スタジアム内の宿舎。自分に割り当てられた部屋の前で、フェイは扉を睨むようにして立ち竦んでいた。
怖い。幼い子供のような漠然とした恐怖に、先程から扉に伸ばしかけた手を引っ込めては、それを何度も繰り返している。
やはり、ここに戻るべきではないのではないか。チームを裏切り、仲間を傷つけた人間を彼らは本当に信じてくれるのだろうか。
「(……いや)」
ふるりと頭を振って、フェイは脳裏を過った考えを払った。
今更『戻ってこい』と言ってくれた彼らの言葉を疑ってどうする。信じてほしいのなら、まずは自分が人を信じなければ。天馬がずっと、そうしてくれていたように。
フェイは深く深呼吸をして、改めて扉を開こうと手を伸ばす。
が、指先が開閉パネルに触れるよりも早く、扉が独りでに開いた。
「おかえり〜!」
瞬間、聞き慣れた声が部屋中に跳ね返り連続した破裂音がすると同時に、色とりどりの紙吹雪がフェイの視界を奪う。
「えっ──こ、これって?」
呆気に取られ、丸くした目を数度瞬いてみれば、天馬たちの手にはクラッカーが握られていた。どうやら破裂音と紙吹雪の発生源はあれらしい。
「水鳥さんが考えたんだ!」
「どうせなら派手に迎えてやろうと思ってな!」
「……何してんだ。突っ立ってないで早く入れよ、フェイ」
ポカンとしているフェイを見て、依織が来い来いと手招きをする。
それでも足が上手く動かず戸惑っていると、見かねた天馬や信助が手を引いてフェイを部屋に引き入れた。
「おかえり、フェイ!」
「あ、ありがとう……」
そうして嬉しそうに笑う天馬と目が合うと、ようやく現状に心が追いついて目頭がじんわりと熱くなる。
「僕……僕、ここにいても良いんだね……!」
「当たり前じゃないか!」
涙が出そうになるのを堪え、声を上擦らせるフェイに仲間たちは当然のように頷いた。
その中には当然黄名子もいる。目が合うと、黄名子もまた嬉しそうにニッコリと笑った。今までにない何とも言えぬ気恥ずかしさを覚え、フェイは照れ臭そうに笑い返す。
「あれ……でも、みんなどうやってここに入ったの?」
剣城たち01のチームメイトがいるのは想定していたが、確か天馬や神童たちはチームが違うので01の宿舎には入れないはずではなかったか。
ぐすぐすと鼻を啜っているワンダバを宥めながら尋ねるフェイに、恐らくだが、と前置きして神童が疑問に答えた。
「もう一度最終戦を行うにあたって、俺達にチームの再編が必要になったから……だと思う」
「再編……そうか、エルドラド側は01から03までのチームしかないから……」
元々想定されていたのは三試合。それが終わったことで設定が解除されただけの可能性はあるが、ザナークの前例を考えると案外SARUが律儀に設定を書き換えたのかもしれない。
それも今となっては確認のしようもないことだが。
「──だが、フェイ。お前の本当の戦いはこれからだぞ」
そこで和やかな空気を敢えて鎮める、剣城の静かな声が掛かる。
「明日の相手は、お前のかつての仲間だ」
「……大丈夫……戦えるよ」
その言葉に顔を俯かせ、やがてフェイは静かに答えた。
「一度フェーダに戻ったことでよく分かった。SARUは自分の心の牢獄にずっと閉じ籠もってる。仲間のことすら、……きっと心の底からは信じることが出来ないんだと思う」
そうでなければ、念波を送ってまでフェイに天馬たちを破壊させようとはしなかったろう。
彼が信じているのは、SSCの力だけだ。だからこそ頑なにフェーダの力を誇示し、知らしめようとしている。
そうすれば、自分を傷付けるものはなくなるから。
「ここでフェーダが勝ったら、SARUは本当の意味で独りぼっちになってしまう。僕はSARUを救ってやりたい……次の最終試合が、最初で最後のチャンスなんだ」
