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メイアとギリスの必殺技により空に暗雲が立ち込める中、高らかに指笛が鳴り響いた。
空中を旋回しながら召喚された五羽の赤いペンギンが飛来し、機械仕掛けの左腕に噛みついていく。メカ円堂の拳を中心にして放射状に尾を伸ばし、ペンギンたちは盾のような陣形をとった。

『”ペンギン・ザ・ハンド“!!』

必殺技同士がぶつかり合った衝撃波に一瞬目を細めたメイアとギリスは、ハッと息を飲む。
誰にも止められまいと思っていた必殺のシュートが止められていたのだ。

「あ、あんな技、プロ時代に円堂監督使ってたっけ!?」
「わ、分かんない……でも止めたよ! すごい!」
「ペンギン技って有兄さんがプロ時代に使ってたイメージの方が強いんだけど……まさか監督が現役時代に受けた技もインプットされてるのか?」

興奮する信助や天馬を横目に、何でもアリかよ、と依織は半ば呆れた顔になって口元を押さえて呟く。

「こっちだ!!」

ミキシマックスした神童が走り出す。オウ、と人間らしい返事をしてボールを蹴り返すメカ円堂からそれを受け取り、神童は更に声を張り上げた。

「ベータ、トップスピードだ!!」
「任せちゃって下さいっ──ぶちかましてやる!!」

目の色を変え、一気に加速したベータは敵を後方まで引き離す。神童からパスを受けると同時に、彼女は練り上げた闘気を放出させた。

「《虚空の女神 アテナ》!!」

顕現されたアテナは強靭な黒翼を大きく広げ、地面を強く蹴って跳躍するベータを更に空高く引き上げる。

「シュートコマンドK02! ”アテナアサルト“!!」

太陽を背に、女神の名を冠した暴力的な威力を持ったシュートがうねりを上げて放たれた。
シュートが繰り出されたブーフウの必殺技を貫通して深々とゴールへ突き刺さると、スタジアムからワッと激しい歓声が上がる。

「おっけー! 決めちゃいましたぁ」

上機嫌でポーズを決めるベータに、神童は安堵の息を吐き出しながらもスコアボードを見上げて表情を引き締めた。
ついに同点まで辿り着きはしたが、後半戦の残り時間はあと僅か。何としても逆転を果たさなくてはならない。

「(それにしても……)」

最初に見覚えのある姿を模倣したロボットが現れた時はもうおしまいかもしれないとまで思ったが、やはりエルドラドの技術は本物だ。あのメカ円堂がいなかったら、キーパー不在のままただ点を取られてそれこそ全てが終わっていただろう。
ゴール前のメカ円堂を横目で見遣った神童は、そこで異変に気が付いて眉を顰めた。メカ円堂の体から、白い煙が燻っているのが見えたのだ。

まさか、と神童は嫌な予感がして次にサカマキを見た。サカマキも同じくメカ円堂から上がる煙を見て、手元のパネルで何かを記録しながらやれやれと言いたげに首を振っている。
どうやら、ギルのシュートはメカ円堂の耐久率を遥かに上回っていたらしい。神童の額に冷たい汗が浮かぶ。

「このままでは終われないわ」
「ああ。フィナーレは美しくなければ」

しかし、その事に気が付いていないメイアたちの表情には隠しきれない焦りが滲んでいた。
この戦いは自分たちの力を改めて誇示するためのもの。それが無様に負けを晒すなどプライドが許さない。

メイアとギリスは目配せを交わすと、先程にも増して一気呵成の激しいプレーで02へ攻め込んだ。
仲間と連携しショートパスでディフェンスの妨害を掻い潜り、それでも引き離せなかった敵はファウルを恐れぬ力技で薙ぎ倒す。
そうして二人はあっという間にゴール前に到達した。

「”デッドフューチャー“!!」
『”ペンギン・ザ・ハンド“!!』

プライドを賭けたシュートはより威力を増し、それを受けたメカ円堂の体は少しずつゴールに押し込まれていく。
やがて激しい衝撃と爆発音を響かせ、メカ円堂の体はシュートを弾き返しながらも後方に吹き飛んだ。

