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沖縄県某所、とある海の家。
妻の成海と共にその店を切り盛りする男・矢嶋はその日、不可解な出来事に思い悩んでいた。
今日一日の記憶が酷く曖昧なのである。焼きそばにかき氷、焼きとうもろこし。客の注文を受けた前後の記憶が時折プッツリと途切れているのだ。成海曰く、気が付いたら度々鉄板の前からいなくなっているとのことだったが、自分の意思で厨房を出た覚えもない。
最近忙しい日が続いていたから、疲れているのかもしれない。そんなことを考えながら、彼は寸胴鍋に入ったカレーを掻き混ぜた。

「あんた、カレーライス一つね!」
「あいよーッ!」

表から愛する妻の声が聞こえてくる。矢嶋はそれに威勢の良い声で応え──

「……あれっ?」

気が付けば鍋に突っ込んでいたお玉はマイクへと変わり、歓声の溢れる見知らぬスタジアムのサッカーフィールドに立っていた。
何だこれは。当然の疑問が頭を巡る間も無く、マイクから流れてきた念波が彼の思考を一瞬で書き換える。

『っさぁ、ラグナロクも1勝1敗で迎えた最終戦! 文字通り最後の試合だーッ!』

──そうして矢嶋は今回も、意気揚々と『実況者』としての責務を自身も知らぬ間に全うするのであった。


§


ラグナロクスタジアムは相変わらず多くの観客で賑わっている。
SARU率いるチーム『ザ・ラグーン』と、便宜上エルドラド所属であるクロノストーム。勝利したチームが世界の実権を握ることとなる。世界の運命はこの一戦に掛かっていると言うことを、一体どれほどの観客が自覚しているのだろうか。

「いよいよだな……天馬」
「はい!」

絶えることのないざわめきを浴びながら、神童は天馬に声を掛ける。
キャプテンとしての在り方に悩んで迷走し始めた時はどうなることかと気掛かりに思っていた神童だったが、今の天馬にその心配は不要だろう。

「俺たちが人類の未来を賭けて戦うことになるなんて、未だに信じられないよ」
「ええ……だがここまで来た以上、負けるわけにはいかない」

少しばかり興奮した面持ちの霧野に答えるのは剣城だ。先の試合で辛酸を味わった身としては、これが最初で最後のリベンジだ。

「大介さんの無茶振りも叶えて、円堂監督も帰って来たんだ。こうなったら気持ち良く元の時代に凱旋してやろうぜ」

肩の筋肉を伸ばしながら、依織は好戦的な笑みを浮かべて言った。もしも負けてしまったら、なんてことは考えない。少しの不安が動きを鈍らせることを、彼女は嫌と言うほど知っている。

「ま、俺様がいるからには勝って当然だがな」

そう言って鼻を鳴らしているザナークは、すっかりクロノストームに馴染んだようだった。元々はどこの組織にも属していない気分屋である。今はこのチームにいるのが居心地が良いのだろう。

意気込みを露わにする仲間たちを笑顔で眺めながら、フェイはふとSARUの方を見やる。SARUもまた本心の見えない目で、フェイをじっと見つめていた。

「いいな、これが最後の試合だ。思いっきりやって来い!」

円堂の声に意識を引き戻され、フェイはハッとそちらに向き直る。

「監督、必ず勝ちますから! 勝ってSARUたちにも、サッカーの素晴らしさを分かってもらいます!」
「ああ、その意気だ!」

力強い円堂の声に勇気付けられ、頷いた天馬は仲間たちの前へ進み出た。

「よぉし……行くよ! みんな!!」
「おお!!」

十一人分の拳が空へ突き上げられ、クロノストームはいざ戦場へと飛び込んで行く。
ザ・ラグーンの選手たちは既にポジションに着いており、その中には見知った顔も混じっていた。

