82

ハーフタイムに入り、応援の熱が少し落ち着いた観客たちのざわめきが遠くなる。
そんなことは気にも留めず、スコアボードを睨んで依織は歯噛みしていた。
得点は2点差。普通の相手であれば返せない差ではないが、問題はガルとの──フェイとの実力の差だ。
フェイは雷門イレブンの選手たちのプレーを把握している上、どういうわけか共に戦っていた数日前よりも格段に強くなっている。

「(それとも、あれが元々のフェイの強さだったってことか? 記憶を封じていたから、その分強さも半減してたって?)」

ふざけた話だ。スコアボードから視線を外し、依織はフェーダの観覧席を見上げた。そこには相変わらず、大仰な椅子に座ったSARUと傍らに控えるローブの人物がいる。

「……支援者X……」
「え?」

ふいに、ぼそりと聞こえてきた単語に依織はそちらを振り向いた。
豪炎寺だ。彼は同じように観覧席を見上げていたが、依織に独り言を聞かれたことに気付いたのだろう。つい、と顎を引いて傍に来るよう無言で促す。依織はそっと彼の隣に立った。

「支援者Xって、豪炎寺さんにタイムブレスレットをくれた、あの……?」
「ああ。彼の意図はずっと計りかねていたが……まさか、SSC側の人間だったとはな」

呟く豪炎寺の表情は苦々しい。
豪炎寺は支援者Xが接触してくるまで、この件からは完全に蚊帳の外の人間だった。サッカー禁止令を止めることも出来ず、円堂の死もただ起きてしまったこととして受け入れるしかなかった豪炎寺にとって、支援者Xから差し出された手は僅かに残された希望への道標だったのだ。
だが、彼が敵対組織の人間だと分かってしまった今、豪炎寺に接触したのも恐らくフェーダをサポートするための行動の一つに過ぎなかったのだろう。

「……今は考えても仕方ないことだ。お前たちは試合に集中してくれ」
「はい」

頷いて、依織は豪炎寺から離れた。
元より、支援者Xの思惑の行き着くところなど考えている余裕は今の自分たちにはない。
チーム03はほぼフェイ一人のプレーでダメージを負い、天馬に至っては葵から手当を受けた後も座り込んだまま呆然としたままだ。

「前半は完全にガルのペースだったな……」

ドリンクを浴びるように飲んで、ようやく呼吸を整えてまず言葉を発したのは霧野である。

「ボール支配率は、ガルが95%以上。我々は試合開始直後のシュート1本のみ」
「それも打たせてもらったやつだけどね……」

淡々と喋るレイ・ルクに、太陽が顔を顰めて呻く。
後半はどう戦うか。何か起死回生の奇策でもなければ、この状況は変えられない。重たい空気が漂う中、ふいにピッチに低い笑い声が響いた。

「ふふふ……やはり俺様の力が必要なようだなぁ!?」

どうにも聞き覚えのある声だ。しかし、辺りをぐるりと見回しても声の主は見当たらない。
ややあって、ふと頭上を見上げた信助がアッと声を漏らす。

「あそこ!」
「え?」

小さな手が指さしたのは、トウドウのいるエルドラドの観覧席の屋根の上だった。
その縁に、緑の髪をたなびかせたザナークが不適な笑みを浮かべて仁王立ちしている。
ザナークは驚いた03の視線を受けて満足そうに鼻を鳴らすと、ヒョイヒョイと猫のような身軽さで観客席の欄干を伝ってテクニカルエリアに降り立った。

「くく……久しぶりだな。懐かしいぜ」
「え?」

改めて口を開くなりそんなことを言ってきたザナークに、一同は顔を見合わせる。

「”懐かしい“……? ちゅーか、昨日会ったばっかりじゃんか」
「ふん、そう言うと思ったぜ。だがな、お前たちにとって昨日でも、俺様には何ヶ月も前のことなのさ」
「……? 意味がよく分からないんですが……」

わざとらしく持って回った言い方をするザナークに、浜野と速水は首を傾げた。

「何を隠そう俺は、長い長い特訓を終えてきたところだ」
「どう言うことだ、ザナーク」

特訓、と聞いた依織の目が細められる。天馬が尋ねると、ザナークは眉を跳ね上げて天馬を見た。

「ザナークだと? 一つ言っておく。俺様の新しい名は……いや、後にしよう。切り札は取っておくものだ」
「切り札って……」
「勿体ぶらないで言えばいいじゃん!」

あくまでも演出を大事にしたいらしいザナークに速水が眉を顰め、浜野がもっともな文句を言う。
しかしザナークはそんなブーイングもどこ吹く風で、葵のポーチから出てきた大介を見て笑った。

