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太陽が真上を通り過ぎた頃、スタジアムは連日通り超満員となった。
しかし、その空気はここ数日と比べ物にならない程に張り詰めている。エンタメのように扱われてはいるものの、今日この日、世界の実権をエルドラドかフェーダ、どちらが握るかが決まるのだ。

そんな緊張感を肌で感じながら、天馬率いるチーム03はピッチ入りした。フェーダのチームはまだ姿を見せていない。

準備運動をしている天馬の頭上に、ふと影が差す。反射的に顔を上げると、こちらをじっと見下ろしているレイ・ルクと目が合った。

「な、何?」

無言のまま瞬きもせず凝視してくるレイ・ルクに、天馬はたじろぎながらも友好的な声色で尋ねる。
すると、レイ・ルクの目が数度微かに点滅し、彼は口を開いた。

「──データベースを更新しました。これよりあなたを、キャプテンとして見なします」
「あ、はは……よろしく」
「了解、キャプテン」

笑顔を引きつらせ天馬が言うと、レイ・ルクもまた淡々と言葉を返す。
ほんの数日前まで雷門イレブンを見下し、徹底的に排除せんとしていたというのに凄まじい変わり身である。これがアンドロイドか、と天馬は一周回って関心してしまった。

「あ、そうだ……」

と、そこで天馬はキョロキョロと辺りを見回した。はたから見ると急に落ち着きを失ったようにも見えるその姿を見て、怪訝な顔をした依織が近付いてくる。

「どうした、天馬」
「フェイ、観に来てないかなって……」

観客席を見回しながら返された言葉に、ああ、と依織は納得して同じように辺りをぐるりと見渡した。
しかし何百何千といる観客の中からフェイ一人を見つけ出すなど至難のわざである。依織は目をシパシパさせて、次にフェーダの観覧席に目を凝らした。

そこにいるのは昨日と変わらずSARU一人。がらんとした空間の中央に据えられた大きな椅子に、彼は悠々と足を組んで座っている。
腹立たしい気持ちでそれを眺めていた依織は、ふいにその眉を顰めた。観覧席に不意に白いローブを着た人物が入ってきたのが見えたのだ。

「あの人は……?」

天馬も丁度それを見ていたらしく、同じように不審そうな顔をする。
その人物はフードを目深に被り、顔を見ることは出来ない。豊かな白い髭で口元が隠れている辺り、少なくとも子供でないことは確かだ。

「フェーダの連中って、大人を嫌ってるのかと思ってたけど……」

目を眇め、依織は呟く。子供ばかりで構成された組織の中に現れた老人は明らかに異質だった。
何にせよ、フェーダの観覧席にフェイの姿は見当たらない。頭上から視線を外し、天馬は物憂げな溜め息を吐く。

「観に来ていないんだ、フェイ……」
「……天馬」

落胆する天馬に、依織は思わず眉を下げる。
何か声を掛けようかと彼女が口を開いたその時、客席からワッと上がった歓声に二人はハッとなって振り向いた。
スモークを焚かれ、フェーダ側の控室に繋がるハッチが開く。今日の対戦相手──チーム・ガルが入場して来たのだ。

「あれが相手チームか……」

緊張の糸を張り直し、依織は目を細めてピッチ入りするガルを見やる。
白いシャツに赤いベストを組み合わせた、ザンやギルと比べるとラフなユニフォームの選手たちだ。──その中に、一人だけオレンジのベストを着た選手がいる。
天馬と雷門イレブンは、その選手の顔を視認して息を呑んだ。

「そ、そんな……フェイ!」

キャプテンマークを腕を巻き、ガルの先頭に立ったのは先程まで観客席に姿を探していたフェイだった。
愕然とした表情になって、天馬は転がるようにフェイに駆け寄る。

「フェイが、決勝戦の相手なの……!?」
「……そうだよ。僕がこのチームのキャプテンだ」
「そんな……! こ、こんな形でフェイと戦いたくないよ!!」

天馬は目を見開いて懇願する。最早その声は悲鳴に近い。
だが、そんな天馬に対してフェイの表情はどこまでも冷め切っていた。

「仕方ないよ。僕は思い出してしまったんだ」
「っ、え……?」

虚を突かれ、天馬は眉を潜める。
依織にも話したよね、とフェイは天馬の隣に駆け寄って顔をしかめている依織に視線を送り、言葉を続けた。

「父さんが僕を捨てたのは、僕のSSCの力が怖かったからなんだ。でも、独りぼっちになった僕にSARUは声を掛けてくれた……」

──フェイ。君の力は気味悪くなんかない、素晴らしいものだ。人の未来への可能性だよ。
知り合って間もなく、SARUは穏やかな笑みを浮かべそう言った。その言葉に、当時のフェイの心は救われたのだ。