だから、と顔を上げ、フェイは思わず口を噤んだ。誰一人となく、そこにフェイの気持ちを否定する者はいない。
「救うためのサッカーか……」
「やろうよ、みんな。フェイの気持ちがSARUに届くように……!」
「ああ!」
口々に力強く気勢を上げる仲間たちに、ありがとう、とフェイは掠れた声で呟いた。
これが『友達』なんだ。胸の奥で、フェイは今自分がこの場にいることが出来る喜びを噛み締める。
力ではなく、絆で人は繋がれることを──SARUにも伝えたい。例え、この先の命が彼らよりもずっと短くても、感情を共有出来る友がいることは幸せなことなのだと。
『──注目!』
「うわッ」
その時、ふいに葵の懐からするりと出てきた大介が大きな声を張り上げた。
「いきなりどうしたんですか、大介さん」
『お前たち、まさか気付いてないわけではあるまいな!?』
耳を塞ぎつつ見上げてくる信助に、大介は溜息混じりに言う。ぐるりと部屋全体を見回して、彼は続けた。
『長い道のりではあったが、これで時空最強イレブンはコンプリートだ!』
「コンプリート……?」
ほけ、とした声で天馬がオウム返しする。
視線をずらすと丁度フェイと目が合って、天馬はアッと小さく声を上げた。
『フェイが戻ったことで、わしの提示した11の力がここに揃ったのだ!』
「いや……待て待て、本当に揃ってるのか? 実は一個抜けてるなんてないだろうな!?」
額を抑えてぼやく水鳥の言葉にハッとして、マネージャー三人は顔を見合わせると、記憶と選手を指差し確認して照らし合わせていく。
「1、2、3、4、5、6、7……」
7まで数えて勢い良くこちらを振り向いた三人に、フェイは思わずギョッとして体を竦めた。
「は、8……!」
「きゅー!」
その隣で黄名子が自分を指差す。
「10!」
そして天馬が自分の胸を叩き、一同の視線は部屋の隅に佇んでいた──実は最初から天馬たちと一緒にフェイを待っていた──ザナークへと注がれた。
「……ふっ」
「11!」
「間違い無いです、コンプリートです!」
ぱっと笑顔を咲かせて、葵たち三人は手を取り合って喜び合う。
「やったな、天馬。お前たちならやり遂げるって信じてたよ」
「三国先輩……はい!」
ここに来るまで本当に長かった。いくつもの時代と国を跨いで、大介自身が不可能だと言っていた最強のチームがついに完成したのだ。
「静粛に、静粛に! うるさーい!」
にわかに騒がしくなった部屋だったが、ワンダバの怒鳴り声でようやくざわめきが収まる。
「……ゴホン! こうして時空最強のイレブンをコンプリートしたわけだが……ついては、このチームに名前をつけようと思う!」
「名前?」
大きく咳払いし、仰々しく口火を切るワンダバに天馬たちは顔を見合わせ首を傾げた。
確かに言われてみれば、時空最強イレブンというのは便宜上の計画名のようなもので、チームの名前にするには少々締まりがない。
「名前は既に考えてある。時空最強イレブン、その名も……!」
『時を超え、吹き抜ける暴風! ”クロノストーム“だッッ!』
その瞬間、しばし考え込んでいた風の大介が突然光り輝きながら叫んだ。勢いに押され、ワンダバは命名直前にして言葉を失う。
『フェーダの少年たちの邪悪な闇を吹き飛ばす! チーム名はクロノストームで決定だ!』
「ワ、ワタシの考えた名前はっ!?」
「クロノストームかぁ……! カッコいい!」
眩く光り輝いた大介のインパクトに持っていかれ、天馬たちの意識は完全にワンダバから逸れてしまっていた。
そんな、と膝から崩れ落ちるワンダバに、「この光景を見るのも久々だな……」とフェイは一人心の中で独り言ちる。
『その最終戦はこのチーム……クロノストームで戦う!』
「ふ。そう言うと思ったぜ」
「あ、でも……アルファやレイ・ルクたちは?」
チーム名の決定に色めき立っていた天馬だったが、ふと眉が下がり疑問を口にする。