「ふふふ……石のジジイ。お前との約束、守ってやったぜ」
「約束?」

何の話、と天馬は首を捻って大介に視線を向けるが、大介は体の正面をザナークに向けたまま黙っている。
すると、依織が少し体を天馬の方に傾けてそっと耳打ちした。

「一昨日、大介さんがザナークに言ったんだよ。お前は自分の力を使いこなせてないって。そしたらあいつ、だったら使いこなせるようになってやる! って飛び出して行ってな……」
「えっ!? い、いつの間に……」

こっちはザナークがしばらくスタジアムを離れていたことすら初耳だったのに。そう困惑する天馬に、依織は軽く肩を竦めることしか出来ない。

『ではお前は、時空最強イレブンに相応しい力を手にして戻ったと言うのだな?』
「くく、その通り。聞きたいか? 聞きたいよなぁ、俺様の特訓の話! ならば教えてやろう!」
「話したいだけじゃねえか」

誰が何を尋ねたわけでもないのに話し始めるザナークに、依織が呆れた目で呟く。
ザナークはこれを無視し、半ば一方的に語り始めた。

「並の人間では俺様をパワーアップさせることなんて出来ない、そうだろう? だから俺様は様々な時代を回った。俺様に真に力を与える何かを探してなぁ……」

ある時は凶暴な獣と戦い、ある時は溶岩の熱さに耐え、ある時は大渦巻きに挑み、ザナークは自分を鍛えるためにとことん過酷な状況に身を置いたと言う。それがミキシマックスに適した相手を探すにも、一番手っ取り早い方法でもあったのだ。
身振り手振り、時に声色を変え武勇伝をザナークは語る。その語り方が案外上手く、一同はいつの間にか集中して彼の話に耳を傾けていた。

「俺の中の何かが、俺を駆り立てていたような気がする。そしてとうとうあいつに出会った。見つけたんだ、俺様に相応しい相手をな……! 俺はそいつとミキシマックスすることに決めた!」
「それって、誰なの?」

つられて真剣な顔になった天馬が尋ねる。
ザナークはチラリと天馬に視線をやると、それを空に泳がせてからたっぷりと間を空けて答えた。

「──クララジェーン。それがあいつの名前だ」
「クララジェーン、ですか?」
「そんな歴史上の有名人ていたっけ?」

聞いたことのない名前に、速水と浜野が疑問を口にする。ザナークの能力に見合うようなミキシマックスの相手ならば、大介が例に挙げたことがあっても良さそうなものだが、彼がそんな名前を口にしたことはなかったはずだ。

「まぁ、何はともあれ俺様はクララジェーンの底知れぬ力を自分の物にしたってことだ」
「……!」

そこで天馬は、ザナークの体から抑え切れない闘気がうっすらと漏れ出ていることに気が付いた。
クララジェーンが何者なのかは分からないが、ザナークが強大なパワーを身につけてきたことはどうやら間違いないらしい。

「石のジジイ! 後半戦、俺を出してもらうぜ。FWとしてな!」
「──良いだろう。影山、ザナークと交代だ」

それに答えたのは大介ではなく豪炎寺だった。彼もまたザナークの力の奔流を見たのだろう。指示を振られた輝はハッとして頷いた。

「輝……」
「必ず勝てるって信じてます!」

いくらザナークがこの状況を打破出来るであろう強い選手であっても、ここまでやって来てベンチに下がるのは輝も本意ではないだろう。
しかし、気遣いを見せる天馬に輝は真っ直ぐと彼を見つめ返して笑顔で言った。そんな反応をされては、ここで自分が不満を言うのも野暮だろう。分かった、と天馬は輝の気概を受け止めてしっかり頷いた。

ハーフタイムが終了し、03は輝に変わりザナークを投入しての再スタートを切る。
2点差を巻き返せるかの正念場だ。もう誰もザナークをただの暴れ者だった敵だとは思っていない。彼がきっと起死回生の一手になると、天馬たちは信じていた。

デッキからユウチにボールが回って後半戦が開始される。
ユウチが向かってきた太陽を跳ね除けてフェイにパスを回すと、フェイは正面に仁王立ちしているザナークに早速突っ込んで行った。──だが、ザナークはこれに対して一歩も動かない。

