50

秋空チャレンジャーズとの試合を終えた、その翌日。

「狩屋をどう思うか、ですか……?」

登校してきたところを霧野に捕まった剣城は、僅かに眉根を寄せて霧野を見返した。
校門から場所を変え、渡り廊下の近くにやって来た2人を気にするような生徒はおらず、こちらに見向きもせず各々教室に向かって駆けていく。

「以前、どこかであいつと会ったことはないか?」

言葉を変えて問いかけた霧野の目は真剣だ。
昨日の秋空チャレンジャーズとの試合では、狩屋はわざと自分に突っ掛かってきたようにしか思えない。
加えて、試合前だと言うのに危うく足を痛め掛けた彼にとって、狩屋が純粋な気持ちでサッカー部に入ったとはとてもではないが思えなくなっていた。即ち。

「──シードだと、疑ってるんですか」
「っ……」

図星を突かれ、霧野の目が揺らぐ。
狩屋は雷門を内部から崩す為にフィフスセクターから送られてきたシードなのではないか──それが、昨日霧野が出した結論だ。
押し黙ってしまった霧野に、剣城は考えをまとめながら目を伏せがちに続ける。

「確かに、狩屋は優れた素質を持ってます」
「フィフスセクターに目をつけられてもおかしくないほどのもの、だろ?」

意見を肯定に傾けた剣城に、霧野は食い気味に続けた。剣城の言う通り、狩屋は彼が認めるほど高い身体能力を持っている。しかし──

「だからって、シードって決めつけるのは早いかもしれませんよ」

ふいに頭上から聞き覚えのある声がして、2人は驚いて顔を上げた。
校舎のすぐ傍に佇む樹木の、2階付近。太い枝の上に、何故か依織が平然と腰掛けている。

「鷹栖……お前、そんな所で何を」
「ちょっと、理事長室に盗聴器をな──っと」

然り気無く飛んでもないことを言いながら、依織は枝を伝い木から飛び降りて軽やかに着地した。
「盗聴器??」目を白黒させる霧野に、彼女は肩を竦めながら2人の元へ歩み寄る。

「レジスタンスのお仕事ですよ。革命が成功した時、あいつらが悪足掻き出来ないように……ね」

今しがた盗聴器を仕掛けたばかりなのだろう理事長室の窓を見上げ、依織はニタリと悪どい笑みを浮かべた。
その顔が帝国学園がまだフィフスセクターの傘下にあると思っていた時の鬼道のそれとよく似ていて、2人の背中を何か冷たいものが伝う。

「──で、狩屋の話ですけど」
「あ、ああ」

話を戻されたところで、霧野は彼女の得意技≠フことを思い出した。
目を見れば嘘を吐いているかどうか分かる──狩屋が、何を考えてあんなことをしたのか。霧野は表情を引き締めて続きを促す。

「それで……お前の目にはどう見えたんだ?」
「猫被り一辺倒、ですね。周りに愛想振り撒いちゃいるけど、狩屋自身は誰も信用してない感じです」

だったら、尚更。言い掛けた霧野の言葉を、「だけど」と依織は遮った。

「サッカーは、普通に好きみたいです。それに一昨日、天馬からフィフスのことを聞いた時も何も知らないみたいだった」

だからシードだと決め付けられないんですよ──その答えに、霧野は苦虫を噛み潰したような表情になって俯いた。
ならば、狩屋は何故自分を挑発するような事ばかりするのだろう。依織の目は彼女自身が認める通り、万能ではない。もしも狩屋が、依織の目を欺けるほどの演技力を持っていたとしたら。

「……俺はやっぱり、信じきれない」

ぽつりと言い残し、踵を返した霧野は重たい足取りで2人の元から去っていく。
取り残された剣城と依織はどちらからともなく、浅く息を吐き出した。

「……他にも、何か分かってることがあったんじゃないのか」
「ああ、バレた?」

視線を前に留めたままの剣城に言われ、依織はわざとらしく舌を出す。
茶化すな、と顔をしかめられ、依織はもう一度溜め息を吐いて少しだけ声を落とした。

「──多分、狩屋の目的は居場所の確立なんだと思う」
「居場所の確立……?」
「そう。この場合、新しく自分の居場所を作るんじゃなくて、元から他の人がいた場所と入れ替わるタイプだな」

