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03を応援する観客たちの声に、少しずつ困惑が入り混じり始める。
試合中にも関わらず、フィールドの片隅に立ったまま動かなくなったフェイの異変は01、02の観覧席にも伝わっていた。

「何だ……? 全くの棒立ちになってしまった」
「──あいつやんね」

怪訝な顔をした剣城の疑問に短く言ったのは、後ろの席に座っている黄名子である。

「何?」
「あのフェーダのリーダーが、フェイに何かしたやんね……!」

黄名子は丸い目を珍しく吊り上げて、フェーダの観覧席を睨んでいる。対岸にある観覧席の室内などそこから見えるわけもないのに、黄名子の声は確信に満ちていた。

フェイが再び動き始めたのはその時だ。
ゆっくりと振り返ったフェイは、突如地の底から響くような雄叫びを上げ始める。

「はあああ……!」

それに呼応し、フェイの体から淡い光が放たれて波紋状に広がる。次の瞬間、フィールドの選手たちに異変が起きた。

「──うわあああッッ!!」

それまでボールを追いかけていた天馬たちが、唐突に頭を抑えて絶叫し、苦しみ始めたのだ。

「な、何だ、これ……頭がッ……!!」
「頭が割れちゃうよ……!!」

襲いかかってきたのは、今まで生きてきた中で体験したことのない程の激しい頭痛。
勿論、端から見ている人間には彼らに何が起きているのかは分からない。

「み、みんなどうしたんでしょうか!?」
「倒れていくの、天馬くんたちだけだよ……!?」

テクニカルで試合を見守っていた葵と輝は、天馬たちの異変に困惑して顔を見合わせた。
そこへ、観客席から降りてきたらしいワンダバが転がりそうな勢いでテクニカルに駆け込んでくる。

「これは念動波だ!」
「念動波……!?」

険しい顔の豪炎寺がワンダバへ視線をやると、ワンダバはこれまでにない切羽詰まった表情をしていた。

「SSCの特殊能力の一つ……敵の頭脳にプレッシャーを与える攻撃だ! このままでは、みんな壊されてしまう……早く止めなくては!」
「止めるって言ったって、一体どうやって!?」

天馬たちは依然として苦悶の悲鳴を上げ続けている。ぬう、と唸るワンダバに、豪炎寺は矢継ぎ早に尋ねた。

「その念動波は誰が出している?」
「……恐らくフェイだ」
「フェイが!?」

そんな、と葵たちは信じられない思いでフェイを見た。
天馬たちが身動きできない中、フェイはゆっくりとした足取りでフィールドを歩いていく。
痛みに顔を歪めながら、それでも天馬は視界にフェイを捉えると、無理やり体を起こして彼へ視線を向けた。