「あっ!」

ガシャン、とどこかのパーツを崩れさせながら倒れるメカ円堂に、神童は思わず声を漏らす。
弾かれたボールは再びメイアたちの前に転がり、二人は更に畳み掛けた。

「《情熱のラヴァーズ》!!」
『マ、マダダ……マダヤレル!!』

体を文字通り軋ませながら起き上がったメカ円堂は両腕をグッと後ろに引いた構えをとった。手首の機構から白い蒸気が噴出し、ガラスを嵌め込んだ目が光を放つ。

『《英知の王 ブングオー》!!』

機械仕掛けの咆哮を上げ、顕現されたのはパーフェクト・カスケイドの上位互換として開発された人工の力。数多の文具を組み立てた、ロボットのような姿をした化身だった。

「ロボットの化身なんて!」
「吹き飛ばしてやるわ……!」

気勢を上げたギリスとメイアが二人同時にシュートを放つ。
一方、ブングオーは鉛筆型をした左腕の巨大ランチャーを展開すると、鋭く尖った色鉛筆の弾丸をラヴァーズ向けて乱射した。さながら怪獣大決戦とでも言えるような光景に、観客のボルテージは今までとは違う方向に上がっていく。

「が、頑張れメカ円堂、ブングオー!」
「私たちは一体何を見せられてるんだ……?」

ロボットに大興奮しながら必死に応援する天馬や信助の横で、依織はあまりにもあまりな状況に数歩引いた声を絞り出した。

『グア……アアアッッ!!』

だが、観客席の興奮とは裏腹にメカ円堂の絶叫が響き、パーツが小さな爆発を起こしながら剥がれていく。

「ああっ!」

一際大きな爆発が起き、辺りが白い煙に包まれる。
神童は驚いた声を上げ、天城や狩屋、プロトコル・オメガの面々も呆然とそれを見つめる。ザナークでさえ、その様子を固唾を飲んで見守った。
──ゴールポストに引っかかっていたメカ円堂の赤いバンダナが、風に吹かれて飛んでいく。得点のホイッスルはまだ鳴っていない。シュートは防がれたのだ。

「くっ……止められたか!」

ギリスが歯噛みしながら溢した直後、メイアが鋭い眼光で上空を降り仰ぐ。

「いいえ、まだよ!」

その瞬間、煙の中から尾を引いて天高くボールが跳ね上がった。最後の力を振り絞り、ゴールを守ってくれた者はもういない。

「シュートを打たれたら終わりだド!!」
「!」

弾かれたような声を張り上げた天城に、02は我に返ってボールを目で追った。

「今度は決めてみせる!」
「僕たちの美しさを賭けて!」

声を荒らげ、シュート体勢に入るメイアとギリスを止められる距離にいる選手はいない。ただ一人、彼を除いては。

「”デッドフューチャー“!!」
「──ふん!!」

誰よりも早くボールに反応し、動いたのはザナークだった。
ゴール前に割り込んだザナークは胸でシュートを受けて嵐のような咆哮を上げる。そして化身も必殺技も使わず、彼は己のフィジカルのみでボールの威力を完全に捩じ伏せた。

「ザナーク……!」

目を見開き、メイアは怒りに唇を噛んで眦を釣り上げる。ザナークは彼女の方を見もせずに、観客席を見上げ叫んだ。

「止めたぜ! ジジイ、見たか? 見たなァ? 俺様の力を!!」

──それは02もギルも無視した、観客席で浮遊している大介への誇示だった。プライドを正面から踏みつけられた二人の顔が、怒りに赤くなる。

「ふ……ふざけるなッ!!」
「どけえ!!」

激昂して突進してきたメイアとギリスを力づくで吹き飛ばしたザナークは、たった一人で敵陣へ猛進していく。

「俺の力を思い知れ!! ッ、──おらああ!!」

渾身の力でシュートが放たれる。それは得点を阻もうとゴール前に躍り出たゾタンやゼイクを吹き飛ばし、咄嗟に腕を伸ばしたブーフウを体ごとゴールネットに容赦なく叩き込んだ。

「くくく……ハハハハ!!」

ネットの中に転がるボールを見下ろし、得意げに胸をそびやかしたザナークの高笑いが響く中、続け様にホイッスルが二回吹き鳴らされる。試合が終了したのだ。
得点は4対3。土壇場での逆転である。

「勝った……」

呆然と呟いた神童は、エルドラドの三人がこちらを見ていることに気が付く。そして彼らが今までとは違う晴れやかな笑顔を向けているのを見て、ようやっと自分が彼らに認められたのだと感じることが出来た。

「望みが繋がった……! 次が正真正銘、決勝戦だ!」
「うん! 俺たちに全てが掛かってる!」

溢れんばかりの歓声に負けないよう声を張り上げながら、信助や天馬は鼻息荒く気合を露わにする。
ただ依織は一人、神童たちが勝ちを収めたことへの喜びはあるはずなのに、拭いきれない違和感に目を細めていた。