色々とあったが、彼らもまたこの激戦を共に戦ってきた仲間であることに変わりはないのだ。苦労して時空最強イレブンを集めてきたとは言え、そんな彼らを差し置いてしまうのは不義理であるし、本人たちも納得しないのではないだろうか。
「──私たちが議長に頼んだ」
「! みんな……」
その言葉に答えたのはその場にいた誰でもなく、開けっぱなしだった扉の前に姿を現したアルファだった。その傍らにはベータ、ガンマも立っている。
「頼んだって、どう言うこと?」
「明日の最終戦、相手はフェーダの最強チーム。勝てるのは、お前たちしかいない」
淡々と答えるアルファに、雷門イレブンは目を見開いた。まさか彼の口からそんな言葉が出るとは思っても見なかったのだ。
「あんまりアルファがしつこく言うものですから、もう根負け〜って感じ」
「仕方がないから、今回は譲ってあげようと思ってね」
「ベータ、ガンマ……」
まさか我の強い二人もそんなことを言うとは思わず、神童は特に目を丸くしている。
「松風。”私たち“のサッカーを、守ってほしい」
「”私たち“……?」
それまでサッカーを手段として扱っていたアルファの言葉に、天馬は目を瞬いた。
始めて会った時、彼はサッカーを『不必要』だと言った。けれど天馬たちと戦い、彼は『悔しさ』を知り、そして『楽しさ』を知った。
そこにいるのは、サッカーを戦いの道具とするエルドラドのルートエージェントではない。少し感情表現の下手くそな──天馬たちと同じ、サッカーが好きな少年だった。
「……ああ! みんな、明日の試合はアルファたちのためにも、必ず勝つぞ! そして、円堂監督を助けるんだ!」
「おおッ!」
小さな部屋一杯に、気合の入った声が反響する。
そっと胸元を抑えたフェイは、ふと周りを見回してそっと隣にいた依織に話し掛けた。
「ねえ、……その……“あの人”は?」
「ん? …………ああ、アスレイさん?」
遠回しな呼び方に一瞬考え込んで、依織は確認する。
うん、と気不味そうに頷いたフェイに、依織は小さく溜め息を吐いた。
「何かやらなきゃいけないことがあるからって、早々にどこか行っちまったよ」
「そっか……」
「……それで?」
俯きがちになったフェイに、依織は続ける。天馬たちに聞こえない、細やかな声で。
「どう? “喧嘩”は出来そうか?」
「……分からない。まだ少し、受け止めきれてないんだ」
「そ。まぁ、この戦いに勝てば時間はたっぷりあるんだからさ。言葉でも拳でも、ガーンと行きゃあ良いよ」
握り拳で軽く空を殴りながら笑う依織に、フェイは俯いて自嘲気味に微笑んだ。
「僕に、そんな時間があるかな……」
「あるよ」
はっきりとした声音に釣られ、フェイは依織を見上げた。依織は真っ直ぐとフェイの目を見つめ返して繰り返す。
「時間はある。だから、大丈夫」
「……うん……」
何か確証があるのか、依織の目は揺らがない。けれど彼女にそう言われると不思議と不安が小さくなるのを感じて、フェイは小さく頷いた。
§
その日の夜。人も捌けて閑散としたスタジアムの前に、遅い時間にも関わらず二つの人影がある。
「変だとは思ってたけど、まさかこんなことだったとはね」
一つは声に若干の不快感を滲ませたSARUである。もう一つは、彼をここへ呼び出したアスレイだった。
「身分を隠していたことは謝る。だが、私がこのような活動をしていたのは、我々とSSCがこの社会で共に生きていく道はないか、模索していたからだ」
アスレイは既にSARUが見慣れていた白いローブから私服へ着替えていたが、声音は支援者Xだった時のままだ。もっと彼を観察していればあんな簡単な変装は見破れていただろうに、本当に自分は彼にさしたる興味がなかったのだな、とSARUは自分の行動を客観的に振り返る。
