「神童先輩、大丈夫かな……」
試合が始まってからというもの、顰め面でフィールドを走る神童に天馬は不安そうな声を漏らした。
ギリスとメイアを主軸としたギルのチームワークプレーにより先制点を奪われたのに対し、02は未だまともな連携も取れずプロトコル・オメガの三人に至っては互いに邪魔をしあい神童の指示に耳を傾けようともしない。
「神童先輩も、あんなチーム任されちゃ胃が痛いだろうよ。……最も、今はそんなこと言ってられないだろうけど」
組んだ脚をぶらつかせ、依織は苛立ちを露わにしながら天馬に返す。
どれだけチーム仲が悪かろうと、今はあの面子で戦うしか選択肢はない。そしてここで勝たなければ、世界の実権はフェーダの物になってしまうのだ。神童でなくとも胃が痛くなるような最悪の状況である。
「……あれ?」
そう言えば、強引にチームに参加した“彼”は試合が開始してからまともに動く気配がないが、一体何のつもりなのか。
依織の頭にそんな考えが過ったと同時に、ギムスのスローインで試合再開される。
投げ込まれたボールを受けた敵に強引なタックルを仕掛けてボールを奪ったのは、丁度視線を向けたザナークだった。
「いいか、よく聞け!! このチームが勝つための方法を教えてやる!!」
「方法?」
ボールに足を置くなり、深く息を吸い込み声を張り上げたザナークに神童は訝しげに眉を顰める。
「それはな──この俺様が一人で活躍することだ!!」
プロトコル・オメガの三人はそれぞれ眦を尖らせてザナークを見た。
神童も思わず驚きと不満を顔に出す。こいつも連携をしないつもりか、と。
「だから動くな! 俺一人いれば良い!!」
そう言うや否や、ザナークはボールを蹴り出し単身敵陣へと突っ込んだ。
「僕たち相手に一人でやれるってさ!」
「どこまでやれるか楽しみだね」
小馬鹿にした笑みを浮かべた敵二人に早速囲まれて足を止めるザナークを、手助けするわけでもなく遠目から眺めてガンマは鼻で笑う。
「ふ。大口を叩いた割に──」
「うわぁっ!」
瞬間、言葉尻が衝撃音と悲鳴で掻き消される。ザナークが文字通り力づくでマークを振り払ったのだ。一瞬眼を瞬いて、つまらなさそうにガンマは舌打ちした。
「まぐれが二度も続くかよ!」
続けてゴールを守るため飛び出してきた三人の選手に、ザナークは左右に攻める道を振るが中々振り払えない。
「ちょこまかと……! 鬱陶しいぜ!」
苛立たしげに吼え、ザナークは僅かな隙間に体をねじ込むようにして強引にシュートを打った。
無理のある態勢で放たれたボールはここに来ての初めてのシュートだったが、枠に掠りもせず虚空へと飛んでいく。
「チッ……次は決めてやる」
それからもザナークはフィールドを縦横無尽に駆け回り、進路を邪魔する者があれば敵も味方もお構いなしに蹴散らしていった。チームプレイもへったくれも無い、ただの荒くれ者の所業である。
「放っておいて良いのですか?」
「無視しろ。関われば無駄に体力を消耗する」
進言するエイナムに、アルファは短く返答する。
「本当に一人でやるみたいだね」
「いつまで持つかしら」
ベータたちも関心が薄いようで、ザナークがボールを持っている間は巻き添えを喰らわぬよう彼を遠巻きにして爪を見ていた。
「ザナーク、僕にパスだ! フィニッシュはこの僕が決める!」
対し、まだ彼に食い下がろうとしているのがガンマである。
並走してくるガンマに、ザナークは正面に近付いてきたギリスとメイアを一瞥して鼻を鳴らした。
「──ほらよ!」
「がッ!?」
刹那、顔面に思い切り激突したボールにガンマはその場でひっくり返った。
ザナークはそのまま跳ね返ったボールを受け止め、まさか味方を壁にしてワンツーパスをするとは思っていなかったらしいギリスたちの間を悠々とすり抜けて行く。
「い、今のは酷いド……」
「でも勝手に点取ってくれるならこっちは大助かりですよ?」
プロトコル・オメガを毛嫌いしていた天城も流石に一歩引いた様子で呻いたが、特に良心には触れなかったらしい狩屋は頭の後ろで腕を組み、鼻っ柱を押さえるガンマを横目で一瞥した。
そんなやりとりをしている間に、ザナークは再びゴール前まで一人で辿り着く。今度こそ、と真正面からシュートを放つも、ボールはキーパーの手に弾かれ場外へと跳ね返っていった。
「彼のパワーは認めるけど……ああやって強引に来てくれる分には怖くないわ」
「それに美しくない。パスは愛……連携こそが美しい……」
歯噛みするザナークを一笑し、手と手を取り合い見つめ合うギリスたちには目もくれず、神童はただ一人静かに焦っていた。
いくらザナークでも、ギルを相手に一人で戦うのは無謀過ぎる。
「みんな! 連携するんだ! この試合、絶対勝たなくてはいけないんだ!!」
