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先頭を歩く佐久間と雅野に続き、帝国学園の薄暗い廊下を進む。
黒で統一された校舎は、学校と言うよりもまるで要塞だ。一定感覚で設置された白い明かりが、足元の影を一層色濃くする。

「何か、おっかない感じ……」
「やっぱり、何かされるんだ……!」

小さく体を震わした信助に、肩を竦ませた速水が車田の背中に身を隠す。
「だから、されるわけねぇって!」呆れる車田の声を聞きながら、ふと円堂が口を開いた。

「……お前たちには話しておこう。昨日、監督の鬼道と話をしたんだ」
「え?」

雷門イレブンたちは顔を見合わせ、首を傾げる。
円堂は昨日の鬼道とのやりとりを思い出しながら、静かに話を切り出した。




昨日、試合を終えたスタジアムの裏手で。
フィフスセクターに従う真意を問いただそうと鬼道を呼び出した円堂は、逆に衝撃の真実を聞くことになったのである。

「──黙っていて悪かったな」

切り出す前にそんなことを言ってきた鬼道に、円堂は思わず顔をしかめた。
その反応は予想出来ていたのか、鬼道は表情を変えずに続ける。

「俺たちはレジスタンスだ。フィフスセクターへの反乱軍──とでも言えば良いかな」
「反乱軍……!? じゃあ、帝国が支配下にあるって話は……」

目を見開いた円堂に、彼は静かに頷いた。
敵の懐に入るための芝居にすぎない──答えた鬼道のサングラスが、僅かに射し込んだ光に煌めく。

「……今日の試合は、帝国サッカー部に潜んだシードたちをあぶり出すためでもあったんだ。普段の活動の中で、選手たちの中から洗い出すのは難しくてな」
「……!」

そのために、まさか友人や妹まで騙し切るとは。鬼道の完成されたポーカーフェイスと思い切りの良さに円堂は場違いな苦笑いを浮かべそうになった。

「全ては反乱軍としての帝国サッカー部を作り上げるためだった……」

フィフスセクターが準決勝の組み合わせを急遽変更したことは、彼にとっても予想外だったらしい。
しかし、それをチャンスと捉えた彼は、雷門と帝国の試合を利用することにしたそうだ。

「フィフスセクターに逆らい続ける雷門との試合は、無条件に勝敗の取り決めがない物になる。フィフスセクターに所属しない者は久しぶりの本気の試合を楽しんでいたはずだ」

だが、フィフスセクターに所属する選手は違う。
反乱分子を潰す──その使命を持った選手たちは試合展開で雷門に押されているとなれば、フィフスセクターからのプレッシャーを受けその動きは余裕のないものになっていくだろうと、鬼道は考えた。
そしてその考えは、正解だったらしい。

「俺は動きの変化でシードが誰かを見抜くことができる。これで帝国学園から、完全にフィフスセクターを排除することが出来る」
「……それで、シードは見抜けたんだな?」

真剣な面持ちで尋ねた円堂に、鬼道は小さく頷く。
帝国イレブンに潜んでいたシードは4人。
龍崎、飛鳥寺、逸見──そしてキャプテンである、御門。4人ともそれぞれ性格に難はあれど、自分の指示を良く聞き、能力を研磨するのに努力を惜しまない良い選手たちだった。
その殆どが演技だったことを思うと、いたたまれない。

「ああ。……彼らは遠からず、帝国を去ることになるだろう」

そう答えた鬼道は、僅かに悔やむような表情をちらつかせていた。




「──帝国戦に、まさかそんな狙いがあったなんて」

円堂の話を聞き終え、神童が信じられないとでも言うようにまばたきを繰り返す。
佐久間の隣を歩いていた雅野が、ふと雷門イレブンを振り返った。

「俺は、君たちに感謝している。あの熱さ……あれこそがサッカーだ!」

そう言った彼は、確かに嬉しそうな満面の笑みを浮かべている。試合の最中に時おり見せていた、あの笑顔だ。きっとこちらが雅野の本質なのだろう。
佐久間はそんな彼に穏やかに微笑むと、その場に立ち止まりホログラム式のキーパネルを起動する。滑らかな動作でパネルをタッチすると、脇にあったエレベーターが軽やかにその扉を開けた。
「こっちだ」全員を収納したエレベーターは、光を放ちながら地下へ地下へと潜っていく。

「わーッ、秘密基地みたい!」
「俺もどきどきしてきた!」
「は〜……2人ともチビッ子過ぎ!」

きょろきょろと忙しなく辺りを見回す信助と天馬に、葵がわざとらしく溜め息を吐いた。
「依織も来られれば良かったのにね」何気ない彼女の呟きに、雅野の肩が僅かに揺れ動く。

