例え真実が怒濤のような勢いで明らかになったとしても、きっと天馬たちの心は変わらないだろう。
それが、依織が彼らと知り合って以来抱いていた思いだった。
「行くぞ、天馬!」
「はいッ!!」
帝国学園のレジスタンス本部に招かれた翌日。雷門は変わらず、グラウンドで練習に勤しんでいる。
ただ違う点を述べるとすれば、剣城がようやっと黄色のユニフォームに身を包んで練習に混じり始めたことだろうか。
「良かったなー、剣城。これで優一さんに学校のことマトモに報告出来るようになったじゃん」
「……うるせえよ」
パス練習をしながらからかい混じりに言ってきた依織に、剣城は眉間に皺を寄せてボールと一緒に言葉を返す。
ふと、ボールが跳ね返る音に混じり、何かが芝に叩きつけられるような音を拾った剣城は、そちらを見て目を細めた。
「……さっきから何をしてるんだ、松風は」
「DF技の特訓だと。円堂監督に勧められたとかでな」
少し離れた場所では、先程から天馬が3年生を相手にブロックに挑戦してはフィールドに転倒している。
「ほら、余所見すんな」ひときわ強めに返ってきたパスを難なく胸でトラップしながら剣城はふぅんと鼻を鳴らしたが、特訓の様子が気になったのだろう。そのまま片足でボールをフィールドに固定して、そちらに視線を留めた。
「うーん、ちょっと休憩したほうが良いド」
「だ、大丈夫! まだやれますっ」
地面に這いつくばった天馬を引っ張り起こしながら、天城が気遣うように眉根を寄せる。
しかし天馬は痛みも感じないほど気持ちが高ぶっているのか、すっくと立ち上がって首を振った。
「力が沸き上がるのを感じるんです、……何か、何かが俺の中から早く出たがっている力が、あるような気がして」
「力が………? 必殺技ってことか!」
一瞬考え込むように俯いた車田が手を打つ。
その様子を遠目に見ながら、霧野が小さく隣の神童へ呟いた。
「そよかぜステップを、更に強い風にするのか……」
「手応えはあるらしいけどな」
だが、完成しなければ何の意味もない。
手厳しいことを考えるのも、キャプテンの務め。神童は声を掛けることはせず、じっと静観に徹する。
「(そよかぜステップの風を……もっと速く、もっと強く……!)」
一度、二度。
天馬は仲間たちがこちらに注目していることに気付かないまま、大きく深呼吸を繰り返した。
「──俺が、風になる!!」
顔を上げた天馬が勢い良く地面を蹴る。
「よし来いッ!」左右に散った車田と天城に向かって、天馬はそのまま突進した。
つむじ風のように、風を纏い、小さな嵐を巻き起こす。
次の瞬間、天馬の背中に黒い光が翼のようにちらついたのを彼らは見た。
「!」
「っ天──」
真っ先に叫んだのが誰かは、分からない。
しかし瞬きの間に、天馬は自身の起こした風の勢いに負けて今日何度目かの転倒をした。
その背中に、あの黒い影はない。
「……て、天馬!」
一拍置き、ハッと我に返った信助が、慌てて天馬を助け起こしに向かう。パクパクと口を動かしながら絶句していた春奈が、パッと隣に佇んだ円堂を振り仰いだ。
「円堂監督! 今の、入学式の時にも……!」
「ああ……久遠さんから聞いてはいたが、あいつ……!」
「マジかよ……」呆然と呟いた依織の足元に、ボールが転がる。
いつの間にか剣城は、地面に座り込んだ天馬を見下ろすように佇んでいた。
「──力が出たがってるってのは、本当らしいな」
「え? どうしたの剣城、急に……」
いつにも増して真剣な眼差しでこちらを見下ろす剣城に、天馬も怯んだようにしどろもどろ返す。
剣城はそれに答えることなく、円堂を振り返って言った。
「円堂監督! 今度は俺が相手しても良いですか」
「どうするつもりだ?」
見間違いかと疑うほどの一瞬の光景。だが確かに、 それは彼らの目にはしっかりと焼き付いている。
残英のようにちらついたのは、紛れもなく化身≠フ光だった。
「俺の力で、こいつの中にある力を引き出してみます」
「──化身の共鳴反応」
ふと頭に甦った言葉が口をついた依織に、剣城は小さく頷く。
彼にとっても忘れることは出来ないだろう、入学式のあの日。黒木が神童の化身を仰いで言った言葉だ。
天馬はしばらく口を開けたままポカンとしていたが、剣城の真剣な眼差しに何かを感じ取ったのだろう、ユニフォームについた芝を払い除けて立ち上がる。
「チームの為になるなら、俺やります!」
「……よし。やってみろ!」
「鷹栖、ボールを貸せ」振り返ることもなく声だけ掛けられ、依織は反射的に足元に転がっていたボールを剣城へ蹴って寄越した。