「神童……」
いつになく切羽詰まった神童の声に、彼の焦燥や不安を肌で感じ取った天城は気遣わしげに彼を見やった。
神童はその後もチームメイトたちに声を掛けてどうにか試合を動かそうと試みたが、やはりプロトコル・オメガの面々はそれを一切聞き入れようとしない。
「くっ……チームがまとまっていない……!」
「神童、どうしたんだド。いつものお前らしくないド」
額を抑えて呻く神童に、天城はたまらず声を掛けた。
天城さん、と焦燥を滲ませこちらを見上げてくる後輩に、天城は言葉を選び短く伝える。
「焦らずに、自分を信じてやってみるド」
「っ、はい……!」
言い聞かせるような声に、自分が端から見ても酷く焦っていることに気が付かされたのだろう。神童は一拍置いて小さく頷いた。
試合が再開されるや否や、ドリブルで切り込んできたギムスに神童はゴール前の狩屋を振り仰ぐ。
「狩屋、マークしろ!」
「はい!」
跳び上がったギムスを追い、狩屋もすぐさま地面を蹴る。宙へ放たれたボールをどちらかが奪おうとした瞬間だ。
「それ、もらっちゃいま〜す!」
「っ、ベータ!?」
視界の端に飛び込んできたベータが高く跳躍し、狩屋たちを押し退けてボールを奪う。
強かに尻餅を突いた狩屋はムッとした顔になって跳ね起きると、すぐさまベータを追いかけた。
「オルカ──」
「もーらいッ!」
そして狩屋はオルカへパスを回そうとしていたベータの横に素早く並び、仕返しとばかりにそのボールを奪っていく。
「ちょっとぉ! ──やってくれるじゃねえか!!」
「ポジションとか関係ないんだろっ?」
「当てつけかよ!」
目の色を変えて噛みつくベータに、狩屋も負けじと言い返す。そのまま言い争いながら敵陣に突っ込んでいく二人に「やめろ二人とも!」と声を荒らげる神童だったが、二人はまるで聞く耳を持たない。
「お前たち……!」
「邪魔だぁッ!」
次の瞬間、後方から駆けてきたザナークが二人を吹き飛ばしボールをクリアしていく。
転がったボールはギルに奪われ、奇しくもカウンター攻撃を食らう形になってしまった。
「くっ……天城さんはメイアを、ガリングはギリスをチェック!」
「絶対に守るド!」
「お前に言われるまでもねえ!」
神童の咄嗟の指示を受け、壁として立ちはだかった大柄なディフェンダー二人にメイアとギリスは同時に足を止める。
「決めるわよ、ギリス!」
「ああ!」
目配せを交わした二人は唐突に手を取り合って、その場で踊るように回転した。
体から闘気が湧き上がり、絡み合いながら顕現されたそれはよく似た姿の二対の化身である。
「《情熱の ラヴァーズ》!!」
二対の化身は鋭いレイピアを振い、天城たちを颯爽と切り伏せて突破していく。息の合った化身に驚きに目を見開いていた神童は即座に気を持ち直し、二人の前へ躍り出た。
「止める……! 《奏者 マエストロ》、『アームド』!!」
化身を身に纏った神童は果敢に飛び掛かって行ったが、やはりニ対一では分が悪い。
拮抗する間もなく地面に薙ぎ倒され、ゴールを守るのはキーパーのルジクのみとなった。
「さあ、メイア。君の華麗なシュートを!」
「ええ、任せて!」
ギリスにリードされてゴール前へ飛び出したメイアは、伸ばした指先をゴールに向けて「バァン!」と銃を撃つ仕草をする。
「“ハートレイピア”!!」
「キーパーコマンド07、“ジャイロ制御“!!」
耳が痛くなるような刺突音を上げ、突き立てられたレイピアが展開された障壁を切り裂いた。
ゴールネットに突き刺さるシュート、2対0に切り替わるスコアボード。神童は取り戻したはずの冷静さが音を立て崩れていくのを感じた。
「っもう一度、チームを立て直すしかない……!」
試合再開のホイッスルが鳴り響く。ボールを受けて走り出したガンマに、神童は声を張り上げた。
「俺に回せ! 回すんだ!!」
「……!?」
それは最早絶叫に近かった。荒らげる声はこの試合だけで何度も聞いても、その鬼気迫る勢いに気を取られたガンマは思わず立ち止まり神童を振り返る。
「俺に回せ、ガンマ!!」
「……ふん」
そこまで言うのなら何か勝算があるのだろう、と小さく鼻を鳴らして、ガンマは神童の指示に従ってボールを転がした。
「今度こそ成功させてみせる……! アルファ、ベータ、ガンマ、行くぞ! “神のタクト”!!」
ドリブルで切り込みながら神童が腕を振るう。
指先から放たれた光の軌跡に、ガンマと同じく一旦神童の指示に従ってみることにしてみたらしいアルファがそれを追って動くも、同時に同じことを考えて走ってきていたベータとぶつかって転倒してしまった。
「何故だ……何故思うようにいかない……!?」
せっかくあの三人の気まぐれがこちらに向いたのに、と
