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徐々に突き放されていく点差と、疲労を感じさせないどころか暴力的な実力を見せつけてくるザ・ラグーン。
対し、クロノストームは彼らと対等な能力を持っているのはザナークとフェイの二人のみ、あとのメンバーはザ・ラグーンのプレーについていくのが精一杯という厳しい状況である。
こんな調子で本当に勝つことが出来るのかと、それまでどこか他人行儀に試合を見守っていた観客たちの空気が澱み始めた時だ。

「──このままじゃおしまいになっちゃいます!! 諦めないで下さい、天馬くん、みんな!!」
「そうだ、負けるな信助!!」
「神童ーッ、ここからだド!!」
「気ィ張ってけーー!!」

観客席の一角から聞き慣れた声援が聞こえてくる。それは天馬たちの勝利を信じ、帰りを待つ雷門イレブンの声だった。
圧倒的に不利な状況なのは分かりきっているだろうに、それでも彼らはまだやれる、頑張れとエールを送り続ける。フィールドで戦う天馬たちにとって、その応援はどんな大勢の歓声よりも前へ進む活力になった。

「絶対に負けられない……この試合は俺たちだけじゃない。“みんな”で、勝利を掴むんだ!!」

1戦目、2戦目、そして3戦目と、プロトコル・オメガのメンバーも含め全員で掴んだ泣きのもう一戦。そう簡単に心折れるわけにはいかない。
天馬はばちん、と両手で頬を思い切り挟んで気合いを入れ直す。

試合はザ・ラグーンに3点リードされ、こちらはまだ1点しか取れていない。
まずは点を追いつかせなければ。スコアボードを睨んだ神童は、心を鎮めて仲間たちを振り返った。

「みんな、相手のスピードに惑わされるな。フェイとザナークを起点に、一歩一歩確実にボールを前に運ぶぞ!」
「そう言うと思ったぜ。任せろ」
「フォロー頼んだよ、ザナーク」

神童の指示に、ザナークとフェイが力強く頷く。
天馬はフェイと目配せを交わすと、深呼吸して声を張り上げた。

「みんな! 気合い入れていこう!」
「おう!!」

クロノストームの気勢の声がフィールドに響く。
小鳥の囀りを聞くかのように何の気なしにそれに耳を傾けて、SARUは小さく含み笑いした。

「ふふ……どう攻めてくるかな」

ホイッスルが響き、剣城からボールを受け取ったザナークの背中へすぐさま神童が声を掛ける。

「こっちだ、ザナーク!」
「ザナークじゃねえ、スーパーザナーク様だ!」

一言拘りを添えて、ザナークはバックパスでボールを神童へ回した。
彼が案外素直に指示を聞いたので面食らったのだろう、神童の動きが一瞬鈍くなる。

「これで良いんだろう!?」
「……っみんな、道を作るんだ!」

我に返った神童の合図を受け、クロノストームはイムスを天馬と錦が、ギリスを剣城と依織がそれぞれ二人がかりでピッタリとマークした。その隙にザナークは敵陣深くへ切り込んでいく。
まずは何としても前線を上げて、試合の流れを掴みたい。

「分かってないね……」
「何だと?」
「──うわッ!」

嘲笑を含んだ笑みをギリスが漏らす。
剣城がその声に反応した刹那、ギリスは『軽く』地面を蹴った。
瞬間、発生した風圧に二人の体は押し除けられ、マークを難なく振り切ったギリスはあっという間に神童からザナークへのパスをカットした。

「何っ!?」
「させない!」

咄嗟に天馬がその進路へ飛び出そうとするも、ギリスは更に大きく加速してそれを千切って行く。

「ふふっ、楽勝!」

目にも止まらぬスピードで、次々とパスが繋げられていく。本来の力を出したザ・ラグーンたちのパスは、それだけでもシュートと見紛うような威力だった。

「止める……!!」

仲間たちはまだ敵のスピードに慣れていない。ならば、ここで彼らの進軍を止められるのはザナークか自分だけだ。
低く呟いてピグの前へ飛び出して行ったフェイだったが、アンプルの使用によって拮抗していた力量の天秤は完全にあちら側に傾いてしまったのだろう。その体は敢えなく跳ね飛ばされ、フィールドを激しく転がった。

