

その不安を振り払うように、天馬は明るい声で言う。だが、仲間の表情はそれだけですぐには晴れなかった。

「……だとしても、最後の11人目はまだ見つかってないぜ?」
「11の力……『灼熱のネップウと激震するライメイの力で全てを貫く、オールラウンドプレイヤー』……」

現実的な倉間の意見に天馬は口を噤む。
茜の復唱を聞いて、葵が大介の入っているポーチを取り出し中を覗き込んだ。

「大介さん、11人目は例えば誰のような……と言うのはないんですか?」
『ふーーむ、そうさな……』

するりとポーチから出てきた大介はしばらく考え込み、こう答える。

『あえて言うならあの男だ敵にいた、ザナーク』
「えっ……」
「ザナークって……待って下さい、敵が11人目だと言うんですか!?」

神童が出した大きな声が聴こえたのだろう、プロトコル・オメガたちの視線がちらりとこちらを向いた。

『あいつからは、熱風のような熱さと雷鳴のように暴れ狂う激しさを感じた。あいつがもし味方になるのなら、条件を満たすやもしれん』
「確かに、あいつからはすごいパワーを感じた……」

実際、ザナークがチームに加われば大きなの戦力になることは間違いない。天馬が納得仕掛けたその時、背後から声が上がった。

「そう言うと思ったぜ」

一同は聞き覚えのある声にギョッとして振り返る。
そこにはいつの間に控室に忍び込んだのか、ベンチの上で寛ぐザナークの姿があった。

「ザナーク! 何でお前がここに!?」
「あいつらのやり方、何か気持ち悪いんだよなァ。あれならエルドラドのジジイ共の方がまだ可愛く見えちまったぜ」

挑発混じりの声を投げかけるザナークを、サカマキは静かに睨んでいるだけだ。

「そう言うわけで、こっちに混ぜてもらうぜ」
「え、……ええっ!?」

一瞬彼の言っていることに理解が追いつかず、天馬は目を丸くする。

「それって仲間になるってこと!?」
「ふざけるな! そんなこと認められるか!!」
「俺も反対だ。お前は信用出来ない」

プロトコル・オメガで真っ先に激昂したのはガンマだ。彼にはザナークに不意を突かれ、洗脳されて手駒にされた苦い過去があることを考えると当然の反応である。
それに対し、神童の対応はまだ冷静さを欠いていない。
しかしザナークはその反応も分かりきっていたのだろう、ニヤニヤと口角を上げて肩を竦めた。

「悪いが俺はもう決めた」
『まぁ待て、ザナークよ』

そこで会話に加わったのは、先程ザナークの名前を上げた大介である。
大介はザナークの眼前まで詰め寄って、恐らく睨みを利かせているのだろう、やや前傾姿勢になってこう言い放った。

『確かにお前の力は凄い。しかし、ワシに言わせれば物足りん!』
「ああ、そう言うと思っ──……この俺が物足りんだと!?」

流石にこの答えは予想していなかったらしいザナークは、一瞬大介の言葉を流しかけてやや裏返った声を上げる。

『だがワシが求める時空最強イレブン、その11人目となり得る可能性は持っておる。ワシの指示に従って、修行を積むのだ』
「……ふん。断る」
『何ぃ?』

気を持ち直したのか、ザナークは大介にずいっと近付いて好戦的な笑みを浮かべた。

「石のジジイ。どうやらお前は俺様の本当の力を分かってねえようだな。既に俺はその時空最強イレブンの力に達してるってことを! 次の試合で証明してやるぜ!」
「つ、次の試合に出る気なんだ……」

身勝手なザナークに天馬は戸惑った顔でサカマキの方を伺う。
サカマキはその視線を受け、ふんと小さく鼻を鳴らした。

「……好きにしろ。どうせ言っても聞かんのだろう」
「そう言うと思ったぜ」

呆れ混じりの溜め息を吐いて承諾するサカマキに、ザナークは機嫌が良さそうな笑みを浮かべる。
かくして、倉間が控えに入る形で02にザナークがチームメンバーとして加わることになった。

§

緊張感が高まる中、会場は始まりが近付くラグナロク2回戦にざわついていた。
エルドラドはこの試合に勝たなければ敗退となり、世界の覇権はフェーダに握られてしまう。

「……天馬、どうした?」

観客席に着きながら忙しなく辺りを見渡す天馬が目に付き、依織は彼に声を掛けた。

「うん……フェイ、来てないなって」
「……そうだな」

少なくとも、ここから見つかる場所にはいないようだ。
もしかすると、主催席に──SARUと一緒にいるのかもしれない。

「今は試合の方に集中しよう。何にせよ、神童先輩たちが負けたらここでおしまいなんだ」
「うん……っ」

ぐっと唇を引き結び、天馬は緊張した顔で小さく頷く。

そしてフィールドに立つ神童は、天馬が感じている以上の緊張と使命感に燃えていた。
絶対に負けられない試合。まずは主導権を握って先制するべきだろう。神童は脳内で素早く試合を組み立てる。

