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「中々しぶといですね、雷門の連中は」

前半も残すところあと少し。
険しい表情でこちらを見つめる雷門イレブンを眺め、逸見が言葉に反し面白そうな声音で言った。
言われた方の御門はと言うと、傷の入った顔をしかめ苛立ち気味に腕を組んでいる。

「生温い……! あんな連中、総攻撃をかければ一撃で粉砕出来るはず。今こそその時ではないか!」

ぎり、と歯軋りをして、御門はちらりと自陣ベンチを見やった。従うべき監督である鬼道は、膝に肘を預け見えない瞳でじっとフィールドを見つめたままだ。

「監督は何を考えている……!」
「……総帥には、総帥の考えがある。俺たちは総帥の命令通り行動すれば良い」

ゴール前から音もなく近寄るなり言ってきた雅野に、御門の目がつり上がった。
彼は自分より頭一個分は小さな雅野を見下ろして、唸るように言い捨てる。

「俺に命令するな、雅野。帝国のキャプテンは俺だ」
「……鬼道総帥のサッカーを一番理解しているのは、俺だ」

ぎらりと、2人の鋭い視線がぶつかり合う。
その様子を、鬼道はしっかりと──静かに、観察していた。




「強い……これが、帝国学園か」
「まーだ何か、隠し球持ってる気もするけどな……」

雷門陣内。額に汗を浮かせた天馬に、頬にこびりついた泥を拭った依織が眉を寄せる。
「それでも、やるしかないんだ」小さく返し、ちらりと鬼道を盗み見た天馬は、膝を叩いた。

「何とかなるさ!」

三度目の試合再開は、帝国のスローインから。
すぐ先でボールを受け取った龍崎に向かって、天馬は地を蹴り上げる。

「絶対に止める!!」
「なめるな!!」

哮った龍崎の激しいチャージが天馬を吹き飛ばした。
「天馬!」一瞬そちらに気を取られながらも、依織も龍崎を追って走る。

「進ませるな!!」
「分かってる!」

前方にDF、後方にFW。
しかし龍崎は怯むことなく、視線をフィールドに走らせた。

「だらァッ!!」

背後からボールを狙って仕掛けた依織のスライディングを飛び越え、龍崎は空中でパスを出す。
ボールを受け取った御門が、ニヤリとして足を振り上げた。

「今度は防げるか……!?」

芝を削り、空気を切り裂くスパイク。
回転をかけて飛んできたボールに、三国の拳が延びる。
バチッ──と、痛々しい音が響いた。三国の決死のパンチングが、ボールを空高く弾き飛ばしたのだ。
落下地点には──信助の姿。

「信助ッ!!」

弾かれたような神童の声。
信助には辺りの光景が、落ちてくるボールが、スローモーションのように見えていた。

「(ボール、取らなきゃ──でも、僕に出来るの? 敵よりも高く、飛べないのに──!)」

彼が紅葉のような手を握り締めた、その時である。

「信助!!」

今まで口を開かなかった円堂が、彼の名前を呼んだ。
目を見開き、驚いて振り返った信助に、円堂は天井を──空を、指差す。

「空だ! 相手じゃない、空に向かって──思いっきり、跳べ!!」
「──っはい!!」

相手を見る必要はない。ただ、空へ。その瞬間、信助の顔が天恵を得たように輝いた。
助走をつけ、足をバネのように屈伸させて──

「ぶっとび、ジャーーーンプ!!」

幼い叫びと共に、信助の体が跳ぶ。一瞬先に跳躍した逸見よりも、更に高いところへ。
「何ぃ!?」目を見開く逸見の目と鼻の先で、ボールは信助渾身のキックでコート外に飛んでいった。

「信助、ナイスクリア!」
「うん! やったよ、天馬!」

ぱん、と信助が小さな体を弾ませて、駆け寄ってきた天馬とハイタッチする。
信助はちらりとベンチを見やって、円堂に深く腰を折った。

「信助が守ったボールだ──必ず、取る!」

再開は帝国のスローイン。
「行くぞ!」ボールの着地間際に器用に体を入れてカットした神童が、語気を強める。

「──鷹栖!!」
「はい!?」

唐突に並走していた倉間に名前を呼ばれ、依織はつい大きな声で返した。
倉間は走りながら、前髪の隙間から覗く鋭い三白眼で彼女を見上げる。

「1人でダメなら2人がかりだ! ──やるぞ、アルティメットサンダー!!」
「……了解!」

「神童!」にっ、と口角を上げた依織に頷き、倉間が前を走る神童に叫んだ。
首だけこちらを振り向いた神童は2人が並んでいるのを見て、僅かに目をしばたく。

「アルティメットサンダーだ! ……最後のボールは俺たちが蹴る!!」
「……よし!」

神童が頷いた瞬間には、2人は走り出していた。
スピードを落とすにつれ、バックパスが近付いてくる気配がする。

「(西園も必死で守った……! 1年がこれだけ頑張ってんのに、俺がこのままでいられるかよ!)」

ぎり、と奥歯を噛み締め、倉間は一瞬依織へ視線を走らせた。
彼女だってそうだ。のらりくらりとしていていつも何を考えているか分からないが、サッカーを取り戻そうとしていることに違いはない。
先輩なのに、ここで頑張らずにいつ頑張るというのだ。