「う、ぐ……君なの、フェイ……これは、君がやってるの!?」
「……」

フェイはその問いに答えない。その代わりに瞳が淡く輝き、天馬はより強くなった頭痛に悲鳴を上げた。

「やめてくれ、フェイ……こんな、うああ! ッこんな、こと、フェイがやりたいサッカーじゃない……! そうだろ……!!」
「……天馬」

必死に訴えかける天馬に、一瞬フェイの瞳が揺らぐ。
途端、SARUの声が再び脳内に響いた。

『やるんだ、フェイ。僕らはそいつらと分かりあうことは出来ない。僕たちとは違う存在、僕たちの敵だ!』

止まらない激痛に、天馬たちは悲鳴を上げ続けている。
そうだ。自分と天馬たちは違う。こうすれば、きっと天馬だって嫌でもそれを実感するはずだ。

「僕は……天馬たちの敵なんだ……!」
「ぐああっ!!」

自分に言い聞かせるようにして、フェイは念動波を送り続ける。

「僕は敵だ!! 天馬の敵だ!!」

叫び、フェイはついに天馬の足元に転がっていたボールを奪った。
走り出したフェイに追従して事を見守っていたガルも動き出すが、03は苦しむばかりで防御も出来ない。

このままでは、03は一方的にやられるばかり──誰もがそう思っていた最中、ただ一人フェイの前に立ちはだかる黄色いユニフォームがあった。

「──依織ちゃん!」

苦しげに背中を丸め、それでもしっかりとフィールドを踏みしめて立つその姿に、黄名子は口元を抑えて囁くような声で叫んだ。

「随分と好き勝手やってくれるな、フェイ……!!」
「……どきなよ、依織。君だって立っているのがやっとなんだろう?」

額に脂汗を掻きながらそれでも無理やり口角を上げる依織に、フェイはぐっと眉間に皺を寄せて冷たく言い放った。

「この程度、存在が消えかけた時の頭痛に比べりゃ何とも……ぐぅっ……!」

依織は歯を食いしばり、息を荒らげながらフェイを睨む。

「それよりも腹が立つのはお前のその態度だよ、フェイ……! いつまでも他人の言いなりになりやがって……!!」
「ッ僕は他人の言いなりになんてなっていない!」

ギン、と万力で頭を締め付けられる感覚に依織は鈍い悲鳴を上げた。
しかし、彼女はすぐにそれを押し殺す。噛み締めた唇からは、血が滲んでいた。

「づぅ……私に、嘘は通用しないって、知ってんだろうが……そんなことも忘れちまう、くらい、周りが見えなくなってるからっ……足元、掬われるんだよッッ!!」
「っ!?」

その瞬間、不意に死角から視界に飛び込んできた人影にフェイはハッと目を見開いた。
特徴的な坊主頭、文字通りの機械じみた目──レイ・ルクだ。

「く……!」

背後からのスライディングを寸でのところで避け、フェイはレイ・ルクを睨む。
失念していた。アンドロイドであるレイ・ルクに、念動波が効くわけもない。キャプテンと定めた天馬が動けなくなってしまったことで、仲間と協力してプレーするよう組まれていたシステムが一時的に中断され行動にタイムラグが生じていたのだろう。

「やってやれ、レイ・ルク……!」
「了解。勝利こそ任務。よって最適の方法を選択する」

ふっと最後に不敵な微笑みを浮かべ、力尽きた依織の体はベシャリとその場に倒れ込んだ。

「“ハイパーダイブモード”」

レイ・ルクの顔面が切り替わり、中の機構が一部露出する。砂煙を巻き上げて加速したレイ・ルクの突進を避け、フェイはボールを前線のカズチへ送った。
フェイの背後数メートルで急ブレーキを掛けたレイ・ルクはそのままエネルギーを上昇させ、化身を発現させる。

「《人工化身 プラズマシャドウ》、『アームド』」

プラズマシャドウは細かい電子の粒にばらけると、レイ・ルクの体を取り囲み彼の体を守るボディスーツへと変形した。
間を置かず猛スピードでこちらに向かってくる姿を流石に不気味と感じたか、タクジは慌てた様子でボールをフェイに戻そうと蹴り上げたが、レイ・ルクがそのパスコースに割り込む方が早かった。
そのままレイ・ルクは勢いを緩めずガルのゴールへ切り込んでいく。

「頼むぞ、レイ・ルク……!」

自分たちが動けない以上、レイ・ルクに全てを託すしかない。天馬は頭を押さえたまま、掠れた声で呻いた。

「ターゲット、ロックオン」

レイ・ルクの目が点滅し、シュートが放たれる。決まれ、と葵やワンダバの絶叫が響く中、チェットの体から闘気が立ち上った。

「出でよ、《白尾神 タマズサ》──”シキガミラインズ“!」

顕現された化身は式神を盾にシュートの威力を殺すと、ボールをチェットの手に収めてしまう。
彼らにとって、脅威となっていたのはザナークのシュートのみ。それを封じた今、残る障害はレイ・ルクただ一人。チェットはその場に停止しているレイ・ルクを見やると、涼やかな笑みを浮かべた。

「アンドロイド! SSCが、お前のような人形に負けると思うか!?」

そう言ってチェットはボールを大きく振りかぶって、フミータに投げ渡す。
レイ・ルクは再びボールを奪うべく走り出したが、一足先にパスを受けたローコはそれをレイ・ルク目掛けてシュートした。
想定外の強さで放たれたボールを受けきれず、レイ・ルクの体ががよろめく。ピノが跳ね返ったボールで続け様にシュートを放つと、体勢を崩し掛けていたレイ・ルクは今度こそ後方に吹き飛んだ。