「今日はまた一段と美しいね、メイア」
「まぁ、ギリスったら……あなただって良く似合っていてよ? そのユニフォーム」

ギルに所属していたメイアとギリスである。きっと第二回戦で敗北した雪辱を果たしに来たのだろう。彼らの力を間近で体験した神童は、警戒の視線を二人へ向ける。

あと数分もすればキックオフだ。その様子を、観覧席のトウドウとサカマキはじっと見つめていた。
トウドウがサカマキへ視線をやると、サカマキは小さく頷いてインカムの通信を入れる。

「準備は整っているな?」

通信先はスタジアムから数千メートル離れた場所にある高層ビル。その屋上には、先立ってトウドウの指令を受けた部隊が麻酔ガス弾を装填した銃を構えて指示を待っていた。プロトコル・オメガとは完全別働隊の、大人のみで構成されたチームである。

『いつでも発射出来ます』
「……奴らに世界を渡すわけにはいかぬからな」

目を細め、呟いたトウドウはSARUを睨め付けた。
その視線に気付いたのか否か、不意にSARUがピッチの外を仰ぎ見る。

「──始めろ」

低く発せられたのは、仲間への指示。
天馬たちの視界に入りにくい観客席の上部。人の立ち入らない場所に、ピッチを囲むように三方に分かれたフェーダたちが並んでいた。

「……行くよ」

ユウチの短い合図と共に、ピッチへ両手を掲げたフェーダたちの体からエネルギーが立ち上っていく。
するとスタジアム全体が揺れ始め、建物そのものが不気味な色にうっすらと輝き始めた。

「えっ?」
「揺れてる……!?」

異変を感じ取り、天馬たちも咄嗟に辺りを見回す。地震かとも思ったが、何か様子がおかしい。突然のことに観客たちも動揺にざわめき始める。

「何が起こっているんだ?」

ピッチから見ることが出来るのは吹き抜けになった頭上だけだ。
天井を見上げ、天馬はハッとした。空が動き、雲が不自然に近付いてくる。微かに体に負荷が掛かる感覚があり、そこで気が付いた。スタジアム全体が浮き上がっている。

「う、浮いてる!?」

観客席の方々から悲鳴が聞こえてくる。スタジアムはどんどんと浮かび上がり、止まる気配がない。

「おい──何をする気だ!?」

犯人はもう分かりきっている。声を荒らげた依織に、SARUは無言で腰に装備していたアンプルガンを抜き、頭上へ向けて放った。
瞬間、紫の光線が宙を走り、上空で破裂して光が広がる。空に現れた光の渦は、まるで巨大な穴のようだ。

「何やんね、あれ!?」
「まさかSARUのやつ……!」

見覚えのある光景に、ワンダバがギョッとした声を漏らす。スタジアムは成す術もなくそのまま上昇を続け、光の渦の中へと入っていった。
中は外界の光が届いていないと言うのに嫌に明るく、淀んだ空気が時折生温い風になって頬を撫でる。紫色の空を、クロノストームは不穏な表情で見回した。

「どこなの、ここ……!?」
「ワームホールの中だ……」

怪訝な声で呟いた天馬に、呆然とした様子で答えたのはフェイだった。何だって、と目を見開く仲間たちに、フェイは動揺と険しさの混ざる顔をSARUへ向ける。

「SARUはアンプルガンでワームホールを作って、その中に僕たちをスタジアムごと引き摺り込んだんだ……!」

彼の大人たちに対する憎悪は理解していたつもりだったが、まさかここまでのことをするとは。
SARUは微笑を浮かべると、エルドラドの観覧席を見上げる。

「残念だったね、おじさんたち。あなたたち、この試合で負けたら僕たちをガスで眠らせて、ワクチンを投与しようとしてたでしょう?」
「えっ?」

その発言に、天馬たちも驚いた顔になって観覧席を見やった。ガラス越し、トウドウとサカマキが渋面でSARUを睨んでいるのが遠目に見える。

「だから最後は、誰にも邪魔されない場所でやることにしたよ」
「っ余計な真似すんなって言ったのに、あのおっさん……!!」

不快感を露わにし、依織は舌打ちした。チームの力を信用されていなかったことも腹立たしいが、下手なことをすれば勝ったところでSSCがワクチンを大人しく受けてくれる可能性が下がってしまう。それを想定出来なかったわけでもないだろうに、愚策をとってしまう程エルドラドもまた追い詰められていたのだろう。

