『──では、情報は得られなかったのか』
「はい。どうもあっちでもデータ管理が厳しくなってるみたいで……担当者でもない限り、確認は難しいと」
雷門中学校、屋上。
依織は給水タンクに背中を預け、ひっそりした声で電話に応じていた。
電話越しの相手は小さく溜め息を吐くと、続いて手元の書類か何かを探るようなカサカサという音がする。
『まあ、元よりこっちで対処するつもりだったんだ。……無理はしないよう、あいつにも伝えてくれ』
「はい」
僅かに穏やかになった声に顔を少し顰めながら、依織は短く答えた。
するとふいに、相手は思い出したように声音を変える。
『そう言えば……次の対戦相手の件は知っているか』
「ああ、聞きましたよ。相手も何も、てい──」
「依織ッ!」その瞬間、バン! と激しい音を立てて開いた扉に、依織は驚いて携帯を落としそうになった。
振り返ると、入り口に目尻をつり上げた葵が仁王立ちしている。
「もーっ、やっと見つけた! もう部活が始まるよ! 部員になったんだから、時間は守ってね!」
「お、おう」
「じゃあまた──」電話越しに口早に声をかけて、依織は通話終了のキーを押した。
さぁ早く、と彼女を急かす葵は携帯の存在に気付かなかったようで、せかせかと校内へ戻っていく。
手を引かれるがままサッカー棟へ連れられ、渡された真新しいジャージに着替えた依織は、葵と一緒にミーティングルームへ入った。
「ギリギリだったな、鷹栖」
「次から気を付けまーす」
席へ着くなり校舎から聞こえたチャイムに、円堂が少し笑って見せる。
間延びした声で答えた依織は、円堂の隣に並んだ春奈が固い表情で手元のバインダーを見つめているのに気が付いた。
「よし。それじゃあ全員揃ったところで、始めるぞ。まずは次の対戦相手だが……」
「……準決勝の相手は、帝国学園になりました」
表情に違わぬ声音で、春奈が円堂の言葉に続ける。
「帝国学園って……」途端、席に着いた選手たちに動揺が走った。
「おかしいド! 準決勝の相手は青葉学園のはずだド!?」
立ち上がり抗議の声を上げた天城に、周りも呆然としながらも頷いて見せる。
春奈はそんな彼らに、力なく頭を振った。
「今朝になって、ブロック分けを改正するって通達が来たの」
「改正って言うより、改悪ですね」
「ちゅーか、強引に青葉と帝国を入れ替えたってことじゃね?」
呆れたように口を曲げた依織に、浜野が続ける。
顎に手を添え、思案顔で三国が呟いた。
「わざわざブロック替えをしてまで帝国をぶつけて来た……と言うことか」
「連勝もここでストップかもな……」
背もたれに体重をかけ、舌打ち混じりに倉間が言う。
そんな! とその言葉に椅子をひっくり返しそうになりながら立ち上がったのはやはり天馬だ。
「どっちが勝つかなんて、戦ってみなくちゃ分からないじゃないですか!」
「……帝国学園は、フィフスセクターの手の中にあるんだ。化身使いの選手も何人もいるらしい」
身ぶり手振り力説する天馬に、車田が厳しい現実を突きつける。
ちゅーか、と期待を込めた目で一番後ろの席に着いている依織を振り返ったのは浜野だ。
「万能坂の時は、シードが何人いるか鷹栖は知ってたんだよな? 今回はどうなの?」
「残念ながら今回はその辺の情報はゼロです。どうもあちらさんも慎重になってるみたいで」
首を横に振り肩を竦めた依織に、速水が絶望の表情を浮かべて頭を抱える。
「あう……もうだめですね……フィフスセクターが本気になったんです、もうおしまいです……」
「でも、帝国学園と戦えるなんてスゴいじゃないですか!」
ワクワクします、と天馬は危機感ゼロのまま、興奮した面持ちになった。
雷門対帝国──宿命とも言うべき対決だ。10年前のあの日から、ずっと。円堂は組んでいた腕をほどき、選手たちの顔を見回す。
「確かに、帝国は並の相手じゃない。対抗策が必要だな……」
「じゃあ──提案があります、監督」
考え込んだ円堂に、神童が思い出したように手を挙げる。何だ、と返した円堂に、彼は慎重に言葉を選んで返した。
「……アルティメットサンダー≠使ったらどうかと、思うんです」
「……?」
聞き慣れない単語に、円堂、それに1年生やマネージャーたちが首を捻る。