「──これから諸君に会ってもらうのは、俺たちレジスタンスの中心人物だ」

1つずつ下がっていくランプに、佐久間がふいにそう切り出した。
「中心人物?」首を傾げた円堂に頷き、佐久間は雷門イレブンを見回しながら続ける。

「俺たちはその方と共に、今のサッカー界に革命を起こそうと考えている」
「革命……!?」

何やら大きな話になってきた──予想もしていなかった言葉に、雷門イレブンにも動揺が走った。
しかし佐久間はそんな彼らの様子に破顔して、おかしそうに小首を傾げる。

「何を驚いている。君たちは既に、革命のための戦いを始めているじゃないか」

「えっ?」エレベーターが到着のチャイムを鳴らしたのは、丁度天馬が首を捻ったその時だった。ゆっくりと扉が左右に開き、その先に佇んでいたのは──

「──久遠監督!」

1ヶ月前、雷門から去っていった久遠だった。
「監督……!」目を見開いた神童を皮切りに、雷門イレブンたちは続々と久しぶりに顔を会わせた恩師の元へ駆け寄って行く。
久遠は相変わらず表情を変えず、しかし穏やかな目で教え子たちを見回し、言った。

「よく来たな、みんな。お前たちの活躍はずっと見ていた。……松風、西園。頑張っているようだな」

名指しされた二人が、ピンと条件反射で姿勢を正す。
「ちゅーか、頑張りまくりっスよ」緊張した2人の様子に笑った浜野と車田が、それぞれ天馬と信助の頭をぐりぐりと撫で回した。

「おかげで俺たち、大事なことを思い出しました」
「それより鬼道。ここは何だ?」

沁々と言った三国に続き、円堂が鬼道に尋ねる。
エレベーターから降りたは良いが、見えるものと言えば少し狭まった通路と、奥にひとつ居を構えた扉だけだ。

「この先にレジスタンスの本部がある」
「え? とすると……レジスタンスの中心人物は、久遠監督!?」

「いや、私ではない」目を丸くしてこちらを見上げた三国に、久遠は静かに首を振る。
佐久間が通路に設置されたパネルを操作すると、唯一の扉がゆっくりと開き始めた。
まず見えたのは、様々な機械のランプが点滅する壁。そして、壁と同じように黒で彩られた、円卓。

その円卓に着いていた人影に、円堂があっと声を上げた。

「響木さん!?」

席に着いていたのは3人。雷門中学先代理事長の雷門、先代校長の火来。そして、円堂の恩師とも言うべき響木である。
「雷門理事長、火来校長も……!」思わず子供たちの前と言うことも忘れ、駆け寄ってきた円堂と春奈に響木が髭を震わせてニッと笑った。

「久しぶりだな、円堂」
「はい! お久しぶりです、響木さん!」

「あの人が……」表情を輝かせながら頭を下げる円堂と響木を見比べ、雷門イレブンは小さく唾を飲み込んだ。
かつての円堂たち雷門イレブンの監督、響木正剛。弱小だったサッカー部を日本一へ導いた彼の存在を知らない者は、サッカー界にはいないだろう。

「みんな……どうして早く言ってくれなかったんですか?」

レジスタンスが存在したなら、自分だって協力は惜しまなかっただろうに。眉を下げた円堂に、響木は首を振った。

「すまなかったな。帝国から完全にフィフスセクターの排除が済むまでは、俺たちも迂闊に動けなかったんだ」
「下手に行動すけば感付かれて、我々は完全にサッカー界から抹殺されてしまうだろう。そうなれば少年サッカー協会の革命は不可能になってしまうからな」

深刻な顔で答えたのは雷門である。
「その……革命って」円堂は眉根を寄せ、今まで尋ねることの叶わなかったその核心へと迫った。

「それは──」
「フィフスセクターの絶対的権力者、イシドシュウジを聖帝の椅子から蹴落とすことですよ」

──ふいに、その場の大人の誰でもない、少女の声が鬼道の声を遮り円堂の問いに答える。

勿論、マネージャーたちは口を開いてはいない。こつ、と靴音を響かせて、部屋の隅から姿を現したのは1人の見知らぬ少女だ。
帝国の制服に身を包み、ひっつめた三つ編みと瓶底眼鏡が特徴の彼女に、円堂や春奈は勿論、雷門イレブンも首を傾げる。