「……これで人類を救うには、この試合に勝つしかなくなったわけだ」

トウドウはクロノストームの不信感を込めた視線──取り分け依織の怒りが籠った視線を受け流すように大きく息を吐き出すと、指先で肘置きを叩き苛立ち混じりに呟いた。

「ワームホールの中ね……ふ、最終戦には打って付けの舞台ってわけだ」

ザナークは仲間たちの動揺を意にも介さず、機嫌良さげに空を流れる時空の光を眺めている。彼はエルドラドの大人としての卑劣さにも、生身でワームホールの中に入ることにも慣れきっていた。

その平然さが逆に心を落ち着かせるきっかけになったのだろう、天馬は大きく深呼吸をすると、改めてザ・ラグーンに向き直る。

「……行くよ、みんな!! ミキシマックスだ!!」

場所がどこになろうが誰の思惑が関わっていようが、自分たちが今やるべきは全力で戦って勝つことだ。
気勢の雄叫びを上げ、クロノストームは一斉にミキシマックスする。フィールドが光に包まれ、選手全員が変身を遂げたその光景は正に圧巻の一言だった。

「これが時空最強イレブン、クロノストームか……!」

クロノストームのテクニカルエリア、豪炎寺と並んでベンチに腰掛けた鬼道は、感慨深げに呟く。
大介から最初に時空最強イレブンの話を聞いた時は、文字通り『夢物語』だと思っていた。それでも彼らは数多の時空を渡り、数々の苦難を乗り越えて夢物語を遂に本物にしたのだ。

「へぇ……そう来なくっちゃ。面白い、遊んであげるよ」
「そう言うと思ったぜ。そっちこそ捻り潰してやるから覚悟するんだな」
「セリフが悪役なんだよな……ま、同意見だけど」

楽しそうに目を細めたSARUに、悪人顔で切って返したザナークを依織は横目で見てから掌に拳を叩きつける。依織としても、SARUの手段を問わないやり方はエルドラドのそれと同等に気に入らないものだった。

「さぁ──人類の未来を賭けた、最終戦争の幕開けだ!」

ホイッスルの鋭い音が反響する。
SARUのタッチしたボールを受けて、切り込んでくるのはFWのイムスだ。

「もらったぜ!!」

雄叫びを上げ、ザナークが一番槍として飛び出していく。が、イムスは巧みなボール捌きでそれを軽く躱してしまう。ザ・ラグーンは素早くパスを繋ぐと、次々にクロノストームのチェックを引き千切っていった。
それでも、ここまでは想定内だ。パスを受け猛然と切り込んでくるピグの進路へ、霧野が飛び出して行く。

「行かせるか!!」

霧野は素早い身のこなしで相手の懐へ飛び込むと、鮮やかにボールを奪い返した。

「神童!!」

未来世界のために、そして何より自分たちのために、この試合は負けるわけにはいかない。霧野からのパスを受け、神童はニケのチェックを抜いて更に前線を上げる。

「剣城!」

が、そのパスは剣城に届く前にDFのシープによりカットされた。そこへすかさず太陽がスライディングを繰り出し、ボールを再び奪取する。けれど数メートル進んだところで、その進路は阻まれてボールはまた奪われてしまった。

戦況は膠着し、両者共に一歩も譲らない攻防に観客たちは自らが置かれている異様な状況も忘れて熱狂している。
その状態がしばらく続いたところで、他より一足早く飛び出した天馬がドリブルで敵陣を上がっていく。すると、それまでこれといった動きを見せていなかったSARUが薄く笑みを浮かべた。