「もしそれが出来れば、一度は手放した息子を再び取り戻すことが出来る。自ら手放しておきながらも、息子のことを諦められない親の身勝手な思いだが……だが、君たちがエルドラドに宣戦布告したことでその道は閉ざされた」
エルドラドがSSCを恐れず、もっと対話する機会を作れていたら。彼らを人とは違う力を持っただけの子供たちだと受け入れられていたら、歴史は変わっていただろう。だが、今更そんな事を考えても後の祭りだ。
「しかし、私は信じている。君たちが普通の人間と共に生きていく道が、必ずあると……!」
「……何が言いたいの?」
持って回った言い方で結論に迫っていくアスレイに、SARUは思わず苛立った声を上げる。
「明日の最終戦は、中止してほしい」
向けられた剣呑な視線に、アスレイは怯む事なく続けた。
「力の優劣をつけることに、何の意味がある!? 今ならまだ間に合う。共に生きる道を一緒に考えよう……!」
「……はは!」
嘆願にも似た声を受け、SARUはそれを軽く笑い飛ばす。
わざわざ呼びつけておいて、要件はそんなことか。そんな感情を込めて、SARUはアスレイに冷めた一瞥を向けた。
「意味はあるさ……どちらが世界を支配する人間であるか、ハッキリするよ。そのためにここまでやって来たんだ。明日の最終戦で、世界はSSCの本当の力を知ることになる。そして、あんたの息子はフェーダを裏切ったことを後悔する」
そう言って、SARUはアスレイに背を向ける。これ以上の会話は意味がない──そんな突き放した意思を気配から感じ取りつつ、アスレイは最後の望みを賭けて短く問いかける。
「どうしてもやるのか?」
「……」
SARUは無言だった。もうアスレイと言葉を交わしたくないのだろう。SARUからすれば、彼もまた裏切り者の一人に過ぎない。呼び掛けに応じてくれただけでも奇跡だったのだ。
「……残念だ」
一縷の望みも絶たれ、アスレイは己の無力感を感じながら去っていく。
足音が遠ざかり、生温い風が頬を撫でると同時に別の気配を背後に感じ、SARUは緩慢な動きで振り返った。
「……メイア、ギリス。何の用だ」
「SARU……もう一度だけ、チャンスをくれないかしら」
ギリスと並んで立ち竦んでいたメイアは、恐々ながらも語気を強めてそう口を開く。
「このままじゃどうしても収まらないんだ……あいつらに僕とメイアの力を思い知らせてやらないと!」
仲間内でも器用に立ち回り、有数の力を持つ二人が、こんなに勝負に対して熱くなっているのを見るのはSARUも初めてだった。
改めて考えれば、当たり前かもしれない。超能力を使わなかったとはいえ、彼らはフェーダに入ってから初めて敗北を味わったのだ。
強い感情は力の源だ。今の彼らなら、自分の足を引っ張るようなことはしないだろう。SARUは薄く微笑んだ。
──一方その頃、スタジアムの中では。
「チーム名はつけ損なったが、ワタシにはまだ大きな仕事が残っている……」
人っこ一人いない、月明かりに照らされたピッチに立ち、ワンダバは孤独に夜空を見上げていた。
天馬たちはワンダバが元々違うチーム名を付けようとしていたことなどすっかり忘れてしまっているだろう。だが、フェイの帰還に免じそれも水に流してやろうと思える。
「元々三試合だったラグナロクが一試合増えたのだ。最後の試合は、ワタシが監督をしろとお天道様が言っているのだろう……最後の最後に、こんな見せ場が待っていたとは……」
ぼふ、とわたの詰まった足を片方ボールに置き、ワンダバは柔らかな体を威風堂々と聳やかす。
「見せてやろうではないか! 大監督、クラーク・ワンダバット様の名采配をッ!! はーはっはっは!!」
世界の命運は明日の試合、つまりは自分の指揮する戦いに託された。真っ暗なピッチには、感情豊かなアンドロイドの高らかな笑い声がしばらく木霊していた。