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フィールドに試合再開のホイッスルが響く。キックオフは雷門からだ。神童はボールを前に、後方の剣城を肩越しにそっと窺う。

「(点は取ってくれたが……それでも、まだ信用は出来ない)」

車田たちは後半が始まってからというものの、タッチライン沿いに並んで動こうとしない。
眦をつり上げ万能坂陣内を睨んだ神童は、ドリブルで駆けながら天馬たちに叫んだ。

「天馬、信助、鷹栖。離れるな、1つに固まって攻め込むぞ!」
「はいッ!」

大きく頷いた3人が神童の背を追うように走り出す。
神童から天馬へ、天馬から依織へ、依織から信助へ。細かいパスを繰り返し、迫る万能坂のチェックを突破すると、何も知らない観客から歓声が上がった。
あと1歩で中盤へ抜ける。力んだ次の瞬間である。

「──あっ!?」
「剣城!」

いつの間にか背後に迫っていた剣城が、信助の足元からボールを浚った。
やはり、敵は敵でしかないのか。一瞬神童は怒りを覚えたが、剣城は声を上げた神童たちに見向きもせず、単身万能坂のDFが固まるゴール前へ飛び出す。

「あいつ、1人で攻める気か!」

その思惑に気付いた神童は眉を顰め、剣城の後を追う。一拍置き、ハッと我に返った天馬もそれに続いた。
「光良!」ニタリ、唇を歪ませ剣城に迫った磯崎に、依織は小さく舌打ちする。

「お前なんかに俺たちのサッカーが潰されるかよ……!」

磯崎のアイコンタクトで、万能坂の選手のマークが一斉に剣城に集中した。
計5人。剣城の姿が、黒いユニフォームに見え隠れする。

「剣城、ッ!」

非常事態に思わず神童たちも彼のフォローに向かったが、それも磯崎たちの予想の内だ。
今1歩のところで、マークの背中がそれぞれの進路を阻む。

「5人がかりでマークなんて、集団リンチでも始める気か?」
「さぁ、どうだろうな」

腹立たしげに目を細めた依織に、毒島が嘲るような笑みを浮かべた。気付けば、すぐ後ろには白都がピタリと付いている。
2人を相手取るとなると、流石にすぐ抜き去るのは難しいか──二度目の舌打ちをした依織は、足を踏み出しながらマークの肩越しに剣城を見やった。

じり、と迫るマークに顔をしかめ、剣城は目の前の磯崎を睨む。
磯崎は涼しげな顔でそれをせせら笑うと、更にマークの距離を縮めた。

「これで分かったか……お前に俺たちのサッカーは潰せない」
「……!」

ジリジリと包囲網が縮まっていく。
歯噛みした剣城に、 万能坂選手の誰もが勝ちを確信した。

「──隙ありっ」
「!」

ふいに踊るようなリズムを刻み、依織の足が動く。
一瞬目を見開いた2人のディフェンスを掻い潜り、依織は万能坂陣内のサイドへと飛び出した。

「剣城、こっちだ!」
「──!」

依織の声に、剣城の肩が小さく揺れる。
瞬きの内に視線が交差する。依織は目を見開いた剣城に、語気を強めて叫んだ。

「私たちと連携しろ剣城! 本当にこいつらを負かしたいなら、私たちを利用するくらいしてみせろよ!!」
「──ちッ」

その時、磯崎は聞いた。
どこか悔しげな、剣城の舌打ちを。

「もらったァ!!」

一瞬視線をボールに落とした剣城に、光良がスライディングを仕掛ける。
だが──彼の足は、剣城を捉えなかった。

中空へ軽く跳びスライディングを避けた剣城の足が、振り下ろされる。
次の瞬間、鋭く、針の穴に糸を通すように、ボールがマークの合間をすり抜けた。

「っと……!」
「依織!」

マークを押し退け、天馬が声を上げる。
とん、と勢いを殺し軽やかにボールを受け取った依織は、剣城を振り返った。

「勘違いするなよ……仲間になったわけじゃない!」
「……分かってるっての!」

ニタリ、いつもの笑顔で剣城の言葉をいなし、依織は万能坂陣内に深く切り込んで行く。
後ろから万能坂の選手たちが追いかけてくる。すぐ横を風のようにすり抜けた天馬と目配せして、彼女はボールを送り出した。

「天馬!」
「うん!」

ボールを受け取った天馬が加速する。
しかし、そう簡単に攻略出来る相手ではない。ゴール前に陣取ったDF2人が、それを迎え撃った。

「エレファントプレス!!」
「ぐあっ!」

恰幅の良い選手2人に挟まれるようにタックルを受け、天馬が転倒する。
ボールは再び万能坂へと渡った。

「連携などしたところで、俺たちの相手じゃない。絶望しろ、雷門!!」

磯崎が手を指揮棒のように振るうと、万能坂のFWとMFたちが一斉に雷門陣内に飛び込んでくる。
一気に攻撃に転じた万能坂に、神童がハッと声を上げた。

「追加点を取って点差を広げるつもりか……! 何としてもゴールを守るぞ!!」
「はい!!」

得点は2対1。残り時間と万能坂キーパーの篠山が化身使いであることを考えれば、これ以上の失点は敗北に直結する。
天馬と信助が大きく返した一方で、それに続こうとした依織はたたらを踏んだ。

「邪魔しないでくんねーかな……!」
「素直に頷くと思うか?」

いつの間にか前方に2人、後方に1人。
見れば、反対側のサイドでも剣城が似たような状況に陥っていた。
磯崎たちも半端な数では彼女を止められないと悟ったのだろう、ピタリとマークに張り付かれ、依織は歯を剥き出して唸る。