「フェイ!」
「大丈夫……ッ」

思わず駆け寄って行った天馬に、間髪入れず答えてフェイは立ち上がる。
脚に疲れが出始めたのか、フェイは膝を突きながらも諦めず、もう一度立ち上がって走り出した。

「俺たちでフェイとザナークをサポートしなきゃいけないのに……!」

これでは二人にただ負担をかけるばかりだ。遠ざかるフェイの背中に天馬は悔しげに呻いて、ボールを追いかける。

数度のパスを繋ぎ、ボールを受け取ったSARUが神童を薙ぎ倒してクロノストーム陣内中盤へ切り込んだ。
だが、ディフェンスラインまであと数歩、というところでSARUは立ち止まる。目の前にフェイが駆け戻って来たからだ。
肩で息をしながらも、果敢に自分を睨んでくるフェイを見てSARUは目を細める。

「……後悔はしていないみたいだね」
「SARU……僕たちは必ず勝つ。そして君たちを救ってみせる!」
「“救う”? 何を言っているのかな」

はっ、と笑い声にも聞こえる短い溜め息を吐いたSARUの瞳が、ギラリと輝いた。

「君たちの運命を握っているのは……僕らの方だ」

そこでSARUはそれまで見せたことのない邪悪な笑みを浮かべ、闘気を練り上げ始めた。
黄金に輝き、立ち上るエネルギーはミキシマックス特有のものだとすぐに理解こそ出来たが──天馬たちのそれとは異なり、エネルギーに包まれたSARUの体はミシミシと不快な音を立てている。

「な、なんだ?」

異様なミキシマックスに驚愕する天馬たちの目前で、SARUの体は見る見る内に変異した。
筋肉は肥大し、骨格が変形して体が膨らむ。眉骨が出っ張ったことで目は落ち窪んだようになり、瞳の色が薄くなり白目と同化する。
そうしてものの数秒の間に元の容姿は完全に形を顰め、SARUはまるで巨大な大猿に似た野獣へと変貌を遂げた。

「あ……」

対峙して伝わる、圧倒的なプレッシャー。何よりもSARUがミキシマックスを使えることを知らなかったフェイは、思わず声を失って面影を失ったSARUを見上げる。
次の瞬間、SARUはそんなフェイを容赦なく吹き飛ばし、そのまま霧野と黄名子も同様に圧倒してあっという間にゴール前へ辿り着いた。

「こんなものじゃないよ……! 《超魔神 エヴァース》!!『アームド』!!」

咆哮混じりに顕現されたのは、今の自身とよく似た白い体毛をした大猿の化身だ。
息吐く間もなくその化身を続け様に身に纏い、SARUはもう一度7枚の障壁を展開する。

「“シェルビットバースト”!!」
「ッ“大国謳歌”!!」

咄嗟に必殺技を繰り出した信助の手がボールに触れた瞬間、感じ取ったのは暴力的なまでの力の差。
強化に強化を重ねたSARUのシュートは、信助の必殺技を紙切れを引き裂くかのように容易く破ってしまった。

非情にも鳴り響く、4点目の失点を知らしめるホイッスル。
続けて、余韻が消えぬ間にもう一度甲高い音が響く。前半戦が終わったのだ。

天馬たちは息を切らし、汗を拭いながらそれぞれ表情を曇らせた。
こちらは擦り傷だらけ、疲労も溜まる一方。なのにザ・ラグーンの選手たちは欠伸をする余裕すら見せている。本気を出しても尚、彼らにはまだ余力が残っているのだ。