「ぐっ……大丈夫か、レイ・ルク……!」

ゴールエリア近くまで吹き飛ばされたレイ・ルクの様子を、霧野は痛みに耐えながら伺った。しかし、レイ・ルクは顔の機構から火花を散らし、動かない。

「おい……レイ・ルク!?」

そのままプツン、と本来目があったはずの液晶画面が真っ黒になり、レイ・ルクは完全に機能を停止してしまったようだった。
芝生を握り締め、そんな、と天馬は動かなくなったレイ・ルクを見て呟いた。頼みの綱はとうとう潰えた。これで03のメンバーに、戦える選手はいない。

「(終わりなのか? こんなところで! フェイもサッカーも取り戻せないまま、こんな形で……!)」

倒れ込みそうになるのを堪えながら、天馬は痛みと焦りで息を荒らげた。激痛で歪む視界の中、ユウチが転がったボールを歩く速度でドリブルしてゴール前に立つのが見える。
ユウチはフェイが近づいて来たのに気付いて微笑むと、ボールを彼に明け渡した。

「フェイ、君が決めろ」
「……」

ボールを目の前に、フェイはゴールの前に佇んだ。
信助は何とか体を起こし構えを取ろうと藻搔いているが、我慢の限界を越えようとしている酷い頭痛のせいで膝立ちすることすら叶わない。

「信助……」

痛い、と苦しむ友人の姿に、フェイの表情が動揺に歪む。
こんなことをして良いのか。本当に?
──ちらついた深層心理を覆い隠すように、声が頭に響いてくる。

『フェイ。試合はもうすぐ終わる……そいつらを破壊しろ』

フェイの肩が小さく跳ねて、頬を冷たい汗が伝った。声は力強い荒波のように脳に押し寄せ、フェイの心を飲み込んだ。

『やれ!!』
「ッ破壊、する!!」

その瞬間、フェイの体から一際強い光が放たれて、フィールドの方々から03たちの苦痛の悲鳴が上がる。
激しい頭痛は一時の思考を与える隙すら与えず、視界が明滅する。そして体が最後の防衛本能から意識を手放そうとした刹那。

「──フェイ!!」

突然低い男性の声で名前を呼ばれたフェイは、思わず力を緩め反射的に声の聞こえた方を振り向いた。
観客席の欄干から身を乗り出すようにして、SARUと一緒に観覧席にいたはずの支援者Xが叫んでいる。

「フェイ、指示を聞くな!」
「支援者X……?」

光が収縮し、力が収まっていく。すると、その時まで天馬たちを苦しめていた頭痛も嘘のように消え去った。

「い、痛みがなくなった?」
「何だったんだ、今のは……」

痛みから解放された03は、自然とフェイに視線を向ける。
フェイは観客席の際に立つ支援者Xを訝しむ目で見上げていた。
彼はフェーダの仲間だったはずだ。ならば、何故SARUに逆らうようなことを言うのだろう。チラリと観覧席の方を見ると、SARUは席に座ったままではあったものの、支援者Xの姿を見て当惑に眉を顰めていた。

「これ以上、フェイに卑劣な真似をさせるわけにはいかない……フェイ! もうこんなことは止めるんだ!」

小さく何かを呟いて、支援者Xは叫んだ。曲がった背中と真っ白な髭に反し、いくらか歳若そうな声である。
SARUは小さく舌打ちして、再度フェイにテレパシーを送った。

『フェイ! 君のやるべきことは分かるよね?』
「フェイ、言うことを聞くな!」

矛盾した指示を同時に受け、フェイは二人の顔を見比べながら小さく後ずさる。どちらの言う事を聞くべきか、判断出来ないのだ。それほどまでに、フェイの心は疲弊していた。

「──フェイ!」
「!」

近くから聞こえてきた声に、フェイはハッとして振り返る。それは天馬の声だった。未だ立ち上がれてはいないものの、顔色は幾分か元に戻っている。

「っ、天……」
『フェイ!!』

戻りたい。湧き上がり掛けていた思いを掻き消す強さで、SARUの声が脳を揺らした。
言うことを聞かねばらならない。彼はフェーダの王様だから。引き摺られるように観覧席を見上げたフェイに、支援者Xはフードの中で歯噛みする。