次の瞬間、天馬の目前を一陣の風が吹き抜ける。
反射的に目を伏せたのも束の間、天馬は足元からボールが消えていることに気付き目を見開いた。

「えっ──SARU!」
「あいつ、いつの間に……!」

SARUのスパイクは天馬から奪ったらしいボールを押さえている。
驚く天馬に背を向けたまま、SARUはゆっくりと口を開いた。

「クロノストームね……全員がミキシマックスしてこの程度か。ガッカリだね」

それまでの笑みを潜め、冷たく言い放ったSARUに天馬は思わず怯む。依織でなくても分かる。SARUが本気で自分たちに侮蔑を向けたのが。

SARUはボールを高く打ち上げると、そのままイムスに蹴り出した。
それを受け取り、口角を上げたイムスは地面をグッと踏み締めて一気に加速する。それも先程までと比較も出来ないような、弾丸のような速さで。

「何だ、あのスピード!」
「あいつら本気を出していなかったのか……!」
「っ行かせるか!!」

立ち向かっていった神童を容易く抜き去り、イムスは更に自陣へ食い込んでいく。前線にいた選手ではもう彼に追いつけない。

「黄名子!」
「ハイやんね!」

それならば、と霧野と黄名子は声を掛け合い左右から挟み撃ちする形でチェックに入る。
が、イムスは素早く視線を動かすと、的確なボール捌きであっという間に二人を抜いてしまった。

「SARU!」

そしてボールは、クロノストームがイムスの速さに気を取られている間に最前線まで侵入していたSARUの元へと蹴り出される。
パスを受け、SARUが片腕で宙を薙ぐと六角形状のエネルギー障壁が七枚正面に展開された。

「”シェルビットバースト“!!」

中央の障壁にボールが叩き込まれる。七つに分散したエネルギーは衝撃波と共に放たれ、中空で収束してクロノストームのゴールを貫いた。
信助が必殺技を繰り出す暇もない。ものの数秒の出来事である。悲鳴とも取れる歓声を浴びながら、天馬たちは破られてしまったゴールを唖然として見つめた。

「これがフェーダ最強チーム、ザ・ラグーンの力……!」

だが、負けるものか。圧倒的な力を目にし、冷や汗が額に滲むのを感じながらも天馬は折れずに唇を引き結ぶ。

しかし問題はそこからだった。
こちらがミキシマックスしているにも関わらず、実力を露わにしたザ・ラグーンは目にも止まらぬプレーにクロノストームはボールに触ることも出来ないのである。進路やパスコースを塞いで守りに徹するも、それも全て後手に回ってしまう。

「ミキシマックスの力が通用しない……! こいつら、本当に人間なのか!?」
「人間だよ!!」

こちらの全力を簡単に超えてくるザ・ラグーンのプレーに剣城が悔しげに呟くと、天馬は反射的に叫んだ。

「俺たちと同じ……! だから絶対に勝てる!!」

そんな短いやり取りの間にもボールはメイアに渡り、メイアはギリスと共にシュート体勢へと入る。

「”デッドフューチャー“《G2》!!」
「”大国謳歌“!!」

今度こそ必殺技を発動した信助だったが、それも通用することなく敗れ、またもゴールを許してしまう。メイアとギリスもまた、先日よりもパワーアップを果たしていたのだ。
これで2対0だ。剣城にああは言ったものの、確実に離されていく点差に天馬の中にも嫌な焦りが生まれ始める。

「──これではっきりしたろ?」
「!」

振り向くと、すぐそこにはSARUが少しの疲れも感じさせない涼しげな表情で立っていた。

「力の差は歴然……フェーダこそが新しい人間の形なんだ。僕たちを怪物扱いしたエルドラドの大人たち旧い人間……旧い人間は淘汰されるべきなのさ」

トウドウたちや観客、クロノストーム。その場にいる全員に聞こえるよく通る声で、SARUは語る。

「僕は世界に新しい秩序をもたらす。僕たちは僕たちの世界を作る! だからこの試合は容赦しない……僕たちの未来を勝ち取るために!」

SARUの演説を聞くザ・ラグーンたちは、試合中に浮かべていた笑みを潜め真剣な顔つきをしていた。
それはSARUの意思に同調する意思の表れであり、同時にこの意思を笑う者は許さないという空気を醸し出している。
ただ、フェーダ以外の人間からすればそんな主張が通るわけもない。

