空は雲ひとつない晴天。
海王からの襲撃から一夜明け、学校にやって来た雷門イレブンは、地区大会決勝が行われるスタジアムへ向かうべくバスの停まる駐車場に集合していた。
腕時計に目を落とし、その中心に立つ円堂は教え子たちの顔を見回す。
「よし、みんな揃ったな! お前たちなら絶対に勝てる! 自信を持って行け!」
「はい!」
拳を作った円堂の激励の言葉に、彼らの─一際、天馬の大きな声が駐車場に反響した。
仲間たちがざわめく中、ふと霧野が思い出したように、依織をちらりと脇見して声を落とす。
「鷹栖……昨日の奴らにやられた傷は、もう平気なのか?」
「えっ? ……ああ、大丈夫ですよ。この通りピンピンしてますから」
依織は虚を突かれたのか僅かに目を見開いたが、すぐにいつものへらりとした表情に戻ってヒラヒラと片手を振って見せた。
そうか、と返した霧野は彼女の後ろで剣城が一瞬詰めていた息を小さく吐き出したのを見て、緩く破顔する。先程から彼がちらちらと依織の様子を窺っているのが気になっていたのだ。
「海王なんかに負けないド!」
「俺たちの力、見せてやろうぜ!」
士気に沸き立つ選手たちに笑みを浮かべ、それじゃあ、とまず円堂がキャラバンに乗り込もうとしたその時だった。
「──監督、ちょっと待って下さい」
「うん?」
ふいに、背後に視線をやった依織が訝しげに目を細めながら彼を制する。
「誰だ?」彼女の視線の先、他の教諭たちの車に隠れて小さな人影がこちらを窺っているのが見えた円堂は、特に戸惑う様子もなく声を掛けた。
そうして、おずおずとした様子で現れた彼らに、真っ先に神童が目を見開く。
「青山、一乃……!」
──不安げな表情を浮かべてそこに並んだのは、かつてサッカー部のセカンドチームだった青山と一乃の2人。
首を傾げた円堂に、元サッカー部です──と春奈が耳打ちする。
「……何か用か?」
「は、はい……!」
目を合わせ、中々口を開かない彼らにどこか苛立ったような口調で車田が尋ねると、条件反射なのか背筋をピンと伸ばした青山が素早く頷く。
それに続けて、一乃が震える声で──詰めていた息を吐き出すような勢いで、言った。
「っ俺たち、またサッカーがやりたいんだ……!」
「えっ!?」
予想外の言葉に、雷門イレブンたちは目を丸くして体を縮ませる2人を凝視する。
それもそのはずだ。元々彼らは、不本意だったとは言え自らの意思でサッカー部を去ったのだから。
彼らの──一部からの厳しい視線から逃げて青山たちは足元に目を落としたが、それでも言葉を続ける。
「今さら復帰したいなんて調子良い奴だって思うかもしれないけど、みんなのサッカー見てたら、またどうしてもやりたくなったんだ!!」
それは、心の底からの叫びのように聞こえた。
サッカー部を辞めてもその思いは絶ち切れず、部員がいなくなってからこっそりボールを触り、今すぐにでも輪に加わりたい気持ちを押さえて練習を遠目に眺め続けた日々。
あの春から数ヵ月、ずっと悩み続けていた。自分たちが本当にしたいことは何なのか。
ふと、眉から力を抜いた神童が、2人へ1歩近付く。
びくりと肩を震わせた一乃と青山に、やがて彼はゆっくりと微笑んだ。
「──待ってたぞ」
「神童!?」
パッと表情を明るくした2人に対し、車田がギョッとした顔になって声を上げる。
「こいつら入れる気か!?」
「はい」
「はい、って……」即答した神童に呆れたようにこめかみを押さえ、倉間がじとりと2人を睨め付けた。
その目は、以前帝国戦で剣城を信じられないと言い捨てた時のそれによく似ている。
「フィフスセクターが怖くて逃げ出した奴らだぜ!?」
「けど、戻ってきてくれた。俺たちのサッカーを見て、もう一度フィフスセクターと戦おうと決心してくれたんだ。それで良いじゃないか」
「けどよ……」と尚も食い下がる車田に、神童は言い聞かせるように──と言うより、思い出すように、言葉を選んで続けた。
「それに──俺たちがやろうとしている革命は、正にそういうことじゃないのか?」
「どういうことだド?」
わけが分からない、と言った風に首を捻る天城に、神童は小さく頷く。
雷門の目下の目標は、ホーリーロードで優勝して、響木正剛を聖帝の座に据えること──現聖帝イシドシュウジから、その座を奪うことにある。
しかし、それはあくまでも鬼道や久遠たちレジスタンスが定めたもの。彼らが目指していたものは、もっとシンプルだったはずだ。
「俺は思うんだ。本当の革命は、俺たちのサッカーを見た人が、サッカーの素晴らしさを思い出して、それを取り戻すために立ち上がってくれることじゃないかって」
神童は一乃たちから一旦背を向けて、こちらを振り返る。
彼はこの空に負けない、清々しい笑顔を浮かべていた。
「俺たちだけじゃ革命は起こせない。革命には、サッカーを愛する者みんなの力が必要なんだ!」
「キャプテン……!」
力強く言った神童に、天馬が目を輝かせる(その後ろで茜が「神サマステキ!」とフラッシュを焚いた)。
「そ、そりゃそうかもしれないが……」