神童は震える左手を握り締める。
「そいつを寄こせェッ!!」
耳に飛び込む怒声に神童はハッと顔を上げた。ザナークがまた力に任せたプレーでボールを奪ったのだ。
あのままでは先程と同じことを繰り返すに違いない。神童は急いでザナークを追走した。
「強引に行くな、ザナーク! いったん戻すんだ!」
「……っ」
「一人じゃ無理だ、戻せザナーク!!」
「うるせえっ!! 俺が決めてやる!!」
叫ぶ神童を一喝し、ザナークは二人掛かりのマークをチャージで突き飛ばして更に突き進んでいく。それでも神童は懸命に叫んだ。
「っ俺たちには連携が必要なんだ! 一人で戦っても、ギルには──」
「どけえッ!!」
そんな必死の訴えも虚しく、ついにザナークは神童をも蹴散らしてゴール前まで飛び出した。
「“ディザスター”……!」
「必殺シュートは打たせない!!」
シュートを放とうとした刹那、同じ高さまで跳躍してきた三人のディフェンダーにザナークは驚きながらもそのままシュートを放つ。
しかし必殺技にまで至らなかったシュートの威力はキーパーの腕の中に抑え込まれ、得点には至らなかった。
「(このチームをまとめることは出来ないのか……!?)」
突貫でチームプレーをするには、そもそも選手同士の相性が悪過ぎるのだ。特にプライドが高いプロトコル・オメガのリーダー三人を、つい先日まで彼らと敵対していた自分が率いるのが土台無理のある話だったのではないか──神童は絶望を感じながらふらりと立ち上がる。
「カウンター!」
「! しまった──戻れ、戻るんだ!!」
聞こえてきたメイアの声に、神童は我に返って弾かれたように走り出した。
反応の遅れた02の選手たちを嘲笑うかのように、ギルは連携の取れたプレーで次々に抜き去っていく。
「これ以上は進ませないド! “アトランティスウォール”!!」
ディフェンスライン中央に陣取り、天城が放たれたシュートをクリアする。しかし、そのボールが転がった位置が悪かった。
「……!」
こぼれ球を受け止めたのはメイアだった。息を呑む神童の眼前でメイアとギリスの必殺シュートが閃く。
「“デッドフューチャー”!!」
「これ以上決めさせるか!! “キーパーコマンド07”──」
ルジクが必殺技を繰り出すより早く、シュートが彼の体に深くめり込んだ。当然その状態からシュートを止めることは出来ず、ルジクの体はボールごとゴールネットに押し込められる。
これで3点目の失点だ。このチームでは、雷門でやって来たことが通じない。目の前に聳えたつ巨大な壁に、神童は思わず跪いた。
「キャプテンの俺がみんなをまとめ、活かさなければならないのに……このチームで戦うにはどうすれば……!?」
「──おい、どうしたド?」
「大丈夫かよ、ルジク!?」
呆然とする神童の耳に、天城や狩屋の切羽詰まった声が届く。
何事かと神童がそちらを見るのと、焦った様子のガンマがゴールへ駆け寄るのはほとんど同時だった。
「怪我したみたいだ……」
「大丈夫かな?」
先程までと02の様子が変わったことに気付いた観客席がざわつき始める。天馬たちも不安を色濃くしながら彼らの動向を見守った。
「おい、ルジク! しっかりするんだ!」
ガンマが倒れたルジクに声を掛けるも、ルジクは先程シュートを食らった患部を押さえ返事もままならない様子である。
この状態で試合続行は厳しいだろう、と誰もが考える中、ハタとベンチにいた茜が口を開いた。
「もし、交代が必要になったら……」
「……ど、どうすんだよ?」
ちらりと茜に視線を向けられた倉間はギクリとした顔をして冷や汗を額に浮かべる。
いつかの天馬や信助じゃあるまいし、全く違うポジションをこの土壇場で任せられるのはどう考えても悪手でしかない。
「──思ったよりも早いが、使うとするか」
そんな倉間の焦りを他所に、サカマキはほくそ笑むとインカムのチャンネルを自身の研究所に合わせた。
駆け付けた医療班により試合続行不可と見なされ、ルジクは担架で運ばれていく。それを見送りながら、02はここに来て初めて同じことを考えていた。
「キーパーがいなくなってしまったド……」
「そうしますか、神童キャプテン……?」
最悪の状況に頭がついていかず、天城や狩屋は呆然としながら神童を見やる。しかし神童もまた度重なる心労と圧倒的に不利な戦況に苛まれ、言葉を失っていた。
「!」
「ん……?」
ふとそんな中、試合が始まってから閉め切られていたはずの選手入場口が突然開き始めた。
中から噴き出すスモークに今度は一体何が起きたのかとそちらを見ると、入口に人影が佇んでいるのが見える。
「この人、……いや、これは……」
金属質な足音を立て、どこかぎこちない動きで目の前まで歩いてきたその“人物”に、神童は困惑に目を大きく見開いた。