「勝手なことを……!」

呻く霧野に鼻を鳴らして、SARUはついとフェイに視線を投げかけた。

「考え直すなら今だよ。元々君はこちらの人間なんだ……無理して劣った人間たちの味方をする必要なんかないんだよ」

──それは親が善悪の区別が付かぬ子供に対して正しいことを教え聞かせるような、嫌に優しい声色だった。
こうやってSARUは、多くの仲間を増やしてきたのだ。弱った心に『君は悪くない、悪いのは世界だ』と言い聞かせて囲い込む。
しかし、今のフェイにそのやり方は通用しない。

「……戻らないよ。僕は天馬たちと戦うと決めたんだ」

硬い声で言って、フェイはSARUに背を向ける。望んだ反応が返ってこなかったことに、SARUは微かに眉間に皺を寄せた。

だが、こんな問答をしたところで状況が変わるわけではない。

「(このままじゃ押されっぱなしだ……どうすれば良い!?)」

ぐるぐると考えを巡らせて突破口を探す天馬を一瞥し、ザナークがポツリと呟いた。

「行くしかないか……」
「あ?」

それを丁度通りすがりに拾った依織は、何する気だよ、と彼を振り返る。

「おっと、聞かれちまったか。ま、心配すんな……今更あっちに着いたりはしねえからよ」
「そんな心配してねえよ。お前もあいつらに勝ちたいんだろ」
「……はっ。そう言うと思ったぜ」

ザナークは一瞬目を瞬いて、どこか楽しそうに笑った。
そんな二人のやり取りには気付かずに、天馬は焦りを押し殺して人差し指を立てた手を掲げた。何にせよ、とにかく1点を足らないことには始まらない。

「……まずは1点! 取っていくぞ!!」

ホイッスルが鳴り響き、剣城のタッチボールを受けた早速ザナークが走り出す。後先を考えない全速力である。

「どけどけェ! スーパーザナーク様が今爆走するッ!!」
「行かせるか……裏切り者め!」

嫌悪感を剥き出しにして進路へ立ちはだかるのはイムスだ。真っ直ぐに突っ込んでくるイムスに、ザナークは獣のように咆哮を上げる。

「特別な力を持ってるのはお前らだけじゃねえんだよ!!」

猛りと共に、ザナークは強引なタックルでイムスを轢き倒して突破した。
そこで天馬たちは思い出す。ザナークもまた、SSCとして覚醒した人間の一人だったことを。
ザナークはそのまま暴走機関車さながらの勢いで、次々とザ・ラグーンを吹き飛ばしていく。

「──ザナーク!」

そこへ真っ先に追いついたのはフェイだった。ザナークはフェイを視線を交わし、頷く間も無く体勢を変える。

「……上がれ!!」

ザナークからのパスを受け、フェイは敵陣へ切り込んでいく。ザナークのフォローが出来るのは、同じくSSCであるフェイだけだ。

「(この試合、必ず勝つ! SARUに分かってもらうには、それしかないんだ!!)」

フェイは呼吸を整えると、地面を蹴って一歩毎に跳躍し敵の包囲網が敷かれる前に突破していく。その姿はまるで、野山を駆ける兎のようだ。

「ザナーク!」

そしてボールは再びザナークへ戻された。気合いの雄叫びと共に、ザナークの体から闘気が吹き上がる。

「俺様の必殺技を受けてみやがれ!! 今ここに再誕する、”グレートマックスなオレ“!!」

全てを薙ぎ払う巨大台風の威力を持って、ザナーク渾身のシュートが放たれた。吹き荒ぶ突風に眉一つ動かさず、キーパーはシュートへ向かって片手を掲げる。

「”リバースワールド“」

刹那、世界の色が反転して全てが停止する。常であれば、そのままシュートも跳ね返していたのだろう──しかし、SSCとしてのザナークの能力は、彼よりも一歩上だった。
次の瞬間、ザナークの必殺シュートがザ・ラグーンのゴールネットに勢い良く突き刺さる。