「フェイの意思より、SARUの力の方が強いのか……、!」

その時、支援者Xはフィールド中央からフェイに駆け寄ってくる人影に気付いて小さく声を漏らした。

「いい加減に、っしろ!!」
「あっ!?」

フェイの足元にあったボールを掻っ攫って行ったのは、痛みから復帰した依織だった。
大股でフェイから距離を取り、依織はボールを天馬に向かって天高く打ち上げる。

「試合はまだ続いてんだ!! そうだろ、天馬!!」
「っうん!!」

叫ぶ依織に呼応して走り出した天馬に、同じくこの場の異様な空気に呑まれていたガルたちも我に返り試合を再開した。
ガルからはローコが、そして天馬もまた落ちてくるボールに向かって同じタイミングで跳び上がる。利き足を振り抜き、先にボールを打った方がきっと勝者になる──その瞬間だ。

「……!」

空をつんざく勢いで鳴り響くホイッスルの音。ボールを蹴る間もなくそのまま着地するだけとなった天馬は、驚いた表情でスコアボードを見上げる。
得点は2対2。同点のまま、試合が終わってしまった。今回の戦いに延長戦はない。故に、ラグナロクは両陣営共に1対1という状況になってしまったのだ。

「議長……」
「……」

エルドラドの観覧席にて。用意されたソファに背中を預け、深い溜息を吐いたトウドウにサカマキは気遣わしげな視線をやる。
すると、それを見計らったかのように二人の目の前にホログラム画面が展開された。

『──何だかつまらない結果になっちゃったね、おじさん?』
「……つまらないだと? 試合中にお前たちの力は使わないとの約束ではなかったか!?」

平然とした様子で通信を繋いできたSARUに、トウドウは忌々しげに語気を強める。

「約束を違えるとは……」
『何を言ってるのか分からないな』

どうやらSARUはシラを切るつもりらしい。とぼけおって、と苛立ちを露わにするトウドウに、SARUはこう続けた。

『それで、ラグナロクのことなんだけど。こんな結果じゃお互い納得できないでしょう? そこで提案なんだけど……』



──観覧席にて主催側が会話をしている頃、ピッチは興奮冷めやらぬ歓声に包まれていた。その多くは03の戦いを讃えるものであったが、この場合ラグナロクはどうなるのかと言う疑問を漏らす声も多い。
しかし、今の天馬にはそんなことはどうだって良かった。

「フェイ!!」

改めて話をするなら今しかない。天馬はフェイの名前を呼びながら、彼に駆け寄っていく。
が、フェイに反応はない。それどころか、彼はふっと糸が切れたかのようにその場でバッタリと倒れ込んでしまった。
「フェイ!?」ギョッとした天馬が更に足を早めようとするや否や、その進路はローコとデッキに阻まれた。

「ちょっ……と、通して!」
「ダメだ!」

ローコは頑なに首を振る。試合中もずっとフェイに語りかけていた相手だ、このまま接触を絶ったほうがチームのためだと判断したのだろう。
そんな、とどうにか二人のブロックを引き剥がそうとしていると、いつの間にかフィールドまで降りてきていた支援者Xが静かな足取りでフェイに近付いて行くのが見えた。

「……」

支援者Xは静かにフェイを見下ろすと、そっとフェイを横向きに抱え上げる。
表情こそ窺い知れないものの、まるでその姿は疲れ果てた子供を労る保護者のような手つきだ。

「──みんな、聞いて欲しい」

そんな時、不意にスタジアム全体にSARUの声が響き渡ってきた。
声の出所を見上げれば、スコアボードの下から突き出たテラスのような場所にSARUが立っている。

「トウドウ議長も認めてくれた……ラグナロクはもう一度、改めて最終決戦を行うよ!」

良く通る声で宣言された4戦目の開幕に、観客席からワッと歓声が上がる。結局のところ群衆は、このラグナロクが何のために行われているのか理解していない者が多いのかもしれない──そんな考えが頭を過るほどの熱狂だった。

「お互い最強メンバーを選出してよ。フェーダ代表は僕のチーム……『ザ・ラグーン』!」
「っSARUのチーム……!?」

癖の強いフェーダを力でまとめ上げ、管理してきた者の率いるチーム。これまで以上に厳しい戦いになるのは火を見るより明らかだ。天馬はごくりと唾を飲む。

「試合は明日。ここラグナロクスタジアムで行う。全ての決着を明日つけよう……楽しみにしているからね!」

そう言って微笑んだSARUと目が合った天馬は、思わず体を強張らせる。
テラスから立ち去って行くSARUを見送ったところで、天馬は知らぬ内に息を詰めていたことに気付いた。自分はこんなに警戒しているというのに、SARUは自分が負けるとはつゆ程も思っていないのだろう。
今度こそ負けられない。深呼吸をしたところで、天馬はフェイのことを思い出した。
ガルたちはSARUがいなくなったことで自分たちの用も済んだと判断したのか、既にピッチから姿を消している。
一方、支援者Xはフェイを抱えたまま選手入場口からスタジアムに入ろうとしているところだった。