「えっ!?」
「どうして何もしないの!?」
「……」

驚く輝や葵を尻目に、豪炎寺はただ事態を静観する。ただ、ザナークに期待していたフィールドプレーヤーからすればたまったものではない。

「ザナーク!」
「焦るな焦るな……俺様の出番はまだまだ先だ」

思わず声を荒らげる太陽に、ザナークは子供を宥める声色でゆったりと言った。
その思惑が分からなくとも、試合は止まらない。前線を押し上げていくフェイの進路へ、天馬は諦めず躍り出る。

「フェイ、ここは通さない!」
「無駄だよ、天馬!」

フェイは口角を持ち上げると、そのまま躊躇なく激しいショルダーチャージで天馬を突き飛ばした。

「ぐっ……フェイ!」

天馬の呼び声に、フェイは振り返ることなく03の陣地を蹂躙していく。
相手の選手を顧みない荒々しいプレーは、以前の彼らしさの欠片もない。

「フェイ……君の気持ちは、本当に俺たちから離れてしまったのか?」

折れそうになる心を奮い立たせながら、天馬はフェイを追いかける。ディフェンスラインが近付く最中、天馬は注意の逸れたサイドからユウチが駆け上がっていることに気付いた。

「逆サイドがガラ空きだ!!」
「! しまった……!」
「ユウチ!」

天馬が声を上げたのと同時に、フェイのパスが高い弧を描き飛ぶ。

「っ間に合わない!」

霧野が歯噛みしたその瞬間、フィールドを荒々しい一陣の風が吹き抜けた。

「ヒーローは忘れた頃にやって来るってなぁ!!」
「ザナーク!?」

フェイのパスをカットしたのは、所定の位置からずっと動いていなかったザナークだった。
あの距離を、この一瞬で走り抜けたというのか。目を見開いているフェイに、ザナークはニヤリと口角を持ち上げる。

「くく……驚いたか、俺様のこの動き。だが、修行の成果はまだこんなもんじゃないぜ!!」
「く……っ!」

腹立たしげに顔を顰めたフェイは、地面を強く蹴ってザナークへ向かっていく。
その足が後一歩でボールに届こうかという次の瞬間、ザナークはそれを最前線へと高く打ち上げた。ボールの着地地点に一番近いのはレイザだ。

「任せろ!」

レイザはすかさず落ちてくるボールへ向かって跳躍する。が、続け様に飛び上がってきたデッキに背後からタックルを喰らい、上手く受け身を取れなかった体はフィールドに叩きつけられた。

「レイザ!」
「ふん──」

声を張り上げた天馬の横を、熱い風が駆け抜ける。
詰まった息に咳き込むレイザに鼻を鳴らし、デッキは事もなげに再び03に攻め込んだ。
けれどそれも瞬きの間。数歩歩いた時には、ボールは足元から消えていた。
ギョッとして振り返ると、そこには笑みを張り付けてボールに片足を乗せているザナークがいる。

「みんな、知りたいか? 知りたいよなぁ。クララジェーンの正体!」
「チッ……!」

苛立ちまじりに仕掛けられたデッキのスライディングを軽く飛び越えて、ザナークは目を細めてわざとらしく溜め息を吐いた。

「おいおい、邪魔しないでくれ。俺様は今気持ち良く話しているところだ」

巧みなリフティングで妨害を躱し、ザナークはボールを天馬へ回す。
そのボールが更にレイ・ルクへ渡ると、ザナークは敵の意識がそちらに逸れた瞬間を見計らい一息に走り出した。

「クララジェーンは破壊と災厄を運んでくる……ボールを寄越しな!!」

レイ・ルクがボールを戻すと、ザナークはローコからのスライディングを飛び越えて躱す。
その間も、ザナークの喋りは止まらない。

「あいつは流石の俺様もビビりそうなほどすげーヤツだったぜ。史上最強と呼ばれる台風──クララジェーン!」
「っ何だって?」

全てを薙ぎ倒さんばかりの勢いで猛進していくザナークを追いかけながら、依織は自分の耳を疑って声をひっくり返した。

「凄まじい雨と風……あいつはただの台風じゃなかった。だが俺様は恐れなかった! 俺は俺の中から湧き出す力に駆り立てられていた! そして俺は、史上最強の小市民となったのさ!」
「巨大台風とミキシマックスぅ!?」
「マジで!?」
「どうしてそんなことが……!」
「分からねえ!」

矢継ぎ早に聞こえてくる疑問を、ザナークは一蹴する。

「だが一つだけ分かっていることがある……それはクロノ・ストーンを手にした時、俺に熱い何かが入り込んできたってことだ。それからだ……俺の中で何かが暴れ出すようになったのは」