「ザナーク!」
「……ま、こんなもんよ」

声に喜色を滲ませるフェイに、ザナークは誇らしげに鼻を鳴らした。以前ならば立場的にも性格的にも悪役プレーに寄りがちなザナークであったが、こちらを舐め切った相手の虚を突いてやり返すというのも中々気分の良いものだった。

「神童先輩、ザナークとフェイにボールを集めましょう! そうすればまだチャンスはあります!」
「ああ。フェイとザナークを攻撃の起点にするぞ!」

これならば、とようやく掴んだ勝機の気配に闘志を漲らせる天馬たちに、しばし窺うような目を向けていたSARUは小さく笑う。

「まだ僕らの力が分かっていないみたいだね……」

呟き、SARUはポケットから小さなアンプルを取り出すと、ユニフォームのベルト中央に着いた機器にそれを差し込んだ。仲間たちもそれに倣い、同じアンプルをベルトにセットしていく。すると彼らの体から一瞬エネルギーが立ち上り、すぐに収束した。

「……? 何が起こったんだ?」

明らかに何かをした風なザ・ラグーンに、太陽が剣呑な目で呟く。当然SARUがそれに答えるわけもない。

「ふふ……さぁ、何が起こったか当ててごらん?」

微笑み、ホイッスルが鳴ると同時にSARUはイムスにボールを預ける。ドリブルで切り込んだイムスは、次の瞬間天馬の後方を走っていた。

「──えっ?」

一瞬何が起こったのか分からずに、天馬は背後を振り返った。同時に、足元に激しい砂塵が撒き起こる。
イムスの足が速過ぎる余り、音も衝撃も置き去りにしてしまったのだと気付くのに数秒を要した。

「またスピードが上がったぞ!?」
「アンプルを使ったんだ!!」

転がるように走り出すと、神童の驚愕の声にフェイが叫ぶのが聞こえてくる。

「アンプル!?」
「彼らはアンプルに自分たちのオーラを保存していて、それを取り込むことで能力を上げることが出来るんだ……!」
「ッ守りを固めろ!!」

それをザ・ラグーンの全員がしたと言うのか。神童が咄嗟の判断で鋭く叫んだ。
クロノストームは霧野が黄名子と太陽を伴いゴール前で身構え、残る選手たちも散らばったザ・ラグーンの選手をマークすることでイムスの孤立化を図る。

「食い止めるぞ!」
「行かせないやんね!」

どれだけスピードが上がっても、パスも出来なければ出来ることは自ずと限られてくる。霧野たちが一斉に走り出すと、ザ・ラグーン陣内からDFが一人駆け上がってきた。

「何っ……!?」
「ダグ!」

前線から離れていたはずの完全なフリーの状態にあったDFにバックパスが回り、神童が声を漏らす。衝撃はそれだけでは終わらず、何とダグはそのままシュート体勢に移行した。

「”スプリングアロー“!!」
「なっ……信助!!」

予想外の選手から放たれたシュートに、即座に対応出来るフィールドプレイヤーはいない。それでもボールを追いかけようとする足は止まらず、天馬が絶叫する。

「ここで点をやるわけには行かない!! 《護星神 タイタニアス》、『アームド』!!」

咆哮を上げ、ミキシマックスを解除した信助は化身を身に纏って迫り来るシュートに飛びかかった。
しかし小さな体は徐々に後ろへと押し込まれ、必死の思い虚しくダグのシュートはクロノストームのゴールへ深々と突き刺さる。

「化身アームドが、破られた……!?」
「今のがDFのシュートだなんて……!」

3点目を告げるホイッスルの音に、霧野や黄名子の驚愕に染まった声が掻き消された。試合が進めば進むほど、ザ・ラグーンとの力の差を見せつけられる。
何か、この状況を覆すだけの手があれば。依織は唇を噛み締めて、右手のブレスレットを押さえた。