「えっと……誰?」
「おい、その格好じゃ分からないぞ」

首を捻った天馬に対し、雅野がやや慌てたように少女をせっついた。
彼女は「あ、そうか」と特に慌てた様子もなく、解いた髪を慣れたように纏め直し、瓶底眼鏡を外す。

電灯に照らされて現れた見慣れた顔に、雷門イレブンからあっと声が上がった。

「え──依織!?」
「よっ」

目を見開いた天馬たちに軽く手を上げかけた依織の頭が、次の瞬間ガクンと傾く。眉間に皺を寄せた鬼道が彼女の後頭部を拳骨で小突いたせいだ。

「人が答えようとしたことを、お前は……」
「だって、有兄さんたちったら回りくどいんですもん……」

後頭部を擦り、恨みがましい目で見上げてきた依織に鬼道は溜め息を吐く。
「兄さん、どういうこと?」2人を見比べ、春奈が頭痛を訴えるように顔をしかめた。

「前に一度兄さんのことを聞いた時は、依織ちゃん、自分は分からないって……」
「……依織には、この春からレジスタンスとして活動してもらっていたんだ」

大きな組織を敵に回す以上、まだ俺のことを知られるわけにもいかなくてな──悪びれることもなく言った兄に、春奈は顔をしかめてこめかみを押さえた。
「鷹栖がレジスタンス?」目をしばたき、信じられない物を見たような顔をしている神童たちに、鬼道は改めて答える。

「聖帝の座を奪えば、我々は以前のような自由なサッカーを取り戻すことが出来るはずだ。しかしそれには、多くの情報源が必要になってくる」
「鷹栖くんには、フィフスセクターに侵入している密偵とのパイプ役をしてもらっているんだ。直接私たちとやりとりをするのは危険だからね」

「パイプ役……?」反復した葵が、はたと口を手で覆った。
確かにそれなら、依織がやけに今のサッカー界やフィフスセクターの情報に精通していることに合点がいく。

「ホーリーロードの全国決勝大会では、試合後とに勝ち点を自分達の支援者に投票することになっている。即ち、聖帝を選出する選挙だ」
「我々はイシドシュウジを落選させ、響木さんを新しい聖帝に据えようとしているのだよ」

「聖帝、選挙……」目をしばたいた天馬が、顔をしかめる。
難しく考えるなよ、そう言って肩を叩いてきた依織に、天馬はじっと彼女を見つめ返した。

春から、と鬼道は言った。依織はその期間、天馬たちに知られないよう、のらりくらりと周りを誤魔化しながら、レジスタンスとしての仕事を全うしてきたのだろう。
それは仲間として頼もしくもあり、友人として寂しくもあった。

「……これで、私が隠してたことは全部。もう何もない」

天馬の心の声を聞き取ったかのように、ふいに依織は静かに言う。
驚く天馬を見て、じっと自分を見つめる剣城を見て。そして真剣な面持ちの神童に向かって、彼女は丁寧に腰を折った。

「私は、私のサッカーを手に入れるために雷門で戦う。改めて宜しくお願いします──キャプテン」
「……ああ。これからも一緒に頑張ろう」

依織の旋毛を見下ろした神童は一瞬目を丸くしたが、すぐに穏やかに微笑んで頷く。
依織の隣へ葵が寄り添ったのを見て、久遠はしばし感慨深げに目を伏せた後、厳しい声音で言った。

「お前たちは今度の決勝を勝ち上がり、全国大会に行かねばならん。最早、負けることは許されないのだ」
「──もう、俺たちは負けることなんて考えていません」

久遠を見据え、神童は力強く言い切った。
もう、サッカーを守れない自分の弱さに嘆き、泣くことなどしない。
その目に映るのは、サッカーを取り戻すための勝利、ただひとつだ。

「むしろ心強いです! 俺たちだけが反逆の狼煙を上げてたわけじゃなかったんですからね……!」

ぐっと拳を握り、三国が久遠に頷く。
今までフィフスセクターに逆らっていた大人は、久遠と円堂だけだった。しかし水面下では、もっと多くの仲間が存在していたのだ。

ひとつの歴史が動く瞬間に立ち会っている──自ずと雷門イレブンの表情が、緊張に満ちると同時に隠しきれない興奮に輝いていく。
サッカーを取り戻すための革命に身を投じていると言う事実は、重たくも誇らしい。

「(革命とか選挙とか、大人たちが考えてることは俺にはよく分からないけど──)」

ギュッと汗ばんだ手のひらを握り締め、天馬は周りを見回した。
共に戦う仲間も、サポートしてくれる大人も。手段は違えど、心は共にある。分かっているのは、雷門が勝ち続けねばならないということ。

そして、ここにいる全員が、サッカーを愛しているということだった。