「まぁ、良いんじゃないスか? 戻ってきたんだから!」
やっぱり仲間は1人でも多い方が良いんだし、といつもの明るい調子で車田を遮ったのは浜野だ。
続けざま、「浜野先輩に賛成ー」と気だるい感じに依織が片手を翻す。
「レジスタンス的にも、革命の思想に賛同する人間は多ければ多い方が良いって有兄さんたちも前に言ってましたから」
「ほら、革命代表もこう言ってるわけだし!」
いつ代表になったんだろう、と言う疑問を目元に滲ませつつ、カラカラと笑った浜野に肩をばしばし叩かれた依織が顔をしかめた。
車田はしばし言葉を失い、浜野や依織、そして神童の顔を見やってから、大きな溜め息を吐く。
「……分かったよ」
諦めに近いもの含んで吐き出されたのは、拒絶の言葉ではない。
一転、パッと花が咲いたように顔を明らめた一乃と青山が満面の笑顔になる。
「あっ、ありがとうございます!!」
「俺たちも全力で戦います!」
勢い良く頭を下げた2人に、「ユニフォームとジャージ、渡しておかないとね」と春奈が嬉しそうに微笑んだ。
顧問から受け取った青と白のジャージに身を包んだ2人は、もう一度、今度は円堂に向かって深々と頭を下げる。
「よろしくお願いします、円堂監督!」
「ああ!」
「よし、それじゃあ出発だ!」円堂の号令を合図に、選手たちは今度こそバスに乗り込んでいく。
3年生たちに続き倉間たちがステップを上がるのを見送っていた神童に、ふいに青山たちが声を落とした。
「……本当はな。理由、あれだけじゃないんだ」
「え?」
目をしばたいた神童に対し、2人は後方の1年生たち──最後尾に並ぶ剣城と依織を窺いながら小さく続ける。
2人は淡々とした様子で会話を交わしている最中で、こちらには気付く気配がない。
「昨日、神童たちが海王の奴らに立ち向かってるところ、見ちゃったんだ。……剣城や、女子でさえ体を張ってるのに俺たちは何をしてるんだろう、って」
「あの場にいたのか?」
驚いた神童に、偶然ね、と青山が肩を竦めた。
不意打ちで浪川のシュートを受けたにも関わらず、自分の体より剣城の安否を優先させた依織。自身がこれからどんな仕打ちを受けるか理解していながらも、彼女たちを巻き込むまいと突き放した剣城。
連行される間際の剣城の確固たる意志と、彼を追い走り出した依織の力強い瞳が、あの時一連の様子を見ていた2人の心に鋭く痛む傷を与えた。
保身のために大事なものを投げ出した自分たちの小ささを、改めて思い知らされた気がしたのである。
「だから、もう逃げない。今度は最後の最後まで、一緒に戦うよ」
「……ああ」
──もう、逃げないんですね。
以前、そんなことを依織に言われたことを思い出した神童は、一瞬目を伏せた後しっかりと頷く。
もう逃げない。真実からも、理想からも。
「早く乗れよ〜!」ひょっこりと窓から顔を出した浜野に声を返して、神童はステップを駆け上がった。
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開会式以来、久しぶりに訪れたアマノミカドスタジアム。
観客席は既に熱気に溢れた観客たちで溢れ返り、これから始まる試合を今か今かと待っている。
一乃、青山、信助を控えに、アップを終えた雷門イレブンがフィールド入りすると、一層歓声が大きくなった気がした。
センターサークルを挟み対峙した浪川が、依織と目が合うなりにやりと好戦的に頬を吊り上げる。
「俺たちシードに歯向かったこと、後悔させてやるぜ」
「誰がするか、そんなもん」
はん、とわざとらしく鼻で笑えば、浪川のこめかみにピキリと青筋が浮いた。
浪川の舌打ちを掻き消して、試合開始のホイッスルが鳴り響く。
「みんな、準備は良いな!?」
神童の号令を合図に、双方が走り出した。
キックオフは海王からだ。
浪川からのパスを受けて、まずは喜峰が雷門陣内へ切り込む。
「くっ──!」
素早い身のこなしで向かってきた倉間を躱し、ボールは一度後方の湾田へ戻った。
ボールがフィールドで低く弾み、待ち構えていた湾田とそこへ飛び込んだ剣城の競り合いになる。
「感謝しろよ──こちとら正々堂々、試合で潰してやるんだからよ……ッとぉ!」
「!!」
張り付くようなマークを掻い潜り、ボールが再び喜峰の元へ戻された。
「行かせない!」天馬と神童が並走してこちらに向かってくるのを見るや否や、喜峰はにやりと口角を持ち上げる。
「ッ先輩、DF!!」
その瞬間を目撃し反射的に依織がDFラインを振り仰いだのも束の間、喜峰が天馬と神童を飛び越えて高く跳躍した。
「フライング──フィッシュ!!」
威力自体はそこまでないが、速い。完全に虚を突かれたロングシュートに、DFの対応も間に合わない。
さながら飛び魚の如く、三国が構える間もなく──喜峰のシュートは、瞬く間に雷門のゴールを貫いた。
先制点。奥歯を噛み締めた神童を、浪川が勝ち誇った表情で見下ろす。
「フィフスセクターの管理サッカーは、俺たちが守る! シードの名と──誇りを懸けて!!」