依織は足元の地面に転がったいくつかの小石を、爪先でぐるりと囲むように輪を描く。
そしてその内の一つの小石に別の場所から持ち出した小石を投げつけて、輪から弾き出した。

「霧野先輩を嵌めることで、あの人と取って変わろうとしてる、ってこと。あとは周りの外堀を埋めるために色々してくるつもりだろうよ」
「何でそれは言わなかったんだ?」
「これも一応確証のあることではないからな。それに──」

依織はちらりと頭上の渡り廊下を見上げる。
つられて顔を上げると、欄干の向こうに見覚えのある緑色の後ろ頭が去っていくのが見えた。

「流石に本人が聞いてるかもしれないって中、こんなこと言うほど私も図太くないよ。霧野先輩には悪いけど」
「……そうか」

それにシードなら情報が入ってくる筈だし、と言いながら依織は鞄を持ち直す。
そこで思い出したように、あっと声を上げた。

「なぁなぁ剣城、頼みがあるんだけど」
「? 何だよ」
「5限と6限、私の分のノートも取っといて欲しいなーって」
「あァ?」

「んなの自分でやれば良いだろうが」首を曲げてそんなことを言い掛けた剣城は、はたと口を噤む。

「……また何かあるのか」
「何かっつーか、うん……早退する」
「何で」

矢継ぎ早に繰り出された質問に、依織は少し遠い目になった。

「有兄さん特製の、特訓メニューに参加しに」




「──着いたぞ」
「はい」

き、と軽いブレーキ音を立てて停車した車から、依織はゆっくりと地面に降り立つ。
時刻は午後1時40分。ノートに関しては剣城もどうにか了承してくれたので、授業に遅れる心配もいらない。彼は根が真面目なので、きちんと依織のノートも取ってくれるだろう(字の良し悪しはともかく)。

「さあ、行こうか」

彼女を雷門へ迎えに来てくれた佐久間は、慣れた風に車を駐車して門を潜っていく。
場所は帝国学園──スタジアムに直通する、裏門だ。

「それにしても……何でわざわざ帝国に来て特訓なんですかね。次郎兄さんだって仕事があるのに」
「今の俺の仕事は、総帥代理と革命の手助けだからな。お前の特訓に付き合うのも仕事の内さ」

だから遠慮はするな、と佐久間はわしゃわしゃと依織の頭を掻き混ぜる。
その爽やかな笑みに嘘はない。依織は少し安心して、付き合わせる罪滅ぼしもかねてされるがままになった。

「それにこの事を話したら、あいつも是非力になりたいって言ってな」
「あいつ?」

誰ですか、と言う質問は、佐久間が扉を開ける音に掻き消される。
開けた視界の先、スタジアムで待ち構えていたのは、ユニフォーム姿の帝国イレブンの雅野麗一だった。

「雅野……?」
「やあ。久し振りだな、鷹栖」

と言っても先月会ったばかりだが──雅野は穏やかに笑いながらグローブを嵌めた手の感触を確かめるように、指を曲げ伸ばししている。

「でも、何で雅野が? 授業は?」
「今日は半ドンなんだよ」

答えたのは佐久間だ。
雅野は僅かに目を鋭くすると、改めて依織に向き直る。

「詳しいことは佐久間コーチから聞いてる。俺も強くなりたいし──何より、お前の覚悟を確かめたい」
「私の……」

依織は目をまたたいて、雅野を見つめ返した。
彼の瞳には、少しばかりの刺々しい色が滲んでいる。

「そう。お前たちが本当に革命を成功させるか──鬼道総帥が雷門に行く程の価値があったのかどうか、確かめたいんだ」
「……そっちが本音ってことな」

目を伏せた依織に、雅野は一瞬怯んだように肩を縮める。
唇を真一文字に引き結んだ彼に、依織は好戦的に唇を持ち上げ羽織っていたジャージを脱ぎ捨てた。

「良いよ──私の覚悟を見せてやる。有兄さんの特訓にはチビの頃から泣くほど鍛えられてきたんだ」

正に文字通り。依織は一瞬脳裏に甦った幼い日の思い出を頭から叩き出す。

「さくっとレベルアップして、化身だって出せるようになってやろうじゃねーか」

──鬼道が依織に与えた最大の課題。それは化身を発現出来るようになること≠セ。
しかし、化身の発現には普通にプレイするより何倍もスタミナを消費する。
今の依織の一番の欠点は、スタミナの低さ。それは彼女自身も、先日の海王戦で痛いほど思い知っている。