「みんな! 俺の指示通りに動いてくれ!」

ホイッスルが鳴り響き、試合が始まるや否や神童は両手を素早く振るった。

「行くぞ! ”神のタクト“!」

指先から迸る光の軌跡がカーブを描いてフィールドを走る。
だが、ボールを持ったガンマはこれを無視してそのまま直進して行った。

「なに……っ!? おい、そっちは指示した方向じゃないぞ!」
「何故この僕が君の命令を聞かなきゃいけないのかな?」

この期に及んでそんなことを返したガンマに、なに、と神童は目を見開く。

「この前はザナークに不意を突かれたが、あれは僕の実力ではない! この試合で証明して見せよう!」
「まぁ、ガンマったら粋がっちゃって!」

背後から追走してくる気配に、ガンマは視線だけそちらに向けた。わざわざ振り向かなくても分かる。ベータだ。

「──だがこの試合、点を決めるのはオレだ! ガンマ、ボールを寄越せ!」
「ふん……!」

目の色を変えて吼えるベータを一瞥し、鼻で笑ったガンマはそのまま独走していく。
見るからに連携の取れていない02に、観客たちにも不安のどよめきが広がるのを感じながらメイアは目を細めた。

「あはっ。所詮ただの人間なんてこんなものよね」

一笑したメイアは地面を蹴ると、ガンマのボールを奪い去っていく。文字通り、それは瞬きの合間だった。

「んなっ……!?」
「私たちがお手本を見せてあげるわ。行くわよ、ギリス!」
「オーケー、メイア!」

ギリスはドリブルするメイアに並走すると、正確なパス回しで向かってくる02を次々と抜き去っていく。
お互いの動きを寸分違わず把握していないと出来ないコンビネーションプレイだ。ディフェンスには既にマークがベッタリと張り付き、二人の進軍を止められない。

「メイア!」
「ギリス!」

ゴール近くまでやってきた二人は目配せを交わし、高く蹴り上げたボールへ向かってメイアがエネルギーを注ぎ込む。

「”デッドフューチャー“!!」

エネルギーは放射線状に広がり花が散るように収束し、その瞬間ギリスがボールに脚を叩き込んだ。
隕石と見紛う威力のシュートの光が頭上を照らすのを見上げ、神童が叫ぶ。

「天城さん!!」
「ッ“アトランティス”──ぐわぁあっ!」

呆気に取られながらも必殺技を繰り出そうとした天城だったが、それより先に聳え立とうとしていた壁をシュートが打ち崩していく。

「キーパーコマンド07、“ジャイロセービング”!!」

そして天城が倒れるのとほぼ同時に必殺技を繰り出したルジクもまた、シュートを防ぎきれず成す術なく吹き飛ばされてしまった。
神童の思惑も露と消え、あっという間の失点である。

「シン様……」
「やっぱりプロトコル・オメガの連中とは、上手く連携出来てねえな……」

分かってたけど、と語尾に小さく付け足し、倉間は独り言ちた。あの我が強くてプライドも山のように高い連中を、真面目な神童がまとめるなど無理な話だったのかもしれない。
が、その采配をした本人は、そうは思っていないようだった。

「いや、そうでもないかもしれん。……まぁ見ていろ」

選手や観客の不安を他所に、サカマキは一人どこか余裕の見える表情で言った。

「アルファ!」

どうにかボールの主導権を握った神童がアルファに向かってロングパスを放つと、その瞬間彼の横を影が駆け抜けていく。

「遅いんだよ!」
「何ッ!?」

貰った、とベータはアルファへのボールを奪うも、僅かにタッチミスがあった。
そして予想外の軌道で落下したボールを、ガンマが素知らぬ顔で奪っていく。

「これで同点、僕の得点だ!」

意気揚々とシュートを決めようとしたガンマだったが、その一瞬が命取りだった。蹴り足を上げたタイミングで、ゼータによりボールは敢え無くクリアされていく。

「あ〜ら、せっかく“パス”してあげましたのに」

わざとらしい声が背中に刺さり、ガンマは不満そうに顔をしかめた。チームのボールをクリアされたというのに、ベータはどこか楽しげである。
そんなベータへ、アルファが口を開く。

「……何故邪魔をした」
「はい?」
「私がパスを受けていれば、決まっていた可能性は高かったはず」
「貴方が私にダメ出ししちゃうんですかぁ?」

静かな苛立ちを露わにするアルファに、ベータは目を眇めた。

「喧嘩なら手ェ貸すよ?」
「オルカ、余計なことはするな!」

後ろから口を出すオルカやエイナムを見て収集が付かないと判断した神童は、両者の間に割り込んでいく。

「止めるんだ! そのエネルギーは相手のゴールに向けろ!」
「まぁ、ご立派! ……流石キャプテンね」

笑い混じりに嫌味を言ったベータを筆頭に、両者は一旦背を向けてその場から引き下がった。

チームの空気は相変わらず険悪なままである。
試合が進むほどに顔を歪めていった依織は、堪えきれずに天馬に話しかけた。

「天馬……これ、勝てると思うか?」
「し、神童先輩たちなら、きっと大丈夫だよ!」

つっかえながらも答えた天馬のこめかみには嫌な汗が滲んでいる。
そっか、と依織は一つ頷いて。

「…………本当は?」
「…………ちょっと不安かも……!!」

流れ落ちた汗はそのままに、頑張れみんな、と天馬は試合前より青くなった顔で呻くように言った。