「ま、待って!」

慌てて声を掛けてきた天馬に、支援者Xはゆっくりと振り向き、こう告げる。

「……この子を救うことは、私の役目なんだ」
「えっ?……あ、待ってったら!」

そのままスタジアム内へ消える支援者Xに、天馬もそれを追いかけて選手入場口に入って行った。

「おい待て、天馬!」
「依織、私も……!」

一拍遅れ、走り出す依織や葵に豪炎寺とワンダバも続き、俺たちも行こう、と残っていた霧野を始めとする03の雷門イレブンたちもそれを追い、ピッチにはついに誰もいなくなった。


§


支援者Xが入ったのは、関係者であれば誰でも立ち入ることの出来る休憩スペースだった。
ただ、試合の終わった今は人の気配もなく閑散としている。
途中、フェイのことを気にかけてやってきた神童や剣城たちとも合流してそこへ入ると、支援者Xが抱えていたフェイを長椅子に横たわらせているのが見えた。

「あっ……」

そして天馬は、支援者Xがずっと被っていたフードを下ろすのを見て小さく声を上げる。
髭だったと思しきものが足元に落ち、露わになった彼の髪が僅かに艶を残した淡いミントグリーンをしていたからだ。

「う、ん……」

長椅子に横たわったフェイが微かに声を漏らす。
ぼやける彼の視界にまず入ったのは、気遣わしげな表情で自分を見下ろす男性の顔だった。

「あなた、は……」

何だか、どこかで見たことのある顔だ。遠い記憶、封じた思い出に微かに残る姿。

「……私は、アスレイ・ルーン。フェイ・ルーン、お前の……父親だ」
「っ……!?」

フェイの目が大きく見開かれる。支援者X──アスレイを凝視したまま、彼は疲労した体を無理やり起こした。

「ち、父親?」
「支援者Xがフェイの父親だと!?」

そしてその事実は、雷門イレブンにも大きな衝撃を与えるものだった。ワンダバなどは特に動揺したようで、体が青とピンクの中間色になったりと見た目にも忙しい。

「フェイ! 本当にお父さんなの……?」

言葉を失っているフェイに天馬がおずおずと声を掛ける。
フェイは現状をようやく飲み込むにつれ、どんどん表情を険しくしていった。

「……何故ここにいるの?」
「お前を見守っていたかったんだ。だから、私はフェーダに……」

──ふか、とした感触が手に触れて、依織はそちらを見た。ワンダバが困った顔をして依織とアスレイの背中、そしてフェイを見比べている。アスレイの言葉の真偽を確かめたいのだろう。
今は背中しか見えないため、目を見ることは出来ない。ただ、声音から判断するに彼がフェイの父親であること、フェイのためにフェーダにいたことは確かに嘘ではないのだろうと感じた。
とりあえず、今は黙って聞いておけ。そんな意味を込めて、依織はワンダバの頭を軽く押さえる。

「……今更名乗ってどうなるの?」
「……っ」

俯き、冷たく吐き捨てたフェイに、アスレイは小さく肩を揺らした。

「今日は僕を助けたい気分だった。そんなところ?」
「ち、違う!」
「……あなたは、僕を捨てたんじゃなかったの?」

「捨てた?」フェイから出た不穏な言葉に、雷門イレブンの間にアスレイへの不信感が広がる。
フェイから父との話を聞いていたのは、依織と天馬だけだった。

「僕の力が怖くて、僕を捨てた……!」
「それは違う! お前が怖かったからではない!」
「じゃあ何だよ! 何で僕を独りぼっちにしたんだ!?」

フェイは拳を痛い程に握り締め、口早にアスレイに畳み掛ける。
今でも時たま夢に見る。暗い部屋の中、ベッドで一人蹲っている夢を。罪滅ぼしのように置いて行かれた兎のぬいぐるみに八つ当たりする夢を。