打ちつけた箇所を押さえ、悔しげに項垂れていたフェイの頭上にふと影が差す。
元の姿に戻ったSARUだった。

「もう分かったかな? 僕たちの力……SSCしか持ち得ない、この特別な力を!」

両手を広げ、SARUは天馬たちだけでなく、このスタジアムにいる全ての人間に聞こえるように高らかに声を張り上げる。

「この特別な力によって繋がっている僕らに、旧い人間がどれだけ頑張ったって叶うはずがない! それはこの会場にいるみんなも分かったよね?」
「SARU……!」

奥歯を噛み締めて、フェイはSARUを見つめた。
怯えたようにざわめく観衆を眺めたSARUはふっと真顔になると、すぐに笑みを貼り付けてフェイを振り返った。

「フェイも、アンプルを使えばまだ良い試合が出来ただろうに。ああ……それから、君もかな? 始祖様」

始祖様、という単語にフェイはハッと背後を振り向く。そこには、険しい顔でSARUを睨みつける依織の姿があった。

「知ってるよ。君、“ソレ”でSSCの力の覚醒を抑え込んでいるんだろう?」

SARUが顎で指したのは、依織の右手に着いた抑制ブレスレットだ。2センチ幅のうっすらとした日焼け跡がぐるりと付いた手首を見て、彼はせせら笑う。

「それを外せば君も僕らと同じになって、まともに戦えるんじゃない?」
「ッ何を──」
「そうかもな」

今までSSCへの覚醒を防ぐために戦ってきた彼女に対し、それはあまりにも酷い侮辱だ。
けれど声を荒らげようとしたフェイを遮り、依織はそれを短く肯定する。

その答えに思わず動揺したフェイや仲間たちの視線を一身に受けながら、依織は汗で張り付いた前髪を煩わしそうに掻き上げた。

「だから、外さない。わざわざ後付けでパワーアップして戦うとか、そんなダセェ真似したくないからな」

鼻っ柱に皺を寄せ、吐き捨てる声音で答えた依織に、SARUの目元がヒク、と動く。
顎を上げ、依織は彼を睨んだまま更に続けた。

「笑ってられんのも今のうちだ。サッカーやるのに──お前らに勝つのに、特別な力なんて必要ねえってことを教えてやるよ」
「……やっぱり、弱くて何の役にも立たない存在は排除されるべきだね。話もまともに通じやしない」

微かに苛立ちを露わにして、眉根を寄せたSARUは冷たく言い捨てて自陣のテクニカルエリアへ戻っていった。




「よぉーく言ったぞ依織!!」
「いやぁ見事な啖呵だったぜよ!」

重たい空気の中ハーフタイムに突入し、クロノストームはテクニカルエリアに戻る。
一際機嫌が悪そうな顔をした依織が芝生に座り込もうとすると、ベンチからズンズンと駆け寄ってきた水鳥、そして葵からタオルを受け取ってすぐ振り返ってきた錦がその背中を遠慮なくバンバンと叩いた。

「流石のSSCも鷹栖の口喧嘩の強さには勝てんようじゃのう!」
「てッ、そりゃあどうも……あだっ」

「痛えッつってんでしょうが!」と鬱陶しそうに手を払い除けられたことは気にせずに、それにしても、と錦は話を切り替える。

「SARUのやつ、好き放題言ってくれるぜよ!」
「しかし、あいつらの力があれほどとは……」
「いや、打開策はあるはずだ。絶対に……!」

どれだけ自分を強く保っても、積み重なった疲労は否応なしに心を弱らせるものだ。錦や霧野の声からは微かではあるが不安が滲んでおり、神童は強い口調で励ます。

「そうかもしれませんけど……このままじゃ……」

低い位置から聞こえた、誰よりも覇気のない返答に神童はハッとそちらを見た。信助だ。
何度となくゴールを破られ、渾身の必殺技もまるで通用していない危機的な状況。精神的なダメージを一番負っているのは信助だろう。結局のところ、彼がゴールを守れなければ勝つことは出来ないのだから。

押し寄せてくるプレッシャーに小さく震える背中を気遣わしげに見て、剣城が天馬を振り返る。

「……天馬。どうする?」
「っ……絶対に勝たなきゃいけない試合なのに……!」

剣城も天馬に決定的なアイデアを求めたわけではなかったのだろう。しかし天馬も信助と同じように、精神的に追い詰められ始めていた。
この圧倒的不利な戦況を打開する革新的なアイデアも、仲間を励ます言葉すら思いつかない。苦しげに顔を歪めて呻く天馬を、葵が心配そうに見つめている。

