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視線を交わし合い、言葉を交わし合う。真っ正面からの闘志と、フィールドの空気を、共有する。
願い続けてきた、夢に描き続けて来た。ここで戦う自分の姿を。

「いっちょ派手に暴れてやろうか」

唇で三日月を描き、ぱん、と彼女は掌に拳を叩きつけた。

『さぁ、間もなく後半戦! 雷門には新しく、FWに1年鷹栖が入りました! 尚、彼女にはライセンスにより試合参加が公式に認められております!』

実況の弾むような声がスタジアムに響き渡る。
───その声をモニター越しに聴きながら、彼はコツリと椅子の手摺を指で叩いた。
聖帝、イシドシュウジはモニターに映る依織を眺めながら、口を開く。

「……鷹。この女子選手の情報は?」
「はっ」

小さく答えた鷹が、暗がりから姿を現した。
滑らかな動きで彼女がタブレットを操作すると、試合中継映像の脇に文字の羅列が表示される。

「鷹栖依織、雷門中学校1年FW。日本時間の昨夜20時頃、イタリアサッカー協会にてライセンスが発行されています」
「先程のアナウンスは?」
「受け付けによるミスかと。彼女の選手登録は試合開始前に済んでいます」

スラスラと答えた鷹にひとつ頷き、イシドはひらりと手を翻した。
頭を下げた彼女の姿が再び暗がりに見えなくなるのを見送って、イシドは小さく喉の奥で笑う。

「面白くなってきたじゃないか」




「鷹栖、お前のポジションは?」
「FWです。一応、MFも行けます」

センターサークルの前に並び、依織は神童の問いに答える。
対岸の磯崎は、依織を爪先から頭の天辺まで眺めて、小馬鹿にしたように笑った。

「フン……たかがライセンスが何だってんだ? 俺たちは女子だからって手加減はしねーぞ」
「ご丁寧に忠告どーも」

挑発を去なし、依織はサッと万能坂陣内に視線を走らせる。
敵の情報は前もって飛行機の中で押さえてきた。それを活用できるかは、自分の力次第だ。

「ねえ先輩。手始めに1回、私にボール奪わせてもらえませんか」
「何?」

磯崎を見据えたまま言った依織に、神童が怪訝そうに眉を顰める。
「危ないよ依織!」彼女の言葉が聞こえたのか、天馬が慌てたように駆け寄ってきた。

「あいつら本気で俺たちを潰すつもりなんだから……!」
「バカ、分かってるよ」

ピン、と額を指で弾くと、天馬は痛みに呻いて蹲る。依織は首を曲げ、ニタリと口角を上げながら神童を見やった。

「で、どうです? 自信はそれなりにありますけど」

──これは、賭けだ。神童は冷静になった頭の中で、彼女を分析する。
ライセンスを所得しているとは言え、依織の力は未知数。だが、この状況ではどんな藁にもすがりたいのが本心だ。
何より、本人が戦いを望んでいる。

「……やってみろ」

彼女の目を暫し見つめ、神童は小さく頷いた。
次の瞬間、ホイッスルの鋭い音が空へ鳴り響く。キックオフは万能坂からだ。

「そんじゃ、行きますか」
「依織、気を付けて!」

とん、と軽く地面を蹴って、真っ先に敵へ向かっていった依織の背中に天馬が叫ぶ。

「お前もさっきのお仲間みたいに、さっさと潰れちまえっ!」

タイミングを計り、磯崎は足を振り上げた。
1歩、2歩、3歩──依織が目の前に来る瞬間を捉え、勢いよく足を振り抜く。

「食らえっ、──!?」

しかし直前、その足はヒラリと体を翻した依織をかすることもなく、スカッと空を蹴る。
ギョッとして振り返ると、すぐ後方で依織が飄々とボールを足で掬い上げていた。

「ボール、貰ってくよ」
「ッなめやがって……! 白都、逆崎!!」

勢いよく向かってくる万能坂の妨害を、依織は木の葉のようにヒラヒラと掻い潜る。
その様子に呆気に取られた天馬が、ポカンと口を開けた。

「す、すごい、依織……!」
「っ感心してる場合か。奴らの注意が鷹栖に向いている内に、俺たちはサイドから上がるぞ!」

「は、はいっ!」ハッと頷いた天馬と神童が、がら空きになったサイドを駆け上がる。

DFを突破した依織の目が、ゴールを捉えた。
距離はそこそこ。前方にはDFが1人待ち構えている。

「鷹栖、打て!」

今1歩のところでマークに阻まれた神童が叫んだ。
背後から体勢を直したDFが迫っているのを見、依織はキュッと唇を結ぶ。

「流石に無理だろうけど……ッ」

溜め息混じりに呟いた彼女の足が、ボールを高く蹴り上げた。
それを追うように跳躍し、煌めく闘気を纏い旋回する。

「流星──ブレードッ!!」

ドッ、と空気が爆発するような音と共に、激しい風が巻き起こった。
驚きに目を見開いたDFの横をすり抜け、彼女のシュートがゴールを襲う。

「……っ!? バットキャッチ!!」

一瞬呆気に取られた篠山の手が、シュートを捉えた。
ぎち、とゴムが擦れた次の瞬間、ボールは手を弾き軌道を変え、ゴールポストに跳ね返される。

「い、今のシュートって、依織……!」
「話は後! 戻るぞ!」

思わず呆然とした天馬の背中を、小さく舌打ちした依織が叩いた。頭上で緩やかな放物線を描き、ボールが落下していく。
テン──と軽やかな音を立ててボールが着地したのは、剣城の元だった。

