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「あんまり公私混同してると、勝てる試合も勝てなくなるぞ」
「──何のこと?」

月山国光に先制点を取られ、ポジションへ戻る間際、背後から囁くような低い声で告げた依織に狩屋は目を細めた。

彼が入部した翌日から、依織は時折彼を観察している。少しの嘘も見逃さない、そんな表情で。
それを肌で感じているからこそ、狩屋は彼女が少しだけ苦手だった。嫌いと言う程ではないが、依織の全てを見透かしたような目を見ると、少し居心地が悪くなる。

依織はちらりと──先程狩屋からあることないことを吹き込まれ、霧野に食って掛かっていく天城を一瞥した。

「霧野先輩の居場所を奪いたいのは、お前の都合だ。そのせいでチームワークが乱れるなら、私も手を打たないとならない」
「やだな、居場所を奪うだなんて……そんなこと考えてないよ」

それとも、君も俺をシードだと疑ってるの。
狩屋のせせら笑うような問いに、依織は彼からすると意外なことに、あっさり首を振る。

「お前がシードじゃないのは分かってる。ただ、勝ちたいって思ってるなら、今やるべきことを間違えるなよ」

サッカーが好きなら、尚更な──そう言い放った彼女の目は、視線で人を殺せるのではないかと思えるほど鋭い。
狩屋はぞっと背筋を粟立たせ、FWのポジションに戻る彼女を押し黙ったまま見送った。

「……何を話してたんだ、狩屋と」
「釘刺してきただけだよ。気にすんな」

隣に並ぶなり、ぼそりと声を落とした剣城に依織は軽い調子で返す。
──それだけのことで、あんなに青ざめるものだろうか。ちらりと狩屋を振り返る剣城に、「切り込んでくぞ!!」と怒号にも似た声で倉間が言った。

風の攻略は天馬に任せてある。あとは、あの竜巻との連携攻撃から、どうやってこちらのゴールを守るか。
明確な答えの出ないまま、試合は再開される。

「……壱の構え!」
「応ッ!」

ホイッスルが鳴ると同時に現れた竜巻の群れに、兵頭の合図で月山の選手たちが走り出した。
「っ天馬!」弾かれたような神童の声に、ボールを受け取った天馬が大きく頷く。

「者ども、彼奴を阻むぞ!」
「承知!」

そよかぜステップで竜巻の壁をすり抜けた天馬に、相手DFが2人マークに駆け込んだ。
しかし、あと数メートルで天馬の元へ辿り着くところで足を止めた彼らに、ハッと依織は天馬に向かって叫ぶ。

「下がれ天馬!!」

反射的に天馬が一歩後ろへ跳ぶのと、頭上で回り始めたファンが彼のいた位置にピンポイントで竜巻を生み出したのは、ほぼ同時だった。
キャプテンの指示で動くだけでなく、他の選手も竜巻の発生するタイミングと場所を把握しているらしい。竜巻に巻き上げられ高く飛んだボールを見上げ追いかけながら、依織は舌打ちする。

「それ以上進ませるな!!」
「おう!!」

竜巻に巻き込まれ雷門陣内へと戻っていくボールに、前線の神童たちも急いで駆け戻った。
しかし、月山は既にその竜巻を壁にして雷門陣内深くへ侵入してしまっている。
何とか竜巻の合間から抜け出してきた浜野をクレイモアで押し通した甲斐に、霧野が走り出した。

「俺が止める──!」

しかしその寸前、彼の視界を阻むように目の前に大きな影が差す。天城の背中だ。
「天城さん!?」剣呑な目で一瞬自分を睨んだ天城に、霧野はまだ彼が狩屋に言われたことを気にしているのだと気が付いた。

「お前は引っ込んでるド!」
「天城さん!? 狩屋の言葉に惑わされちゃダメです、──天城さん!!」

聞く耳持たず、天城はそのまま甲斐に向かって突進していく。
「弐の構え!」にやりと笑った兵頭が声を張り上げるなり、陣形を変えた月山はパスを何度か回してボールを竜巻の中へ蹴り入れた。

