「聖帝選挙に、響木正剛が立候補しました」
照明の少ない広い部屋に、タブレットの光が淡く広がる。
プロジェクタから映し出された画面に、彼──イシドは僅かに目を細めた。
「イシド様が聖帝となられて以来、フィフスセクター以外の候補が現れたのは初めてのことです」
「……そうか」
タブレットを操作しながら淡々と報告する鷹に、イシドは表情を動かさずにそれを聞いている。
それをどう受け止めたのか、鷹の後ろに控えた幹部が苦言を飲み込んだように顔をしかめた。
「雷門の動きに乗じて不穏な動きが起きるなど……実に由々しき事態です。イシド様、どうか指示を」
「そう、焦ることはない」
「雷門は潰す。確実な方法でな」長い足を組み替えて、イシドはもう一度画面を見上げる。
「響木正剛──か」
──フィフスセクター本部で、イシドが意味深な笑みを湛えているのと同じ頃。
「雷門の初戦の相手は月山国光だ」
雷門の選手たちを前に、鬼道は淡々と言った。
月山国光──その名前を聞いた途端、天馬たちの表情に動揺が浮かぶ。
「月山国光……」
「去年のベスト8じゃないですか!」
そうだ、と頷き鬼道はちらりと依織に目線を投げ掛けた。
「月山国光は全国大会でも指折りの強豪チームだ──依織」
「はい」
名指しされた依織は渋々と言った様子で前へ1歩出ると、こちらに注意が向くよう小さく空咳をする。
「月山国光にはシードはいない──けど、全員がフィフスセクターの思想に賛同してるチームです。化身を使える選手は、少なくとも1人」
「……真正面から雷門を潰しに来たわけか」
顎に手を添え、神童が思案顔で呟いた。
いくら勝敗指示で出場校がある程度定められてるとは言え、本選へ進んだチームの実力は本物だ。
「今回の情報はこんなもんです」依織は溜め息混じりに続け肩を竦める。
「前までだったらデータもそのまま本部に送れたんですけど……あっちの管理が厳しくなった今じゃ、私が直接口頭で聞くしかなくって」
「いや、十分だ。深追いするとお前たちにも危険が及ぶからな」
「今回もご苦労だった」珍しく鬼道から労いの言葉を掛けられ、依織も満更でないのか自慢気に唇を曲げた。
鬼道は小脇に挟んでいたクリップボードを利き手に持ち変えると、改めて雷門イレブン一同の顔を順に見回す。
「革命の為にも、ここで立ち止まっているわけにはいかない。試合まで1週間、気を抜くな!」
「はいっ!!」
「それじゃ、練習再開するぞ!」円堂の号令に、選手たちは散らばって再び練習を始める。
ボールを間に競り合いをする剣城と霧野を眺めながら、ふと狩屋が尋ねた。
「ねぇ、さっき言ってた革命って何?」
「え? ああそっか、狩屋は知らないんだっけ」
屈伸をしていた天馬は思い出したように呟いて顔を上げる。
その瞳は彼と知り合って間もない狩屋でさえも、先程とは少し違う真剣な色を帯びているのが分かった。
「表沙汰にはなってないけど……フィフスセクターは試合に勝敗指示を出してサッカーを管理してる。俺たちはそれを変えるために戦ってるんだ」
「自由なサッカーを取り戻す! それを革命って呼んでるんだよ!」
「何でお前が自慢気なんだ」天馬の足元から顔を出した信助に、呆れた顔で依織がその小さな頭をピンと指で弾く。
「革命、かぁ……」
痛いよ依織! と信助が抗議するのを後目に、狩屋はフィールドに向けた目を細めた。
「──俺も頑張らなきゃな」
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「──何でこんなことになったんだっけ……」
翌日、放課後。
依織はベンチに腰かけて、ぼそりと呟いた。
「対戦相手の、代役」
パシャリ、とシャッターを切り茜が端的に答える。
カメラ越しに写るのは、神童と──今日の試合相手である秋空チャレンジャーズ≠セ。
秋空チャレンジャーズは天馬の従姉である木野秋が監督を務める、彼女の経営するアパートの住人によって構成されたサッカーチームである。
天馬曰く、あちらのキャプテンであり元イナズマジャパンの木暮による頼み、もといごり押しで、昨日ドタキャンされた試合相手の代役を急遽勤めることになったのだ。
「革命も使命も関係ないサッカーなんて……私も出たかった」
「我慢しろ。言っただろう、今日のお前の課題は視る≠アとだ」
不満を漏らし足をバタつかせる依織に、鬼道がピシャリと釘を刺す。
思いきりボールを追いかけてこい、と言う試合直前の円堂の笑顔に対し、鬼道が彼女に下したのはベンチ入りだった。
「それに、お前には明日から1週間特別メニューを与えることになっている。今日のうちについでに体を休めておけ」
「……心が休まる気がしない」
げっそりしながら呟き、依織は顔を手で覆う。
指の隙間からフィールドを見ると、丁度こちらのシュートが木暮の旋風陣に阻まれたところだった。
前半は既にお互い無得点で終えている。
大人相手にここまで健闘出来れば及第点と言ったところだろう。
「さすがに大人のチームだ……手強いよ」