だから、月山国光戦までの残り8日間。
雷門で普通の練習を終えた後に、帝国で鬼道と佐久間の作った鬼のような量の特訓メニューをこなし、身体能力の他、持久力の向上を計らなければならない。
恐らく今日だけ昼から帝国に連れて来られたのは、協力を申し出た雅野と改めて顔合わせをしておく必要があったからだろう。

とにかく、化身を出すことよりも先にするべきは、持久力向上。
それが昨夜、河川敷グラウンドからの帰り道で、鬼道が彼女に伝えた特訓の概要だった。

「2人とも気合いは有り余っているようだな。なら手始めにダッシュ百本、始め!」
「……はいっ!!」

今度は泣くだけでは済まされないかもしれない。
そんな一抹の不安を抱きながらも、依織はそれを口に出すことはしなかった。
全ては強くなるため。革命を成功させ、自分自身のサッカーを手に入れるために。




日付は変わり、それから1週間後。

『さあ! 中学サッカーの頂点を決めるホーリーロードも、いよいよ全国大会開幕です!!』

とっぷりと日の落ちたスタジアムには、色とりどりのライトが輝き、マイクで拡大された実況の声がけたたましく鳴り響いている。

「すごい……」
「フィフスセクターの力を見せつけられてる感じですね……」

フィールドに整列した天馬たちは、呆然とフィフスコールの鳴り止まない観客席を見回した。
一体この中のどれほどがフィフスセクターの実態を知っているのだろう。
この大会は、フィフスセクターの次期聖帝の決定に深く関わっている。こちらが今どれだけアウェーだとしても、天馬たちは勝ち続けて響木の票数を獲得しなければならない。

『聖帝の座に就くのは、現聖帝のイシドシュウジ氏か、それとも、響木正剛氏か!』

中にプロジェクタで映し出された2人のバストショットに、会場は一際わっと歓声で沸き上がった。

『これより、大会委員長、イシドシュウジ氏による開会宣言です』

実況の声がオフに切り替わり、代わりに聞こえてきた落ち着き払った女性のアナウンスに、依織はぴくりと眉を跳ね上げる。
僅かに歓声が収まると、聖帝が就くとされる特別席から──彼≠ヘその姿を現した。

「……全国の戦いを勝ち抜いてきた選手たちよ。ここにホーリーロード開幕を宣言する」

何かを迎え入れるように両腕を広げる様は、まるである種の教祖のようである。
更に静まり返ったスタジアムに、イシドは厳かに──しかし力強く、言い放った。

「ホーリーロードこそ、サッカーの頂点。これからが本当の戦いだ。選手諸君の活躍を期待する!!」

言葉を切り、イシドが踵を返した途端、爆発するような歓声が再びスタジアムを包み込む。

「耳がバカになりそうなんだけど……」
「これが聖帝の持っている影響力ってことなんだろう」

自分の耳を塞ぎかけた依織に対し、剣城は落ち着いた声音で返した。

本選会場となるロシアンルーレットスタジアムはそれぞれ5つのエリアに分かれ、各チームはランダムに選ばれた会場で試合を行う。
そして最終的に勝ち抜いた2校が、このアマノミカドスタジアムで決勝を戦うのだ。

「……勝つぞ、絶対に。必ずこのスタジアムに戻ってくるんだ」
「はい!!」
「おう!」

小さくも力強い、覚悟の籠った神童の言葉に、仲間たちは各々頷く。やっとここまで来た今までの苦労と努力を、無駄にするわけにはいかない。
月山国光との試合は、明日に差し迫っていた。