「タイミング合わせろよ、鷹栖!」
「あいよ!」

同時に振り返った先には、エネルギーを目一杯溜め込んだボール。
しかしそれを蹴るよりも、帝国DF──龍崎の動きの方が、1歩早かった。

「何を企もうと、無駄な足掻きだ……! 来い、化身! 《竜騎士 テディス》!!」

風が吹き荒れ、光が溢れる。
「何だ!?」目を見開いた先には、装飾の施された鎧に身を包み、瞳に冷たい光を宿らせた化身が発現していた。
テディスの一振りした剣が、空気を切り裂く。
その一太刀はボールごと、倉間と依織の体を吹き飛ばした。

「倉間!!」
「依織!!」

神童や天馬の叫びが響く中、2人の体がフィールドに叩き付けられる。
依織はぐっと片腕を立てて体を起こしながら、テディスを発現した龍崎を睨み付けた。

「(化身使い……ってことは、あいつがシードなのか!? でも、情報だとシードは複数人いたはず……!)」

だとすると、化身使いは龍崎1人だけとは限らない。
「立てるか、鷹栖」眉を寄せた霧野に助け起こされながら、依織は心の中で舌打ちする。
鬼道たちがどうやってシードたちを対処≠キるかは分からないが、出来れば試合中にどうにかしてほしいものだ。

「──これが、今の雷門か」

帝国ベンチ。
フィールドの雷門イレブンを見つめ、小さく呟いた鬼道に、佐久間がちらりと振り返る。

「破壊≠オろ」
「……はっ」

僅かに目を伏せ、短く返した佐久間が1歩前へ出る。口を開いたコーチに、帝国イレブンが振り返った。

「総員、オペレーション・アルファ1!」
「やっと命令が出たか……!」

「行くぞ!」待っていたとばかりにニタリと口角を上げた御門に続き、帝国イレブンが走り出す。
にわかに動きの変わった帝国に、雷門は一瞬目を見張った。

「これがオペレーション・アルファ1! 本気になった帝国の攻撃だ!!」

巧妙なフェイント、素早いパスワークで、帝国は雷門を翻弄する。
マークもブロックも間に合わず、ついにボールを携えた御門の前には、信助とゴールを守る三国だけになった。

「僕が止めて見せる!!」
「やれるものならな!!」

走り出した信助に対し、御門が高らかに指笛を吹き鳴らした。
フィールドから召喚されたのは、鋭い嘴を持った七色のカラフルなペンギンだ。

「皇帝ペンギン──7ッ!!」

足が振り抜かれたと同時に、ペンギンたちがボールを守るように空を滑空する。
飛び出した信助をいともたやすく吹き飛ばし、皇帝ペンギン7はゴールへと飛んだ。

「くっ──バーニング、キャッチ!!」

炎を纏った拳と、七色の光が尾を引くシュートが激突する。
一瞬の、間。次の瞬間、空気を震わせたシュートは、雷門のゴールを抉じ開けた。

「ふん──見たか!」

得点のホイッスルをBGMに、御門が勝ち誇ったように口許を歪ませる。
三国に肩を貸しながら、霧野が歯を食い縛った。

「化身だけじゃなく、あんな強力なシュートまで……」
「アルティメットサンダーも、まだ未完成だド」

「こんなの勝てっこありません……」速水が頭を抱え、倉間が舌打ちする。
ギュッと汚れたユニフォームを握りしめて爪先を見つめた天馬に、依織は眉根を寄せてスコアボードを見つめた。




稲妻総合病院のテラスで、剣城は1人、缶ジュースを片手に佇んでいた。
飲み物を買ってくると言った手前、手ぶらで帰るわけにも行かない。それでも尚病室に戻らなかったのは、兄が観ていたテレビ中継の音声を、耳に入れたくなかったからだ。

『アルティメットサンダー! ……強力なストライカーがいないと、完成しないんだ……だから!』
『少なくとも私は、お前を友達だって思ってる。関係ないなんて、言うな』

切実な天馬の言葉や、静かに怒気を孕んだ依織の言葉が脳裏に甦る。
しかしそれでも、自分が動くわけにはいかないのだ。

「──何故お前は試合に出ない。剣城京介」

ふいに、背後から冷水を浴びせるような声がテラスに響く。
剣城は一瞬肩を揺らし、ゆっくりと振り返った。
そこにはやはり、いつもの黒尽の格好をした黒木が佇んでいる。

「我々フィフスセクターは、お前に使命を与えた筈。雷門を敗北に導くと言う使命をな……」
「……心配いりません。あの試合は俺が手を下さなくても、──雷門は負けます」

射抜くような視線から逃れようと、剣城は僅かに黒木から目を逸らした。
足元にぽつねんと咲いた黄色い小さな花を見つめながら、彼は出来るだけ淡々とした口調で答える。

「帝国学園は厳しい訓練で鍛え上げられています。……女子で穴埋めしているような雷門が、勝てるわけがありません」
「だと良いがな」

──本人に聞かれたら、前に他クラスの男子に仕掛けていたあの技を喰らいそうだ。
頭の中で妙に冷静な自分が、依織のことを思い出して苦笑いする。黒木は帽子の鍔を下げ、踵を返しながら言った。

「万が一帝国学園が破れ、雷門が勝つようなことがあれば──お前の兄の手術費は諦めてもらうことになるぞ」
「……!」

表情を強張らせ振り返るも、すでに黒木の姿はない。
眉間に皺を寄せ、臍を噛んだ彼は──テラス入り口の死角で、兄が呆然と目を見開いていることには気が付かなかった。