「剣城──」
「どけ」

2人は反射的に、剣城の前から左右へ飛び退く。
次の瞬間、カッと目を見開いた剣城の体から、黒い闘気が溢れ出した。

「デス、ソード!!」

ボールが黒い剣となり、万能坂ゴールへ迫る。
立ち直した篠山は、ぐっと両腕を引いた。
刹那、彼の足元から闘気の渦が沸き立つ。

「ウオオオオッ! 《機械兵 ガレウス》ッ!!」

ガシャン──とギアの軋む耳障りな音。
両手に構えた盾を振りかざし、機械仕掛けの巨人がその姿を現した。

「何……!?」

ガキィン! ──と、ガレウスの盾がデスソードを弾き返す。
ボールは反動で大きく宙へ飛び、雷門陣内にまで戻っていく。

それを見越して雷門ゴールに迫っていた選手に、依織がハッと声を上げた。

「信助、そいつは化身使いだ!! ボールを取らせるな!!」
「ふん、遅ぇんだよ! ──光良ィ!!」

磯崎が叫んだ瞬間、信助が追い付く間もなく光良にボールが渡る。
それと同時に、彼の少女のような可愛らしい面立ちにニタリと邪悪な笑みが広がった。

「今度は俺の番だ……! フフ、ヒャハハハハ!!」

狂ったような笑い声を上げた光良の体から、次の瞬間どす黒い光が溢れる。
「まさか……」大急ぎで雷門陣内に戻る神童が、目を見開いた。

「《奇術魔 ピューリム》!!」

白い顔に派手なライン、ピエロを彷彿とさせる色とりどりの背格好。
奇術魔と呼ばれた化身は、使用者と同じような邪悪な笑みを浮かべて杖をクルリと回した。

「さぁ、絶望しろ──!」

パッと宙に現れた箱に向かって、光良はボールを蹴り上げる。跳躍した彼の足が、箱ごとボールを捉えた。

「マジシャンズボックス!!」

ボンッ──と派手な爆発音を立て、箱が爆発する。
その勢いは打ち上げ花火のように、シュートの威力を倍にした。

「くっ……バーニングキャッチ!!」

翳した炎を帯びる右手が、シュートとぶつかる。
次の瞬間、三国はボールもろともゴールへ叩きつけられた。

「三国さん!!」

ぐしゃりと崩れ落ちた三国に、神童たちが慌てて駆け寄る。大丈夫だ、と呻いた三国は、ふらつきながら立ち上がった。

「依織、さっき化身使いって……」
「……言ったろ、色々コネがあるって」

ちらりとこちらを見上げた信助に、依織はくしゃりと髪をかき混ぜながら、ニヤニヤと笑みを浮かべる磯崎たちに視線を投げる。

「1年の磯崎、光良、篠山はシード。内磯崎を除く2人は化身使い。……試合始まる前に言っとくべきでしたね」
「……いや。どの道、苦戦することに変わりはなかっただろう」

小さく返し、キュッと細めた目で依織を窺うように見ながら、神童は前半で負った傷を手でそっと押さえた。
軽く息を吐き、それにしても、と彼は依織を見やる。

「お前は随分奴らのラフプレーに順応していたな」
「ああ……アレっすか。アレは私の得意技ですから」

元の位置に戻りながら、依織はほんの少し自慢げに答えた。
「得意技?」首を傾げた天馬に、彼女は続ける。

「天馬は知ってるだろ、私の特技」
「え? ……あ、嘘発見器?」

ぽん、と彼が手を打ち思い出したように言葉をつくと、依織は途端に不機嫌そうな顔になった。

「間違っちゃいないけどその名称はやめろ。まぁ、とにかくだ」

じとりとした目になりながら咳払いをして、依織はちらりと磯崎たちを一瞥しながら言う。

「私の特技は、人の嘘≠見抜くこと。タイミングを合わせて故意に攻撃をしてくるプレーや生半可なフェイントは、大抵通用しない」
「競り合いになると、高い確率でボールを奪える……と言うことか」

興味深げに顎に手を添えた神童に、「まぁそう言うことです」と依織は頷いた。
神童はしばらくその体勢でフィールド内を見回すと、ぐっと拳を握りしめる。

「依織、すごいよ! その特技ならきっとあいつらに勝てる! それにさっきのシュートって、あれって確かイナズマ……」
「ハイハイ、そーいう話は後でっつったろ」

ドス、と頭頂部に手刀を振り下ろされ、天馬は涙目になって患部を押さえた。
「で、どうしますキャプテン?」何もなかったかのように涼しげな顔で振り返った依織に、神童は数度まばたきを繰り返し居住まいを正す。

「恐らく奴らは、今のプレーで鷹栖と、……それに、剣城を危険視してくるだろう。油断はするなよ」
「危険視ねぇ。上等じゃないですか」

ニタリと悪役顔で笑った依織に、足元の信助が頬をひきつらせた。
「もう、依織!」彼女のその笑みに慣れている天馬は、ベンチにいる葵の代わりに厳しい声音で言う。

「女子がそんな顔をするもんじゃないって、いつも葵に言われてるだろ!」
「お前は単にこの顔が怖いってだけだろ」

ギクリと身を竦めた天馬に溜め息を吐き、依織は後方に佇む剣城を何となしに振り向いた。
パチリと目が合うなり、剣城は眉間に皺を寄せてツンとそっぽを向く。

「……いつまでツンケンするつもりだ、あいつめ」
「え、何か言った?」

「いーや、何も」キョトンと首を傾げた信助に、依織は試合再開のホイッスルを待ちながら頭を振った。