「げっ、またかよ!」
「ディフェンス、こぼれ球を押さえろ!!」

神童が叫ぶも、仲間も彼自身も、マークに阻まれろくに進むことさえ出来ない。
竜巻が消え去ったのは、ほぼゴールの真正面だった。

「決めろぉ!」

甲斐からパスを受け取った南沢が、ゴール前の三国を睨んだ。
先の1点目は、竜巻で加速した彼のシュートによるものだ。三国には一瞬の隙も許されない。

「俺がやります!」

瞬間、マークを振り切った狩屋がゴール前に駆け込む。
南沢は煩わしそうに目を細めると、向かってきた狩屋を一文字へのバックパスであっさり躱してしまった。

「にゃろうっ……!」

前のめりに倒れ掛けた狩屋は、驚異のバランス感覚ですぐさま体勢を立て直す。
それはさながら高所から落ちた猫のような動きで、一瞬観客席もどよめいた。
狩屋は注目を浴びているなどいざしらず、方向転換と同時に足を伸ばし、寸でのところで一文字からボールをカットする。
そこで、前半終了のホイッスルが鳴り響いた。

「ありがとうな狩屋、助かった」
「い、え。間に合って良かったです」

肩を叩いてきた三国に、狩屋は一瞬目を瞬いて首を振る。
──そんな彼から視線を外し、霧野は苦し気に顔をしかめた。

「スタジアムまで敵になるなんて……」
「卑怯とは言え、策は相手が上だな……技術と頭がなきゃ、竜巻との連携は難しいだろうよ」

呆然と呟いた天馬に、依織は涼しげな面差しでベンチに居を構える月山国光監督・近藤を睨め付ける。
こっちもあっちも大荒れだ。どうにかしないと、本当にここで負けてしまう。

「こういうサッカーで良いじゃねーか」

ゴール前の方から冷えきった声が聞こえて、依織はふと振り向いた。
南沢が、3年生たちと距離を空けて相対している。

「これが現実なんだ。フィフスセクターの言う通りにしてりゃ、波風立てずに卒業出来るだろう?」
「……本当に、そう思っているのか?」

一瞬。本当にほんの少し、間が空いた。
三国の真剣な表情を見つめ返した南沢の表情は、変わらない。

「ああ、思ってるよ。じゃあお前ら、何でこんな苦しいサッカーやってる?」
「苦しくなんてないさ」

「何……?」間髪入れず答えた三国に、南沢はそこでやっと眉を顰める。理解出来ない、と言う顔だ。

「俺もだ。後半巻き返してやるからな!!」
「……ふん。出来るものならやってみろ」

暑苦しいなぁ──くっだらねェ。
さっと前髪を掻き上げて自陣に戻っていく南沢の背中に、狩屋がぼそりと低く呟く。
それが依織の耳に届いているとは気付いていないのだろう。猫に似たつり目を、彼は三日月のように曲げていた。

「あ──狩屋!」
「何だい?」

しかしそんな表情も、天馬が駆け寄って来るなりなりを潜めてしまう。
天馬はどこまでも彼を気遣うような態度で、狩屋の様子を窺った。

「大丈夫? やっぱり霧野先輩に、シードの話を……」
「いや、気にしてないよ」

きっと、先程霧野と話し込んでいた時のことを言っているのだろう。天馬はまさか彼が霧野を揺さぶっていたとは思いもせずに、本当に?と首を傾げる。
狩屋は本当に、と答えかけて、彼から背を向けるとニヤリと口許を歪めた。

「……ホントは、気にしてる……かな」

驚くべきは、表情と口調が恐ろしいほど合致していないことだろう。
やっぱり、と顔をしかめた天馬はそれに気付かない。

「俺、霧野先輩に言おうか? 狩屋は絶対にシードじゃないって……!」
「いや良いよ。こう言うのってプレーで証明するしかないからさ」

そっか、と天馬はその答えに納得したようだった。
寧ろ、気にしないようにしたと言った方が正しいのだろう。仲間か敵か。フィールドの上でそれを判別するには、狩屋の言う通りプレーで証明するかないのだから。