しかし、他の仲間たちは違った。その名前に目を瞬かせ、仄かな期待に胸を躍らせる。
「アルティメットサンダー……!」
「必殺タクティクスか!」
「必殺たくてぃくす?」ハッとした車田や三国に対し、天馬と信助は不思議そうに顔を見合わせる。
そろりと依織を振り返ると、彼女はやや呆れたような表情になりながらも小さく答えた。
「戦況に応じた戦術のこと。ルート・オブ・スカイとかデュアルタイフーンとか、聞いたことあるだろ?」
「イナズマジャパンの……!」
途端、2人の表情がパァッと輝いた。
「何かカッコ良さそう!」信助が呟く一方で、神童の言葉は続いている。
「以前、久遠監督と一緒に考え出したんです。あれなら、帝国の鉄壁の守備を突破出来るはずです」
「でも……」
力強い神童の言葉に、だけど、と速水の不安気な声が被さった。
「あれって、何回挑戦しても成功したことがなかったじゃないですか……」
「ちゅーか、強力なストライカーがいないと難しいタクティクスだからなー」
何となしの浜野の言葉に、そっぽを向いた倉間が小さく舌打ちした。
この場合は浜野ではなく自分の力不足に苛立ったのだろう。神童は少し表情を暗くしながら、話を続ける。
「確かに俺たちは、アルティメットサンダーを成功させたことはない。……でも、試す価値はあるはずだ!」
「帝国に一泡ふかせるには、それっきゃねーか!」
デスクを叩いて立ち上がった車田に、他の3年生たちも倣って席を立つ。後輩たちも釣られたように立ち上がり、円堂は彼らを見回してひとつ頷いた。
「よし。そうとなればフィールドに行くぞ! まずはどんなタクティクスなのか見せてくれ」
「はい!」
:
:
サッカー棟から直通するスタジアムには、部員以外の人影はない。
フィールドに並び、使い古したノートを閉じた神童に、三国が肩を回しながら尋ねた。
「フォーメーションはどうする?」
「前に試した布陣で行きます」
答えた神童は、テキパキと指示を出していく。
フォーメーションは、ファーストキッカーが浜野、2番・速水、3番・霧野、4番・天城、そして最後が神童となった。
「僕、何かドキドキしてきた!」
「俺も!」
「黙って見てろってば」
そわそわと落ち着かない様子で体を揺らす天馬の横っ腹に、依織が軽く肘鉄を食らわす。
「行くぞ!」ゴール前に待機した三国を確認し、浜野の声を合図に神童が動いた。仮想敵陣のゴールから背を向けて、勢いよくフィールドを蹴る。
「キャプテン、何で後ろに!?」
ゴールから徐々に遠く、自陣へ戻る形で走り出した神童に天馬と信助はキョトンとする。
神童が走り続ける間にも、ボールは浜野から速水へ、速水から霧野へと渡っていく。こちらも自陣へ下げていく形だ。
しかし下がれば下がるほど、ボールは勢いを増し芝を巻き上げる。
ついにゴール付近まで下がった神童へ、天城が最後のパスを出した。
「アルティメット、サンダー!!」
振り下ろした足が、4人分のパワーが集まったボールを捉える。ぎし、と均衡した力のぶつかり合いに、神童の顔が一瞬苦しげに歪んだ。
「──ぐぁッ!!」
「神童!!」
次の瞬間、神童はボールの勢いに負けて吹き飛んだ。ゴロゴロと優に3メートルは転がっていった神童に、霧野たちが慌てて駆け寄る。
「ダメだ……ボールの力に負けてしまう」
「やっぱりな……!」
転がったボールを悔しげに眺め、車田が舌打ちする。
「もう一度だ!」立ち上がった神童を、倉間が制した。
「次は、俺がやる」
「……ああ、頼む。よし、位置につけ!」
膝の芝を払い、神童は指揮を奮う。
一方で、アルティメットサンダーの練習を続けるイレブンを眺めながら、ベンチでは円堂が満足げに微笑んでいた。
「このチームプレーも、何とかまとまってきたみたいだな」
「……円堂監督」
ふいに、隣の春奈が重たい声音で円堂に話しかける。
振り向いた円堂に、春奈は先程からずっと手にしていたバインダーを手渡した。
「帝国学園の、データです」
「……これは」
ずらりと綴られた選手名簿を目で追っていた円堂が、眉間に皺を寄せる。
選手名簿の下──そこには、監督名が書かれていた。
