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「円堂監督のアンドロイドぉ?」
『そうだ。登録名“メカ円堂”。サカマキがもしもの時のためにと、パーフェクトカスケイドの研究チームに円堂守のデータを渡し作らせたものだ』

軋むギア、重たい足音。
前半が終わるのとほぼ同時にフィールドに現れた、かつての──中学生の頃の円堂の姿を模したロボットを凝視しながら、依織は通話相手に向かって観客席のざわめきに負けない素っ頓狂な声を張り上げた。

『まだテスト運用の段階らしいが、丁度良い機会が巡ってきたというわけだな』
「大丈夫なんすか、そんなのにキーパー任せて」
『ポジション違いの選手を無理やり据えた方が安心か?』

淡々と答える声に依織は顔をしかめ、テクニカルエリアで困惑した様子を見せている倉間を見やってから「そういうわけでは、」と渋々否定する。

『何にせよ、我々に選択肢はないということだ』
「偉そうに……あ、ちょっと!」

ぷつ、と途切れた音声に依織は切りやがった、と唇を尖らせながら小さな通信機を睨んだ。

「トウドウさん、何て?」
「見たまんま。サカマキのおっさんが円堂監督のデータを元に作ったアンドロイド……だってさ」
「アンドロイドか……エルドラドの技術力は信用してるが、大丈夫なのか?」
「さぁ……」

尋ねてきた天馬や霧野に、依織は溜め息混じりに答える。
フィールドのアンドロイドことメカ円堂はぎこちない動きでサカマキの前で立ち止まり、神童たちに遠巻きに見つめられながら最終調整を受けていた。

「それにしても、急にトウドウさんから連絡が来たからびっくりしちゃった。その通信機どうしたの?」
「いざって時のために雷門イレブンの誰かと直接連絡が取れるようにしときたいって、持たされたんだよ」

首を傾げる葵に、依織は肩を竦めて通信機をポケットに突っ込む。
昨日のフェイの一件もある。迅速な情報伝達の手段は一つでも多いほうが良いのだろう。

「ったく、な〜にがメカ円堂だ……」

突然の色物の登場ですっかり集中力を削がれてしまった。依織は小さく毒づいて、02の集まるベンチ前に視線を移した。

3点という点差は数字以上に重たくのし掛かっている。それはあの場にいる全員が分かっているはずなのに、チームは依然としてバラバラのままだ。
それでも、神童は懸命にチームをまとめようと声を掛け続けていた。

「いいか、みんな。俺たちが負けたら、ラグナロクはそこで終わりだ。全ての希望が失われることになる」
「言われなくても分かってますわ」
「YES.勝つことが私の意味」
「それが僕らの任務だからね」

特にアルファとベータ、ガンマへ向けて釘を刺す神童に、彼らはお互いに目を合わせることなく事も無げに答える。あくまでも勝利の為に動くというスタンスを貫いている三人に、狩屋が冷めた目を向けた。

「へーぇ、みんな自分勝手にやってて任務とか果たせるんスかねぇ」
「我々は最善を尽くしている」

皮肉を飛ばした狩屋に涼やかに言い放ったのはエイナムだ。しかし、と続けた彼は一瞬オルカやガリングに視線を向け、わざとらしく小さな溜め息を吐く。

「味方に足を引っ張られてはな」
「何ですってッ?」
「俺たちが悪いってのかよ!」
「仲間割れしてる場合じゃないド!」

即座に怒りを露わにしてエイナムに食ってかかろうとする二人に、天城が慌てて巨体を割り込ませて押し留めた。
ツンとそっぽを向くエイナムを横目に、ガンマはやれやれと肩を竦める。

「やっぱり僕らは分かり合えないってことだね」
「……お前たちがお互いをどう思っていようと構わない」

おや、とガンマは神童に意外そうな目を向けた。この生真面目そうな“キャプテン”のことだ、仲間内でいがみ合うなとでも言いそうなものと思っていたのだが。

「だがこの試合、絶対に負けることは出来ないんだ。勝つために……俺の指示に従ってくれ!」

どこまでも真剣な神童の声に気押されて、さしものプロトコル・オメガたちも多少心が揺らいだようである。ここでわざわざ反抗する理由もないと考えたのか、彼らは体を傾けてから了承とも取れる動作を見せた。