「ああ……でも、楽しいな」
非公式とは言え、久々の試合に出た一乃と青山は額に汗を浮かべながらも笑顔を交わしている。
革命も使命も関係ないサッカー。円堂は正にこの状況を楽しんでもらいたかったのだろう。これが自分たちの取り戻そうとしているものだと、思い出させる意味も込めて。
「──狩屋!」
ふいに霧野が険しい声を上げる。
霧野がマークしていた相手FWから、逆サイドから割って入ってきた狩屋がボールをクリアしたのだ。
「深追いし過ぎだぞ! お前のポジションががら空きになってるじゃないか!」
「あっ、すみません!」
狩屋は苦笑して大きく答えると、一転霧野にしか聞こえないような声で続ける。
「雷門の弱点は霧野さんだって、相手の選手が話してるの聞こえちゃって……つい」
「……! 何だと」
突然とも言える報告に、霧野は思わず絶句した。
確かに霧野には天城や車田のようなガタイの良さも、信助のような高いジャンプ力もない。
だがそれは、例え相手の話が聞こえたからといって今話すようなことでもない。
「……っ試合中に余計なことを言うな」
「余計なお世話だったみたいですね」
声を押し殺して返した霧野に、狩屋は柔らかく──ほくそ笑んで、自分のポジションに戻っていく。
そんな2人の様子を、依織はベンチから目を細めて眺めていた。
「……何か、いらんこと言ったみたいだな」
「ん? 何か言った?」
首を傾げこちらを見た葵に頭を振り、依織は組んだ足に肘を立てる。
野良猫が早くも爪を出したか。彼女の目には、既に狩屋の本性が完全に写っている。だが、彼は。
「(剣城の時と同じで、どっかちぐはぐな感じなんだよなぁ)」
考え込んでいる間にも、後半は残り僅かとなっている。
あと3分、とストップウォッチを覗き込んだ葵がカウントすると同時に、秋空チャレンジャーズが最後の反撃に出た。
「ドーモ、オセワサマデース!」
相手フォワードのジョニーが、何事か叫びながら雷門陣内へ切り込んでくる(天馬曰く彼の日本語は大体間違っているらしい)。
中盤まで進入を許したところで、霧野がジョニーの前へ躍り出た。
「ここは通さないっ!!」
相手より小柄なことを活かし、懐に潜り込むように霧野がボールを奪取する。
よし、と小さく呟いた次の瞬間、視界の一角が陰った。
「うわあっ!」
「──っ!?」
死角から飛び込んできた狩屋が、勢い良く霧野にぶつかる。
勢いが余ったか──彼の頭に一瞬浮かんだ考えは、すぐさま消し飛んだ。
「ぐっ?!」
がし、と狩屋のスパイクが霧野の足を踏みつける。
痛みと衝撃でバランスを崩し転倒した霧野に、狩屋は素知らぬ顔で体勢を立て直しボールを持って上がっていった。
「狩屋、こっち──」
「…………」
逆サイドの天馬の声掛けに答えず、狩屋はDFラインから飛び出し1人ゴール前へ走る。
そのままシュートを打つも蹴りが甘かったか、木暮にあっさりと止められた。
「ふん、甘い甘いっ!」
「ちっ……」
「ヨネさん、パス!」小さく舌打ちした狩屋の頭上を飛び越え、ボールが弧を描く。
しかし、相手がシュートを打つ頃には、彼は既に自陣のゴール前に戻っていた。
「入れさせるかよ──ハンターズネット!!」
構えた狩屋の指先から、質量のある闘気が宙を走り網を描く。
「信助!」網に捕らわれたボールが天高く弾かれ、それを見上げた神童が叫んだ瞬間、信助が小さな体をバネのように曲げて跳び上がる。
「ぶっとびジャーーーーンプっ!!」
自陣からのロングシュートは油断を誘い、相手ゴールに突き刺さった。
その瞬間、試合終了のホイッスルが河川敷グラウンド一杯に響き渡る。スコアボードは、1対0と表示されていた。
「面白かったな〜!」
「うん!」
砂埃でまみれた顔を水道で濯ぎ、すっきりした雷門イレブンたちは清々しい笑顔を浮かべている。
「信助の決勝ボール、すごかったよ!」
「うんっ、気持ちよかった!」
ぱたぱたと手を動かした信助に、はい、と茜が思い出したようにカメラを差し出した。
ディスプレイに写った画面には、先程彼がシュートを打ったシーンが収まっている。
「後でプリントしてあげる」
「ホントですか!? ありがとうございますっ」
あの時のシュートが良かった、あの時のパスはこっちの方がもっと良かった──と感想と反省を言い合う天馬たちに、ツンと依織は唇を尖らせた。
「疎外感……」
「拗ねんな」
「いてっ」
一言言い添え、剣城が依織の頭を軽く叩く。傍目からは分かりにくいが、彼もまた天馬たちのように清々しい表情をしていた。
はしゃぐ1年生たちを眺め、神童は額の汗を拭い目元を緩める。
「……この楽しさを取り戻さなくてはならないな」
「ああ……」
答えかけた霧野は、ふいに刺々しい空気を感じて目をそちらにやった。
1年生の集団から少し離れ、狩屋がそれを横目で眺めている。
疎ましいような、もしくは鬱陶しいような。そんな感情の混じった彼の瞳に、霧野の中にとあるひとつの可能性が芽生えた。
「(──あいつ、もしかしたら……)」