「依織!」
「ここは自分で何とかする! 早く行け!!」

彼女の異変を察した天馬が振り返ったが、依織は厳しい声音でそれを叩き返した。
一瞬天馬はビクリとしたが、すぐに表情を引き締めゴールへ走る。

「ふん……たった3人でゴールが守れるかな? 手加減は無用だ! 10点でも20点でも、奴らが絶望して立ち上がれなくなるまで点を取りまくれ!!」
「おう!!」

野太い雄叫びを上げる様は、まるで山賊のようだ。
11人対して3人しかゴール前の砦を守る雷門では、彼らの猛攻を防ぎきることは出来ない。
最後の要である信助が抜かれ、ゴール前はとうとうがら空きになった。

「バウンド、フレイム!!」
「バーニングキャッチ!!」

炎と炎がぶつかり合う。
数瞬して、力に耐えきれなくなった三国の体がよろめいた。

「三国さん!!」
「くっ……!」

ガン、とけたたましい音がして、ボールはゴールポストに跳ね返される。
得点は免れた、と安堵する暇もなく、第二波がゴールを襲った。

「三国さん……!」

フォローに向かおうと神童たちは藻掻くが、執拗なマークは中々外れない。
三国は1人、襲い来るシュートの嵐をパンチングで防ぎ続けた。

「三国さ、ッく!」
「ダメですよ、先輩!」

思わず立ち上がり、痛めた足に顔をしかめた霧野を葵が慌ててベンチに押し戻す。

「そんな足で試合に出たら、本当にサッカー出来なくなっちゃいますよ!?」
「そんなことは分かってる!! でも、このままじゃ……!」

声を荒げ返した霧野は、悔しげな表情でフィールドを睨むように見つめた。

神童たちはマークに阻まれ動けない。三国が転がったボールを抱えて倒れ込む。
車田たちはゴールを見ないように前を見据えたまま微動だにしない。
多勢に無勢。そんな言葉が葵の脳裏を横切った、次の瞬間。
それまで唇を真一文字に引き結んでフィールドを睨んでいた水鳥が──立ち上がった。

「水鳥ちゃん?」

不思議そうに見上げてきた茜の声も届かなかったのか、 水鳥はそのままツカツカとタッチライン際まで歩いていく。
そしてピタリと足を止め、ふと大きく息を吸い込んだかと思うと。

「──お前らァ!! あいつらのサッカーを見て何も感じねーのかよ!!」

ビリビリと空気が震える。
突然の怒号に、車田たちは大きく目を見開いて水鳥を振り返った。

「フィフスセクターがどうのって、色々あんのは分かるけど……! それでも、あいつらは! 同じサッカー部の仲間じゃなかったのかよ!!」
「……!」

図星を突かれたように、肩が揺れる。視界に映ったのは、倒れる三国と、それを助け起こす神童たちの姿。
水鳥はゴールを指差し、枯れんばかりに声を張り上げた。

「部活して、飯食って……一緒にやってきたんだろ!? その仲間が必死で雷門サッカーを守ろうとしてんのに──テメーら、何も感じねーのかよッ!!」

震えたのは、彼女の声か、彼らの心か。

試合が再開され、ボールは再び万能坂へと渡る。
神童のチェックを逃れ、ゴール前に飛び出した光良は完全にフリーの状態だ。

「光良、化身シュートだ!!」
「三国さん!!」

神童たちがフォローに回る間もなく、光が溢れ、ピューリムが再びフィールドに姿を現す。
目の前にそびえる異形のピエロに、三国は怯む様子も見せず、足を突っ張った。

「ッ絶対に止めてやる!! 例えこの体がぶっ壊れても!!」

決意が、覚悟が、彼を奮い立たせる。
その瞬間、虚ろだった彼らの瞳に、──一筋の光が灯った。

「──そうだよな。俺たちが守りたい物なんて、……始めっからひとつだけだ」

小さく呟いた車田の体が動く。
闘志を刻んだ彼の瞳が、標的を捉えた。

「ダッシュ──トレインッ!!」

地面が抉れる強い踏み込みの次の瞬間、車田の猛スピードのタックルが光良に炸裂する。
流石のシードも虚を突いたタイミングと暴走機関車のような勢いには勝てず、光良は悲鳴を上げる間もなく吹き飛んだ。

「車田さん!」
「車田……お前」

涙声になった神童や、目を見開いた三国を振り返り、ボールに足を置いた車田はひとつ頷いて見せる。
悔しげな表情でふらつきながら立ち上がった光良に、車田は鳩胸を拳で叩いて声を荒げた。

「これ以上お前たちの好きにはさせない! 相手が誰だろうが、俺たちは俺たちのサッカーを守ってみせる!!」

車田の大きな声が、フィールドに響き渡る。
巨躯を震わせ、目を光らせた天城が声を上げた。

「浜野! 俺たちも行くド!!」
「やっぱ行かなきゃマズイッスよねー、この展開!」
「エッ、行くの?! ……じゃ、じゃあ俺もっ」

車田を筆頭に、タッチライン沿いに並んでいた4人が集まっていく。
「天城さん、速水、浜野……」じんと目頭を熱くした神童の背中を、誰かがポンと叩いた。

「ほらほら、キャプテン。べそ掻いてる場合ですか?」
「鷹栖……」

にんまり、先程とはほんの少し違う笑みを浮かべた依織に、神童は目を瞬く。
そして彼はぐっと目元を拭うと、きりりと表情を引き締めた。

「──っ行くぞ、みんな! これからが本当の勝負だ!!」
「おう!!」