「……よし、後半も頑張ろう!」

うん、と愛想笑いを浮かべた狩屋に手を振って、天馬はベンチへ戻って行った。
十分遠ざかったその背中に、彼は再び目を細めて小さく独り言ちる。

「変なやつ──全然疑わねーのな」
「あれは生粋のサッカー馬鹿だからな」

びくり、と狩屋は大きく肩を揺らして振り返る。彼は結局最後まで、すぐそばに依織がいることに気が付かなかったようだ。

「……き、聞いてた?」
「さて、何のことだか」

自分よりも低い位置にある狩屋の肩を叩き、依織もまた気怠げにベンチへと歩いて行く。
──やっぱり、彼女は苦手だ。狩屋は眉間に皺を寄せて、唇をへの字に曲げた。




「後半、車田は信助と交代だ」
「俺、ですか」

テクニカルエリアに並んだ選手たちに、円堂からの指示が下る。
名指しされた車田は、僅かな不満を隠すような固い声で確認した。

「竜巻を利用する月山国光からボールをカットするには、西園のジャンプ力が有効だからな」
「……分かりました。頼むぞ、信助!」

「はいっ!」元気一杯に返事をした後輩の小さな頭を乱暴に撫で回す車田から目を外し、円堂は更に視線を移す。

「それから、霧野!」
「! はいっ」
「後半、お前もベンチに下がれ」

ぴ、と姿勢を正した霧野に、円堂はいつもと変わらない表情で告げる。
故に霧野は、一瞬自分が何を言われたか分からなくなった。曲がりにも彼はDFの要とも言えるポジションにつく選手だ。それを下げれば、ゴールの守りが甘くなるのは目に見えている。
けれど、円堂は首を振らない。答えを変えない。

「良いな、霧野」
「……はい……」

静かに俯いた霧野に、隣の神童が何か言いたそうに口をつぐんだ。しかしそれも不要と判断したのか、神童は真剣な面持ちで円堂に問い掛ける。

「……では、監督。誰と交代を?」
「後半は、この10人で戦う」

えっ、と選手たち全員、そしてマネージャーと顧問の声がピッタリ重なった。
円堂の隣にいる鬼道が平然としていることから、彼もまた円堂と同じ意見なのだと理解する。

「10人、ですか?」
「ああ。俺からの指示は以上だ。みんな、後半戦に備えろ」

ひとつ頷いた円堂は、そう告げてそれ以上の質問を締め切るように選手たちから視線を外した。

──人数が足りない状況で試合に臨む、と言うのはこれまでも何度かあったことだが、それはその状態でしか戦うことを余儀無くされていたからだ。
今回のように、指示を受けて少人数で、と言うのは初めてのことである。

だが、円堂の言うことなら何か策があるのだろう。彼らはひとまず納得して、各々休憩を取り始めたのだが──

「監督、狩屋は残すんですか」

聞こえてきた霧野の固い声に、ベンチにいた何人かが振り返る。霧野は険しい表情で、円堂と鬼道に向き合っていた。

「そうだ」
「どうして……!」

何故自分が外されたにも関わらず、狩屋は残されるのか。彼にはそれが、どうしても理解出来ない。
そんな思いを表情に滲ませる霧野に、鬼道が言い聞かせるように言う。

「人のことは良い。前半のお前のプレーはかなりのムラがあった。結果としてそれはチームの連携を乱す」
「乱しているのはあいつの方です!」

一瞬声を荒げた霧野は、後輩たちが自分たちを見ていることに気が付くと、居心地悪そうに眉根を寄せて小声になった。

「あいつは、シードかもしれないんですよ……!?」
「どうしてそう思う」

円堂は、霧野がシードと言う単語を口にしたにも関わらず、落ち着き払っている。
霧野は──恐らく自分たちの会話に耳をそばだてているだろう狩屋を背中で感じながら、続けた。

「あいつは嘘を吐くんです。嘘でチームの内部崩壊を狙ってるんです……!」

狩屋の空けた蟻の穴は、自分自身だ。仮に依織の言っていたように彼がシードではないにしても、ここからチームが崩れていってしまうのは目に見えている。
しかし、一拍置いて聞こえた円堂の声音は、どこまでも冷静だった。

「……頭を冷やせ、霧野」
「……!」

息を詰める。
信じてもらえなかった──その事実が、彼の心に深い影を落とした。

「……分かりました」

意気消沈とした様子で俯いた霧野は、仲間たちが固唾を呑んでその光景を見守るなか、脱力したようにベンチに腰を下ろす。
そんな彼に、天馬は思いきって駆け寄った。

「霧野先輩……俺、狩屋はシードじゃないと思います。あいつ、プレーで証明するって言ってました」
「……それなら証明してもらおうじゃないか。俺はここから見ているからな」

霧野の声は、最早敵意すら帯びている。
天馬からすれば、友人が先輩に疑われているのだ。これほど辛いことはない。
霧野は眉を下げた彼に気付かず、鋭く細めた目でフィールドを睨み付ける。

「少しでも怪しい素振りがあれば、許さない……!」