「だから決めたんだ。僕たちを認めない奴らに復讐するって」
「復讐って……! ホントにそれがフェイの望みなの!?」
「……手加減はしないよ」

天馬の問いには答えず、瞳に暗い光を湛えたフェイは自陣のテクニカルエリアへ去ってしまう。
言葉を失い、天馬はただフェイの9番の背番号が遠ざかるのを見つめた。

まるで悪夢でも見ている気分だ。
サッカーを守ろうと、ずっと一緒に戦ってきたのに。サッカーが好きだと言っていた気持ちも、彼は忘れてしまったのだろうか。
フェイとまた一緒にサッカーがしたい。その願いがこんな形でねじ曲がって叶うなんて、あんまりな仕打ちではないか。

「……おい、天馬!」
「っ痛!!」

ピシャリとした声と共に背中を強く叩かれた天馬は、ハッと我に返った。依織がこれでもかと言うほど顔を顰めてこちらを見ている。叩かれた背中がじんと熱を持っていた。

「しっかりしろ。ワンダバと黄名子の気持ちを伝えるんだろ!?」
「ワンダバと黄名子の……」

天馬は薄く口を開いて、エルドラドの観客席を見上げる。
ワンダバと黄名子は一心に天馬を見つめている。声こそ聞こえないものの、頼んだぞ、とその目が強く語っていた。

「そう……そうだ、俺たちだけなんだ。今ここで、フェイに何かを伝えることが出来るのは……!」

両手で顔を覆い、天馬は大きく深呼吸する。覇気を取り戻した瞳に、依織は満足げに頷いて所定のポジションへと走っていく。

「ワンダバと黄名子の気持ち……俺の気持ちを、サッカーで伝えるんだ!!」

センターサークルを挟み、天馬はフェイと向き合った。
迷いはある。戸惑いも消えない。だが、やるしかない。

耳をつんざくホイッスルが鳴り響き、運命の3戦目がキックオフされる。
太陽からボールを受けた天馬は真っ直ぐフェイの正面へ突っ込んだ。こうすれば彼だって嫌でも天馬と相対しなければなるまい。

「……ッ?」

そう考えていたのだが、フェイはどれだけ天馬が接近しても無反応だった。そのまま正面衝突するわけにもいかず、天馬は彼の脇をすり抜けたが、それでもフェイは微動だにしない。
そしてそれはフェイだけでなく、他のガルのメンバーも同じだった。ボールを持った敵が自陣を走り抜けていくと言うのに、目線を送るだけで少しも動く気配がないのである。

「っ太陽!」

激しい違和感を覚えながらも、天馬は同時にサイドを駆け上がっていた太陽へパスを出した。

「サッカーを守るため……! 僕だってやって見せる!」

フェイの考えは分からないが、ここで手を抜くことなど許されない。咆哮を上げ、太陽は闘気を放出させる。

「《太陽神 アポロ》──『アームド』!!」

顕現されたアポロは光の粒子となり、太陽の体を取り巻いて瞬く間に白を基調とした鎧へと変貌した。

「太陽も化身アームドを……!」
「あいつ、いつの間に!」

驚く天馬や依織に口角を持ち上げて、太陽は一息に脚を振り抜いてシュートを放つ。
その時、太陽が見たのはボールが目前に迫っても身構えることなく、ただ悠然と微笑むキーパー・チェットの姿だった。

「……なっ!?」

次の瞬間、視界に影が過ぎりゴールの前に誰かが飛び出してくる。そのまま太陽のシュートを止めたのは、チェットではなくフェイだった。

「フェイ!? さっきまで俺の後ろにいたのに……!」
「──がっかりだよ」

目を見開き、背後とゴール前のフェイを交互に確認するフェイから低い声が漏れる。
脚で止めたボールが、てん、と音を立てフィールドに落ちた。

「一緒にいたチームが、これほど弱かったとはね」

刺々しいフェイの言葉に天馬たちは思わず鼻白む。まさかあの彼が、そんなことを言うとは思っても見なかったのだ。

「見せてあげるよ。SSCの力を!」

言うが早いか、フェイは一気に加速して太陽を抜き去ると、味方へボールを送り出す。
ガルは空中も利用したアクロバティックなパス回しで03を翻弄し、あっという間に戦線を押し戻した。
そして目を離した一瞬の内にゴール前から03陣内深くまで駆け上がったフェイは、最後のパスを受けてそのまま信助の守るゴールへと一直線に走って行く。

「早い……!」
「くっ!」

迫りくるフェイに、信助は素早く身構えた。練習でならフェイのシュートを受けたことは何度もある。その時のセーブ率は半々だった。きっと止められるはずだ──そう信じて、信助は地面を蹴った。