「……さっきのザナーク、何か……」




静けさを取り戻したスタジアム。
その廊下に、二人分の足音が響いている。

「一体何だって、葵がザナークに会いに行かなきゃならないんだよ」
「私じゃなくて大介さんが、よ」

ザナークに用事があるのだが、一人で会いに行くのは少し不安だから一緒に着いてきて欲しい──試合が終わった後、言葉通り硬い表情で声を掛けてきた親友の頼みを訝しみながらも了承した依織は、ピンク色のポーチを両手で丁寧に持った葵に尋ねた。
唇を尖らせた葵が大介から聞くに、観客席からピッチまでずっと浮遊して移動していくのは中々疲れるものらしい。

「体がないのに疲れるってどういう感覚なんだ……?」
「さぁ……、あ」

ピッチへの出入り口が見えてきたところで、葵がはたと声を上げる。
フィールドにいつもの赤と黒のスーツに着替えたザナークが佇んでいるのが見えたのだ。

「っあの……!」
「? 何だ」

小さく息を吸い込み思い切った風に葵が声を掛けると、ザナークはそちらを振り向くなり怪訝そうな顔をした。選手である依織ならまだともかく、今まで一切の関わりを持ったことのない葵が自分に話しかけてくる理由が分からなかったのだろう。
しかし、葵のポーチからするりと大介が出てくると、すぐに得心の行った顔になる。

「石のジジイか……どうだ、俺様の実力が分かったか」
『ふん。お前はまだ、自分の力を出し切っておらん。そんな力では時空最強の一人に数えるわけにはいかん!』

顔を合わせるなり、はっきりと切り捨てる大介に一瞬ムッとしながらも、ザナークは不敵な笑顔を作った。

「俺が力を出しきれていないだと? ふん! そんなバカなことがあるか」
『分かっとらんなぁ……お前は恐れているのだ。自分の中の暴れ馬を』
「ああ?」

ザナークは一層眉間に皺を寄せ、不快感を露わにする。

『鷹栖! お前は先程の試合でのザナークを見て、何か気付かんかったか?』
「、はい?」

突然話をこちらに振られ、依織はやや裏返った声で返事をした。
そしてジト目で睨んでくるザナークを一瞥しつつ、試合の光景をざっと脳内で再生し、思い当たる事項に口を開く。

「試合中、いや……特に最後のシュートが分かりやすかっただけで、何度かプレーを躊躇するような変な動きがあったような……」
『そうだ! ザナーク、お前は以前起こった自分の力の暴走を恐れている。勘の良い奴は見て分かる程にな』

依織の指摘に大介は大きな声を出した。
どうにも図星を刺されたらしいザナークは、さっと顔を顰めて依織から目を逸らす。

『だから自分の力を押さえ込んでいる。だが時空最強になるには、力を押さえ込むのではなくその暴れ馬を乗りこなさなければならん!』
「乗りこなす、だと……?」

ひく、と眉を持ち上げて、ザナークは大介を見た。
大介は依織の目線より少し高い位置ほどをふわふわと8の字を描くように飛んでいる。

『いや〜、無理かもしれんなぁ! 所詮ただの荒くれに、力をコントロールすることなど夢のまた夢だ!』
「なっ……何ぃ!? このジジイ!」
『力はコントロール出来てこそ、本当の力なのだからな! 宝の持ち腐れとは全くこの事だ!』

面食らって掴み掛かろうとするザナークの手を器用に掻い潜り、言いたいことをずけずけと言う大介に葵はおろおろと視線を二人の間を行ったり来たりさせている。
依織はというと、あ〜あ、と言いたげな目をしてザナークを見た。ザナークは返す言葉がないのか、歯を食い縛って俯いている。

「──ふ……ふふふ……」

その数秒後、彼の口から漏れたのは怒りや苛立ちが滲んだ低い笑い声だった。

「そう言うと思ったぜ。良いぜやってやる……」

唸るように言ったザナークが手元の端末を操作すると、静かな機械音を響かせて赤いバイク型のタイムマシンがフィールドに滑り込んでくる。
葵や依織がアッと言っている間に、ザナークは現れた愛機に荒々しく跨って大介に人差し指を突きつけた。