鬼道有人。友人であり、かつての仲間の名前だ。
「鬼道……イタリアでプレーしてるはずじゃなかったのか」
「最近、連絡が取れなくて……私も気になってはいたんですけど、まさか、こんなことになってたなんて」
依織ちゃんも知らなかったようだし、とひっそりとした声で言いながら依織の方を窺った春奈は臍を噛む。
その時だった。
黙ってバインダーを見つめる円堂のズボンのポケットの中で、ふいに彼の携帯がメールを受信する。
「誰だ……?」
携帯を取り出し、メールボックスを開いた円堂は驚いたように目を見開いた。
「──だぁッ!!」
芝が散り、埃が舞う。
倉間がアルティメットサンダーに失敗したのだ。
「チクショウ、蹴り返せねぇ……!」
「倉間でもダメか……」
悔しげに頭を掻きむしった倉間とボールを見比べ、神童は残念そうに呟く。
転がったボールを拾い上げ、天馬は眉根を寄せた。
「キャプテンや倉間さんにも出来ないなんて……どんなボールなんだろう」
「そうか、説明がまだだったな」
呟いた天馬に、三国が思い出したように言う。
天馬から受け取ったボールを叩きながら、彼は続けた。
「アルティメットサンダーは、強力なエネルギーを注ぎ込んだボールを敵陣に蹴り込む、DF突破に力を発揮するタイプの必殺タクティクスなんだ」
パスを重ねる毎に、ボールにはエネルギーが蓄積されていく。
そのボールを敵陣へ蹴り込み、相手DFを蹴散らす──それが必殺タクティクス、アルティメットサンダーだ。
「そしてゴール前がガラ空きになったところへ、シュートを決める!」
「……でも、エネルギーの溜まった最後のボールを蹴るのが大変なんです」
車田が力一杯頷き、対して速水は溜め息混じりに答えた。最後のキッカーには、ポジション関係なく全員が一度は挑戦している。それでも、アルティメットサンダーが完成することはついぞなかった。
「つまり最後の選手には、並外れたキック力が必要だと言うことだ」
「キック力……」
総括し、締め括った三国に天馬は考え込むように腕を組んだ。あちこち擦りむいた体をさすりながら、神童が悔しげに唇を噛む。
「俺にもっと力があれば……」
「……俺もだ」
「倉間も神童も、パワーよりもテクニックでシュートを決めるタイプだからな」
落ち込む2人に、三国が少し苦笑してフォローの言葉を掛ける。と、ここで天馬があっと声を上げた。
「だったら──依織は? FWだし、もしかしたら……」
「……バカ言うなよ、天馬。先輩に出来ないものが私に出来るもんか」
こちらを振り向いた天馬に、依織は視線を足元に投げ掛けたまま口早に返す。
そっか、と天馬はひとつ溜め息。ぽつりと神童が、小さな声で呟いた。
「……剣城──あいつなら、あのボールを蹴ることが出来るかもしれない」
ハッと、誰かが息を呑む。
剣城はシードで、強力なストライカーだ。
彼ほどの力があれば、確かに成功も夢ではない。神童たちは揃って顔を見合わせた。
「悔しいが、あいつのパワーは俺たちより上だからな……」
「そういや、朝練も結局来なかったし……今日も見てないよな」
ふと、浜野が辺りを見回すが、あの目立つ紫色は視界に入らない。
それに答えたのは、彼女だった。
「剣城なら、今日は登校してませんよ。風邪だとかで」
「欠席? 何でお前が知ってんだよ、鷹栖」
軽い口調で答えた依織に、倉間はやや怪訝そうな顔になる。
以前、速水が彼女をシードなのでは──と疑ったことがあるのを思い出したのかもしれない。しかし依織は臆する様子もなく、淡々と答えた。
「だって、同じクラスですもん」
「……あ、そう」
あっけらかんとしている彼女を疑う余地なしと判断したか、倉間は力なく頭垂れる。
──担任は風邪だと言っていた。けれど、多分仮病だろう。依織にはその確信があった。
「(シードなのにフィフスに楯突いたから、何かまずいことでも起きたか……?)」
だが、そんな情報があれば、彼女の耳にはすぐ届くようになっている。だとすれば、剣城は彼なりに考えることがあったのか。
『怪我がなければ……俺がさせなけりゃ、兄さんだって今頃』
依織の脳裏に、何故かいつしか聞いた剣城の悲痛な声が甦る。
全ての鍵は、彼の兄が握っている気がした。