「ま、そんなに言うならね……」
「雑魚は連まなきゃ何も出来ないってことだな」
「まぁ、エラそうに! あなただって1点も取ってませんけどぉ?」

水を差してきたザナークに、試合中かと思わんばかりの反射神経でベータが言い返す。ひく、と眉を顰めたザナークは不機嫌そうに彼女に流眄を向けた。

「何……」
「あはっ、ヤル気ですか?」

立ち上がりかけたザナークは、一瞬グッと顔を顰めて動きを止める。その隙に神童が二人の間に割って入るように立つと、ベータはふんと鼻を鳴らしてその場から離れて行った。

「……また、この感じか……」

周囲に気付かれない声量で低く呟いたザナークは、密やかに胸元を抑えた。
確かにお前の力は凄い。しかし、ワシに言わせれば物足りん──大介の言葉を脳裏に反芻して、ザナークは一人口角を持ち上げる。

「ふん……今に見てろ。俺に足りない物なんかねえってことを証明してやるぜ」






ルジクが抜けたキーパー枠にメカ円堂を入れ、後半戦が開始される。
神童が指示を出そうと口を開くより先に、雄叫びを上げたザナークはドリブルで切り込もうとしたギリス目掛けスライディングでボールを奪い取った。

「喰らえ!!」

そのまま放たれたロングシュートは完全にギルの意表を突き、ディヘンスラインを突き抜けてゴール目前へと迫る。
咄嗟にシュートコースに跳び上がったキーパー・ブーフウのパンチにより得点には至らなかったが、ギルたちの肝を冷やした顔を見たザナークは満足げである。

「おぉっと、遠すぎたか」
「っ、ザナーク!」
「ふふ……俺は俺の好きにやる」

あくまでも自分の指示を聞かないつもりか、と神童は腹立たしげに顔をしかめる。だが、コントロール出来ない選手一人に気を取られている場合ではない。
神童は何とか敵からボールを奪うと、気を取り直し声を張り上げた。

「アルファ、ベータ、ガンマ、行くぞ! ”神のタクト“!」

光が神童の指から迸り、フィールドに軌跡を描く。神童の放ったボールは光の道を辿りアルファの元へと届く。

「ベータ、中央へ! ガンマ──」

けれど奏でられていた軌跡は、ベータのパスがガンマに届かずライン外へ転がっていったことですぐに途切れてしまった。
目を瞬いて、ガンマは不満げに神童を振り返る。

「全然ダメじゃないか」
「く……やはり無理なのか……!?」

誰も攻撃の流れを掴めていない。神童の指示を聞いたところで、その意図を汲み取れなければ意味がない。試合中、指示を出すことには慣れていても、指示を受けることに慣れていないのだ。それは長らくチームのトップに立ち続けてきた故に生じたリーダー三人組の、最大の弱点でもあった。

「──神童!」

そこで神童に向かって声を掛けたのはサカマキだった。今まで置物のように試合を静観していたサカマキに、神童は驚きつつも剣呑な顔になって「何だ!」とつっけんどんに返しながら彼に近寄る。

「おいおい、今は私が監督だと言うことを忘れるなよ。……私の話を聞け。今からお前に、あるデータを教える」

あるデータ? と、神童は眉を顰めサカマキを見上げた。

「アルファ、38と48。ベータ、30と52。ガンマ、45と50。いいな?」
「何……? 何のデータだ、それは?」
「お前なら分かるさ。神童”キャプテン“」

不敵に笑うサカマキに、神童は目を瞬く。今までろくに言葉も交わさなかったが、サカマキは神童の実力を買っているらしかった。

試合が再開され、神童はボールを追いかけながらサカマキから伝えられたデータの意味を考える。
頭の中で様々なデータを照らし合わせ、反芻し、目視して──それが分かったのは、思っていたよりもすぐのことだった。