「──それが、お前たちのサッカーなのか?」
「え?」

不意に、それまで子供たちをじっと見守っていた円堂が声を発した。
どこか圧を感じる言葉に虚を突かれた天馬はパッと振り返る。目が合うと、円堂は天馬の予想に反してふっと柔く微笑んだ。

「勝つことにこだわりすぎだな! ……お前たちにとってのサッカーは、何なんだ?」

円堂の唐突な問いかけに、天馬たちは困惑して顔を見合わせる。

「──俺を導いてくれた、光です」

しばし置いて、最初に答えたのは神童だ。
軽く目を伏せ、過去を振り返る。かつてフィフスセクターにより支配され、絶望の中にあっても、いつか自由なサッカーが出来るようになるはずだという希望の光は、小さくとも決して消える日はなかった。

「俺が、俺である証……」

続けて、剣城がポツリと溢す。
今の自分を形成したのはサッカーだ。別の世界の優一がサッカーを返してくれていなければ、それは自分とは言えなかっただろう。そう考えてしまうほどには、サッカーは彼の人生に深く関わっている。

「暖かい気持ちにしてくれる……お日様みたいな存在です!」

大事なものを思い出すように小さな拳をギュッと握り、力を込めて答えたのは信助だ。
心が塞いだ時でもサッカーは当たり前に傍にあって、ボールを蹴ると曇った気持ちを晴らすことが出来た。

「ウチにとっては……大きな希望やんね」

フェイを見やって答える黄名子の瞳には、慈愛の心が滲んでいる。
子供と一緒にボールを追いかける。いつかの未来、“大人”の自分が出来なかったこと。切っ掛けがどうであれ、その機会を与えてくれたアスレイに今は感謝していた。

「……私と誰かを、繋いでくれるもの」

一瞬鬼道を一瞥したかと思うと、すぐに目を逸らして依織が答えた。
彼を始めとする多くの師と、幼馴染の太陽、友人の天馬と葵。それから、剣城の存在。サッカーがなければ繋がらない縁はきっと無数にあっただろう。

そんな彼らを優しい目で見回して、円堂は天馬に視線を向ける。

「天馬はどうなんだ?」

俺は、と天馬は小さく呟き足元に視線を落とした。
泥で汚れ、芝生の緑が染み付いた傷だらけのスパイクは、今まで数多の試合を戦い抜いてきた証だ。

「……サッカーはいつも……一緒にいてくれる友達です!」

円堂の問いかけで笑顔を取り戻す天馬に、葵はホッとした様子で小さく微笑む。

そうか、それぞれの答えに納得したように頷いて、円堂は表情を引き締めた。

「勿論、勝たなきゃいけない試合だ。だが、そればかり気にしすぎて大切なことを見失ってないか」
「大切なこと?」

ぱちくりと瞬きをして天馬は小首を傾げる。
円堂は口唇を持ち上げて、改めて子供たちの顔を順に見回して言った。

「この状況を変えるには、新しい必殺タクティクスを使うしかない。上手く行けば、逆転の一手になるはずだ」
「新しい必殺タクティクスって……」
「そんな、いきなりなんて無茶ですよ!」

つぶらな目を見開き、信助がギョッとした声を上げる。
だが、出来るさ、と間髪入れず返した円堂はいつも通りの迷いを感じさせない力強い笑顔をしていた。

「お前たちにとっての大切なことを思い出せば、絶対に上手く行く!」
「見失った、大切なこと……」

言われた言葉を繰り返し、天馬は考え込む。

確かに言われた通り、今回は特に勝つことに執着している自覚はある。未来世界の運命が掛かっているのだから、それは仕方のないことだろう。
だが、何かを見失っているのかと聞かれれば首を捻るしかない。円堂に『サッカーとは何か』と問われ、出た答えとは少しだけ違うような気もするのだ。

思い悩む天馬のつむじを見下ろし、円堂は笑った。

「見せてくれ。お前たちがやってきたサッカーを!」