──お前はもっと強くなれる。体だけじゃない、心もな。
魂の結晶化したその石は、確かにザナークにそう語りかけたのだ。

「もう一つのクロノ・ストーンって……」
『……守だ』

ハッとして呟く葵に答えたのは、それまで空中に静止したまま黙って試合を見守っていた大介だった。

『サッカーを愛する守の思いと、ザナークの邪悪な力との戦いが奴を暴走させ、心の奥深くに沈んでいた真の力を目覚めさせた……そして、最後の11人目として完成したのだ!』

それを聞いて、ふ、と豪炎寺は小さく破顔する。動けなくても、喋られなくても、誰かに光を与えるのがあまりに円堂らしいと思ったのだ。

ザナークの語る隙を突き、ユウチが再びボールを奪おうと背後からスライディングを仕掛けるも、ザナークは背中に目でもあるような自然な動きでこれを避ける。いつの間にか、ザナークは4人がかりに囲まれていた。

「おっと、少しばかり喋りすぎたか。弱い奴ほどよく吠える……だが知ってるよな。俺は強いがよく吠える! 究極に強くなった俺は、吠えて吠えて吠えまくるぞ!!」

その瞬間、ザナークの体から膨大な闘気が膨れ上がった。

「ミキシトランス、『スーパーザナーク』!!」

咆哮と共に、ザナークを中心にして空気が爆発する。深緑色の髪は嵐に吹かれたように逆立って、一部が白く変色した。

「これが巨大台風、クララジェーンとミキシマックスした姿だ!!」
「ちゅーか、ホントに台風とミキシマックスしちゃったの!?」
「無茶苦茶ですぅ!」

凄まじい闘気の風に気圧されながら叫ぶ浜野と速水に、ザナークは喉を逸らして笑う。

「くくく……ザナーク改め、スーパーザナーク! これからは俺様をそう呼べ!!」
「ネーミングセンスやばいなお前!?」
「ああ、イカしてるだろう!」

依織の率直な感想をポジティブに受け取って、行くぞ、と雄叫びを上げたザナークは残像が残るほどの凄まじいスピードで敵陣に突っ込んだ。

「ッ通すな!!」

フェイが咄嗟に鋭く叫び、その進路に3人が壁を作る。それでも減速する様子のないザナークに、天馬は彼に追走しながら叫ぶ。

「ザナーク!」
「ふっ……」

ザナークは天馬を一瞥すると、あっさりとボールを彼へパスした。このまま単独で突っ込んでくるものと思い込んでいたところにこのプレーは予想外だったのか、思わずフェイも目を瞬いて反応が遅れてしまう。
奪うべきボールを失い一瞬たたらを踏んだDFたちを、身軽になったザナークはそのまま突破した。

「おらおら、こっちだぜ!」
「任せた!」

すかさず天馬はザナークへボールを戻す。
ザナークは向かってくる敵を振り切ると敵陣深く切り込んだ。

「喰らえ、これが俺の新必殺技!! 今ここに再誕する、──”グレートマックスなオレ“!!」

闘気が巨大な渦を巻き、風と雷を呼び起こす。まるでザナークそのものが凶悪なハリケーンのようになったシュートに、チェットもここで初めて表情を変えた。
闘気を練り上げ、顕現されたのは妖狐かハクビシンを思わせる姿をした女性型の化身である。

「《白尾神 タマズサ》──”シキガミラインズ“!!」

チェットが柏手を打つと、シュートの進路へタマズサにより意志を持った式札たちが一列の列を成して盾になる。
しかしザナークのシュートはそれを全て焼き切って、身構えたチェットをも吹き飛ばしてゴールへ深々と突き刺さった。

それは文字通り、圧倒的なプレーだった。一拍空け、ついに1点を返した03に大きな歓声が上がる。

「見たか、石のジジイ! 今の俺は何だ? 言ってみろ!!」

ミキシマックスを解き、ザナークは歓声を浴びながら自信満々と言った顔をしてベンチへ向かって声を張り上げた。

『おう! お前こそ時空最強イレブン11の力、『灼熱の熱風と激震する雷鳴の力で全てを貫くオールラウンドプレーヤー』だッ!!』
「ふっ──そう言うと思ったぜ!」

大介から欲しかった言葉を引き出し、ザナークは満足げに鼻を聳やかす。

「ザナーク、ありがとう……! お陰で1点返せた!」

疲れも忘れ天馬が駆け寄って礼を言うと、ザナークは一瞬目を丸くしたかと思うと天を仰ぎ呵々と高笑いする。その様子は悪役じみた低い笑い声とは裏腹に、不思議とサッカーを楽しむ年相応な子供の姿にも見えた。