「そうか、分かったぞ!」

その瞬間、横から滑り込んできたスライディングで足元にあったボールがクリアされてしまう。
けれど神童の目は悔しがるでもなく、湧き上がってきた予想に強い光を放っていた。

「……もう一度俺の指示に従ってもらうぞ!」

声を掛けられたプロトコル・オメガの3人は、さっき失敗したばかりなのにどの口が、と言わんばかりの目を神童に向けた。
しかし神童はめげない。それどころか、先程までと打って変わって自信すら見える彼の表情を見て、不思議そうな顔になる。

「点を取りたいんだろう? 取らせてやる!」
「……」

3人は無言で顔を見合わせる。気は合わずとも、考えることは同じなようである。代表してベータが口を開いた。

「……何か策があるようですわね。分かりました、乗っちゃいます!」

両手を合わせ、ベータは可愛らしく小首を傾げて見せる。アルファは小さく頷き、ガンマもやぶさかではないように首を竦める。三者三様ながらも、返ってきた承諾の意に神童は口角を持ち上げた。

再開のホイッスルが鳴ると、神童は早速両腕を振りかぶる。

「”神のタクトFIファイア イリュージョン“!」

しかし、指先から迸るのはただの光ではない。熱く、激しい熱量を持った激しい炎だった。

「ガンマ!」
「何だよ、僕からか!?」

点を取らせてくれると言うから乗ったのに、と喉元まで出かかった文句をガンマはつい飲み込んだ。走っている自分の目の前に、寸分違わぬタイミングで炎を纏った神童からのパスが届いたからだ。

「ベータ!」
「任せちゃってぇ! ──おりゃァッ!!」

吼えたベータは並走してきたザットを引き離し、一足飛びにコースまで跳躍した。そしてその足がガンマからのパスをピタリと捉えると、彼女もまた大きな目を丸く見開く。

「アルファ!」
「……!」

そして最後にボールを受け取ったアルファは、ざわりと肌が粟立つ感覚を覚えた。
プロトコル・オメガのリーダー同士の連携が、ここまで上手く行ったことは今日までで初めてのことだ。ボールが繋がり、蹴った者の意図が伝わる感覚に、心地の良さを覚えるのも。

神童へボールを戻して敵のカットを免れたアルファが中盤を走り抜けたのを確認し、神童は炎の螺旋をフィールドへ叩きつけた。

「よし──決めろ!!」
「YES.今なら我らの力を合わせられる!」

再び神童からパスを受け、三人は一気にその場から跳び上がった。

「シュートコマンド24、”オメガアタック“!!」

いがみ合っていた三人の蹴激を受けたボールは、七色の眩い光を放ち隕石と見間違う勢いでフィールドへ落ちて敵方のディフェンスを吹き飛ばした。そして光の中、地面にぶつかるスレスレで軌道を持ち上げると、そのままゴールへ直進していく。

「させるか! ”リジェクション“!!」

暴力的な光に失点の可能性を感じたのだろう、ブーフウがシュートに背中を向けて構えると、現れた無数の黒い棘が彼の背中を隠す。
しかしその姿も束の間のこと。プロトコル・オメガのシュートは棘の鎧を物ともせずに打ち砕くと、ブーフウの体を突き飛ばす形でゴールネットに突き刺さった。

神童は1対3へ切り替わったスコアボードを眺め、ふ、と小さく息を緩めた。やっと掴んだ1点だ。点差はまだあるが、この1点は大きい。
一方でオルカたちは唖然とした様子でそれぞれのリーダーを見つめていた。

「あの必殺シュートは、ベータが私たちと一緒に……」
「アルファが我々と共に、ムゲン牢獄で特訓した合体技だ」
「ガンマだって!」

オルカとエイナム、ガリングは揃って顔を見合わせた。
それぞれムゲン牢獄の別ブロックに収容されていたというのに、あのリーダーたちは全く同じ必殺技をチームメイトと習得していようとしていたらしい。
そしてあの三人は、未完成だったそれをぶっつけ本番で成功させたのだ。いがみ合いながら、貶し合いながらも、神童という一人のゲームメイカーによる指揮の元に。