アスレイは何度か口を開閉させて、どう言葉を続けるべきか酷く迷っている様子だ。フェイはそれを睨む目つきで見つめる。

「……お前に力の兆しが見え始めた頃……私は、エルドラドの幹部を勤めていた」
「!」

ぴく、とフェイの眉が動いた。アスレイは言葉を選びつつ、フェイを刺激しないためだろう、慎重な声で続ける。

「当時、SSCによる国の治安悪化は著しく、エルドラドの中には彼らの力を完全解明するためには非人道的な実験も許容すべきとの過激派の声もあった」

SSCの力は多岐に渡る故に、器物破損や他人への加害、ありとあらゆる悪事を行うのに事欠かない。ましてや、力を発揮するのは『大人に見捨てられた子供たち』。十分な情操教育を受けられなかった彼らは、手加減というものを知らぬ者がほとんどだった。
世論はどんどんSSCを排除すべきという意見に傾いて、アスレイもまた毎日のように上がるSSCによる被害報告に、こうなるも仕方のないことなのかもしれないと他人事のように思っていたほどである。
フェイが産まれるまでは。

「私は、浅ましくも自分がこれまで築き上げてきた地位を失うことを恐れた。お前のことがエルドラドに知られれば、お前もただでは済まなかっただろう。……あれが、お前と私自身を守る唯一の手段だった」

妻を早くに亡くし、家事に疎かったアスレイがフェイのためにもと大枚をはたいて購入していた家庭用ロボットは優秀だった。基本的な家事に加え、来客の応対や食材の買付、子供への簡単な教育が可能なAIが当たり前に搭載されている。
これなら自分がいなくとも、生活資金さえ途切れさせなければ人間らしい生活は出来る。そう判断して、家を出たはずだった。

「しかし……私は、お前を捨てきれなかった。お前のことが心配になり、フェーダに入った。お前を見守るために支援者XとなってSARUに近付いた」

話を聞くフェイの表情がみるみる歪んでいく。それは今にも怒り出しそうな、あるいは泣き出しそうな顔だった。

「──遅いよ。もう何もかも遅いんだ」
「っ遅くはない! フェーダを出るんだ、フェイ! あそこにいては……」

伸ばされたアスレイの手を、フェイは後ずさって避ける。

「勝手過ぎるよ、みんな。SARUも、それに……」

父と呼ばない代わりに、フェイはアスレイを強く睨みつけた。
ミントグリーンの髪とそれよりもいくらか深い色をした瞳は、鏡で見る自分の顔とよく似ている。それは、嫌になるほどに。

「聞いてくれ、フェイ。このままフェーダにいては、お前の心はSARUの邪悪な心に飲み込まれてしまう!」
「僕の気持ちは変わらない」
「フェ、フェイ。とにかくお父さんの話、聞いてみようよ……」

そこでようやく口を挟む機会を得た天馬は、慎重にフェイに声を掛ける。しかし今のフェイからすれば、それは一番聞きたくもない言葉だった。

「天馬は黙ってて!!」
「!!」

フェイは泣いていた。友人を裏切り、SARUに言われるがまま傷つけ、そこへ数年振りに自分を捨てたはずの父親がやって来て、唯一の居場所だったフェーダを離れろと言う。心が状況に追いつかないのだ。
なら、どうすれば彼を闇から救い出すことが出来るのか。何を言えばまた一緒にサッカーが出来るようになるのか。思い悩み口を噤む天馬の横を、ふと誰かが通り過ぎた。

「フェイ!!」

「き、黄名子?」鋭い声でフェイを呼んだ黄名子は、戸惑う天馬たちを他所にずんずんと大股で躊躇なく彼に近付いていく。

「何、聞きわけのないこと言ってるやんねっ!? お父さんの言うこと、ちゃんと聞くやんね」
「な……何だよ、黄名子。余計なお世話だ! 大体、何で僕に関わってくるの? 黄名子には関係ないじゃないか!」

フェイは今まで見たことのない黄名子の剣幕に一瞬怯んだものの、すぐに眦を吊り上げてつっけんどんに言い返した。
黄名子はそれを聞くと、遅していた手をぐっと握り締める。

「……関係あるやんね」

アスレイが、微かに目を見開いて黄名子を見た。

「フェイは──フェイは、ウチの子供やんね」