「良いか、石のジジイ。俺は俺と言う暴れ馬を乗りこなしてみせる。それまで時空最強イレブンは空けておけ!!」

分かったな! ──と最後に言い捨て、赤いバイクはエンジンを蒸かしてワームホールの中へと消えていく。依織たちが止める暇もない勢いだった。

『ふん! 世話の焼けるヤツだ』
「良いんですか、どこかに行っちゃいましたよ!」

やっと口を挟むことが出来た葵は、慌てた様子で大介を咎める。
せっかく協力してくれてたのに、と訴える葵に、大介は大きく溜め息を吐く。おざなりに切り揃えられた口髭が揺れるのが見えるようだった。

『放っておけ。あいつの前に立ちはだかっている壁は、自分自身でしか乗り越えることは出来ないんだからな』






その頃、ザナークが家出少年染みた勢いでいなくなったことなど知りもしない天馬は、一人控え室で休んでいる神童の元へと走っていた。

「神童先輩、やりましたね!」
「ああ……天馬か。ありがとう」

ソファに腰掛けてぼんやりと休んでいた神童は、肩の荷が降りたように疲れた笑みを天馬に見せる。

「これでみんなの希望を繋ぐことが出来た」
「はい、……ん?」

そこで、ふと控室に複数の足音が響いた。振り返ると、エルドラドの面々が立っている。
どうやら併設されている更衣室から丁度出てきたところらしい。ジャージに着替えた神童とは違い、先程同じ戦闘スーツのままではあったものの、試合の時についた泥汚れは綺麗さっぱりなくなっていた。

「アルファ、ベータ、ガンマ……勝てたのはお前たちのお陰だ。ありがとう」

面差しを持ち上げた神童がそう告げると、ベータとガンマは不思議そうに顔を見合わせて、示し合わせたように鼻を鳴らした。

「ふんっ、別にあなたたちのためにやったわけじゃないですわ。SSCに負けるなんて、プライドが許しませんもの!」
「そういうことさ。ま、僕がキャプテンだったならもっと楽に勝てただろうけどね」

相変わらず打てば響く憎まれ口に、神童は笑みを湛えたままそうか、と頷く。
あの試合の中で二人の悪態に慣れてしまったのもあるが、これに限っては照れ隠しであることも何となく察したからだ。

「私は任務を遂行しただけだ」

ただ一人、アルファだけは神童を真っ直ぐ見据えていつもの変わらぬ調子で淡々と答える。
だが、と続いた言葉に、彼の後ろに控えていたエイナムがちらりと視線をアルファに向けた。

「私の胸にずっと渦巻いていた棘のような感覚は消えたようだ。あれは一体、何だったのか……」
「棘? ……」

その言葉を聞いた天馬の脳裏に、かつて最初にプロトコル・オメガを下した時の記憶が蘇る。
その時、アルファは去り際にこう言っていたのだ。

敗北。信じがたい結果だ──と。

「それってひょっとして、悔しかったってことじゃない?」
「悔しい?」
「うん」

ぽんと手を打ち、尋ねた天馬の言葉をアルファはオウム返しする。

「俺たちにサッカーで負けて悔しかったんだと思う。でも今日、こんなに良い試合が出来てきっと気持ちが良かったんだよ! だから──」
「だが私にとって、サッカーは戦いの手段でしかない」

言葉尻に被せられたのは、温度のない否定の言葉だった。喜びに持ち上がっていたゆるゆると肩を落とし、天馬は小首を傾げる。

「そう、なの?」
「……そのはずだ」

今度は強い否定ではなかった。
すると、それまでやりとりを静観していたエイナムが穏やかな笑みで口を開く。

「だけど、それもいつの間にか変わっていたのかもしれませんね」

ちらと部下を見やり、そうか、とアルファは胸を押さえた。
あの痛みが悔しさだとして、ボールが繋がる心地よさを喜びだとして。その不快感と高揚は、今まで戦士として戦いばかりに身を投じて来たアルファにとって新鮮なものであり──そして、悪いものではなかった。

「どう? サッカーのこと、ちょっとは好きになった?」
「……YES.」
「そっか、良かった!」

静かだが、天馬の問いにアルファは小さく頷き肯定する。
ベータやガンマも、ここに来て初めて穏やかな表情で微笑みを交わした。たまにはこんな心地も悪くはないと、言葉にはしなかったが、考えることは似通っていた。

「天馬、次はお前の番だ。頼んだぞ」
「はい! 絶対勝ちます!」

明日迎える最終試合。そこで大きな試練が待ち受けていることも知らず、肩を叩いてくる神童に天馬は力強く頷いた。