「“バウンサーラビット”!!」
「“ぶっとびパンチ”!!」

跳ねるシュートは見た目以上の質量を持ってゴールへと飛びかかり、信助の繰り出した拳を押しのけてゴールネットを容易く揺らす。

フェイがカウンターに入ってものの1分程度。あっという間の先制点だった。
目まぐるしい展開に絶句している天馬に、フェイの声が掛かる。

「天馬。認めてくれるよね、僕たちSSCの実力を……」
「っ、そんなの出来ない!」

大きな声で拒絶する天馬に、フェイは怪訝な目を彼に向けた。

「だって、フェイは俺たちの仲間だから……! 戻ってきてフェイ! また一緒にサッカーをしたいんだ!!」

ここで頷いてしまえば、フェイがフェーダの一員なのだと、自分たちの敵だと認めてしまうことになる。
それだけは絶対に嫌だ。天馬は必死に声を荒らげる。

「……僕はSSCの、フェイ・ルーンだ!」
「!」

喉の奥から吐き出された、激昂にも近い叫びに天馬は反射的に口を噤んだ。

「天馬、君たちはこれからそれを思い知ることになる。覚えておいて」

天馬を激しく睨みつけたフェイは、叩きつける声音で言い捨てて去っていく。
どうしよう。天馬は胸の中をぐるぐると渦巻く不安に拳を強く握りしめた。ワンダバや黄名子の気持ちを届けなくてはいけないのに、このままではフェイの心は離れていく一方だ。

試合が再開されると、フェイは宣言通り容赦のないプレーで03へ攻め込み始めた。
相手を跳ね飛ばし、傷付けることにまるで躊躇がない。霧野や速水たちを薙ぎ倒して戦線を抉じ開けるフェイに、舌打ちした依織は中盤から駆け戻り彼の前へ躍り出る。

「ちょっと見ない間に随分と乱暴なプレーするようになったな、フェイ!」
「っ、依織……」

足を止めたフェイは険しい表情で依織を睨む。依織はそんな彼に目を細め、低い声で唸った。

「私の“眼”を相手に小細工が通用すると思うなよ?」
「ああ、分かってるさ──君には力尽くの正面突破が一番効果的だってね!」

叫び、フェイは言葉通り真正面から依織に突進して行く。

「“スタン・ラッシュ”──」
「遅いよッ!」

地を走る電撃の鞭に絡め取られるより早く、それを踏み付けたフェイは腕を薙いで依織を突き飛ばした。
容赦なくフィールドに叩きつけられた依織に、葵の悲痛な叫びが響く。

「くっ……ミキシトランス、『劉備』!!」

依織を退け、放たれたシュートに自力だけでのセーブは無理だ、と判断した信助は咄嗟にミキシマックスした。
変身した直後、シュートは信助を正面から捉える。しかし小柄な体はその威力を抑え切れず、ボールごとゴールに突っ込んでしまった。

「信助!」
「ぼ、僕は大丈夫……!」

元の茶髪に戻った頭をぶるると軽く振って、それよりも、と信助は駆け寄ってきた天馬に視線を背後へ促した。
そうだ、と天馬が振り向くと、丁度霧野やレイザが依織を助け起こしている。

「大丈夫か、鷹栖!?」
「まぁ何とか……ッたた」

叩き付けられた際に強くぶつけたのだろう、依織は肩を押さえて顔をしかめる。
それを見て、ガルの少年少女たちはくすくす笑っていた。なんて無様なんだろう、とその表情から伝わる声に天馬はカッと目を見開いてフェイを振り返る。

「フェイ、さっきのプレーはひどいよ! あんな危険なプレーをして、依織が怪我でもしたら……」
「まだ分からないの、天馬。僕たちは君たちとは違う」

天馬の言葉尻を掻き消して、フェイは語気を強めて言った。

「僕は、僕たちは……特別な存在なんだ。だから君たちを、淘汰しなくちゃならない」
「フェイ、」
「天馬。君たちは敵なんだ」

強い者が弱い者を見下し、希望を挫く。そんなサッカーを何よりも嫌っていたのはフェイ自身の筈だったのに。
二の句が継げなくなった天馬に背を向けて去っていくフェイを、依織は鋭い目つきでじっと見つめた。

それからもフェイはカードが切られないギリギリの乱暴なプレーを続け、次々と仲間が倒れていく。
ダメージの蓄積された体に鞭打ち、至近距離からのシュートを受けた信助がゴール前に倒れ込む。ボールはまだラインを超えていない。だが、彼の目の前には既にフェイが立っている。
冷たい目でこちらを見下ろすフェイの目に、信助は見慣れた暖かさを感じ取ることが出来なかった。