「神のタクト、出来ちゃいましたねっ」

機嫌良さげな笑みで顔を覗かせてきたベータに、神童も緩く口角を上げて頷く。

「やっぱり、シン様すご〜い!」
「あんた、神童に何を言ったんだ?」

目を輝かせる茜の隣で、ぱちくりと目を瞬いた倉間はサカマキを見上げて尋ねた。

「神童には、天才的なゲームメイク能力が備わっている。私はそれを引き出すためのきっかけを与えただけだ」

オレンジ色のサングラスの奥、サカマキは目を細めて神童を見やる。その視線に気付いた神童は、一瞬だけサカマキと目を合わせてすぐに目線を外した。

「(……あの数字は、ボール保持率と走力のデータだったんだ)」

目を伏せ、神童は改めて先程のゲームメイクを振り返る。
キープ力のあるガンマにボールを預け、スピードのあるベータを裏のスペースに走らせる。そして両方のバランスが取れたアルファを攻撃の起点にする──予感は今、確信に変わった。そうすれば、彼らの力を存分に使うことが出来るのだ。

シュートを決めた三人を切っ掛けに、02の動きは大幅に改善された。ギルもそれを感じ始めたのだろう、それまで余裕のあった表情に微かに焦りが見え始め、プレーにも些細ではあるが粗が目立ち始める。

「同じ手は通じないぞ!」

先程と同じく、ガンマからベータへ、そしてベータからアルファ、神童へとパスが通るとゾタンが即座にアルファのマークに付いた。だが、アルファはそれを分かっていたかのように冷静に返す。

「NO.同じではない」
「何っ……!?」
「ミキシトランス、『信長』!!」

響く咆哮にゾタンはハッとそちらを振り向いた。逆立てた髪を靡かせて、ミキシマックスした神童は真っ直ぐにゴールを見据えてシュートを放つ。目にも止まらぬ三連撃を受けたシュートはブーフウの必殺技を打ち砕いて、見事2点目の得点となった。

「よしっ!」
「く……っ」

これで点差はあと1点だ。神童はミキシマックスを解かないまま、再び攻撃の機会を伺う。

「こっちだ!」

エイナムがザットからボールを奪うのを確認し、神童は走りながら声を掛けた。
エイナムも、もうそれに反抗する意思はない。敵の不意を突いたミドルパスは、誰もが通るだろうと思っていたのだが。

「──こいつは俺が貰うぜ!」
「何ッ!?」

それをカットしたのは、あろうことか味方であるザナークだった。
プロトコル・オメガが活躍の場を得てから、ザナークはチームメイトを出し抜いて一人シュートを決める瞬間を淡々と狙っていたのだ。
三人掛かりのシュートの得点、ミキシマックスしてのシュートの得点。それならば自分は自力だけで、あのゴールを割ってやろうと。

独りよがりな猛進を止めようと向かってきたチェルやミドを吹き飛ばし、ザナークは単身敵陣を切り開いていく。

「邪魔をするなァッ!! ──っ、!」

けれど、ディフェンスラインを強引にこじ開けようとしたその瞬間だった。
それまで澱みなく走っていたザナークの足が突然緩まり、動きがにわかに鈍くなる。その隙を突き、ザナークからすかさずボールを奪ったゼイクはメイアへ鋭いパスを上げた。

「ッみんな戻れ!!」

ギルのカウンター攻撃に、神童は声を荒らげた。その間にも、メイアはギリスと連携して着々と前線を押し戻していく。
そして最後の砦であった天城を大きなループパスで飛び越えて、二人は瞬く間にゴールの前へと辿り着いた。

「行くわよ、ギリス!」
「オーケー、メイア!」

二人の顔に、試合開始時に見せていた余裕はない。それほどに彼らは、追い詰められていることを痛いほど感じていた。

「”デッドフューチャー“!!」
『止メル……!』

ゴールを守るのは、機械仕掛けのキーパーただ一人。
関節部を軋ませて、メカ円堂は身構えた。