大きく距離を取った天馬と対峙した剣城は、ボールを構えポケットに突っ込んでいた手を抜き出す。
「俺からボールを取ってみろ、松風!」
「うん!!」
助走をつけ、天馬は走り出した。
「頑張れ、天馬」小さく囁いた葵の傍らで、ふいにベンチに無造作に置かれた誰かの鞄から携帯と思しきバイブ音が聞こえてくる。
「? 誰のかな」
「あー、葵。多分それ私だ」
ちらりと時計を見上げた依織が、少しだけ慌てた風にこちらへ駆け寄ってきた。
自分のバックに手を突っ込み、一瞬目を細めた後、彼女はオレンジ色の携帯を取り出す。
「すいません監督、急用が出来たんで5分程抜けます」
「ん、ああ」
円堂に断りを入れて、依織は天馬たちを気にする素振りを見せながら校舎の方へ駆けていった。
葵が視界に写ったオレンジ色の携帯に違和感を感じたのは、彼女の姿が見えなくなってからである。
「(あれ……依織の携帯って、白じゃなかったっけ?)」
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「──俺たち、何がしたいんだろうな」
のろのろと校舎へ歩みを進めながら、一乃はぽつりと掠れた声で呟いた青山を見やった。
青山はどこか寂しげな表情で、足元に視線を落としながら歩いている。
「未練がましく、サッカー部の試合とか練習とか、見に行ってさ」
「……ああ……」
今しがた見て来た練習では、サッカー部は帝国に勝ったことで更に力を着けたように見えた。
そう。ただそんな風に見えただけで、自分たちはあそこにはいない。ただの部外者でしかないのに。
──先程一瞬目が合った神童の、悲しそうな顔がフラッシュバックする。
「……ん?」
「? どうしたんだ、一乃」
ふいに、明後日の方を見ていた一乃が急に雑木林の方を振り向いた。
その木の下で告白をすると想いが叶うらしい──そんな噂のある木の根本に、嫌でも見覚えのある色がしゃがみ込んでいる。
しかし、ちらほらと聞こえる声のトーンから察するに、そんな内容の話をしているわけではないらしい。2人は思わず顔を見合わせて──いけないことだとは分かっていたが、雑木林に少しだけ近付いて、聞き耳を立てた。
飛び込んできたのは、険しさの滲んだ女子生徒の声である。
「──来週からなら、行けます。あいつら視察かなんかで学校離れるらしいんで……ええ、盗聴器付けるんだったら、その時しかありませんね」
──何やら物騒な言葉が聞こえたような気がした一乃と青山は、ギョッと顔を見合わせ更にそちらに注目した。
身を隠すように林にしゃがみ込んでいる女子は、電話越しの相手を急かすようにやや早口に告げる。
「で、他のシードの情報は手に……は? 5重ロック? 何とか頑張って下さいよ、ハッカーなんでしょ目金さん」
「盗聴? ハッカー?」小さな声で反復した青山の顔は真っ青だ。
──自分たちはまたうっかり地雷に足を掛けようとしているのかもしれない。釣られて一乃の顔も青くなる。
「ああもう分かりましたよ、せめて手前までどうにかしてもらえるよう頼んでみますから。……ええ、はい、はい。そっちもお願いしますよ」
やや乱暴な声色で締めて、女子生徒がすっくと立ち上がった。
「あんま負担かけたくないんだけどな……」携帯の蓋を閉じながら、ふとこちらを振り返った彼女がハッと目を見開く。
「…………こんちは」
「あ、う、うん……」
盗み聞きなんてしていないだろうな。
一瞬目付きが厳しくなった彼女の表情にそんな言葉が隠れているような気がして、2人はおどおどしながら小さく返した。
しばし、思考に耽り。
彼女は「それじゃサヨナラ」と軽く言い置き、ガサガサと雑木林の低木を跨いでグラウンドへ足を向ける。
「シュート練すんぞ鷹栖ー! どこ行きやがったー!?」
「はいはい、鷹栖はここにいますよー」
グラウンドから聞こえてきた倉間の急かす声に、駆け足になった彼女の姿は校舎の角へ消えていった。
「あいつ……」少しして、ぺたりとその場にへたりこんでしまっていた青山が、ふと口を開く。
「確かライセンス持ってるとかで、サッカー部に入ったやつだよな……? こんなとこで、一体誰と何を話してたんだ?」
「さぁ……」
そんなこと分かるわけもない。
分かるわけもないが、ただ、敵ではない気がする。一乃の勘は不思議と当たることが多かった。
それからもうひとつ、感じたことがある。
「(あんな女子も、体を張ってフィフスセクターと戦ってるのか……)」
自分たちは本当に、何がしたいのだろうか。
ギュッと拳を握り締めた一乃に、青山は小さく目を伏せた。