27

澄みきった雲1つない青空が目に眩しい。
フィールドに仰向けになって倒れた神童は、ぐしゃりと芝生を握り締めた。

「(やっぱり、フィフスセクターには逆らえない……本当のサッカーは、取り戻せないのか……!?)」

「……終わったか」傍観を決め込んでいた剣城が、どこか安堵を含んだような嘲笑を浮かべる。
傷付き、倒れた雷門イレブンたちを見回して、磯崎は小さく鼻を鳴らして肩を竦めた。

「ふん……手応えのない奴らだ。この程度なら、わざわざ俺たちがやんなくても良かったのによ」
「待て……!」

せせら笑い、踵を返した磯崎の背後に影が射す。
振り返った磯崎は、不機嫌そうに眉根を寄せた。

「まだ、っ試合は……終わってない……!」

──震える足に鞭打ち、天馬が頬の泥と汗を拭いながらフラフラと立ち上がっている。
未だ闘志の消えない瞳でこちらを睨む天馬に、磯崎はこれ見よがしに溜め息を吐いた。

「……ハァ。困るんだよなぁ、そういうことされちゃうと。お前もみんなみたいに大人しく寝ててくんないと、さァ!!」

ドッ──と鈍い音を立て、磯崎の蹴ったボールが天馬をフィールドに逆戻りさせる。
だが、天馬は今度は倒れなかった。
尻餅をつき、膝で体を支えて立ち上がる。

「サッカーを……サッカーを守る……その為には、勝ち続けなくちゃいけないんだ……!」

譫言のように呟いた天馬に、磯崎の額に青筋が浮かんだ。

「何がサッカーを守るだ──ぶっ潰してやる!!」

容赦も手加減もしない、必殺シュートと変わらぬ威力のボールが、天馬を吹き飛ばす。
芝生を散らして倒れ込んだ天馬に、磯崎はわずかに肩を揺らして舌打ちした。

「手間取らせやがって、──!」

言い掛けた彼は、思わず息を詰める。
今度こそ心を折ったはずだと思ったのに──天馬は再び起き上がっていた。前を見据えて、フィールドに立っていた。

「勝たなきゃ、勝たなきゃいけないんだ……!」
「てめぇっ……!」

足元に転がったボールを掬い上げ、今度は毒島が天馬を攻撃する。
何度も、何度も。しかし天馬はその度に立ち上がる。傷付く度に、意思を固くするように。

「──ッどけ! 手ぬるいんだよ、お前らのやり方は!」

もう何度同じことを繰り返しただろう。
剣城が痺れを切らしたかのように、毒島を押し退けた。
揺れる天馬の目に、足を振り抜く剣城の姿が見える。次の瞬間、剣城の打ったボールが彼の鳩尾を抉った。

「天馬!!」

悲鳴のような、葵のひきつった声がフィールドに響く。
剣城は大きく息を吐き出して、──また立ち上がった天馬に、歯軋りした。

「ッ何故だ! 何故立ち上がる!?」

まともにプレーする体力も削られ、サッカーが嫌いになるほど傷付けられたと言うのに。
「何故って……」天馬は息を整えながら、剣城を見上げる。

「俺、っサッカー好きだから!!」

天馬の射るような強い目に、一瞬剣城は肩を揺らす。
それを見て、監督と目配せをした磯崎が、何を思ったか転がったボールをポイと天馬に寄越した。

「……良いだろう。だったら、守ってみせろよ。俺たちを倒して、お前の好きなサッカーをな」
「……! やってやる!!」

シャンと立ち上がった天馬は磯崎を睨み付けると、疲れを吹き飛ばすような勢いで走り出す。
まだ技を使う余力は残っている。これが罠であろうが、ひとつのチャンスも逃したくなかった。

「へっ──やれるもんならやってみろよ!」

ドリブルで向かってきた天馬に、毒島が地面を蹴ってスライディングを仕掛ける。
しかし彼の足はボールでなく、天馬の足に直撃した。

「うわっ……!」
「天馬!」

体勢を崩し掛けた天馬に、神童が痛む体を引きずり立ち上がる。
「だ、大丈夫です!」1歩、二歩。何とか転倒を免れた天馬は、そのままドリブルを続行した。

「くっそ、やりそこなったか」
「!」

小さく呟いた毒島に、剣城は僅かに眉根を寄せる。
スライディングが相手選手の足にぶつかるのはよくあることだ。しかし今のは、タイミングが合い過ぎていたような気がする。──まさか。