「やめるんだ、フェイ! こんな……こんなの、フェイらしくないよ!!」

足を縺れさせそうになりながら、信助を庇うようにフェイの前に飛び出した天馬が絶叫する。

「君に僕の何が分かる?」
「分かる! 俺には、本当のフェイが……!」
「本当に分かるのなら──僕の邪魔をするな!」

ギリッ、と歯を食いしばり、フェイは足元に転がるボールを直接天馬に向かって打った。
身構える間もなく鳩尾に凶弾を食らった天馬の体は浮き上がり、成す術なくフィールドに叩き付けられる。

「天馬!!」

絹を裂くような葵の悲鳴と観客たちのどよめきが入り混じる。
スタジアムに広がる動揺と恐怖を感じ取り、観覧席のSARUはうっとりと微笑んだ。

「そう、それで良い。僕が教えた通りだ、フェイ……SSCに逆らうことの恐ろしさを、世界中に伝えるんだ」

SARUのそんな思惑も知らず、天馬は咳き込みながら地面に肘をついて何とか上体を起こす。

「天馬、諦めるんだ。君たちにあるのは負けのみ。このフィールドのどこにも、希望は残されていないんだ」
「だからって……諦めるわけには行かない!」

声を振り絞り、蹌踉めきながらも立ち上がった天馬に、まだ立てるのか、とフェイは眉を顰めた。

「フェイ……本当に復讐なんて望んでるの? 嘘だよね? 俺の知ってるフェイは、サッカーを復讐になんか使わない!! だって、サッカーが好きだから!!」

痛みも忘れ、天馬は心のままにただ叫んだ。僅かに目を見開くフェイに、天馬は思い出してよ、と懇願する。

「俺たちは一緒に色んな時代を回って、色んな人たちと巡り合ったよね? みんなを繋いでくれた、笑顔をくれた……勇気を教えてくれた!」

初めて会った時から何ヶ月が経ったのだろう。
戦国の世で、北欧の海で、中世の戦場で、後漢で、幕末の動乱で、恐竜の生きる地で、幻想世界で──沢山の人との出会いを経験した。
そんな彼らとの親交を深める切っ掛けになったのは、いつだって自分たちの愛したスポーツだった。

「サッカーは、俺たちの架け橋になってくれたんだ!!」
「……サッカーが……」

ぼそりと呟くフェイの声が聞こえたのか否か、短く呼吸を整えた天馬は体勢を低くする。

「フェイ、これが俺の気持ちだ!」
「!」

フェイは足元に落ちていた視線をハッと持ち上げた。刹那、天馬は地面が抉れるほどに強く足を踏み込む。

「“ワンダートラップ”!!」
「くっ……!」

ほんの一瞬の隙を突き、フェイからボールを奪った天馬に歓声が湧き上がった。
顔をしかめ、フェイは即座に踵を返してあっという間に天馬の進路へ舞い戻る。
しかし、天馬もそれは想定内だ。姿勢を低く保ったまま、ぐっと胸を押さえる構えを取った天馬に依織が小さく声を上げる。

「あれは、初めてフェイと組んだ時に天馬が使った……!」

言葉で伝わらないのなら、やはりサッカーで伝えるしかない。天馬の目は真っ直ぐにフェイの目を見据えていた。

「“アグレッシブ”……!!」
「ッそんなもの!!」

技が繰り出される直前の隙を突き、フェイは天馬の懐へ飛び込んで跳ね飛ばす。

「(サッカーが架け橋だって? そんなもの君の幻想だよ。僕たちSSCと君たちは、永遠に分かり合うことは出来ないんだ!)」

自分たちと天馬たちは、違う“もの”だ。そうでなければ、どうして今自分がここで戦っているのか、その意味も失ってしまう。
フィールドに天馬の体が叩きつけられると同時に、前半終了のホイッスルが鳴り響く。痛みに呻いた天馬は、乱暴な足取りで自陣のテクニカルエリアへ戻っていくフェイに向かって手を伸ばした。

「フェイ……」
「──しっかりしろ、天馬」

その手を掴み、ぐっと天馬の体を起こしたのは依織だった。
立てるか、と問えば、天馬は顔を顰めながらも頷く。ダメージこそあるものの、上手く受け身が取れたらしい。
項垂れる天馬の肩を叩いてテクニカルエリアへ促しながら、依織はちらりとガルたちの方を横目で見る。

「……フェイ」

依織の視線に気付いていないのか、それとも敢えて気付かぬ振りをしているのか、フェイは汗一つ掻いていない無表情でそこに佇んでいる。
そんな彼の横顔をしばし見つめていた依織は、唇を引き結んで天馬に続きテクニカルエリアに戻っていった。