「(あいつら、あいつの足をへし折る気か!?)」

一瞬、スコアボードを見上げた剣城は舌打ちをひとつして走り出した。
眼前で磯崎が天馬に飛びかかる。

「今度は逃がさないぜ!!」
「!」

磯崎のスライディングが、天馬の足を狙いを定めた。スパイクが彼の足を抉る直前──

「──うわっ!?」
「!?」

背後から駆けてきた剣城が、天馬をタックルで突き飛ばす。
予想していなかった方向からの衝撃に、天馬はそのまはまゴロゴロと転がっていった。

「ッ何しやがる、剣城!」
「これがお前たちの潰し方か……?」

天馬が起き上がるのを見て、磯崎は剣城に掴みかかる。
しかし剣城はその手を払い除けると、鋭い目で彼を睨み付けた。

「やりすぎなんじゃないのか」
「……何のことだ」

一瞬眉を跳ね上げて、視線を逸らした磯崎はしらを切る。
剣城は舌打ちすると、少し離れた場所で起き上がろうとする天馬を視界に入れながら言った。

「分かってる筈だ! ……今のスライディングが決まっていれば、あいつの足は確実に潰れていた」

えっ、と顔を青ざめさせた天馬は、目を見開く。
神童たちも驚いて磯崎を、そして剣城を見つめた。

「……だったら、どうした? あんな奴、一生サッカーが出来ない体になりゃいいんだよ!」
「!!」

剣城の濁った琥珀色の瞳が、大きく見開かれる。
サッカーが一生出来ない体。サッカーが何より好きな天馬には、それは地獄だろう。
それに、何より。

『──お前が世界のフィールドに行くんだ、京介』

その辛さを、知りもせずに。
ギチ、と握りしめた拳に、青筋が浮かぶ。

「本気で言ってんのか、てめぇ!!」

剣城の足が、ボールを捉えた。
胸の高さまで持ち上げられたボールに、黒い闘気が渦巻いていく。

「デス、──ソード!!」

敵味方、関係なく。彼らは目を見開いた。
まさか彼がシュートを打つとは思っていなかったのだろう、完全に油断していたキーパーの真横をすり抜け、デスソードは万能坂ゴールに突き刺さる。

「ッ剣城、てめぇ!」ハッとした磯崎の声を遮り、鳴り響く前半終了のホイッスル。我に返った神童は、ゆっくりと剣城に近寄った。

「剣城……お前、サッカーを潰すんじゃなかったのか?」
「──潰すさ。こんな腐ったサッカー、俺がこの手でぶっつぶす」

眉間に皺を寄せてそう宣言した剣城は、足早にベンチに戻っていく。
そんな彼に、天馬が慌てた様子で駆け寄った。

「剣城! ──ありがとう!」
「……!」

小さく肩を揺らし、剣城は顔をしかめる。
振り向くこともなく、彼は天馬から離れていった。




「んもー、ホントに無茶ばっかりするんだから!」

ぷんすかとしながら天馬のアイシングにあたるのは、前半緊張しっぱなしだった葵である。
だって、と食い下がる天馬に、手前にいた水鳥がカラカラと笑った。

「カッコ良かったぞ! 後半も行け、天馬!」
「水鳥さん、煽るようなこと言わないで下さいよっ!」

何だかんだで、葵も天馬が大きな怪我をしなかったことに安心したのだろう。
ほっと彼女が息を吐く一方では、しゅんとした表情をした茜が腫れ上がった霧野の足を診ていた。先程痛めた右足だ。

「これじゃあ後半は無理だな……すまない、霧野」
「気にするなよ、神童。お前のせいじゃない」

頭垂れた神童に、霧野は気丈に笑って見せる。
そうは言っても、申し訳ないものは仕方がない。ギュッと眉根を寄せた神童の背に、複数の影が射す。

「神童……後半もやるのか」
「!」

僅かに目を見開き、神童は背後を振り返った。
そこには、車田をはじめとする、フィフスセクターに従おうとする5人が険しい表情で佇んでいる。

「やるなら勝手にやれ。ただし、俺たちは一切試合には関わらない!」
「今日の試合でハッキリわかったんだド……フィフスセクターに逆らったら、どうなるか」

巨躯を縮め、絆創膏を張った腕を擦りながら言った天城に神童は目を細めた。
──本当のサッカーを取り戻したい。ただそれだけだと言うのに、どうしてこうもうまく行かないのだろう。

神童は熱くなりかけた目頭に気付かないふりをして、俯かせていた顔を上げた。

「──分かりました。先輩たちを巻き込んでしまったことは謝ります。……でも、俺たちは戦います。例え、5人になっても!」

神童の凛とした声が、テクニカルエリアに響き渡る。
「神サマ、素敵」やや場違いな、茜のシャッターを切る音も一緒に。

「──5人じゃないぞ」

その時ふと、だんまりを決め込んでいた円堂の、のんびりとした声が割り込んだ。
え? と不思議そうにこちらを見上げて来た天馬に、円堂はニカッと笑う。

「6人目の到着だ」

そう言って円堂は、ゆっくりと入場口を指差した。
耳を澄ませてみると、カツン、カツン──と、スパイクがタイルを蹴る音がする。

髪を風に靡かせ、軽そうな鞄を揺らして。
黄色地と青ラインのユニフォームの雷門ユニフォームを纏い太陽の下に姿を現した彼女≠ノ、大きく目を見開いた天馬と葵は揃って素っ頓狂な声を上げた。

「──依織ッ!?」